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2015年12月

2015年12月31日 (木)

ネットで他人を叩いたり嫌がらせをする人たちの心理

 今年も大晦日を迎えたが、この一年を振り返ってみるなら、これまでになくネットで嫌な思いをした年だった。嫌な思いというのは、他者を貶めたり傷つけるネット言論に辟易とさせられたということだ。ひとことで言えば「嫌がらせ」であるが、度が過ぎれば不法行為や犯罪でもある。

 昨今では「ネットリンチ」とか「ネット私刑」などという言葉も目にするが、個人情報を晒した匿名者が名前や職場を特定されて退職に追い込まれる事態も生じており、まさにネットが凶器となっていることを実感する。

 私も以下のようなことを体験したり目撃し、うんざりした一年だった。

1.ツイッターでの攻撃。誹謗中傷、罵詈雑言、冷笑、論評、人格否定、個人情報晒し、執拗なリプライ。
 これについてはあえて説明する必要はないと思うが、自分と考えの合わない人や気に入らない人に対し、侮辱的な発言をしたり攻撃的な対応をするタイプだ。ツイッターで、他人のツイートを引用して批判ばかりしているような人もいる。  

人は多種多様な意見を持っているのであり、自分の意見は自分のタイムラインで呟いていればいいはずだ。ところが、違う意見の人にいちいちリプをして自分の意見を押しつけようとしたり、相手を罵倒する人がそれなりにいる。意見交換や議論は否定しないが、相手への中傷や人格否定の発言をしたら、感情による応報になってしまい議論から逸脱する。また、意見を同じくする人が徒党を組み、よってたかって特定の者を攻撃することもある。あるいは、次々とアカウントを変えて暴言を繰り返す者もいる。こうなると、嫌がらせが目的としか思えない。言論の自由と嫌がらせを履き違えているのである。そんなマナー知らずの人にうんざりさせられた。

2.陰謀思考・妄想による疑いを基にした特定の者への質問攻め、攻撃、ネガキャン。
 このタイプにもかなりわずらわされた。どうやら陰謀思考や妄想癖がある人は、自分の憶測が正しいという強い思い込みがある。そしてその思い込みが間違いであることが判明した場合でも、間違いであることを認めようとはしない。質問に答えても、自分に有利な情報を探して自分が正しいということを更に主張する。理解しあうための質問ではなく、相手を追及するための質問なのだ。

 憶測による疑いであるから事実無根の中傷とは異なるのだが、公の場で他人に嫌疑をかけ執拗に質問を繰り返したり疑惑を投げかけたなら、場合によっては相手の社会的評価を落とすことになりかねない。それに、身に覚えのない事実無根のことで疑われた者は精神的に傷つき疲弊する。本人にとってはたまったものではない。他人の精神的苦痛をまったく考えない自己本位の言動としか思えない。

 また、批判的意見を言われたことをきっかけに自分が攻撃されたと主張し、報復的に相手のネガキャンを繰り広げた人もいた。

3.反論を装った執拗な攻撃。意見や感想、論評に対し事実誤認を理由にした難癖。
 ブログで他者にアドバイスや意見を求めておきながら、意見を寄せた人を名指ししてことごとく反論して自己正当化するという人物もいた。コメントに書かれた意見を、わざわざ記事として取り上げて反論する。しかも意見や論評であっても、「事実誤認」「説得力がない」などというワンパターンのフレーズで反論し、同じ主張を何回も記事にして執拗に繰り返すのである。名指しで執拗に反論することで自己正当化するという手法は、反論を装った嫌がらせである。

4.井戸端会議の感覚で名指しで他人の噂話や批評をする。
 井戸端会議というのは限られた人たちの仲間内の雑談であるが、ツイッターでそれと同じような感覚で他人の噂や悪口を言う人もいる。名前を出して、あるいは名前は出さないものの第三者にも誰のことなのか分かるような表現で他人の悪口をつぶやく人もいる。いわゆるエアリプである。これなども、本人が目にしたらきわめて不快であり、嫌がらせといっていいだろう。

***

 攻撃的な言葉を使わなくてもいくらでも自分の主張はできる。というより、誠実な人ほど、攻撃的な言葉は使わない。それにも関わらず、ネットでは他人を不快にしたり傷つける言論が溢れている。知らず知らずのうちに加害者になっている人もいると思うが、相手を傷つけることを目的にしている人もいるだろう。ネットは、使い方によっては簡単に他者に精神的苦痛を与える凶器になってしまう。実に恐るべきことだ。

 そうした言論の大半は匿名の卑怯者だ。自分は傷つかない、あるいは自分の社会的評価は決して低下しない立ち位置で、実名の他人を貶める。相手が傷つくことを分かってやっているとしか思えない。

 また、ずる賢い人は、名誉毀損にならないよう「意見論評」という形をとって他者を攻撃する。なぜなら、事実の摘示と意見論評は別であり、前者は真実性・真実相当性の要件を満たさなければ名誉毀損になりかねないが、意見論評であれば「人身攻撃に及ぶなど意見,論評としての域を逸脱」しない限り許されると判断されることが多いのだ。

 しかし、いくら意見論評であっても、特定の人物に対し名指しで批判的論評を執拗に続けたなら、それは攻撃といえるだろう。

 いずれにしても、一年間ほどの間にこれほど多種多様な嫌がらせを受けたり目にしたことはこれまではなかった。そして、他者を平気で傷つける人の多さに、この国の病を見た気がした。

 では、人はなぜ公のネット空間でこのような嫌がらせや攻撃をするのだろう? 今読んでいる「生きづらさからの脱却」(岸見一郎著 筑摩書房)という本に、こんなことが書かれている。

