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2015年11月

2015年11月28日 (土)

11月の大雪と冬の木々の光景

 今年はいったいどうしたのだろうか?と思うくらい、11月に入ってから何度も雪が降った。朝起きて窓から外を見ると真っ白、という日が何回あっただろうか。真っ白の雪が地面を覆うと、ああ今年もまた長い冬の到来だとちょっと観念するのだが、今年はそんな冬の到来がいつになく早い。

 ただし、いつもなら11月に雪かきが必要なほど雪が積もることはほとんどない。本格的な積雪はたいてい12月に入ってからだ。ところが今年はどうしたことか、つい先日30センチほど雪が積もり、昨日もまた30センチほど積もった。まだ11月だというのにすっかり真冬の景色だ。

 葉を落とした落葉樹はなんとも寂しげだが、ひとたび雪を戴くといっぺんに明るく清々しい姿になる。天に向かって伸びる枝々の繊細な造形がもっとも美しく映えるのは、やはり雪を戴いたときだろう。といっても、こうした光景を楽しめるのは、降り積もった雪が風で飛ばされたり、かすかな陽射しに暖められて溶け落ちるまでのひとときなのだが。

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 落葉樹の枝が天に向かって広がっているのとは対照的に、針葉樹は濃い深緑の葉の上にこんもりと雪を戴く。針葉樹に積もった雪は面的に広がり枝を押し下げる。

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 夏の木々は生命の輝きが溢れていて躍動感があるが、雪と氷に閉ざされた季節の木々は、厳しい冬をじっと耐えるがゆえの凛とした美しさがある。

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 雪が降り積もった木々の光景を見ていると、私はなぜか幼い日の霧ヶ峰を思い出す。霧ヶ峰の強清水には父の会社の宿泊施設があり、家族でスキーに行った。強清水のあっというまに滑り降りてしまう猫の額のようなスキー場は今も健在だ。リフトが1基だけのその小さなスキー場の一角で橇遊びをしたり、転ぶとすぐに流されてしまう子ども用のつっかけ式のスキーで遊んだ記憶がある。長靴を通して伝わる雪の冷たさに半べそをかいた記憶もおぼろげながら蘇ってくる。

 あの宿の前には雪をいただいた木々が並んで木立となっていた。何の木なのか今となっては分からないが、大半は針葉樹だったと思う。カラの仲間だったろうか、ときおり小鳥のやってくるだけのモノトーンの世界、どこまでも静かな音のない世界。ほかに見るものもなく、窓からの冬の木々を飽きもせず見ていた。冬の山とはこんなにも静かなのかと子ども心に思ったものだ。雪をかぶった森林などいくらでも見ているのだけれど、考えてみたら、私が雪を戴いた針葉樹の光景をはじめて目にしたのは霧ヶ峰だったのだろう。だから、あの光景が忘れられないのかもしれない。

2015年11月26日 (木)

日本国憲法の制定と改憲

 11月24日付けの北海道新聞に、「憲法に平和と民主化の願い」とのタイトルで古関彰一さん(独協大名誉教授)の日本国憲法の誕生についてのインタビュー記事が掲載された。非常に重要なことだと思うので、ここに要点を紹介したい。

・憲法に平和条項を盛り込んだのは日本の議員たちだった。9条がどうしてできたかが分かったのは、1995年に帝国議会の速記録が公開されて判明した。
・知識人らによる民間グループ「憲法研究会」が1945年に統治権は国民にあり、天皇は国家的儀礼をつかさどるとし、自由権を定めた「憲法草案要綱」を発表し、内閣やGHQに提出。
・憲法研究会の案がGHQ草案に盛り込まれ、国民主権や人権条項につながった。
・日本政府は、万世一系の天皇が統治権を有するなど明治憲法とほとんど変わらない「憲法改正要綱」をGHQに提出したが、GHQは一蹴して自分たちの草案を日本に渡した。
・日本政府の「憲法改正要綱」に賛成したのは起草した憲法問題調査委員会委員長の松本蒸治ら一部だけで、昭和天皇すら要綱に疑問を持つ人が出るのではないかと述べた。
・GHQ草案を確定案にするまでGHQは松本らを30時間缶詰めにしたが、同席した外相の吉田茂や法制局の佐藤達夫は押しつけられたとは言っていない。松本の私憤が「押しつけ論」になったのだろう。
・連合国最高司令官のマッカーサーは、日本統治に昭和天皇の存在が不可欠と考えていたため、GHQは天皇に厳しい姿勢で臨むと見られた極東委員会が動きだす前に天皇を象徴的な存在にする民主的憲法案をつくろうと急いだ。つまり、天皇を守るために象徴天皇制と戦争放棄が必要だった。
・戦争放棄により日本本土を非武装化し、その代わりに沖縄に軍事基地をつくるというマッカーサーの政治的、戦略的な発想があった。
 

 ざっと要約するとこんなところだろうか。

 よく言われる米国による押しつけ論に対し、民間グループが提案した案をGHQが採用したということは私も知っていた。あらためて古関氏の解説を読んでも、いわゆる「押しつけ論」は改憲の理由にはならないと思う。

 ところで、これを読んで私が注目するのは「天皇を守るために象徴天皇制と戦争放棄が必要だった」と「戦争放棄により日本本土を非武装化し、その代わりに沖縄に軍事基地をつくるというマッカーサーの政治的、戦略的な発想があった」という2点である。

