原子力発電

2026/03/11

科学や倫理では原発は止められない

 東日本大震災から15年が経った。津波被害からの復興はそれなりに進んだのだろう。しかし、原発事故はずっと続いているし、いつ廃炉にできるかも分からない。

 

 福島の原発事故のあと、日本の原発はすべてストップした。そして、原発の安全神話は完全に崩れ去った。過去の原発反対裁判はことごとく負けてきたが、その判断が誤りだったことがはっきりと示された。私は、これからはそう簡単に原発を動かすことにはならないだろうし、再稼働阻止の裁判では勝つこともできるのではないかと何となく思っていた。

 

 しかし15年経った今、原発裁判は思うようには勝てず、原発は次々と再稼働に舵を切っている。原発の敷地内や近くに活断層があると指摘されても、活火山からの火砕流が到達する可能性があると指摘されても、事故のときの避難体制に問題があると指摘されても、原発を止めて廃炉にするという判断にはならない。

 

 こんな状態を見ていると、この国では科学や倫理では原発を止めることができないのだとつくづく思う。結局、何が原発を動かそうとしているのかと言えば、電力会社の採算であったり、電気の需要であったり、産業界の意向だ。消費者も電気代が安くなるなら再稼働もやむを得ないという人が増えてきた。つまり、お金が再稼働をさせているのだ。裁判長も恐らく圧力に抗えないのだろう。もともと日本の裁判長は「ヒラメ裁判官」といって、お上の意向を伺う人が大多数だ。国の方針が再稼働賛成なら、裁判でノーを突き付けるのは難しい。

 

 人類は、エネルギーをまだしばらくの間、石油などの化石燃料に頼ることになるだろう。しかし、それとて有限だし、石油の掘削にお金がかかるようになってきている。掘削のコストが高くなれば、原油の値段も上がらざるを得ない。これからは、石油の値段が上がることはあっても下がることはないだろう。地球温暖化の問題もある。そうすると、ますます再生可能エネルギーや原子力に頼らざるを得なくなる。しかし、原発はもちろんのこと、再生可能エネルギーも問題が山積している。

 

 東日本大震災のとき、東京では計画停電なるものが実施された。私はあの年の3月下旬に東京に行ったが、スーパーや電車の照明が暗くなり、ネオンサインが消え、街路灯もわずかになった。そして、駅などのエスカレーターも半分くらい止まった。それでも、何とかなっていた。現代人は電気を湯水のように使ってきたのだ。しかし、いつの間にかまた元にもどってしまった。節電は一時のものでしかなかった。それだけではない。これからAI推進でさらに電気が必要だと言っている。

 

 恐らく、これから私たちはエネルギーに大きなコストをかけることになるだろう。原発もすっと使い続けることはできず、やがて廃炉に多額の費用がかかることになる。使用済み核燃料の保管や処理にもお金がかかる。「ワクチンで人口削減が企てられた」などということが囁かれているが、これから訪れるであろうエネルギー不足、エネルギー高騰のことを考えれば、人間の数を減らしたいと思う人がいても何ら不思議ではない。

 

 エネルギー不足が深刻化したら、3.11のあとの東京のように、計画停電も実施されるかもしれない。大型農業機械は石油で動かしているが、燃料が高騰したら農作物の値段も高騰せざるを得ない。こんな状況なのに、湯水のようにエネルギーを使い続けていていいのだろうか? AIなど本当に必要なのだろうか? そして、地震や火山噴火のたびに、私たちは原発におびえなければならない。

 

2025/12/11

無責任な泊原発の再稼働

 8日に大きな地震に見舞われたというのに、その二日後の10日に北海道の鈴木知事が泊原発3号機の再稼働を正式に認めた。鈴木知事は今までは原発再稼働についてはっきりした態度を示してこなかったが、原発容認であることが明確になった。

 

 知事は立地自治体である泊村、神恵内村、共和町、岩内町の4町村が同意したことを理由の一つに挙げているが、原発交付金という利害がからむ地元自治体の首長の意見が民意を反映しているとは到底思えない。少なくとも北海道新聞社の世論調査によれば、道民の半数近くは再稼働に否定的だ。

 

 電気料金の値下げも理由に挙げているが、原発が過酷事故を起こしたならば、電気料金などの比ではない被害や損失が生じる。福島第一原発は太平洋側にあったため、放出された放射性物質の大半は太平洋に流れた。しかし、泊原発は日本海側に立地している。大事故になって放射性物質が拡散される事態になれば、偏西風にのって北海道の広範囲が汚染されるだろう。多くの人が被爆するだけでなく、穀倉地帯が壊滅的な被害を受ける。それに事故の処理費用は電気料金に加算されるだろう。

 

 おそらく知事が再稼働を容認した最も大きな理由は、半導体の量産を目指すラピダスの本格稼働(27年予定)や大規模データセンターの電力需要を見越してのことだろう。経済界からの圧力も相当あったのではないか。国は半導体生産もAIも積極的に推進していく立場だ。知事はラピダスの誘致も推進してきた。経済界、産業界の意向を無視できないのだろう。

 

 再エネでは足りないというが、ここまで地球温暖化が深刻になっているというのに、なぜ電力需要を増やしつづけるのか? 経済成長を諦め、エネルギー消費を減らすという当たり前の発想はどこからも出てこない。人類は半導体もAIもなくてもずっと生き続けてきた。科学技術を否定はしないが、頼り過ぎて自滅する可能性だってあり得る。日本だけの問題ではないが、こちらに書いたように私はITやAIの推進に大きな疑問や不安を抱いている。現状維持ではなぜいけないのか?

