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2017年2月 6日 (月)

サハリン紀行(2)

サハリン紀行(1) 

 2日目は西部に出かけた。アニワの海岸では一人、皆と反対方向をうろうろしてイソコモリグモを探したが見つからない。露頭見学中にクモを採集するが、ハラビロアシナガグモ、スジシャコグモ、ウスリーハエトリ、ナカムラオニグモ、ウヅキコモリグモなど北海道でおなじみのものばかりだ。見学地に着くといつも皆と違うところをうろうろしている私を、セルゲイ氏はいつも気にかけてくれているのが分かる。なるべく皆から見えるところにいなければならない。

 8月という季節から考え、キバナオニ(黄色)、ニワオニ(橙色)、アカオニ(赤色)の3色のクモが溢れていると思ったのだが、予想は外れた。キバナが圧倒的に多く、ニワとアカはなかなか見つからないのだ。そういえば北海道でもキバナが圧倒的に多いから、そんなものなのかも知れない。もっともクモを探す時間が少ないので、時間をかけて探せばもっといるのだろう。北海道でもおなじみのナカムラオニグモは草地の普通種だ。

 サハリンでは、平地にベニヒカゲ(蝶)が舞っている。ネベリスクのバザール(自由市場)では、オオモンシロチョウを捕まえた。近年、北海道全域に定着してしまったチョウだ。クモのみならずチョウも捕まえたが、捕虫網というのが珍しいらしく好奇心の目で見られてしまった。軒先のオニグモを捕虫網で採っていたときなど、大人も子どももにたにたしながらこちらを注目している。捕まえているのが大きなクモだと知って、かなり面喰っていたようだ。さぞかし変な日本人の集団(変なのは一人だけなのだが)だと思ったに違いない。

 ネベリスクから海岸沿いを北に、ホルムスクに向かった。ここには旧王子製紙の工場が廃墟のように佇んでいる。サハリン南部の森林はかなり伐採が入り原生林とおぼしき森はほとんど見当たらないが、かつてかなりの伐採が行われ王子製紙も栄えたのだろう。無残に伐られた山肌は、北海道の森林の光景とも似ている。ホルムスクからユジノまではいくら車が揺れても瞼が閉じてくる。昨日は初めて見る景色とあって、いねむりもせずに目を凝らしていたが、今日は半分以上いねむりの帰途だ。運転手さん、御苦労さん!

 3日目はススナイ山地に寄った後、北へと向かった。ソコル川で初めて森林の中に入ったのだが、前を歩いていた人が「クモ、クモ」と呼んでいる。森林の中は、タイリクサラグモがあちこちに造網していたのだ。北海道ならどこにでもいるタイリクサラグモをあまり見かけず不思議に思っていたのだが、針葉樹の森林内はタイリクだらけだ。しかし、タイリクばかりでハンモックサラグモなどは全く見られない。森林のクモ相は北海道よりさらに単純なようだ。

 昼食予定地のスタロブスコエは海岸の集落だ。海沿いのでこぼこ道を行くと、岩礁の上にゴマフアザラシが置物のように寝そべっているのが見渡せる。ここにはモンゴリナラ(ミズナラと変種関係)があるが、だいぶ伐採されてしまったらしく、今ではぽつりぽつりとしか見られない。このあたりから北の光景はほんとうに素晴らしい。人工的なものはほとんどない海岸線が続き、湿地が広がる。渚にはシギが群れ、カモメが舞う。北海道の海岸線もかつてはこんな光景だったに違いない。北海道ではほとんどの湿原にビジターセンターのような施設があり、海岸には展望台などがある。人工物が目に入らないようなところは無いに等しい。しかしサハリンには北海道が失ってしまった北の自然の原風景が息づいている。施設ばかり造りたがる日本人は、こういう自然の原風景を忘れてしまったようだ。

 この日はさらに北上し、海岸で琥珀を探した。角がとれた褐色のガラスのかけらのような琥珀が、海岸の砂浜にうちあげられているのだ。小粒だが、こんなところで琥珀が拾えるというのは驚きだ。皆海岸に散らばって、ひとしきり琥珀拾いを楽しんだ。採集するというのはクモに限らす楽しい。しかし採集には得手不得手というのがあるらしい。集合して成果品を比べると、その差は歴然とする。どうも私は得意なほうではないらしい。やはり採集は一人でのんびりやるのが一番いい。

 サハリンの一番細くくびれているあたり、ブズモーリエがこのツアーの最北の地点だ。ここには海を見下ろす山腹に、日本時代の鳥居がそのまま残っている。何やら日本の景色のように見える。鳥居まで登って写真を撮った後、駅前のバザールに寄った。地面に散らばっている褐色のかけらを見つけ、誰かが「琥珀だ」と言う。半信半疑で手に取って眺めるが、ビール瓶のかけらまで琥珀に見えてくる始末だ。