 GHQは象徴天皇制と戦争放棄によって天皇の戦争責任を免責したことになる。ここで頭に浮かぶのは、辺見庸著「1★9★3★7」に取り上げられている天皇の戦争責任問題である。この中で、辺見氏は天皇の戦争責任について何度も言及するのだが、とりわけ印象に残るのは1975年10月31日の皇居で行われた天皇の記者会見における問答である。1975年といえば、私は大学生だったが、情けないことにこの天皇の発言についてはほとんど記憶にない。この問答について「1★9★3★7」から引用したい。(306ページ)

(問い)また陛下は、いわゆる戦争責任について、どのようにお考えになっておられますか、おうかかいいたします。
(天皇)そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないので、よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えができかねます。

 天皇は当然のことながら自分に戦争責任があるという自覚はあっただろう。いわゆる「皇軍」が「大元帥陛下(天皇)万歳」と唱えて南京で大量殺戮をしたのだ。責任がないわけがない。しかし、この正面からの問いに対し「言葉のアヤ」などといって自らの戦争責任を堂々と誤魔化したのだ。これほど無責任で恥ずべきことはない。こういうことを平然と言えたのは、憲法で戦争責任の免責をしてしまったことが関わっているのだろう。

 私は戦争責任について天皇に土下座させて謝罪させればよかったとは思わない。自己の責任を認めることができない者に無理矢理謝罪をさせたところでどれほど意味があるのかと思う。ただし国民は、とりわけ知識人たる者は、この天皇の発言に対し毅然と異を唱え批判する必要があっただろう。中国での大虐殺という加害ならびに太平洋戦争での被害を突き付け、天皇の戦争責任を国民の前にきっちりと明らかにするべきであった。しかし、それがなされぬまま日本の無責任体質は今に及んでいる。ふたたび戦争をする国へと突き進んでいる今、今後の戦争で生じるであろう加害や被害の責任は誰にあるのか? 平和憲法を持ちながら安倍政権を選んだ私たち国民ではないのか・・・。

 もう一つ、認識を新たにしたのは、「戦争放棄により日本本土を非武装化し、その代わりに沖縄に軍事基地をつくる」という米国の思惑である。戦争放棄の裏にこんな事情があったのかと思うと慄然とする。沖縄を犠牲にしての日本の平和などあり得ない。今の辺野古の闘いは、本土の人間にとって決して無関心でいられるものではない。  

11月22日の琉球新報の社説から一部を引用しよう。

 注意したいのはオバマ氏の言動だ。首相の発言に対し、オバマ氏は「感謝したい。米軍も嘉手納より南の基地返還に取り組む」と述べただけである。「唯一」という発言に同意してはいないのだ。
 事実、日本の安全保障政策に多大な影響力を行使してきたアーミテージ元米国務副長官もナイ元米国防次官補も辺野古新基地に疑問を呈している。モンデール元駐日米国大使も「(普天間代替基地の場所について)われわれは沖縄だとは言っていない」と明言した。「辺野古が唯一」だなどと言っているのは日本政府だけなのである。

 憲法によって沖縄に基地を押し付けた米国ですら、もはや「辺野古が唯一」などとは言っていないのだ。それにも関わらず、今も辺野古で抗議行動をしている人たちに暴力をふるい、県民の反対を押し切って沖縄を米国に差しだそうとしているのは安倍政権にほかならない。こんな安倍自民党政権を選んだのは、私たち国民だ。

 私たち無責任な日本人が選んだ安倍首相は改憲に向けてまっしぐらだ。そして、再び戦争という人殺しをしようとしている。平和憲法の制定に米国の思惑があったとしても、それによって天皇の戦争責任が免責されたとしても、自民党主導の改憲は何としても阻止しなければならない。米国にただただ媚を売り、基本的人権すらなくそうとしている安倍政権にNOを突き付けねばならない。

 もし改憲がなされたなら、日本は一気に戦争へと突入し、基本的人権も表現の自由もなくなるだろう。戦前と同じ状況があっという間にやってきて、国民が互いを監視し合い、ずるずると戦争へと巻き込まれていくだろう。今、戦争反対を唱えている人ですら何も言えなくなり、軍国主義へと染まっていくかもしれない。そうなったとしても責任は私たち国民にある。

 無責任体質が染み込んだ日本人に、改憲阻止ができるかどうかが問われている。

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辺見庸氏の渾身の著作「1★9★3★7」 
辺見庸氏の「1★9★3★7」インタビュードタキャンと日本共産党批判

2015年11月24日 (火)

辺見庸氏の「1★9★3★7」インタビュードタキャンと日本共産党批判

 以下は11月22日の私のツイート。

①ここ数日、辺見庸氏のブログの日録「私事片々 201511/10~」http://yo-hemmi.net/article/429387467.htmlを毎日読んでいる。辺見氏は以前、日録で国会前のデモを批判していたが、それを一度消した。しかし、最近になってまたそのことを取り上げている。

②11月12日の日録には、安保法制に反対する国会前のデモについて、「安保法制反対をとなえる服従(屈従)的デモのあとにデモ参加者が路上清掃をしたという〝美談〟」をとりあげ、批判している。では、安保法制反対をとなえる服従(屈従)デモとは何をさしているのか?

