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2018年10月11日 (木)

動き始めた「飛んでエロサイト」問題(追記あり)

 ブログのタイトルや記事が悪質なアダルトサイトに悪用されているという「飛んでエロサイト」問題については「ブログがアダルトサイトに悪用される被害が続出」で報じたが、このアダルトサイトというのは極めて悪質な業者であることがizukunさんの調べで判明している。以下参照。

続4・エロサイトの件  文末に新事実の追記あり  なずな緊急調査80人中10人だと! 開設者追加しました!

続8・エロサイトの件(他人のブログ悪用のエロサイト電話番号は当分掲載しておきます。どんどん変わっていきます!)文中追記あり

 他人のブログのタイトルや記事を悪用しているアダルトサイトというのは札付きの悪質業者が運営しているもので、クリックした人にお金を振り込ませる詐欺サイトのようだ。

 この事件、他人のブログ記事を利用してアダルトサイトに誘導するという点でスパムサイト(恐らく自動生成)であること、そのスパムサイトでは他人のブログ記事を転載しているという点で著作権法違反であること、誘導先のアダルトサイトはクリックした人にお金を振り込ませる詐欺サイトらしいという点で、二重、三重の問題がある。

 そしてこのような事例は2011年にはすでに報告されていたとのこと。本来なら捜査機関が動くべき問題なのに何年も放置されていたということだ。

 この問題、発覚当時から精力的に情報発信してきたのがizukunさん。

 「ペンペン草のひとりごと」というブログを書かれている「なずな」さんも「飛んで、エロサイト!?」として何度も取り上げ、スパムサイトとして利用されているFC2とココログ(nifty)への削除要請のやり方を調べてアップした。

飛んで、エロサイト!? 削除依頼窓口まとめ

 「mobile」さんは被害に遭っている方たちに知らせて対処を呼び掛ける活動をしてきた。以下のコメント欄を参照。

この腐れ外道が!日蔭者の分際でフザケたことすんじゃねえ!

 そして被害に遭っている「結羽」さんは、警察署に出向いて告発。警察はすぐに手を打つということではなさそうだが、少なくともこの問題で動く可能性が出てきた。

猪突猛進! エロサイトに挑む

 こうした方たちの行動が実って、ココログではスパムサイトの削除が始まったそうだ。ココログが動き始めた以上、FC2も動かない訳にはいかなくなると思う。

飛んで、エロサイト!? 『ココログ-nifty』の不適切ブログの削除が始まりました!

 mobileさんに被害を知らされても関わりたくない人が多いようだ。残念ながら、削除要請もできない人は危機管理意識が低いとしか言いようがない。被害者の中には、「自分は何もしなくてもこうして誰かが動いてくれるから悪用された自分の記事もそのうち削除されるだろう」などと期待している人もいるようだけれど、そういう姿勢こそが悪質業者をはびこらせていることを自覚してほしい。

 一方で、悪質業者に利用されるなんてまっぴらだし何とかしたいという方たちがniftyやFC2にスパムサイトの削除要請をしている。それがniftyの削除に繋がっている。動かなければ何も変わらないが、動いたからの成果だ。

【10月11日追記】
 この記事をアップした後に、「なずな」さんがFC2ブログも削除を始めたことを報告。明らかに利用規約違反のスパムサイトだから、動かざるを得ないということなのだろう。

飛んで、エロサイト!? 『FC2』対応、早っ!

 対処を他人まかせにしている人、いつまでも悪人に利用されていていいのかな?

2018年9月27日 (木)

ブログがアダルトサイトに悪用される被害が続出

 「消えゆく霧のごとく(クンちゃん山荘ほっちゃれ日記)」にとんでもないネット悪用事件が報告されている。詳細は以下。

緊急!エロサイトに悪用されたおらの記事! あなたもやばいぜ!
 
続3・エロサイトの件

続4・エロサイトの件 文末に新事実の追記あり なずな緊急報告80人中10人だと!

 簡単に説明すると、こういうことのようだ。

 自分のブログのタイトルあるいは記事のタイトルなどをネット検索すると、検索結果に正真正銘の自分のブログや記事の他に、タイトルは同じでURLの異なるものがあり、それをクリックするとアダルトサイトに飛んでしまうという。また、当該検索表示のキャッシュをクリックすると記事を無断転載したブログに飛び、そのブログの日付とか別記事などをクリックすると、やはりアダルトサイトに飛んでしまうという仕組みになっている。

 誰がやっているのか分からないが、要は、アダルトサイトに誘導するために他人のブログのタイトルや記事を利用しているということだ。

 そして、クンちゃんがこれを報じてからgooブログの人たちの中から次々に被害の声が上がっている。この被害者がgooブログに限られるのか、他のブログでもあるのか分からないが、知らないうちに自分のブログが悪用されている可能性がある。これは詐欺サイトと並ぶネット悪用事件ではなかろうか。

 インターネットは適正に利用すればとても便利だが、ウィルスやら詐欺サイトやらの悪用が止まらない。このアダルトサイト誘導トラップも然り。しかも、他人のブログを勝手に利用しているというところが極めて悪質だ。記事の無断転載は著作権法違反でもあるし、サイバー犯罪と言えるのではなかろうか。

 とりあえず、この事実を拡散してほしい。

2018年1月 9日 (火)

gooブログで浮上した読者登録水増し疑惑(追記あり)

 私がしばしば閲覧している「消えゆく霧のごとく(クンちゃん山荘ほっちゃれ日記)」でgooブログの読者登録水増し疑惑が取り上げられているので、その問題について紹介したい。

 まず、gooブログの読者登録システムについて説明しておきたい。gooブログでは読者登録というシステムを採用している。これはgooでブログを書いている人が、自分がよく見ているgooブログを読者登録すると、編集画面で登録したブログの更新情報が確認できるという機能だ。読者は最大500人まで登録できる。

 また、編集画面の「読者管理」のページからは自分が読者登録したブログの一覧および自分を読者登録しているブログの一覧を見ることもでき、読者登録を拒否することもできる。この読者登録はログインが必要でgooブログを利用している人しかできないとのこと。

 あるブログを読者登録している人の数は、そのブログのサイドバーのプロフィール欄にある「読者になる」ボタンの横に表示される(プロフィール欄を非常時にしているブログでは表示されない)。

 詳しくはこちらのページの説明をお読みいただきたい。

 仕組みとしてはツイッターのフォローとフォロワーの関係に似ている。ただしツイッターの場合はフォローあるいはフォロワーがアカウントを削除した場合はそれに応じてフォローあるいはフォロワー数が減るが、gooの読者登録の場合はブログを削除したあとも登録者の一覧に残り続けるという。

 読者登録数は多くの場合、数十から数百程度のようだが、中には数千、あるいは数万の読者数のブロガーもいる。疑惑はこうした多数の読者数を誇るブログで生じているという。

 つまり、数千、数万の読者数を誇る方の読者登録のページにアクセスしてそこに表示されるブログをクリックすると、記事のない、すなわち実体のない幽霊ブログが多数を占めているというのだ。ただし、私はgooを利用していないので、自分では確認していない。

 ここから浮かび上がるのは、誰かが記事のない形だけのブログを次々と立ちあげてそこから特定のブログを読者登録しているという疑惑だ。こうすることで見かけの読者登録数を増やすことができる。

 それが事実だとしたら一体誰がそんなことをしているのだろうか? gooの場合、一人で複数のブログを開設することができるようなので、誰でもできるということになる。記事のないブログを存在させ続けることも可能だろうが、読者登録をしてから削除してしまっても登録だけは残るので、たとえば毎日複数の架空ブログをつくっては読者登録のあとに削除してしまうということもできるだろう。

 何のメリットもない人がそんなことをやるとは思えない。考えられるのは読者登録を増やしたいブログ主、あるいはそのブログ主の家族や友人、知人。あとはgooというあたりではなかろうか。ただし、数千、数万もの読者を持つ人がこつこつとこれをやるのはかなりのエネルギーがいる。gooの場合は、ブログ数を水増しすることで公告をとる際に有利になるというメリットがあるが、果たしてプロバイダーがそんなことまでやるだろうか?

