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2019年6月

2019年6月29日 (土)

消えゆく野付半島のアカアシシギ

 アカアシシギの繁殖が北海道の野付半島で確認されたのは1972年のこと。その経緯については森岡弘之氏と高野伸二氏によって報告されている。

北海道で発見したアカアシシギの繁殖

 この発見は当時のバードウオッチャーにとってはかなり衝撃的だった。春と秋の渡りの季節に日本の干潟で見られるシギの大半は北極圏などで繁殖するので、北海道で繁殖しているとは思ってもいなかったからだ。

 上記の森岡さんと高野さんの報文によると、アカアシシギは野付半島全体に生息しており、「野付半島だけで少なくとも50~100つがいは繁殖していると思われる」と推測している。

 私もアカアシシギの繁殖のことを知り、1976年に野付半島を訪れている。当時のフィールドノートを引っ張り出してみると、7月14日に尾岱沼から観光船でトドワラ往復、翌15日にはやはり尾岱沼から観光船で野付半島の先端であるアラハマワンドに行き、そこからトドワラまで歩いていた。その頃は尾岱沼とトドワラを結ぶ観光船のほかに、アラハマワンドへ行く観光船が一日一便(朝)あったのだ。トドワラやアカアシシギを見たのは覚えていたものの、半島の先端からトドワラまで歩いたことはすっかり記憶から消えていた。

 フィールドノートの記録では、アラハマワンドから竜神崎までの間で5つがい、竜神崎からトドワラの付け根までの間で3つがい、トドワラの付け根からトドワラの間で1つがいを観察している。また、アカアシシギは沼の周辺の泥地やの草丈の低い草地に生息し、センダイハギやハマナスが生育するような乾いた草原では見られないと書かれている。テリトリー上空を大きな鳴き声を出しながら飛び回っていることが多く、人が近づくと警戒する様子も記されている。つまり繁殖していればかなり目立つ野鳥だ。

 しかし、アカアシシギはその後、減少の一途をたどる。

 中標津町の獣医師である中田千佳夫さんのブログによると、2015年には半島先端の砂嘴とその間に広がる湿地のあるところでしか、鳴き声を聞くことができなくなったという。

 野付半島野鳥観察舎のサイトによると、2016年には竜神崎灯台の近くにある淡水池の周辺で2つがいが繁殖しているとの記述がある。2018年にもアカアシシギは繁殖していたようだ。

アカアシシギの繁殖行動
6月の淡水池

 そんなわけで、竜神崎近くの淡水池周辺では繁殖しているのではないかと期待して26日に出かけてみたのだが、残念ながらアカアシシギの姿を見ることはできなかった。ネイチャーセンターで尋ねてみたところ、今年は半島の先端部で5月に見たという情報があるだけとのことだった。5月であれば渡り途中の個体の可能性もあり、繁殖しているかどうかは分からない。

 1970年代はじめには半島全域でおおよそ50~100つがいも繁殖していたと推測されるアカアシシギは、この4、50年ほどの間に数つがいほどに減少し、もはや風前の灯火だ。ここまで激減した要因は、半島全体が沈降したことで生息適地が減ってしまったこともあるのだろうが、観光客の増加も否めない。

 私がアカアシシギを見た1970年代は半島の道路は舗装などされていなかったし通行する車も限られていたと思うのだが、今はネイチャーセンターには自家用車のみならず大型の観光バスが何台もやってくる。これではアカアシシギが減るのも無理はない。地盤の沈降は自然の摂理であっても、ここまで減ってしまったのはやはり人為的影響が大きいように思えてならない。

 野付半島はラムサール条約の登録湿地であるが、保護の網をかけただけでは野鳥は守れない。せめて人の影響の少ない半島の先端部だけでも繁殖地として存続してほしいと願わずにいられない。

 写真は、現在のトドワラ。立っているトドマツの枯れ木は数本となり、昔の面影はほとんどない。あと何年かしたら、すべて倒れてしまうだろう。「トドワラ跡」になるのもそう先のことではなさそうだ。

P6260010

 

2019年6月19日 (水)

消費税減税・廃止は新自由主義と親和的

 山本太郎氏が「れいわ新選組」を立ち上げ消費税減税・廃止とMMT(現代貨幣理論)を声高に主張するようになってから、ツイッターでは消費税減税の主張が大きくなっている。その理由の一つとして消費税は逆進的であり低所得者に負担を強いるから新自由主義と親和的だという主張があるが、私は逆だと思っている。要は高福祉国家にするなら所得税や法人税だけでは足りず、どうしても消費税が必要になるということだ。これについて6月12日の連続ツイートで説明したので、ここに紹介しておきたい。

********************

消費税が逆進的であり新自由主義と親和的だから減税もしくは廃止すべきだという意見がある。しかし、新自由主義のアメリカは累進的租税負担であり、高福祉国家のスエーデンは逆進的租税負担になっている。これについて、神野直彦著『「分かち合い」の経済学』による解説を以下に引用する。

〈消費税が比例的か逆進的かに結論を出さないにしても、消費税が経済力に応じた課税ではないことは明らかである。つまり、消費税は富める者に、重い負担を与えることはできないのである。〉