③11月18日の日録で、共産党機関紙の赤旗が辺見氏の著書「1★9★3★7」についてのインタビューを断った理由についてこう推測する。「ほんとうのわけは、ひところの国会前のデモを、あまりにも「権力迎合的」だとわたしが口汚く非難したからではないですか。」

④辺見氏はさらにこう続ける。「そのことをみとめれば、問わず語りに、あそこには「まっさらの若者たち」だけでなく、共産党や民青の〝別働隊〟が多数入っていた事実を承認することになるので、あなたがたは卑小な沈黙をきめこんでいるのではないですか。」

⑤「まっさらな若者」とはもちろん #SEALDs の若者たちのことだろう。私は現場にいたわけではないし、本当の事情はよくは分からない。しかし、SEALDsの主宰したデモに、共産党や民青のメンバーなどの「別働隊」が入り込んでいたというのはたぶん事実だろう。それだけならまだいい。

⑥辺見氏が批判したのは「別働隊」のとった行動である。21日の日録にこうある。「権力受容体質のニッポンのあんちゃん、ねえちゃんたちは、国会前でやったように、SWATに拍手喝采し、屍体に「帰れ!」コールを浴びせかけ、しかる後に、みんなで血塗られた道路の清掃作業でもやるんだろうか」

⑦ツイッターでも流れてきたが、一部のデモ参加者が警察に逮捕されたとき、デモ参加者の一部がその逮捕を喜び、「帰れ」コースを浴びせたらしい。別働隊が警察にチクったのかどうか私は知らない。しかし、警察による違法逮捕への加担を「権力に迎合」と言わずに何というのだろう。

⑧辺見氏はこの光景に怒っている。安保法制反対を叫ぶ人々が権力に迎合しているのなら、矛盾も甚だしい。共産党別働隊がそれに関わっているからこそ、辺見氏は共産党を「権力迎合的」と批判しているのだ。私も警察によるデモ参加者の逮捕を知ったときには憤りを覚えた。

⑨共産党や別働隊なるものが国会前デモを利用しているというのは、私も感じてはいた。しかし、あえて批判はしなかった。なぜならSEALDsは特定の組織を支持しているわけではないし、来る者は拒まず、去る者も追わないからだ。共産党や過激派が来ていても排除することにはならない。

⑩個人の発言と行動、すなわち個としての主体性を何よりも重視するSEALDsと、上意下達が徹底した日本共産党は、どう考えても根本的なところで歴然と異なっている。相いれないのだ。なのに、共産党がSEALDsの若者たちを評価し国会前デモを大きく報じることにどうしても違和感はあった。

⑪私は徹底して戦争に反対をしてきたという点では日本共産党を評価している。主張にしてもまっとうなことが多い。しかし、共産党という組織内における「支配-服従」の関係だけは嫌悪する。組織に服従してしまう人々が、いったい国家権力に対してどれだけの不服従や抵抗ができるのかと。

⑫そして、はからずもその矛盾が国会前の「逮捕に加担=権力に迎合」という光景で露呈した。いったいこの国の平和運動に個の主体性がどれほどあったのか? それだけにとどまらず、別働隊(だと私は思っているが)のメンバーが個人情報晒しというネットリンチ(暴力)をしでかした。

⑬辺見氏が推測するように、もしインタビューを断った理由が共産党批判なのであれば、やはり共産党に幻滅せざるを得ない。共産党は批判を真摯に受け止める度量がこの危機的状況を目の前にしてもないのかと。なぜ対話ができないのかと。それが身を滅ぼすことにならないのかと。

⑭戦争に片足を踏み入れているときに、反戦平和を唱える共産党の批判をしたくはない。しかし、言っていることとやっていることに矛盾があってはならない。その矛盾を解消し、個の主体性を尊重しないところに未来はないと思う。 

 共産党の志位委員長は、9月22日にツイッターでこんな発言をしている。

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 志位氏は「共産党アレルギー」が国民連合政府共闘の支障になっていると考えているようだが、そうだろうか? たしかに、共産党と聞いただけで嫌悪する人たちはそれなりにいるだろう。しかし、私は、共産党という組織の内部における「支配-従属関係」を嫌っている人がかなりいるのではないかと思っている。それゆえに共産党から離れて行った人も多いのではないか。さらに、党に対する批判を許さない姿勢も賛同できない。なぜ、もっと批判に対して寛容になれないのだろう。自分たちこそ「絶対に正しい」と思っているのであれば、民主主義を標榜する組織とは言いがたい。

 辺見氏が国会前での権力迎合と共産党のインタビュードタキャンに拘る理由はここにあるのだろう。共産党が安倍政権を批判し、民主主義を主張するのなら、共産党のこの姿勢を変えることこそ必要なのではないか? 党の体質を変えないで「アレルギー」のせいにしてしまう限り、国民からの支持は得られない。私にはそう思えてならない。

2015年11月21日 (土)

辺見庸氏の渾身の著作「1★9★3★7」

 「金曜日」から出版された辺見庸著「1★9★3★7」を読み終えた。本書は、週刊金曜日に連載された「1★9★3★7『時間』はなぜ消されたのか」および「今の記憶の『墓をあばく』ことについて」を加筆修正して書籍化したものだ。

 私は辺見氏の本は全部ではないもののある程度は読んでいる。しかし、本書はこれまで読んだ本の中でももっとも強い衝撃を受けたと同時に、読み進むこと自体に多少なりとも苦痛を伴った。

 本書は、中国人の視線で日中戦争での日本軍による残虐な行為を描いた堀田善衛(ほったよしえ)の「時間」という小説をもとに、戦争における人間の獣性を問い、天皇の戦争責任を問い、今の日本の危機的状況を招いた原因を暴き、日本人の心に巣食う全体主義を批判し、これらのことを痛烈に読者に質す書である。タイトルの「1★9★3★7」は、日中戦争で日本軍が中国人に対して目を伏せたくなるような残虐行為、いわゆる南京大虐殺があった年を指している。

