中村太士氏の「天然林の伐採」の問題点
「風倒木と害虫」という記事を書いたあと、北海道新聞(7月4日付夕刊)の「魚眼図」というコラムに中村太士氏(北大大学院教授)が「天然林の伐採」について書いているのが目にとまりました。
中村氏の論旨は次のようなものです。
今回マスコミなどが報道している大面積の天然林伐採の多くは風倒木処理であるが、これは一見すると皆伐に似ているために皆伐と称されている。風倒木を放置すると病虫害や流木となる危険性が指摘されるので、風倒木処理は従来から行われている。このような林業者の行為が批判を受けるのは、説明不足と考え方の相違である。病虫害が懸念されるから風倒木処理はやむを得ないが、一部を残して次世代の更新を早める技術も今後求められるだろう。
一見もっともそうな論説ですが、見過ごせない問題点があります。
1.「皆伐と称する」ことについて
中村氏はマスコミが皆伐と称しているのは適切でないといいたいようですが、林野庁の収穫実行簿には「皆伐」と書かれているのですから、マスコミが林野庁の言葉を引用して皆伐と称するのはもっともなことです。
2.風倒木が流木になることについて
林野庁はタウシュベツの風倒処理現場で自然保護団体に対し、今回の風倒木処理の理由として、流木となって二次災害を引き起こさないようにすること、虫害の発生を防ぐこと、放置すると山火事の原因になることを挙げました。
風倒木が流木になることに関して、中村氏は「山が崩れない限り倒木が川に流れ出すことはない」と述べています。これは砂防の専門家として妥当な見解でしょう。
3.病虫害は森林を壊滅させるか
中村氏は風倒木処理の理由として示した病虫害と流木となる危険性のうち、後者をほぼありえないとしましたので、中村氏が風倒木処理を合理化する理由は病虫害防除ということになります。
虫害について、私は「風倒木と害虫」で次のように書きました。
「風倒木が発生するとヤツバキクイが大発生して周辺の木(ヤツバキクイの場合はエゾマツやアカエゾマツなどトウヒ類)にも被害を与えます。しかし、それは数年で自然に収束するのです。一時的に大発生したからといってそれを契機に、害虫が増え続けるわけではありません。風倒木と害虫の発生というのは、自然のサイクルとして捉えるべきことです。天然林では人が森林に手を入れる前から風によって木が倒れ害虫の大発生が繰り返されてきたはずです。しかし、だからといって森林が壊滅的な被害を受けてしまうようなことはなかったのです」
和人による商業伐採が始まる前の北海道が「森林王国」であったということは、病虫害が北海道の森林を壊滅させたという事実がなかったことを物語っています。つまり、中村氏が風倒木処理の理由とする病虫害説の根拠は薄弱ということです。
そもそも木材生産を目的としない国立公園第3種特別地域内の保安林で、病虫害に恐れおののく必要があるのでしょうか? 「キクイムシの大発生を抑えるために風倒木を搬出する必要がある」という発想は、国立公園内の森林を木材生産林として捉えていることになります。
害虫の大発生を防ぐために風倒木を搬出するのであれば、林床に残っていた稚樹や幼樹までブルドーザーで押しつぶしてしまうのはおかしなことです。値段のつきそうな倒木をすべて伐って運び出し植林をするやり方は皆伐と何も変わりません。
4.生物多様性保全意識の欠落
風倒木が発生することで森林の中に開けた場所が生じ、若木の成長や実生の発生が促進されていくのであり、太古から繰り返されてきた自然のシステムといえましょう。倒木や枯損木に発生した穿孔性昆虫はキツツキ類の餌となります。そのままにしておくことこそ、生物多様性の保全につながるのです。とりわけ、幌加地区はわが国では数少ないエゾミユビゲラ(絶滅危惧ⅠA類)の生息地なのです。
つまり、中村氏のように病虫害防止のためとして風倒木を運び出す発想は、生物多様性保全意識の欠落といわなければなりません。
中村氏は北海道森林管理局が設置している生物多様性検討委員会の委員をしています。この検討委員会で本当に生物多様性について議論ができているのでしょうか。
5.今後の技術について
中村氏は文末で「一部の倒木を残して次世代の更新を早める技術も今後求められるだろう」と述べています。専門外でしょうから仕方がないのかもしれませんが、「何をいまさら」と思いました。エゾマツの更新にとって腐朽した倒木が不可欠であることは周知の事実ですし、風倒木を残すことの有効性は洞爺丸台風の風倒処理から学んでいなければならないことだったのです。
なお、中村氏は「倒木更新」といっていますが、言葉にこだわるならば「倒木上更新」というべきでしょう。また、「かがり木」としているのは「懸かり木」のことでしょう。
北海道森林管理局はこの皆伐について以下のような見解を発表しています。
ここには、中村氏の「皆伐ではなく風倒木処理である」という見解とそっくりなことが書かれています。また「倒れずに残った木については可能な限り残すようにしています」としていますが、幌加やタウシュベツではすべての木が伐られ、稚樹や幼樹も残されていません。しかも、北海道森林管理局はあのメチャクチャなやり方を反省している様子がまったくありません。
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