寒かった冬の思い出
1月も下旬にさしかかり、いよいよ一年で一番寒い季節だ。といっても、以前に比べたら何と暖かくなってしまったのかと思う。私が北海道に来た1980年頃の冬の寒さは、なかなかのものだった。そもそもその頃に住んでいた住宅は断熱材なるものが使われていなかったし、窓はアルミサッシどころか隙間風の入りこんでくる木製だったのだから寒くて当たり前なのだけれど。
まず、朝目が覚めたら、意を決して布団から出てストーブのスイッチを入れにいき、それからまた布団にもぐりこむ。何しろ厳冬期はストーブを消したら家の中はどんどん冷えていき、たちまち氷点下になってしまう。たぶん-10度近くになっていたと思う。娘が赤ん坊の頃、布団から出た手が冷えてしもやけになったものだった。
前夜には沸騰していたヤカンの水は、朝はカチコチに凍っている。濡れていた布巾は板のように凍っている。ストーブを点火してヤカンの氷が解けて沸騰するまで起きるわけにはいかない。水道の蛇口が凍って回らないからだ。蛇口にお湯をかけ、止水栓を開いてようやく水道が使えるようになる。だから、寝る前には必ずヤカンに水を入れておかなければならない。
外出をするときも同様で、必ず止水栓で水を落とさないと水道管が破裂して大変なことになる。真冬に数日旅行に出かけたことがあるが、帰ってきたら調味料まで凍りかけ、うっかり水を捨てるのを忘れた花瓶の水が凍って割れていた。真冬は、冷蔵庫は食品を冷やすというより、凍らせないためのものになる。家に居るときですら水道を長時間使わなければ凍らせてしまうこともある。ストーブの周りこそ暖かいが、そこから少し離れた台所は熱が届かないので、水道管の周りが氷点下になってしまうのだ。
我が家では真冬でも夜はストーブを消していたが、夜もつけっぱなしにしている家が多いことを後になって知った。同居人は用心深くてストーブをつけたまま寝るという習慣がなかったのだが、たしかにストーブが原因で火事になる家がたまにあった。
最低気温は-28度位になることもあり、そんな日はたいてい車のエンジンがかからなくなる。-15度程度だと「今日は暖かいね」などと言っていたものだ。それが、昨今は寒い日でも-20度代の前半。-20度にもなれば「今日は冷えたね!」ということになる。冷えた朝は木々に霧氷がついて実に美しい光景になり、ダイヤモンドダストも見られるのが厳寒の地の唯一の特典かもしれない。
今は住宅の気密性も断熱性も高くなり、窓も樹脂サッシのペアガラスになっているのでこんなことはほとんどなくなったとは思うが、あの冬の寒さはなつかしい思い出だ。
地球は温暖化していない、などと言う人をたまに見かけるが、ほんの40年位で冬はずいぶん暖かくなってしまった。かつては真冬に湿雪が降ることはなかったが、今ではしばしばある。北国の冬は間違いなく温暖化している。このまま温暖化が続けば、スキー場や屋外スケートリンクが使える期間はどんどん短くなっていくだろうし、さっぽろ雪祭りなどもできなくなるかもしれない。もはや時間の問題ではないかと思えてくる。
冬が暖かいのは住民にとってはありがたいものの、やはりこの急激な温暖化はさまざまな問題を引き起こすのだろうと思うと喜んではいられない。人類はこれほどまでに急激な温暖化を体験したことはたぶんないと思う。あまりに急激な変化に自然はどこまで対応できるのだろうか? 農作物へも様々な影響が出始めている。漁業などももちろん影響があるだろう。温暖化を引き起こした人類の罪は重い。
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