奥入瀬裁判と過剰整備
昨日の北海道新聞夕刊のコラム「魚眼図」に、中村太士氏の「奥入瀬裁判」についての意見が掲載されていました。
2003年に青森県の奥入瀬渓流の遊歩道付近で昼食をとろうとしていた女性観光客にブナの大枝が落下して重傷を負い、女性が管理責任のある国と青森県に損害賠償を求めていた裁判がありました。
http://www.daily-tohoku.co.jp/tiiki_tokuho/n_park/news/npnews2004/np040710b.htm
一審と控訴審では賠償金の支払いを求める判決が出されましたが、国と県はこれを不服として最高裁に上告しています。
この裁判について、中村氏は「利用者が自然公園においてどこまで自己責任をもち、行政がどこまで管理しなければならないかについては議論を要する」とし、「被害者、管理者の責任論に終始するのではなく、社会全体で二者の責任を分担し、裁判以外で被害者を救援するシステムが必要である」と論じています。
奥入瀬裁判問題を考える際に指摘しなければならないのは、環境省の緑のダイアモンド計画に見られる行政の施設整備の姿勢です。緑のダイアモンド計画は自然を破壊する過剰な整備であり、無駄な公共事業だとして各地から批判の声が上げられていました。
http://www.daily-tohoku.co.jp/tiiki_tokuho/n_park/kikaku/houkoku/3_bu/3_bu_01.htm
環境省は奥入瀬渓流でもこの計画を進めており、自然保護団体の批判によってデッキ計画を白紙撤回した経緯があります。奥入瀬渓流一帯は、バリアフリーの立派な木道をつくるなど、観光客誘致のために過剰ともいえる整備がなされていたといえるでしょう。
http://www.daily-tohoku.co.jp/tiiki_tokuho/n_park/news/npnews2000/np001018a.htm
以下の記事によると、事故の起きた場所は年間50万人もの利用者がいたそうです。行政は、歩道を整備してPRすることで一般の観光客に自然の中を歩くよう誘導しているといえるのです。そのような場所である以上、管理責任を問われるのは必然ではないでしょうか。
http://www.daily-tohoku.co.jp/tiiki_tokuho/n_park/news/npnews2006/np060409a.htm
中村氏は、国立公園内では自然現象による事故はつきものであるし、自然公園を徹底的に管理することは不可能に近いとし、行政の責任を問うことに疑問を投げかけているかのようです。このような考えは、行政の責任を曖昧にし、利用者に責任を転嫁することになりかねません。管理者の責任と利用者の責任は、老若男女、誰でも自然を楽しめるように整備し観光客の利用を促進している場所と、特別な整備をしていない登山道のような場所では、区別して考えなければなりません。
また中村氏は、国と県が敗訴した場合、立ち入り禁止措置や歩道脇の樹木の伐採などの管理が行なわれることを危惧しているようです。しかし、私は原生的な自然の中に行過ぎた整備をすることの方をより懸念します。特別保護地区という本来自然の保全を最優先しなければならない場所に、大勢の観光客を誘導するような施設整備はそもそもそぐわないのではないでしょうか。
奥入瀬裁判からは、自然の保全より利用を優先させながら、責任だけは回避したいというご都合主義の行政の姿が透けて見えます。
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ご無沙汰しています。古い記事へのコメントで恐縮です。今、自然公園内の人身事故事例を調べていて、奥入瀬の事例調べていたら、松田さんの記事に当たりました。ご意見や論点が分かりやすく、参考になりましたので、コメント入れさせていただきました。 丹羽
投稿: 丹羽真一 | 2013/02/18 11:27
丹羽さん、こんにちは。
日本の自然公園における自然保護問題に関し、管理者は必ず「保護と利用」ということを持ち出します。そこには、保護を前提として利用を考えるという視点がありません。どちらかというと利用が先にあって、その中で保全策を考えるという姿勢です。
奥入瀬の事故も、「行政によって利用が優先された中で起きたこと」と捉える視点が必要かと思います。
投稿: 松田まゆみ | 2013/02/18 12:02