 私とて、南京大虐殺を知らないわけではない。日本兵による中国人捕虜や民間人の虐殺、強姦などの残虐行為については辺見氏の他の著作でも触れられているし、いわゆる「百人斬り」については本田勝一氏も指摘している。しかし、「時間」を基にした辺見氏の大虐殺の情景描写によって、私のこれまでの認識がいかに甘かったのかを思い知らされることになった。本書を読んでいる間中、その残虐きわまりない衝撃的な情景が脳裏に焼きつき、まさに悪夢のように頭にまとわりついた。

 そして、辺見氏自身が何度も本の中で自分自身に問い苦悩するのである。もし自分が日本兵の立場であればどう行動していたのか、上官の命令を拒否することができたのだろうかと。また辺見氏は日中戦争に従軍し、おそらく間違いなく拷問や虐殺などの残虐行為に加わったであろう自身の父親のことを引き合いにだし、自問自答する。自分自身が父親の立場であったらどうしたであろうか、戦争だったから仕方が無いで済ませられるのか・・・否、そうではないと。

 私が「読み進むことに多少なりとも苦痛を伴った」と書いたのは、辺見氏の自問自答は否応なく読者にも突き付けられているからである。本書は、読み進むその場その場で読者に対し「自分が日本兵の立場なら、どんな行動をとったのか」、「この残虐行為を自分はできるのか」と問い質し、答えを求めるのだ。この究極の問いに、何のためらいもなく「自分が殺されても他者を殺さないことを選ぶ」と明言できる人ははたしてどれほどいるであろうか。

 そして、やはり私は唖然とする。私(たち)は、日中戦争における日本人の残虐行為を知ろうとおもえば知ることができたのに知ろうとはせず、天皇の戦争責任も心のどこかに感じながらもなんとなく目をそむけてきたことに。さらに、この国のメディアも知識人の多くもそれを封印し続けてきたことに。否、封印どころか、南京大虐殺はなかったという言説が吹聴され、過去を書き消そうとする勢力が台頭しているのである。

 実際、ネットで「南京大虐殺」「百人斬り」と検索してみて唖然とした。これらが捏造であるとか論争中であると言った言説が渦巻いているのだ。何ということだろう。

 辺見氏は、戦後70年間、この国に民主主義などはなかったと喝破する。日本人は隣国で行った過去の残虐行為を封印し、天皇の戦争責任を問わなかったと。つまり、日本人は自分たちに都合の悪いことは徹底的に隠し、責任をとるということを避けてきたと。たしかに、その通りである。戦争責任もそうだし、福島の原発事故も誰も責任をとっていない。事故原因もうやむやのまま、事故の収束の見通しすらつかないのに、原発の再稼働を始めたのだ。この国では重大な被害をもたらした人為災害の原発事故ですら誰も責任をとらない。「責任をとらない」ことがあらゆるところで常態化し、人々もその状態に麻痺しているかのようだ。

 本書では、最後に日本人のもつ全体主義を2015年にこの国で起きていることへと繋げている。辺見氏は、反戦平和を訴える民衆を否定こそしないが、そこに加害者意識が抜け落ちていることを鋭く突き、被害者意識だけの反戦運動に物申す。日本人は、東京大空襲、沖縄戦、原爆投下の被害者ではあるが、その前の南京大虐殺では加害者である。その戦争加害者意識を置き去りにして被害ばかりを強調することに警告を発している。

 そして、辺見氏は今の日本の情景を以下のように表現する。(348ページ)

1★9★3★7のあらゆる問いは手つかずのままのこされ、数知れない遺体は年々、だたさらされて、しゅびよく風葬されている。敵はあきらかにきれめなく勝ちつづけている。どぶどぶの汚泥そのものの敵権力が、敵―味方の境界を消して、いつまでもさいげんもなく勝ちつづけている。敵はわたし(たち)のなかにこそいるからだ。

 戦争へと突き進む自民党政権がずっと勝ち続け、その勢いが国民にもじわじわと浸透してきていると。その通りだ。特定秘密保護法が通り、戦争法案も強引に通してしまった。そして安倍自民党政権は憲法改正を目論んで邁進している。現政権がずっと勝ち続けているのは何故なのか?

  「敵はわたし(たち)のなかにこそいる」という言葉が頭からこびりついて離れない。わたし(たち)のなかにある敵とは何か? 日本人は、なぜ安倍政権の暴走を止められないのか。ここでもう一度、辺見氏の言葉を引こう。(374ページ)

  ニッポンジンは、はたして敗戦で「始めて自由なる主体となった」か、ニッポン軍国主義にはほんとうに終止符がうたれたのか、超国家主義の全体系の基盤たる「國體」は、かんぜんにあとかたもなく消滅したのか。だとしたら、安倍晋三なるナラズモノは、いったいなにから生まれ、なににささえられ、戦争法案はなぜいともかんたんに可決されたのか。「この驚くべき事態」は、じつは、なんとなくそうなってしまったのではない。ひとびとは歴史(「つぎつぎになりゆくいきほひ」)にずるずると押され、引きずりまわされ、悪政にむりやり組みこまれてしまったかにみえて、じっさいには、その局面局面で、権力や権威に目がくらみ、多数者はつよいものにおりあいをつけ、おべんちゃらをいい、弱いものをおしのけ、あるいは高踏を気どったり、周りを忖度したりして、今、ここで、ぜひにもなすべき行動と発言を控え、知らずにはすませられないはずのものを知らずにすませ、結局、ナラズモノ政治がはびこるこんにちがきてしまったのだが、それはこんにちのようになってしまったのではなく、わたし(たち)がずるずるとこんにちを「つくった」というべきではないのか。

