群馬大早川由紀夫教授の訓告問題を考える(1)
危険性を訴えることは不適切か
群馬大の早川由紀夫教授が、ツイッターで福島の農家などに対し配慮を欠く不適切な発言をしたとして大学より訓告処分を受けた。早川氏は以前から口頭による注意を受けていたというが、今回あらためて訓告として書面で通知された。そこで早川氏は訓告処分の事実についてツイッターで公表し、さらに8日に記者会見を行った。この記者会見については岩上安身氏のインタビューが途中から実況中継され(岩上氏は記者会見に遅刻)、私も視聴した。
その時の発言のまとめは以下で読むことができる。
私がこの会見を聞いていて、最も印象に残ったのはリスクコミュニケーションの話だった。早川氏には、雲仙普賢岳の火砕流の危険を現場にいた人たちに知らせることができず、43人もが亡くなったという痛恨の思いがあった。火山学者である早川氏は、あの場所にいたら火砕流で死ぬことがわかっていたのだが、それを伝えることがでなかったのだ。現場にいる人たちに知らせることができたら防げた災害だった。それが今回ツイッターでの過激な発言に繋がっているのだ。
今回の原発事故のあと、早川氏はチェルノブイリのことを必死に勉強し、福島は危険だという結論に達したという。雲仙普賢岳の惨事を防げなかった思いがあったからこそ、「早川マップ」をつくり、ツイッターで警告し続けている。
この気持ちは私も変わらない。私もチェルノブイリの事故による健康被害については、たぶん一般の人より少しだけ知識があった。というのは、「チェルノブイリのかけはし」による子どもたちの保養活動をお手伝いしたことがあるからだ。その活動を通じて、チェルノブイリの事故では汚染がどのように広がったとか、大変な健康被害が生じて多くの人たちが病気になったり亡くなったことを知っていた。
だから、早川氏が作成したチェルノブイリ事故による汚染と福島原発事故による汚染を比較した地図を見て、これは大変なことになると直感した。日本の場合はチェルノブイリより汚染面積は狭いが、人口ははるかに多い。しかも汚染は人口密集地帯である首都圏にまで及んでいる。日本でチェルノブイリと同じ健康被害が繰り返されることは想像に難くない。そして、政府はこの事実を何としてでも隠し続けるだろうということも確信した。
だからこそ、一人でも多くの人に現実を見つめて判断の材料にしてほしいと思い、インターネットで情報を収集してブログで紹介してきた。案の定、政府は事実を隠ぺいしようとやっきになっているが、日本の危機的状況は日増しに明確になってきている。先日の木下黄太氏のブログ記事は、とりわけその深刻さをよく物語っている。
「私の言うことをどうか怒らないで聞いてください」ベラルーシのコメリ州、スモルニコワ医師の発言
早川氏もチェルノブイリのことを知って危険性をすぐさま感じ、ツイッターでそれを発信し続けたのだ。「訓告」問題を語るとき、早川氏の発言の根底にあるものをきちんと読みとることが重要だと思う。
汚染の深刻さや危機感をツイッターやブログで指摘する人は大勢いる。おそらく皆同じような気持ちで発言しているのだろう。早川氏も言うように、生死を分けるような危機的状況になれば、誰しも自分や家族の命を一番に考える。そういう意識が働かなければ生物は絶滅してしまうだろう。だから外敵から狙われる野生動物は常に警戒を怠らない。生物である以上それは自然のことであり当然だ。
それをエゴだという人もいるが、そうだろうか? 私は個人個人が生きるために危機意識を持ち必死になること自体はエゴだとは思わない。しかし、自分が助かるために他人を欺いたり蹴落とすならエゴだろう。危険性を知っていてそれを知らせる手段を持っているのに黙っているのは怠惰だと思う。
また、人間はエゴだけで生きているわけではない。他者への思いやりも持っている。高濃度に汚染された土地で作物を作り流通させたり、瓦礫を燃やして放射能を拡散させる行為は自分や家族だけではなく誰もが被害を受けるのだ。だから多くの人が抗議の声をあげている。もちろん農地を汚染された農家こそ甚大な被害者だ。農家の批判の矛先は、危険性を警告する人ではなく放射能を拡散させた東電に向けられるべきだろう。
リスクコミュニケーションという点では、地震予測も同じではなかろうか。北海道大学の森谷武男さんが地震エコーの研究から巨大地震の予測を公表したが、残念ながらそのページは閉鎖されてしまった。森谷さんは巨大地震の危険性を知らせることで、少しでも被害者を減らしたいという思いから、あえて公開したのだろう。地震予測の研究をしている者としての責任感からだ。その気持ちは、深刻な放射能汚染をインターネットを使って多くの人に知らせようとしている人と変わらないと思う。
ところで、深刻な汚染のことや被ばくによる健康被害についてブログやツイッターで発信すると、「不安を煽る」といって批判する人がいる。いわゆる御用学者ではない人の中にもそのような人たちがいる。不安が健康を害すると言いたいらしい。
以前はガンという病気は本人に告知しないのが普通だった。本人がショックを受けることを考慮したからだろう。しかし、今は本人に告知するのが当たり前になった。本人に告知しなければ本人が治療について選択できない。ガンの治療には副作用がつきまとうのであり、無治療という選択肢もある。手術をするかどうかも他人が決めることではないだろう。命に関わる病気の治療方針を家族と医者だけで決めてしまうことにはならない。本人の意思を尊重するためにも、ショックを受けることを承知のうえで告知するというのが現在の考え方だ。
放射能の危険性だって同じだろう。深刻な放射能汚染の事実を知って住民がショックを受けたり不安になるのは当たり前だ。しかし、最終的に後悔しない判断をするためには、深刻な状態であることをきちんと受け止めることが何よりも大事なことだ。チェルノブイリの事故では事実を知らされないがために被ばくして病気になったり亡くなった方が沢山いる。このような方たちは悔やんでも悔やみきれないだろう。
むしろ、東電や政府が汚染や被ばくの影響を過小評価したり、嘘をつくことのほうが被災者を混乱させ不安に陥れる。
危険性を指摘する人を「不安を煽る」といって批判することは、危険にさらされている人たちを安堵させ、避難したり被ばくを避けるといった判断を避けることになりかねない。見解の相違とはいえ、あまりにも無責任な発言だ。
政府が危険性を知らせない以上、分かっている人が知らせるほかないのだ。だから、早川氏が危険性を訴えることが配慮を欠いたり不適切だということにはならない。
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