クモ

2018年10月16日 (火)

日本産クモ類生態図鑑の紹介

 今年8月に小野展嗣・緒方清人著「日本産クモ類生態図鑑」(東海大学出版部)が出版された。

 2009年に出版された小野展嗣編著「日本産クモ類」(東海大学出版会)は当時の日本産の既知種64科423属1496種を扱い、科・属・種の解説と生殖器の図を網羅した分類、同定のための画期的図鑑だった。一方、本書は概説にはじまり、緒方清人氏撮影による857種(未記載種および新種を含む)の生態写真からなるカラー図版と、解説(体長、分布、生息環境、生態・習性、生活史)によって構成されている。

 本書の最大の特徴は、カラー生態写真の豊富さだろう。雌雄の成体の写真のほか、色彩変異の個体、幼虫、卵のうや網、捕食の様子など、1種につき複数の写真が掲載され、写真を見ているだけでも楽しい。携帯サイズの写真図鑑ではこれだけの枚数の写真を盛り込むことは困難であり、大型図鑑の強みだと思う。

 また、じっくりと写真を見ることで、生きた状態での近縁種の違いも見えてくる。例えば液浸標本では外見、外雌器、雄触肢がとてもよく似ているハモンヒメグモとリュウキュウヒメグモも、こうして生態写真を見比べると体色や卵のうの色など違いが分かりやすい。

 解説は1種につき数行から20行程度で比較的簡素にまとめられている。紙幅の関係のほか、説明文の長さのバランスも考えてのことかと思うが、生態や生活史についてこれまで知られている知見を網羅しているというわけではない。クモの生理生態についてより詳細に知りたい場合は、池田博明氏による「クモ生理生態事典」を参照されるといいだろう。

 「日本産クモ類生態図鑑」は、「日本産クモ類」の姉妹編という位置づけであり、前者が分類・同定を目的とした専門的な書であるのに対し、後者はふんだんなカラー写真による自然状態でのクモの姿に重きが置かれている。「日本産クモ類」を使いこなすためにはある程度の知識や経験が必要だが、カラー写真をメインとした「日本産クモ類生態図鑑」と併せることで、クモの知識があまりない方も利用しやすくなったと言えよう。

 それにしても、本書の写真のすべてを緒方清人氏が撮影しているというのは驚くべきことだ。クモの写真を撮ったことがある人なら分かると思うが、植物の上や網でじっとしているクモはともかく、徘徊性のクモはすばやく走り回って植物や石の陰に入り込むことが多く、静止している状態を撮影するのはとても難しい。サラグモ類やヒメグモ類などの小型の種の野外撮影も容易ではない。北海道から沖縄まで、日本全国を歩き回って857種ものクモを撮影するというのは並大抵のことではない。

 クモの写真図鑑でこれまで最も掲載種が多かったのは新海栄一著「日本のクモ 増補改訂版」(文一総合出版)の598種だが、新海氏がすべての写真を撮影しているわけではない。現在、日本で記録されているクモは1659種(日本産クモ目録2018)だが、857種といえばその半数を超える。一人でこれだけの写真を撮るというのは驚異的だ。長年の撮影の成果がこのような形で公表されることになった意義は大きい。

 思い返せば、私がクモに興味を持って調べ始めた頃(約40年前)は、クモの図鑑といえば八木沼健夫著「原色日本蜘蛛類大図鑑」(保育社)くらいしかなかった。ところが北海道のクモはこれに載っていないものがかなり多く、図鑑で分からない種は専門の方に標本を送って同定してもらうしかなかった。1986年には保育社の図鑑が「原色日本クモ類図鑑」に改訂され掲載種も増えたが、それでもこの図鑑で同定できない種が多くあった。

 そんな中で画期的ともいえる図鑑が、1989年に出版された千国安之輔著「写真日本クモ類大図鑑」(偕成社)だった。北海道から沖縄まで540種のクモの雌雄と生殖器の写真が載ったこの図鑑は、保育社の図鑑だけでは同定が困難だった多くのクモの同定に役立った。特徴的なクモを除き、クモの同定には実体顕微鏡による生殖器の確認が欠かせないが、生殖器の写真はほんとうに有難かった。