 

 原発はどれほど事故対策をしても完璧ということはない。絶対に安全ということはあり得ない。地震や大津波が頻発するこの国では、決してつくってはいけないものだった。そして、福島第一原発の事故は起こるべくして起き、その処理すらも終わっていない。終わっていないどころか、溶け落ちた核燃料は手が付けられない状態が続いている。使用済み核燃料の処理についても全く決まっていない。こんな状態で原発をさらに再稼働させようという人がいること自体、私にとって驚きでしかない。

 

 結局、原発を容認する人たちというのは、経済の視点でしか物事を捉えることができず、取返しのつかない事故が起きる可能性には目をつむっているのだ。あの福島の事故を経験しても。こうやって次々と原発を再稼働させていけば、いつかまた巨大地震や大津波で原発事故が起きることは想像に難くない。そして誰も責任をとらない。それでいいのだろうか?

 

2025/10/18

北海道民は原発事故から何を学んだのか?

 今日の北海道新聞に、「泊再稼働に賛成52%、反対34% 賛成の6割「電気料金安く」 道民意識調査」という記事が掲載された。北海道新聞社が独自に道民意識調査を行ったところ、過半数である52%が泊原発の再稼働に賛成という結果になったという。しかも、賛成する理由は電気料金が安くなるからが6割だというから、心底驚いた。福島の原発事故の教訓はどこへ行ったのだろう?

 

 福島の原発事故から14年以上が経ったが、福島第一原発の事故処理はいつ終わるかも分からない。放射能汚染は今も継続しているし、海の汚染も続いている。原発事故の処理に当たっている人たちは、今も被爆し続けているのだ。溶けた核燃料は手の付けようがない状態だ。ひとたび原発が過酷事故を起こしたなら、どんなことになるのかを福島第一原発は物語っている。もし、再び東北地方が大地震や大津波が襲われたなら、いったいどうなるのかと気が気でならない。チェルノブイリの原発事故では石棺にして何とか収束させた。しかし、福島は事故から14年経っても収束の見通しがたっていない。

 

 私たちは、福島の原発事故によって、原発の安全神話が完全に崩れ去ったことを思い知らされたはずだ。人のつくった原発に「絶対の安全性」などない。しかも、日本は地震大国、火山大国であり、頻繁に大地震が起きている。泊原発も活断層が指摘されているし、火山噴火で火山噴出物が到達する可能性も指摘されている。いくら安全対策を強化したとしても、直下で大地震が起きたり、火砕流などに襲われたらひとたまりもない。

 

 泊原発は日本海側に位置するが、ひとたび事故を起こしたら放射性物質は偏西風で運ばれて道内の広範囲を汚染するに違いない。人々が被爆するだけではなく、農地や畜産が壊滅的被害を受けるだろう。能登半島の地震の際も志賀原発は被害を受けている。詳しくはこちらで説明されている。福島の原発事故が私たちに教えたのは、原発事故は取返しのつかない放射能汚染を引き起こすことであり、このような事故を防ぐには廃止するしかない、ということだった。

 

 台湾は福島の事故をきっかけに原発廃止に舵を切ったというのに、道民はたった14年であの過酷事故のことも忘れてしまったのだろうか? 原発の停止で電気料金が値上げされたのは事実だとしても、それで安全を棚に上げて再稼働していいのか? しかも、再稼働したからといって値下げはたいして期待できない。北海道新聞の記事によれば、再稼働後に2回値下げをした関西電力の標準世帯の値下げ率は、2.7%と3.5%だという。2回合わせても6.2%下がったにすぎない。九州電両区の値下げ率は1.1%とのこと。泊原発3号機を再稼働させたところで、値下げ率はかなり低いだろう。大幅に下がるなどと期待したら大間違いだ。

 

 過去から学ばなければ、同じ失敗を繰り返すのは世の常だ。このまま原発を再稼働させていけば、いつか再び福島のような過酷事故が起きるだろう。目先の利益ばかりに囚われて安全性をないがしろにするほど愚かなことはない。

 

2025/03/11

震災から14年に思うこと

 東日本大震災、そして福島第一原発の過酷事故から14年を迎えた。テレビやネットに流れてきた大津波の映像は今も頭の片隅から消えない。あの巨大地震によって自然の驚異を見せつけられた(人工地震という説もあるが、それが事実だったとしても自然に発生する巨大地震の時期を早めたにすぎないだろう)。

