野鳥

2023/06/20

ホオジロ

 今年は我が家の庭でホオジロが繁殖した。庭に営巣したのは2回目。庭ではないものの、すぐ近くで繁殖したことも1度ある。

 

 巣をかけたのはイチイの木で、しばしば刈り込んでいるために枝が混んでいて、巣をつくるのにちょうど良かったようだ。外からは巣は全く見えない。

 

 このイチイの木は居間の前にあり窓からよく見えるので、巣材を運びはじめたときに巣作りをしているのに気づいた。ただ、前回もそうだったのだけれど、ホオジロは巣の近くではとても大人しく、鳴き声もほとんど出さない。雄も少し離れたところで囀っているのは聞いたけれど、すぐ近くでは囀らない。

 

 今回は巣材を運んでいるときに気づいたが、抱卵になるとまた出入りが少なくなってしまう。だから、巣作りを見逃してしまうと繁殖していることすら気づきにくい。巣があるとわかると、庭の草取りも気にしながら手短に済ませることになる。そして、草取りをしていても、庭で小鳥が繁殖しているという気配がまったく感じられないから不思議だ。

 

 親鳥が餌を運んでいるのに気付いたのが9日頃だったろうか。18日には雌雄が入れ替わりでかなり頻繁に餌を運んでいたので、雛がだいぶ大きくなっていると察せられた。

 

 で、今日は朝からイチイの木をちょこちょこ見ていたが、ホオジロの気配がない。どうやら昨日19日くらいに巣立ったようだ。本当に、ひっそりと巣作りをし、ひっそりと巣立ってしまった。

 

 ようやくホオジロのことを気にせずに庭仕事ができるが、巣立ったらそれはそれでちょっと寂しい。来年も来てくれることを楽しみにしたい。

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2023年6月10日 餌をくわえる雄

 

2023/04/24

ノビタキ

 4月中旬になると、毎年のように庭にノビタキがやってくる。近くで繁殖することはあるものの、庭にくるのは渡りの途中の個体なのだろう。夏羽の雄は頭から背、翼が黒く、胸は橙色。腹部は白く、翼に白斑がある。雌は雄よりも淡く、頭から背、翼は褐色、胸から腹部は淡褐色をしている。

 

 東京に住んでいた頃は、ノビタキは霧ヶ峰なとの高原に行かないと見られない鳥だった。だから、たまに高原に行って姿を見られると嬉しかったものだ。ところが、北海道の草原や農耕地ではごくありふれた野鳥だ。農耕地では電線に止まっている姿を頻繁に見る。そうなると、なんだか嬉しさも薄れてしまう。人間というのは勝手なものだ。

 

 ただ、ノビタキがいつまでもありふれた野鳥でいつづけるとは限らない。かつては北海道のあちこちの草原で見られたシマアオジは、今ではごく一部の限られた草原でしか見られなくなってしまった。シマアオジの場合は越冬地の中国で食用として捕獲されたことが激減の原因と言われている。そういえば、ノビタキ同様農耕地で普通に見られたオオジシギもずいぶん減ってしまった。農耕地に多いノビタキは、農薬の影響は大丈夫なのだろうか? いつまでもありふれた野鳥でいて欲しいと願わずにいられない。

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雄 2023年4月22日 北海道十勝地方

 

2023/04/19

クマゲラ

 散歩をしていたら、キョロキョロキョロ・・・クィー、クィーと大きなクマゲラの声が。近くの木に止まっているのかと思ったら、地面にいた。どうやら朽木で昆虫を捕っているようだ。この大きなキツツキはなぜかアリが好物だ。

 

 クマゲラはカラスをやや小さくしたくらいの黒い大型のキツツキ。近くで見るとなかなか迫力がある。我が家の周辺にも生息していてときどき声を聞いたり姿を見かけたりする。東京に住んでいた頃は北海道に行っても見ることは叶わなかったが、今は散歩で遭遇する鳥だ。

 

 全長は45cmほど。写真の個体は頭部が赤いので雄(雌は後頭部だけが赤い)。日本では北海道と東北地方の一部(ブナ林)に生息している。

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雄 2023年4月19日 北海道十勝地方

 

