2025/12/06

ウスクロスジツトガ

 亜外縁線は銀色で二重。ただし、本種は外見ではウスキバネツトガとは区別できないとされているので確実ではない。前翅長は12mm前後。ツトガ科ツトガ亜科。

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2024年7月25日 北海道十勝地方

 

2025/12/04

オオマエジロホソメイガ

 前翅前縁に明瞭な白い帯をもつメイガ。大きさには変異があるそうだが、写真の個体は前翅長12mm。メイガ科マダラメイガ亜科。

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2024年8月14日 北海道十勝地方

 

2025/12/03

洗脳装置

 太平洋戦争のとき(もちろん私は生まれていないが)、国民は新聞などによって洗脳され、「お国のために」と戦争に駆り出された。あとから振り返れば、大半の国民が洗脳されて騙されていたと気づいたはずだ。

 

 私が子どもの頃、テレビが家庭に入ってきた。当初は物珍しさから、多くの人が画面にくぎ付けになった。しかし、テレビというのは中毒性があるとつくづく思う。たとえば入院などして時間を持て余すとテレビ漬けになる人が多い。高齢になって自由な時間が増えてもテレビ漬けになる人は多いと思う。結局、テレビというのも人から時間と思考を奪ってしまうし、もちろん洗脳装置に他ならない。

 

 その後、パソコンやインターネットが普及した。検索エンジンによって、私たちはいとも簡単に調べものができるようになった。こうしてさらに頭を使わない人間をつくりだしたように思う。また、ネットの情報も玉石混交のうえに、「誤情報」だとか「フェイク」などとレッテル貼りをすることで、十分洗脳装置になる。

 

 2020年にコロナ騒動が始まった。今となっては、新型コロナウイルスもその変異株も人工であったことはほぼ間違いない。つまりコロナパンデミックはワクチンを打たせることを目的に意図的につくられたものだった。そして、ワクチン接種の開始とともに、世界中で超過死亡が増え、ワクチン後遺症という薬害で苦しむ人も多い。さらに、8割もの人が打ってもコロナの集団免疫などはできなかった。

 

 コロナ騒動でもマスコミやネットは洗脳装置と化した。武漢の様子を流してコロナの恐怖を煽り、死の感染症だと印象づけた。さらに、ワクチンの危険性について指摘する人たちを陰謀論者だと言い、誤情報だと糾弾した。ワクチンの危険性を伝えるユーチューブは削除され、批判的なブログなどは検索で示されないよう操作された。そのために、今でもコワクチンを妄信する人は多い。

 

 今になってみたらほぼ全てが計画されたことだと理解できる。認知戦が展開されたのであり、マスコミの洗脳やネットの情報操作によって医者も含めて多くの人が騙されたのだ。

 

 今日の新聞では、「政府が人工知能(AI)法に基づいて策定を進めるAI基本計画案の全容が2日、判明した。2024年度に25%程度だった国民の生成AI利用率をまずは5割に引き上げ、将来的に8割とする目標を掲げる。」と報じられた。

 

 国は国民にAIを利用させようとしているのだが、それには当然目的があるはずだ。私は、国の目的に疑いを持っている。何のために、一方的に国民に生成AIの利用を促すのだろう?

 

 生成AIは、文章、画像、動画、音声や音楽などを自動的に作成してくれるツールだ。たしかに効率化に役立つだろうし、資本主義社会で世界がこぞって競争に走るのは当然といえば当然だろう。しかし、だからこそ恐ろしい。なぜなら、軍事的に利用することは想像に難くないからだ。

 

 さらに、このようなものを人が日常的に使うようになれば、人はますます頭を使わなくなり、思考力や判断力が失われるのではなかろうか。芸術にも影響しそうだ。私はどうしてもAIに明るい未来を見出せない。

 

 そもそも、生成AIの導き出す情報は本当に適切なのか?という疑問もある。ネット上の情報も操作可能なわけで、偏った情報や誤情報が拡散されることもあるのではないのか。もし生成AIが誤情報を人々に植え付ければ、特定の価値観を押し付けることができるし、人々を監視するツールにもなるのではないか。つまり、ここにも洗脳の危険性が潜んでいると思えてならない。国が、一般の人々を生成AIへ誘導する目的の一つは、私はこのようなことにあるのではないかと妄想している。

 

 AIについては以前からさまざまな問題も指摘されており、ホーキング博士の忠告は有名だ。ホーキング博士は スティーブン・ホーキング:「AIは人類の終焉を意味する可能性がある」 でこんなことを言っていた。

 