 

 原発の建屋が吹き飛んだ映像は腰を抜かすほどショックだった。「とうとうやってしまった・・・」と。原発事故は間違いなく人災だ。そして、今も事故の収束には程遠い。あれ以来、ふたたび福島第一原発に大地震や大津波が襲ったらと、ずっと不安な日々を過ごさねばならなくなった。

 

 あの大事故で私たちは「原発は決して安全ではない」ということを身をもって経験したはずだ。福島第二原発も女川原発も大事故をおこす寸前だった。能登の地震でも、志賀原発は危うかった。プレートの境界に位置する日本は、必ず大地震に襲われる。そんなところに原発を建て続けたことが大きな間違いに他ならない。このまま原発を稼働させ続けたら、いつかふたたび大事故を起こすだろう。それが福島の教訓だった。

 

 福島の原発事故で、日本の原発が一斉に稼働を停止したときには心底ほっとした。もちろん燃料プールに使用済み燃料が保存されている以上、安心・安全ではない。しかし、稼働していないというだけで、どれほど安心感がもたらされたことか。福島の原発事故は、原発依存から抜け出すチャンスだった。

 

 ところがどうだろう? あれから日本は廃炉どころか再稼働の道に足を踏み入れた。そして、私たちは大きな地震が起きるたびにまた恐怖に襲われることになった。大津波は予見できたにも関わらず、裁判で東電の責任者たちは何ら責任をとらずに終わってしまった。なんという無責任な国なのだろう。

 

 原発事故が起きれば大地は汚染され、そこに住む人々も動植物も被爆する。そして、福島の事故を見ればわかるように、事故の収束すら見通せないことになりかねない。事故処理のためにも作業員は被爆を強いられることになる。被爆で病気になった人、今も避難している人が大勢いる。原発事故というのはあってはならない人災だ。

 

 結局、日本は福島の事故に学ぼうとはしない。アメリアだって大地震が起きる可能性のある場所には原発は建てないというのに、日本はそんな当たり前のことですらできない。人々の命や暮らしより、利権や利便性が大事なのだ。

 

 北海道では半導体生産のラピダスで大量の電気が必要だという。だから、泊原発を再稼働させたくて仕方ない人たちがいる。しかし、原発事故のことを考えるのなら、半導体生産の方を考えなおすべきではないか。なんでもかんでもデジタル化を進め、ITだとかAIに頼ろうとするから半導体が必要になる。それを止めればいいだけではないか。

 

 デジタルをいっさい否定するつもりはないが、なんでもデジタルにすればいいというものではない。そんなことを続けていたら、人は機械や人工知能に振り回され、人間らしい生活からどんどん遠ざかっていくだろう。人は頭や体を使ってこそ健全な生活が送れるのだろうと私は思っている。頭や体を使わなくなればなるほど、心も体も蝕まれていくように思えてならない。

 

 震災、原発事故から14年。教訓から学ぶどころか、相変わらず利権にしがみつくこの国に希望を持つことができなくなっている。

 

2024/01/04

大地震に警戒を

 今年の新年は能登半島の大地震で始まった。まずは、亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災された方たちに一日も早く平穏な生活が戻ることを祈りたい。

 

 ところで、この地震についてロシアの研究者Alexey Lyubushin博士が大きな地震の前兆ではないかと不穏な推測をしている。

 

20240103報告(生かせいのち自身と防災 ameba版)

 

 Xのアカウントをお持ちの方は、ここからリンクされている「Sputnik 日本」のツイートをお読みいただきたい。

 

 要約すると、「日本列島は2023年3月からいつ大地震が起きてもおかしくない段階に入っており、それはマグニチュード7.5を超える。今日本で起きている地震はより大きな地震の前兆である可能性がある。3.11のときも、マグニチュード7.5の前震がありその3日後に大災害が起きた。新たな大地震は太平洋側の東京近郊で起こる可能性がある。」との推測をしている。

 

 Lyubushin氏は2023年3月から5月の間に日本の南部で極めて大きな地震が起きる恐れがあるとの予測をしていたが、これは当たらなかった。今回の予測も当たらないといいのだけれど、やはり警戒することに越したことはない。

 

 今回の地震では志賀町で震度7、志賀原発は震度5を記録したと発表されたが、配管が壊れて絶縁や冷却のための油が漏れだしたことが分かっている。この程度の地震で配管が壊れるのであれば、耐震性に問題があると言わざるを得ないし、日本にある全ての原発は大地震に耐えられないと思う。志賀原発が停止していたのは不幸中の幸いだが、核燃料プールがある限り、いつ過酷事故が起きてもおかしくない。原発があるというだけで、日本はかなり危機的状況に立たされている。

 