虚栄心のある人は敵意を持っており、完膚なきまでに他者を打ち負かし、「いたるところで、嘲笑と非難を用意し、独善的でどんな人も批判する」(『性格の心理学』)。攻撃こそ最大の防御だといわんばかりである。(87ページ)

「[他の人の]価値を認めることは、彼[女]らにとって、個人的な侮辱のように作用するのである。ここからも彼[女]らの中に弱さの感情が深く根づいていることを推測できる」(『性格の心理学』)(88ページ)

差別やいじめは強い劣等感に由来する。普通にしていては自分の価値が認められないと思う人が他者を差別したり、いじめたりするという面があるので、このような行為は人間として許されないことであるとただ訴えるだけでは差別やいじめはなくならない。差別し、いじめる側の心理についての理解が絶対に必要であり、厳罰を科せば何とかなるようなことではない。(92ページ)

 なるほどと合点がいく。ネットで嫌がらせをする人たちは、他人を貶め打ち負かすことで自分の優位性を誇示しようとしているのだ。こういう人と意見交換をしようとしてもうまくいくはずがない。相手を打ち負かすことが目的なのだから、理解を深めようなどという気持ちははじめからないのだ。

 陰謀論を振りまく人も同じだ。陰謀説を信じるのは自由だが、信じない人を見下す発言をする場合は、自分の優位性を誇示したいのだ。ネットが普及してから陰謀論が急速に広まった感があるが、多くの場合、リテラシーのなさから陰謀論に嵌っているにすぎない。

 ネットで他人叩きをすることで自分の優位性を誇りたい人たちは、おそらく他人にどう見られるのかということばかりに拘り、主体性のない人生を送るのだろう。こんな風に嫌がらせをする人の目的が分かると、実に哀れで弱い人たちだということに気づく。そして、そのようなやり方を身につけて生きてきた人たちは、自分のやり方を変えようと決心しない限り、変わることはない。

 日頃のツイートではさほど違和感がない人でも、何回かやりとりをした結果、虚栄心が強く自己本位な人であることが露呈してしまうこともある。自己正当化のために論点を逸らせたり、いつまでも攻撃的発言を続ける人は間違いなく虚栄心の強い人だ。そんな自分勝手な人とやりとりをしても理解しあえることはないし、時間の無駄づかいでしかない。相手をしないのが賢明という結論になる。

 上記の書籍では、虚栄心が過度に強い人について、以下のように述べている。

虚栄心が、一定の限度を超えると、それは非常に危険なものになる。それが、実際にあることよりもどう思われるかに関わるような、様々な役に立たない仕事や消費へと人を強いるということ、[他者よりも]自分のことをより考えさせ、せいぜい、自分についての他者の判断のことを考えさせるということは別としても、人は、虚栄心によって、容易に現実との接触を失うのである。人間的な連関を理解しないで、人生との連関を持つことなく、とりとめもなく動く。そして、人生が要求していること、人間として[人生に]何を与えなければならないかを忘れる。虚栄心は、他の悪徳とは違って、人間のあらゆる自由な発達を妨げる。結局のところ、絶え間なく、自分にとって有利かどうかということばかりを考えるからである。(前掲書)(90ページ)

 嫌がらせをする人たちは自己中心的であり、内面は弱く不幸な人たちであるということを悟れば、さほど腹も立たなくなる。とはいうものの、ネットという公の場で平然と他者を傷つける人は危険でもあることを知っておく必要があるだろう。攻撃や報復は決して問題解決にはならない。度を越せば不法行為であり犯罪であるにも関わらず、その自覚のない人があまりに多すぎる。また、虚栄心の強い人は承認欲求が強く、褒められおだてられることで簡単に権力者に利用されてしまう。そういう意味からも、実に危険である。

 そして懸念されるのは、このような自己中心的で攻撃的な人たちがどうやら平和を願い戦争に反対している人の中にもある程度いるらしいということだ。平和を主張していても内面は好戦的であり、それは弱さゆえの見栄からきている。ところが、こういう人たちは自分が自己本位で攻撃的である(他者を傷つけている)ことを自覚していない。自分に危険が迫れば、弱さゆえに簡単に体制に従うのではなかろうか。

 危険だからといってネットで他人を叩く人を切り捨ててしまえばそれで問題が解決するというわけではない。ネットで他人を叩くことが善だと思っている人は、なぜ自分がそういう気持ちになってしまうのかを知っておいたほうがいいように思うし、そこにしか解決の糸口はない。そのような方には「生きづらさからの脱却」を読むことをお勧めしたい。

 なお、誤解を生じないように言っておきたいが、論理的に批判をすることは「叩き」ではない。納得のいかない意見に対しては正々堂々と自分の意見を論理的に提示すべきであり、これを「叩き」とは言わない。私がここで批判しているのは感情的な暴言や他者を見下す発言、ネットを利用した巧みな嫌がらせである。

2015年12月26日 (土)

クリスマスディナー

 クリスチャンでもないし、子どもたちが家を出ていってからはクリスマスといっても御馳走やケーキも作らずにいたのだが、今年は久しぶりにクリスマスの日に家族全員が集まったこともあり、料理好きの娘がクリスマスディナーを手作りしてくれた。

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 メニューは、写真手前から
・トマトのマリネ
・鶏もも肉のギュロス
・ミートボールとペンネのグラタン
・チーズ盛り合わせ
・アボガドとスモークサーモンの押しずし
・生ハムと卵のカナッペ
・レタスとベビーリーフのサラダ

 そしてデザートにキウイフルーツのケーキ

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 私がつくったのはケーキだけ。

 僻地に住んでいると、近くに外食できるような店も出前をしてくれるような店もないし、スーパーはもとよりコンビニもない。だから食生活も手作りが基本。もちろん外食よりもぐっと経済的で健康的。

