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2019年2月

2019年2月23日 (土)

財政危機に直面する日本で私たちはどんな社会を求めるのか

 昨年、水野和夫著「資本主義の終焉と歴史の危機」を読み、先日は明石順平著「データが語る日本財政の未来」を読んだ。水野さんは資本主義の歴史を元に、近年は利子率(利潤率)が低下して資本主義は限界に近付いており、将来的に定常経済に移行せざるを得ないとの主張を展開している。また、日本は早急に財政収支を均衡させないと財政破綻をすると警告する。

 一方で明石さんはさまざまなデータを分析し、もはや日本経済はすでに破綻寸前でありこのままでは財政崩壊は免れないと予測する。明石さんは資本主義・新自由主義に関しては一切言及していないのだが、「経済成長すれば何とかなる」という発想で対処しようとしてきたことがこの破綻寸前の危機的財政状況を招いたという考えだし、日本ではもはや経済成長は不可能だと言う。

 現在、日本の国債は1000兆円を超えている。つまり1000兆円以上の借金をしていることになるのだが、水野さんも明石さんもアベノミクスの嘘を指摘した上で、日本は財政破綻に向かっていると言っているのだ。この二冊を読めば、日本が危機的状態にあることは理解できるし、今後どのような道を選択すべきかを否が応でも考えさせられる。

 水野さんは財政破綻しないために日本はどうすればいいか、次のように提言している(193ページ)。
   

 その国債がゼロ金利であるということは、配当がないということです。配当はないけれども、日本のなかで豊かな生活とサービスを享受できる。その出資金が1000兆円なんだと発送を転換したほうがいい。
 そう考えたうえで、借り換えを続けて1000兆円で固定したままにしておくことが重要です。現在は歳出九〇兆円に対して、四〇~五〇兆円の税収しかありませんから、放っておけば、一〇〇〇兆円の借金が一一〇〇兆円、一二〇〇兆円とどんどん膨らんでいきます。そうなってしまったら、先ほど行ったように、日本だけでは国債を消化できず、外国人に買ってもらわなければならない。でも外国人にとって日本国債は会員権ではなく、金融資産にすぎませんから、ゼロ金利では承知してもらえず、金利は上がることになります。それでは財政破綻を免れることはできません。
 今は増え続けている預金も、先ほど述べたように、二〇一七年あたりを境に減少に転じることが予想されています。おそらく今後は、団塊世代が貯蓄を取り崩したり、相続した子供世代が貯蓄にお金を回さないことで、減少圧力は少しずつ強まっていきます。そう考えると、残された時間はあと三、四年しかありません。その間に、基礎的財政収支を均衡にさせることが日本の喫緊の課題なのです。


 水野さんがこの本を書いたのは2014年3月だから5年前のことだ。そして水野さんの言っていたように3、4年の間に国債を1000兆円に留め、基礎的財政収支を均衡にさせることができたかといえば、「ノ―」と言うしかない。安倍政権は財政収支の赤字を増やしてきた。水野さんの指摘が当たっているのなら、日本は財政破綻に向かっているということになる。

 一方で、明石さんは日銀による莫大な国債購入に関して、こう指摘する(159ページ)。

 国債市場においてこれほどのシェアを占めている日銀が国債を買うのを止めたらどうなるか、誰が見ても明らかだろう。こうやって無理やり国債を買い占めているから、金利が低く抑えつけられている。日銀がいなくなれば日本の国債価格が大暴落するのはほぼ確実だろう。そして金利は急上昇してしまう。日銀は今や物価目標すら取り下げてしまったが、相変わらず国債の爆買いは止めていない。もう止められないんだ。


 「止められない」が間違いないなら大変なことになる。日銀が債務超過になり円の信用が失われたら円安になり、円安になれば物価が上がってインフレが止められなくなる。極端なインフレになった場合、社会保障費が追いつかず医療も介護も年金支給も生活保護費も足りなくなる。つまり年金生活者や生活保護を受けているような社会的弱者は生死にかかわってくる。日本のように極端な少子高齢化が進んだ国での極端なインフレは人類にとって初めてのことだという。しかも極端なインフレになれば過去分の借金負担は軽くなるが、将来するであろう借金はどんどん膨らんでいくことになるという。これはどうしても避けたい。