すでに持っている原始的な形態の人工知能は非常に有用であることが証明されています。しかし、完全な人工知能の開発は人類の終焉を意味する可能性があると考えています。

 

人間がひとたび人工知能を開発すれば、それは自ら発展し、ますます速い速度で自己を再設計していくでしょう。遅い生物学的進化によって制限されている人間は競争できず、取って代わられることになるでしょう。

 

 人の心を持たないAIがひとたび暴走すれば、いったい何が起こるのだろう? 人間が人工知能に支配されることも十分に考えられる。

 

 いずれにしても、AIは手放しで歓迎されるようなものではないし、こうした科学技術の過度の利用は、人の「生物らしさ」とは相いれないだろう。破滅へ向かう可能性すらあると思う。

 

2025/12/01

トビスジマダラメイガ

 白い直線的な内横線が目立ち、その外側は帯状に濃色になるマダラメイガの仲間。色彩はやや変異があるようだ。写真の個体は前翅長13mm。メイガ科マダラメイガ亜科。

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2023年7月29日 北海道十勝地方

 

2025/11/29

ウスイロサンカクマダラメイガ

 サンカクマダラメイガに似るが、亜外縁線は弱く内湾しており(サンカクマダラメイガは直線的)、ウスイロサンカクマダラメイガと同定した。日本では北海道にのみ分布するようで、ネット上での画像は少ない。写真の個体の前翅長は8~9mm。メイガ科マダラメイガ亜科。

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2025年8月24日 北海道十勝地方

 

2025/11/28

編み物のすすめ

 雪に埋もれる北海道の冬は室内で過ごす時間が多くなるが、そんなときにお勧めなのが編み物だ。お勧めの理由はいくつかあるが、まず挙げたいのは「無心になれる」こと。

 

 このブログで何度も書いているが、私は資本主義の矛盾や弊害に辟易としている。それがコロナ騒動以来より強くなっていて、気が滅入ることが増えた。考えても仕方ない(自分でやれることをやっていくしかない)のだが、それでも、いろいろな雑念が頭に浮かんでしまう。しかし、編み物はそんな雑念を振り払うのにとてもいい。

 

 目の増減がなく、複雑な模様編みもないマフラーのような単調なものはともかくとして、アラン模様や編み込み模様のセーターなどは、余計なことを考えたりちょっとでもボーっとすると途端に間違えてしまい、面倒なことになる。そんな面倒を避けるために編み図とにらめっこし、目の数を数えながら間違えないように気を付けながら編むとなると、必然的に編み物に集中することになり、頭の中から余計な思考が消えてしまう。無心になれる編み物は、雑念を払うのにはぴったりだ。気が滅入るときやネガティブ思考になってしまうときには最適だと思う。

 

 それから編み物は実に奥が深い。本などを購入して編み図通りに編むのも楽しいが、慣れてきたら自分で模様編みを組み合わせてオリジナルの作品をつくることもできる。それに、手と頭を使うのは認知症予防にもなるに違いない。大きな物を編むのは時間がかかるけれど、毎日少しずつ編み進めるのも楽しい。毛糸が余れば、帽子や手袋などの小物を編むのもいい。

 

 こんなことを書くと、男性からは「編み物なんて女性の趣味」と言われてしまいそうだ。でも、そんな考えこそ偏見だろう。手先を使う仕事に性別など関係ないし、「ニットの貴公子」と呼ばれる広瀬光治さんのように、実際に編み物にはまってしまう男性もいる。嶋田俊之さんもそんな一人で、もともと音楽を専攻していた方だがニットも学び、本も多数出している。私は嶋田さんの本でバスケット編みを知ったが、あの編み方は目から鱗だった。

 

 北海道の牧場で3年間過ごした時のことを綴った周はじめさんの「原野の四季」という本には、早朝から晩まで働きながら、夜にはセーターも編んだという若い牧夫の話がでてくる。昭和28年頃の話だが、今のように物が豊富ではない時代、自分たちのセーターは自分で編むというのも当たり前だったのだろう。私の母も若い頃はよく編み物をしており、私も「かせ」で売られている毛糸を玉に巻くのを手伝った。そういえば、若いころ毛糸で靴下を編んでいる男友達がいたし、セーターを編む男性もいる。編み物は決して女性だけのものではない。

 

 今の時代、セーターなど毛糸代よりも安く買うことができる。しかし、そうやって大量生産されたセーターは海外で安い賃金でつくられた物が大半だ。そして、安いがゆえに数年着ただけでまた新たなものに買い替えられていく。果たしてそれが豊かなのだろうか? 「必要なものを自分でつくる」ということこそ本当の豊かさではないか、と思えてならない。手間暇かけてつくった物には愛着もあるし、大事にする。編み物は、資本主義の無駄な消費に対するささやかな抵抗でもある。