 そして小野展嗣氏の尽力により、2009年に「日本産クモ類」が出版され、ようやく既知種すべての生殖器の図が掲載された図鑑が登場した。これによって、それまではあっちの図鑑、こっちの論文とあちこちの文献に当たらねばならなかったクモの同定が格段に簡便、容易になった。この功績は計り知れない。

 他にも「クモ基本50」(解説・新海栄一、写真・高野伸二、森林書房)、「クモ基本60」(東京蜘蛛談話会)、「クモハンドブック」(馬場友希・谷川明男著、文一総合出版)、「ハエトリグモハンドブック」(須黒達巳著、文一総合出版)などのハンドブックが次々と出版された。また2年ごとにバージョンアップされる「CD日本のクモ」(新海明・谷川明男、安藤昭久、池田博明・桑田隆生)は国内での分布が一目で分かるし、バージョンアップの度に充実してきている。この40年間に夢のような進歩があった。

 昨年出版された「ハエトリグモハンドブック」はすでに三刷だという。写真を用いて一般の人にも分かりやすいように工夫されたクモ図鑑の出版によって、クモに関心を持つ人が増えているように思うが、実に喜ばしいことだ。

2018年10月 1日 (月)

シラカバの幹のムレサラグモとブチエビグモ

 ムレサラグモはシラカバなどのカンバやトドマツなどの幹に生息するサラグモで、斑紋は個体変異がある。成体は夏から秋にかけて見られる。かつては私の家の近くのシラカバ林でも簡単に見つけることができたのだが、近年はなかなか見つからない。どう見ても何らかの原因で減ってしまったとしか思えない。

 昨日、家からは少しはなれた場所のシラカバ林に行き、1時間ほど探してみた。何十本ものシラカバの幹を見てまわって見つけたのは雌4頭のみ。もっとも目視で確認できるのは自分の背の高さより少し上くらいまでで、幹の上部にいる個体までは見つけることができない。今の時期は雄は見ることができないが、やはり多いとは言えない。かつてトドマツの幹に群れるように多数の個体がいるのを見たことがあるが、近年はそんな光景は見たことがない。

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 ムレサラグモを探していたら、やはりシラカバの幹の色にそっくりなブチエビグモを2頭見つけた。ブチエビグモは人家の壁や塀など人工的な環境で見ることが多いのだが、自然界ではシラカバの幹ととてもよく似た色彩をしていて、なるほどと思った。このクモも色彩変異があり、ブチ模様の鮮明なものとそうではないものがいる。

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 写真は撮っていないが、他に見られたクモはムナグロヒメグモとイナズマハエトリ幼体。ムナグロヒメグモはシラカバの剥がれた樹皮の裏側に網を張っていた。

 クモではないが、カンバシモフリキバガもシラカバの幹に沢山いた。このガも色彩変異がある。実は、今年の春にシラカバの葉を巻いているガの幼虫を見つけて飼育したところ、羽化したのがこのガだった。これについては後日また報告したい。

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2015年10月 3日 (土)

2か月生きながらえた麻酔されたクモ

 「狩り蜂に麻酔されたクモの行方」という記事で、狩り蜂に麻酔され動かなくなったクモが39日目に刺激を与えると脚や触肢を動かしたということを報告した。

 このクモはその後もしばらく同じような状態だったが、刺激したときの動きがだんだん鈍くなり、9月24日はわずかしか動かなくなった。そしてその頃には腹部に皺が現れた。ずっと絶食状態だったからだろう。下の写真は25日に撮影したもの。
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 翌25日にはとうとう刺激を与えても動かなくなったが、脚はまだ柔らかい。そんな状態が9月末まで続いたが、10月1日にはとうとう脚も乾燥して硬くなってしまった。どうやら完全に死んでしまったようだ。

 脚が柔らかいときまで生きていたと考えるなら、62日間、およそ2カ月もの間、何も食べずに生きていたことになる。クモは比較的絶食に強い動物だが、それにしてもよくこれだけ生きながらえたものだと思う。もし麻酔薬の量が少なければ生き返っていたかもしれない。

2015年9月 8日 (火)