 この水増し疑惑が事実なら、どう考えても不正な読者登録であり登録数の水増しだ。gooでは利用規約に公序良俗に反する行為は禁止事項に該当するとあるので、利用規約にも抵触する可能性がある。もしこの水増しにgooが直接関わっているならスキャンダルでありgooの信用に大きく関わることになるだろう。

 私としては、このような不正ができなくなるようにgooがシステムを改善するとか、架空ブログの削除に乗り出すとか、通報を促し規約違反として適切な対処をするとか、あるいは読者登録制度自体を廃止するなど、速やかに対策をとるべきことだと思う。

 もしgooが何の対策もとらずに放置するのならgooが関与しているという疑惑はなくならないだろう。

 この問題を記事にしようとしたクンちゃんは、なぜか記事が反映されなかったり削除されたりしたという。不正疑惑に関する記事を封じるようなことがあったら、ますますgooの信用は堕ちてしまうだろう。早急に対処してほしい。

 クンちゃんの関連記事は以下。

珍しくもない、ありふれた営業手法なのか! 
珍しくもない、ありふれた営業手法なのか!その2 
これが反映されるか? ゴースト・ウィリーを探せ! 

 なお、gooに関しては以下のような疑惑もあることを書き添えておきたい。

gooブログのアクセス数は水増し? 計算すると実際はこれくらい。

 

【1月10日追記】
 上記記事では幽霊ブログについて「ただし、私はgooを利用していないので、自分では確認していない」と書いた。しかし、サイドバーのプロフィールの「読者になる」ボタンの横に表示されている数字をクリックすると、そのブログを読者登録している人の一覧を誰もが見られることが分かった。

  そこでgooブログのトップページからランキング上位のブログをクリックすると、すぐに4万近い読者登録のあるブログを見つけることができた。猫の写真を掲載しているブログだ。そのブログの読者登録数をクリックすると、タイトルだけで記事がまったくないブログが大半を占めている。ブログタイトルもアルファベットで意味不明のものが沢山あるし、デザインも単調なグレイの画面のものばかりだ。中には記事があるものもあるが、継続的な投稿がなく不自然なものも多い。

  どう考えても誰かが意図的にブログを量産して読者登録しているとしか思えない。そして、読者登録数をチェックしてみるとこのブログの読者登録数は一日に数十という単位で増加している。驚異的な増加数だ。

  さらに驚いたのは、その中にニセモノと思われるブログも混じっていたことだ。その本物とニセモノのアドレスを以下に貼っておきたい。上が本物で、下がニセモノと思われる。
http://blog.goo.ne.jp/fujikawa19630622 
http://blog.goo.ne.jp/rupavire
 

  このニセモノブログは削除される可能性があるので、念のためスクショを貼っておく。
Sonodanise_2



 なお、ブログが削除されたにも関わらず読者登録に残っている場合は、そのブログをクリックすると「指定されたブログが見つかりませんでした」と表示される。ということは、これらのブログは削除されていないことになる。gooの新着ブログ数としてカウントされているのだろう。ならばgooは膨大な数の幽霊ブログを持っていることになる。

  そしてクンちゃんのこちらの記事からは、複数のブログを読者登録している幽霊ブログもあることが示唆される。ということはブログ主が自分のブログの読者登録数を増やすだけの目的でやっているというわけではなさそうだ。

  これらのブログはもしかしたら人間が一つ一つ作っているのではなく、コンピューターなどが自動的に作成しているのではなかろうか?(そんなことができるかどうかは知らないが、スパムコメントではそのようなものもあるらしい)。gooは、少なくともニセブログや記事のないブログはスパムブログとして削除するべきだろう。

  しかし、こんな幽霊ブログ読者を沢山持っているブログ主は気持ちが悪くないのだろうか。もし私がブログ主だったらすぐにgooに通報するとか、登録拒否にすると思う。これを放置しているブログ主も不可解といえば不可解だ。いったい誰がこんなことをやっているのだろうか。 


【1月10日追記2】

 クンちゃんの新記事がアップされたが、クンちゃんはgooがやっているのではないかと推測している。
 クンちゃんはアクセス数の水増し疑惑についても書いているが、アクセス数の水増しはアメブロなどでもよく知られているらしく多くの人が指摘している。また、アメブロでは読者登録すると必然的にアクセス数が跳ね上がり順位も上がるのだそうだ。gooの読者登録もそういう意味合いがあるのかもしれない。以下参照。
 
 まあ、アクセス数もブログ運営会社が公表している総ブログ数も「あてにならない」と思っていたほうが良さそうだ。モラルも何もあったものではない世界なのか。

2017年2月13日 (月)

インターネットという凶器

 私はもともとアナログ人間で、パソコンやインターネットが普及しはじめた頃もすぐに飛びつく気にはなれずに様子を見ていた。なぜなら、ちょっとした手違いや故障などで文書やデータなどが全て消えてしまうのではないかという恐怖があったからだ。

 しかし、インターネットが普及して周りの人が次々と使うようになると、メールが使えないと他の人たちとのやりとりに参加できないし、インターネット上の情報も得られず不便を感じるようになった。また、講演会や学会での発表ではパワーポイントが必須になってきた。そんなわけでパソコンやインターネットを利用せざるを得なくなり、アナログ人間などとは言っていられなくなった。

 インターネットの発達によって、私たちの生活は格段に便利になった。検索をかければすぐにいろいろな情報が手に入るし、新聞やテレビでは得られないニュースや情報も知ることができる。家に居ながらにして買い物ができるし、学会誌などの掲載された学術論文などもどんどんネットに公開されるようになり、文献の入手も楽になっている。

 しかし、利便性追及の裏には必ずといっていいほど負の部分が潜んでいる。インターネットの発達によって、コンピューターウイルスの感染や個人情報の漏えい、嫌がらせ目的の誹謗中傷などに日々晒されるようになった。しかし、それとは比べ物にならないくらいとんでもなく恐ろしい欠点があるのだ。それを思い知ったのが以下の記事だ。