 かといって経済成長は望めない。日本は少子高齢化で社会保障費は増大する一方だが、労働人口は減る一方。莫大な借金を背負った上に少ない現役世代が高齢者を支えるというものすごく大変な状況に突入する。経済成長などをあてにするのは間違いだ。

 とすると財政を立て直すには「増税と緊縮」しかない。増税は国民にとっては確かに大変だが、極端なインフレや預金封鎖、通過崩壊よりもまだましかもしれない。明石さんは国の財政が破たんしたなら「太平洋戦争よりも困難な事態になるのは明らかだ」と言う。

 明石さんはアベノミクスの失敗についても詳しく説明しているが、今年に入ってからアベノミクスの失敗を隠すための統計不正が明らかになってきた。アベノミクスの化けの皮が剥がれてきたのだが、アベノミクスの失敗によって日本は苦境に立たされている。

 健全な財政とは赤字を出さないということだ。しかし、歳出が税収を上回り、その差は大きくなっているのが現状だ。景気回復のために所得税や法人税の減税をしてきたことがその大きな要因だ。その減税の穴埋めのために消費税を導入したが、全然穴埋めにはならなかったのだ。これでは消費税分が社会保障に回るはずがない。少子高齢化で社会保障費が膨らんでいくことは分かっていたのだから、もっと早くから所得税や法人税を上げて借金を減らし財政収支を均衡させねばならなかったのだ。

 世の中は相変わらず成長神話に支配されている。今でも多くの人が「成長」「成長」と口にする。ツイッターで成長を否定するような発言をしようものなら、すぐに反論のリプがとんでくる。冷静に考えたなら、極端な少子高齢化が進む日本ではこれ以上成長が見込めないし、統計偽装でアベノミクス以降のGDPがかさ上げされた疑惑が濃厚になっており、もはや成長など期待できないことは分かると思う。それにも関わらず多くの人が今も成長神話にしがみついている。

 今や世界の1%の富裕層の資産が残りの99%人の資産より多いという異常な事態になっている。この恐るべき格差はまさしく行き過ぎた資本主義、新自由主義がもたらした現実だ。そして自民党政権がやってきたのも大企業や富裕層を優遇する規制緩和や税制であり、非正規雇用の拡大であり、それらによって日本も格差が一気に広がった。

 こんな状態はいつか破綻するだろう。水野氏が指摘するように、もはや資本主義は終焉を迎えているとしか思えない。永遠の経済成長などあり得ないのであり、経済成長至上主義から脱却しなければならない。そしてその後にくるのが定常状態ということになる。水野氏は、資本主義にできるだけブレーキをかけて暴走を抑えつつ、資本主義の後にくるシステムへとソフトランディングさせることが大事だと説くが、その通りだろう。

 さて、このような状況の日本で、私たちは一体どうするのがベストなのだろう。アベノミクスの失敗によって、日本が健全な財政を取り戻せる可能性はかなり低くなってしまった。このまま自公政権が続くなら、おそらくソフトランディングどころではなく一気に財政破綻に向かうのではなかろうか。

 仮に、政権交代が実現したとしてもアベノミクスの負の遺産はあまりにも大きく、新たな政権はその尻拭いのために極めて困難な道を歩むことになるだろう。財政破綻を阻止すべく最大限の努力ができる政党、政治家を選ぶしかない。新自由主義や経済成長至上主義が今の悲惨な現状を招いたのだから、新自由主義論者にはまったく期待できない。かといって国債によって増大する社会保障費を確保し財政出動で景気回復を図るという案もアベノミクスの二の舞になるとしか思えない。しかし野党の中にも経済成長至上主義の人がかなりいるし国債発行を続けても財政破綻はしないという考えの人がかなりいる。

 例えば自由党の山本太郎氏は消費税の5%への減税を提案し、今の安倍政権は緊縮財政だと批判している。

山本太郎「消費税は5%に減税へ。最終的には0%を目指したい」

 もちろん国民にとって消費税減税は有難いが、明石さんの本を読めば所得税や大企業への課税を強化したとしても消費税を減税する余裕など全くないことが分かる。減税というのはあまりに非現実的だ。安倍政権のやってきたことは借金を増やして財政を悪化させたのだから放漫財政であり、これからは緊縮財政にしなければ日本は持たない。それなのに山本氏は安倍政権を緊縮財政だといって金融緩和と財政出動が必要だと主張している。山本氏も成長神話に捉われている。

