興味深いカシワ林更新のしくみ
本州で生まれ育った私は、カシワ林といえば海岸近くに純林をつくっている光景を思い浮かべるのだが、実は十勝地方では海岸だけではなく内陸部にまでカシワ林がある。かつて十勝平野は広くカシワ林に覆われていたといっても過言ではないだろう。しかし、開墾などによってその多くが伐採され、今では十勝のカシワ林は点々と残るだけの貴重な存在となってしまった。
ところが、私たちの多くは十勝の原風景ともいえるカシワ林がどのようにして長年維持されてきたのかよく知らない。そこで、昨日、カシワ林の研究をされてきた植物研究家の若原正博さんに「カシワ林をもっと知ろう!」というタイトルで講演をしていただいた。大変興味深い話しだったので、簡単に紹介したい。
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十勝平野は内陸にカシワ林が見られる珍しいところだが、なぜ内陸にカシワ林があるのかという理由は解明できていない。古砂丘だったことが関係しているのかもしれない。
若原さんの主な研究フィールドは、帯広農業高校に隣接するカシワ林で、ここで20年ほど前にカシワ林の研究をした。
「親木の下では子どもは育たない」と言われるが、カシワ林の場合もそれが当てはまる。カシワ林を横から見ると、枯死木や幹折れ木によって樹冠が途切れているところがある。そのようなところをギャップと呼ぶが、陽樹であるカシワの子どもが育つのはこのようなギャップである。また、カシワ林には、樹冠を覆う高木層と低木層があるが、その中間の層が空いていてすっきりした構造をしている。
農高のカシワ林は林床がミヤコザサで、スカッとした林である。自然度が高く、林内には幹折れした木や野火にあった木も見られる。ここでシードトラップなどを利用して、種子の生産量などを調べた。
カシワ林の特徴は萌芽株が沢山あるということで、これはカシワ林が更新するために非常に重要な存在。実生は一年の成長量が小さく、実生による更新は少ない。
浜大樹の海岸のカシワ林は、海に近いところでは樹高が低いが、海岸から1kmくらい内陸になると内陸林と同じような林になる。
カシワ林は以下のようなサイクルで更新されることが研究より分かった。
1haあたりおよそ250本の林冠木(林の上層部を覆う木)がある。
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これらの木からドングリが約5万粒生産される。しかし、大半はゾウムシやエゾリス、カケス、ネズミなどの餌となる。また、ドングリは乾燥すると発芽能力を失うので、ネズミなどの動物が地面に埋めたものしか発芽できない。発芽するのは260株くらい。
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芽生えた実生のうち1年目で5~7割が死に、2年目で2割が死んでしまう。
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林床(ミヤコザサの下)には小さな苗木が1haあたりおよそ10,000株存在する(林内にランダムに分布)。これを萌芽株バンク(実生バンク)と呼ぶ。この萌芽株バンクが多いのがカシワ林の特徴。
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ミヤコザサより樹高が高くなった株は、1haあたりおよそ670株ある。これは林内にある程度まとまって(集中して)分布する。
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樹高が3~4mほどの株になると1haあたりおよそ400株ある。主に、ギャップ部分に集中して分布する。
このようなサイクルによって、カシワ林は安定的に維持される。直径45cmくらいの太い林冠木の場合、200年以上経っていることが分かっている(ただし、日当たりの良いところに孤立して生えている木は成長が早く、太さと樹齢の関係は条件によって大きく異なる)。また、毎年1haあたり1本ほどの木が枯れる。
最後にエコトーンについて説明があった。たとえばカシワ林が四角い区画として残されている場合、中央部の四角がカシワ林のコア部分になり、ロの字型の周縁部がエコトーンになる。このエコトーン部は外部と接触するところであり、外部からの植物などの侵入もあって生物多様性が高くなるが、カシワ林にとって重要なのはコアの部分である。もし、エコトーンの部分が削られてコア部分が林縁になると、そこは帯状にエコトーンとなる。その結果、コア部分が狭くなってしまう。
つまり、林縁部を伐採すると重要なコア部分が狭くなってしまうことを認識する必要がある。
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以上が若原さんの話しの概要だ。カシワ林を見て、「それなりに広いのだから、端の方を少しくらい伐ってもたいして問題はないだろう」と思う人も多いかもしれない。しかし、今では自然度の高いカシワ林そのものが貴重な存在だ。それを健全な状態で保全するためには、伐採を避けることが何よりも大事だということではなかろうか。
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