 しかも、能登の地震の震源域を見れば、志賀原発は断層の上ないしは直近に建てられたと言っても過言ではない。日本は原発によって滅びるのではないかと、福島第一原発の事故当時の恐怖が蘇ってくる。とにかく一刻も早く全ての原発を廃炉にし、更なる地震対策をするしかないと思う。

 

2023/08/24

二つの大罪

 政府はとうとう福島第一原発の汚染処理水を海に放出するようだ。海に汚染水を流すなどというのは決してやってはいけないことだが、漁業者や国民の反対を押し切って進めるらしい。

 

 先の記事lでも触れたが、福島第一原発の港湾内外では今でも高濃度汚染された魚が採れている。その情報源が思い出せないでいたのだが、おしどりマコさんのサイトに詳しく書かれていた。

 

「ALPS処理水」海洋投棄に関係なく、現在進行形の福島県沖の魚のセシウム汚染を東電も国も解決できず

 

 最後のまとめの部分を引用しておきたい。

 

港湾内の魚のセシウム汚染、港湾外の魚のセシウム汚染は、ここ数年になぜか増加している。
しかし、その原因は解明されておらず、対策も不十分である。
「ALPS処理水」海洋投棄の前に、ここ数年続いている魚のセシウム汚染を解明し、
対策を取るべきではないだろうか?
それも出来ずして、「ALPS処理水」をコントロールしながら海洋投棄することは、
国や東京電力の能力的に可能なのだろうか?
また何か問題があってもなかなか公表されなかったり、うっかり失敗してしまったり、
という「いつもの」東京電力の対応が予想されるばかりである。

 

 恐らく今も福島第一原発からは汚染水が海に垂れ流しになっているのだ。そのコントロールすらできない状態で、さらに汚染水を海に流すという。そして、東京電力は、具体的な放出計画が策定できていないと認めている。つまり、どれくらいの量をいつまで流し続けるのかも分からない。とんでもない話だ。

 

 原子力資料情報室も、抗議の生命を公表した。

 

政府の汚染水放出決定に断固として抗議する

 

 福島第一原発の事故では大量の放射性物質が大気中に放出された。福島第一原発は太平洋側にあるので、その放射性物質の大半は偏西風に運ばれ海側に流れたのだ。このために内陸の汚染はチェルノブイリほどにはならなかったが(とはいえ、内陸も汚染された)、海を大量の放射性物質で汚染してしまった。その後、溶けた核燃料を冷却するために汚染水問題が発生した。ALPSで処理した水をタンクに溜め込んでいると言うものの、原発から発生する汚染水の一部は恐らく今も港湾内外に流れ出ている。そしてさらに汚染水を放出するという。

 

 生命の源である海を放射性物質で汚染するというのは、取り返しのつかない愚行だし、それがどれだけ罪深いのか、政府も東電もまるで分っていないようだ。こんなことは絶対に容認できない。

 

 さて、タイトルに二つの大罪と書いたが、もう一つの愚行は9月20日から始まるというXBB対応型のコロナワクチンだ。これについて村上康文氏が動画で警告を発している。

 

村上康文(東京理科大名誉教授)XBB対応型ワクチンは打ってはいけない

 

 このワクチンは人での臨床試験が行われていない。そして、既接種者が打つと抗原原罪で武漢蛾型抗体が誘導され、XBB変異型に対する中和抗体は誤差範囲で全く効果は期待できない。さらに既存抗体が中和できないためにフルに毒性を発揮するスパイクタンパクが全身にばらまかれるという。何度も打っている人にとっては、コロナに罹るだけで命が危うくなりかねない。

 

 コロナワクチンですでに史上最悪の薬害が発生しているが、XBB型を打てばさらに薬害が増え死者も増えるだろう。決して打ってはいけない。こんなものを打たせようとしている政府は、製薬会社の言いなりになり国民を実験台にしている。

 

 汚染水の海洋放出も、コロナワクチンも国民のことなど何一つ考えていない。というより国民を犠牲にしようとしている。平気でこんなことをする政府には、怒りしかない。そしてワクチン問題は野党も消極的だ。この国はすっかりおかしくなってしまった。

 

2023/08/14

汚染水を海に流すという犯罪

 コロナ騒動が始まる前までは、原発問題も含めいろいろな話題を取り上げてきた。しかし、コロナ騒動が始まってからというもの、ことの重大性に気づいて肝が冷える思いをしている。このブログで何回か書いてきたけれど、私はいわゆる陰謀論者だ(笑)。つまり、コロナウイルスは人工ウイルスであり、ワクチンを打たせるためにパンデミックが意図的につくられた。そしてその目的は人口削減にある、という説を支持している。人口を減らそうとしている人達は地球上の8~9割もの人口を削減しようと画策しているのではないかと推測している。人々を様々な病気にし、出生数も減らすというやり方で。

 

 しかも、mRNAワクチンは人の遺伝子まで改変する可能性があると指摘されている。これは言うまでもなく人類の危機になりかねない。そして日本人は多い人で6回も接種しており、秋には7回目まで始まるという。今は自己増殖型mRNAワクチンなどというものまで開発中で、これが打たれるようになるとシェディングによって非接種の人まで接種したと同然になると言われている。やがてすべてのワクチンがmRNAになるかもしれない。これはもう日本人絶滅の危機ではないか?

