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2020/01/17

資本主義がもたらしたもの

 先日、辺見庸氏の「しのびよる破局」を再読した。本書は2009年3月に発行された辺見氏の思索である。つまり民主党が政権をとる前であり、東日本大震災が起きる前である。その時期に、辺見氏は「破局」を予感していた。辺見氏が本書を著してから10年以上たった今、再び読み返してみると、彼の予感はまさに的中しているというほかない。そして状況はさらに悪化している。

 民主党政権の次の第二次安倍政権を見ればもはやこの国の民主主義は死に体であり独裁者が好き勝手にやっているという状況だ。森・加計問題にしても「桜を見る会」にしても首相自らが国家を私物化し、違法疑惑を追及されても決して責任をとらず嘘と隠蔽でかわしていく。国会を軽視し、社会的に許されないことがまかり通っている。多くの国民が政府の対応を「おかしい」と思っているにも関わらず、安倍政権の暴走を誰も止めることができない。自民党が与党復帰して7年ほどでこの国はすっかりファシストに牛耳られてしまったのだ。

 また地球温暖化対策はいつまでたっても進まず、あの福島の大事故は収束の目途すらついていないのに原発を稼働しつづけている。いつまた大地震や大津波に襲われるかも分からないのに反省というものが全くない。アベノミクスは完全に失敗し、格差はさらに拡大した。日本は相当恐ろしいことになっている。

 辺見氏の言う破局とは金融恐慌のような経済の問題、地球温暖化、新型インフルエンザ、あるいは大地震などの災害だけではなく人間の内面の崩壊のことを指している。内面の崩壊について辺見氏はこう綴る。

 だから、いまなにが危機で、なにが破局なのかといったばあい、ある程度横断的に問題を整理していったほうがいいとおもうのです。経済だけではなく、むしろ経済の元を支えているいろいろな人間の動機というのでしょうか、生きていく動機のようなものが千々に乱れている。というよりも、変調をきたしている。これはもう何度もくりかえしたいとおもうのですが、人間の内面が変調をきたしている。価値観というのは人間の内面の問題ですから、いま、その内面の崩壊と、外部の世界の崩壊が、同時的に信仰しているのではないかとおもうのです。

 思えば、私たちの大半は戦後の高度経済成長によって物質的豊かさを享受し、さらなる経済成長を求めてきたのだと思う。経済が成長すれば誰もが豊かで幸せな生活を手に入れられると信じてきたのではないか。しかし、どうも人々は内面からおかしくなっている。これは辺見氏だけが感じていることではないだろう。

 資本主義というものについて、辺見氏はこう言う。

 このことに関連し、資本主義とはなんであるかぼくは自問します。端的にいって、それは〈人びとを病むべく導きながら、健やかにと命じる〉システムです。それはまた、「器官のない身体」になぞらえられます。資本主義はさらに、この世のありとあらゆる異なった「質」を、お金という同質の「量」に自動転換していく装置でもあります。「器官のない身体」としての資本主義は、そこに棲む生体としての人間の欲望をどこまでもどこまでもたきつけ、開拓し、抽出し、それを養分にして増殖し、さらにまた新種の欲望の種をまき育て、肥えていく。
 人々を病むように育て導きながら、健やかにあれと命じる資本主義はいいかえれば、人間生体を狂うべく導いておいて、“狂者”を(正気を世覆った狂者が)排除するシステムです。しかし、生体はそれに慣れ、最後的に耐えることができるのか……ぼくはそのことがとても気になります。

 私たちの多くは資本主義が幸福をもたらすと信じてきたのに、現実を見れば「一億総中流」と言われた時代はとっくに過ぎ去り、心がどんどん荒んできている。大企業であろうと中小企業であろうと労働者は奴隷のように働かせられ搾取され使い捨てにさせられたうえに富者と貧者の格差はどんどん拡大し、精神疾患にかかる者や自殺者が急増している。SNSでは貶め合いや罵倒が繰り返される。格差が憎悪を生み、憎悪が精神を蝕む。人の精神が歪み、狂ってきていると思うほかない。

「豊かになる」といいながら、じわじわと人の心を崩壊させているものの正体は、やはり資本主義だと考えるしかない。ところが恐ろしいことに大半の人々は資本主義のもたらした心の崩壊に気づかない。だからこそ、辺見氏は問う。「人間とはいったいなにか」「人間とはいったいどうあるべきなのか」と問い、資本への疑問を投げかける。

