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2025/10/24

断捨離第二弾

 以前、一度は資料などの一部を廃棄した。しかし、まだまだあって何とかしなければならない。重い腰を上げて断捨離の第二弾を開始した。私も同居人も物を捨てられず何でもため込んでしまう性格だ。家が狭ければ適当なところで物を捨てざるを得ないが、広い上に子どもたちが使っていた部屋もあり、物がたまる一方だった。それにしても断捨離をしていると「よくもこんなにため込んだものだ」と自分でも呆れてしまう。もったいないからととっておいたものの大半はほぼ使わず、存在すら忘れているものもある。

 

 親が施設に入所し実家の片づけをしたときにつくづく感じたのだが、何でもため込んでしまうと残された子どもが実家の後始末をしなければならない。もちろん今はお金さえ出せば業者がやってくれるが、それでも残された物の中から貴重品や思い出の品などを選びださなければならないし、個人情報が含まれているものもできるだけ自分で処分しておきたい。そうすると、なかなか大変な作業を子どもにさせることになる。やはり、自分が動けなくなる前に、できるだけ物を減らしてすっきりさせておかなければならないと思う。

 

 私が住んでいるのは北海道の僻地ともいえる場所で、車は生活必需品だ。食料品などは生協で配達してもらえるが、車がないと医者に行くことができない。地元の町には内科のクリニックや歯科はあるものの、それ以外の診療科は車で一時間以上かけて通院しなければならない。医療機関にはなるべく行かないようにと思うが、そういうわけにいかないないこともある。たまにならともかく、遠方の医療機関に頻繁に通わなければならないようなことになれば、体力的にきつくなる。運転免許を返上したら移住するしかない。

 

 さらに、冬の除雪も歳とともにきつくなってきている。もし、夫婦のどちらかが要介護や入院ということになれば、今のところに住み続けるのは困難だ。そして、高齢者になれば、いつどのような病気や体調不良に襲われるか分からない。そんなわけで、そう遠くない将来に移住を考えているのだが、そのためには荷物を大幅に減らさざるを得ない。遅かれ早かれ断捨離をしなければならないのだ。そして、歳をとればとるほど体力が低下して断捨離や引っ越し自体が大変になってくる。

 

 断捨離をしていて思うのだが、物を捨てるというのはかなりエネルギーがいる作業だ。実家の片づけなら思い入れなどもあまりないが、自分のものだとそうはいかない。衣類や日用品はともかく、本や資料類となると一つひとつに思い出があるし、「これはとっておく」「これは処分」と、決断を下すだけでも気力がいる。

 

 特に、私の場合、長年自然保護に関わってきたので、その関連の資料などが大量にあった。それらを片づけていると、過去に自然保護団体の機関紙や雑誌などに書いた文章などが出てきたりする。書いたことすらすっかり忘れているものも多い。ごく一部だけは保存して、大多数は処分しているが、なんだか自分の過去の活動を消し去るようでちょっと寂しい。かといって、とっておいてもほぼ読み返すことはないのだけれど。

 

 自然保護関係の資料類の断捨離は大方終わったものの、まだまだ雑多なものが沢山あるし、一番大変なのは大量の本だ。これはもう、どうしても残しておきたいものだけ選び、あとは処分するしかないだろう。しかし、私にとって「本を捨てる」というのはかなり思い切りと気力がいる。

 

 そんなわけで、無理のない範囲で少しずつ進めている。断捨離が大方終われば、身も心もかなり軽くなりそうだ。

 

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