 クリスマスが終わったら、こんどは大掃除やおせち料理づくりが待っている。

2015年12月21日 (月)

札内川「礫河原」再生事業を受け売りで正当化する報道への疑問

 昨日、12月20日の北海道新聞社会面に「札内川『礫河原』再生中」という記事が掲載されていた。要約すると、以下のような内容である。

 礫河原をもつ札内川は、近年の治水事業(堤防を保護するコンクリート構造物の設置)や降雪量の減少で川の流量が減り、土砂が堆積して河畔林が繁茂したことでケショウヤナギの生育できる礫河原が減少している。礫河原は1987年と2011年を比較すると、上流で約3分の1、下流で4分の1ほど減少した。このため北海道開発局帯広開発建設部は土砂が堆積した場所や樹林帯に水路を掘削し、土砂やヤナギの種が流れるような工事をしたほか、札内川ダムの放流量を一時的に増やすなどの対策を行った。これによって、上流の礫河原の面積は3年前と比べて約20ヘクタール増え、樹林面積は20ヘクタール減少した。15年度の事業費は6100万円で、16年度も同程度。

 この記事を読んで、私はかなり唖然とした。まるで帯広開発建設部の受け売りであり、事業の正当化だ。

 この記事の最大の問題点は、礫河原が減少した本質的原因にまったく触れていないことだ。礫河原の減少は、言うまでもなく札内川ダムを造ったことによって洪水が抑制され河川敷が撹乱されなくなったからである。ところが新聞ではダムについて一切触れず、原因を治水事業と降雪量の減少へと誘導している。

 また、礫河原再生事業のメリットばかりを強調している。礫河原を増やすために土木工事で手を加えたなら、もちろんそのときはある程度の成果は出るだろう。しかし、それはあくまでも対処療法に過ぎない。ダムによって撹乱がなくなってしまった以上、礫河原を維持するためには永遠に税金を投入して「礫河原再生事業」を続けなければならないし、上流からの砂礫の供給が絶たれてしまったので、今河川敷に堆積している礫は次第に流され河床低下が懸念される。そして河床低下はさまざまな悪影響を及ぼすのだ。

 開発局がやっていることは、札内川ダムという根本原因を棚に上げ、地域住民などの意見も取り入れる形式をとりながら「礫河原再生」という対処療法事業の正当化をしているだけだ。過去の事業への反省がないところには責任意識もないし、将来を見据えた問題解決もない。

 なぜ私がこのようなことを書くのかといえば、開発建設部の発想が常に「はじめに事業ありき」であることを身を持って知っているからだ。これまでの開発建設部との話し合いにおいても、彼らは過去の事業の過ちを決して認めない。そして、過去の誤った治水事業に対してただただ対処療法的な事業を重ねていくだけなのだ。

 しかも、以下の記事に書いたように、開発建設部は「やらせ」の疑いも拭えない不自然な公聴会を開いて事業の正当化をしてきた。

ダムで砂礫を止められた札内川で砂礫川原再生はできるのか? 
続・ダムで砂礫を止められた札内川で砂礫川原再生はできるのか? 
業界関係者も公述した十勝川水系河川整備計画公聴会 
十勝川水系河川整備計画に寄せられた不自然な意見書 

 もちろん、礫河原減少の原因はダムだからすぐにダムを撤去せよとまでは言わない。しかし、過去の治水事業の過ちや悪影響を検証し反省することなく自然の摂理を無視した対処療法事業を続ければ、負の連鎖を起こす可能性があるし税金の無駄遣いになりかねない。

 マスメディアが開発建設部の事業の本質を見抜こうとせず、安直な受け売りで事業を正当化する報道をすることに大きな疑問を抱かずにはいられない。

2015年12月17日 (木)

「えりもの森裁判」差戻し審の争点

 12月15日、「えりもの森裁判」差戻し審の第4回口頭弁論が開かれた。

 5月15日に差戻し審の第1回口頭弁論が開かれて以降、原告は現地での調査と林班図を基に、過剰な伐採および伐区の外での伐採(越境伐採)があったことを主張してきた。

 今回は、原告のこれらの主張に対し、被告である北海道が反論書面を提出した。

 被告側の主張のポイントは、以下である。

1.過剰伐採について  発注者においては、伐採木の増加は事業費の増加を伴うものであり、不必要な発注から得るものはなく、受注者においても受注した対象を超えて伐採を行うことは単なる業務増となり負の影響しか生じない。
 地ごしらえで伐採した立木は、枯損木、かん木、著しい腐朽木など一般的に利用価値のない立木(受光を確保するため伐採を必要とするものの伐採・搬出頭の事業費が市場価格を上回る負価材を含む。)のほか、植栽の障害(植栽・保育管理の障害や労働安全上の危険性を高めるもの)である不用木であり、植栽に必要な措置として伐採したものであったと推定するのが最も合理的である。
 本件受光伐及び本件地拵えの効果により森林の価値や機能が増進している(これに関しては伐採2年後である平成19年10月26日の写真と平成27年6月11日の写真を証拠として提出している)。

2.越境伐採について
 平成13年10月から11月頃までの間に、当時センター職員により行われた収穫調査において、43小班の区域に含まれている北側の天然林の部分の状況を現地において確認し、調査終了後、基本図の正確性を期すため、基本頭上の43小班の形状を現地に合うよう修正した。平成18年の10小班における植栽に伴い、10小班を44小班に名称変更したことの他は修正等は行っていない。
 現時点にあたっては、本件受光伐は本件地拵え等の実施に伴う現状の確認に伴い修正が必要となっているが、本件訴訟が確定するまでの間は基本図の修正を保留し、修正は一切行っていない。

