黒木睦子さんの本人尋問で見えてきたこと
(株)日向製錬所と(有)サンアイが黒木睦子さんを名誉毀損と業務妨害で訴えた裁判の証人尋問(本人尋問)が7月15日に行われた。いつものように、イワシさんと大谷さんが裁判の報告をアップしている。お二人の報告を合わせることで、傍聴していなくても尋問の様子が伝わってくる。
黒木睦子への『尋問』7月15日第6回審理 (鰯の独白)
【Kファイル】7月15日裁判レポート (日刊Yon-go!Hin-go!)
お二人の報告を読んで率直な感想を言うなら、黒木さんの主張は裁判当初からずっと一貫しているということだ。すなわち「日向製錬所スラグ裁判 第5回口頭弁論を終えての感想」にも書いたように、彼女はこれまでのサンアイと日向製錬所とのスラグをめぐる紛争がそのまま裁判に持ち込まれたと錯誤しており、裁判の争点も誤解しているし、名誉毀損裁判の立証責任は原告ではなく被告にあるという事実も理解していない。そのことが本人尋問でより一層はっきりとした。
名誉毀損裁判でなければ、紛争の原因をつくったのは原告であり、安全であることの説明責任は原告にあるという彼女の主張はもっともだ。たとえばこの紛争が調停に持ち込まれたのであれば、彼女の主張は何の問題もない。しかし、姑息(私はそう思う)なことに、原告らは名誉毀損に打って出た。こうなると、彼女の考えているような紛争の続きにはならない。名誉毀損での立証責任は被告にあるからだ。裁判で紛争の続きをしたければ、黒木さんが原告らを訴えなければならない。
しかし、黒木さんは最後までこのような名誉毀損裁判の争点やルールを理解しようとせず、自分流のやり方を貫いた。この態度は気持ちいいくらい一貫している。それが彼女の考える裁判なのだ。これは当事者がどう闘うかという問題だから、そのこと自体を批判するつもりはない。この裁判を「不思議」とか「不可解」と感じている人もいるようだが、彼女が勘違いをしていると考えるなら、不思議でも不可解でもない。
そして、彼女流のやり方で終盤を迎えた裁判で明確になったのは、彼女の勘違いによって裁判所が求める論理的あるいは科学的な立証はほとんどなされなかったということだ。
名誉毀損裁判で被告に立証責任があることは理不尽ではある。しかし、そういう決まりがある以上、がんばって証拠をかき集めて立証を試みるしかない。ただし、真実であると証明できなくても、「真実であると信じる相当の理由」(真実相当性)があれば名誉毀損は免責される。
今回の本人尋問で、彼女は有害だと思う根拠について「一筆書いてくださいと言っても書いてくれないのでは安全ではありません」、「(成分証明書の結果を見てグリーンサンドが有害だと)決定的に思いました」と証言している(大谷さんのレポートより)。
原告が本当に「無害な製品だから、将来にわたって健康被害が生じるようなことはあり得ない」と断言できるなら、一筆書くことは何の問題もないだろう。しかし、決して一筆書こうとしなかった。原告は「安全、安心な製品」であることを保証できないと言っているに等しい。そういう意味で、彼女の発言は決して間違いではない。裁判所がこの発言や水質検査結果を、「有害なゴミと信じるに足る相当な理由」に当たると判断する可能性がないわけではない。ここにかすかな希望がある。
ネット上では、この裁判は産廃問題などではなく、黒木さんが嘘を言ってサンアイや製錬所に激しい抗議行動をしたのだから、モンスタークレーマーによる業務妨害の裁判だ、と主張する人たちがいる。しかし、裁判所は業務妨害についてはあまり重視しておらず、むしろ抗議することになった原因の方に目を向けていると感じられる。
なぜなら、裁判官による尋問では抗議行動について質問していない。また、裁判長が最後に裁判の目的について確認した際、原告弁護士が「会社に押し掛けないことも求めている」との趣旨の発言をしたが、裁判長は「それは考慮要素として考えましょう」と答えた。つまり、裁判所は抗議行動による業務妨害についてはあくまでも副次的なものであり、抗議の原因となったスラグの有害性の立証こそ重視していると推測できる。
ところで、私は日向製錬所の代理人弁護士による質問について指摘しておきたいことがある。イワシさんの報告によると、弁護士は「日向製錬所には約600人の社員、それにその家族、さらに関係者がいます。その人たちに迷惑がかかるかもしれないと考えたことはなかったですか?」と質問した。
日向製錬所の従業員やその家族にかかる迷惑とは何であり、その責任の所在はどこにあるのだろう?
