石狩砂丘の海岸林に生きるキタホウネンエビ
12・13日は石狩市で開催された北海道自然史研究会の研究発表と巡検に参加した。興味深い発表がいろいろあったのだが、発表で石狩砂丘のカシワ林の中の融雪プールにキタホウネンエビ(Eubranchipus uchidaii)という甲殻類が生息していることを知った。日本の固有種で、今のところ青森県の下北半島と石狩湾の海岸林でしか生息の記録がない。
石狩海岸には海岸線に沿って石狩砂丘があり、その内陸側に幅500メートルほどのカシワの海岸林が広がっている。雪が解ける4月頃になると、この海岸林の中に「融雪プール」と言われている水たまりがいくつもできる(写真参照)。キタホウネンエビはこの融雪プールにだけ生息している希少な生物だ。しかも、林内にできる融雪プールならどこにでも生息しているというわけではなく、一部のプールにしかいないという。
エビという名前がついているが、いわゆるエビの仲間ではなく大形のプランクトンの仲間である。プランクトンといっても成体の大きさは2センチくらいある。雌はすでに卵を持っていた。
下の写真は薄型の透明容器に入れて腹面から見たもの。
こちらは背面から見たもの。
興味深いのは、一年中水があるような沼などではなく、夏になると干上がってしまう雪解け水によってできた池に生息しているということだ。このために、水が溜まっている春の2カ月程度の期間に孵化して成熟、産卵するという特異な生活史を持っている。卵は0.4ミリメートルほどの大きさで、乾燥や寒さに強い。プールが干上がると卵は休眠し、春にまたプールができたときにふ化する。融雪プールという非常に不安定な環境に適応し、生き続けてきた生物なのだ。
融雪プールは一時的な水たまりなので水生生物はほとんどいないと思ったのだが、トンボのヤゴや小型のゲンゴロウの仲間なども見られた。しかし融雪プールにしか生息していないのはキタホウネンエビだけだ。こんな不安定な水溜まりを生息の場として選び、青森県と石狩海岸に細々と生き続けている生物がいることに、進化の不可思議さを感じてしまう。
このような海岸林は、かつては石狩浜に沿って広く続いていたのだが、開発によってかなり減少してしまった。また、石狩湾新港に近い海岸林では放水路や埠頭の建設によって水が抜けやすくなり、融雪プールができなくなっているそうだ。人間の開発によってキタホウネンエビの生息域も狭められている。
キタホウネンエビは、何の変哲もない身近な自然にも希少な生物がひっそりと暮らしている可能性を、そして安易に自然を壊したり改変してはいけないことを教えてくれる。
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