 次回は被告の主張に対して、原告が反論をする。

 以下は被告の準備書面を受けての私の感想である。

 過剰伐採に関しては、過剰に伐採したものについてはすべて財産的価値がない木であるとの前提のもとに、不必要な伐採は事業費や業務費がマイナスになるという主張だ。しかし、ナンバーテープのつけられた販売木のほかに、木材として商品価値のあるナンバーテープのない木も伐採して販売したなら、マイナスにはならないだろう。販売木以外に、財産的価値のある木を伐ったか否かが重要なポイントだ。

 また、伐採後2年目の紅葉の時期の現場写真と、伐採後10年目の草本が茂る6月の現場写真を並べて、森林の価値や機能が増進していると主張しているが、このような比較はナンセンスとしか思えない。そもそも、うっそうと生い茂っていた天然林が皆伐と植栽によってトドマツ幼木の造林地になってしまったのだ。これによって、森林の価値も機能も大きく低下してしまった。もともとは針葉樹と広葉樹が混在する多様性の高い天然林であったことから目を逸らし、植栽後の様子を比べて森林の価値や機能が増進しているというのは目くらましというべきではなかろうか。

 被告は「受光伐においては、本件売買契約1により、受光の確保のために伐採を必要とする立木及び当該立木を伐採するために支障となる立木について、抜き伐りして売買し、本件請負契約1の地拵えにおいては、その他の植栽の障害となる不用木等を伐採し、寄せ幅に残地することとした」としている。そうであれば天然林で「抜き伐り」を行ったあと、植樹のために支障木や不用木を伐採したら皆伐になり、皆伐したところに苗木を植えて人工林を造ったことになる。このように天然林を人工林に変える施業は拡大造林という。拡大造林を「受光伐」と称すること自体が欺瞞である。

 越境伐採に関しては「現状に合わせて基本図を変える予定であるから越境ではない」という主張である。しかし、森林は基本図によって管理されているのであり、基本図に合わせて施業しなければならない。基本図と実態が合っていないという理由で、基本図の境界からはみ出して施業してもいいという論理は首をかしげるばかりである。被告の主張するように基本図と実態が合っていないのであれば、これまで基本図を無視した施業が行われてきたということになる。基本図無視という杜撰な実態を棚に上げ、実態に合わせて基本図を変えてしまうなどというのはあまりに無茶苦茶である。こんな話しは聞いたことがない。

2015年12月11日 (金)

大津波は想定外ではなかった―「原発と大津波 警告を葬った人々」

 福島の原発事故から4年9カ月が経った。あの大地震と大津波は言葉を失うほど衝撃的だったけれど、それ以上に震撼とさせたのはやはり原発事故だった。

 以前から、日本の原発には底知れぬ怖さをうすうすと感じていた。チェルノブイリのような大事故がいつか起きるのではないかと。そして、東北地方太平洋沖地震という巨大地震の発生でとうとうそれが現実となってしまったが、さらに驚いたのはメルトダウンの隠蔽や事故の過小評価、被ばく隠し・・・。この国の根っこにある体質が、あっけなく露呈した。

 日本の原発は「五重の壁」で守られているから大事故は起きないとあれだけ喧伝されていたのは一体なんだったのだろう? 「想定外」とはなんと便利な言い訳の言葉だろう。そんな思いで添田孝史氏著「原発と大津波 警告を葬った人々」(岩波新書)を読んだ。

 この本は、津波に焦点を絞り、福島第一原発が事故前になんども大津波の警告を受けながら津波への対策を怠っていたことを、関係者へのインタビューや資料に基づいて詳細に検証しており、一読の価値がある。

 同じ太平洋側にありながら、女川原発は海水ポンプも含め標高14.8メートルのところにあり、東北地方太平洋沖地震の大津波による被害をかろうじて免れた。ところが福島第一原発の場合、非常用海水ポンプはたった4メートル、原子炉建屋は10メートルのところに建てられた。福島第一原発が建てられたときに想定されていた津波の高さは、過去12年での最大記録のチリ津波(小名浜港の3.12メートル)だったというのだ。建設当時にはまだプレートテクトニクス理論が確立されていなかったとはいえ、東北地方といえば古くから大地震による大津波の記録があるところだ。信じがたい想定というほかない。

 電事連が2000年に出した「津波に関するプラント概略影響評価」では、福島第一原発は想定の1.2倍の津波(5.6~6.2メートル)の津波に耐えられないことが分かっていたとのこと。島根原発とともに、日本でもっとも津波に対する余裕が小さい原発だったのだ。

 東電が福島第一原発の1号機の運転を開始したころになって、プレートテクトニクス理論が確立した。当然のことながら地震の専門家などから耐震設計や大津波に対して警告がなされることになる。東電が津波対策を講じることは可能だったが放置された。

 2006年には保安院も津波の対処をするように指示をしていた。しかし、東電はそれらをすべて無視し、うやむやにして対策をたててこなかったのだ。否、無視したというよりむしろ積極的に工作活動をして津波対策を潰してきたといっても過言ではない。土木学会は、東電が対策をとることを逃れるために大きな役割を担った。いったい、日本の電力会社は安全というものをどう考えているのだろうか。これほど杜撰で無責任な会社に危険な原発の運転を任せているということに、背筋が凍る思いがする。

 それでも、東電は2008年3月頃から津波想定見直しを本格化させ、対策を進めるつもりだったらしい。この頃に行われたシミュレーションでは、福島第一原発に高さ15.7メートルの津波が到達する可能性があることが分かったのだ。ところが、これを知らされていながら関係者に根回しを行い津波対策を見送ったのが武藤栄・原子力・立地副本部長と、津波想定担当の吉田昌郎・原子力設備管理部長だった。このときに速やかに対策をとっていたなら、津波被害は免れた可能性が高い。事故当時、福島第一原発の所長だった吉田氏は、あの大津波を目の前にして、いったいどんな気持ちだったのだろう。結局、彼は自分で自分の首を絞めることになってしまった。