 「テロは口実」 映画『スノーデン』と酷似する日本 

【岩上安身のツイ録】「ここに目覚めた人がいる!」―― 映画「スノーデン」の監督オリバー・ストーンが岩上安身の質問にビビッドな反応!!スノーデンが明かした米国による無差別的大量盗聴の問題に迫る!! 2017.1.18 

 映画「スノーデン」は見ていないが、事実に基づいて作られているのは間違いないと思う。今、私たちはインターネットを利用した監視社会に取り込まれており、もはや世界はサイバー戦争に突入しているという現実だ。トランプ氏が大統領選で勝つようにロシアが仕組んだと言われているが、あらゆるところでネットによる監視と情報収集、情報操作やサイバー攻撃がはじまっている。

 ドイツのメルケル首相の携帯電話が盗聴されていたことが明るみになったが、国の要人は米国に盗聴され監視されていると見るべきだろう。そればかりか、米国では市民のメールが盗み読みされ、インターネットの閲覧履歴を見られ、交友関係まで探られている。

 もちろん、安倍首相が進めようとしている「共謀罪」も、米国と同じ監視社会を目指している。もし、「共謀罪」が成立したなら、日本国民は監視対象となり政府に楯突く人は間違いなく監視されることになるだろう。しかも日本はマイナンバーで国民を管理しようとしている。共謀罪が成立したら独裁国家になるのは容易いし、真実を伝えようとする告発者は口を封じられる。共謀罪の「テロ防止」などというのが口実に過ぎないということをスノーデン氏は身を持って警告している。

 それだけではない。岩上安身さんは、こんなことを書いている。

スノーデンは、日本の横田基地内で働いていた頃を述懐して、NSAは日本でも盗聴をしていたと証言している。その内容についてスノーデンの言葉を、ストーン監督は映画の中でこう再現する。「(日本への)監視は実行した。日本の通信システムの次は、物的なインフラも乗っとりに。ひそかにプログラムを、送電網や、ダムや、病院にも。…もし日本が同盟国でなくなった日には、彼ら(日本)は終わり。マルウェア(不正な有害ソフト)は日本だけじゃない。メキシコ、ドイツ、オーストリアにも」。こうしたスノーデンの言葉に、映画では日本列島から電気の灯りが消えてゆく、全電源喪失のイメージ画像が重ねられる。

 これが事実なら、インターネットを悪用して特定の国のインフラを停止させ壊滅状態に追い込むのは簡単なことだ。もちろん米国はこのマルウェアの件は事実だとは決して認めないに違いない。しかし、大半のインフラがコンピューターで制御されている現代において、これは核戦争と同じくらいのインパクトがある恐怖だ。原発をメルトダウンされることだって可能だろう。一国をボタンひとつで壊滅状態にできる。まさしく「サイバー戦争」の時代に突入している。

 もちろんこんなことを実行したなら米国は世界から糾弾され信用は地に落ちる。しかし、マルウェアが絶対に起動しないという保証もない。日本が米国との同盟関係を解いたなら、マルウェアの恐怖にさらされる。さりとて米国の望むように共謀罪を成立させ平和憲法を改悪したなら、日本は米国に思いのままに支配され奴隷状態になるだろう。オリバー・ストーン監督は「日本は米国の人質」と言っているそうだが、まさに、追い詰められた状態ではないか。

 インターネットは使い方によっては簡単に凶器となり、人々の命まで簡単に操作できる。のほほんとインターネットの利便性に浸っているどころの話ではない。原子力が平和利用の名のもとに原発という凶器になったように、インターネットも同じ道をたどるのかもしれない。

 利便性を追求してきた人類に襲いかかるのは、サイバー戦争による自滅なのだろうか? それとも核による自滅なのだろうか?

 これを避けるためには人々が競いあうのではなく協力的な社会をつくっていくしかないと思うのだが、果たしてそれが可能なのだろうか。私たちには、これを何とか食い止める良心と時間が残されているのだろうか。

2015年12月31日 (木)

ネットで他人を叩いたり嫌がらせをする人たちの心理

 今年も大晦日を迎えたが、この一年を振り返ってみるなら、これまでになくネットで嫌な思いをした年だった。嫌な思いというのは、他者を貶めたり傷つけるネット言論に辟易とさせられたということだ。ひとことで言えば「嫌がらせ」であるが、度が過ぎれば不法行為や犯罪でもある。

 昨今では「ネットリンチ」とか「ネット私刑」などという言葉も目にするが、個人情報を晒した匿名者が名前や職場を特定されて退職に追い込まれる事態も生じており、まさにネットが凶器となっていることを実感する。

 私も以下のようなことを体験したり目撃し、うんざりした一年だった。

1.ツイッターでの攻撃。誹謗中傷、罵詈雑言、冷笑、論評、人格否定、個人情報晒し、執拗なリプライ。
 これについてはあえて説明する必要はないと思うが、自分と考えの合わない人や気に入らない人に対し、侮辱的な発言をしたり攻撃的な対応をするタイプだ。ツイッターで、他人のツイートを引用して批判ばかりしているような人もいる。  

人は多種多様な意見を持っているのであり、自分の意見は自分のタイムラインで呟いていればいいはずだ。ところが、違う意見の人にいちいちリプをして自分の意見を押しつけようとしたり、相手を罵倒する人がそれなりにいる。意見交換や議論は否定しないが、相手への中傷や人格否定の発言をしたら、感情による応報になってしまい議論から逸脱する。また、意見を同じくする人が徒党を組み、よってたかって特定の者を攻撃することもある。あるいは、次々とアカウントを変えて暴言を繰り返す者もいる。こうなると、嫌がらせが目的としか思えない。言論の自由と嫌がらせを履き違えているのである。そんなマナー知らずの人にうんざりさせられた。

2.陰謀思考・妄想による疑いを基にした特定の者への質問攻め、攻撃、ネガキャン。
 このタイプにもかなりわずらわされた。どうやら陰謀思考や妄想癖がある人は、自分の憶測が正しいという強い思い込みがある。そしてその思い込みが間違いであることが判明した場合でも、間違いであることを認めようとはしない。質問に答えても、自分に有利な情報を探して自分が正しいということを更に主張する。理解しあうための質問ではなく、相手を追及するための質問なのだ。

 憶測による疑いであるから事実無根の中傷とは異なるのだが、公の場で他人に嫌疑をかけ執拗に質問を繰り返したり疑惑を投げかけたなら、場合によっては相手の社会的評価を落とすことになりかねない。それに、身に覚えのない事実無根のことで疑われた者は精神的に傷つき疲弊する。本人にとってはたまったものではない。他人の精神的苦痛をまったく考えない自己本位の言動としか思えない。

 また、批判的意見を言われたことをきっかけに自分が攻撃されたと主張し、報復的に相手のネガキャンを繰り広げた人もいた。

3.反論を装った執拗な攻撃。意見や感想、論評に対し事実誤認を理由にした難癖。
 ブログで他者にアドバイスや意見を求めておきながら、意見を寄せた人を名指ししてことごとく反論して自己正当化するという人物もいた。コメントに書かれた意見を、わざわざ記事として取り上げて反論する。しかも意見や論評であっても、「事実誤認」「説得力がない」などというワンパターンのフレーズで反論し、同じ主張を何回も記事にして執拗に繰り返すのである。名指しで執拗に反論することで自己正当化するという手法は、反論を装った嫌がらせである。

