« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »

2017年12月

2017年12月29日 (金)

非を認めない人の行く末

 現実世界でもネットの世界でも、自分の過ち(事実誤認も含む)、落ち度、不適切な言動などを決して認めない人たちが一定程度いる。

 このような人たちは二つに分けられる。ひとつは自分の言動が間違っている(あるいは不適切である)ことが分かっていながら、自分の非を認めたくないためにいろいろな言い訳をして自己正当化してしまう人だ。自分を良く見せるために、あるいは嫌われないために、自己正当化せずにはいられないのかもしれない。

 このような人たちが過ちを指摘されて窮地に陥ると、しばしば自己正当化のために嘘をつく。そしてその嘘を隠すためにさらに嘘をつくという悪循環に陥ることもある。

 あるいは、自分は被害者であり他の人が悪いのだと言い張ったりすることもある。特にネットの場合は自作自演で一人で何役もやって自己正当化する人がいる。さらに、自己正当化のために自分を信頼している人を利用する人もいるから要注意だ。

 自分には非がないと言い張り、嘘をついたり自作自演で誤魔化したり、自己正当化のために他人を利用したらどうなるか。それを見ている多くの人はその人の嘘に感づいてしまい、離れていってしまうだろう。利用された人は、自分が利用されたことに気づいた時点で去っていくだろう。結局、信頼関係を失い孤立することになりかねない。

 もう一つは、第三者から見れば事実誤認をしていることが明らかであるにも関わらず、当人はまったくそう思っていない人だ。いわゆる思い込みの激しい人で、自分の考えこそ正しいと信じ込んでいて他人の指摘など一切聞き入れない。第三者がどれほど丁寧に誤りや勘違いを説明しても、理解できない。理解できないというより理解する気がないといった方が正しいかもしれない。いわゆる「バカの壁」状態になっている人だ。

 このような人は、時として過ちを指摘した人たちを恨んだり敵視して攻撃したりする。自分は間違っていないと思い込んでいるので、自分の間違いを指摘したり批判する人こそ加害者であり、自分は被害者だと主張することもある。状況を俯瞰することができず自分を客観視することができない人がこのような状況に陥りやすいように思う。

 人は誰しも不完全であり、誰しもが過ちを犯したり勘違いをしたり思い込みをする。もちろん間違いをしないように注意しなければならないが、それでも間違ったり思い込みをするのが人間だ。そのときとるべき最善の方法は、速やかに過ちを認めて訂正し、もしそれで他人に迷惑をかけたのなら謝罪するしかない。そして、その経験をもとに同じ過ちを繰り返さないようにする。それが自分の過ちに対する責任の取り方だ。

 しかし非を認めなかったらどうなるか。それは責任を取らないということなのだが、責任をとらなければ批判されたり信頼を失うことになる。嘘に嘘を重ねれば信頼を損なって人が離れていく。自明のことだ。

 自分の非を認めないというのは、おそらく自分を良く見せたい、あるいは嫌われたくないという心理からきている。自己顕示欲や承認欲求の強い人がこういう状態に陥りやすい。

 強い思い込みによって自分の非や事実誤認に気づかない人も同じで、第三者から事実誤認を指摘されても聞き入れずに突っ張っていたら、やがて愛想を尽かされ信頼を失ってしまうのではなかろうか。このような人は、「白黒思考」や「べき思考」の習慣がついている人に多いように思う。だから、一度はまり込んだ自分の考えから一歩も外に出ようとはしない。

 いずれも、子どもの頃に自分自身で身に付けた性格(考え方)が「非を認めない」「過ちに気づけない」という状況を作りだしているのだろう。そして、残念ながら多くの人は一度身に付けた性格を手放そうとしない。その方が都合がいいと信じてそういう思考を身につけてきたのだから、簡単に手放すことができないのだ。

 でも、大きな失敗は人を根本から自分を変えるきっかけになることがある。自分の非を認めないことで失敗を経験した人は、次からは自分の非を認めて訂正すればいいのだ。思い込みによって失敗した人は、次からは「自分は思い込みをしているのではなかろうか」と疑い物ごとを俯瞰的に見るように気をつけ、第三者に相談したりアドバイスを求めるなどすることで思考の偏りを修正することは可能だ。