 この山本氏の主張は「薔薇マークキャンペーン」と重なる。薔薇マークキャンペーンは統一地方選と参院選に向けて「反緊縮の経済政策」を広める運動だ。以下が薔薇マークの提唱する政策(薔薇マーク認定基準)になる。

1.消費税の10%増税凍結(むしろ景気対策として5%に減税することが望ましい)
2.人々の生活健全化を第一に、社会保障・医療・介護・保育・教育・防災への大胆な財政出動を行い、それによって経済を底上げして、質の良い雇用を大量に創出する。(国政候補は「大量失業が続く不況時代には二度と戻さない」と掲げることが望ましい。)
3.最低賃金を引き上げ、労働基準を強化して長時間労働や賃金抑制を強制する企業を根絶し、人権侵害を引き起こしている外国人技能実習制度は廃止する。
4.大企業・富裕層の課税強化(所得税、法人税等)など、「力」の強弱に応じた「公正」な税制度を実現する。
5.(4.)の増税が実現するまでの間、(2.)の支出のために、国債を発行してなるべく低コストで資金調達することと矛盾する政策方針を掲げない。
6.公共インフラのいっそうの充実を図るとともに、公費による運営を堅持する。

 これを読んで賛同する人はそれなりにいると思う。私も社会保障や介護、教育などを充実させることや、賃金を引き上げて労働環境を改善すること、大企業や富裕層への増税強化は賛成だ。しかし、明石さんの本を読んでしまった今、5の国債発行による資金調達と6の公共インフラなどへの財政出動はどうしても賛同できない。結局、国債発行を続けることによって借金を膨らませ破綻に向かうことになるのではないか。成長など見込める状態ではないのに財政出動というのはあまりにも危険だ。水野さんも、日本はすでに経済が需要の飽和点に達しているので、財政出動しても経済成長は見込めないとの考えだ。

 個人的には賃金が上がらない状態での消費税増税はすべきではないと思うが、これから極端な少子高齢化で社会保障費が増大することが間違いないのだから、将来的には消費税増税をしなければとても財政は持たないと思う。

 私には不思議で仕方ないのだが、この国では未だに経済成長やら資本主義に拘り続けている人たちがとても多い。現実を直視するなら、もはや経済成長は限界に近付いているのであり、発想を転換して「成長神話」から抜け出さねばならないだろう。もちろん経済成長が限界に達したからといって、すぐに資本主義から別のシステムに移行できるわけではない。しかし、このまま経済成長を求めつづければ、日本はあまりに危険な道を進むことになるように思えてならない。

 ツイッターを見ていると、国債を発行しつづけても財政破綻はしないという楽観論を支持する人々と、このまま国債発行に頼りつづけたら財政破綻を招くという破綻論を支持する人々に大きく分かれているようだ。大雑把に言うならば、前者は国債発行と財政出動を提案し、後者は緊縮と増税を提案するといった感じだ。どちらを支持するかは、まずは明石さんの「データか語る日本財政の未来」を読んで考えてほしいと思う。

 明石さんは著書の最後にこんなことを書いている。

一つ確実の言えるのは、「先送り」をしてはいけないということだ。先送りではその場しのぎにしかならない。後で必ず痛い目に合う。今まで見てきたとおり、日本は高齢化が進んでお金が沢山必要な国になっている。そのお金は誰かが税金や社会保険料という形で負担しなければならない。いつまでも借金でごまかせるものではないんだ。そういう視点を持たなければ、また同じことを繰り返すことになる。


 野党各党が日本の財政の健全化のためにどのような政策を考えているのかが見えてこないが、国債という借金問題を先送りしてはならないと強く思う。ならば、これ以上金融緩和や財政出動で借金を増やし続けるような政策を唱える政治家を選ぶことが適切だとは思えない。この問題に関しては各自がじっくりと考えてほしい。単に「安倍政権を倒すのが第一」という発想では、財政破綻の歯止めにはならない。

 なお、金子勝氏も金融緩和には反対で増税と緊縮でプライマリーバランスの回復を目指すことで財政の持続可能性を高めるべきだという主張をしている。私もこれに賛同する。

戦後最長景気の先には日本経済破綻の「崖っぷち」が迫っている

2019年2月11日 (月)

