温暖化は危機的状況であると指摘する江守正多氏(追記あり)
先日東京に行った際に、気になっていた本を2冊購入した。その一冊は江守正多氏(国立環境研究所)著、「異常気象と人類の選択」(角川SSC新書)だ。
本書の第一部は地球温暖化の現状、異常気象の問題、主な懐疑論に対する反論などで、第二部で今後の対策について考察している。第一部はこれまでの主張のまとめとも言えるもので、本書の執筆のねらいは主に第二部にあると言えるだろう。
第一部の中でいわゆる温暖化論者と懐疑論者の「陰謀」の泥仕合のことにも触れられていて、ここは興味深く読んだ。なぜなら、福島の原発事故が起こって以来、脱原発を主張する人たちの中に少なからず温暖化陰謀論を唱える人がおり、私もツイッターではしばしばそのような方たちに絡まれるからだ(私のツイッターのフォロワーは大半が脱原発派)。
もちろん懐疑論を支持する人がいるのは当然だし、そういう意見を持つこと自体は尊重する。また温暖化論を主張することが原発推進派の片棒を担ぐという側面があることも否定はしない。しかし、私が疑問に思うのは、脱原発の懐疑論者は温暖化陰謀論のバイアスがかかっている人が多いのではないかということだ。つまり、「はじめに温暖化論否定ありき」の人が多いとしか思えない。
そういう人たちは、「原発推進者=温暖化論支持者=温暖化論は誤り」という先入観があり、温暖化支持者に対して徹底的に懐疑論者の主張を提示して絡む、という構図があるように感じてならない。懐疑論や陰謀論を支持するのは自由だが、なぜそんなに温暖化論支持者に対してムキになって反論しなければならないのか、なぜ違う考えを尊重できないのか、私はそれが不思議で仕方ない。
江守さんはこの点について、以下のように述べている。
もしも、「温暖化論は陰謀に違いないが、懐疑論が陰謀という話しには耳を貸さない」という人がいたら、それは典型的なダブルスタンダードであり、その人をダブルスタンダードにさせている何らかの動機がその人の中にあるとしか僕には思えません。
これに関してはまったく同感だ。昨日、今日と私はツイッターで温暖化問題で絡んでくる人とやりとりをしたのだが、たとえばクライメートゲート事件には石油業界が関わっている疑惑があるという指摘をしてもそのことは無視する。そして、原発推進派による陰謀の話しばかりするのだ。なんだか自分は絶対に正しいと思い込み、温暖化論支持者を追い詰めることが正義だと勘違いしているかのように感じられる。
温暖化問題にしても原発問題にしても、所詮、素人は素人としての判断しかできないし、素人は素人なりにさまざまな専門家の見解を俯瞰し、どういう見解がより真実性があるかを判断することしかできない。専門家ではない以上、専門領域について何が正しいのかを判断する知識や能力を持たないからだ。だから私は懐疑論や陰謀論の支持者に対して自分から意見を押しつけるつもりはない。
また温暖化問題に関しては、この記事を書いて以降、自分の意見を何回も書いているが、懐疑論について懐疑的な立場をとりつつも間違いだと断定はしていない。IPCCの予測も絶対に正しいとは思っていないし、小氷期に入って温暖化が緩和されたり気温が低下する可能性も否定するつもりはない。あくまでも私の見解を示しながらも、各人が考えて判断すべきというスタンスをとっている。ところが、ツイッターで絡む人たちは、温暖化のことでは素人であるにも関わらず、ひたすら温暖化論が間違いであるという主張を押しつけようとする。この押しつけの強さにはほとほと呆れる。
さらにIPCCが国連環境計画(UNEP)によって設立されたことから推し量り、IPCCそのものが原発推進派であるかのような言説まで現れた。IPCCが国連環境計画と世界気象気候(WMO)によって設立されたことは事実だ(国連環境計画参照)。
しかし、だからといってIPCCそのものが原発推進派に牛耳られているという説はあまりに飛躍しすぎではないか。IPCCにまったく問題がないとは言わないが、少なくとも報告書では様々な専門家の見解を反映させ、できるかぎり情報を客観的に評価するシステムになっている。たとえ原発推進派と関係している研究者が紛れこんでいたとしても、核心的な主張まで意図的に変えることなど不可能だろう。透明性や客観性を確保した組織において、いったいどうやったら科学的事実をねじ曲げられるというのだろう。研究者の大半が御用学者だと主張するならそれまでだが、そういう主張こそ無理があるし、もしそう主張するなら根拠を示すべきだ。
話しを元に戻そう。本書を読むに当たって考えなければならないのは、現在の地球温暖化という人類の病がどこまでひどいのか、人類はどういう状況に置かれているのか、ということだろう。これについて江守氏は以下のように説明している。
