寺澤有さんへのインタビュー(その1)
1月に、「福田君を殺して何になる」を書かれた増田美智子さんへのインタビューを掲載しましたが、版元であるインシデンツの寺澤有さんからもお話をお聞きしたく思いインタビューを申し入れたところ、快く応じてくださいました。増田さんと寺澤さんは昨年10月に福田君側から出版の差し止めを求めて提訴されましたが、12月には逆に福田君や福田君の弁護士ら3人を名誉棄損で提訴しました。また毎日新聞社に対しても名誉棄損で提訴しました。フリーランスのジャーナリストが法の専門家である弁護士集団や大マスコミを相手に提訴するというのは大変なことですが、あえて提訴に踏み切ったからにはそれなりの理由があるはずです。
私は「福田君を殺して何になる」を読み、福田君側からの出版差し止めにずっと疑問を抱いてきました。また、この問題では「実名」のことばかりが話題になりました。しかし「実名が少年法違反」という主張は形式的なものであり、裁判にまで発展した背景には増田さんの取材を巡ってのトラブルがあるのだろうということは、本を読んで容易に察することができました。今回の寺澤さんの忌憚のないご意見は、この問題に新たな視点を投げかけていると思います。2回に分けて掲載します。
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― 寺澤さんはジャーナリストですが、出版不況で出版社の倒産が相次ぐ中でインシデンツという出版社を立ち上げられたのはどのような目的があったのでしょうか。
大手マスコミで報道できないことがドンドン増えてきたからです。たとえば、今、トヨタが欠陥車問題で叩かれていますが、どうしてアメリカで問題になるまで、日本では問題にならなかったのでしょう。新聞もテレビも雑誌も、トヨタが大広告主であることと無関係ではありません。
一昨年、私が月刊誌『宝島』で警視庁から天下りを迎え入れている企業の特集記事を取材、執筆しているとき、パナソニックから牽制が入り、ゲラまで出ていたのですが、ボツにされました。パナソニックは宝島社の大広告主だからダメだというんです。運よく、写真週刊誌『フラッシュ』が原稿をそのまま掲載してくれて、なんとかカッコウがつきました。
広告絡み以外では、事件報道のネタ元となる警察や検察の批判もタブーとされています。情報をリークしてもらわないと、スクープが飛ばせませんから。それどころか、「特オチ」といって、1社だけ重要な情報を教えてもらえない嫌がらせすら受けます。
ジャーナリストとして真実を追求していくためには、自分でメディアを持たないといけないという結論に達しました。ネットメディアも有望だと思いますが、私の友人のジャーナリストで挑戦している人たちがいますから、自分は出版でいこうと決めました。
インシデンツの最初の単行本『報道されない警察とマスコミの腐敗』を読んでいただければ、現在の絶望的なマスコミの状況がよくわかるはずです。
― 増田さんのルポをインシデンツから出版することに決めた理由を教えてください。
先の質問とも関連しますが、増田さんはなるべく大手出版社から単行本を上梓しようと、いくつか売り込みをかけました。しかし、光市母子殺害事件の福田孝行被告を利するような単行本の企画はどこも通りませんでした。たとえ事実であっても、それを報道すると、世間からバッシングを受けるのではないかと大手出版社は恐れたわけです。
私は、増田さんから取材上のアドバイスを求められたり、大手出版社の編集者を紹介したりしていたのですが、そこまでかかわったからには、最後まで責任を持とうと、インシデンツから出版することを決めました。
― 増田美智子さんの「福田君を殺して何になる」は、インシデンツとしては2冊目の出版物です。まだ動き出したばかりの出版社が、弁護士という法の専門家から出版差し止めという法的手段を行使されました。メディアの一員である出版社が出版差し止めを求められるということについて、どのように受け止めていますか。
出版差し止めというのは、つまり「発禁」ということです。戦前の日本や独裁者が支配する国でもないのに、そういう言論封殺が行いうるんです。司法を悪用して、「人権派」と称される弁護士たちにより。
言論が公表されて、それに対する批判が加えられるというのが民主主義です。ところが、安田好弘弁護士たちは言論を公表することもまかりならんと主張しています。『福田君を殺して何になる』を読むと明らかですが、本当に独裁者体質なんですね。
マスコミ全体へ及ぼす影響も大きいですから、出版差し止めが認められないよう、多大な時間とおカネを裁判へ投入しています。広島で裁判を起こされているので、本当に大変なんですよ。安田弁護士は第二東京弁護士会所属だから、東京で裁判を起こせばいいのに。
― 寺澤さんは、月刊誌「創」2009年12月号のインタビュー記事で、福田君の弁護士から「少年法61条で、実名を出すことは禁止されているのだから、仮処分をかけたら、明らかにあなたたちは負ける、素直にゲラを見せたほうがいい」と、脅しのようなことを言われたと発言されています。そのあたりの経緯について理解されていない方が多いと思いますので、もう少し詳しく説明していただけますか。
そもそも安田弁護士たちが増田さんの取材を受けていたら、これほどこじれなかったと思います。しかし、安田弁護士たちは権威主義らしくて、無名の若い女性ライターの取材なんか受けられないと。増田さんが真実を追求し、世の中に伝えたいという強い気持ちがあることを見くびっていたんですね。
だから、単行本が発売される10日前、新聞で内容が紹介されると、あわてて私のところへ連絡してきました。「ゲラを見せてほしい」と。増田さんは何度も何度も誠心誠意、安田弁護士たちに取材を申し込みました。それを冷淡に拒否しておきながら、こういう検閲まがいの要求は平気でしてくるのですから、正直、あきれました。
とはいえ、安田弁護士たちが「増田さんを見くびって申しわけなかった。だけど、我々の立場も考えてくれ。内容もわからないまま、いきなり単行本が発売されたら、対応のしようがない。虫がいいお願いだとは思うが、どんな内容か教えてもらえないだろうか」と謙虚に申し出ていれば、道が開けた可能性があります。
にもかかわらず、安田弁護士たちは最初から「ゲラを見せなければ、法的手段をとる」と脅迫的な態度。最後に少年法が実名報道を禁止していることを持ち出して、「法的手段をとれば、こちらが勝つ」とぶち上げました。しかし、少年法の解釈はそれほど単純ではありませんし、福田君の実名は10年以上も前から雑誌やインターネットで報じられ、安田弁護士たちも容認してきました。増田さんのルポに対してだけ、法的手段をとるというのがおかしいんです。
誰かに脅されてゲラを見せたとなれば、ジャーナリスト生命が終わってしまいます。安田弁護士たちのアプローチでは、私は「ノー」と言うしかありませんでした。
(つづく)
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