講演報告「国立公園における地熱開発の規制緩和の経緯と問題点」(辻村千尋氏)
4月18日に新得町でシンポジウム「大雪山国立公園トムラウシの地熱発電計画を問う」が開催され、在田一則氏(北海道自然保護協会会長)、寺島一男氏(大雪と石狩の自然を守る会代表)、辻村千尋氏(日本自然保護協会)による講演が行われた。また翌19日に帯広市で辻村千尋氏による講演会が開催された。ここでは、辻村千尋氏の講演「国立公園における地熱開発の規制緩和の経緯と問題点」の概要を紹介したい。
なお、シンポジウムの講演要旨は以下を参照いただきたい。
シンポジウム「大雪山国立公園トムラウシの地熱発電計画を問う」報告(十勝自然保護協会活動速報)
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国立公園における地熱開発の規制緩和の経緯と問題点 辻村千尋
日本自然保護協会の国立公園での地熱開発についての基本スタンスは、原子力発電をなくすこと、省エネを第一に進め、地域の自然にあったエネルギーシステムに転換することが前提である。自然再生可能エネルギーとしての地熱発電や風力発電等の導入を否定するものではない。
しかし、自然環境や生物多様性に与える影響、温泉への影響など、問題点の議論が不十分であり、デメリットも含めたコンセンサスづくりが必要である。
2010年6月18日に再生可能エネルギーの導入促進に向け、環境省に対して国立公園での規制緩和を検討するよう閣議決定がなされた。これを受け、環境省は2011年6月から2012年2月にかけて5回にわたって「地熱発電事案に関わる自然環境影響検討会」を開催し、科学的な議論を実施した。日本自然保護協会はこの会議において専門家として以下の点について科学的な指摘をした。
①国立・国定公園と地熱発電との関係
国立・国定公園は特別保護地区、特別地域(第1種~第三種)、普通地域に区分されている(地種区分)。しかし、実際には自然度と地種区分が合致しておらず、バッファーのない特別保護地区や特別地域があったり、規制の弱い、あるいは保護されていない重要な自然環境がある。地熱発電所が計画されているトムラウシ地区(第三種特別地域)はすぐ隣りに原生自然環境保全地域があり、バッファーがない。地種区分の拡充や再編が必要である。
②持続可能性についての疑問
地熱発電を行うための生産井は寿命があり、次々と新しい井戸を掘り続けなければならない。また、生産井からの蒸気や熱水は還元井によって地下に戻すシステムだが、水蒸気として大気に出ていくものもあるので、すべて地下に還元できるわけではない。
③不確実性と予防原則について
蒸気が取り出せるかどうかは、実際に掘ってみないと分からないという不確実性があり、蒸気が出なければ堀り直すことになる。また地下2000~3000メートルのところに空気を嫌う微生物がいることが分かっており、このような微生物にどのような影響を及ぼすのか分からない。したがって予防原則の立場をとるべきである。
④地表部の自然保護上の問題点について
森林であったところにパイプラインだらけの工場が出現することになり、景観を破壊する。
⑤環境影響評価の手続きについて
資源探査は環境アセスメントの対象にならない。しかし、道路の開削や坑井などの開発行為が伴う。また試験井を掘って蒸気がでればそれを使うことになり、事業に移行する。
⑥自然保護上の解決を要する技術的課題
パイプラインの景観、ヒ素を含む還元水の地下への影響、火山景観への影響、大量の還元水の地盤変動への影響、噴気蒸気の不安定さと掘削井の持続性への疑問、人の健康に与える影響など、自然保護上解決しなければならない課題がある。
これらのことから、日本自然保護協会としては、地熱発電所は国立・国定公園内では行うべきではなく、規制緩和には反対であるとの意見を表明した。そして、検討会では普通地域での開発は個別判断で認める、第二種および第三種特別地域への地下へのななめ掘りは地表面に影響がなければ認める、これ以外については合意できず両論併記、の三点が合意された。
しかし、環境省としての結論は、①普通地域は認める、②地表でも、第二種および第三種特別地域での開発を優良事例に限り認める、③特別保護地区、第一種特別地域も調査は認める、ということになり、検討会での科学的議論が軽視されてしまった。これは政治的な判断がなされたことを意味する。
人口が減少していく中で、どれだけ電力が必要なのか、省エネがどこまで可能なのかという議論がない。国立・国定公園での地熱開発は公園指定を解除するに等しく、自然公園の風景と調和しない工作物は許可してはならない。生物多様性の保全上も、国立・国定公園での地熱開発許可は難しい。
地球温暖化への対処と生物多様性の保全は両立させなければならず、温暖化対策のために生物多様性を壊すのは矛盾する。
日本の山岳地帯は3000m級の山としては世界一の強風にさらされている。これは、ヒマラヤ山脈で分流したジェット気流が日本で合流するためである。また、日本は氷期に氷河で全体が覆われなかったため、植物の絶滅が免れた。地質も複雑である。このような要因が重なり、日本は生物のホットスポットとなっており、国立公園で守っていかなければならない。
2010年に名古屋で開催されたCOP10(生物多様性条約第10回締結国会議)で、「陸域及び内陸水域の17%の保全」が採択されたが、この17%は保安林も含めてようやくクリアされた。
歴史学者の色川大吉氏は著作で「風景が無くなるということは、その歴史がなくなるということ」と記しているが、この言葉をしっかりと受け止めていかなければならない。
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