4.井戸端会議の感覚で名指しで他人の噂話や批評をする。
 井戸端会議というのは限られた人たちの仲間内の雑談であるが、ツイッターでそれと同じような感覚で他人の噂や悪口を言う人もいる。名前を出して、あるいは名前は出さないものの第三者にも誰のことなのか分かるような表現で他人の悪口をつぶやく人もいる。いわゆるエアリプである。これなども、本人が目にしたらきわめて不快であり、嫌がらせといっていいだろう。

***

 攻撃的な言葉を使わなくてもいくらでも自分の主張はできる。というより、誠実な人ほど、攻撃的な言葉は使わない。それにも関わらず、ネットでは他人を不快にしたり傷つける言論が溢れている。知らず知らずのうちに加害者になっている人もいると思うが、相手を傷つけることを目的にしている人もいるだろう。ネットは、使い方によっては簡単に他者に精神的苦痛を与える凶器になってしまう。実に恐るべきことだ。

 そうした言論の大半は匿名の卑怯者だ。自分は傷つかない、あるいは自分の社会的評価は決して低下しない立ち位置で、実名の他人を貶める。相手が傷つくことを分かってやっているとしか思えない。

 また、ずる賢い人は、名誉毀損にならないよう「意見論評」という形をとって他者を攻撃する。なぜなら、事実の摘示と意見論評は別であり、前者は真実性・真実相当性の要件を満たさなければ名誉毀損になりかねないが、意見論評であれば「人身攻撃に及ぶなど意見,論評としての域を逸脱」しない限り許されると判断されることが多いのだ。

 しかし、いくら意見論評であっても、特定の人物に対し名指しで批判的論評を執拗に続けたなら、それは攻撃といえるだろう。

 いずれにしても、一年間ほどの間にこれほど多種多様な嫌がらせを受けたり目にしたことはこれまではなかった。そして、他者を平気で傷つける人の多さに、この国の病を見た気がした。

 では、人はなぜ公のネット空間でこのような嫌がらせや攻撃をするのだろう? 今読んでいる「生きづらさからの脱却」(岸見一郎著 筑摩書房)という本に、こんなことが書かれている。

虚栄心のある人は敵意を持っており、完膚なきまでに他者を打ち負かし、「いたるところで、嘲笑と非難を用意し、独善的でどんな人も批判する」(『性格の心理学』)。攻撃こそ最大の防御だといわんばかりである。(87ページ)

「[他の人の]価値を認めることは、彼[女]らにとって、個人的な侮辱のように作用するのである。ここからも彼[女]らの中に弱さの感情が深く根づいていることを推測できる」(『性格の心理学』)(88ページ)

差別やいじめは強い劣等感に由来する。普通にしていては自分の価値が認められないと思う人が他者を差別したり、いじめたりするという面があるので、このような行為は人間として許されないことであるとただ訴えるだけでは差別やいじめはなくならない。差別し、いじめる側の心理についての理解が絶対に必要であり、厳罰を科せば何とかなるようなことではない。(92ページ)

 なるほどと合点がいく。ネットで嫌がらせをする人たちは、他人を貶め打ち負かすことで自分の優位性を誇示しようとしているのだ。こういう人と意見交換をしようとしてもうまくいくはずがない。相手を打ち負かすことが目的なのだから、理解を深めようなどという気持ちははじめからないのだ。

 陰謀論を振りまく人も同じだ。陰謀説を信じるのは自由だが、信じない人を見下す発言をする場合は、自分の優位性を誇示したいのだ。ネットが普及してから陰謀論が急速に広まった感があるが、多くの場合、リテラシーのなさから陰謀論に嵌っているにすぎない。

 ネットで他人叩きをすることで自分の優位性を誇りたい人たちは、おそらく他人にどう見られるのかということばかりに拘り、主体性のない人生を送るのだろう。こんな風に嫌がらせをする人の目的が分かると、実に哀れで弱い人たちだということに気づく。そして、そのようなやり方を身につけて生きてきた人たちは、自分のやり方を変えようと決心しない限り、変わることはない。

 日頃のツイートではさほど違和感がない人でも、何回かやりとりをした結果、虚栄心が強く自己本位な人であることが露呈してしまうこともある。自己正当化のために論点を逸らせたり、いつまでも攻撃的発言を続ける人は間違いなく虚栄心の強い人だ。そんな自分勝手な人とやりとりをしても理解しあえることはないし、時間の無駄づかいでしかない。相手をしないのが賢明という結論になる。

 上記の書籍では、虚栄心が過度に強い人について、以下のように述べている。

虚栄心が、一定の限度を超えると、それは非常に危険なものになる。それが、実際にあることよりもどう思われるかに関わるような、様々な役に立たない仕事や消費へと人を強いるということ、[他者よりも]自分のことをより考えさせ、せいぜい、自分についての他者の判断のことを考えさせるということは別としても、人は、虚栄心によって、容易に現実との接触を失うのである。人間的な連関を理解しないで、人生との連関を持つことなく、とりとめもなく動く。そして、人生が要求していること、人間として[人生に]何を与えなければならないかを忘れる。虚栄心は、他の悪徳とは違って、人間のあらゆる自由な発達を妨げる。結局のところ、絶え間なく、自分にとって有利かどうかということばかりを考えるからである。(前掲書)(90ページ)

 嫌がらせをする人たちは自己中心的であり、内面は弱く不幸な人たちであるということを悟れば、さほど腹も立たなくなる。とはいうものの、ネットという公の場で平然と他者を傷つける人は危険でもあることを知っておく必要があるだろう。攻撃や報復は決して問題解決にはならない。度を越せば不法行為であり犯罪であるにも関わらず、その自覚のない人があまりに多すぎる。また、虚栄心の強い人は承認欲求が強く、褒められおだてられることで簡単に権力者に利用されてしまう。そういう意味からも、実に危険である。

 そして懸念されるのは、このような自己中心的で攻撃的な人たちがどうやら平和を願い戦争に反対している人の中にもある程度いるらしいということだ。平和を主張していても内面は好戦的であり、それは弱さゆえの見栄からきている。ところが、こういう人たちは自分が自己本位で攻撃的である(他者を傷つけている)ことを自覚していない。自分に危険が迫れば、弱さゆえに簡単に体制に従うのではなかろうか。

 危険だからといってネットで他人を叩く人を切り捨ててしまえばそれで問題が解決するというわけではない。ネットで他人を叩くことが善だと思っている人は、なぜ自分がそういう気持ちになってしまうのかを知っておいたほうがいいように思うし、そこにしか解決の糸口はない。そのような方には「生きづらさからの脱却」を読むことをお勧めしたい。

 なお、誤解を生じないように言っておきたいが、論理的に批判をすることは「叩き」ではない。納得のいかない意見に対しては正々堂々と自分の意見を論理的に提示すべきであり、これを「叩き」とは言わない。私がここで批判しているのは感情的な暴言や他者を見下す発言、ネットを利用した巧みな嫌がらせである。

2015年10月18日 (日)

