コウモリオニグモと高山植生
登山者の多くは「山に登ること」を目的としているようですが、私の場合は動植物などを観察しながら自然を楽しむことが目的です。足元の植物に目をやり、クモの姿を探し、野鳥の声に耳を傾け、木々を見上げ、写真を撮りメモをしながら歩くのでとても時間がかかり、山頂まで行かないこともあります。もっとも、真剣にクモを探していたらほとんど進みませんので、クモは歩きながら目に入るものを見る程度ですが。
5日に登った標津岳は、8合目の稜線あたりから山頂にかけてハイマツ帯になるのですが、ハイマツの枝先に円網がいくつもありました。ハイマツ帯に円網を張るクモといえば非常に限られています。さて網の主は何でしょう? クモは網にはいません。クモの居場所はとてもわかりにくいのですが、枝先や葉陰で網に餌がかかるのをじっと待っているのです。そのクモの正体は・・・。
コウモリオニグモLarinioides patagiatus(Clerck 1758)でした。コウモリオニグモは、日本では北海道でしか記録がありません。私が知る限りでは、ハイマツ帯や高層湿原の矮性化したアカエゾマツなどに網を張っているクモです。サハリンでは海岸近くの湿原で幼体を見ましたが、北海道では高山性のクモといっていいでしょう。ハイマツなどに円網を張るクモには、ほかにノルドマンオニグモがいるのですが、標津岳のクモはすべてコウモリオニグモでした。コウモリさんをこんなにたくさん見たのもはじめてです。しかし、コウモリオニグモというのはどうしてハイマツや高層湿原のアカエゾマツでしか見られないのでしょう?
大雪山系の場合、森林帯は針広混交林・針葉樹林・ダケカンバ林・ハイマツ林の順に移行していきますので、ハイマツ林が出てくるのは標高がかなり高いところになります。ところが標津岳では針葉樹林帯といえる森林がないのです。そしてダケカンバ林上部の標高900メートルくらいからハイマツ帯が出現し、それと同時にコウモリオニグモも出現します。どうやら、コウモリオニグモの分布は温度条件だけで決まっているのではなく、植生とかなり結びついているように思われます。
コウモリオニグモは針葉樹の枝先とよく似た体色をしており、針葉樹の枝葉を隠れ家とするように適応してきたのでしょう。ただし針葉樹といっても高木の針葉樹林には見られませんので、ハイマツや湿原の矮性化したアカエゾマツなど、明るい条件にある針葉樹に適応してきたのではないかと思われます。ハイマツ帯はいろいろなところにありますが、コウモリオニグモはそれほど頻繁に見られるクモではありません。ハイマツとコウモリオニグモの分布の関係が気になってきました。
なお、一部の図鑑ではコウモリオニグモは北海道の平地から山地に分布すると記述されていますが、平地というのはなにかの間違いではないかと思われます。
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