2023/04/12

オオアカゲラ

 今日は風が強く、タテハチョウは全く飛んでいない。こんな日は散歩の足取りも早くなってしまうが、遊歩道を歩いていたら近くにオオアカゲラがやってきた。アカゲラよりは少ないものの、ときどき見かける。アカゲラより一回り大きく、お腹の赤はアカゲラより淡い。また背中はアカゲラのような大きな逆八の字型の白斑がない。一枚シャッターを押したら飛んでいってしまった。

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2023年4月12日 北海道十勝地方

 

2021/03/21

春のガンの渡り

 3月20日、十勝川河口付近にガンを見に行ってきた。いつもは三日月沼周辺に大きな群れがいることが多いのだが、この日はガンやハクチョウの群れはだいぶ分散しているような感じで、数百羽の群れはいても千羽以上の大群は見られなかった。オオハクチョウ、ヒシクイ、マガンが何か所かの畑に群れて休んでいるという感じ。しかも大半が頭を翼の中に突っ込んで休んでいる。いつもとちょっと違う光景だった。残念ながらハクガンは見られなかったが、帰りがけに少し内陸の方の畑にマガンとシジュウカラガンの群れがいた。

 ハクガンもシジュウカラガンも私が若かった頃はとても珍しいガンで滅多に見ることができなかったのだが、日露米の共同チームによる羽数回復計画が実を結び近年は大きな群れが見られるようになった。十勝川河口周辺はハクガンやシジュウカラガンの渡りの中継地になっており、運がいいと春と秋の渡りのシーズンに見ることができる。数百羽のハクガンやシジュウカラガンが日本で見られるようになるとは夢にも思っていなかったので、2019年にハクガンの大群を目の当たりにしたときはただただ感動した。絶滅の危機に瀕している動植物が増える一方で、地道な努力が実り個体数が回復するというのはほんとうに喜ばしいことだ。

 シジュウカラガンとハクガンの羽数回復計画については以下を参照していただきたい。

日本の空に復活したシジュウカラガンとハクガン

 写真は2019年と2021年撮影のもの。

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2019年3月23日 ヒシクイ

 

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2019年3月23日 マガン

 

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2019年3月23日 ハクガンとシジュウカラガン

 

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2021年3月20日 シジュウカラガン

 

 

2021/01/31

クマタカが庭に

 私の居住地は山間部なので、庭仕事をしているとクマゲラのキョロキョロキョロ・・・という鳴き声が聞こえることもあるし、オジロワシやオオワシが上空を飛んでいることもある。都会の人から見たら羨ましい環境かもしれない。

 今日はカラスが騒がしいと思ったら、どうしたことか庭の木にクマタカが止まっていた。クマタカは上空を飛んでいるのをたまに見ることがあるが、庭にきたのは初めて。警戒心の強い猛禽がこんな人家の近くにきたことにちょっと驚いた。こうして近くで見るとさすがに大きくて迫力がある。

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2019/06/29

消えゆく野付半島のアカアシシギ

 アカアシシギの繁殖が北海道の野付半島で確認されたのは1972年のこと。その経緯については森岡弘之氏と高野伸二氏によって報告されている。

北海道で発見したアカアシシギの繁殖

 この発見は当時のバードウオッチャーにとってはかなり衝撃的だった。春と秋の渡りの季節に日本の干潟で見られるシギの大半は北極圏などで繁殖するので、北海道で繁殖しているとは思ってもいなかったからだ。

 上記の森岡さんと高野さんの報文によると、アカアシシギは野付半島全体に生息しており、「野付半島だけで少なくとも50~100つがいは繁殖していると思われる」と推測している。

 私もアカアシシギの繁殖のことを知り、1976年に野付半島を訪れている。当時のフィールドノートを引っ張り出してみると、7月14日に尾岱沼から観光船でトドワラ往復、翌15日にはやはり尾岱沼から観光船で野付半島の先端であるアラハマワンドに行き、そこからトドワラまで歩いていた。その頃は尾岱沼とトドワラを結ぶ観光船のほかに、アラハマワンドへ行く観光船が一日一便(朝)あったのだ。トドワラやアカアシシギを見たのは覚えていたものの、半島の先端からトドワラまで歩いたことはすっかり記憶から消えていた。