早野龍五氏「見解」の嘘で濃厚になった捏造疑惑

 2月8日にOur Planet-Tvが驚くべきニュースを報じた。

千代田テクノルのデータを研究に使用認める~宮崎・早野論文

 第一著者の宮崎氏が、事実を語り始めたようだ。「科学」2月号で7つもの倫理違反が白日のもとに晒され、伊達市や東大の調査も始まった。宮崎氏は事実を語ることを覚悟したように見える。

 著者は伊達市からデータを受け取る前の2015年2月に千代田テクノルからデータを入手し、早野氏はすぐに解析作業をはじめて2015年7月には第1論文の図やグラフがほぼ完成していたらしい。これにはびっくり仰天。

 この記事の最後に掲載されている経緯を引用しておきたい。

2011年 8月      伊達市が千代田テクノルにガラスバッチ による「外部被曝計測」を委託
2012年 8月      伊達市が住民に同意書を送付
2013年 8月      伊達市が千代田テクノルに「データベース構築業務」を委託
2013年10月     伊達市が千代田テクノルに「外部被ばく検査事業集計分析業務」を委託
2014年10月     パリで開催されたIRSNのセミナーに仁志田伊達市長、半沢直轄理事、多田順一郎アドバイザー、早野氏、宮崎氏らが参加。伊達市のビッグデータを解析して論文を書くよう提案を受ける
2015年 1月      宮崎真氏が伊達市のアドバイザーに就任
2015年 2月13日 千代田テクノルが宮崎・早野氏へのデータ提供許可を伊達市長に求める
2015年 2月16日 伊達市長が千代田テクノルにデータ提供を了承
2015年 3月13日 千代田テクノルが「外部被ばく検査事業集計分析業務」成果品を納品
2015年 7月30日 定例打ち合せで、宮崎氏が論文掲載データと同じ図が含まれた資料を提示
2015年 8月 1日 市が福島医大と宮崎氏に研究依頼文書(日付と内容が捏造された可能性)
2015年 8月25日 定例打ち合せで宮崎氏が論文用の依頼文書作成を要望
2015年 9月12日 ICRPダイアログにて早野氏が論文に掲載された図と同じデータを公表
2015年11月 2日 研究計画を倫理委員会に申請
2015年12月17日 倫理委員会が研究を承認

 この経緯から、以下のことが分かってくる。

・伊達市長や著者らがIRSNのセミナーに参加してガラスバッチのデータを解析し論文を書くように提案されたことが論文を書くきっかけ。 → 原子力ムラが大きく関与している。
・伊達市が医大と宮崎氏に論文を依頼する前に千代田テクノルが市長に許可を求めた上で著者にデータを提供。 → 伊達市長の許可で個人情報が流出。
・第1論文の解析が終わって図表が作成されてから倫理委員会に申請・了承。 → 倫理委員会は形だけのものだった。
・早野氏の1月8日付けの「見解」にある「私たちが伊達市から受け取ったデータには同意の有無を判断出来る項目がなく、さらに幾度となく委託元である伊達市側に解析内容を提示した際にも対象者数に関するご意見もなく、適切なデータを提供いただいて解析を行ったと認識しておりました」という説明と一致しない。 → 千代田テクノルから直接データが提供され、それを用いて解析したのだから、この説明自体が嘘。

 これはもう、原子力ムラと伊達市と医大と著者らがグルになっていたという話しになる。しかも、個人情報がそのまま早野氏に提供されたということだろう。委託側と受託側は利益相反の関係であり恣意的な数値操作がなされたとしても何ら不思議はない。

 その後、2月11日になって黒川眞一氏によるまたまた驚くべき記事がハーバー・ビジネス・オンラインにアップされた。

黒川名誉教授緊急寄稿。疑惑の被ばく線量論文著者、早野氏による「見解」の嘘と作為を正す

 何と、黒川氏のレター論文に対し早野氏の方から指摘に一つひとつ答えるのではなくcorrigendum(正誤表、訂正)を提出したいと申し入れ、掲載誌がそれを受け入れていたのだ。ところが、早野氏は「見解」で「正誤表」あるいは「訂正」とは書かず「JPR誌より『修正版を出すように』との連絡を受けました」と書いている。さらに伊達市からデータの再提供を受けて新たな論文を書くことが「修正版」であると説明し、「正誤表」を「別の論文による修正版」へと巧みにすり替えをしたのだ。

 私も早野氏の「見解」に関しては前回の記事で「論文修正に関わる早野氏の欺瞞に満ちた説明」として取り上げているが、レター論文を送った黒川氏本人による早野氏の数々の嘘の指摘は衝撃的だ。

