調査の進まない高山のクモ
私が北海道にきて数年たった1986年のことです。何気なく採集したオニグモを見ると、そのあたりにいるオニグモとは違います。大きさはオニグモと同じくらいなのですが、色彩や斑紋、それに生殖器も異なっていて明らかに別種です。こんなに大きなクモで、名前のわからないものがいるとは思ってもいませんでしたので、ちょっと驚きでした。
そのクモは当時日本蜘蛛学会の会長をされていた八木沼健夫先生にお送りしたのですが、種名は明確にならないままでした。それを2001年にAraneus mayumiaeとして新種記載されたのが谷川明男さんです。大きい個体だと2センチ近くもある大型のクモが、21世紀になるまで記載されていなかったのはとても不思議なことです。
そのマユミオニグモなのですが、これまでは北海道の大雪山系や日高山系など、山地帯からのみ記録がありました。オニグモと同じような軒先などに網を張っていることもありますが、基本的には森林帯に生息しているクモなのでしょう。こんなことから、私はてっきり北海道の山地帯だけに分布しているクモだとばかり思い込んでいたのです。
ところが、今年の秋に昆虫の研究をされている方から送られてきたクモの標本を見て驚きました。長野県の標高2000メートルほどの森林で採集したクモの中に、マユミオニグモの雌があったのです。北海道では山地の森林帯に生息しているクモが、本州では亜高山帯の森林に生息していたのです。
もっとも、よくよく考えてみればキタグニオニグモやヤマキレアミグモも同じような分布をしています。マユミオニグモが北海道にしかいないと思い込んでしまったことの方に問題があったのでしょう。
でも、こんな大きなクモを今まで見つけられなかったことはやはり不思議です。成熟期が夏の終わりということもあるかもしれませんが、本州の高山帯でクモの調査をしている人がほとんどいないということもあるでしょう。これには本州の高山帯の多くが国立公園の特別保護地区などに指定されており、許可を取らなければ採集ができないという事情もあります。
国立公園の特別保護地区での採集は、もちろん研究目的に限られます。クモの分布などの調査をしている方の多くはアマチュアですから、研究機関に属している方にくらべ採集の許可を得るにも障壁が大きいといえます。環境省は、アマチュアの方には安易に許可を出したがらないのです。
しかも、環境省に許可を申請するためには、いつ、どこの地域でどのような採集をするのかなどといった細かいことまで書いて地図を添付しなければなりません。申請しても許可が下りるまでに1ヶ月から3ヶ月くらいかかるのです。このために高山帯での調査がどうしても敬遠されてしまうのです。
私も申請をしたことがありますが、書類の書き方にクレームをつけられて何度も事務所に足を運ばされました。春に申請し、許可が出たのは夏になってからで、ぎりぎりセーフという状況です。また、採集した種や個体数を報告しなければならないのですが、報告書に印鑑を押していなかったという理由で返送されるなど(押印は義務付けられていない)、環境省の対応に疑問を持ちました。
こんな具合ですから、高山帯の調査というのは避けてしまうことが多いのです。高山帯のクモはまだまだ調査不足です。おそらくこのような状況はクモに限ったことではないのでしょう。
自然環境の保全のために保護区を設けることには異論ありませんが、柔軟性のない許認可制度は研究の進展を妨げることにもなりかねません。基礎調査はアマチュアが担っているという認識のもとに柔軟性のある対応をしてほしいですし、何より環境省自ら高山帯の生物相の解明に力を入れてほしいと思います。
基礎調査が行なわれていないのでは、生物多様性保全といっても話しになりません。
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