 福島第一原発の事故は、もちろん津波対策をしていたら防げたというわけではないと思う。地震によって送電線が倒壊したし、1号機は地震の揺れで配管が破損したという指摘がある。しかし、津波対策をきちんとしていたなら、あそこまで大きな事故になっていなかったのではないか。そう思うと、津波の危険性を知りながら、何十年ものあいだ津波対策から逃げ回っていた東電の無責任さに憤りがこみ上げてくる。

 著者は最後にこう語る。

 しかし規制当局や東電の実態を知るにつれ、彼らに原発の運転をまかせるのは、とても怖いことを実感した。間違えば国土の半分が使い物にならなくなるような技術を、慎重に謙虚に使う能力が無い。しかも経済優先のため再稼働を主張し、科学者の懸念を無視して「リスクは低い」と強弁する電力会社や規制当局の姿は、事故後も変わっていない。防潮堤をかさ上げすれば済む話ではないのだ。

 私もまったく同じように思う。津波の危険性を知りながら対策に取り組まないばかりか、裏工作までして対策を先送りさせる。都合の悪いことは隠蔽し、嘘をへいきでつく。大事故を起こしても誰も責任をとらない。地震も火山活動も活発化しており、いつまた大地震や大津波に襲われるかもしれないのに、火山学者や地震学者の意見を無視して再稼働へと突き進んでいる。狂気の沙汰としかいいようがない。

 ただし、これは電力会社だけの問題では決してない。著者の添田氏も指摘しているが、自分が東電の責任者だったら、はたしてどうしていただろうか? 組織の中で、自分の保身を優先し、都合の悪いことを無視したりもみ消したりしなないと言えるだろうか?

 秘密保護法も安保法制もあっけなく通ってしまった。そして、川内原発は再稼働。この狂気の政権を支えてきたのは誰なのか? 自己保身を優先し、目先の経済のことしか頭にない国民ではないか? この国に横たわる無責任体質は、決して企業や政治家、官僚だけのものではない。私たち一人ひとりが問われている。

2015年12月 6日 (日)

フェロニッケルスラグ微粉末の有害性をめぐって(追記あり)

 (株)日向製錬所と(有)サンアイが黒木睦子さんを訴えた裁判では、黒木さんがフェロニッケルスラグ(グリーンサンド)を「有害なゴミ」と書いたことが真実であるか否かが大きな争点になっていた。

 有害性に関することで黒木さんがブログに書いていたのは2点。ひとつは、造成工事の際にフェロニッケルスラグの粉塵が黒木さんの実家まで飛んできて咳がでるようになったということ。これは粉じんを吸引したことによる健康被害という主張だ。もう一つは、造成地の斜面の最下部にある沈殿池の水から基準値を大幅に超える重金属が検出されたということ。黒木さんは、スラグからしみ出た水が重金属で汚染されており、その水が川に垂れ流しになっていること、さらにその水が水田にも使われていると主張していた。この発言から、黒木さんはスラグから有害物質が溶け出ていると考えていることがわかる。

 なお、沈殿池の水から有害物質が検出された件については、「黒木さんの水質検査で確認された有害物質は何に起因するのか?」および「黒木さんの水質検査で確認された有害物質は何に起因するのか? その2」を参照していただきたい。

 こうした流れから、有害性に関する争点は「粉じんによる咳」と「スラグから重金属が溶出するか否か」になる。ところが、この裁判がはじまってからツイッターで、フェロニッケルスラグに含まれるシリカ粉じんが発がん性物質であるから、それを主張すればスラグの有害性の立証になるという主張をする人が出てきた。この裁判の情報をチェックしている人ならすぐにピンとくると思うが、現在のツイッターアカウントでいうと、@honest_kuroki さんだ。さらに、黒木さんの裁判に関心をもってブログ記事を書いてきた香取ヒロシ@EG_Hiroshiさんも同じ主張をしている。お二人の主張は以下のようなものだ。

 フェロニッケルスラグ(グリーンサンド)の主成分はシリカ「SiO2」で、46~58%である。そして世界保健機関(WHO)の下部組織である国際がん研究機関(IARC)は石英結晶(シリカ)を「ヒトに対する発がん性が認められる」物質に指定している。また、多量のシリカ粉じんの吸引は珪肺の原因にもなる。黒木さんの裁判で裁判長は「有害であることを証明しなさい」と言っているのだから、裁判でこの主張をすれば有害性の立証になる。香取さんの主張は以下の記事に詳しい。

 【追記あり】池の水は争点じゃない。衝撃の発がん性物質。 
知っとこう・見据えとこう。尋問らしからぬ尋問。 
司法にもとる裁量。そして今後のこと。 

 ただし、私はこの件については重視していなかった。なぜなら黒木さんはそういう指摘をしていなかったし、シリカの危険物指定は労働者が長期間にわたって微粉末を吸いこんだときのはなしであり、造成は一時的な飛散だからだ。

 香取さんとツイッターでこのことに関する議論をしているとき、「だぶ」@fluor_doublet さんが、スラグに含まれるシリカは石英結晶ではないから、WHOが珪肺の危険性を指摘している結晶質二酸化ケイ素微粉末とは違い、有害性はそれほど高くないというツイートをしていたことを知った。「だぶ」さんにこれについてお聞きしたら、詳しい説明をしてくださった。以下が「だぶ」さんの説明。