〈もっとも、「分かち合い」の「大きな政府」であるヨーロッパ諸国は、消費税の負担が重いことは事実である。逆に「分かち合い」の「小さな政府」であるアメリカは、消費税つまり消費型付加価値税を導入すらしていない。アメリカは所得税と法人税を中心とした租税制度が確立されている。〉

〈図5-4(略)で所得階層別の租税負担を見れば、所得税と法人税のウェイトが圧倒的なアメリカは、累進的租税負担となっている。ところが、スヴェーデンをみれば、逆進的租税負担構造となっている。消費型付加価値税の税率が二五%で、所得税も地方税として比例税率で課税されているからである。〉

〈アメリカとスヴェーデンと租税負担構造を比較して指摘しなければならない点は、すべての所得階層において、スヴェーデンのほうが租税負担が高いということである。つまり、「大きな政府」であれば逆進的で、「小さな政府」であれば累進的にならざるをえないのである。〉

〈「分かち合い」で生きていく社会であれば、貧しい国民も負担し合う。租税さえ支払えば、無償の公共サービスで生活を営むことができる。つまり、「分かち合い」で生きていくことができるからである。〉

〈政府が秩序維持機能しか担わず、自己責任で生きていく社会を目指すのであれば、秩序維持機能の負担は富める者が負担する。それだからこそアメリカは、所得税・法人税中心の租税制度となっているのである。ところが、日本はアメリカと同様に「分かち合い」の「小さな政府」を目指している。〉

〈しかし、自己責任で生きていく社会なので、秩序維持機能の費用は、アメリカのように貧しき物は負担しなくてもよいとは言わない。自己責任で生きていけという一方で、ヨーロッパを見習い、貧しき者も消費税を負担しろという。〉

〈しかし、ヨーロッパは「分かち合い」の社会である。日本は支出では「分かち合いをせずに、租税で消費税を増税しようとしても無理である。もしこれを強行すれば、社会統合が破綻することは目に見えている。〉引用終わり

日本の新自由主義者は政策では新自由主義を取り入れながら税制では富裕層に甘く低所得者からも消費税をとるという選択をした。このまま新自由主義路線をとり続けながらこの税制を続けるのなら、神野さんの指摘のように社会統合が破綻しうまくいかなくなるだろうし、現に不満の声が噴出している。

日本がこれからも政策として新自由主義路線をとり続けるのなら、これ以上の消費税増税は困難になるだろう。現に8%から10%への増税は2回も延期されているし、自民党内でも消費税減税の声が出てきている。消費税減税は「小さな政府」を目指す新自由主義と親和的なのだ。

今、消費税減税を支持している左派の人たちは、日本の新自由主義者が富裕層を優遇し消費税増税で低所得者に負担を押し付けている現実だけを見て、消費税は新自由主義と親和的だと考えているのだと思う。しかし、本来の新自由主義の考え方は神野さんの指摘の通りで、租税は累進的にならざるをえない。

消費税は逆進的だから悪税と一刀両断するのではなく、新自由主義と高福祉国家のどちらを望むかを決める必要があるし、それによってとるべき税制も違ってくる。もちろん新自由主義から高福祉国家へすぐに転換などできないのだから少しずつ変えていくしかないし、私も現時点での消費税増税は賛成しない。

 

 

2019年6月10日 (月)

新葉を噛み切る小蛾類の不思議(3)

 前々回前回の記事で、イタヤカエデとシラカバの葉を噛み切って落とす蛾の幼虫のことを書いた。落下した葉に蛾の幼虫がついていることに気づくと、足元に落ちている新葉が気になって仕方ないのでついつい地面に目をやることになる。そして昨年6月14日のこと、縁が巻かれているケヤマハンノキの葉が落ちているのに気が付いた。

 これはたった一枚しか拾えなかったが、やはり中には蛾の幼虫と思われる小さな幼虫が入っていた。この幼虫は葉脈を残して葉を食べている。

 6月24日にはケヤマハンノキの葉を巻いて糸でかがり、中から出てこなくなった。蛹化したのだと思う。

 そして7月3日に茶色い翅の蛾が羽化した。体長は約6ミリ。これはハンノハマキホソガだった。ほっそりとした体で、独特の姿勢をしている。

 成虫を横から見たところ。
P1080613

 こちらは上から見たところ。
P1080610

 ハンノハマキホソガの幼虫は写真を撮り損ねてしまったが、拾った葉はたった一枚なので幼虫が噛み切って落としたのか、それとも強風など何等かの要因で自然に落下したのかは判然としない。しかし、開葉したばかりの葉がそんなに簡単に落ちてしまうのもちょっと不思議であり、幼虫が噛み切った可能性が高いのではないかと思っている。

 葉柄を噛み切って落とす場合は噛み切った葉1枚だけしか餌にできない。従って、どうしても体の小さいミクロレピしかこういう芸当はできないだろう。あまり気づかれてはいないものの、こんな風に新葉を落としているミクロレピはけっこう沢山いるのかもしれない。

 小さな虫たちの世界はまだまだ知られていないことが多いし、興味は尽きない。

 

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