 フィールドノートの記録では、アラハマワンドから竜神崎までの間で5つがい、竜神崎からトドワラの付け根までの間で3つがい、トドワラの付け根からトドワラの間で1つがいを観察している。また、アカアシシギは沼の周辺の泥地やの草丈の低い草地に生息し、センダイハギやハマナスが生育するような乾いた草原では見られないと書かれている。テリトリー上空を大きな鳴き声を出しながら飛び回っていることが多く、人が近づくと警戒する様子も記されている。つまり繁殖していればかなり目立つ野鳥だ。

 しかし、アカアシシギはその後、減少の一途をたどる。

 中標津町の獣医師である中田千佳夫さんのブログによると、2015年には半島先端の砂嘴とその間に広がる湿地のあるところでしか、鳴き声を聞くことができなくなったという。

 野付半島野鳥観察舎のサイトによると、2016年には竜神崎灯台の近くにある淡水池の周辺で2つがいが繁殖しているとの記述がある。2018年にもアカアシシギは繁殖していたようだ。

アカアシシギの繁殖行動
6月の淡水池

 そんなわけで、竜神崎近くの淡水池周辺では繁殖しているのではないかと期待して26日に出かけてみたのだが、残念ながらアカアシシギの姿を見ることはできなかった。ネイチャーセンターで尋ねてみたところ、今年は半島の先端部で5月に見たという情報があるだけとのことだった。5月であれば渡り途中の個体の可能性もあり、繁殖しているかどうかは分からない。

 1970年代はじめには半島全域でおおよそ50~100つがいも繁殖していたと推測されるアカアシシギは、この4、50年ほどの間に数つがいほどに減少し、もはや風前の灯火だ。ここまで激減した要因は、半島全体が沈降したことで生息適地が減ってしまったこともあるのだろうが、観光客の増加も否めない。

 私がアカアシシギを見た1970年代は半島の道路は舗装などされていなかったし通行する車も限られていたと思うのだが、今はネイチャーセンターには自家用車のみならず大型の観光バスが何台もやってくる。これではアカアシシギが減るのも無理はない。地盤の沈降は自然の摂理であっても、ここまで減ってしまったのはやはり人為的影響が大きいように思えてならない。

 野付半島はラムサール条約の登録湿地であるが、保護の網をかけただけでは野鳥は守れない。せめて人の影響の少ない半島の先端部だけでも繁殖地として存続してほしいと願わずにいられない。

 写真は、現在のトドワラ。立っているトドマツの枯れ木は数本となり、昔の面影はほとんどない。あと何年かしたら、すべて倒れてしまうだろう。「トドワラ跡」になるのもそう先のことではなさそうだ。

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2018/09/18

下村兼史写真展と著書「北の鳥 南の鳥」

 今月の21日から26日まで、山階鳥類研究所主催の下村兼史氏の写真展があることを思い出した。残念ながら遠い上に諸事情で行くことができない。もし興味をお持ちの方がいたらと思い、紹介しておきたい。

【タイトル】ー下村兼史生誕115周年ー 100年前にカワセミを撮った男・写真展
【会期】2018年9月21日(金)〜26日(水)11-19時(最終日16時まで)
【会場】有楽町朝日ギャラリー(東京 JR有楽町駅前マリオン11F)
【入場料】無料
【主催】公益財団法人山階鳥類研究所

 詳しくはこちらを参照していただきたい。

 下村兼史氏ですぐに思い出すのは「北の鳥 南の鳥 改訂版」(三省堂)という北千島、三宅島、奄美大島、小笠原での野鳥の観察記録を収めた本だ。若い頃に古書店で入手したが、今も大切にしている。奥付を見ると昭和17年9月30日に改訂版初版が発行されている。太平洋戦争のさなかの出版だ。

 この時代の本を持っている人は少ないと思うが、もちろん紙は茶色く変色し、字体は旧字体ですこぶる読みにくい。当時の本としては珍しいと思うのだが8ページの口絵写真があり、下村氏が撮影した野鳥の写真に目を見張った。今のように写真機も発達していなかったであろうこの時代に、野鳥の生態写真を撮っていたことに驚嘆する。