黒木さんが嘘を広めているから従業員が迷惑しているというのならば、従業員は「安全で無害な製品」だと信じているということになる。本当にそうだろうか?
黒木さんの義父は日向製錬所のOBだとされている。そのような方ですらスラグの安全性に疑問を感じ、地権者への直訴状に名を連ねているのである。元従業員もスラグが安全・安心ではないと感じている証だろう。さらに、日向製錬所でスラグを扱う者は防塵マスクをしているという。ならば、会社も従業員もスラグ粉じんが無害だとは思っていないのではないか?
つまり第三者の目からも、従業員が「安全な製品」だと確信しているとは思えないし、むしろ安全性に疑問を抱いているのではなかろうか?
もし従業員が黒木さんの告発は嘘ではないけれど、告発によって会社の経営に影響が出るから迷惑だと考えているのであれば、それは自己保身にすぎない。
黒木さんの告発は企業経営者のモラルの問題であり、決して従業員やその家族に向けられたものではない。告発によって従業員やその家族が迷惑を被るとしたなら、その責任は間違いなく告発者ではなく企業にある。弁護士のこの質問は、従業員を持ち出すことで企業の責任問題を告発者にすり替えているに等しいと思う。
さて、この裁判は本人尋問をもって終結した。このあともう一度口頭弁論が開かれて結審になり、そのあとに判決というのが一般的な民事訴訟の流れなのだが、裁判所は今までの経緯から考えてこれ以上口頭弁論を開いても意味がないと判断したのか、10月14日が判決と決まった。
名誉毀損裁判で不可欠な論理的立証をほとんどしなかった以上、黒木さんにとって厳しい判決が下る可能性は高い。しかし、裁判所が業務妨害を重視していないのであれば、たとえ黒木さんが負けたとしても損害賠償金額はさほどの額にならないかもしれないし、ブログでの発言も部分的な削除や訂正に留まる可能性はある。また、「真実相当性」の判断に関しては裁判長の裁量がかなり関係してくると思うので、裁判官による公平な判断に望みを託し一貫した態度で臨んだ黒木流が功を奏するとしたなら、免責される可能性も残されているとは思う。
ただし、私は被告が争点や立証責任について勘違いをして自分流を貫いたまま結審した裁判の判決に大きな意味があるとは思わない。意味があるのは、彼女がツイッターを利用してこの裁判を広めたことで、彼女に代わって埋め立てに用いられたスラグが産廃であるという立証を試みた人がいるということだろう。
裁判が始まってから何人かの人たちがあのスラグは産廃の可能性が高いということをブログなどで具体的に検証してきた。たとえば「これどうなってんの?」のSuper-Kさん、「がんばらない、でも諦めない」のよしおかさん、「Dust n’ Bones 偽計のスラグ」のボーンズ88さんなど。とりわけよしおかさんの「宮崎県環境森林部循環社会推進課と環境省産廃110番にメールしてみた (グリーンサンドは?) 」という記事はまさにスラグが産廃であることを証拠を示して立証する記事だ。原告らはこの記事に戦々恐々としているに違いない。
原告らが提訴し、そのことを黒木さんが拡散したからこそこのような立証が試みられた。つまり、今回の裁判は、産廃であるにも関わらず、名誉毀損を利用して告発者の口封じをしようとしたスラップである可能性が極めて高いと考えられるし、提訴が結果として企業イメージの低下につながったのは間違いないと思う。
さらに裁判が始まると同時に黒木さんと彼女を応援する人たちを批判するツイッターアカウントが湧いてきた。私は、彼らの一連の発言から、間違いなくそのアカウントの大半が情報操作を目的としていると考えている。彼らの出現は、原告企業のイメージをさらに低下させただろう。
そういう意味では、この裁判は実際の判決はともかくとして、実質的には被告の勝ちだといっても過言ではないと思う。
今回の裁判は、日向製錬所から大量に排出されるフェロニッケルスラグの処理問題を社会に知らしめる契機になった。このスラグ問題は、決してこの裁判で終わったわけではない。
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