 はたしてどれほどの日本人が権力や権威に目をくらませず、強いものに折り合いをつけず、おべんちゃらを言わず、弱いものを押しのけず、高踏を気どらず、周りを忖度しないように努めているのだろうか。はたして、どれだけの人が圧力を恐れずに言うべきことを言い、やるべきことをやっているのか・・・。

 もちろんこれらを実行している人がいないわけではない。しかし、発言しようと思えばできるにも関わらず、理屈をこねまわしては発言を避けている人が大多数ではなかろうか? あるいは「叩かれる」ことを恐れて自ら発言を抑えている人も多いように見受けられる。

 私自身は民主主義がなかったというより、自己保身のために長いものに巻かれ、責任をうやむやにすることで、国民が自ら民主主義を放棄してしまったと思えてならない。その無責任体質と全体主義の結果が、安倍政権の暴走を許してきたのだ。だからここが変わらないかぎり、この国は戦争へと足を踏み入れるだろうし、そしてそうなってしまったら私たちはほとんど無抵抗にそれを受け入れざるを得ない状態になるだろう。もう戦争は目の前に迫っている。

 権力批判、強いものへの批判は怖れる反面、弱い者への暴言や個人情報晒しによる「吊るしあげ」、「ネット死刑」が横行し、加害者と被害者が応報を繰り返す光景も日常茶飯事だ。加害者が、翌日には被害者になって吊るしあげられていることすらある。それを物見遊山に傍観しては嘲笑する人々・・・。おぞましい光景に寒気がする。そこには言葉による残虐性や暴力があるし、その残虐性こそ、過去の戦争での日本兵の残虐行為に通じるのではないか。しかも、そうした事態は平和を訴え戦争反対を唱える人たちの間でも起きているのだ。これこそが、日本人の中に潜む全体主義であり残虐性ではなのではないか。上っ面の反戦平和ではないのか・・・。私は最近、ずっとそんなことを考えている。

 戦争の危機が迫るこの年に出版した本書は、辺見氏の気迫がみなぎった渾身の書である。

 ただし、なにやらあまりに絶望的な書だ。とは言え、辺見氏のそうした見方に大きく反論できないのも事実だ。かといってこの危機的状況に怒りの声をあげ、反戦平和運動を繰り広げる人たちを批判的に眺め絶望にひたることも私はよしとしない。

 安倍政権は戦争へと着々と準備を進めている。戦争へと片足を突っ込んだ今、民衆が騒いだところですでに「時遅し」であるかもしれないし、人々がそう簡単に己の中の全体主義から抜け出せるとも思えない。しかし、ここで黙っているわけにはいかない。諦めるわけにもいかない。絶対にいかないと思う。

2015年11月17日 (火)

チョウセンゴヨウと動物たち

 近くの園地に散歩に出かけたら、あちこちの木の下にチョウセンゴヨウの球果(まつぼっくり)がころがっていた。といってもすでに球果は齧られて中の種子は動物に食べられてしまっている。ただ、周囲に数粒落ちているのもある。

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 チョウセンゴヨウはとても大きな球果をつけるゴヨウマツで、その種子は「マツの実」として食用にもされる。人間も食べるくらいだから、動物たちにとっても貴重な食糧になる。

 たしかに園地の近くにチョウセンゴヨウが植えられているのだが、何十メートルも離れたところに球果がころがっているということは、動物が食べるために落ちた球果を運んできたのだろう。この大きな球果を運べる動物はエゾリスに違いない。木の下ばかりに落ちているということは、エゾリスが木の上まで球果を運びあげ、そこで齧りついたのだろう。

 今日はひっそりしていてエゾリスは見られなかったが、大きな球果を一生懸命齧ったり、貯食のためにせわしく走り回る姿が目に浮かぶようだ。そこで、ちょっとネット検索してみたら、まさにそんな様子を写真で紹介したページがあった。

チョウセンゴヨウのマツボックリ(今日のショット【エゾリスとともに~】)

リスの森からの便り(エゾリスと森の仲間たち)

 「オニグルミの不作とエゾリス」に今年はどんぐりもオニグルミも不作だと書いたが、チョウセンゴヨウはそれなりに実をつけたらしい。餌の乏しいこの秋には貴重な食糧に違いない。

 チョウセンゴヨウの実は、エゾリスだけではなく野鳥たちの餌にもなる。ただし種皮が厚いので、これを割って食べられる野鳥はキツツキ類やゴジュウカラなど一部に限られる。彼らは、樹皮の割れ目に種子を嵌めこんで固定し、嘴で割って食べるのだ。下の写真は樹皮の割れ目に残されたチョウセンゴヨウの種皮。

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 ところで、下から覗くとまるで笑顔のようなキノコがあったので、こちらも写真を一枚。

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2015年11月10日 (火)

オニグルミの不作とエゾリス

 わが家は森林が近いこともあり、家に居ながらにして野鳥や小動物の姿を見ることができる。食事中に庭先の野鳥が気になって双眼鏡を持ち出すこともしばしばある。そんな庭の訪問客の中でもエゾリスは仕草がかわいらしく、しばし見とれてしまう。長い尾でバランスをとりながらすばやく木々を駆け巡ったと思えば、時にぬいぐるみのようにじっとしていることもある。リスというのはなんとも愛嬌がある動物だ。

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 そういえば、今年はエゾリスの大好物であるオニグルミの実がほとんどならなかった。わが家の隣の空き地には2本のオニグルミがある。そして、2本のオニグルミはほぼ毎年、沢山の実をつけていた。だから、私はオニグルミには「なり年」と「不なり年」はなく、毎年コンスタントに実をつけるとばかり思っていた。でも、どうやらそうとも言えないようだ。