労働安全衛生法においてシリカ微粉末が通知対象物質にかかっているのは、主に粉塵吸引の長期間曝露を念頭に置いてのことです。これは、主に鉱山の坑内の作業従事者が極めて微細な石英粉を長期間吸っていると、重篤な肺疾患(珪肺)が起こることによっています。このときのシリカは、石英です。

ちなみに、シリカというのはケイ素酸化物という意味ですが、これがまた多彩な構造をもつ物質で、結晶構造が数種あり、非晶質もかなり安定です。一番身の周りに多いのは低温石英(石英、αクオーツ)で、高温相もあります。トリディマイト、クリストバライトのような別の結晶構造もあります。

非晶質シリカも多いです。一回石英を溶融し、冷やすと石英ガラスになり、結晶構造は戻ってきません。水を多く含んだものはオパールであり、シリカゲルであります。これらのうち、珪肺を強く引き起こすのは石英、もしくはクリストバライトの非常に細かい粉です。

二酸化ケイ素(シリカ)は非常に安定な物質ですが、結晶構造をきちんと取るとさらに安定になり、微粉末を長期間吸いこんむと、そこに長い間留まり、肺に異物として認識され、悪さをし出すようですね。珪肺は復帰が難しく、鉱業では代表的な労働疾患です。アモルファスのシリカはそうでもありません。

んで、ではフェロニッケルのスラグはどうか、という話ですが、その前にひとつ、無機化学のおさらいをしておきましょうか。酸化物およびケイ酸塩の相は、通常の酸化数のものであれば、陽イオンのすべては酸素が陰イオンになっています。で

んで、そういった系の純物質もしくは化合物は、複雑な組成のものでも、純酸化物の組み合わせで表現することが多いです。例えば、頑火輝石という鉱物があります。これはMg2Si2O6という組成を持っていますが、しばしば 2MgO・2SiO2 という表現をします。

要するに、純酸化物で換算してどのくらい、という表現ですね。これは、実験上、分析上、あるいは考察上、非常にわかりやすい表現なのです。でも、 2MgO・2SiO2 の頑火輝石に、石英が入っているわけではないのです。単なる純シリカ換算なだけで

フェロニッケルのスラグもそんな感じで、複雑なケイ酸塩の結晶および非晶質(アモルファス、ガラス)の混じりで、その鉱物組成は原料や製法によってばらつきます。急激に冷やせばガラスになりますし、ゆっくり冷却すれば結晶化しやすいものから分化結晶化します。

ちなみにフェロニッケルのスラグは、二価の鉄、カルシウム、マグネシウムのケイ酸塩の組成です。ただし複雑な混じりの結晶もしくはガラスなので、構成鉱物種での表現は難しく、FeO ○○%, CaO ○○%, MgO ○○%, SiO2 ○○% といった表現をします。た

ただし、純シリカ分換算で SiO2 が ○○% 入ってる、という表現になってても、それが石英なわけではありません。そのほとんどはケイ酸マグネシウムやケイ酸カルシウムのケイ酸分です。ケイ酸の量が多ければ、スラグだとクリストバライトが結晶化することがありますが、ごく少量です。

なので、フェロニッケルのスラグの組成のコンテンツに SiO2 が ○○% 入ってる、という分析値が出ているからと言っても、それは石英であることはほとんどないのです。石英は融点が高く、それが多く入っているとスラグの流動性が下がりますしね。他の成分がみんな融かしてしまうのです。

ちなみに、フェロニッケルのスラグの組成だと、頑火輝石(エンスタタイト)がかなりメジャーな、安定相になってきます。ゆっくり冷やせばこれが結晶化してくるでしょう。あとはカンラン石かな。シリカ分は通常の岩石の組成から考えるとかなり少なめです。

なお、今はスラグの大部分は、融けてメルトになっている状態で水に放り込みます。こうすると体積収縮でバキバキに割れ、数ミリ大の粒になります。だから「グリーンサンド」というのですが。粒径分布を考えると、重量比率で一番大きいのは数ミリ大でしょうね。

そして一番大事なこと。地殻で一番多い元素は酸素、二番目はケイ素です。ですので、シリカ、具体的には石英は、ほとんどの岩石に含まれています。そこら辺にある砂を取って分析すれば、数割は石英ですし、海砂なんかは5割6割は当たり前、9割以上が石英なところもあります。

地球上のすべての生物はシリカ(正確には石英)の上に生きていると言っても過言ではありません。そのぐらい石英って多いのです。

以上のことから、フェロニッケルのスラグの組成に SiO2 が入ってる、石英は労働安全衛生法の通知対象物質に入ってる、だからフェロニッケルスラグは危ないんだ、という三段論法は、いろいろな点で間違いなのです

普通の窓ガラス(ソーダガラス)も、SiO2 ○○%, Na2O ○○%, CaO ○○%, B2O3 ○○% みたいな表現で書きますよ。でも、石英が入っているわけではないのです。

 ちなみに「だぶ」さんは、無機と有機金属化学の研究者でシリカの専門家とのこと。とても噛み砕いて説明してくださったので、鉱物や化学に疎い人でも理解できると思う。

 で、私も調べてみたが、以下のサイトでも「だぶ」さんと同じ説明がなされている。

 5.SiO2の頂点に立つ水晶の構造(水晶と鉱物)

 フェロニッケルスラグの冷却条件によって、スラグの主成分の結晶がどのような変化を示すかを実験した論文があるのだが、急速に冷却した場合はSiO2はすべてガラス質、つまり非結晶になったという結果が得られている。

フェロニッケルスラグの冷却条件と組織に関する研究(資源・素材学会誌 105(1989)No.14)

