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2017/09/11

野田俊作著「アドラー心理学を語る」についての感想

 野田俊作氏は1982年にシカゴのアルフレッド・アドラー研究所に留学してアドラー心理学を学び、日本にアドラー心理学を持ち込んで日本アドラー心理学会を立ちあげた精神科の医師である。日本のアドラー心理学の第一人者といえば、やはり野田氏だろう。その野田氏が以前一般向けに書いたアドラー心理学の解説書「アドラー心理学トーキングセミナー」および「続アドラー心理学トーキングセミナ―」が、昨年末から今年にかけて「アドラー心理学を語る」というシリーズ本となって再版された。「性格は変えられる」「グループと冥想」「劣等感と人間関係」「勇気づけの方法」の4冊だ。

 このシリーズ本は3月に読み終えていたのだが、感想を書くタイミングを失してしまった。遅ればせながら野田さんの本を読んだ感想を記しておきたい。

 「性格は変えられる」および「グループと冥想」は対話形式で、「劣等感と人間関係」「勇気づけの方法」は対話形式ではないものの、どの本も具体例を取り入れながら独特な語り口によって分かりやすい解説書になっている。

 第3巻の冒頭で「第3巻と第4巻で、非専門家のアドレリアン(アドラー派の心理学者)が知っておくべき内容は、ほぼ尽くされているのではないかと思っています」と記されているように、この2冊でアドラー心理学の概要をひととおり解説するものになっている。第1巻の「性格は変えられる」はライフスタイルを変える方法と共同体感覚についてより具体的に説明している書であり、第2巻の「グループと冥想」はグループ療法について具体的に解説しているものなので、第3・4巻から読み始めても何ら差し支えはない。

 私は岸見一郎・古賀史健著「嫌われる勇気」でアドラー心理学を知ったのだが、「嫌われる勇気」および続編の「幸せになる勇気」では、いわゆる「勇気づけの」方法が今ひとつピンとこなかった。しかし本シリーズの「勇気づけの方法」では、どんな会話が勇気づけになるのか、あるいはどんな言い方が「勇気くじき」になるのかが具体的に示されていてとても参考になる。そして、私たちは実に「勇気くじき」の言葉の洪水の中に置かれているかということにも気づかされる。

 野田さんのこの4冊のシリーズ本は、アマゾンのカスタマーレビューでも高い評価が多く、定評のあることが伺われる。アドラー心理学を学びたいと思っている方や、「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」を読んでさらに理解を深めたいと思う方には最適だと思う。ちなみに岸見氏は野田氏からアドラー心理学を学んだ一人であり、第3巻の末尾に「野田先生と私」という寄稿を寄せている。

 内容については本書に譲るが、ひととおり読んで感じたのは、この本はまさに野田流アドラー心理学だということだ。単にアドラーの思想を解説しているというだけではなく、精神科医として実際の治療に関する話しも多く、野田氏の独自解釈や独自手法が加わっている。野田氏が示している治療例の中には、本当にこんなアドバイスが効果的なのだろうかと首を傾げたくなるような驚くべき提案もある。アドラー心理学を熟知した医師ならではの発想なのだろう。野田氏の本は実例なども示しながら仔細に語られているのが魅力であるが、それと同時に個性が強いという印象も否めない。

 これらの本の中で私がとくに興味を持ったり印象に残った点について、いくつか書き留めておきたい。

 「縦の関係」と「横の関係」について、野田氏は以下のように述べている。

 この二つは、違ったライフスタイルに基づいています。つまり、縦の関係で暮らす人は、徹底して縦の関係ばかりつくって、決して横の関係を持とうとしない。逆に横の関係で暮らす人は、徹底して横の関係ばかりつくろうとする。相手によって縦になったり横になったりするというようなことは、実際にはまずありません。

 「縦の関係」と「横の関係」がライフスタイルの違いなら、ライフスタイルを変えない限り、一生「縦の関係」のライフスタイルの人は縦の関係を維持しようとする。これは実生活の中でもしばしば体験することだ。支配的である人は常に他者の言動に口をはさんで文句を言ったり批判をする、あるいは周りの人の空気を読んでそれに従う人は従属的でありやはり縦の関係だ。そして身の回りの人たちを見ていると、多くの人がこのような縦の関係のライフスタイルを持っていることに気づく。

