沙流川を破壊したダムの歴史
2月7日に放送されたNHKのETV特集「あるダムの履歴書」は、沙流川に建設された二風谷ダムと、支流の額平川に建設が予定され現在凍結状態になっている平取ダムについての番組でした。勇払原野に計画された石油コンビナート、つまり「苫東」への工業用水の取水を目的として計画された二風谷ダムと平取ダムの建設が、苫東計画の失敗によって目的を失ったにも関わらず、またアイヌ民族の反対にも関わらず、押しすすめられた歴史、そして二風谷ダムの建設により清流が失われた沙流川の姿が描きだされていました。
番組の中心に据えられているのは、アイヌの聖地としての沙流川流域の自然です。雪が少なく比較的温暖な二風谷は、古くからアイヌの人たちが住んでいました。二風谷のアイヌの生活についてはイザベラ・バード著、高梨健吉訳「日本奥地紀行」(平凡社)にも登場します。そのアイヌ民族の聖地であり、豊かな食べ物をもたらしてきた沙流川をせき止めてダムを造る計画は、彼らにとって容認しがたいものだったのです。日本人はアイヌ民族の権利を取り上げ、差別し、さらに聖地までをも壊す計画を打ち出したのですから。
アイヌ民族の故萱野茂さんと、故貝澤正さんの起こした訴訟では、アイヌを先住民族として認め、ダムを違法とした画期的な判決を勝ち取りましたが、ダムの撤去は認められませんでした。そうやって完成した違法な二風谷ダムは、今ではその半分が土砂で埋まり、治水の役割も果たせなくなりつつあります。
番組で印象に残ったことがいくつかあります。まず、北海学園大学の小田清教授らの調査団の報告書です。小田教授らの独自の調査による報告書では、ダムの堆砂の検討が不十分であり、二風谷ダムは危険きわまりない利水ダムで、25年で土砂に埋もれると結論づけられたそうです。そのような報告を無視して北海道開発局は建設に邁進しました。
また、二風谷ダムの流域住民の「ダムができてから、水害が増えた」という発言も、ダムが治水の役割を果たしていないことを物語っていました。
2003年の台風では大量の流木が二風谷ダムを埋めたのですが、その発生源について、石城謙吉氏のコメントも重要なものです。石城氏は、この時の流木の大半は生木ではない、つまり河畔林が流されたものではなく、乱伐によって山に放置されていたものなどが大雨によって流出したのであろうと語っていました。大量の木を伐採して放置してきた林業のつけだと言います。流域の森林をもっと大切にしていたら、これほどまでの流木は発生しなかったのでしょう。
水害の多発、水質の悪化、ダムを埋め尽くす堆砂、アイヌの人々の聖地の破壊…。多くのものを失って造られた二風谷ダムは、いったい何をもたらしたのでしょうか? 二風谷ダムは、もはや撤去すべき存在です。この愚行を省みずさらに平取ダムを造ったなら、現状をより一層悪化させるだけでしょう。
平取ダムは政権交代によってようやく凍結になりましたが、その影には地道に反対運動をしてきた市民の力があります。
目的を失っても、アイヌ民族の反対を受けても、裁判に負けても、建設の論理が破たんしていても、何としてでもダムを造ろうとする政治的な背景、そして今も粘り強く反対運動を続けている人たちの姿も取り上げれば、より真に迫る番組になったと思いました。
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