結婚で自由がなくなるのか?
結婚をしない若い人たちが増えている。結婚するかどうかは自由だから、それはそれでいいのだけれど、結婚をしたくないという理由として「自由がなくなる」という人が一定程度いる。私は、このように考える人の「自由」とは何だろうと思うことがある。
たとえば、結婚相手に支配されたくない、ということだろうか? たしかに配偶者を支配したがる人はいる。モラハラ夫などはその典型だろう。しかし、すべての人がモラハラ人間ではないのだから(むしろ一部)、結婚しただけで「相手に支配される」ということにはならない。もちろん、モラハラ人間ではなくても、配偶者にああしてほしい、こうしてほしいと要求する人はいるだろうけれど、それとて必ずしも従う必要はない、強要されている、と思えば従わなければいいだけの話だ。
結婚をすれば、相手に不満を覚えることなど誰にでもあるだろう。ちょっとした生活習慣の違いなども気になってしょうがないし、喧嘩のもとになる。自分が相手に「こうしてほしい」と思うことがあるのなら、相手も自分に「こうしてほしい」と思うことがあって当然だ。それは決して支配ではない。そうした習慣や思考の違いからくる不満は、互いに話し合ったりルールを決めて解決するしかない。
そのような解決策もとらず、「相手に嫌われないようにしよう」と我慢して相手に従ってしまうのなら、たしかに結婚自体が「自由ではない」ことになるのかもしれない。しかし、それは自分が自己主張できず、相手に合わせようとするからに他ならない。結婚したからといって、何でも相手に合わせる必要などないのだから。
結婚したら、友人や知人と今まで通りの交際ができなくなる、と考える人もいるかもしれない。しかし、友人との交際まで制限する配偶者はどれほどいるのだろう? たしかに結婚をすれば友人より配偶者との関係を優先することになるだろう。そのために友人と会う機会も減るかもしれない。しかし、それが嫌だというのであれば、それは友人に依存したいからではなかろうか? というか、それまで友人に依存してきたからではなかろうか? 私にはそう思えてならない。結婚したからといって、友情がなくなるわけではないのだから。
奴隷なら確かに命令に背けないゆえに「自由がない」と言えるだろう。しかし、たとえ奴隷であっても心まで拘束することはできない。まして、奴隷になるわけでもないのに、「結婚したら自由がなくなる」という人が私には理解できない。
以前、知人の既婚男性が「結婚などしないで自由に恋愛して暮らすのが一番だ」と言っていたことがあった。「結婚したら、好きな人ができても自由に恋愛ができなくなる」と考える人もいるのかもしれない。しかし、これはかなり享楽的な思考だと思う。「たとえ何度失恋をしてでも、恋愛の楽しさやワクワク感をずっと続けたい」「結婚することで生じる責任をもちたくない」ということだろう。そこにあるのは、自分の享楽だけを追い求める自己中な姿だ。
そもそも結婚というのはまったく違う生活をしてきた二人が、生活を共にして歩み始めるのだから、享楽だけの世界ではない。それどころか、ぶつかりあいもしばしばあるだろう。しかし、そうやって人は他者のことを理解しようとし、成長し向上する。家族であればこそ、病気のとき、困ったときに助け合う。結婚をせずに「恋愛の楽しさ」だけを求めるのであれば、うすっぺらな人間関係しか築けない。
そして、人は歳をとる。若いときはちやほやされて恋愛相手もそれなりにいたとしても、歳をとればとるほど相手にしてくれる異性は減っていくだろう。年老いたときに、苦楽を共にしてくれる相手もおらず、孤独なまま一生を終えることにもなりかねない。
「結婚したら自由がなくなる」というのは、結局、結婚して二人の生活をスタートさせることに不安をもつ人が、結婚しないことの理由にしているだけではないか。そんな気がしてならない。



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