 

 考えただけで気が滅入ってくる。しかし、そんなことを一日中考えているわけにもいかない。そこで気晴らしに昆虫やクモの写真を撮ってそれをブログで紹介しながら、ワクチンやグレートリセットに関する話題もちょこちょこ書くようなスタイルになっていた。そんなところに、izukunさんから汚染水の海洋放出に関する記事のリクエストがあった。

 

 前置きが長くなってしまったが、今回は少しだけこの問題に触れておきたい。

 

 日本政府は、福島第一原発から出る処理水(処理水といってもトリチウムの他に多数の放射性核種が含まれている汚染水)を海に流そうとしている。汚染水の海洋放出は以前から言われていたが、「とうとう・・・」という感が否めない。もちろん、福島第一原発ではすでに地下水を通じて汚染水がダダ洩れになっている。2021年2月に新知町沖で漁獲したクロソイからは500ベクレルのセシウムが、同4月1日に南相馬沖で漁獲されたクロソイから270ベクレルのセシウムが検出されており、放射性物質が漏出している疑いもある。これだけでも大問題だが、汚染処理水の海洋放出は国民の過半数が反対し、漁業者も反対している。国民も漁業者も利害関係者なのに、それを無視する対応だ。これ以上汚染水を保管する場所がないから海に流すというのは、結局安上がりに済ませたいということなのだろう。「原発推進派による茶番劇」という指摘もある。(こちら参照)。

 

 汚染水の海洋放出についてはお隣の韓国や中国でも問題視している。例えば韓国のメディアではトリチウムの危険性を報じている。

 

トリチウムは致命的物質・・・日本政府は「問題ない」と真実歪曲 (中央日報)

 

 また中国のメディアも「日本が原発処理水を海洋放出へ もっといい方法はないのか」という記事 で、これから30~50年間ほど貯蔵して放射能を減らすほうが良いという提言をしている。私も安全な処理法がないのなら、まずは保管を考えるのがベストだと思う。以前、小出裕章さんが言っていたタンカーなどを利用した保管はできないのだろうか? まずは保管をし、より安全な処理法を探っていくしかない。

 

 もう一つ、週刊金曜日の記事を紹介しておきたい。

 

福島第一原発の処理汚染水海洋放出に市民団体が反対 「東電の垂れ流しは犯罪行為だ」

 

 東京大学名誉教授の鈴木譲氏は、こう述べたという。「生物に悪影響を及ぼす汚染物質を垂れ流す東京電力の行為は、水産資源保護法違反です。犯罪行為です。東電や政府幹部、(海洋)放出の責任者は刑事訴追されるべきです。東電や(政府の)責任者を刑務所にぶち込んでやろうじゃないですか」

 

 私も、海洋放出など到底認めるべきではないし、犯罪行為ではないかと思う。

 

 最後に「風評被害」について一言書いておきたい。福島の原発事故以来、「風評被害」という言葉がずいぶん使われるようになった。風評被害というのは「根拠のない噂のために受ける被害の事」を指す。しかし、汚染水を海に流せば生物がそれらの核種を取り込み食物連鎖によって濃縮される。それを私たちは食べることになるのだから、体内に放射性物質が取り込まれる。食べ物を汚染するのは明らかなのだから、風評被害などではなく実害だ。こんないい加減な言葉で誤魔化すのは止めてほしい。

 

 izukunさんの言う通り、薄めて流せば問題ない、などというのは詭弁にほかならない。

 

【2023年8月16日追記】
記事の一部に不正解な部分があったため修正した。「もちろん、福島第一原発ではすでに地下水を通じて汚染水がダダ洩れになっている。」→「2021年2月に新知町沖で漁獲したクロソイからは500ベクレルのセシウムが、同4月1日に南相馬沖で漁獲されたクロソイから270ベクレルのセシウムが検出されており、放射性物質が漏出している疑いもある。」出典はこちら

 

 

2021/03/11

原発事故から10年

 今日で東日本大震災から10年になる。10年前のあの異様な揺れは今も忘れられない。北海道はそれほど大きな揺れではなかったが異様な長さの地震で、震源地は近くなくても大きな地震に違いないと直感した。プレート境界に位置する日本は太古から大地震や大津波に襲われてきた。しかしマグニチュード9という大地震はそうそう起きるものではなく、観測史上最大級の地震だ。海辺の街に襲い掛かる大津波の映像を見て、その自然の猛威に人々は逃げることしか術がないと実感した。