 私がとりわけ惹かれたのはもっともページ数が割かれている「北千島の鳥」だった。下村兼史氏の観察眼も知識も写真もすばらしいが、文章も上手い。細やかな情景描写は見知らぬ北の島の自然を活き活きと描きだしている。この本は野鳥観察記録であると同時に珠玉のエッセイでもある。

 私が野鳥に興味を持ち始めたのは小学校高学年の頃で、中学校、高校はもっぱら市街地の緑地や高尾山などで野鳥を見ていたのだが、大学に入ってからは干潟に渡ってくるシギやチドリなどの水鳥を見ることに夢中になっていった。シギやチドリの多くは日本より北のツンドラなどで繁殖し、冬は雪のない暖かい地域に移動する渡り鳥だ。日本の干潟で越冬する種もいるが、多くは日本を通りこしていく。つまり、日本の干潟や湿地は彼らの渡りの中継地にすぎない。

 しかし、シギやチドリが渡ってくる干潟や湿地は開発等で埋め立てられ、どんどん消失していた。私は日本各地の干潟を訪れては、彼らに迫りくる危機を憂い、彼らの故郷である北国の湿地に想いを馳せた。そのシギやチドリの繁殖地の光景がこの本にはありありと描かれており、「北千島の鳥」は何度も読んだ。

 下村兼史氏が野鳥の観察に赴いた当時は北千島は日本の領土であり、火山島のふもとにある沼沢地ではシギやアビ、シロエリオオハムなどが繁殖していたのだ。下村氏の観察記録を読めば、パラムシル島の南部の海岸近くには湿原が広がり、毎日のように深い霧に覆われて肌寒く、野鳥観察は容易ではないことが分かるのだが、一方でそんな厳しい自然の中で子育てをする野鳥たちのことを想像しては心をときめかせた。

 ところで、ウィキペディアによると下村兼史氏が北千島に行ったとき(1934年、1935年)は農林省の職員だった。そんな彼がどういう理由でカムチャッカ半島に近い北辺のパラムシル島にまで野鳥の観察に行ったのかずっと不思議に思っていたのだが、以下の山形県立博物館研究報告にある「下村兼史が北千島パラムシル島で採集したツノメドリFratercula corniculata卵標本の採集日の検証」という報文によってその謎が解けた(余談だが、この著者のうち3人は知っていて懐かしい。お一人が故人になられたのはとても残念だが)。

山形県立博物館研究報告第34号

 それによると、山階芳麿氏が鳥類の標本の収集のために下村氏をパラムシル島に派遣したそうだ。そして、そのときの標本が山階鳥類研究所と山形県立博物館に所蔵されていることも知った。今でこそ野鳥を銃で撃って標本にしたり、巣から卵を持ち出して標本にするなどということは考えられないが、当時は研究のためにそういうことも普通に行われていたのだ。それにしても、あの時代に野鳥研究のためにパラムシル島に渡り、生態写真を撮ったり標本を収集したという事実に、今さらながら驚かされる。

 下村兼史氏の作品でもう一つ思い出すのは、「或日の干潟」という映画だ。これは私が東京にいた頃に上映会があって観に行ったことがある。だいぶ昔のことなのでうろ覚えだが、下村氏の地元でもある有明海の干潟の生き物を追った名作だった。古い映画なので画像は雨降り状態だったが、広大な干潟や群れ飛ぶシギやガンの映像は圧巻だった。失われた日本の自然や風物詩を捉えた貴重な作品だ。

 下村兼史氏(1903-1967)が生まれてから115年、パラムシル島に赴いてから84年、そして亡くなってから51年の歳月が流れた。日本の干潟や湿地の光景は一変しシギやチドリなどの渡り鳥の数は激減したが、パラムシル島にはまだ84年前と変わらぬ風景が広がっているのだろう。

 没後51年なら、ちょうど著作権が切れたことになる。いつか、「北の鳥 南の鳥」を新字体でネットにアップできたらなどと思っている。

2015/09/24

砂浜で海水を飲むアオバト

 連休中に、十勝の海岸まで出かけた。9月も半ばを過ぎたというのに、ちょっと歩くと汗をかくほどの晴天。7月に来たときは長袖を重ね着していても寒かったのが嘘のようだ。

 海岸は風もなく穏やかなのに、なぜか波は高い。いつものように、海岸に沿ってサケ釣りの人が列をなしているが、波も潮の加減も釣りには向かないらしい。

 長節湖の西の海岸を歩いていると、アオバトの群れが頭上を飛び回っているのに気付いた。こんなところでなぜアオバトが?と思ったが、その後、アオバトの群れは砂浜に降り立った。見ていると、汀線のあたりで波がくるのを待ち、足元に波が押し寄せた瞬間に海水を飲んでいる。中には、タイミングを失してまともに海水をかぶり、あわてて飛び立つ個体もいる。

