福島の昆虫の奇形について思うこと
つい先日、福島県などのヤマトシジミの羽や目に奇形が生じているという研究結果が発表された。
チョウの羽や目に異常-被ばくで遺伝子に傷か-琉球大(時事通信)
これを巡ってネット上でさまざまな異論が出ているのだが、批判のためによく引用されているのが以下のサイトだ。
ヤマトシジミの奇形は原発の影響によるものなのか(むしブロ+)
「むしブロ+」さんは、ヤマトシジミの場合、北限に近い生息地では奇形が多いことが以前から知られていること、サンプルサイズが小さいので統計データの信ぴょう性が低いこと、実験条件の一部が不明であること、昆虫は通常放射線に強いことなどを指摘して被ばくによる影響であるとすることに疑問を投げかけ、鵜呑みにすべきではないと言っているのである。よく読めば分かるが、被ばくによる影響を完全に否定しているわけではない。
「むしブロ+」さんのような視点は確かに必要なことだし、批判的精神は大切だと思う。ところが、こうした意見が広まると、すぐにこのヤマトシジミの研究自体を否定したりデタラメだ、トンデモだと断言する人が出てくる。明らかに不適切な発言だ。このような短絡的な意見をいう方は、大方「安全サイド」思考の方のように思われる。以下のtogetterのコメント欄でも、「放射脳」などという揶揄表現が出てきて読むに堪えない。
一方、8月16日の北海道新聞に「福島のワタムシ 1割奇形」という記事が掲載された。福島第一原発から約32キロ離れた川俣町山木屋地区で採集したワタムシに、通常の10倍以上の比率で脚の壊死、触覚の欠損などの奇形が見られたとのこと。
ヤマトシジミの研究例を否定する人たちは、ワタムシの事例についてはどう解釈するのだろうか。
動植物の奇形はもちろん被ばくの影響だけで生じるわけではないが、被ばくが影響することも間違いない。こうした研究の積み重ねによって、今回の原発事故による野生生物への被ばくの影響が次第に明らかにされていくだろう。ヤマトシジミの事例も、今の段階で被ばくの影響ではないと断定してしまうのは早計だ。まして匿名のツイッターで野次るのはどうかと思う。
福島原発事故による放射能汚染、被ばくのことに関してはネット上でさまざまな意見が飛び交っているが、安全サイドの意見の方と危険サイドの意見の方が相手を否定あるいは批判しあっている感が否めない。
いろいろな意見があるのは当然だ。しかし、気になるのは断定できない不確定な事象について断定的な発言をし、異なる意見に対して罵倒するかのような批判をしている人をしばしば見かけることだ。
福島の原発事故による被ばくに関しては、今後どのような影響が出るのか、あるいは出ないのか、誰にも分からないはずだ。同じ原発事故であっても、放出された核種やその量はチェルノブイリとは同じではないだろうし、もちろん原爆とも同じではない。被ばくによる健康被害は数年後に顕著になると言われており、今回の事故による環境への影響、健康被害は未知としかいいようがない(もちろん現時点でも被害が出てきているとは思うが)。
それにも関わらず、「たいしたことはない」「心配するレベルではない」という人たちはいったい何を根拠にそんなことを言えるのだろう。もちろん、危険サイドの発言をしている人でも「健康な人はいなくなる」などという断定的な発言は控え、理由を示したうえで「可能性がある」「可能性が高い」という表現に留めるべきだ。また、やむを得ず汚染地域に住んでいる人たちに対して「避難しないのはおかしい」などという言い方も慎むべきだと思う。
それからツイッターやブログなどを読んでいて気になるのは、自分と異なる意見の方に対し誹謗中傷、あるいは罵倒するような発言をしばしば見かけることだ。匿名であるからこそ、安易にこうした書き方をする傾向があるのだろう。内容的には賛同できる記事を書いていても、あまりに誹謗中傷や罵倒のような表現が多いと辟易としてくる。そのような書き方をすることで注目されると思って意図的にそうしているのかもしれないが、私には逆効果に思える。
不確定なことを断定する人、根拠も示さず感情的な主張をする人、他者を罵倒したり誹謗中傷発言をするような人こそ信頼に値しないと私は思う。
« 緑岳でのマツダタカネオニグモ調査 | トップページ | 里山の生物多様性を破壊するトヨタテストコース問題 »
「原子力発電」カテゴリの記事
- 震災から14年に思うこと(2025.03.11)
- 大地震に警戒を(2024.01.04)
- 二つの大罪(2023.08.24)
- 汚染水を海に流すという犯罪(2023.08.14)
- 原発事故から10年(2021.03.11)
初めまして。大学で生物学を教えています。ヤマトシジミ論文について授業で質問を受ける可能性を考えて検索しているうちにたどり着きました。
>福島の原発事故による被ばくに関しては、今後どのような影響が出るのか、あるいは出ないのか、誰にも分からないはずだ。
放射線生物学のこれまでの研究成果からある程度の幅が予想されます。
>「たいしたことはない」「心配するレベルではない」という人たちはいったい何を根拠にそんなことを言えるのだろう。
放射線生物学を根拠にしています。
私のブログ記事で一般人向けの解説記事を書いています。
実験生物学も疫学調査も生態系の方が想像している以上に進んでいますよ。
ヤマトシジミ論文は手法に問題があり過ぎて批判を受けています。
私が査読者なら通さないレベルの論文だし(むしプロさんと同じような理由)、そもそもこの雑誌は論文というより科学読み物的な側面があります。
http://www.nature.com/srep/2012/120809/srep00570/full/srep00570.html
(記事の下の方に放射線生物学の専門家からの批判が掲載されている)
http://icchou20.blog94.fc2.com/blog-entry-293.html
ワタムシは記事の情報が本当なら対照区も設定していない観察なので、現時点では科学的評価が出来ないレベルのデータです。
投稿: bloom | 2012/09/07 12:12
bloom様
コメントありがとうございました。
ヤマトシジミ論文の件ですが、科学論文として手法の適切さについて指摘や批判があるのは分かりますので、私は「むしブロ」さんの指摘そのものを批判したり否定する立場ではありません。ただし、手法に問題がある論文だからといって放射線の影響がない、と断定する根拠にはなりません。ところが、「むしブロ」さんの意見をもとに、手法の問題と放射線の影響の問題をごっちゃにして「危険主張派」の人たちを批判している人がいるわけです。こうした人たちが問題だというのがこの記事の主旨です。
また、「むしブロ」さんの記事のコメントに「通りすがり」さんが、青森周辺で多発していた異常型と今回の異常型では質が異なるのではないかという意見を書いていますが、私も同じことを感じました。「むしブロ」さんも「通りすがり」さんの指摘によって記事を修正しています。
「通りすがり2」さんが指摘しているように、追試験がなされたり他の生物での検証によって、今回のヤマトシジミ論文がどの程度正しいのかはいずれ明らかになっていくでしょう。それを待つべきだと思います。論文の不備を指摘するだけなら分かりますが、今の段階で嘘だとかデタラメだという主張をするのは早計だと思います。まして「壮大な『釣り』」などというのは考えすぎでしょう。
同じくコメントされている川根眞也さんの意見にも私は賛同します。私は、内部被曝の場合、外部被曝とは比べ物にならないくらい大きな影響を与るという見解を支持していますので。
この問題に関してはちょうど「さつき」さんが論理的な記事を書かれていますので、ぜひご一読いただけたらと思います。
http://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/40056502.html
http://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/40061480.html
投稿: 松田まゆみ | 2012/09/07 15:25