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2019年7月

2019年7月 6日 (土)

奨学金はどうあるべきか

 山本太郎氏の立ち上げた政治団体「れいわ新選組」は、奨学金徳政令による奨学金チャラを政策の一つとして掲げている。大学あるいは大学院卒業と同時に数百万円、多い人では一千万円近くもの多額の借金を抱えてしまうこと自体が異常と言えるし、様々な事情で返済ができない人も続出しているようだ。以下はこの問題についての私のツイート。

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「れいわ」の政策の一つに「奨学金チャラ」というのがあるが、あれは賛同できない。もちろん大学生が何百万もの借金を抱えたり、低所得の家庭の子供が大学を諦めなければならないという現実は改善しなければならないのだが、「奨学金チャラ」では日本の抱える高等教育の問題は何も解決しない。

大学進学を希望する若者の中には自分が関心を持っている分野をより深く学びたいとか研究職に就きたいという人もいるだろう。しかし、就職のために大卒の学歴を欲しいという人や、大学に行くことで就職を先送りしたいという人も少なくない。要は、学問が二の次になってしまっているのが現状だ。

学費や生活費のためにバイトに明け暮れる学生も少なくないし、就職しても学んだ知識を仕事に生かすことがない人も多い。就職のために高等教育を受けながら、その知識を仕事に役立てられないのでは本末転倒だろう。大学で学ぶことの目的や意義などもはやどこかに行ってしまっている場合が多い。

教育費が原則無料の北欧はどうかというと、大学進学率は50%ほどでそれほど高くはない。大学での勉強はハードで、強い目的意識や動機、結果を出す力が必要になるという。税金で教育費を賄うということはしっかりした人材教育をするということだ。https://www.adecco.co.jp/vistas/adeccos_eye/34/index03.html

日本でも教育費を無料にできればそれに越したことはないが、そのためには北欧のような考え方がどうしても必要だろう。「とりあえず大学」「就職の先送りで大学院」などという状態をそのままにして教育費を無料にしたり奨学金を無料にしたら、とんでもない費用が必要になるし人材育成にも繋がらない。

教育費を無料にするのなら、まずは大学のあり方を見直す必要がある。また中学や高校から就職や進学について学ぶ場を設け、自分に合った道を選択するような教育も必要だろう。社会に出てから必要に応じて学べるようにすることも大事だ。学びたいという意欲がなければ大学で学ぶ意味はほとんどない。

また、国立大学の独立行政法人化も誤りだったとしか思えない。これも元にもどす必要があるだろう。大卒を優遇する企業の求人も見直す必要がある。奨学金の返済で苦しんでいる若者に援助の手を差しのべることは否定しないが、一気に「奨学金チャラ」は拙速というほかない。

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このツイートに対して以下のような返信があった。

最後まで拝読いたしました。松田様の仰る高等教育の問題はその通りだと思います。

ですが、「奨学金チャラ」政策は、松田様がツリーで説明されている高等教育の問題を解決することよりも、今奨学金返済で苦しんでいる人を助けることを第一の狙いとしているのではないでしょうか。

これに対する私の返信は以下。

私も奨学金返済で苦しんでいる人を援助すること自体は否定しませんが、ますは奨学金制度の見直しをすべきではないでしょうか。以前のように無利子にする、返済困難な人には十分な猶予を与える、一定の条件で返済を免除する、貸与の際に返済についての十分な説明をする、高額な貸与を規制するなど。

私も奨学金を借りましたが、当時は無利子で額も決まっていて少額だったので返済も無理はありませんでした。一気にチャラとなると、これから奨学金を借りようと思っている人たちはどういう扱いをするつもりなのでしょう。まさか返済不要の奨学金を希望者全員に支給するということにもならないでしょう。

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 学費や奨学金の無償化は莫大な税金を使うことになる。したがって学歴とか就職の先送りのために「とりあえず大学に進学」というような人の学費や奨学金まで国が負担することにはならないと思う。とは言うものの、できれば高等教育も無償が望ましいので、意識と制度の両方を少しずつ変えていく必要があると思う。

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