*上記の論文について「だぶ」さんが図を引用して詳しく解説をしてくださった。詳しく知りたい方は、以下のツイートをお読みいだだきたい。
https://twitter.com/fluor_doublet/status/673918886845153280
https://twitter.com/fluor_doublet/status/673929874915004416
https://twitter.com/fluor_doublet/status/673929931722633216
https://twitter.com/fluor_doublet/status/673929964157190144
https://twitter.com/fluor_doublet/status/673930026706862080
https://twitter.com/fluor_doublet/status/673930103248707584
https://twitter.com/fluor_doublet/status/673930131308605440
https://twitter.com/fluor_doublet/status/673930163046887425
https://twitter.com/fluor_doublet/status/673930802439188480

 製錬の過程は住友金属鉱山のHPで説明されていて、日向製錬所では溶融したスラグを水砕している。つまり、融けた高温のスラグを水で急速に冷却しているといえるだろう。
http://www.smm.co.jp/business/refining/group_domestic/hyuga/kyoten.html 

 珪肺について調べてみると、原因物質は「シリカ結晶」「結晶シリカ」「石英」などと書かれている。

珪肺(ウィキペディア)
塵肺の一種である珪肺(けいはい)の原因はシリカ粉塵の吸入!? (カラダノート)

 発がん性に関しても、IARCは「石英またはクリストバライトとして結晶質シリカが職業暴露により吸入された場合、ヒトに対して発がん性がある(ただし非晶質シリカはGroup3(発がん性が分類できない))」としている。以下、参照。

発がん物質暫定物質(2001)の提案理由(日本産業衛生学会)

 珪肺やがんの原因とされるシリカ微粉末というのは天然に存在する結晶石英もしくはクリストバライトであり、これを長期間吸引することによって引き起こされる。一方、スラグは粉砕した鉱石を電気炉で溶融しメタルを取り出したあとの鉱さいであり、鉱石に含まれる結晶石英は溶融後に固化しても結晶石英にはならない。とくに急速に冷却すると非結晶質分が多くなり、石英に相当するものはほとんどなくなってしまう。スラグ成分にSiO2と書かれているからといっても、それが結晶石英やクリストバライトを指すわけではないということだ。

 これらのことから、日向製錬所から排出されるフェロニッケルスラグには珪肺やがんを引き起こすと認められている結晶シリカはほとんど含まれておらず、含まれていたとしてもごく少量と言えそうだ。ならば、スラグの主成分がSiO2だからという理由でスラグ微粉末は発がん性があるとか珪肺の原因になるという主張は的外れであり、間違いといってもいいだろう。

 もちろん、粉じんの吸入は咳などの健康被害を引き起こすし、スラグ粉じんが無害だとは思わない。また、現時点では非結晶シリカが絶対にがんや珪肺の原因にならないとは断言できないだろう。しかし、結晶石英とそうではない非結晶シリカでは有害性に大きな違いがあるということはきちんと認識しなければならない。

 香取さんの主張は、まさにシリカSiO2という記述だけに着目し、シリカ(ケイ素酸化物)と結晶石英を混同した勘違いだ。専門知識がないことで間違いを犯すことがあるのは往々にしてあるが、間違いに気付いた時点ですみやかに訂正するべきだと思う。間違ったまま突っ走ってしまうと後戻りができなくなり、自分で自分の首をしめることになりかねないことを指摘しておきたい。

【12月6日追記】
香取さんから以下の2点についてツイッターで意見および要望があったので、記事にコメントしてほしいと返事をしたのだが、なぜかコメントはしないとのこと。そこで、追記としてここで返事をしておきたい。

香取さんからの意見・・・松田さん。ご紹介頂いた僕のブログ記事で、結晶ってことについて書いてますよ。 国交省の資料もあげてます。 シリカ(SiO2)などの主成分が「徐冷・急冷のいずれの場合にも」「安定した結晶構造」とのこと。 

国交省の資料では、香取さんの指摘のように「フェロニッケルスラグはシリカ(Sio2)とマグネシア(MgO)を主成分とし、徐冷・急冷のいずれの場合にも主な鉱物組成は安定した結晶構造である」と記述されている。しかし、その記述の前に、「風冷スラグは水砕スラグに比べガラス量は低いが・・・」との記述があり、水砕スラグはガラス質が多いと理解できる。

この資料は学術論文ではなく、鉱物や化学の専門家が書いているとも認められない。「主な鉱物組成は安定した結晶構造である」という表現は具体的な結晶の名称が示されていないあいまいな記述であり、この記述のみを取り上げて、フェロニッケルスラグのシリカが結晶シリカであるという根拠にはならないと判断した。学術論文やシリカの専門家の説明の方が信ぴょう性が高いと考える。

なお、国交省の資料とは以下である。
http://www.mlit.go.jp/kowan/recycle/2/12.pdf

香取さんからの要望・・・シリカ(SiO2)は、労働安全衛生法で「有害物・危険物」に指定されている。 発信事項とブログ記事を紹介された者として、この強調している事が触れられず伝えられないのは困ります。 松田さんの記事に加えて下さい。

労働安全衛生法で「有害物・危険物」に指定されていることを香取さんが強調しているのは知っているが、黒木さんの裁判は労働裁判ではないので私は労働問題にまで話しを広げないほうがいいとの立場をとっている。また、労働安全衛生法に関する記事は、私が紹介した香取さんの記事からもリンクされていて知ることができる。したがって、それらの記事は取り上げなかった。必要性を感じていないので、要望を受けて加筆するつもりはない。

【12月7日追記2】
 昨日の追記の「香取さんからの要望」への返事に補足する。

 この記事の主旨は、急冷されたフェロニッケルスラグにはほとんど結晶石英やクリストバライトが含まれていないと判断できること、珪肺やがんの原因とされているシリカとは結晶石英やクリストバライトを指すこと、したがって、日向製錬所から排出されたフェロニッケルスラグには発がん性や珪肺の原因物質はほとんど含まれていないということの指摘である。