 私は前回の記事で「早野氏が第2論文に対するレターに答えようとしないのは、レター論文のことを知りながら掲載誌がそれを受理する前にデータを(恐らく恣意的に)廃棄してしまったから」と書いた。研究終了の報告書でもデータは10月末で廃棄ということになっているし、早野氏自身が1月8日の「見解」で削除したと記していたからだ。しかし、私は黒川氏のこの記事を読み、早野氏は本当はデータを廃棄していないのではないかと思うようになった。

 早野氏は、掲載誌に対してcorrigendum(正誤表、訂正)で対応したいと申し入れをした。corrigendumというのは誤記などの単純ミスの訂正だ。したがって、論文に単純ミスがあったことを認めそれを訂正すると言っていることになる。さらに「解析プログラム」を見直して被曝線量を1/3に過小評価していたという別のミスも発見している。データを削除していたら、ミスを確認して訂正したり新たな間違いを発見することもできないのではなかろうか? 元データは削除していると言いながら「解析プログラム」は残っているというのも不可解だ。とすると実際にはデータは削除していなかったと考えざるを得ない。

 10箇所もの単純ミスがあったのならあまりに杜撰だが、そもそもそんな多くの単純ミスをするというのは非常に不自然であり不可解だ。データが保存されており、そのミスが誤記や計算間違いなどの単純ミスならば、黒川氏のレター論文に一つひとつ回答できるはずだ。

 こちらの記事では「図の一部に不自然な点があり『線量を過小評価するための捏造が疑われる』」と指摘されている。これらのことかも、単純ミスなどではなく恣意的な数値操作、すなわち捏造によって過小評価がなされたという疑惑はほぼ確定的のように思える。

 宮崎・早野論文問題は宮崎氏の告白と黒川氏の告発によって新たな局面を迎えたように見える。

2019年2月 2日 (土)

宮崎・早野論文の驚くべき不正と隠蔽(訂正と追記あり)

 岩波の「科学」2019年2月号に、高エネルギー加速器研究機構名誉教授の黒川眞一さんと福島県伊達市民の島明美さんによる「住民に背を向けたガラスバッチ論文 -7つの倫理違反で住民を裏切る論文は政策の根拠となり得ない」という論文が掲載された。問題にしているのは2016年12月および2017年7月にJournal of Radiological Protection誌に掲載された宮崎真氏と早野龍五氏の二つの共著論文である。

 この宮崎・早野論文では「同意のないデータが使われていた」ことが明らかになりマスコミでも報道された。黒川氏らは伊達市への情報開示請求によって入手した資料を精査し、宮崎・早野論文は文科省と厚労省が定めている「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」と照らし合わせて7つもの倫理違反があると驚愕の指摘をしている。

倫理違反と不正の数々

 7つの倫理違反として挙げられているのは以下だ(本文より引用)。

1 医大の研究に自分のデータを提供することに同意していない伊達市民のデータを使用していること
2 研究を実際に始める前に、研究対象者である伊達市民に研究内容を公知せず、同意撤回の機会を与えなかったこと
3 伊達市長室から論文作成を依頼されたことを隠していたこと
4 研究が倫理審査委員会による審査を通り学長による承認を得る前に、伊達市民のデータが宮崎氏と早野氏に提供され、このデータを使った研究発表が早野氏によって行われていること
5 研究計画書に書かれている内部被曝線量と外部被曝線量の相関を調べる研究を発表せず、研究を終了したこと
6 研究終了報告書に研究計画書には書かれていない研究を成果として報告していること
7 倫理指針がデータをできるだけ長期保管するようにと定めているのにもかかわらず、前データを研究終了時に破棄していること

 詳しくは論文をお読みいただきたいが、とりわけ重要と思われる5~7に関して以下に取り上げるとともに、疑問に思うことなどを記しておきたい。

第3論文を書かずに不都合な事実を隠蔽か

 研究計画では4つの予測がなされており、そのうちの3つは第1論文と第2論文として公表された。しかし「個人の外部被ばく線量と内部被ばく線量との間には相関がない」との予測がなされていた研究(第3論文として公表予定)は公表されなかった。その代わりに解析結果を利用した別の論文を公表することで委託業務を終了させたのである。なぜそんなことをしたのか。