狩り蜂に麻酔されたクモの行方

 机の上にヤチグモ(たぶんアキタヤチグモ)の幼体の入った管ビンがある。このクモは、7月31日に狩り蜂に狩られたものだ。

 わが家の庭ではときどき狩り蜂がクモを狩るのを目撃する。この日は、狩ったクモを抱えたハチが家の壁(サイディング)の下端のあたりをウロウロしていた。ところが、私が写真を撮ろうと近づいたところ、ハチはクモを落としてしまった。

 下の写真はクモを狩ったハチ。一度獲物を落としてしまうと、なかなか見つけられないようだ。
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 こちらは狩られたクモ。麻酔でぐったりしていて動かない。
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 で、ハチには申し訳ないが、運がよければクモは生き返るかもしれないと思い、クモを持ち帰って管ビンに入れておいた。はじめのうちはちょこちょことビンを覗いていたが、クモは麻酔された状態で、ビンを軽く振っても全く動かない。しかし、干からびる様子もない。ただ、脚は伸びた状態から次第に関節を曲げた状態になっていった。その後、8月18日から10日ほど本州に出かけてしまったが、帰ってきてから管ビンを覗くと、同じような状態のままだった。

 しばらくそのまま放っておいたのだが、もう生き返りそうにないし、そろそろ自然に帰しておこうかと思い、手のひらの上にクモを取り出した。その途端、クモの第1脚がピクピクと動いたのだ。「あれっ、生きている!」と、目をしばたいた。そして、もう一度手の上でクモを転がしてみた。すると、こんどは第1脚のみならず、他の脚もピクピクと動くではないか。麻酔されてからの日にちを数えてみると、39日目である。下の写真は、机の上に出したヤチグモ。
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 以前、同じように狩り蜂に麻酔されたオニグモを持ちかえって様子を見たことがある(詳しくは
こちらの記事を参照いただきたい)が、その時は3日ほどで動かなくなり11日ほどで生気がなくなってきたのでアルコール標本にしてしまった。そんなことがあったので、このヤチグモの場合、1カ月以上も経ってから動いたことにちょっと驚いた。

 クモの生命力もさることながら、こんなに長期間、仮死状態にさせておける麻酔薬を進化させたハチもたいしたものだ。

 さて、このヤチグモはこのあとどうなるのだろう? 死んでしまうのか、生き返るのか、後日結果をお知らせしたいと思う。

2015年6月11日 (木)

植物と一緒に運ばれるクモ

 先日セアカゴケグモが自動車とともに北海道に持ち込まれたことについて記事を書いた。セアカゴケグモの場合は人工的なものに網を張ることが大半なので、こうした形であちこちに運ばれてしまう。

 ところで、植物についていたクモが人によって遠くに運ばれてしまうということは日常的に起きている。

 セアカゴケグモが見つかったのと同じ北見市(旧端野町)で、以前コガネグモが見つかったことを思い出した。これは2004年8月16日発行の「経済の伝書鳩」という北見・網走地方で配布されているフリーペーパーの記事になったのだが、記事にする際、クモの種名について私に問い合わせがあった。コガネグモが見つかったのは果樹園。そしてこの果樹園では本州から苗木を仕入れているそうだ。つまり、苗木とともにクモが運ばれてしまったのだろう。

 コガネグモは腹部が黒と黄色の縞模様の大型のクモで、大きな円網を張る。大型で目立つクモだからこそ人の目に止まり話題になったのだ。コガネグモの場合は北海道では越冬できないだろうから、このような形で持ち込まれても定着することはない。しかし、植物とともにクモが運ばれてしまうということは実際には相当起きていると思われる。

 たとえば野菜と一緒に運ばれるという事例だ。身近な例で言うと、購入した香川県産のレタスからサラグモが出てきたことがある。顕微鏡で調べてみると(微小のサラグモの同定は実態顕微鏡で生殖器を観察する必要がある)セスジアカムネグモの雌だった。北海道ではごく近縁のコトガリアカムネグモが生息しており、セスジアカムネグモと同種とすべきか別種とすべきか判断に迷う(私はとりあえず北海道産のものはコトガリアカムネグモに同定している)。しかし香川産の雌を見る限り、生殖器の形態が北海道産のものとやや異なっていることが確認できた。