長崎功子さんとの和解と不可解なブログ

長崎功子さんとの論争と和解のいきさつ
 長崎功子さんは今年の1月16日にご自分のブログで私のことを取り上げ、私が長崎さんを攻撃、中傷したという主旨の記事を書いた。私は基本的に「言論には言論で対抗」という主義だ。あまりに事実誤認だらけの記事であったため1月20日に「長崎功子さんへの反論」という記事を書いて、事実を指摘して反論した。ところが、長崎さんはその後も私に対する中傷記事を書き続け、私が気がついた時には15本にもなっていた。明らかに事実無根の中傷であり名誉毀損だ。仕方なく7月4日に「長崎功子さんへのメッセージ」という記事を書き(翌5日に追記)事実誤認を指摘するとともに、修正や削除などの対応を求めた。

 その記事には「あなたの私に対する事実誤認の誹謗中傷記事をすべて削除ないしは非公開にしてその旨を私にお知らせいただければ、私の反論記事およびこの記事は根拠も意味もなくなりますので、私も削除ないしは非公開にしましょう」とも書き添えた。しかし、その後も長崎さんは第三者が見ても明らかな事実誤認ですら訂正も削除もしなかった。長崎さんは、自分の主張こそ正しいと、頑として譲らないようだった。

 このような膠着状態がしばらく続いていたが、9月4日に長崎さんから突然電話があり、「疲れたのでお互いに記事を削除しませんか」との提案がなされた。私も、長崎さんが記事を削除するのなら私の2本の反論記事も削除するということで合意した。さらに長崎さんは私のツイッター発言(長崎さんの名前は書いていないが、彼女の身内に関わるツイートをしていた)も削除してもらえないかと言ってきた。和解するならそれも構わないと思い、了解した。

 電話を切ってから長崎さんのブログをチェックし、長崎さんが記事を消したのを確認してから私も同様の対処をした。また長崎さんのことに関するツイート(名前は出していない)もいくつか削除した。

 これが長崎さんとの和解の経緯である。あえてお知らせするようなことではないので、この和解の件をブログ記事にすることはしなかった。

不可解なブログの出現
 今回、この和解のことをわざわざ書くことになったのは、理由がある。実は、私たちの和解を無視した非常に不可解なブログ(仮に**ブログと表記)が現れたのだ。

 10月3日のこと、私のブログ(さぽろぐ版)にクンちゃんから「長崎功子さんへのメッセージ」という記事に書き込んだ自分のコメントが見えなくなっているとのコメントがあった。
http://onigumo.sapolog.com/e440179.html#comments 

 私は和解したことを伝え、そういえば長崎さんはどうしているのだろうかと彼女のブログを訪問してみた。すると、「指定されたブログが見つかりません。ブログが削除されているか、指定したURLが間違っている可能性があります」と表示され、ブログが見られなくなっていた。せっかく和解して私との論争に終止符がうたれたというのに、なぜブログを閉鎖してしまったのだろう・・・。私はそのことがとても気になった。それでいろいろ検索で調べているうちに不可解な**ブログがあることを知った。

 そのブログは私たちが和解をした翌日の9月5日から記事が書かれており、現時点(2015年10月18日)で14本の記事が掲載されている。はじめから読んでいくと、和解したはずの論争を再び取り上げ、ブログそのものが私の批判と中傷になっている。長崎さんが削除したはずの記事が転載されていたり、削除した記事に書き込まれた長崎さんを擁護するコメントが貼り付けられたり、私のブログ記事や他ブログに書き込んだコメントが無断転載されていたりする。それらの記事の論調は、長崎さんの以前の記事と同じである。また、文体も長崎さんとよく似ている。

 匿名だから、誰が書いているのか分からない。しかし、この**ブログ自体に以下のような問題がある。

1 長崎さんとの論争は電話による和解によって終止符を打ったのであり、現在は双方の記事を見ることはできない。**ブログ主はおそらく長崎さんのブログと私のブログを頻繁にチェックしていた方と思われる。そうであれば、長崎さんはご自分のブログで和解したとの記事も書いていたのだから、私たちがお互いに記事を削除したことは分かっていたと思う。当事者同士が和解して紛争が終結したにも関わらず、第三者が再び類似した記事を掲載するのは当事者にとっては和解を無視されたと同然であり大きな迷惑である。また、仮に長崎さんがこのブログを書いているのであれば和解を反故にしたのであり、容認はできない。

2 **ブログでは、明らかに私についての事実無根の中傷が書かれている。たとえば、あるブログに私が複数のハンドルネームで長崎さんを攻撃するコメントをしたと書かれているが、そのような事実はない。私がブログで長崎さんに対し「異常な書き込み」をし、「相手を打ちのめしている」とか「攻撃している」などとも書かれているが、これも事実無根の中傷である。このような嘘を書くのであれば、私が消した2本の反論記事および長崎さんに関する記述を修正ないし削除した3本の記事(これについては後述する)を証拠として再掲載することも検討しなければならないだろう。また、あたかも私がサイコパスであり長崎さんに嫌がらせをしていることを示唆するような書き方をしているが、これももちろん事実無根の中傷である。

3 **ブログでは私の記事が無断転載されている。また、他者のブログ記事に書き込んだ私のコメントも無断転載されている。すでに長崎さんが削除して消えてしまった第三者のコメント(長崎さんを擁護するもの)も転載されている。これは、著作権法に抵触する。

ブログの閉鎖を求める
 **ブログには私のブログ記事が複数転載されている。それらの記事にはたしかに長崎さんに関する記述があったが、そのうちの1本は長崎さんの名前は記していない。それらの記事は長崎さんとの和解で削除を約束していたものではないし、中傷にはあたらない。しかし、長崎さんとは和解したので、私は10月に入ってからそれらの記事の長崎さんに関する記述部分の削除や修正を行った。この対処によって、彼女の名前でネット検索をしても私の記事が検索結果に現れることはなくなった。したがって、長崎さんと論争になるような記事は現在は存在しない。

 私に批判的なコメントを集めたり中傷を書いている**ブログは、私をターゲットに嫌がらせをしているとしか思えない。このまま放置すると、今後も私の中傷を続けていくことが予想される。しかしこのブログはコメント欄を閉じており、私はブログ主と連絡をとる手段がない。しかし、ブログ主は私のブログを頻繁にチェックしているものと思われる。したがって、長崎さんとの和解の事実をここに明らかにするとともに、和解を無視し社会規範を逸脱する中傷ブログを削除することを求める。

 なお、**ブログがただちに閉鎖されれば、私もこの記事を削除する意向である。

注:長崎さんとは和解をしているが、和解の経緯や内容を公開しないという約束はしていない。また、長崎さんが過去に書いた私の中傷記事はスクリーンショットを撮って保存しており、彼女が中傷記事を書いたことについては証拠がある。したがって、和解についての経緯や概要を書くことは何ら問題ないと判断した。もちろん、私は和解直後に現れたこの不可解な**ブログの記事をすべてスクリーンショットに撮って保存している。

2015年9月 5日 (土)