 

 先日、革の鞄を作っている職人のつぶやきをXで見かけた。大量生産の鞄が出回るようになって手作りの鞄は売れなくなり、職人さんも激減したという。長く続いてきた伝統的な技術も資本主義に飲み込まれて消えていこうとしている。これは鞄職人に限ったことではないだろう。作っては捨て作っては捨てる消費文化はもういい加減に終止符を打たなければならない。

 

2025/11/26

アカマダラメイガ

 色彩は変異が大きいが、前翅は淡い黄色でピンク色~暗赤色に縁取られる綺麗なメイガ。幼虫の食餌植物はマメ科の葉。前翅長は12mmくらい。メイガ科マダラメイガ亜科。

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2025年8月16日 北海道十勝地方

 

2025/11/25

マツノマダラメイガ

 マツノシンマダラメイガというよく似た種がいて紛らわしいのだが、内横線の内側の赤褐色の紋が目立たないので、マツノマダラメイガだと思う。幼虫はトドマツやエゾマツなど松佳の樹木を食べる。写真の個体は前翅長15mm。メイガ科マダラメイガ亜科。

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2024年7月2日 北海道十勝地方

 

2025/11/24

ミカドマダラメイガ

 全体的に灰色っぽい印象のメイガ。白い内横線は黒い斑紋で縁取られる。写真の個体は前翅長13mm。メイガ科マダラメイガ亜科。

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2022年8月3日 北海道十勝地方

 

2025/11/23

なし崩しにされる自由や権利

 JR北海道は来年春に特急の自由席を廃止するという。今はJRを使うこともほとんどないが、以前はときどき利用していた。ただし、いつも特急の自由席利用だった。もともと、指定席などほとんど利用したことがない。用事が終わって帰る時間がはっきりしないときも多いし、始発なら並べばたいてい座れるので自由席の方が利便性が良かった。これからはJR北海道の特急は指定席をとるしかない。おそらく赤字対策なのだろうが、私にとってはむしろ不便になったとしか思えない。

 

 そして驚いたことに、今後は割引切符は「えきねっと」でしか販売しないという。つまり、インターネットを利用していない人は割引切符も入手できないことになる。そもそもパソコンやスマホを所持するにもそれなりの費用がかかるし、インターネットを利用するかどうかも自由なはずだ。いくらスマホが普及したからといっても、高齢者や電磁波過敏症の人など、パソコンもスマホも持たない人や持てない人は一定程度いる。ネットでしか割引切符が買えないというのはどう見ても不平等だ。

 

 電磁波過敏症に関してはあまりに軽視されているが、過敏症の人にとっては健康が脅かされるわけで、電磁波を浴びない権利も尊重しなければならない。今は特に過敏症ではなくても、電磁波を浴び続けることが健康にいいわけがないし、そのうち大きな問題になるのではなかろうか。

 

 先日、ネット通販でクレジットカード払いを選択したところ、「携帯に認証番号を送ったのでその番号を入力しろ」という画面が出てきて当惑した。クレジットカードのセキュリティ強化のためにスマホの番号を登録したことなどすっかり忘れていたのだ。ということは、スマホを持たない人はクレジットカード決済ができないこともあるのだろう。セキュリティ強化は大事だけれど、スマホを持たない人が利用できないというのもおかしな話ではないか。パソコンもスマホも持たない自由や権利はどんどんないがしろにされていく。

 

 マイナカードも同じだ。当初は「個人情報なので持ち歩かずに家で厳重に保管するように」という話だった。それが最近では健康保険証や運転免許証まで兼ねるようになってきた。これでは持ち歩かないわけにはいかない。個人情報の塊のようなカードを落としたり盗まれたりしたら相当大変なことになりそうだ。

 

 マイナカードはあくまでも「任意」のはずなのに、健康保険証を廃止するなどというのは「なし崩し」に他ならない。日本のマイナカードはセキュリティに大きな問題があるので私は利用するつもりはない。国民を管理するためという噂もあるし、ゆくゆくは銀行口座と紐づけすることで個人の財産まで把握したいという目的もありそうだ。マイナカードを持たない自由、持たない権利はいったいどうなっていくのだろう?

 

 利便性が謳われる陰で、持たない自由や持たない権利はどんどんなし崩しにされていく。自由や平等などという重要な権利が知らず知らずのうちになくなっていくように思えてならない。

 

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