 また、つい先日のことだが、やはり冷蔵庫の野菜室からフクログモが出てきた。これも顕微鏡で調べると、サッポロフクログモの雌だった。どの野菜についていたのか分からないが、北海道産の野菜を数種類買ったのでたぶん北海道産の野菜だろう。

 北海道では全国各地から野菜が運ばれているので、クモや昆虫などもかなり一緒に運ばれていると思う。こんなふうにして植物とともにひっそりと小さな動物が運ばれているのだ。こうやって持ち込まれた種が繁殖して定着してしまうことは稀だとは思うが、移入先でクモが産卵したり、卵のうが付着した植物が持ち込まれた場合などは、定着してしまう可能性も否定できない。

2015年6月 5日 (金)

北海道でも確認されたセアカゴケグモ

 セアカゴケグモが日本で初めて発見されたのは1995年で、この時は外来の毒グモが沢山見つかったとしてちょっとした騒ぎになった。セアカゴケグモは、ヒメグモ科のクモとしては大型で雌の成体は体長1センチほどになり、黒色の腹部の背面に真っ赤な斑紋がある美しいクモだ。その後、日本の各地で確認が相次ぎ、38都府県で確認されていた。

セアカゴケグモ・ハイイロゴケグモにご注意ください! (環境省)

 これまで国内の最北の確認事例は岩手県だったが、6月2日に北海道北見市で確認された。

 セアカゴケグモ、北海道に上陸 北見で初確認(朝日新聞)

 すでに日本のどこで確認されてもおかしくない状況になっていたので、北海道での発見はそれほど驚くことではないのだけれど、「やはり入ってきたか」という感じだ。愛媛県から持ち込まれた中古車のバンパーに網を張っていたとのこと。体長5ミリの雌とのことなのでまだ幼体だろう。

 セアカゴケグモの生息環境は、側溝やブロックの穴、プランターの底など人工的な場所だ。このために、建設資材や自動車とともに運ばれて分布を拡大してしまう。20年間で九州から北海道まで拡散したのも、こうした人工的なところに網を張ることが関係している。

 セアカゴケグモは本州では側溝などで越冬し、繁殖もしている。特定外来生物に指定されているが、これだけ増えてしまったら駆除で全滅させるのは無理だろう。ただ、冬の寒さが厳しい北海道の場合は屋外では越冬できないだろうから、人為的に持ち込まれても繁殖してどんどん増えるということはたぶんないと思う。見つけたとしても大騒ぎせず冷静に対応してほしい。ただし、氷点下にならない屋内などに入り込んだ場合は越冬することもあり得る。

 セアカゴケグモの場合、攻撃性はないので何もしないのにクモが襲ってくることはない。ただ、気づかずに驚かせてしまったような場合に咬まれることがあるので、注意は必要だ。

 しかし、セアカゴケグモのニュースというと必ず「毒グモ」という言葉が用いられるのはちょっと閉口する。確かに毒性が強いのは事実だが、オーストラリアでも近年は死亡例はなく、日本で咬まれた事例でも重篤者はいない。日本に生息しているカバキコマチグモは毒性の強いクモとして知られ、咬まれると激しく痛むそうだ。私は咬まれたことはないが、咬まれた人から数日苦しんだという話しを聞いたことがある。ところがこちらはセアカゴケグモのように「毒グモ」として大騒ぎはされない。

 毒がある動物はクモだけではないし、致死性から言えばスズメバチの方がよほど怖い。「毒グモ」という表現は無闇に恐怖を植え付けさせるように思えてならない。せめて「毒性の強いクモ」くらいの表現にしてほしいと思う。

2014年5月16日 (金)

鮮やかな柿色が美しいカタオカハエトリ

 5月11日、道南方面に出かけた際に川端ダム(夕張郡栗山町)に立ちよった。北海道では春に成体が見られるクモは限られているので、5月頃はそれほど熱心にクモを探すことはないのだが、ふとダムを取り囲んでいる鉄柵が気になった。橋の欄干などではクモがよく見られるからだ。

