レジーム・シフトと地球温暖化
環境問題とか生態系といえば、多くの人は陸上のことが頭に浮かぶと思うのですが、先日読んだ川崎健氏の「イワシと気候変動」(岩波新書)は、海洋生態系をめぐる壮大なシステムについて論じた大変興味深い本でした。
まず冒頭で、イワシの減少が人による乱獲によるのではなく、世界の大気と海と海洋生態系が連動して数十年の時間スケールで変動しているためであることが解き明かされていくのですが、このシステムが本書のテーマとなっているレジーム・シフト理論です。著者の川崎氏自身が発見したこの理論は現在世界的に認められ、1990年代に入ってからは水産資源学、海洋生物学、気象学、海洋物理学までも包含する分野に発展しているそうです。この理論は海洋生物資源の持続可能な利用を考えるうえで、無視することのできない重要なものです。
陸上では人類による狩りで絶滅した生物は多数いるのに、海洋では強い漁獲圧によって絶滅した魚類を知らないと川崎氏はいいます。それは数十年のタイムスケールをもつレジーム・シフトという生物生産のメカニズムによって、海が安定した状態に保たれているからです。これまで海洋生態系について全く知識のなかった私にとって、本書で展開されているこのダイナミックなシステムは、非常に新鮮でありかつ驚くべき内容でした。
海洋生態系と海洋生物資源は、系の外側から乱されない条件の下では、正常なリズムでレジーム・シフト、すなわち変動を行っているのですが、その正常な変動が乱されたり破壊されたりする可能性として、川崎氏は二つの要因を取り上げています。ひとつは乱獲であり、もう一つは地球温暖化です。前者の対応としては、漁獲量が減少したときには漁獲をせずに資源を保護して回復を待たなければならないとして、現在の漁業に警鐘を鳴らしています。さて、後者の地球温暖化はレジーム・シフトにどのような影響を与えるのでしょうか。
グリーンランド海とラプラドル海の二ヶ所では低温の高密度水が深海に向かって沈みこんでいます。その高密度水(北大西洋深層水)は南下してさらに東に流れて北太平洋北部で浮上し、高温の表層流となって元に戻ってくるコンベアベルトという大きな海流の循環を形成し、これによって世界中に熱が運ばれています。コンベアベルトの出発点は二ヶ所の沈降点で、ここがレジーム・シフトの変動のタクトを振っているといいます。ところが地球温暖化によって北極海とグリーンランドの氷が融けて淡水がノルディック海に流れだすと、それが表層に広がってグリーンランド海とラプラドル海にあるコンベアベルトの片方あるいは両方の沈降点に蓋をすることになります。その結果、コンベアベルトが停止して熱塩循環が閉鎖され、地球の気候が暴走する恐れがあるというのです。
もちろん実際にそのようなことが生じるどうかはわかりませんし、あくまでも可能性ですが、地球温暖化問題を考えるときこうした可能性も常に頭に入れておかなければならないでしょう。先の「気候変動と地球温暖化」でも触れたように、人類は地球温暖化によって非常に大きな局面に立たされているといえるのではないでしょうか。
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