シロタマヒメグモの色彩変異
庭先のカツラの葉が、袋状になっていました。そっと開いてみるとシロタマヒメグモEnoplognatha margarita Yaginuma 1964が卵のうを守っていました。葉を糸でかがって産室をつくっているのです。クモでは、こんな風に卵のうを保護する光景がしばしば見られます。
シロタマヒメグモは北海道では平地から山地まで広く分布していますが、本州ではちょっと標高の高いところに行かないと見られないようです。クリーム色の腹部に黒っぽい葉状斑がありますが、シロタマという名はこの白っぽい腹部に因むのでしょう。
今から7年前の8月中旬に、サハリンに行ったときのことです。私は少しでも時間があるとすぐにクモ探しをしてしまうのですが、泊っていたホテルの生垣で真っ先に目に付いたのがこれと同じクモの産室でした。開いてみると、やはりヒメグモが入っていました。腹部は黄色の地に2本の褐色のストライプがくっきりと入っています。はじめて見る美しいヒメグモに、やはり海を隔てていると生息しているクモも北海道と違うのだなあと心が躍りました。
ところがです。いくつか産室を覗いているうちに、このクモは非常に色彩に変異があることに気付きました。中には北海道のシロタマヒメグモとそっくりな色彩のものがいるのです。
あれれっ??? なんだかキツネにつままれたような気分でしたが、とりあえず何頭かを標本にして持ち帰りました。産室の中にいるのは雌だけですが、幸い雄も1頭だけ採集できました。
さて、帰国してからさっそく実体顕微鏡で生殖器を調べたのは言うまでもありません。もしや初めて見る種かとひそかに期待したのですが、生殖器は雄も雌も北海道のシロタマヒメグモと同じでした。日本ではクリーム色のタイプしか見られないのに、サハリンでは別種かと思うほど色彩の異なるタイプがいるのですね。宗谷海峡を隔てただけで、同じ種なのにこんなに色が違ってしまうことにとても驚かされました。
しかし、サハリンの褐色のストライプの入ったタイプ、どこかで見たような気がしてなりません。そこでヨーロッパの図鑑を当ってみました。するとどうでしょう、とてもよく似たクモがいるではありませんか! Enoplognatha ovata (Clerck 1757) です。そして、こちらはクリーム色に赤いストライプが2本あるタイプ、中央に太い赤いストライプが1本あるタイプ、ストライプがなく全体的に白っぽいタイプがいるのです。この種も色彩変異が大きいのですね。
もしや、サハリンの種はシロタマではなくこちらでは・・・。もう一度、顕微鏡で確認です。近縁種ですから、生殖器も似ているのですが、やはりサハリンのものはシロタマの方に一致します。サハリンのクモのリストを確認しましたが、やはりシロタマが記録されています。一件落着です。
ところで、韓国の図鑑にはE. margarita とE. ovataの2種が出ているのです。しかもE. ovata はサハリンのストライプのものとそっくりの色彩をしています。E. ovataは全北区に広く分布しますが、E. margarita は日本やサハリンなど東アジアだけに分布する種です。そして、海を隔てたお隣の韓国には両方とも分布しているんですね・・・。クモの分布や色彩変異って面白いとつくづく思ってしまいます。
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