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2017年8月 4日 (金)

エピジェネティクスから見えてきた貢献感と健康

 先日、近藤誠氏の「医者に殺されない47の心得」という本を読んだのだが、近藤氏によると血圧もコレステロールも高い人ほど長生きするというデータがあるそうだ。日本では生活習慣病の予防として血圧やコレステロール値を下げることが大事だと盛んに喧伝されている。近藤氏の言うとおり、血圧やコレステロールが高い人の方が長生きする人が多いなら、高血圧や高コレステロールが生活習慣病の原因とは言い切れない。

 私はもともと検診に関心がないのだが、癌の発症に関してもエピジェネティクスが関わっていることを知って以来、精神的に健康な人ほど病気になりにくいのではないかと考えるようになった。環境が遺伝子のスイッチの切り替えに関わっているのなら、「精神の健康」「幸福感」という心理的環境も病気などのスイッチに関わっていても不思議ではない。それが事実なら、単に血圧やコレステロール値などに気をつけていれば病気のリスクを減らせるということにはならないし、近藤氏の主張も納得できる。

 実は、こうしたことを裏付ける研究がある。

環境と遺伝子の間:あなたのエピジェネティクスは常に変化している 

 この記事で私が特に興味深いと思ったのは、「深層心理が免疫細胞のエピジェネティクスに変化をもたらす」という指摘だ。重要な部分を以下に引用しよう。

この結果によると、強い孤独感は、心臓病、アルツハイマー病、関節炎など、炎症を伴う病気のリスクを上昇させ、さらにウイルス性の風邪などにかかりやすくなることを示唆している。面白いのは、「どれだけ社会から疎外されているか」という客観的な事実ではなく、「本人がどれだけ孤独を感じているか」という主観的な感情のほうが免疫細胞との関連性が強かったことだ。

 ここで言う孤独感とは、友人や知人との交流が少ないとか、一人暮らしをしているといった単純なことではなさそうだ。友人が少なくても、あるいは一人暮らしをしていても、本人が孤独を感じていないということもある。たとえば公益性のあることにこつこつと取り組んでいるとか、公益目的に情報を発信しているというような人は、孤独感はあまりないかもしれない。たとえ多くの人に囲まれて暮らしていても、周りの人から受け入れてもらえずに寂しさを感じていれば、たぶん孤独感が強いということなのだろう。自己中、あるいは独裁的な人ほど人と他者と深い信頼関係が築けず、孤独感が強いと言えるのかもしれない。

幸福の種類によって免疫細胞の遺伝子スイッチが変化するのはにわかに信じがたいが、コール博士らが研究で得た結果とはそういうものだ。物欲を満たすことや、おいしいものを食べるという行為で得られる短期で浅いHedonicな幸福では、免疫細胞が活性化するどころか孤独感を感じているのと同じようなエピゲノムのパターンが見られた。逆に社会に貢献することで人生に意味を見出すような、深い満足感を伴うEudaenomicな幸福感では、炎症反応に関連する遺伝子が抑えられ、抗ウイルス反応に関連する遺伝子はより活性化されていた。

 この結果は非常に興味深い。目先の欲求を満たすことで得られる快楽主義的、自己満足的な幸福感は、孤独感を感じている人と同じような変化を免疫細胞にもたらすというのだ。つまり、病気のリスクを高めるように働くという。

 これに対し、社会や他者に貢献したり、よりよい人間に成長するために挑戦することで得られる幸福感は、病気になるリスクを低下させるという。

 この結果に「真の幸福感」とは何かが示されていると思う。つまり、つまり物欲によって得られる快楽や自己満足による快楽は、真の幸福とは言えないのではないかということだ。ファッションや化粧で自分を飾ることで得られる満足感なども同じではないかと思う。自分の欲求が満たされればそのときは満足感があるだろうけれど、それはずっと続くわけではない。有名になったりお金持ちになれば必ず幸せになれるとは言えないのと同じだ。

 このような浅い幸福感は、元をただせば私利私欲や損得勘定からきている。自分の利益だけを求めるところに真の幸福感はないというのは、感覚的にも理解できる。

 これに対し、社会や他者に貢献することは、私利私欲や損得勘定とは無縁のものだし、利他行為といえよう。

 人類は集団をつくり、仲間と協力して生き延びてきた。狩りをするにも外敵から身を守るにも仲間との協力が必要だし、得られた食糧も集団内で均等に分けなければ集団生活はうまくいかない。子どもや高齢者などの弱者を守るのも集団生活をしてきた人類の特徴だ。集団内で独善的にふるまっていたら仲間から信頼されないし、うまくやっていけない。こうした共同体での協力関係こそ貢献感の源であり、人はそこに自ずと幸福を感じるのだと思う。だからこそ、利他行為は病気への耐性を高めるように進化してきたのではなかろうか。

 ここで言う「貢献感による幸福感」こそ、アドラーの唱える「共同体感覚」なのだろうと思う。また「孤独感」とは、「共同体に所属できていない」ということではなかろうか。このエピジェネティクスに関する研究は、アドラー心理学が正しいことを裏付けているように思える。

 近年は競争社会や格差の拡大によって、人々がいがみ合うようになったと実感している。他人と競争し相手を蹴落として優越感に浸ろうとしたり、復讐しようとする心理は、共同体感覚とは対極にある。他人を貶め叩くことで満足感を得ようとする行為も同様で、真の幸福感とは正反対のものだろう。このような心理状態の人は精神的に健康とは言えないし、決して幸福になれないばかりか病気のリスクを自ら高めているのかもしれない。

 怒り、イライラ、憎しみなどといった感情は、自分の意志にかかっている。怒ったりイライラしたり他者を憎んでも、目の前の問題を解決するためには何の役にも立たないどころか人間関係を悪化させるだけだ。そのことを理解すれば、怒りもイライラも憎しみも消えるし、感情的にならなければ冷静に問題解決方法を探ることができる。「真の幸福感」も「健康」も、自分自身が決めている部分が大きいのかもしれない。

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