 手持ちのコンパクトカメラでは豆粒のような写真しか撮れなかったが・・・。
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 アオバトは海水を飲むことで知られているが、私はてっきり岩礁海岸だけのことだろうと思っていた。しかし、砂浜でもこんなふうにして海水を飲むことを知った。

2012/04/23

放鳥トキのひな誕生から学ぶもの

 昨日、佐渡に放鳥したトキのひなが誕生したというニュースが流れた。自然界でのひなの誕生は36年ぶりだという。これまで繁殖に成功しなかっただけにあまり期待していなかったのだが、久々に嬉しいニュースだ。

 トキといえば私が子どもの頃から絶滅が危惧されていて、しばしばニュースに登場していた。江戸時代までは日本に広く生息していたというが、人間による乱獲や環境破壊は簡単に野生生物を絶滅に追いやってしまう。気がついたときにはすでに回復が難しいほど減少しているということになりかねない。コウノトリなどもそうだが、トキの事例はひとたび絶滅してしまった生物をふたたび野生に戻すことの難しさを物語っている。

 今日の北海道新聞朝刊に、今回のトキのひな誕生に関する記事が載っていたのだが、その記事の中の環境省の担当者が以下のコメントを寄せていた。

 「自然との共生という考えは浸透しつつあるが、保護のために農薬を減らすなど、地元の産業に負担をかけるケースも多い。地域にとってのメリットを探りながら、持続可能な形で続けることが大事だ」

 トキの保護のために農薬を減らすことが、地元に負担をかけるという発言がどうも引っかかってしまう。トキが減少した理由は、乱獲、トキが棲めるような環境の減少、農薬による餌動物の減少などがあると言われている。

 トキはドジョウやカエルなど湿地に生息する小動物を餌としている鳥なので、水田は格好の生息地となった。それゆえに田んぼを荒す害鳥とされて乱獲されたのだ。営巣には樹木が必要であり、水田と里山といった環境がどんどん減少したことに加え、農薬による餌動物の減少が絶滅に拍車をかけたのだろう。

 野生生物が安定して生きていくためには、何よりも生息環境が整っていなければならない。トキが普通に生息していた頃の環境に戻すことはできないとしても、営巣できる樹木を保全し、餌となる動物が棲める環境に戻していくことは可能だろう。地域が一丸となって地道な努力を続けなければ野生復帰もうまくいくとは思えない。

 トキの絶滅は人間の行きすぎた環境破壊への警告だ。近年の環境破壊は多くの種の絶滅をもたらしてしまった。それは自然にとって、生物の歴史にとって大きな損失なのだ。その反省にたつならば、減農薬が産業に負担をかけるという視点こそ変えていかなければならないと思う。

 農薬を減らした農業は大変な手間がかかるのは理解できる。しかし、そもそも毒物である農薬が生物である人間の健康をじわじわと蝕んでいくのは言うまでもない。しかも農薬は害虫に耐性をもたらし悪循環に陥るのだ。農薬に依存した農業から脱却するためにもトキの保護を契機にした減農薬、無農薬の取り組みは歓迎されることだ。

 トキのようには目立たないだけで、人間による環境破壊により絶滅の危機に追い込まれている生物は無数にいる。気づかないうちに、私たちの身の回りから多くの生物が姿を消している。気が遠くなるような時間を経て進化してきた生物が、ほんの短期間のうちに人間というたった1種の生物によって滅ぼされているのであり、地球の歴史にとってはとんでもない絶滅の時代を迎えているのである。生物の多様性の損失は、取り返しのつかないことであり人間の罪は大きい。

 トキの絶滅は身勝手な人間への警鐘である。その教訓を活かすことができなければトキの野生復帰に力を入れる意味もないのではなかろうか。

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