 とりわけ小泉政権以降、この国は米国と同様の新自由主義路線をとりつづけてきたが、2012年からの安倍政権はさらに大企業優遇に走り労働者を見捨ててきた。アベノミクスであたかも経済が好転するかのように喧伝したが、結局は国債という借金を増大させ、国民を貧しくさせただけだった。この経済政策の失敗のツケは近い将来私たちに襲いかかってくるだろう。

 この悲惨な状況の中でさらに懸念されることがある。それは安倍政権に代わる新たなファシズムの台頭である。再び辺見氏の文章を引用しよう。

 ぼくがいまの日本の文化は腐敗している、そんなものは叩きつぶしちゃえと、テレビのお笑いやめちまえ、壊しちゃえというとしたら、それは三〇年代のドイツみたいなことになるのかもしれないとおもうのです。世の中を“浄化”するとか、改革するとかいう、かならずそういう人たちがでてくる。しっかり見ておいたほうがいい。ヒトラーのナチスは改革派として、しかも“社会主義者”として登場してきたのだから。それを忘れてはいけない。異様な顔をしてでてきたのでは、ちっともないのです。

 実質賃金が上がらず国民がどんどん苦しくなっていく中で、独裁となっている安倍政権にそれなりの人々が怒りを感じている。そこに登場したのが山本太郎氏率いる「れいわ新選組」なる政党だ。MMT(現代貨幣論)を基にした無謀な経済政策を掲げ、消費税を悪税だと言い切って、自分が権力者となって「世の中を変える」と息巻いているのが彼だ。今はほんの1%ていどの支持率だし大多数の人は相手にしていないと思うが、独裁的という意味では安倍政権と何ら変わらない。

 さて、辺見氏は「しのびよる破局」の根源として資本主義に疑問を投げかける。これは私もまったく同じだ。私自身、若い頃から資本主義は富の偏在を生み出しいつか行き詰まると思っていたし、人間の限りない欲望を利用し、資源を食いつぶし、いつか破綻するシステムではないかと懸念していた。そもそも、資本主義は持続可能なシステムではない。そして資本主義が成熟した今、その限界が見えてきたように思う。格差を拡大させ、人々が疲弊し、精神を病むような社会はまともではない。

 ツイッターを見ていても、憎悪の感情が溢れている。それは決してネトウヨと呼ばれる人達に限らない。他人を小馬鹿にし、罵り、貶める人々。嘘やデタラメを垂れ流す人々。ネットの世界で見ず知らずの人達が罵り合って、いったい何をしたいのだろう? こうした罵声も、資本主義がもたらした精神の荒みからきているのだと思えてきた。

 これまでは「経済成長」が人々の欲望を喚起させてきたが、資本主義の末期に至って経済成長は鈍り、人々は苦しさと虚しさに苛まれている。もはや資本主義に期待する時代ではない。さりとて資本主義に代わるシステムがどんなものなのかと問われても、私には分からない。ただ、これまでのように経済成長を求めつづけることにはならないということだけは言えるのではないか。たとえ求め続けても終焉にさしかかった資本主義ではもはや大きな成長など不可能だろう。

 正常な精神状態の社会とは、おそらく成長をめざす競争社会ではなく、大きな成長がなくても人々が支え合い助け合うような社会だと思う。人の欲は制御できないとしても、欲に踊らされない協力的な社会に変えていくことでこの狂気の世界から抜け出すしかないのではないか。成長神話から脱し持続可能な社会を築く努力をすることにしか人類の生きる道はないような気がする。

 ともあれ、社会のシステムを一気に変えることはできないのだから、現実的にはしばらくはこの資本主義のシステムを継続しながら格差の是正を図っていくしかないだろう。ただし大きな成長を求めないという思考の転換が必要だし、一刻も早く新自由主義的な思考から抜け出す必要があると思う。そしてとりあえずは幸福度が高い北欧型の社会を目指すというのが最善の選択のように思われる。

 そのために日本人に最も欠けているのは、主体性だろう。日本の社会では「出る杭は打たれる」を恐れておかしなことにも異を唱えず見て見ぬふりをする人が非常に多い。要は自分が不利になったり損をしないようにふるまう習慣がついている。さらに新自由主義的な自己責任論がはびこってしまった今、人々はますます自己中に陥っているように見える。そんな中で「協力」や「支え合い」あるいは「信頼」を築いていくのは並大抵のことではないが、そこにしか明るい未来はないと思う。

 

 

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