 赤い錆止めが塗られた鉄柵を目で追っていくと、案の定クモが次々と目に入ってきた。イナヅマハエトリ、ウスリーハエトリ、アマギエビスグモ・・・。そして、Euophrys属らしい地味な小型のハエトリグモの♀幼体(下の写真)。

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 このハエトリは何だろうかと思っていると、すぐ近くに鮮やかなオレンジ色の脚をしたハエトリグモが現れた。カタオカハエトリEuophrys kataokai Ikeda 1996の雄だ。体長は3ミリほどしかない(下の写真)。

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 カタオカハエトリが北海道にも生息していることは知人からもらった標本で知っていたが、実は生きたカタオカハエトリを見たのは初めてだった。オレンジ色の脚や触肢が美しいだけではない。第1脚の先端には黒い毛が密生しており、その目立つ第1脚をしきりに振り上げるしぐさが何とも可愛らしい。しばし見とれてしまった。

 さらに驚いたのは、近くに何頭ものカタオカハエトリがいたのだ。私が見ていた鉄柵はほんの2、30メートルの程度の範囲なのだが、雌雄合わせて10頭以上はいた。一度にこんなに沢山のカタオカハエトリが見られるとは、なんとも幸運だ。しばし幸せな時を過ごした。(この感覚は、たぶんクモや昆虫好きの人でないと分からないだろう)。

 ところで、カタオカハエトリは1971年に八木沼健夫氏によって宮城県産の雄が日本新記録種Euophrys frontalis(Walckenaer 1802)として報告された。この報告では図や説明はないのだが、1977年に採集者である片岡佐太郎氏が雌雄の形態や図を記載している。しかし、後にこれは誤同定であることが判明した。また、本種はカキイロハエトリEuophrys herbigrada(Simon)とされたこともあったが、これも誤同定で、1996年に池田博明氏によってEuophrys kataokaiとして新種記載され、和名はカタオカハエトリが採用された。

 一方、北海道からは本物のEuophrys frontalis(Walckenaer 1802)が記録され、こちらの和名はウデグロカタオカハエトリとなった。後に東北からも記録され、カタオカハエトリと同様に北海道と本州に分布する。

 両者の雌は非常に良く似ており外観だけでは識別は極めて困難なのだが、雄では色彩が全く異なる。カタオカハエトリは脚や触肢がオレンジ色で第1脚の先端に黒色毛があるが、ウデグロカタオカハエトリの脚はオレンジ色をしておらず第1脚が黒色で、触肢には白色毛がある。もし片岡氏や八木沼氏がE. frontalisの雄のカラー図版や写真を見ていたら、同定を誤ることはなかっただろう。両種の違いについては以下を参照していただきたい。

日本のネオンハエトリなど微小なクモ(Jumping Spider Study Center of Japan by Hiroyoshi IKEDA.)

 このような経緯から今ではカキイロハエトリという和名はほとんど使われないが、雄の鮮やかなオレンジ色はまさに熟れた柿の色であり、個人的にはカキイロハエトリという和名のほうがしっくりくる。

2013年11月14日 (木)

森林を追われたトタテグモ

 前回の記事でキシノウエトタテグモを紹介し、「森林の雨に当たりにくい斜面や崖地などに穴を掘って生活している」と書いたのだが、トタテグモ類の生息地については少し説明が必要だ。

 私が東京に住んでいた頃、キシノウエトタテグモの生息地として思い浮かべるのは崖地だった。クモ愛好者の多くは「崖地に多い」という認識だったと思うし、自分が見ていた生息地も散策路の脇にある崖地だった。だから、「キシノウエトタテの生息地は崖地」「崖地があればキシノウエトタテがいるかもしれない」というように頭にインプットされていたと思う。また、巣穴に両開きの扉をつけるカネコトタテグモもキシノウエトタテグモと似たようなところに棲んでいる。

 ところで北海道にはエゾトタテグモが生息している。しかし、以前はエゾトタテグモの観察例が少なく、住居(巣穴)が確認されたのは1973年になってからだ。この記録は東亜蜘蛛学会(現在は日本蜘蛛学会)の機関誌である「ATYPUS」の61号に掲載されている。それによると、発見場所は阿寒湖周辺の崖地で、横穴式両開きとなっている。