 オニグルミに実がならなかったことは、思い返してみても記憶にない。花が咲く時期に受粉を阻害するような異変でもあったのだろうか? しかし、これほど実がならないと、オニグルミを食べるエゾリスやアカネズミにとってはかなり厳しい冬になるのではなかろうか・・・。

 昨年はミズナラのどんぐりが豊作でたわわに実をつけていた。そのためか、今年はどんぐりがほとんど実をつけていない。越冬の巣穴にどんぐりを溜めこみ、その上で冬ごもりをするというシマリスにとって、どんぐりが不作の年は食糧の確保が大変だろう。もちろんシマリスだけではなく、ネズミやエゾリスも大変に違いない。

 どんぐりは、子孫を残すために「なり年」と「不なり年」をつくると言われている。たとえばネズミは冬の食糧としてどんぐりを土に埋めて溜めこむのだが、たくさん実をつけた年には食べきれなかったどんぐりが翌春に芽を出す。ただし、毎年たくさんの実をつけているとネズミが増えすぎて食べ残しのどんぐりがなくなってしまう。つまり「なり年」と「不なり年」をつくるのは植物の生き残り戦略というわけだ。

 自然のめぐみに頼って生活している動物たちにとって、冬の食糧の確保は死活問題に違いない。エゾリスは冬眠をしないので、秋になると冬に備えて木の実などを地中に埋める習性があるのだが、木の実の少ない今年は餌集めもさぞかし大変だろう。

 野生動物にとっては厳しい冬になりそうだが、愛らしいエゾリスの姿を見るにつけ、なんとか無事に乗り切ってほしいと思わずにいられない(もちろん“愛らしい”から乗り切ってほしいと言うわけではないのだけれど・・・)

2015年11月 4日 (水)

陰謀論考-特にSEALDs陰謀論をめぐって

 私は基本的に陰謀論には慎重だしむしろ警戒することにしている。もちろん、世の中には策略や謀略といったものが溢れていることは十分承知している。たとえば、安全神話と地元自治体への交付金で誘致し推進してきた原発などその最たるものだろう。実際に最悪の事故が起こっても、被ばくのことをひた隠しにし、健康被害を過小評価して汚染地に住民を戻そうとする政府と電力会社は今も国民を騙している。除染だって福一の事故処理だって利権が絡んでいる。

 検診・検査づけあるいは薬づけにして儲けようとする医療業界、大義もないのに推進する公共事業なども同じ。これらはほぼ全てが利権構造と結びついている。マスコミが正面からこうした策略や利権構造を報じないとしても、自ら情報を収集し、感性を磨いていれば、そうしたはかりごとは見抜くことができる。私は若い頃から自然保護に関わってきたが、国の大型公共事業には必ずといっていいほど政官財の癒着があり「事業を行うこと自体が目的」となっていることを身にしみて感じる。政治における策略は利権とほぼ一体となっている。

 しかし、だからといって疑わしいと思うことは何でも「仕組まれている」という陰謀思考はしない。なぜなら利権による策略といわゆる陰謀論は同一視できないし、陰謀論の多くはその思考過程が科学的でも論理的でもないからだ。陰謀論の原点は不安からくる疑心暗鬼と思い込みであり、論理ではなく感情に基づいている。誤った陰謀論は嘘を流布することでしかないし、嘘をもとに特定の個人や団体を批判したなら明らかに権利侵害だ。したがって、陰謀論には慎重にならざるを得ない。

 以前、「陰謀論の思考と紙一重のニセ科学批判」lという記事で陰謀論について言及した。この記事では辻隆太朗氏の「世界の陰謀論を読み解く」という本について紹介したが、ここで引用した辻氏の発言をもう一度紹介しておきたい。つまり、陰謀論者がなぜ陰謀論思考をするのかと言うことについての辻氏の意見だ。

 この社会がどのように動いているのか、誰がどのような目的で動かしているのか。そもそも誰かが動かしているのか、勝手に動いているのかもわからない。そのなかに存在する自分の生活や選択は、本当に自分の意志によるものなのか。本当は他の誰かの意志に踊らされているだけなのではないか、知らないあいだに社会的に構築されコントロールされているのではないか。
 そのような不安に対し、陰謀論は世界の秩序構造を明確に説明し、世界やわれわれを操作する主体を一点に集約し可視化するとともに、陰謀論者たち自身の自律性の感覚や自己の独自な存在意義を回復し保証する機能をもつ、と考えることができる。陰謀論は世界がどうなっているのか、何が正しく何がまちがっているのか、誰がどのように世界を動かしているのかを明快に説明してくれる。簡単に言えば、陰謀論はわかりにくい現実をわかりやすい虚構に置き換え、世界を理解した気になれるのだ。(253ページ)

 つまり個人に生じた不安が疑心暗鬼を生み、それが発展して誰かに操られているのではないかという思考になる。そして、自分たちを操作する主体を明確にすることで、自分の自律性の感覚や自己の存在意義が保障される。「仕組まれている」と考えることで、わかりにくい現実をわかりやすい虚構に置き換え、世界を理解した気になっているのが陰謀論者といってもいいだろう。

 陰謀論者の口からときどき発せられる「騙されている者は愚か」「気づかない者はバカ」といった類の発言は、陰謀論者の内にある「自己の自律性や存在意義」を自ら吐露したものと言えるだろう。

 福島の原発事故以来、反原発派の一部の人において陰謀論思考が広まったように思えてならない。たとえば原発の嘘に目が覚めた一部の人が、原発や被ばくに関して不安を抱え疑心暗鬼になった結果、人為活動による地球温暖化論を詐欺だと主張するようになった。また政府による被ばく隠し、被ばくの過小評価を目の当たりにして、「健康被害や避難のことを言わない」人たちを疑い、そのような人や組織を「ニセモノ」「エートス」「御用組織」と認定することで、政府の方針を後押しする陰の組織が存在すると主張する人もいる。

