無責任な泊原発の再稼働
8日に大きな地震に見舞われたというのに、その二日後の10日に北海道の鈴木知事が泊原発3号機の再稼働を正式に認めた。鈴木知事は今までは原発再稼働についてはっきりした態度を示してこなかったが、原発容認であることが明確になった。
知事は立地自治体である泊村、神恵内村、共和町、岩内町の4町村が同意したことを理由の一つに挙げているが、原発交付金という利害がからむ地元自治体の首長の意見が民意を反映しているとは到底思えない。少なくとも北海道新聞社の世論調査によれば、道民の半数近くは再稼働に否定的だ。
電気料金の値下げも理由に挙げているが、原発が過酷事故を起こしたならば、電気料金などの比ではない被害や損失が生じる。福島第一原発は太平洋側にあったため、放出された放射性物質の大半は太平洋に流れた。しかし、泊原発は日本海側に立地している。大事故になって放射性物質が拡散される事態になれば、偏西風にのって北海道の広範囲が汚染されるだろう。多くの人が被爆するだけでなく、穀倉地帯が壊滅的な被害を受ける。それに事故の処理費用は電気料金に加算されるだろう。
おそらく知事が再稼働を容認した最も大きな理由は、半導体の量産を目指すラピダスの本格稼働(27年予定)や大規模データセンターの電力需要を見越してのことだろう。経済界からの圧力も相当あったのではないか。国は半導体生産もAIも積極的に推進していく立場だ。知事はラピダスの誘致も推進してきた。経済界、産業界の意向を無視できないのだろう。
再エネでは足りないというが、ここまで地球温暖化が深刻になっているというのに、なぜ電力需要を増やしつづけるのか? 経済成長を諦め、エネルギー消費を減らすという当たり前の発想はどこからも出てこない。人類は半導体もAIもなくてもずっと生き続けてきた。科学技術を否定はしないが、頼り過ぎて自滅する可能性だってあり得る。日本だけの問題ではないが、こちらに書いたように私はITやAIの推進に大きな疑問や不安を抱いている。現状維持ではなぜいけないのか?
原発はどれほど事故対策をしても完璧ということはない。絶対に安全ということはあり得ない。地震や大津波が頻発するこの国では、決してつくってはいけないものだった。そして、福島第一原発の事故は起こるべくして起き、その処理すらも終わっていない。終わっていないどころか、溶け落ちた核燃料は手が付けられない状態が続いている。使用済み核燃料の処理についても全く決まっていない。こんな状態で原発をさらに再稼働させようという人がいること自体、私にとって驚きでしかない。
結局、原発を容認する人たちというのは、経済の視点でしか物事を捉えることができず、取返しのつかない事故が起きる可能性には目をつむっているのだ。あの福島の事故を経験しても。こうやって次々と原発を再稼働させていけば、いつかまた巨大地震や大津波で原発事故が起きることは想像に難くない。そして誰も責任をとらない。それでいいのだろうか?
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