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2020年11月

2020年11月 3日 (火)

日本の医療の矛盾に切り込む「日本の医療の不都合な真実」

 森田洋之著「日本の医療の不都合な真実」を読み終えた。本書は前半が新型コロナ問題に割かれ、後半はデータと夕張の診療所勤務の経験を踏まえ日本の医療の問題点を掘り下げている。

 ツイッターでは新型コロナ問題で医師や研究者などもかなり発言しているが、意見は非常に多彩で、一般の人達にとっては何が正しいのか判断するのは難しい。新型コロナを非常に警戒し検査と隔離によって感染拡大を防ぐべきだという意見や、中には根絶を目指すべきだという意見まである。その一方で、日本の場合は陽性者の数が増えていても死者数はほとんど増加しておらず厳しい対策は経済死を増やすという意見もある。

 森田氏の意見は後者だ。日本を含め東アジアでは欧米に比べて人口当たりの死者数は非常に少ない。これは偶然のこととは考えられず、BCGの接種や既存コロナの交差免疫が関わっている可能性が高いのではないかという。また韓国の例などからPCR検査を増やせば死者を減らせるという意見にも否定的だ。ウイルスを根絶しようとするのは間違いであり、ウイルスを殺すのは免疫力だという。私もほぼ同じ意見だ。

 私は3月までは都市封鎖や検査と隔離による封じ込めをするべきだと主張していた。ツイッターで流れてくる武漢の状況を見る限り、このウイルスは感染力と致死率が極めて高く、強硬手段をとらないととんでもないことになると感じだからだ。しかし、BCG仮説を知ってからはその考えは大きく変わった。実際、BCG義務国である日本は、欧米とは比較にならないくらい人口当たりの死亡者数は少ない。これから冬に向けてPCR検査陽性者が増えていくとしても、この傾向はおそらく変わらないだろう。流行初期は警戒すべき感染症であっても、細胞性免疫によってやがて普通の風邪になっていくのではないかと思う。

 BCG仮説に関しては「仮説であり立証されていない」という意見がまだまだ多い。しかし、最初にBCG仮説を提唱したサトウ・ジュン氏はツイッターでBCG仮説を支持する実験や臨床試験などの結果をしばしば紹介している。私はほぼ立証されたと言っていい段階にまできていると思っている。

 さて、本書で森田氏が最も主張したかったのはコロナ問題というより今回のコロナ騒動から見えてきた日本の医療の問題点だ。森田氏は本書の後半で、以下の7つの言説について否定している。

・病床が多いと平均寿命が延びる
・全国どこでも同じような医療が受けられる
・医師が忙しすぎるのは医師不足だから
・地域の病院は減らしてはいけない
・公立病院の赤字は税金の無駄遣い
・病院がなければ高齢者は幸せに生きられない

 これらについての具体的な説明は本書に譲るが、印象に残ったのは日本は人口当たりの病床数がダントツ一位で平均寿命もトップだが、世界の傾向は病床数を減らしつつ平均寿命を延ばしてきたというグラフだ。また、日本国内で病床数が多い都道府県ほど一人当たりの入院費が多いことを示すグラフも驚いた。病床数が最も多い高知県民は最も少ない静岡県民の2倍近い入院費を支払っているという。病床が多い地域では空き病床を埋めようとする力が働くとしかいいようがない。

 日本は世界で最も病床数が多いにも関わらず、新型コロナが猛威を振るったこの春、コロナ患者を受け入れた一部の病院は医療崩壊寸前まで追い込まれ、受け入れを拒否した多くの病院は逆に患者が減ってしまった。しかも、どちらも経営的に大変な状況に追い込まれた。私も、これに関しては宇沢弘文氏の指摘した「医療的最適性と経済的最適性の解離」が新型コロナで明瞭になったとツイッターで呟いたが、民間病院が多い日本の医療が抱える大きな矛盾だ。感染症の流行で多数の病床が必要になったときにも、民間病院が協力し合って患者の受け入れ態勢を整えるという融通が利かない。