 しかし他人を変えることはできない。ならば、相手ではなく自分が変わることで問題の解決をはかるというのがアドラー心理学の考え方だ。たとえ縦の関係のライフスタイルの人に悩まされているとしても、自分が変わることで関係性が変わってくるという指摘にはなるほどと思うし救われる。これは横の関係を築くためのひとつのポイントだろう。

 自己受容と他者信頼、貢献感は実は同じもので、共同体感覚の三つの側面であるという説明も、本書を読み進めていけば納得がいく。そう考えるとアドラー心理学はやはりシンプルといっても過言ではない。

 冥想が良いとの話しはいろいろなところで聞いて知っていたが、なぜ冥想が良いのかということが「グループと冥想」で説明されていてなるほどと思った。陰性感情は怒り、不安、憂鬱の三つに大別されるが、このうち不安は未来についての感情であり、憂鬱は過去に起因する感情だという。これらは思考することによって生じる感情なので、冥想によって「今ここ」に集中することで消えてしまうのだという。呼吸法などの冥想のやり方を解説しているわけではないのだが、ダンスを取り入れた野田氏のグループ療法などはなかなか興味深い。

 もう一つ、アドラー心理学の「共同体」の定義についてはちょっと目からウロコだった。私は小さい共同体は家庭や職場、大きい共同体は国家などを指すのだろうと漠然と考えていたのだが、アドラーが考えていた一番狭い定義が人類全体だという。そして最大の定義は全宇宙。そこまで広範囲を考えているとはまったく思っていなかった。しかし、宇宙が共同体という考え方はまさに共同体=自然ということだ。人は紛れもなく地球の生物の一員であり生態系の一員であるのだから、共同体感覚というのは自然の摂理に逆らわず生態系の一員として謙虚に生きるということでもあるだろうし、これにはすごく納得がいく。

 以前、NHKの番組で狩猟採取生活をして協力的な生活をしているアフリカのある民族にはストレスがないということを紹介していた。人類は誕生から長い間、自然の中で協力し合って生きてきたに違いない。さまざまな自然の脅威はあっても、人間関係つまり同種間でのストレスがほとんどない社会を持っていた可能性が高いし、それこそ健全な生物の姿だろう。狩猟採取生活の人類は協力的な暮らしをしなければ生きていけなかったのだろうし、共同体感覚が自然に身についていたのかもしれない。しかし、文明の発達とともに支配・従属という縦の関係あるいは競争的な社会へと変わる中で、共同体感覚を失ってしまったのかもしれない。とするなら、自分自身の中にある共同体感覚を揺り起こすことも不可能ではないのではないか? 私は、人は「良心」という形で共同体感覚を内在しているように思えてならない。

 最後に一言。野田氏は本書の中で一貫してアドラー心理学はお稽古ごとであるから本では学べないという主張をしている。大半の人が性格を変えないという努力を続けている以上、本を読んだからといって容易に性格を変えられるものではないと思うし、まして共同体感覚は簡単に身につくものでもなかろう。とりわけ縦の関係のライフスタイルの人や自己受容に抵抗がある人にとっては、本を読んだところで実践しようという意欲も湧かない気がする。

 しかし、すべての人が縦の関係のライフスタイルを持っているわけではないし、縦の関係や自己受容の程度も人によって強弱があるのではなかろうか。縦の関係のライフスタイルの人であっても、アドラー心理学の本を読むことで少しでも今までと違う視点を持つことができ、今の性格を保つのをやめようと決断したり、さらに深く学んでみたいと思う人もいるだろう。横の関係のライフスタイルに共感できる人はアドラー心理学を受け入れるのはさほど困難だと思わないし、実践しようと思う人も多いのではないか。

 講習会やワークショップに参加できればそれに越したことはないだろうが、だからといって本で学ぶことに意味がないとは思わない。また、本は何度も読み返せるという利点がある。本というのは一度読んだだけではすぐに忘れてしまったり十分に理解できないことも多いが、繰り返し読むことによって理解が深まる。野田さんのこのシリーズも、「嫌われる勇気」や「幸せになる勇気」も時々本棚から引っ張り出して読んでいるが、繰り返して読むことによって、少しずつ自分のものになっていくのだと思う。

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