 地球温暖化に関しては、原発推進派が温暖化を口実に原発を促進してきたのは事実だし、原発の温排水が海を温めてきたのも事実だ。温暖化の原因は人為由来の二酸化炭素の増加だけではないというのも確かにそうだろう。しかし、地球温暖化は基本的に科学として考えねばならないし、さまざまな研究結果からもそう簡単に否定できるものではない。ところが陰謀論者は原発推進派による嘘だと信じ込んでいるために、「否定的な言説」だけを探し集めて詐欺だと断言する。あまりに科学をないがしろにした短絡的思考だと思う。

 このまま温暖化が進めば地球の気候や生物に極めて大きな影響を与えるであろうことを考えるなら、ことは極めて重大でありとても楽観視できることではない。嘘の流布は責任問題であり、人の命に関わってくる。だから、私は温暖化詐欺論の流布には与しない。

 SEALDs陰謀論ももちろん同じだ。客観的かつ冷静に彼らを見ていれば、学生たちが自主的につくった組織であり、陰謀などどこにもないのは直感でわかる。否、直感だけではない。彼らのスピーチやホームページ、出版物などに目を通しても、陰謀などどこにも感じられないし、メンバー個人の主張も筋が通っている。人工芝運動、共産党の下部組織、改憲誘導などといった陰謀論に明確な裏付けはない。むしろ共産党が政府側などという主張はあまりに現実離れしている。妄想同然の根拠薄弱な状況証拠を並べて騒いでいるとしか思えない。

 メンバーの出身高校の偏差値だとか、出版した本のゴーストライター説などまで出回る始末だが、出身高校の偏差値などはメンバーの主張や人格になんら関係がないし、このような発言は差別や侮辱でしかない。ゴーストライター説に至っては状況証拠すらなく単なる妄想の類だ。SEALDsの本は対談や個人の意見から成り立っているのであり、ゴーストライターの紡ぐ文章とは対極にある。

 陰謀論者のツイートを見ていると、明らかに陰謀だという盲信が先にあり、そのためにメンバーの発言の一部を切り取ることで理由を後付けしているとしか思えない。勝手に疑心暗鬼になって疑問を呈するだけならそれも自由の範疇だろう。しかし気になるのは、SEALDsが御用組織であると断定し、メンバー個人に対する暴言や揶揄、嘲笑にまで及んでいる人がいるということだ。事実ではないことを断定的に主張して拡散させ、実名の個人を中傷したり侮辱したなら、明らかに権利侵害だし、場合によっては犯罪だ。

 もし、彼らが政府のまわし者であり恣意的に改憲に誘導しているのであれば(私にはそう考える理由などまったく思い当たらないが)、黙っていてもいずれそのことが誰の目にも分かるようになるはずだ。従って、とりあえず静観し、明確になった時点で批判すればいいことなのに、陰謀論者はそういう冷静さを持たない。陰謀が正しいと信じ切っているし、それを主張することが正義だと思っているからだろう。

 嘘を振りまかれた上に、名指しで侮辱されて冷静な気持ちでいられる人などいない。奥田愛基さんや牛田悦正さんが陰謀論者をブロックしたことに対して「対話をしようとしない」「異なる意見を聞こうとしない」と批判している人もいるようだが、とんだ勘違いだ。  

彼らがブロックするのは、対話できない陰謀論者など相手にしても無意味だと判断しているからだろう。なぜなら陰謀論者は陰謀を信じているから、どんなに説明を尽くしても理解しようとはぜず、相手にしてもさらに難癖をつけてくるからだ。そういう意味ではネトウヨと何ら変わらない。そういえば日向製錬所とサンアイが黒木睦子さんを訴えた裁判でも、原告らを擁護し黒木さんとその応援者を罵倒する人たちがいた。彼らの思考も陰謀論者と同じで「はじめに批判ありき」だ。だから、どんなに論理的に反論したところで、はぐらかしや人格否定をする。そして、ブロックすれば「対話しない」「逃げた」と騒ぐ。SEALDs陰謀論者も、それと大差ない。

 SEALDs陰謀論者は圧倒的に「脱被ばく派」に多いようなのだが、なぜこんな思考になってしまうのか? それは恐らく、「反原連(首都圏反原発連合)」や「しばき隊」とSEALDsメンバーとの関係からきていると思われる。SEALDsのメンバーが活動の参考にするために反原連の官邸前デモに参加していたのは本人たちも本で説明しているし事実だ。  陰謀論者たちは反原連のメンバーが避難について主張しないので「反原連=エートス=政府側」と考えているようだ。また「しばき隊」の言動への反感もあるようだ。それでSEALDsを支持している反原連とSEALDsは「同じ穴の狢と」判断しているのだろう。私も「しばき隊」メンバーなどの言動を支持しているわけではなく疑問もある。しかし、反原連と交流があるという事実がSEALDsを御用組織と決めつける根拠にならないのは明白だ。

 ところで、「避難を主張しない=エートス=政府側」だと言えるのだろうか? 私自身、福島の原発事故のあと、原発問題や被ばく問題についてブログで頻繁に記事にしてきたし、汚染地からは避難するのが最善だと思っている。しかし、だからといって声高に避難を叫び続ければ問題解決になるわけではない。