 また、経営を最優先する民間病院では、検査漬けや薬漬けになりやすい。私も親族の入院などで、病院が必要とは思えない検査を行うことを何度も経験した。肺がんで入院しているのに婦人科の内診をしたり、急性膵炎で入院した高齢者に原因究明との理由でいくつもの検査をしたり、意味があるとは思えないMRI検査を予約させたり。高額な検査機器の費用回収という目的なのかもしれないが、医療を市場原理に任せてはならないとずっと感じてきた。森田氏は不必要な医療が多数存在するというが、私もその通りだと思う。

 日本は国民皆保険によって低額で医療が受けられるが、寝ていれば治癒する風邪やインフルエンザで医者にかかり、薬を出してもらいたがる人がとても多い。もちろんインフルエンザでも亡くなる人はいるので重篤な症状があれば医療機関を受診すべきだが、患者自らが検査漬けや薬漬けを希望している側面も否めない。コロナ禍で医療機関にかかる人が激減したが、過剰な医療を受けている人が多いことが浮き彫りになった。

 また、森田氏はプライマリ・ケア医の重要性も指摘する。プライマリ・ケア医とは、子どもから高齢者、急病から老衰の看取りまでどんな困りごとにも対応してくれる地域のかかりつけ医のことだ。しかもプライマリ・ケア医は心や体だけではなく社会(地域)も診ることが求められるという。北海道の地方に住む私もプライマリ・ケア医を普及させることは賛成だ。これは地方だけに当てはまることではなく、都会でも同様だと思う。

 北海道の夕張市は財政破綻し、市内に一つしかなかった171床を持つ「夕張市立総合病院」が閉鎖され、19床の有床診療所と介護老人保健施設に縮小された。森田氏はその診療所の医師として勤務した経験から、訪問診療や訪問看護を充実させることで入院患者を減らせるだけではなく、救急搬送も減り、患者の生活の質も向上したことを紹介している。私も訪問診療や訪問介護はもっと普及すべきだと思うし、森田氏の意見に基本的に賛同する。高齢者をすぐに病院に入院させてしまうのではなく、在宅で診療や看護をしてもらえるのなら、生活の質を保つことにつながり、精神面でもメリットが大きいと思う。

 森田氏は夕張モデルを根拠に厚労省の公立病院の統廃合も肯定している。しかしこの点に関しては、私はもっと慎重であるべきだと思う。病院の閉鎖後に夕張のような体制が整えられるのならまだ分かるが、先行きが分からない中で「廃止ありき」で進められるのなら住民の理解が得られるとは思えない。

 私も北海道の僻地に住む以上、都会と同等の医療を受けられるとは思っていない。しかし、地方の過疎化と高齢化は歯止めがかからず医療機関の数も公共交通機関の本数も減る一方で、運転免許を手放したら僻地に住み続けるのは極めて困難になる。正直いって、住み始めた頃はここまで不便になるとは思ってもいなかった。大きな街に移住していく高齢者が後を絶たないのもよく分かるし、私自身も身内の入院をきっかけに移住を考え始めている。

 個人的には、地方の公立病院は規模を縮小しても存続してほしいと思う。今はITを利用した遠隔診療も可能になってきており、疾患によっては地方の病院での救急搬送の受け入れも広がるのではないかと思う。また患者が少ないからと診療科を減らすのではなく、定期的に専門医を派遣してもらうということも一つの選択肢ではなかろうか。

 医療を市場原理に任せてしまったことが日本の医療の矛盾の根底にあると思う。本書では触れられていないが、医療業界と製薬会社などの癒着や利権構造もその矛盾を大きくしているのだろう。医療はやはり社会的共通資本としてできる限り公平に、無料ないしは安価で提供できるのが理想だ。そのためには新自由主義から抜け出さねばならないし、私たち一人ひとりの意識改革も必須だと思う。

 

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