 さらに香取さんはご自分のブログでフェロニッケルスラグが珪肺の原因になったり発がん性があると主張されていたので、間違いであるとの指摘をした。香取さんが、日向製錬所から排出されるフェロニッケルスラグは発がん性物質であり珪肺の原因になると主張されるのであれば、フェロニッケルスラグには結晶石英やクリストバライトが含まれていることを科学的根拠に基づいて示すか、あるいは結晶石英やクリストバライト以外のケイ素酸化物も発がん性が認められるとか珪肺の原因になるという根拠を示すべきだろう。それらについて明確な根拠が示され、私のこの記事が間違いであることが明確になったなら、私はこの記事を訂正し、香取さんに謝罪したい。

 労働安全衛生法で「有害物・危険物」とされるシリカにはたしかに非結晶シリカも含まれているようだが、このことと結晶石英の発がん性や珪肺の問題は別である。本記事の主旨である発がん性、珪肺のことを棚に上げて労働安全衛生法を根拠に有害性を主張するのは論点を逸らすことになる。

 その後、香取さんは労働安全衛生法で「有害物・危険物」とされるシリカには非結晶シリカも含まれていると主張していた。「危険有害性の要約」の「310 シリカ」にはさまざまな構造のシリカが記載されているが、この中でGHSの対象となっているのは「結晶質-石英」だけであり、それ以外は対象となっていない。したがって、香取さんのこの主張も誤りである。

 なお、スラグ微粉末の吸引が健康被害を引き起こすことは当然考えられるし、私のこの記事でも「粉じんの吸入は咳などの健康被害を引き起こすし、スラグ粉じんが無害だとは思わない」と書いている。したがって、長期間にわたるスラグ粉じん吸引が健康被害を及ぼすことは否定していない。

【12月9日追記3】
 以下の3点について追加および修正をした。
・沈殿池の水質検査に関わる過去記事を追加。
・「フェロニッケルスラグの冷却条件と組織に関する研究」について、「だぶ」さんの解説を追加。
・「追記2」の一部に誤りがあったので修正。

【12月12日追記4】
 住友金属鉱山はホームページでは以前はグリーンサンド(フェロニッケルスラグの商品名)の成分をSiO2、Mgo、CaOと化学式で表記していたが、その後Si、Mg、Fe・・のように元素表記に書き変えた。このような成分表記が適切なのかどうか「だぶ」さんにお聞きしたところ、問題ないとのこと。住友金属鉱山は、二酸化ケイ素が「物質として」含まれていると誤解されないために、このような元素表記に変えたのではいかと思う。以下、「だぶ」さんからのお返事。

https://twitter.com/fluor_doublet/status/674783490559250432 

 また、これに関連する「だぶ」さんの一連のツイートも紹介しておきたい。

うーん。フェロニッケルのスラグ、酸化物成分の値で書くと勘違いする人が出るので、各元素で表記してみますか。

元論文はこれです。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/shigentosozai1989/105/14/105_14_1067/_pdf スラグ二種類の挙動が書いてあるので、スラグAとスラグDについて、元素の重量百分率で示しますよ。

スラグDは SiO2 53.9%, MgO 27.8%, Fe (all) 6.5%, CaO 5.4%, Al2O3 2.4%, Ni (all) 0.26% の酸化物換算組成です。足らないところは鉄およびニッケルに結合した酸素でしょうから、それで 100% にします。

すると、Si 25.2%, Mg 16.8%, Fe 6.5%, Ca 3.9%, Al 1.3%, O 46.0% になります。スラグD は20℃/sec以上の冷却温度で冷却すると、そのままガラスになるので、ガラスの成分はこのままです。マグネシウムに富んだケイ酸塩ガラスですね。

これには、非晶質の二酸化ケイ素 (SiO2)、結晶質の二酸化ケイ素(石英、クリストバライト)の物質は一切含まれていません。単なるガラスです。

ちょっと厄介なスラグA,こっちはもっとマグネシウムに富み、50℃/sec の速度で冷却すると、重量%で 10% が苦土カンラン石になります。苦土カンラン石の組成は Mg2SiO4 です。

スラグAの組成は SiO2 52.4%, MgO 34.3%, Fe (all) 6.5%, CaO 0.35%, Al2O3 1.9%, Ni (all) 0.11% です。酸素で帳尻を合わせてやります。ここから、重量で 10% の Mg2SiO4 の結晶が落ちます。

その分を引いて規格化して、元素ごとに残りのガラスの重量百分率を出しますと、Si 25.0%, Mg 19.1%, Fe 7.2%, Ca 0.28%, Al 1.1%, O 47.1% になります。こういうガラスがスラグAから 90% の重量百分率でできます。

50℃/secの冷却速度で冷やしたスラグAは、10% の苦土カンラン石 Mg2SiO4 と、90% のガラスです。ガラスの部分は、非晶質の二酸化ケイ素 (SiO2)、結晶質の二酸化ケイ素(石英、クリストバライト)の物質は一切含まれていません。これもまた単なるガラスです。

先の論文には、そういうことが書いてあるのです。フェロニッケルのスラグを水砕しても、シリカガラスも、結晶質シリカもできませんよ、と。

だから、フェロニッケルスラグの中の物質の二酸化ケイ素について考えても、意味がないんです。入ってないんですから。

(承前)一番右はケイ酸ナトリウム(水ガラス)ですが、Naイオンをマグネシウムに置き換えて考えてみてください。フェロニッケルのスラグは一番右のようなものであって、左でも真ん中でもないのです。

なので、シリカを悪者にしても、このフェロニッケルのスラグの場合はホントに頓珍漢な話なのです。

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