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2008/11/04

夢は買えるのか?

 「知名度が高ければ安心か?」の星原さんのコメントを読み、以前、北海道新聞に掲載されていた記事を思い出しました。作家の横山秀夫さんが「夢は金で買ってはいけない」というタイトルで書かれた自費出版にまつわる話です。

 要約すると以下のような内容です。

 「開業医の息子さんが推理小説を自費出版し、両親も才能があると入れ込んでいるので感想を聞かせてほしい」と知人から頼まれた。似たような依頼が面識のない大学の後輩からもあって驚いた。

 子どもの頃から本を読んだり物語を書くのが大好きな横山少年は、いつか作家になりたいと夢をいだくようになった。しかし、職業を選ぶときには作家の選択肢はなく、地方新聞の記者になった。記者生活をつづけて12年ほどしてから推理小説を書き始め、賞に応募した処女作が最終選考の候補作になったことをきっかけに作家デビューを夢見て会社を辞めた。

 しかし作家としてのデビューの道は険しく、生活も困窮を極めた。一冊でもいいから自分の書いた小説を本にしたいと思った。そんなときにデビューのきっかけをつくりたくて自費出版社に原稿を持ち込んだところ、著者と出版社の折半との条件で200万を超える費用を提示され断念した。

 会社を辞めて7年後にデビューを果たしたが、書店に並べられた膨大な本の中から自分の本が買われていくのは、まさしく奇跡的な出来事だと思った。物書きとして生きていくには、死に物狂いで書いていかねばならない。夢だけはお金で買ってはいけない。まして子供に買い与えてはならない。

 この記事から、作家を志望する人たちの夢を餌食にしようと待ち構えている共同出版社の姿が浮かびあがってきます。

 しかし、著者が費用を負担するいわゆる自費出版とは、そもそもこのようなものだったのでしょうか?

 はじめから商業ベースに乗らないようなアマチュアの作品や専門書などを著者が自ら費用を負担してつくり、知人に配ったり関心のある人に買ってもらう、それが本来の自費出版の姿でした。利益とはほとんど無縁の世界であり、「お金を出して夢を買う」という幻想が入り込む隙間はありませんでした。

 今でも、お金を投じて本を出される方の多くは、売って利益を得るというより、自著を持ち願わくば書店で売りたいというささやかな夢を抱いて出版社に原稿を持ち込むのではないでしょうか。

 しかし、そんな著者の心理をうまく利用した共同出版商法が現れ、トラブルが急増したのです。

 公募ガイドや新聞広告による原稿募集。「商業出版では採算がとれないが、埋もれさせるには惜しい作品。費用の一部を負担してもらうことで出版したい」という著者をくすぐる勧誘。かくして著者を褒めて舞い上がらせ、本来ならとても商業ベースに乗らない本まで流通本として大量につくられるようになりました。

 お金さえ出せば、誰でも自分の書いた本を流通に乗せることができるようになってしまったのです(流通に乗せるというのは、書店に必ず置かれるという意味ではありません)。  しかし、冷静に考えるなら、本は書店に並べたからといって決して売れるものではありません。優れた作品として世間に認められ、書評で取り上げあられ、書店に営業を行い… さまざまな努力や費用をかけなければ決して大部数を売ることはできないのです。

 「本を流通に乗せる」という夢はたしかにお金で買えるかもしれません。お金を出して提携書店に棚を確保している出版社もあります。でも、それは本が売れることを意味するのではありません。まして1日に200点もの本が出版される昨今、本を出しただけで作家になれるなどというのは幻想にすぎません。運よくベストセラーになる確率などどれほどのものか…。

 横山さんのいうように、作家を志望するのであれば決して夢をお金で買ってはいけないのでしょう。本を出版することと、作品が認められることは全く次元が違うのです。作家として認められたければ、しっかりした賞に応募したり、完全な商業出版を目指すなどして試練に耐えなければならないのです。

 また、たとえ作家を目指すわけではなくても「多くの人に読んでもらいたい」「売りたい」というささやかな気持ちにつけこむ商法があることを十分知らなければなりません。

 幸せがお金で買えないように、夢もまた金銭に置き換えることのできない精神的なものではないでしょうか? 「夢をお金で買う…」なんだか嫌な時代になりました。

追記

 こんな風に書くと、大金を出して自費出版をするべきではないと受け止めてしまう人がいるかもしれませんが、決してそういう意味ではありません。作家になりたい、ベストセラーを出して有名になりたい・・・などという夢まで、自費出版に託してしまうべきではないということです。

 自費出版自体はひとつの素晴らしい文化だと思います。ただし、アマチュアの書いたものであるからこそしっかりした編集作業(場合によってはリライトも)が必要ですし、そのためにはもちろんお金がかかります。編集者と著者がともに本をつくり上げていく過程にこそ楽しみや喜びがあり、完成したときの充実感もひとしおなのです。内容も造本もいい本をつくりたいならお金がかかります。むしろ安さを強調する出版社は「物」としての本をつくるだけですから要注意です。

 要は、著者をカモとしか思っていない悪質出版社と良心的な出版社を見極める目が必要だということです。

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