 その後、北海道に住むようになった私は、折に触れ崖地でエゾトタテグモの巣穴を探したのだが、一向に見つからない。しかし家の近くで死体や徘徊している個体を見かけることもあり、生息していることは間違いなかった。生息しているのは間違いないのに崖地で巣穴が見つからないのだから、なんだか狐につままれた気分だった。

 後年、エゾトタテグモが森林に仕掛けたピットフォールトラップによくかかることを知った。ピットフォールトラップというのは地面に穴を掘ってプラスチックのコップなどを埋め込み、地表を徘徊する昆虫などを捕える罠である。また、森の中の地面を掘っていると土の中から立派なエゾトタテグモが出てくるという場面にも遭遇した。

 つまり、エゾトタテグモは崖地に巣穴をつくることは少なく、ふつうは森林の地表に巣穴を掘って棲んでいるのだ。森林の地表は落ち葉や植物に覆われているので、エゾトタテグモの巣穴は簡単に見つけることができない。崖地に巣穴があれば見つけるのは比較的容易だが、森林の地表であれば見つけるのは困難になる。

 キシノウエトタテグモやカネコトタテグモが崖地でよく見られる上、最初にエゾトタテグモが発見されたのが崖地であったため、私はすっかり崖地に巣穴があると思い込んでいた。しかし、崖地の巣穴というのは実は珍しいのである。思い込みとは実に恐ろしい。

 ということは、キシノウエトタテグモの生息地も崖地とは限らないはずだ。池田博明氏の「クモ生理生態事典」では、生息地は家の土台石、敷石の脇、石垣、崖、植え込みの地面、木の根元などとなっている。しかし、これらの生息地はほとんど人為的な環境である。では、もともとはどんなところに棲んでいたのだろうか? 以下のサイトでそのことに触れられている。

キシノウエトタテグモ(東京都環境局)

 ここでは「本来は森の中の地面に生活するクモですが、寺や神社の境内や人家の周辺にも生息しています」となっている。

 キシノウエトタテグモももともとは森林の地面に穴を掘って生活するクモなのだが、道路脇の崖地や建物の土台近くなどにも生息地を拡大したのだろう。こうした場所は雨が当たりにくいという利点もある。そして、そのような人家周辺の生息地こそ人目につくために、キシノウエトタテの生息地は「崖地や建物の土台石」と思うようになってしまったのだ。しかし、崖地や人家周辺というのはこのクモの本来の生息地ではない。

 話しをエゾトタテグモに戻そう。エゾトタテグモの場合、崖地の巣穴は珍しいと書いたが、それは寒さとの関係ではないかと私は考えている。寒冷な北海道ではクモの多くは積雪下で越冬する。雪が積もってしまえば、地表近くでも0度くらいに保たれるのだ。しかし、積雪下にならないような崖地の巣穴はもろに寒さに晒されてしまうだろう。マイナス20度とか30度という寒さに対する耐寒性を持たなければ生きていけない。雪にすっぽり被われる地表の巣穴なら、容易に越冬できる。

 ところで、前述の「クモ生理生態事典」のキシノウエトタテグモの項には「東京・横浜・京都など大都市の中心部に多く, 郊外に行くに従って減少する.」と書かれている。

 本来は森の地面に穴を掘ってひっそりと生活していたはずのクモが、大都市の中心部に多く、郊外に行くに従って減少するというのはどういうことなのだろうか?

 ビルのひしめく大都市といっても、一気に自然が破壊されたわけではない。お寺や神社、庭園、大学の構内、墓地などは人手が加わってはいるもののある程度の樹木が残されてきた。都会には大きな改変を免れた緑地が点々とあり、そこには餌動物もかろうじて生息している。キシノウエトタテグモは、森林からそんな人為的環境へと進出して生き延びてきたのだろう。

 一方、郊外の住宅地は丘陵地や農地などをブルドーザーで崩し、根こそぎ自然を破壊してしまったところが多い。そんなところでは森林から人為的環境に移り住む余裕すらあまりなかったのではなかろうか。