言論の責任とヘイト(憎悪)発言

 最近、ツイッターでヘイト(憎悪)発言について何回か呟いた。というのも、ネットによる叩きが異常といえる状況になっており、そろそろ何らかの対処が必要ではないかと思えてならないからだ。

 一口にヘイト発言といっても、悪口、罵倒、誹謗中傷、蔑み、人格否定、嘲笑など様々だ。さらに、検索などを駆使して個人情報やネガティブ情報を収集し、事実も確かめずに拡散させる嫌がらせや脅しが後を絶たない。まさにネットが「いじめの世界」になり果てている感がある。

 ネットによるヘイト発言は、現実社会での悪口とは質が違う。現実社会の悪口は顔が見えるしその場限りだ。しかしネットでは削除しない限り永遠に残り、場合によっては書いた人の意思に関わらず拡散されていく。たとえ削除されたとしても、コピーが出回って回収不可能ということも生じかねない。場合によっては特定の個人に大変なダメージを与えることができるし、他人の人生を狂わせてしまうことになりかねない。それだけに、個人を名指ししたヘイト発言の責任はきわめて重いといえるだろう。

 ネットのモラル、マナーの問題であると同時に、名誉毀損やプライバシー侵害、侮辱といった法に触れる行為でもある。不法行為なら法的手段に訴えればいいという意見があるかもしれないが、相手を特定して提訴するにしても時間や労力、お金がかかるし、損害賠償が認められたとしても弁護士費用などを考えれば赤字になりかねない。庶民には法的対処も容易ではない。そういう理不尽なことがあまりに安易に行われているのが、日本のネット事情だ。ネット叩きを恐れて、自分の意見も言えないという人も多いだろうし、きわめて由々しき状況に陥っている。

 とりわけ卑劣なのは、匿名で実名の者(ハンドルネームでも本人を特定できる者を含む)を叩く行為だ。ヘイター(憎悪者)は安全圏にいながら、相手の社会的信用だけは徹底的に落とそうとする。名誉毀損という犯罪行為でもある。

 中には実名のヘイターもいるが、そのような人は匿名者よりもはるかにリスクを負っている。なぜなら、実名でヘイト発言をすることで、自らヘイターであることを証明しているのであり、自分で自分の社会的信用を落としているともいえるからだ。そういう意味では実名で本人を特定できるようにしているヘイターは、匿名のヘイターより確かに責任(あるいはリスク)を負っている。

 もちろん、匿名であろうと実名であろうと、犯罪行為に変わりはないし、犯罪を放置すべきでないのは言うまでもない。ツイッターであれば、相手にしないだけではなくブロックで防御するのが賢明であろう。

 日本でこれほどにまでネット叩きが横行するのは、協調性を強要する日本のムラ社会にも関わっているのではないかと思う。同調圧力の強い社会では日頃から自分の本音が言えないため、そのストレスの発散を匿名発言が可能なネットで晴らしている人もいるのではなかろうか。

 それと同時に、自分の発言に責任を負いたくないという無責任体質の蔓延がある。ネットが発達していなかった頃は、一般の市民が校閲や編集などのチェックが何も入らない媒体で言いたい放題に発言することなどほとんど不可能だった。だから名誉毀損というのはもっぱら雑誌でプロの記者が書いた記事とか、書籍などの記述が対象になる程度だった。ところが誰でも匿名で簡単に発言できるネットでは、無責任な者による誹謗中傷や名誉毀損発言が溢れることになってしまった。

 無責任体質の背景には、成熟していない個人や社会がある。日本ではブログやツイッターの匿名率が高いという。以下参照。

諸外国別にみるソーシャルメディアの実名・匿名の利用実態(2014年) (Garbage NEWS.com)

 個人個人が成熟しており責任意識が高ければ、自分の責任において自己主張をするし、自分とは異なる意見に対し論理的に反論をすることはあっても感情的な誹謗中傷はしない。

 また、日本の場合は実名で発言しただけで、所属する組織から圧力がかけられるという事情もあるようだ。本来、組織が個人の発言を縛るようなことはあってはならない。ところが、この国では個人の発言に組織が干渉し、極端な場合は職を失うことにもなりかねない。組織が個人の言論の自由を拘束しているような社会はとても成熟した民主主義社会とは言えない。これでは実名言論が委縮するのも無理はない。

 しかし、その言論統制から脱却しようと努力しない限り、いつまでも成熟した個人や社会にはなれないだろう。自分の発言に責任を持つ成熟した個人、そして言論の自由を尊重する成熟した社会をつくっていくことが必要なのではなかろうか。そのために必要なのは、現状を変えようと一歩踏み出す勇気でしかないと思う。

 いずれにしても、相手を特定したヘイト発言が犯罪であり不法行為ありどれほど危ういことなのか、この国の国民はいい加減に気づくべきだと思う。

2015年8月11日 (火)

言いがかりとしか思えないIWJへの削除要請

 日向製錬所とサンアイが黒木睦子さんを名誉毀損および業務妨害で提訴した件で、木星通信(主宰 上田まみ氏)と市民メディア宮崎CMM(主宰 大谷憲史氏)が、IWJの記事に関して削除を求めている。これについて私の意見を以下に述べたい。

 削除を求められているIWJの記事は以下。
宮崎県日向市在住の主婦をめぐる裁判はSLAPPなのか?! ~黒木無ル湖さんと日向製錬所を直接取材(前編) 

宮崎県日向市在住の主婦をめぐる裁判はSLAPPなのか?! ~黒木無ル湖さんと日向製錬所を直接取材(後編)

【木星通信の申入書の事実誤認】
 以下は木星通信の申入書。

日向製錬所が提訴した黒木睦子さんへの記事について。IWJへの申入書 

 木星通信はIWJの記事では二つの事実無根の主張がなされていると指摘している。その二つとは以下である(申入書より引用)。

①被告はIWJの取材に対して「原告企業が工事に使ったグリーンサンド」によって家族に健康被害が出たと企業や行政に訴え続けてきた。」として被告の家族の健康被害、および水質汚染被害を示し、IWJも記事化しました。

②また被告は工事現場から粉塵被害以外にも重大な環境汚染が発生してると主張してその汚染値を示し、IWJもそれを掲載しました。

 上田氏はこれらについて以下のように主張している。

①は被告の子供の診断書が出されましたが、咳の原因は「マイコプラズマ肺炎」でした。微生物(ばい菌)による感染症で人工由来の被害ではなかったのです。

②は裁判所に『宮崎環境科学協会』が計量した汚染値の計量証明書が出されましたが、それは当該被告が主張する工事現場から採取したものだとする証明はなされませんでした。

 しかし、上田氏のこれらの主張こそ事実誤認だ。その理由を以下に述べたい。

①について。
 黒木さんが子どものマイコプラズマ肺炎の診断書を提出したのは事実だ。しかし、それをもって、スラグ粉じんによる咳がなかったという証拠にはならない。この場合1スラグ粉じんによる咳とマイコプラズマ肺炎による咳の両方があった。2スラグ粉じんによる咳だけであり、マイコプラズマ肺炎は誤診であった。3スラグ粉じんによる咳はなく、マイコプラズマ肺炎で咳が出た。という三つの可能性が考えられる。しかし、上田氏はそのうちの一つをのみ取り上げて、健康被害はなかったからIWJの記事は事実誤認だと主張しているのだ。論理性のない主張である。