 黒川氏らが情報公開で入手した資料中に書かれていた文書をGoogle検索して、伊達市のホームページ上で見つけを読み込んで検討したところ、外部被ばく線量と内部被ばく線量との間には明らかな相関を認めたという。つまり計画段階での予想とは異なる結果が得られていたことになる。また、2011年と2012年の4,3261人の受検者のうちセシウム検出率は子どもを含めて9.4%あり、4000人が検出限界以上の内部被ばくをしていたとのこと。4000Bq超、6400Bq、5700Bqの内部被ばくが検出された市民がいることも分かった。

 こうしたことから黒川氏らは「第3論文を発表しない本当の理由は、外部被曝線量と内部被曝線量の間の相関がはっきり表れたためであり、2015年になっても数千Bqの内部被ばく者が存在するためと考えられる。伊達市から内部被曝線量のデータを受け取りながら、都合が悪い結果がでたときは論文を発表しないことは研究倫理に反して言わざるを得ない」と指摘している。これは看過することのできない事実の隠蔽であり不正だ。

 研究計画に掲げた論文を提出せず、計画になかった別の査読付き論文を研究成果として提出するという形をとったのは、第3論文を別の論文で代替することで不都合な結果を隠蔽したい、という意図があったとしか考えられない。

黒川氏のレター論文を知って慌ててデータ廃棄か?

 データの廃棄に関しても不可解なことが多々ある。

 黒川氏は論文掲載誌にレター論文を送っているが、この経緯に関しては横川圭希氏がツイッターで説明しており、以下のtogetterの「黒川レターへの早野龍五氏らの反応の時系列」にまとめられている。

「宮崎真・早野龍五論文」掲載「Journal of Radiological Protection」のコメント・リプライの手順について(2019.1.11作成) 

 横川氏によると、黒川さんがレター論文を送ったのは2018年8月。9月には宮崎・早野両氏に届いているとの返答が黒川さんにあった。黒川さんがご病気のため12月の半ばに回答をもらうことになっていたが、回答がないために年末にレターを公表とのこと。

 黒川氏らが開示資料を調べたところ、研究計画書では2018年11月末に研究終了としているのに、どういうわけか2018年10月23日に研究終了報告書が提出され、10月末に研究を終了しデータが廃棄されたことが分かった。計画より1カ月も早く研究を終了しデータを廃棄しているのだ。

 伊達市議の高橋一由議員が9月4日の市議会でレターのことに言及しており(追記参照)、横川氏の説明のとおり早野氏が9月中にレター論文のことを知っていたのなら、研究終了を1カ月繰り上げて10月末にデータを削除してしまうというのは訳がわからない。自分の研究に疑問が呈されている以上、それに対する返答のためにデータを保存しておかなければならないのは自明だ。

 これらのことから、早野氏は自分の論文に不正がありレター論文に答えられないためにレター論文の受理(受理は11月16日)に先立って研究を終了させ、データを削除してしまったのではないかという疑惑が生じる。もしそうであるなら、データ削除によって不正の発覚から逃れようとしたことになる。

 データを廃棄してしまえば研究不正があった場合にも検証をすることができなくなる。しかも研究終了と同時のデータ廃棄は倫理指針、学術会議の「科学研究における健全性の向上について」、文部科学省の「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」のいずれにも反する。東京大学教授の早野氏がこうしたことを知らなかったとは考えられず、恣意的な削除だったのではないかという疑惑が深まる。

論文修正に関わる早野氏の欺瞞に満ちた説明

 一方、早野氏は2019年1月8日にツイッターに文書を公表して黒川氏のレターに触れるとともに新たに発見したミスおよび今後の対応についての見解を表明した。この早野氏の文書の概要は以下のようになる。

 11月16日に掲載誌から連絡があり、黒川氏のLetterにコメントをするように求められた。そこで解析プログラムなどを見直したところ、黒川氏の指摘とは別の重大な誤りに気付いた。11月28日に掲載誌に「重大な誤りを発見したので、Letterへのコメントとともに論文の修正が必要と考える」との申し入れをした。これを受け、掲載誌は12月13日に早野氏に修正版を出すように求めた。2018年12月14日に筆者らの二本の論文に不同意のものが含まれていることを報道によって知った。しかしデータを削除してしまったので修正版を出すためには伊達市から同意の得られている方のデータをあらたに提供してもらわなければならない。