 4日目はアンモナイトの産地見学だ。最初の見学地は乾燥した裸地で、ときおりコモリグモが走り回っている。ここではクモよりアンモナイトを探すほうが面白い。地質屋さんはハンマー片手にさすがに大きいのを掘りだしていたが、小さいのならハンマーなしでもいくつか見つけられる。

 2回目の見学は、山の中の崖地だ。ここは森林に囲まれた河原で、クモの採集の方が面白い。河原の石をひっくり返すと、カワベコモリグモやナミハガケジグモがいる。一人で河原でクモ採りをしていると、高校生のAさん(母親と参加)が崖地の方から「クモを採った」と呼んでいる。彼女の手には綺麗なニワオニグモが握られていた。この数日で彼女はすっかりクモに慣れてしまったらしく、私を真似て素手でクモを採るようになっていた。感謝、感謝! さて、その崖地の上部には巨大なアンモナイトがはまっている。地質に無頓着な私も、このときは「凄い」と見とれてしまった。

 最終日の5日目は、午前中にユジノを一望できるスキー場のてっぺんまで登った。例の車はでこぼこの急坂をものともせず、標高535メートルの山頂に突き進んだ。中腹までグイマツの植林に覆われる山だが、途中にハイマツも見られる。標高が上がるにしたがって、林床の植物が変わっていくのが面白い。

 山頂からは素晴らしい展望が広がっていた。眼下にユジノの街が見渡せる。これでこのツアーの見学は終わりだ。皆が景色を楽しんでいる間、私は山頂の草地で一人チョウ採りにはまっていた。この草地にはチョウがしきりと飛び交っているのだが、これがすばらしく速い。悪戦苦闘だが、これを追いかけるのがまた楽しい。いい歳のおばさんがチョウ採りに興じているのだから、他の人はさぞかし呆れていただろう。

 のどかな山頂のひと時を後に車に乗り込むと、運転手が捕虫網を貸して欲しいという。すぐ横の花にチョウが数頭止まっている。彼は見事に数頭のチョウを仕留め私にプレゼントしてくれた。もしかしたら、彼はずっと捕虫網でチョウを採ってみたかったのかもしれない。海辺で休憩していたときは網でエビを獲っていたし、アンモナイトを見つけるのも得意だ。「気はやさしくて力持ち」の典型のような彼は、どうやら採集好きのようだ。

 このあと、私とM氏は皆と別れてジャロフ氏の自家用車で北に向かった。皆は最後の半日を買い物にあてたのだが、貪欲な私たちは車の中から眺めただけの湿地に未練があった。吉倉真先生の「樺太産黄金蜘蛛科生態と分類」を見ると、サハリンでは平地にコウモリオニグモやコガネオニグモがいることになっている。湿地を眺めただけで帰るのはやはり後ろ髪を引かれる思いがする。そこでジャロフ氏に頼み、湿地探検におもむいたのだ。彼は腿まである長靴まで用意してくれた。

 サハリンと言えど、この日は猛暑だ。その中を長靴をはいて捕虫網片手に湿地のなかをうろつくと汗が吹き出してくる。葦の葉を巻いているのはほとんどがクリイロフクログモで、子グモがふ化する季節だ。水辺には卵のうをつけたカイゾクコモリグモがいる。草間の円網はほとんどがナカムラオニグモだが、なぜかこの湿地のナカムラは幼体ばかりだ。ここのクモは北海道の湿地のクモをより単純にした感じだ。ちょっとがっかりだったが、採集品を良く見るとナカムラオニグモの幼体の中にコウモリオニグモの幼体が紛れ込んでいる。北海道では高山帯でしか見られないコウモリがやはり平地にいるのだ。ただし、もう成体の季節ではないらしい。コガネオニは残念ながら幼体らしきものも採れない。スゲと思われる草地ではツノタテグモの類いと思われる幼体が少し採れたが、やはりクモの季節には遅すぎるようだ。北に行けばいくほど、クモの繁殖期は短期間に凝縮されるのだろう。たぶん6月から7月が良いのだと思う。ともかく短い時間ではあったが湿地も歩くことができた。あとはユジノにもどり、ガガーリン公園で皆と落ち合ったあと最後の晩餐となった。

 クモに関しては季節が遅すぎ、幼体ばかりが目についてとりたてて新しい発見はなかったものの、サハリンの自然の一端を垣間見ることができたのはやはり貴重な体験であり、楽しい一週間だった。そして、お付き合いいただいたエネルギー省の皆さんは、朝から晩までくたくたに疲れたことだろう。我々をコルサコフまで送り届けたときにはさぞかしほっとしたに違いない。

 こうして5日間の見学会はハードスケジュールだったが、無事終了した。不思議なことに一数館の間、雨らしい雨にも降られず、トラブルもなく、すばらしく順調にことが運んだのだ。あとは税関を無事に通過できるかどうかだ。

 翌朝予定より遅れてコルサコフ港に到着した私たちは、出国手続きに追われ、あたふたと税関を通過した。誰も荷物を開けられることもなく皆無事に通過し、安堵のうちに再び「アインス宗谷」の乗客となった。

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