原告の嘘が認定された光市事件出版差し止め訴訟をどう見るか
光市母子殺害事件の福田孝行君についてのルポ「福田君を殺して何になる」(増田美智子著、インシデンツ刊)の出版差し止め裁判で、23日に広島地裁の判決が出た。この裁判は福田君が刑事事件の代理人でもある安田好弘弁護士らを代理人にし、著者と版元の寺澤有に対し出版差し止めと1300万円の損害賠償を求めていたものだ。
マスコミ報道からは判決の詳しいことは分からないが、出版差し止めに関しては棄却し、顔写真の掲載や許可を得ていない手紙の掲載はプライバシーの侵害だとして66万円の賠償を命じたとのこと。
この裁判に関しては何よりも訴えの背景を考えなければならないと思う。この出版差し止めに関しては、出版される前に、福田君本人ではなく福田君の弁護士と寺澤さんが「ゲラを見せる」「見せない」で対立していたという事実がある。寺澤さんがゲラチェックを拒否すると、弁護士が「ゲラを見せなければ、法的手段をとる」「法的手段をとれば、こちらが勝つ」という脅しともいえる要求をしたという。これについては以下の寺澤さんへのインタビュー記事を参照していただきたい。
そして実際に起こされた裁判では、福田君側は、「許可なく実名を掲載した」「出版前にゲラを見せると約束していた」と主張した。それに対し、著者の増田美智子さんや版元の寺澤有さんは、実名掲載は福田君の許可を得ているし、事前に原稿を見せる約束をしたという主張は捏造だと真っ向から否定していた。
今回の裁判では「原告は出版前に実名の記載を承諾しており、掲載禁止を肯定するほどの違法性はない」としている。福田君側の主張は退けられており、福田君側が嘘を言って裁判を起こしたことは明らかだろう。ではなぜ嘘をついてまで訴訟を起こしたのだろうか? これは非常に重大なことで、寺澤さんも弁護士らによるSLAPP(恫喝)訴訟だと主張している。
嘘によって起こされた裁判であるのは間違いないと思うが、問題なのは嘘をついたのは福田君なのかそれとも弁護士なのかということだ。刑事裁判で死刑か無期懲役かが焦点となっているときに、福田君が嘘をついて訴訟を起こしてもメリットなど何もない。むしろ裁判で嘘が認定されたなら「嘘つき」のレッテルを張られて不利になる。しかも「福田君を殺して何になる」は福田君の裁判に情状面で有利に働く内容であり、福田君にとってマイナスになる本ではない。
一方で、この本には増田さんの取材をめぐる弁護団の対応について、批判的に書かれていた。弁護団にとっては歓迎しない本だろう。このことこそ出版差し止めの目的だったのではなかろうか?
忘れてはならないのは、福田君はリーダー的存在である安田好弘弁護士に従わざるをえない状況に置かれているということだ。このことは今枝弁護士の解任の際の状況でも明らかだ。福田君は今枝弁護士を最も信頼しており解任したくはなかったのだが、安田弁護士らの求めに応じて泣く泣く解任したといえる。だから弁護士らによる嘘の主張による提訴を福田君が拒否できないのは容易に想像がつく。
客観的に見ても、出版差し止め裁判は福田君の意思で起こされたのではなく、弁護士らの意思で起こされたとしか思えない。そうであれば、福田君はまさに弁護士に嘘を強いられた被害者だ。人権侵害も甚だしい。そして福田君はおそらく今でも本心を言えない状況に置かれている。
嘘の主張による訴訟提起は厳しく糾弾されるべきだし、そもそも嘘をついたのは弁護士である可能性が高い。このような訴訟は訴えそのものを無効にすべきだと私は思う。
写真や手紙の掲載がプライバシー侵害だという点に関しても、福田君の意思というより弁護士の主張をそのまま受け入れざるを得なかっただけではなかろうか。写真は少年時代のもので成人した彼を特定できるようなものではないし、手紙だって福田君の刑事裁判に悪影響を及ぼすような内容ではなかった。
たとえ福田君の本意によるものだとしても、この本は小説や単なるエッセイではない。大きな社会問題になった重大事件に関するルポであり、報道目的に出版されている。そのような本での写真や手紙の掲載について、どこまで本人に確認する必要があるのだろうか? これでは事件報道が相当制約されることになるだろう。
増田さんらは控訴するとのことだが、控訴審ではこのような点について明確にしてほしいと思う。
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