第二部で詳しく説明しますが、温暖化問題において現代文明の置かれた状況を病気にたとえると、それは慢性の生活習慣病で、今はたいした症状が出ていませんが、放っておくとどんどんひどい症状が出る可能性がある、というものです。ここまではよくあるたとえですが、本書における認識の核心にあるのは次の事実です。実は、しばらく放っておいたせいで病気はかなり進行しており、運動や食事療法や薬で完治するような段階はすでに過ぎてしまっています。完治するためには、思い切った手術をする必要があります。しかし、手術が失敗して病状が悪化する可能性もあります。治療費もたくさんかかります。
これが気象の専門家である江守さんの認識だ。第二章ではこの病気の治療や治療することのリスク、また放置した場合のリスクなどについて論じている。そして、江守さんが非常に中立な視点で本書を書いていることは注目に値する。
彼の結論を言ってしまうと、温暖化対策を進めるにも、対策をせずに放置するにしてもリスクがあるという主張だ。進むもリスク退くもリスクだが、だからといって諦めてしまうのではなく、各人が自分の動機をあからさまに語った上でリスクを論じるべきではないかと提唱している。
いずれにしても、温暖化がこの先どうなるのか誰にもはっきりとしたことは言えない。温暖化を放置するとどんなリスクが生じるのか、対策をした場合のリスクはどうなのか、それすら不確定要素は大きいし、個人の判断、考え方でかなり変わってしまう。ただし、どういう選択をしてもリスクがある、そしてたとえ素人であっても自分の判断によって生じるリスクを受け入れて覚悟するべきではないかという主張には賛同できる。つまり、江守さんは中立的立場から考えうる対策やリスクを示しながら、一人一人がどんなリスクを選択し覚悟すべきなのかを問いかけているのだ。
江守さんのリスク論はとても興味深いのだが、引用すると長くなるし手短に説明するのも難しいので、興味ある人は是非本書を読んでいただきたいと思う。
なお、最近15年ほどは世界の平均気温が停滞していること、太陽活動が停滞していることから地球は小氷期に突入しているという説がある。それが事実であり今後も顕著な気温上昇が起こらない、あるいは低下していくのならとりあえず温暖化問題は先送りされたと言えるかもしれない。しかし、それとて不確実な話しであるし、あくまでも問題の先送りに過ぎない。江守さんはこの点に関しては、300年ほど前の「マウンダー極小期」と同じ程度の停滞期が再来したとしても、温暖化による気温上昇の一部を打ち消す程度だろうとしている。
ところで、今日の北海道新聞に「切迫する温暖化直視を」という江守氏の論説が掲載され、先日公表されたIPCCの第5次報告書の新しいメッセージを紹介している。それは世界の二酸化炭素排出量を過去からある時点まですべて累積したものは、世界平均気温の上昇量ときれいな比例関係にあるということだ。そしてこの関係から、産業化以降の世界の平均温度上昇を50%以上の確率で2度以下に抑えようとするならば、人類が排出できる二酸化炭素の総量は8400億トンと推定されるが、人類はすでに5300億トンを排出してしまっているので残りは3000億トンになる。このままの排出量が続けば、30年ほどで上限に達してしまうという。
もちろんこれが絶対に正しいとは言えないが、正しいとするなら人類は極めて厳しい状況に置かれており、難しい選択を迫られていると言わざるを得ない。
もっとも温暖化は陰謀だと信じている人や、温暖化による悪影響を楽観視している人たちは、江守さんの主張を聞く耳を持たないのだろう。彼らにとっては「温暖化論は誤り」という結論が先にあるのだから、温暖化論を否定する主張を探して広めることが正義なのだ。
【11月16日追記】
ダブルスタンダードと陰謀論で思い出したことがあるので補足しておきたい。
ケムトレイルをご存知だろうか。ケミカルトレイルの略で、航空機による航跡のことを指す。陰謀論を唱える人たちは、米国が人口を減らすことを目的に飛行機を使って有害物質や病原菌などを空中散布しており、その際の航跡がケムトレイルであると主張していた。
これに関して、スノーデン氏は温暖化を防止するためにエアロゾルを散布しているのだと指摘した。ところがケムトレイル陰謀論を信じて主張してきた人たちはなかなかこれを認めようとはしない。
ならば、米国による盗聴をはじめとしたスノーデン氏の数々の告発も信じられないということになってしまう。しかしスノーデン氏が告発者ではないというなら、それ相応の根拠が必要だろう。
陰謀論に取りつかれた人には「陰謀が真実」という思い込みが先にあるのだ。だからそれ以外の情報は疑ってかかって信じようとはしない。そして自分の主張を裏付けるような情報を探してきては補強するのである。温暖化陰謀論を唱える人たちと実によく似ている。
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