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2015年10月

2015年10月26日 (月)

SEALDsの想いが詰まった本「民主主義ってこれだ!」

 雲ひとつない青空をバックに、白い文字で綴られている奥田愛基さんのまえがきを何度も読んだ。彼の飾り気のない言葉が心に沁み入ってくる。なんだか目頭が熱くなってくる。私はあの福島の原発事故の後、今後のことを思うと頭が混乱し、気が抜けたような数日を過ごした。それは今も引きずっている。しかし、20代前半の若者の言葉に、落ち込みからなかなか抜け出せない自分が恥ずかしくなってくる。ちょっと引用しよう。

 社会はそんなに簡単に動かないし、変わらない。しかし、それらはすべて言うまでもないことで、言ったところでなんの意味もない。「社会に絶望した」だとか「日本は終わった」みたいな話しは当たり前すぎて、もうこれ以上聞きたくない。そういう人はいつだって変わらないふりをしているし、絶望したふりをしているから。この国は、俯瞰的に見るだけで実は何も言っていない評論家が多すぎて、やる人があまりに少なかったのだと思う。
 絶望の国で何ができるのかが問われている。全部が変わるなんてことは僕も信じない。けど、はたして変わらないものなんてあるのだろうか。

 誰かのせいにせず、やるべきことを、できる限り、淡々としてきた。これからもそうするだろう。何もまだ終わってはいない。これはお別れの挨拶でもないし、始まりの挨拶でもない。なぜなら、ある局面が終わり、次の局面がもう始まっているからだ。

 原発事故、安倍政権、特定秘密保護法、解釈改憲、戦争法、マイナンバー・・・この国はあれほどの大事故を起こしたのに何の反省もなく原発を再稼働させ、避難や被ばくで苦しんでいる人たちが大勢いるというのにオリンピックを招致するという。ほんの数年の間にものすごい勢いで右傾化し、全体主義へと突き進んでいる。格差はさらに拡大し、貧困化は著しい。それにも関わらず投票率はあまりに低い。希望がどこにも見出せない。というより絶望という言葉しか思い浮かばない。そんなときに若者から尻を叩かれた。SEALDsの「民主主義ってこれだ!」(大月書店)は、まさにそんな本だった。

 本書は、メンバーのスピーチ、SEALDsのステートメント、メンバーの意見、主要メンバー座談会、これまでの活動、高橋源一郎さんと奥田愛基さんの対談に識者のメッセージも加わっている。デザインも編集も構成もすべでメンバーの手作りなのも凄い。写真を駆使し、文章だけではなく視覚にも訴える。実に若者らしいデザインと構成から彼らの玄人はだしの質の高さが伺える(もちろん評価はいろいろだろうけれど・・・)。

 先に出版された「高橋源一郎×SEALDs 民主主義ってなんだ?」とは一味違うし、内容もほとんど重なっていない。SEALDsらしさを満載した本だ。ただ、全体的に文字が小さいのが年配者にはちょっと辛い。

 スピーチはどれも個性があふれて、何度も胸が熱くなった。若者達が、ほんとうに勇気をふりしぼって自分の言葉を紡ぎ、おかいしと思うことをまっすぐに訴えている。そして「不断の努力」を宣言する。こんな光景に出会えるとはこれまで思ったこともなかった。考えてみれば、それは至極あたりまえのことなのだけれど、少なくともこの国では少し前まで当たり前ではなかった。そんなことをしたら、陰口を言われ、ネットで叩かれ、いじめられた。でも、彼らはその過ちに気付いて勇気を振り絞って動き始めたのだ。そこにはネットの罵詈雑言をも撥ねつける強い意志がある。

 私は彼らの座談会を読んでいて、数十年前の自分の学生時代を思い返していた。彼らのエネルギー、活力、想像力、そして若者らしい快活さ・・・そういったものはたしかに私が若いころにも存在していた。学際を前にしたクラブ活動で、大人の人たちとともに行動した自然保護運動で・・・。しんどいけれどそこには熱気があった。SEALDsの活動もそれに重なる。

 彼らは部活や趣味に熱中するのと同じ感覚で、政治運動を展開したのだ。自分たちに何ができるのか考え、アイディアを出し、思考錯誤し、自分のやれることを精一杯にこなす。時には徹夜して頑張って、そして時々息抜きもする。そこには大変さだけではなく充実感もある。ああ、そうだったのか!と、すごく納得した。私の学生時代はそこまで頑張らなかったけれど、目標に向かってみなぎる若者のエネルギーはいつの時代だって変わらない。

 彼らのやり方は機動隊とぶつかり、火炎瓶を投げ、バリケードを築いたかつての学生運動とは全く別物だ。あくまでも平和的に訴える。しかもリズミカルに。映像もメディアも駆使する。そして、何よりも個人の発言、行動に重きを置く。個人の主体性に基づいている。

 奥田さんの「絶望の国で何ができるのかが問われている」、「誰のせいにもせず、やるべきことを、できる限り、淡々としてきた」という言葉をもう一度噛みしめる。多くの大人が絶望の底で留まって文句を垂れている中、彼らはもっと先を見据えて絶望から希望へと行動している。

 こんな酷い社会にしてしまったのは私たち大人の責任だが、彼らはそれを責めることなく自分たちの未来のために、子孫のために行動をはじめた。たった数人で手探りではじめた運動が、今では日本中に知れ渡り受け継がれ、民主主義の担い手が全国に広まった。そしてこれからも増えていくだろう。

