八ッ場ダムの真相に迫る「谷間の虚構」(その1)
先日、高杉晋吾さんの「谷間の虚構 真相・日本の貌(かお)と八ッ場ダム」(三五館)を読了しました。
マスコミが沈黙する八ッ場ダムのヒ素問題や地滑り問題について、長年にわたって取材し追及してきたのが、ジャーナリストの高杉晋吾さんです。この5月に出版された高杉さんの著書「谷間の虚構」は、これまでの高杉さんの取材の集大成ともいえるもので、ヒ素と水質問題、地質問題、そして八ッ場ダムの歴史から政官業の癒着と利権構造までを浮き彫りにし、八ッ場ダムの真相に迫っています。
八ッ場ダムのヒ素問題については、高杉さんの書かれた週刊金曜日の記事をもとに以前もこのブログで取り上げました。以下をご覧ください。高杉さんはこのことを2008年後半に記者会見で明らかにしたそうですが、マスコミは一切調査しようとせず、報道もしなかったとのことです。取り上げたのは、週刊金曜日くらいしかなかったのでしょう。
実は、この記事を書いたとき、私は中和システムなるものについて具体的なことは分かりませんでした。品木ダムに堆積したヒ素を含む中和堆積物をどのように処分しているのかもよく知らなかったのです。しかし、本書にはその恐るべき実態が赤裸々に描かれています。
八ッ場ダムを建設するためには、強酸性の水を中和させなければなりません。そのままではダムのコンクリートや鉄が腐食して崩壊する危険性があるからです。そこで造られたのが中和システムです。白砂川(吾妻川の支流)に流れ込む湯川・大沢川・谷沢川の酸性水は、中和工場で石灰によって中和され、品木ダムに沈澱します。その中和生成物を浚渫してセメントで固化し、ダム湖周辺の3カ所の処分場に埋めています(そのうちの2つはすでに満杯)。中和に使われる石灰の量は一日60トン!
問題は、草津の万代鉱から流出するヒ素が湯川に入りこみ、それが石灰で中和されて中和生成物となって品木ダムに溜まることにあります。そのヒ素の量は、年間50トンというとんでもない量です。
ヒ素は一般的にヒ酸鉄という形で水中に沈澱しており、そのままでは危険性はないそうです。つまり、草津温泉に入っても問題はありません。ところが、中和工場で石灰と混ぜると、加水分解して水溶性のヒ酸塩になってしまう。このヒ酸塩の含まれた中和生成物、すなわち品木ダムにたまった汚泥をアルカリ性のセメントで固めると、ヒ素は水に溶けることになります。
セメントで固めた中和生成物というと、カチカチに固化したものというイメージがありますが、そうではなく粒状化しているだけとのこと。しかも、本来なら樹脂シートと排水処理施設の必要な管理型処分場で処理しなければならないのに、実態は素掘りの穴に投棄しているのです。山野にヒ素を垂れ流ししているも同然です。さらに微生物が多量に存在する処分場にヒ素を廃棄したなら、毒ガスを発生させることにもなりかねないと専門家は警告します。
一方、ダム湖には中和生成物が溜まる一方です。というのは、ダム湖に溜まった中和生成物を完全に浚渫するためには年間約3億円かかるそうですが、実際には1億円の費用しか出ていません。そして、上智大学の木川田教授によると、ダムの外にも年間3トンほどのヒ素が流出しているとのこと。このことは、「国交省がひた隠しにする八ッ場ダムのヒ素問題」で紹介した保坂展人さんの以下の記事でも取り上げられています。
品木ダムの中和生成物の処分場は、高杉さんの表現によると「数十万トンの中和生成物の埋立処分場。湯川の品木ダムへの流入口、下から仰ぎ見ると品木ダム湖の西南端の直上に覆いかぶさるような急こう配で汚泥の山が築きあげられている」とのこと。大雨や地震、火山の噴火などでこの汚泥の山が崩壊したなら、そして品木ダムの堤体が崩壊したなら、ヒ素に汚染された大量の汚泥が下流の利根川を駆け下り、途中から武蔵水路を通って荒川下流にまで流れ下ることにもなりかねません。
また、八ッ場ダムに水を貯めるために発電に利用している酸性水を吾妻川に戻したなら、八ッ場ダムは鉄やコンクリートを腐食させる酸性水になってしまうということについても、詳しく説明されています。中和システムなど意味がないばかりか、有害で危険なものでしかありません。
この八ッ場ダムのヒ素問題について、いったいどれほどのマスコミが問題にしてきたのでしょうか。ちなみに「八ッ場ダム ヒ素」でネット検索したら、なんと私のブログ記事や保坂さんのブログ記事が上位に出てくる有様です。マスメディアで取り上げているのは、ヒ素を含む中和生成物の不法投棄を問題にした2010年4月22日の朝日の以下の記事くらい。
この危険きわまりないヒ素問題について、政・官・マスコミがこぞってひた隠しにしていることこそ恐るべきことでしょう。永遠に排出される無害な状態のヒ素を、大量の石灰で中和して毒物と化して山中に不法投棄し、品木ダムに貯め込んで下流部にもヒ素を垂れ流ししつづけることの危険さ、愚かしさ・・・。まさに中和システムは破たんしています。
(つづく)
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