 もちろん、自分がそういう意識を持たない限り自分を変えることはできないが、もし自分を変えることさえできれば、今までよりずっと心穏やかに生きられるに違いない。今までのやり方を続けるのは容易だが、それを180度変えるのはとても勇気がいる。しかし勇気を持たない限り、同じ失敗を繰り返し不幸の悪循環に嵌ってしまう。

 さて、政治の世界でも自分の非を決して認めない人がいる。いうまでもなくその筆頭は安倍首相だ。そして安倍首相は間違いなく前者のタイプ(非を知りながら認めない)だ。森友学園、加計学園をめぐる疑惑を何が何でも誤魔化そうとして躍起になっている。安倍首相を擁護する取り巻きの人たちは、安倍首相の非を知りながらも自己保身のために彼を支え続けてしまう。数の力、権力によって存続しているのが安倍政権の実態だ。

 嘘と誤魔化しと権力で強引に保っている政権は、いつか国民に愛想をつかされるだろう。信頼を失った政権はやがて崩壊する。崩壊する前に何としてでも憲法改悪をするというのが今の安倍首相の考えているころだろう。できるだけ早く憲法を変え、国民から基本的人権や表現の自由を奪って独裁体制をつくりあげることが安倍首相の悲願に違いない。

 これを防ぐためには国民が「バカの壁」状態になってはならないということだ。安倍首相の目的を見抜き、アベノミクスの嘘を見抜き、改憲にノ―を突きつけるしかない。

2017年12月16日 (土)

破局噴火と原発

 12月13日に、広島高裁は四国電力伊方原発3号機の運転差し止めを命じる決定をした。原子力規制委員会の策定した「火山影響評価ガイド」では原発から160キロ内にある火山を対象に、火山活動の可能性や噴火規模を推定し、原発稼働時の安全性を評価するように定めている。推定できない場合は、過去最大の噴火規模に照らし火砕流などの影響を評価するように確認している。

 伊方原発は熊本県阿蘇カルデラから約130キロに位置しているので、「火山影響評価ガイド」に従って火山活動の可能性や噴火規模を推定しなければならない。高裁は、阿蘇カルデラの約9万年前の破局噴火による火砕流に言及して、立地に適さないとした。今回の決定は「画期的」「歴史的判決」などと評価されているが、火山影響評価ガイドに照らし合わせたごく当然の判断だろう。この当然の判決が「画期的」ということは、今までの原発訴訟がいかに科学をないがしろにしたものだったかを物語っている。

 川内原発の火山影響評価で九州電力および規制委が「運用期間中(核燃料が存在する期間)に、設計対応不可能な火山事象によって、本発電所の安全性に影響を及ぼす可能性について十分小さい」と判断してしまったことの方が妥当性を欠く。これは科学を無視した「再稼働ありき」の結論だ。

 今回の広島高裁の決定に対し、ツイッターなどでは、阿蘇カルデラの破局的噴火を想定するなら原発より九州が壊滅状態になることの方が重大事だという意見が散見されて驚いた。

 確かに破局噴火が起きれば、九州どころか日本が壊滅状態になりかねない。具体的にどんな状態になるのか。神戸大学海洋底探査センター巽好幸教授の記事が参考になる。

最悪の場合、日本喪失を招く巨大カルデラ噴火 

 「巨大カルデラ噴火」「破局噴火」などと呼ばれる大規模噴火で直近のものは7300年前の喜界カルデラ噴火だが、この噴火は南九州の縄文人を絶滅させ、火山灰は東北地方にまで達したという。そして巨大カルデラ噴火は今後100年間に約1%の確率で発生するとされている。早い話し、いつ起きてもおかしくないということになる。2万9000年前に鹿児島湾を作った姶良カルデラ噴火を参考に、九州中部で巨大カルデラ噴火が起きたと想定するとどうなるか。

数百℃の高温の火砕流は2時間以内に九州のほぼ全域を焼き尽くし、関西では50センチメートル、首都圏は20センチメートル、そして東北地方でも10センチメートルの火山灰が降り積もる。ここで重要なことは、10センチメートル以上の降灰域では、現在のインフラシステム(電気・水道・ガス・交通など)は全てストップすることだ。つまり、この領域に暮らす1億2000万人の日常は破綻する。しかもこの状況下での救援活動は絶望的である。

