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2015年12月11日 (金)

大津波は想定外ではなかった―「原発と大津波 警告を葬った人々」

 福島の原発事故から4年9カ月が経った。あの大地震と大津波は言葉を失うほど衝撃的だったけれど、それ以上に震撼とさせたのはやはり原発事故だった。

 以前から、日本の原発には底知れぬ怖さをうすうすと感じていた。チェルノブイリのような大事故がいつか起きるのではないかと。そして、東北地方太平洋沖地震という巨大地震の発生でとうとうそれが現実となってしまったが、さらに驚いたのはメルトダウンの隠蔽や事故の過小評価、被ばく隠し・・・。この国の根っこにある体質が、あっけなく露呈した。

 日本の原発は「五重の壁」で守られているから大事故は起きないとあれだけ喧伝されていたのは一体なんだったのだろう? 「想定外」とはなんと便利な言い訳の言葉だろう。そんな思いで添田孝史氏著「原発と大津波 警告を葬った人々」(岩波新書)を読んだ。

 この本は、津波に焦点を絞り、福島第一原発が事故前になんども大津波の警告を受けながら津波への対策を怠っていたことを、関係者へのインタビューや資料に基づいて詳細に検証しており、一読の価値がある。

 同じ太平洋側にありながら、女川原発は海水ポンプも含め標高14.8メートルのところにあり、東北地方太平洋沖地震の大津波による被害をかろうじて免れた。ところが福島第一原発の場合、非常用海水ポンプはたった4メートル、原子炉建屋は10メートルのところに建てられた。福島第一原発が建てられたときに想定されていた津波の高さは、過去12年での最大記録のチリ津波(小名浜港の3.12メートル)だったというのだ。建設当時にはまだプレートテクトニクス理論が確立されていなかったとはいえ、東北地方といえば古くから大地震による大津波の記録があるところだ。信じがたい想定というほかない。

 電事連が2000年に出した「津波に関するプラント概略影響評価」では、福島第一原発は想定の1.2倍の津波(5.6~6.2メートル)の津波に耐えられないことが分かっていたとのこと。島根原発とともに、日本でもっとも津波に対する余裕が小さい原発だったのだ。

 東電が福島第一原発の1号機の運転を開始したころになって、プレートテクトニクス理論が確立した。当然のことながら地震の専門家などから耐震設計や大津波に対して警告がなされることになる。東電が津波対策を講じることは可能だったが放置された。

 2006年には保安院も津波の対処をするように指示をしていた。しかし、東電はそれらをすべて無視し、うやむやにして対策をたててこなかったのだ。否、無視したというよりむしろ積極的に工作活動をして津波対策を潰してきたといっても過言ではない。土木学会は、東電が対策をとることを逃れるために大きな役割を担った。いったい、日本の電力会社は安全というものをどう考えているのだろうか。これほど杜撰で無責任な会社に危険な原発の運転を任せているということに、背筋が凍る思いがする。

 それでも、東電は2008年3月頃から津波想定見直しを本格化させ、対策を進めるつもりだったらしい。この頃に行われたシミュレーションでは、福島第一原発に高さ15.7メートルの津波が到達する可能性があることが分かったのだ。ところが、これを知らされていながら関係者に根回しを行い津波対策を見送ったのが武藤栄・原子力・立地副本部長と、津波想定担当の吉田昌郎・原子力設備管理部長だった。このときに速やかに対策をとっていたなら、津波被害は免れた可能性が高い。事故当時、福島第一原発の所長だった吉田氏は、あの大津波を目の前にして、いったいどんな気持ちだったのだろう。結局、彼は自分で自分の首を絞めることになってしまった。

 福島第一原発の事故は、もちろん津波対策をしていたら防げたというわけではないと思う。地震によって送電線が倒壊したし、1号機は地震の揺れで配管が破損したという指摘がある。しかし、津波対策をきちんとしていたなら、あそこまで大きな事故になっていなかったのではないか。そう思うと、津波の危険性を知りながら、何十年ものあいだ津波対策から逃げ回っていた東電の無責任さに憤りがこみ上げてくる。

 著者は最後にこう語る。

 しかし規制当局や東電の実態を知るにつれ、彼らに原発の運転をまかせるのは、とても怖いことを実感した。間違えば国土の半分が使い物にならなくなるような技術を、慎重に謙虚に使う能力が無い。しかも経済優先のため再稼働を主張し、科学者の懸念を無視して「リスクは低い」と強弁する電力会社や規制当局の姿は、事故後も変わっていない。防潮堤をかさ上げすれば済む話ではないのだ。

 私もまったく同じように思う。津波の危険性を知りながら対策に取り組まないばかりか、裏工作までして対策を先送りさせる。都合の悪いことは隠蔽し、嘘をへいきでつく。大事故を起こしても誰も責任をとらない。地震も火山活動も活発化しており、いつまた大地震や大津波に襲われるかもしれないのに、火山学者や地震学者の意見を無視して再稼働へと突き進んでいる。狂気の沙汰としかいいようがない。

 ただし、これは電力会社だけの問題では決してない。著者の添田氏も指摘しているが、自分が東電の責任者だったら、はたしてどうしていただろうか? 組織の中で、自分の保身を優先し、都合の悪いことを無視したりもみ消したりしなないと言えるだろうか?

 秘密保護法も安保法制もあっけなく通ってしまった。そして、川内原発は再稼働。この狂気の政権を支えてきたのは誰なのか? 自己保身を優先し、目先の経済のことしか頭にない国民ではないか? この国に横たわる無責任体質は、決して企業や政治家、官僚だけのものではない。私たち一人ひとりが問われている。

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