 早野氏のこの説明は欺瞞に満ちている。

 早野氏の言う「修正版」は第二論文の修正にはならない。なぜなら、第二論文でつかったデータとは異なるデータを取得して解析をやり直し論文を全面的に書き直す、すなわち新たに論文を書くと言っているのだ。しかし黒川氏のレター論文は宮崎・早野論文の第2論文に対するものであり、掲載誌が著者に求めているのも第2論文の修正だ。早野氏の説明は「修正」について誤魔化しているとしか思えない。

 いずれにしても第1と第2の二つの宮崎・早野論文は多数の倫理違反や不正が明らかになっているわけで、この二つの論文はもはや取り下げをするしかない。

 早野氏は毎日新聞の取材に対し「伊達市から同意のあるデータの再提出を受けられなかった場合、両論文の撤回もやむを得ない」と述べている。しかし伊達市から同意のあるデータの再提出が受けられなかった場合は新たな論文が書けないということであり、第1および第2論文の撤回の理由にはならない。

 以上のことをまとめると、早野氏が第2論文に対するレターに答えようとしないのは、レター論文のことを知りながら掲載誌がそれを受理する前にデータを(恐らく恣意的に)廃棄してしまったからであり、論文を撤回しなければならない本当の理由は倫理違反や不正ということであろう。早野氏はそれを隠して「伊達市が同意のあるデータを再提出しない」と、伊達市のせいにしようとしているのだ。

はじめに結論ありきの研究計画

 予定されていた第3論文を公表しないことで不都合な結果を隠蔽したことから、この一連の研究自体が「はじめに結論ありき」でスタートしていたことが分かる。線量を過小評価するために恣意的な数値の操作が行われていたのであれば、過小評価ははじめから予定されていたと言えよう。研究終了と同時にデータを廃棄し黒川氏のレター論文に回答しないのは、そうした不正を隠すためとしか考えられない。

 それにしても多数の矛盾点や疑問が指摘されるような論文が査読を通ってしまったことも驚きだ。学術雑誌の査読がこんなに杜撰であるなら、論文不正は他にもあるのではないかと疑問が湧く。

 宮崎・早野論文が掲載されたJournal of Radiological Protection誌はヘルシンキ宣言(ヒトを対象とする医学研究に関わる医師、その他の関係者に対する指針を示す倫理的原則)を全面的に支持するとしているのだが、宮崎・早野論文はこのヘルシンキ宣言に反しており、そもそも「刊行のために受理されるべきではない」論文なのだ。

 宮崎・早野論文の倫理違反や線量の過小評価、計算ミスはきわめて悪質であり、科学史上に残るスキャンダルだ。マスコミが大きく報じないほうがおかしい。

責任者は誰なのか?

 ところで、宮崎・早野論文は第一著者(共著の論文で第一番目に名前が記される著者で、研究や執筆に最も貢献度が高い)が宮崎氏で第二著者が早野氏だ。Our Planet-Tvのこちらの記事によると、この論文によって宮崎氏博士号を取得したと書かれている。ならば第一著者が宮崎氏になるのは当然であり、宮崎氏はこの論文の内容を最も理解し最終的な意思決定を下した者と理解できる。第二著者である早野氏は東大教授として宮崎氏の研究の指導にあたる立場といえよう。

 従って、黒川氏のレター論文に答える立場にあるのは宮崎氏ということになる。ところが黒川氏のレター論文に関して見解を公表しているのは早野氏だ。早野氏は1月8日の文書で「主としてデータ解析を担当した早野の見解を述べさせていただきます」と書いているからデータ解析をしたのは早野氏だしその内容を最も理解しているのも早野氏であろう。

 上記のOur Planet-Tvの記事に掲載されている情報公開の資料を見ると、この研究の責任者は福島県立医大放射線健康管理学口座の大津留晶教授となっている。伊達市から研究の委託を受けた責任者は大津留氏だ。宮崎氏は大津留教授と同じ講座の助手であり部下にあたる。そして分担研究者(データ分析)として東大教授の早野氏の名前が書かれている。研究場所も東京大学になっている。

 データを解析したのが早野氏ならば、宮崎氏はデータの解析や論文執筆にどの程度の貢献をしたのだろう? もしデータ解析や意思決定にあたって早野氏の方が主導権を握っていたのなら、第一著者は早野氏にしなければならない。しかし、そうしてしまったら宮崎氏の学位論文にはなり得ない。このあたりのことも矛盾しており不可解としかいいようがない。

 これは単なる私の想像だが、宮崎氏は上司である大津留教授から学位の取得と昇進を持ちかけられてこの研究に関わったが、実質的にデータ解析を行い執筆の主導権を握っていたのは早野氏だったのではなかろうか?