 ここまでの規模にならないとしても、九州の部分的な壊滅はあり得るし、偏西風によって火山灰が四国や本州に流されることを考えれば、被害面積は相当なものになるだろう。農地は火山灰に覆われ、日照も妨げられるから食糧危機にもなる。果たして日本人がどれだけ生き残れるかという状況になるかもしれない。

 巨大カルデラ噴火そのものだけでも大変なことになるが、火砕流が原発を襲ったらどうなるのか? 「川内原発を襲う、カルデラ噴火【日本壊滅のシナリオ】」という記事ではこんなことが指摘されている。

「数百度の熱を帯びた火砕流が川内原発敷地内まで到達する可能性があります。そうなれば、原発自体が破壊されるのはもちろんのこと、原発作業員も全員火砕流でやられてしまいます。火砕流と放射能で、外部から救助にも原発の収束作業にも入れないという恐ろしい事態になってしまうのです」

「噴火に伴う原発事故の場合、火山灰に放射性物質がくっついて、風に乗って全国に降り注ぐことになります。しかもカルデラ破局噴火の場合、日本最大の地上の火山である富士山と同じくらいの体積の降下物が飛散します。それだけの降下物が放射能を伴って日本中に降り注ぐ可能性を考えないといけません」

 手のつけられなくなった原発がメルトダウンし暴走を始めるのは目に見えている。福島第一原発の事故では格納容器が破損したものの形は留めており作業員が懸命に被害の拡大を防いだ。しかし、高熱の火砕流が襲ったら格納容器も燃料プールも破壊されて大量の放射能をばら撒くだろう。そして、とめどなく放出される放射能が火山灰とともに偏西風に乗って日本中に拡散され続けるのだ。飛行機も飛べないし、なす術がない。福島の事故とは比べ物にならないような汚染が広がるだろう。

 九州には巨大カルデラが複数あり、160キロ以内に川内原発、玄海原発、伊方原発がある。これらの原発が1基メルトダウンしただけでも恐ろしいが、同時に複数の原発が破壊されることもあり得る。それだけではない。日本中に火山灰が降り注ぎインフラシステムがダウンしたら日本列島の他の原発も制御できなくなる可能性がある。考えただけでも恐ろしいが、日本列島は死の島になるだろうし世界中が深刻な放射能汚染にさらされるだろう。

 いつかは分からないが破局噴火は必ず起きる。これまでは地震や噴火の静穏期にあったが、今は活動期に入ってきていると言われている。とするなら、破局噴火の時期はそう遠くないかもしれない。そのときに原発が巻き込まれるか否かで難を逃れて生き残った人たちへの影響が大きく異なってくることは間違いない。

 利己的な人間は、しばし自分の生きている時代のことしか考えない。自分が生きているうちには破局噴火などないだろうと他人事のように考えている人が大半だと思う。だからこそ地震大国・火山大国である日本に54基もの原発建てられてきた。しかし、2011年にマグニチュード9という超巨大地震が日本を襲い、福島第一原発は3基もの原子炉がメルトダウンし、今も収束の目途は立っていない。私自身、生きている間にこんな巨大地震が日本を襲うなどとは考えたこともなかったが、それがいかに甘い考えだったかを痛感した。

 プレートの縁に位置する日本では、巨大地震や巨大津波、巨大噴火がいつ起きてもおかしくない。そして、その度に原発事故に怯えなければならない。もはや原発がなければ電気が足りないなどという主張が幻想であることははっきりしている。それにも関わらず原発にしがみつき、国土のみならず世界中を放射能汚染させてしまうのなら、あまりに利己的で無責任というほかない。  

人類はいつか必ず起きる破局噴火を防ぐことはできない。ならば、自然災害に伴って世界中に放射能をばら撒く愚かなことだけは何としてでも防がなければならない。そのためには一日でも早く原発を停止して廃炉にするしかない。あとは(破局噴火は手に負えないとしても)できる限り大噴火の予知に努め、被害を最小限に食い止める工夫と努力をするしかないだろう。

« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »

フォト

twitter

2018年6月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のトラックバック

無料ブログはココログ