 黒木さんはIWJの取材に対し「私も含めて咳が止まらない。子どもは今でも具合が悪い。病院へ言っても『風邪』と診断されるだけです」と答えており、子どもだけが咳を出していたわけではないようだ。また、「風が強い時などは、ぱーっと降ってきて、白いものが舞い上がっているのが目で見て分かる。そういう時は咳が出て止まらなくなるので、日向製錬所に、住民説明会を求めました」と答えている。咳の原因が粉じんであると考えるのは自然だ。

 以下の記事にもあるように、鉄鋼スラグにおいては住民に粉塵・臭気による健康被害が生じたという事例があり、粉じんが咳などの健康被害を生じさせる可能性は十分にある。

鉄鋼スラグ問題とは何か

②について
 黒木さんは第一工区の沈殿池から水を採取して宮崎県環境科学協会に検査を依頼しており、計量証明書が裁判に提出されている。それに対して原告は、その水が第一工区の沈殿池から採取されたという証明がなされなかったと主張をしている。つまり、別の場所から採取した可能性があると言っているのだ。しかし、あのような汚染された水が採取できる場所を具体的に示しているわけではない。

 原告の言うように、黒木さんが第一工区の沈殿池から採取したということを証明する客観的な証拠はない。しかし、証明できないことをもって第一工区の沈殿池で採取した水ではないと結論づけることができないのは自明である。そして、黒木さんが検査機関に持ち込んだ水から環境基準を超える汚染が確認されたのは事実である。

 上田氏は「行政や支援者が当該地の汚染値を計っても汚染値は検出されませんでした。被告は今も重金属に汚染された水が垂れ流しだとTwitterで訴えていますが、日向JA 延岡JAに確認してみても公害被害は一切確認できませんでした」と主張している。

 黒木さんがツイッターで「今も重金属に汚染された水が垂れ流しになっている」と書いているのは事実だ。しかし、黒木さんはそれによって現在公害が発生しているなどとは言っていない。将来、発生するかもしれないので責任をとってほしいと主張しているのだ。

 黒木さんのツイッターでの「今も重金属に汚染された水が垂れ流しになっている」という主張が嘘であり風評被害を生むというのなら、それは黒木さんに伝えるべきことであり、IWJに対して言うことではないだろう。

 上田氏による削除の申入れは、上田氏の一方的な解釈に基づいたものであり、単に自分の意見を押しつけているだけだ。事実誤認はIWJの記事ではなく、上田氏の申入書の方だろう。

 なお黒木さんは水質検査の件に関しIWJの取材で「私たちがもらったというのは有害という報告だった。県はその報告書のコピーをもっていると思いますが、それでも何もしない。自分たちが無害だからといって、何で結果が違うのだろうかと考えてくれない」と言っている。黒木さんから検査結果を渡されたなら、県や市はすぐにでも現場に行って水を採取して検査すべきだし、有害となった原因について究明する努力をすべきだ。ところが、市が沈殿池の水を採取したのは2カ月以上も経ってからだ。これだけの間隔が開いてしまえば、汚染を隠すために対策を講じることも可能である。

 記者ならこのような点について追及してもらいたいものだ。

【市民メディアみやざきCMMの削除要請の不当性】
 大谷憲史氏の削除要請キャンペーンの方も言語道断である。大谷氏の削除要請の理由が釈然としないのだが、ひとつは「記事の一断片だけで記事を掲載することをやめてほしい」ということであり、もうひとつは名誉毀損および営業妨害にかかる損害賠償請求裁判なので「SLAPPなのか?!」という記事のタイトルが誤解を生むという主張のようである。

 つまり事実誤認を指摘しているわけでも権利侵害を指摘しているわけでもない。またIWJはスラップだと断定しているわけではなく、単に疑問を呈しているだけだ。裁判の当事者でもない者が、そんなことを理由に削除を求めるキャンペーンを行うというのは言いがかりとしか思えず、言論の自由の侵害である。

 なお、私は、この裁判がスラップである可能性が高いと思っている。もし埋立に用いたスラグが産廃であるなら、日向製錬所は嘘を言って黒木さんの記事を削除させようとしたということになり、紛れもなくスラップだろう。宮崎県は産廃であるか否かを判断した理由を黒塗りにしていることからも、産廃ではないかという疑惑を持たれても仕方ない状況である。

 上田氏にしても、大谷氏にしてもおよそジャーナリズムに関わる者の言動とは思えない。お二人には以下のフランスの哲学者ヴォルテールの名言を贈りたい。

私はあなたの意見には反対だ、たがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る

2015年7月 8日 (水)

ネットで名誉毀損などの不法行為をしないために

 以下は昨日、7月7日の私のツイート。

ブロック=相手を黙らせるということではない。悪意のある人、マナーが守れない人の挑発に乗らないための一つの選択肢。挑発行為に乗って時間を浪費したり煩わされるのを防止する機能がブロックだと私は思っている。

①ネットが普及して、誰もが名誉毀損で訴えられないように気をつけなければならない時代になった。真実であっても相手の社会的評価を低下させる発言をしたら名誉毀損に該当する。本当のことだからと言って、何を言ってもいいというわけではない。

②名誉毀損は刑法によって犯罪とされることもあるが、民事で不法行為として損害賠償を求めて訴えられる場合が多い。企業などからスラップ訴訟をしかけられないためにも、ネットなどの公の場で批判をする場合は十分な注意が必要だ。

③名誉毀損は公共性・公益性のある発言で真実であれば免責される。だから、批判をするなら公共性・公益性のある問題に限ったほうがいい。人格否定。人格攻撃は公共性・公益性があるとは思えず、やってはいけない行為。

④公共性・公益性がある問題でも訴えられる可能性があるような批判は、自分の発言の根拠となる証拠を保存しておくことが大事。ネット上の記事などは消えたり書き変えられる可能性もあるので、プリントしたりスクリーンショットなどで保存するなどし、URLも記録しておくべきだ。

⑤証拠がなく断定できないことや不確かなことに関しては、そう考える根拠を説明した上で「私は○○だと思う」「○○だと考える」という意見表明の形にしたり、仮定形で書くように心がける。間違いに気付いたり指摘されたら、速やかに訂正することも訴えられないためのポイントだ。

⑥誹謗中傷などによる名誉毀損のほか、侮辱やプライバシー侵害も不法行為として訴えられる可能性がある。匿名でも相手の特定は可能だから、匿名だからといって安心して暴言を吐いたりプライバシー侵害をするのは禁物だ。無断転載などの著作権侵害も気をつけたい。

 今や大半の人がインターネットを利用している。ブログやツイッターなどのSNSを自ら利用していなくても、ネット上には他人に対する誹謗中傷、罵倒、人格攻撃などによる嫌がらせ、無断転載などが溢れていて、それを目にするのは日常茶飯事だ。