 それでも地震や津波の被害だけなら日本人は何度も立ち直り復興を果たしてきた。自然災害は無くすことはできない。過去の自然災害の教訓を生かし、被害を減らす努力をするしかない。

 しかし、忘れてはならないのは人災だ。東北地方太平洋沖地震とそれによる巨大津波は4基もの原発の爆発を引き起こし、世界中に大量の放射性物質をまき散らした。その事故は今も継続中で、廃炉の目途さえ立っていない。これは地震大国に原発を作ったことによる人災だ。頻繁に大地震や大津波に襲われてきた国に原発を建てたなら、いつかはこういうことになるのは誰にでも想像できる。だからこそ全国で原発に反対して裁判が起こされた。しかし、政権におもねる裁判官はことごとく原告の主張を退けてきた(一部原告勝訴の判決が出ても、上訴で覆された)。

 では、福島の原発事故を経験してこの国は何か変わったのだろうか? 私にはほとんど変わっていないように見える。福島県では小児甲状腺がんが多発した。転移している事例も多く、医師が手術が必要だと判断した進行がんだ。ところが、これに対しては「過剰診断によって良性のがんを見つけているだけ」という主張がなされ、国連までもが同じような評価をしている。チェルノブイリの事故で認められた小児甲状腺がんは、福島ではその因果関係すら否定されようとしている。その前提に被ばく量の過小評価がある。これについては「study2007」さんが「見捨てられた初期被曝」で指摘しているが、studyさんの指摘もスルーされている。

 被曝の過小評価といえば、宮崎・早野論文がある。東大名誉教授によるスキャンダルとも言える事件だが、マスコミは大きく取り上げることはなかった。これについてはこのブログでも過去に取り上げてきたが、早野氏は黒川氏の指摘に対して回答をしていない。以下、参考記事。

早野龍五氏は物理学者らの指摘に答える責任がある

早野龍五氏の本音は原発推進

宮崎・早野論文の驚くべき不正と隠蔽(訂正と追記あり)

早野龍五氏「見解」の嘘で濃厚になった捏造疑惑

 爆発によって放出された放射性物質は、福島県だけではなく首都圏にまで降り注いだ。原発事故による内部被ばくによってがんその他の病気になったとしても、因果関係の証明はまずできないだろう。事故後の病気の発症率に有意差が出たとしても、個々の病気が被曝由来だという判断はほぼ不可能だ。それを良いことに原子力ムラとその利権関係にある人達によって、原発事故の過小評価が繰り広げられているというのがこの国の実態だ。

 復興を目指して放射性物質で汚染された土壌が大量に発生した。環境省は何とこれらの汚染土の再利用を進めようとしている。タンクに貯まり続ける汚染水も海洋放出が検討されている。汚染されたものは拡散させないという原則すら無視だ。

 チェルノブイリの原発事故は石棺によって一応の収束を見た。しかし同じレベル7である福島の原発事故は10年たった今も継続していている。使用済み燃料プールの燃料の取り出しも2基で終わっただけで、1号機と2号機は手が付けられていない。溶け落ちた核燃料などいつ取り出せるのかも分からない。汚染水も貯まる一方だ。被曝による健康被害がチェルノブイリより少なかったのは、単に放出された放射性物質の大半が風によって太平洋側に流れたという幸運があったからに過ぎない。事故としては福島の方がはるかに深刻だ。

 原発事故という人災については原因究明もその被害も責任もことごとく曖昧にされ、人々が忘れ去るのを待っているかのように見える。しかし、福島第一原発の現場では今も、そしてこれから何十年も事故は継続中だ。避難した人々にとっても以前の日常は戻らない。

 福島の原発事故を受け、脱原発を決めた国がある。その一方で、当事国の日本は未だに原発を稼働している。あの事故のあと、原発に対する国民の意識は大きく変化し、多くの国民が「将来的に、或いはすぐに原発ゼロにすべき」と考えるようになった。しかし、自民党政権や経済界は今も国民の声を無視して原発にしがみついている。この違いは何なのだろう?

 あの大事故を経験しそれがまだ継続中だというのに、10年経ってもこの国の原子力をめぐる利権構造も無責任体質も何も変わっていない。それは政権や原子力ムラだけの問題ではない。原発事故はもうこりごり、原発ゼロに向かうべき、と思っている国民が多いにも関わらず、選挙になれば自公政権が圧勝を続け、脱原発を掲げる政党は支持が伸びない。あの事故を経験したにも関わらず、選挙に行かず自民党圧勝を許している人達は相変わらず多い。脱原発に舵を切れない責任は私たち国民一人ひとりにもあるのだ。

 

2019/04/19

被ばくによる健康被害を「風評」にしてしまう人たちを信じてよいのか

 漫画「美味しんぼ」の作者である雁屋哲さんの4月15日のブログ記事が話題になっている。雁屋さんが、「美味しんぼ」で主人公が福島の取材から帰ってきた直後に鼻血を出すという描写をしたところ、風評だと言われて非難されたことを記憶している人は多いと思う。その後、雁屋さんの周辺で奇怪なことがいくつも起きているという。ツイッターなどをやっていない人は知らない人も多いと思うので、紹介しておきたい。