 都会に生息しているからといって、都会の環境が彼らにとって好適な生息地だとは思えない。本来の生息地である森林を追われ、かろうじて残された猫の額のような緑地の中の人為的環境に生き残っているということを忘れてはならないと思う。

2013年11月12日 (火)

生息地破壊が懸念されるキシノウエトタテグモ

 数日ほど東京に行っていたのだが、その間に散歩がてらに実家近くのキシノウエトタテグモの生息地を覗いてきた。

 キシノウエトタテグモは森林の雨の当たりにくい斜面や崖地などに穴を掘って生活している原始的なクモの一種だ。巣穴といっても、穴にはちゃんと扉がついているために、注意深く探さないとどこに巣穴があるのか分からない。意識して探さない限り、一般の人が気づくことはほとんどないだろう。

 下の写真の中央に巣がある。

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 こちらは巣穴を開いたところ(上の巣穴とは別の巣)。

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 このクモが生息している崖地には、よく見ると扉の取れた古巣がある。だから、古巣の存在でもキシノウエトタテグモが生息しているかどうかの見当はつく。

 今回はあまり大きな巣穴は見つからなかったが、小さめのものはいくつかあり、まだ健在であることが確認できた。

 今の季節は見られないが、7月頃に行くと「クモタケ」というクモに寄生するキノコが巣穴から生えていることもある。このクモタケの存在もキシノウエトタテグモが生息していることの目印になる。

 キシノウエトタテグモは環境省のレッドリストで準絶滅危惧に指定されている。

 キシノウエトタテグモは人家周辺などにも生息しており決して珍しいクモではないのだが、このクモがよく見られる崖地は工事などで簡単に壊されてしまいかねない場所も少なくない。しかもこんなところに希少なクモが生息していると気づく人はまずいない。そんなわけで生息地の破壊が懸念されるクモの一つだ。

 キシノウエトタテグモやそれに寄生するクモタケの写真はこちらをどうぞ。

キシノウエトタテグモ(クモ画像集)

2013年9月16日 (月)

木の幹に棲むムレサラグモ

 8月下旬にムレサラグモ(Drapetisca socialis)を探しに行ったときには1頭も見つけられなかったのだが、9月11日にもう一度探しに行った。数十本のシラカンバなどの幹を見て回り、1頭だけ見つけることができた。

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 ムレサラグモの成体が現れるのは夏の終わりから秋にかけて。そして、生息している場所は木の幹である。特に、カンバ類やトドマツなど、樹皮がなめらかな樹種を好むようだ。モノトーンの斑紋は隠蔽色となっており、樹皮に紛れて目立たない。また斑紋は個体変異がある。

 ムレサラグモの学名のsocialisは、「仲間の」「社会の」という意味である。このクモを観察していれば分かるが、しばしば1本の木の幹に何頭も見られることがある。和名のムレサラグモの「ムレ」は「群」のことだ。

 クモは基本的に単独生活者だし、サラグモの仲間は大半が皿状の網を張る。ところがムレサラグモはしばしば群がっているし、皿状の網を張らない。かなり変わり者のサラグモだ。

 幹にいるムレサラグモはどう見ても徘徊性(網を張るクモを造網性、張らないクモを徘徊性という)のクモにしか見えない。しかし、よくよく見るとクモのいる場所には細かく糸が張られていて網を持っていることが分かる。下の写真ではクモの左側に網が見えるのだが、分かるだろうか?

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 それにしても、この季節にたった1頭しか見つからないというのはどうしたことなのだろう? たまたま今年は個体数が少ないだけならいいのだが、ちょっと気になってしまう。

 同じように幹を生活の場としているサラグモにキノボリキヌキリグモ(キハダキヌキリグモ)がある。キノボリキヌキリグモは長野県の高地の森林で数頭見たことがあるが、湿度の高い自然林の苔むした樹皮に生息していた。原生林の減少とともに数が減っているクモだろう。日本での記録は少なく、希少なクモだ。

 キノボリキヌキリグモの写真は以下を参照いただきたい。

キノボリキヌキリグモ(キハダキヌキリグモ) (三重クモ談話会ホームページ)

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