 ツイッターでは違反報告も受け付けているが、次々とアカウントを変えてマナーや規約違反を繰り返す人が後を絶たない。言論におけるマナーに関しては以前より知れ渡ってきたのではないかと思うが、マナーや法律を無視して誹謗中傷を続ける人が一定程度おり、見るに堪えない状況がある。これにはネットの匿名性も大きく関係しているのだろう。匿名が必要な場合があるのは確かだが、とりわけツイッターの匿名性はマナー違反を助長しているように思える。

 もちろん、実名の者同士の争いもある。一市民である志岐武彦氏が、歌手であり作家である八木啓代氏からツイッターで名誉を棄損されたとして裁判になっている。今日は本人尋問があるそうだ。

「志岐武彦VS八木啓代」裁判の本人尋問、ツイッターによる名誉毀損は認められるのか? 8日の13:30分から東京地裁 (MEDIA KOKUSYO)

 両者の言い分などについて具体的なことは分からないが、ツイッターでの発言がどのように判断されるのか、注目される裁判だ。

 一部の者が、言論のマナーも法律も無視してブログやツイッターなどのネット空間で言いたい放題の発言をしているというのがこの国の現実だ。子どもの頃から言論の責任やマナーについて教育をする必要があると思う。

 以下では、ネットでの誹謗中傷を見つけたときの対処法を説明している。

 【保存版】ネットで自分への「誹謗中傷」を見つけたときの対処法

2015年2月20日 (金)

「表現の自由」や「批判」「反論」の名を借りた叩き行為

 今日の北海道新聞「各自核論」に北原みのりさんの「叩く『表現の自由』横行」という意見が掲載されていた。タイトル通りの内容で、ネットでは昨今、正義や倫理をふりかざして他者を叩く行為が蔓延しており、表現の自由が脅かされているという主旨の記事だ。

 これは私も常々感じている。ネットで発言する人には二通りのタイプがある。ひとつはごく当たり前というかネットメディアの本来のあり方だと思うが、ホームページやブログで社会のことや趣味のことなどについて自分の考えや意見などを表明するという人だ。意見には批判的言論も含まれるが、誹謗中傷や著作権侵害をしないなど基本的マナーを守っていれば、意見表明は表現の自由の範疇だ。

 ところが昨今は、自分の意見を表明するというより、意見を表明している人を叩くことを目的にしてネットを利用している人が急増している。これがもう一つのタイプだ。うっぷん晴らしに炎上を狙って楽しむ愉快犯のような人もいるだろうが、気に食わない人物のネガキャンをすることで相手の信用をなくすことを目的にしていることもある。芸能人や著名人がターゲットにされることも多いが、一般の市民ももちろんターゲットにされる。

 他者を叩くという目的のためにネットを利用するということ自体がネットの悪用である。ところが、こういうことをやる人たちはそれを「表現の自由」の名のもとに、「批判」あるいは「反論」だと開き直る。「批判」「反論」と「叩き」「誹謗中傷」の区別がまったくできていない、というか「批判」を装ったいじめ行為でしかない。

 いわゆる子どものいじめでは、ターゲットにした人物の個性である容姿とか服装、しぐさや思想までいちいちあげつらって言いがかりをつけ、いじめの理由にする。いじめることが目的なので、何にでも難癖をつける。ネットによる叩きもそれと変わらない。

 ネット叩きをする人のやり方にはパターンがある。ひとつは、叩く相手に絡み、ひとたび相手が応じると論点をどんどん逸らして執拗に言いがかりをつけ、揚げ足取りをして悪口や人格否定へと導くタイプだ。ツイッターやブログのコメントが利用される。相手にするのをやめたりブロックすると、「逃げた」「答えられない」といって罵倒するのもお決まりのパターンだ。

 もう一つのパターンは、直接絡んではこないものの、匿名掲示板、ツイッター、ブログを利用して特定の人への言いがかりや中傷を展開するタイプだ。ターゲットの発言を監視して、重箱の隅をつつくような揚げ足取りをすることもある。

 どちらのパターンでも共通なのは、ははじめからターゲットが設定されており、特定のターゲットを貶める行為を繰り返すことだ。そして多くの場合、集団をつくってそれをやる。

 ツイッターであれば仲間同士でフォローし合って一緒にターゲットを叩くのである。本人は「表現の自由」だとか「公共の利益」などといって開き直っているのかもしれないが、とんでもない。彼らの目的は特定の個人を貶めることであり、本来の「表現の自由」とは程遠い。集団で叩くところも子どものいじめと何ら変わらないし、集団によるストーカー行為ともいえるだろう。

 彼らの頭の中には「いかに貶めるか」、「いかに信用をなくすか」という思考しかない。だから例えばネット検索でターゲットの情報を探し出し、その内容の信ぴょう性も確認せずに邪推だけでネガティブ情報を拡散させる。

 彼らに対してどんなに丁寧に自分の意見を説明しても絶対に理解しようとなどしないし、逆に罵倒されたり人格攻撃されるのがおちだ。目的そのものに悪意があり、とても「表現の自由」とか「批判」「反論」などといえる代物ではない。

 厄介なことに、そういう人たちに限って、正義やら倫理を振りかざし、自分の主張を押しつける。彼らにとっては自分たちの言っていることこそ正義であり、悪いのはターゲットの方だと責任をなすりつける。倫理観の欠如した人が正義や倫理を振りかざすのだから始末に悪い。

 集団での嫌がらせではないが、私の意見に対して「反論」の名のもとにブログで執拗に論点を逸らした屁理屈を繰り返している者がいる。私の書いたブログ記事に対し何回にも分けて反論をしているのだが、その主張を読むと単なる言いがかりでしかない。自分の意見こそ正しく他者の意見は間違いという主張に他ならない。複数の記事で何度も同じ主張を繰り返すところなどストーカー行為に等しい。この人物は「はじめに反論ありき」で、私に限らず批判的意見に対してことごとく屁理屈をこねている。異論を尊重する気などさらさらないから、論点逸らしの屁理屈しか言えないのだ。反論の体を成していない。

 「ニセ科学批判」の人たちも同じような傾向がある。彼らの主張がすべて間違いだとは言わないが、原発事故にはじまった放射能問題で、彼らの「自分たちの主張こそ正しい」という傲慢な姿勢が露呈した。つまり、原発事故による被ばくの影響についてはさまざまなデータや主張があるのに、自分たちの主張こそ正しいとの姿勢を決して崩そうとせず、批判的な意見に対しては論点を逸らしてはぐらかすことしかしない。実に情けない。

 ニセ科学批判運動の真の目的(早川由紀夫の火山ブログ)

 物事を冷静かつ客観的に見られる人は、「はじめにネガキャンありき」「はじめに反論ありき」という目的を見抜けるが、中には見抜けずに同調してしまう人たちも少なくない。騙すのが上手いと言えるのかもしれないが、これがネットの怖さでもあるだろう。

 異なる意見を尊重できない人に「言論の自由」などと言う資格はない。「批判」「公共の利益」の名目で、名指しで罵倒や誹謗中傷、人格否定をするような人も「言論の自由」などと言う資格はない。これは「言論の自由」以前のマナーの問題だ。

 言論のマナーが守れない人たちによるネットの悪用が横行する以上、司法の悪用であるスラップ訴訟とともに何らかの法的規制が必要なのかもしれない。

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