エゾアシナガグモと誤同定
昨日はエゾアシナガグモについて書きましたが、エゾアシナガグモと大変よく似たクモにウロコアシナガグモがいます。雌では区別が困難なほどよく似ていますが、雄ではエゾアシナガグモの方が大きな上顎をしています。私は北海道に来た頃、体が大きめで大きな上顎を持つ雄をエゾアシナガグモ、やや小形で上顎が小さめの雄をウロコアシナガグモと同定していました。
当事同定に利用していた保育社の原色日本蜘蛛類大図鑑には、大きな上顎をもった黄褐色のエゾアシナガグモと美しい緑色のウロコアシナガグモの雌の原色図が出ていました。解説でもエゾアシナガグモの体色は「背甲は黄褐色」で腹部は「銀白色の鱗からなり黄色を帯びる」とされ緑色とは書かれていないのですが、ウロコアシナガグモは黄緑色と書かれています。そして北海道ではこの2種が分布していることになっていました。ならば、美しい緑色の雌はウロコということになります。そして、大きな上顎をもち黄色味を帯びているのはエゾの雄です。(写真はエゾアシナガグモの雄)
それではエゾの雌は? ウロコの雄は? そう考えると、わけがわからなくなってきました。また、東京で採集したウロコアシナガグモの雄には腹部に赤褐色の斑紋があることも気になりました。北海道産の雄で赤褐色の斑紋をもった個体は見たことがなかったからです。そこで雄の上顎の形態や触肢を顕微鏡で調べると、エゾアシナガグモの雄は体長や上顎の大きさにかなり個体差があることがわかったのです。アシナガグモの研究者である大熊千代子さん(故人)にも、識別ポイントを教えていただきました。そして、それまで二つに分けていたものはすべてエゾアシナガグモであるという結論に達したのです。
それでは過去の北海道のウロコアシナガグモの記録は、本当に正しいのでしょうか? ウロコアシナガグモは本当に北海道にいるのでしょうか? 少なくとも、私は北海道ではウロコアシナガグモは確認していません。そこで、最新の北海道のクモ目録からはウロコアシナガグモを削除してしまいました。あやふやな記録をいつまでも目録に残しているのは誤同定を誘発することにもなりかねません。しかし、道南ではあまりクモの調査がされていませんから生息している可能性はあります。いつか道南のアシナガグモを調べなければならないでしょう。
なぜこのような同定ミスが生じたのかといえば、図鑑に書かれている色彩と分布を信じ、触肢をしっかりと確認せずに「見かけ」だけで判断してしまったからです。それ以来、私はよほど特徴的なクモ以外は、極力「見かけ」だけで安易に同定しないようにしています。このような思い込みによる過ちというのは、いろいろあるのではないでしょうか。
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