 「人を対象とする医学研究に関する倫理規定」や「ヘルシンキ宣言」についても、医大の教授である大津留氏が知らなかったとは考えにくい。知っていながら、倫理違反に目をつむったということはなかったのだろうか?

 黒川氏と島氏の論文で、宮崎・早野論文の倫理違反や不正は揺るぎないものになった。宮崎・早野論文はもはや取り下げるしか選択肢はなく、宮崎氏は学位を失うことになるだろう。場合によっては失職もあり得る。しかし宮崎氏はこの研究に関しどこまで主導権を握っていたのだろうか? この数々の倫理違反や不正に関する責任は誰にあるのか、明らかにする必要がある。

 東京大学は伊達市民からの申し立てによって調査を進めていると思うが、こうした責任問題についてもきっちりと検証して事実を明らかにしてほしい。

 なお、黒川眞一氏による宮崎・早野論文の日本語訳は以下で読むことができる。

【第1論文】
パッシブな線量計による福島原発事故後5 か月から51 か月の期間における伊達市民全員の個人外部被曝線量モニタリング: 1. 個人線量と航空機で測定された周辺線量率の比較
【第2論文】
パッシブな線量計による福島原発事故後5 か月から51 か月の期間における伊達市民全員のたいする除染の効果の検証

黒川氏による宮崎・早野論文(第1論文)の問題点の指摘は以下のWEB RONZAに掲載されている(一部有料)

被災地の被曝線量を過小評価してはならない

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【2月3日 訂正と追記】

 記事中の横川圭希氏のツイートに誤りがあるとの指摘があったためその部分に取り消し線を引いた。レター論文に関する経緯は以下の通りである(黒川氏に確認)。

2018年8月17日掲載誌にレター論文投稿、11月16日“is ready to accept”(著者の応答を待ち、批判的レターと著者からの応答を論文誌に同時に掲載する)となった。12月末になっても著者から応答がなく、2019年1月1日に arxiv.org に掲載された。

 なお、9月4日の伊達市議会で高橋一由議員が宮崎・早野論文について追及した。議事録は以下参照。  

伊達市 平成30年 9月定例会(第5回)議事録

 高橋議員は住民の同意・不同意について質問したほか、データを破棄しないように申し入れ、市側も「データベースはしっかりと保持して、分析していきたいというふうに考えております」と答弁している。しかし、島氏が伊達市に開示請求したところ「事実上不存在」との回答があったとのこと。議会での答弁と一致していない。データには同意・不同意の欄があるので、これを削除してしまえば倫理違反の証拠を消すことができる。

 また高橋議員は黒川氏のレターにも言及しており、市政アドバイザーでもある宮崎氏は9月に黒川氏が宮崎・早野論文に批判的レターを上げたことを知ったと考えられる。著者らが今後、倫理違反が追及されることを恐れ、あるいは黒川氏の批判的レターのことを知って研究終了を繰り上げ、不都合なデータを削除したという疑惑は消えない。 黒川氏のレターに言及している質問部分を以下に引用しておく。

◆16番(高橋一由) ぜひそのようにお願いしたいと思います。  それから、研究計画書にも書いてあるのですが、市民に周知するべき論文を日本語に直して、市民に提示することが大事なのではないかと。我々だって全然知らないまま、どういう中身なのかもわからなくて、伊達市がお願いした論文が世の中に出回るのですね。そうすると、それはやはりかなりインターネット上でも検索されていることがわかっているし、これがひとり歩きしていって、最終的に伊達市のせいになどされると困るので、実は、黒川眞一氏は批判のレターを上げています。ですからそのこともどういう結果になるかということもちゃんと見守って、正しい論文にしていく必要があるだろうというふうに思っていますから、今のデータ保持は重要になりますので、どうぞぜひよろしくお願いしたいという思いです。


【2月4日追記】

 一部の説明に不正確なところがあったので、加筆修正した。

 2月4日にハーバー・ビジネス・オンラインに掲載された牧野惇一郎さんの記事も紹介しておく。

宮崎早野論文を、「削除はするが問題はない」とした放射線審議会の異常さ

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