 汚染地に住む人たちで被ばくについて意識が高く避難が可能な人の大半はすでに自主避難してしまっただろう。今も汚染地に住んでいる人たちは、意識が高くてもさまざまな理由で簡単に避難したくてもできない人と、それほど深刻に考えていない人のどちらかだと考えられる。前者の人たちは恐らく汚染食品を避けるなどの努力をしているだろうし、後者の人たちも何も知らないわけではなく、安心情報を頼りにしたり正常性バイアスによって自分を維持している人も多いに違いない。

 こういう状況のなかで第三者が汚染地に住む人たちの立場を考えてできることと言えば、被ばくや健康被害に関する知識や客観的事実を広めて避難の判断に供することと、政府に「避難の権利」を求めていくことしかないのではないか。避難、避難と騒いても汚染地に住む人たちの心には響かないし、お節介でしかない。脱被ばく派の中には「避難しないのは愚か」「東京は人の住むところではない」などと平気で口にする人もいるが、こういう発言は避難できない(しない)人たちを見下し、反発を買うことにしかならない。結局、政府が「避難の権利」を認めない以上、現実を踏まえて避難するかどうかは個人個人の意識と事情と判断力にかかっている。他人が押しつけることではないのだ。

 また、どの地域なら避難すべきかという判断にしても、個人個人で違う。福島から東京に避難した人もいるし、東京から西日本などに避難した人もいる。仮に東京も避難すべき汚染地だと認定したなら、首都の移転問題にも発展するし、そもそも狭い日本で首都圏の人たちをどこに移住させるのか、仕事や住居はどうするのかという極めて難解な問題に直面する。汚染の程度も場所によって異なり均一ではない。チェルノブイリの原発事故でも、汚染地に住み続けざるを得ない人たちは、子どもを保養に出したりペクチン製剤(ビタペクト)で体内のセシウムを排出させるなど、できることをしてきた。避難が最善とはいえ、避難できない彼らを批判することは誰にもできない。

 汚染を知りつつ東京に住まざるを得ない人たちが、安易に避難を口にできないのは当然だろう。また、汚染地に住む人たちの判断を尊重するなら、第三者が避難のことをあえて主張しないというのは決しておかしなことではない。こう考えると、「避難を主張しない=エートス=政府側」などということには決してならない。現実を踏まえるなら、物事はそれほど単純ではない。

 小出裕章さんが年齢に応じて汚染した食品を食べるべき、という主張をしていることを理由に彼はエートスだという人もいる。私は小出さんのこの考えには賛同しないが、かといって小出さんの反原発がニセモノだとか、エートスだとは決して思わない。小出さんの言動を見れば、彼が真に原発に危機感を抱き警鐘を鳴らしていたことは明らかだし、被ばくによる健康被害は極めて深刻だからこそ原子力は危険だと言ってきたのだ。

 最後に、辻隆太朗氏の言葉をもう一度紹介しておこう。

私たちには世の中すべての情報を検証する能力も余裕もないが、自分の判断が正しいかどうかをつねに問うことはできる。可能であれば、自分の信じることや意見に対する反証を求めること、自分に対する反論を自分自身で考えることが一番だろう。陰謀論はたしかに物事に対する疑いを出発点としているが、その論理は健全な疑いとは正反対のところにある。陰謀論には自らに対する疑いがない。一言でいえば、信じたいものを信じるだけでは駄目なのだ。(285ページ)

 SEALDs陰謀論は「反原連」や「しばき隊」メンバーに対する個人的感情から始まっているとしか思えないし、その主張は第三者の私にとっても反論できることばかりで論理性にも欠ける。彼らは自分の信じたいことを信じているだけであり、その疑いは「健全な疑いとは正反対のところにある」と私は見ている。

2015年11月 2日 (月)

然別湖周辺の風倒被害

 北海道は10月初旬に台風と低気圧で強風が吹き荒れた。この強風で大雪山国立黒煙の南東部にある然別湖周辺では、比較的大規模な風倒被害が発生した。

 道路沿いを見る限り、然別湖の北岸にある野営場の一帯でかなりの風倒被害が見受けられる。全面的に倒れたという状態ではないにしても、場所によっては薄暗かった森林がスカスカの明るい疎林になってしまったところもある。下の写真の場所ではトドマツやエゾマツがかなり倒れたため、今まで見えなかった背後の山が見えるようになってしまった。

P10703481


P10703492

 東ヌプカウシヌプリの登山道も、ちょうど風穴のあるあたりで集中的に風倒被害が発生していた。このあたりは岩塊地で樹木は深く根を張れないことが風倒被害につながったようだ。

P10703553

P10703584

 気になるのは、今後の風倒木の処理だ。大規模な風倒木が発生すると、森林の管理者(ここの場合は国有林なので十勝西部森林管理署)がキクイムシの発生などを理由に風倒木を運び出すのが普通だ。昨今ではブルドーザーで作業道をつくって搬出するのが一般的なのだが、重機を入れると稚樹が潰されるだけでなく、植生が破壊されて土砂の流出が生じる。これまでも、そんな現場をあちこちで見てきた。

 しかし、キクイムシが大発生したとしても数年で自然に収束するし、キクイムシはキツツキ類の餌となる。北海道の森林は過去になんども大きな風倒被害を受けてきたはずだが、風倒木を放置しても自然に森林は回復するのだ。倒木がそのままになっている景観はたしかに美しいとは言い難いが、倒木もやがて朽ちて後継樹の苗床となる。

 また風倒木は風で揺すられて繊維が破断されるため材としての価値も下がる。自然保護の観点からも、また自然の遷移を見守るという観点からも、風倒木のある風景を自然の摂理として受け止め、基本的に手をつけないという選択をしてほしい。

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