奇怪なこと(雁屋哲の今日もまた)

 福島の原発事故が起きてから鼻血が出たという話はあちこちで聞かれたし、被ばくとの関係が指摘されていた。被ばく問題に関心を持っている人なら、放射性微粒子が鼻血の原因になることは知っていると思う。

 取材のために福島に行った雁屋さん自身も、福島から帰った直後に突然鼻血を出すようになり、疲労感を覚えるようになった。しかも、福島取材に行った取材班の4人の中の3人が鼻血を出し、その中のお一人は体調が回復せずに歯茎からも出血するようになり、脳梗塞で亡くなられたという。井戸川前町長も「私も鼻血が出ます。今度の町長選の立候補を取りやめたのは、疲労感が耐え難いまでになったからです」、「私が知るだけでも同じ症状の人が大勢いますよ。ただ、言わないだけです」と発言している。これらの個々の症状は被ばくだと断言できないとしても、複数の人に同時に生じていることから、「被ばく」を抜きにして説明できないのではなかろうか。

 ところが、安倍首相はこうした事実を「風評」だといってマスコミを利用して非難した。一国の首相が事実を風評だと決めつけ、事実を語る人を非難することで、被ばくによる健康被害の否定に躍起になっている。狂っているとしか言いようがない。しかし、こうしたことは雁屋さんに限らない。被ばくによる健康被害について言及したり懸念する人たちの多くが、デマ呼ばわりされてきた。さらに汚染地域在住で安心情報にすがりたい人たちがそれに同調してバッシングを繰り広げている。

 福島の小児甲状腺がん多発に関しても、いまだに過剰診断説を唱える科学者や医師やジャーナリストがいる。そして、被災者に寄り添い情報を発信している「おしどりマコ」さんを「放射能デマ屋」だと言って攻撃している科学者もいる。「事実」を否定して嘘デタラメを拡散させ、被災者のために尽力している人を貶めている人はどっちなのだろう?

 残念なことに、こうしたことを知らずにマスコミの垂れ流す情報を信じてしまっている人たちも少なからずいる。若い人たちには安倍政権の支持者が多いというが、雁屋さんの記事を読んで何が正しいのか、こんな状態を黙認していていいのか、もう一度考えてほしい。以下に雁屋さんのブログから最後の部分を引用しておきたい。

 

一つの国が滅びるときには必ずおなじことが起こります。
支配階級の腐敗と傲慢。
政治道徳の退廃。
社会全体の無気力。
社会全体の支配階級の不正をただす勇気の喪失。
同時に、不正と知りながら支配階級に対する社会全体の隷従、媚び、へつらい。
経済の破綻による社会全体の自信喪失。

 

これは、今の日本にぴったりと当てはまります。
私は社会は良い方向に進んでいくものだと思っていました。
まさか、日本と言う国が駄目になっていくのを自分の目で見ることになるとは思いませんでした。
一番悲しいのは、腐敗した支配者を糾弾することはせず、逆に支配者にとっては不都合な真実を語る人間を、つまはじきする日本の社会の姿です。

 

【参考記事】
放射性PM2.5としての原発フォールアウト(セシウムボール)を考える(赤の女王とお茶を)

 

 

2019/02/11

早野龍五氏「見解」の嘘で濃厚になった捏造疑惑

 2月8日にOur Planet-Tvが驚くべきニュースを報じた。

千代田テクノルのデータを研究に使用認める~宮崎・早野論文

 第一著者の宮崎氏が、事実を語り始めたようだ。「科学」2月号で7つもの倫理違反が白日のもとに晒され、伊達市や東大の調査も始まった。宮崎氏は事実を語ることを覚悟したように見える。

 著者は伊達市からデータを受け取る前の2015年2月に千代田テクノルからデータを入手し、早野氏はすぐに解析作業をはじめて2015年7月には第1論文の図やグラフがほぼ完成していたらしい。これにはびっくり仰天。

 この記事の最後に掲載されている経緯を引用しておきたい。

2011年 8月      伊達市が千代田テクノルにガラスバッチ による「外部被曝計測」を委託
2012年 8月      伊達市が住民に同意書を送付
2013年 8月      伊達市が千代田テクノルに「データベース構築業務」を委託
2013年10月     伊達市が千代田テクノルに「外部被ばく検査事業集計分析業務」を委託
2014年10月     パリで開催されたIRSNのセミナーに仁志田伊達市長、半沢直轄理事、多田順一郎アドバイザー、早野氏、宮崎氏らが参加。伊達市のビッグデータを解析して論文を書くよう提案を受ける
2015年 1月      宮崎真氏が伊達市のアドバイザーに就任
2015年 2月13日 千代田テクノルが宮崎・早野氏へのデータ提供許可を伊達市長に求める
2015年 2月16日 伊達市長が千代田テクノルにデータ提供を了承
2015年 3月13日 千代田テクノルが「外部被ばく検査事業集計分析業務」成果品を納品
2015年 7月30日 定例打ち合せで、宮崎氏が論文掲載データと同じ図が含まれた資料を提示
2015年 8月 1日 市が福島医大と宮崎氏に研究依頼文書(日付と内容が捏造された可能性)
2015年 8月25日 定例打ち合せで宮崎氏が論文用の依頼文書作成を要望
2015年 9月12日 ICRPダイアログにて早野氏が論文に掲載された図と同じデータを公表
2015年11月 2日 研究計画を倫理委員会に申請
2015年12月17日 倫理委員会が研究を承認

 この経緯から、以下のことが分かってくる。

・伊達市長や著者らがIRSNのセミナーに参加してガラスバッチのデータを解析し論文を書くように提案されたことが論文を書くきっかけ。 → 原子力ムラが大きく関与している。
・伊達市が医大と宮崎氏に論文を依頼する前に千代田テクノルが市長に許可を求めた上で著者にデータを提供。 → 伊達市長の許可で個人情報が流出。
・第1論文の解析が終わって図表が作成されてから倫理委員会に申請・了承。 → 倫理委員会は形だけのものだった。
・早野氏の1月8日付けの「見解」にある「私たちが伊達市から受け取ったデータには同意の有無を判断出来る項目がなく、さらに幾度となく委託元である伊達市側に解析内容を提示した際にも対象者数に関するご意見もなく、適切なデータを提供いただいて解析を行ったと認識しておりました」という説明と一致しない。 → 千代田テクノルから直接データが提供され、それを用いて解析したのだから、この説明自体が嘘。

 これはもう、原子力ムラと伊達市と医大と著者らがグルになっていたという話しになる。しかも、個人情報がそのまま早野氏に提供されたということだろう。委託側と受託側は利益相反の関係であり恣意的な数値操作がなされたとしても何ら不思議はない。

 その後、2月11日になって黒川眞一氏によるまたまた驚くべき記事がハーバー・ビジネス・オンラインにアップされた。

黒川名誉教授緊急寄稿。疑惑の被ばく線量論文著者、早野氏による「見解」の嘘と作為を正す

 何と、黒川氏のレター論文に対し早野氏の方から指摘に一つひとつ答えるのではなくcorrigendum(正誤表、訂正)を提出したいと申し入れ、掲載誌がそれを受け入れていたのだ。ところが、早野氏は「見解」で「正誤表」あるいは「訂正」とは書かず「JPR誌より『修正版を出すように』との連絡を受けました」と書いている。さらに伊達市からデータの再提供を受けて新たな論文を書くことが「修正版」であると説明し、「正誤表」を「別の論文による修正版」へと巧みにすり替えをしたのだ。

 私も早野氏の「見解」に関しては前回の記事で「論文修正に関わる早野氏の欺瞞に満ちた説明」として取り上げているが、レター論文を送った黒川氏本人による早野氏の数々の嘘の指摘は衝撃的だ。

 私は前回の記事で「早野氏が第2論文に対するレターに答えようとしないのは、レター論文のことを知りながら掲載誌がそれを受理する前にデータを(恐らく恣意的に)廃棄してしまったから」と書いた。研究終了の報告書でもデータは10月末で廃棄ということになっているし、早野氏自身が1月8日の「見解」で削除したと記していたからだ。しかし、私は黒川氏のこの記事を読み、早野氏は本当はデータを廃棄していないのではないかと思うようになった。

 早野氏は、掲載誌に対してcorrigendum(正誤表、訂正)で対応したいと申し入れをした。corrigendumというのは誤記などの単純ミスの訂正だ。したがって、論文に単純ミスがあったことを認めそれを訂正すると言っていることになる。さらに「解析プログラム」を見直して被曝線量を1/3に過小評価していたという別のミスも発見している。データを削除していたら、ミスを確認して訂正したり新たな間違いを発見することもできないのではなかろうか? 元データは削除していると言いながら「解析プログラム」は残っているというのも不可解だ。とすると実際にはデータは削除していなかったと考えざるを得ない。

 10箇所もの単純ミスがあったのならあまりに杜撰だが、そもそもそんな多くの単純ミスをするというのは非常に不自然であり不可解だ。データが保存されており、そのミスが誤記や計算間違いなどの単純ミスならば、黒川氏のレター論文に一つひとつ回答できるはずだ。

 こちらの記事では「図の一部に不自然な点があり『線量を過小評価するための捏造が疑われる』」と指摘されている。これらのことかも、単純ミスなどではなく恣意的な数値操作、すなわち捏造によって過小評価がなされたという疑惑はほぼ確定的のように思える。

 宮崎・早野論文問題は宮崎氏の告白と黒川氏の告発によって新たな局面を迎えたように見える。

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