 若者の社会への無関心を嘆いていただけの自分がなんと恥ずかしいことかと思う。不平不満ばかり言っていても何も変えることはできない。一人ひとりが声をあげ、自分のできることをやっていくことこそ意味がある。SEALDsの原点はそこにある。彼らの行動力の源は、未来に向けた希望と信念と勇気だ。そんな若者たちがいることが、ただただ嬉しい。

2015年10月25日 (日)

マイナンバー通知カードは受け取り拒否が賢明(追記あり)

 マイナンバーの通知カードの発送が始まったようだ。この通知カードは住民票のある住所宛てに簡易書留で届けることになっている。

 ということで、国民はこの通知カードを受け取るか、それとも受け取り拒否にするかの判断を迫られることになる。マスコミなどではマイナンバーの利便性ばかりが報じられ、デメリットはほとんど報じていないようだが、本当にデメリットはないのだろうか? これが分からないと受け取ったほうがいいのかどうか判断できない。

 で、これについて判断するには法的な知識が必要なのだが、岩月浩二弁護士が詳しく説明して下さっている。

 まず、こちらの記事。

マイナンバー 通知カードを受け取ると義務が発生します(街の弁護士日記 SINCE 1992 at 名古屋)

 この記事によると通知カードを受け取ってしまうと以下のような義務が生じてしまう。

紛失したときは、直ちに役場に届け出をしなければならない。(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律7条6項)

移転転入手続には、個人番号通知カードを提示しなければならない。(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律7条4項)

通知カードに記載された事項に変更がある場合は、14日以内に役場に届け出なければならない。(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律 7条5項)

 行政が勝手に番号をつけて、その管理は個人の責任だというのだから、なんと虫のいい話しだろう。しかも、個人番号制であちこちに巨大な利権が生まれるという。

 将来、何らかの手続きで個人番号が必要になったときは、個人番号が記入された住民票を取ればいいだけであり、通知カードそのものは必要ではない。本人確認についても住民票で事足りる。だから、受け取らないに越したことはない。

 この記事をツイッターで紹介したら、会社員の方から「マイナンバーを会社に伝えなければならない」という意見がきた。これについても岩月弁護士はきちんと説明している。

マイナンバー 事業者も従業員の個人番号を取得すると過大な義務を負うことになる 

 たしかに事業者には従業員の源泉徴収票や給与の支払い調書等に氏名、住所のほか個人を識別する番号を加えることが義務付けられてはいる。しかし、記入していなくても国税当局は受けつけることを明言しているし、罰則規定もない。そして大事なのは、「源泉徴収票や支払調書に記入する場合でも、従業員が雇用主に対して、個人番号を提供すべき義務はまったくない」ということだ。

 会社がマイナンバーの管理を適切に行わず個人情報の漏えいなどが起きれば会社には大きな責任が生じる。一方、従業員も個人情報の漏えいを防ぎたいのなら、義務づけられてもいないナンバーの提供などする必要はない。

 さらに退職しても個人番号が7年も保存される可能性がある。

マイナンバー 退職しても7年残る?マイナンバー 

 非正規雇用、アルバイト、パートなどで職場を頻繁に変える人などは、個人番号がいつどこで流出するか分からない。事業者が廃業したり倒産した場合、従業員の個人番号が厳正に管理されるなどということは考えられない。となると、義務でもない事業者への個人番号の提供などしない方がいいのは言うまでもない。

 そしてもう一つの記事。

マイナンバー 自ら法律違反を勧めるマイナンバー担当大臣補佐官 

 ここで重要なことが語られている。マイナンバーというのは、たとえ本人といえども、個人番号利用事務等実施者に対して提供する場合を除いて、提供してはならない、ということだ。自分の個人番号を他者に公開してはならないのだ。

 岩月弁護士は「おそらく政府とグローバル企業の醜悪な結合体が、国民本人も自由にできない個人情報を保有し、管理するということになるのだろう」と書いているが、このマイナンバーはまさに政府が国民を監視・管理するということに他ならない。

 こんな制度はおかしいと意志表示するには、まず通知カードの受け取りを拒否するという方法がある。仮に受け取ってしまっても、事業者に個人番号を知らせる義務はない。そして次の手続きであるマイナンバーカードの交付を受けないこと。もちろんそうしても番号は勝手に割り振られて制度自体は動きはじめるのだが、意志表示もせずに受け入れてしまうのは自ら政府に隷属することを選択したことになると私は思う。

 なお、ツイッターで「受取拒否の動きがあることぐらい向こうは知っています。載せられてリストに入れられる可能性の方が情報漏洩より怖いんです」と呟いていた方がいて、思わず嗤ってしまった。

 「受け取り拒否リスト」に入れられたからといって何だというのか。受け取り拒否したところで罰則規定も何もない。そんなことのいったい何が怖いのか? この程度のささやかな意思表示や抵抗ですら自主規制をしてしまう人たちは、政府とって都合のいい人たちでしかない。

 「受け取り拒否リスト」程度のことで怯える人たちは、SEALDsのメンバーのように名前も顔も出して政府を批判する発言をする勇気などとてもないのだろうし、そもそも公安に写真を撮られるのが怖くてデモにも行かないのだろう。情けない限りである。

 秘密保護法、戦争法、マイナンバー、どれをとっても日本がどんどん全体主義に傾いていることは明確だ。思想・良心の自由、表現の自由ですら怪しくなってきている。そんなときに必要なのは反対の声であり毅然とした抵抗であり勇気だ。匿名で気に入らない人を叩いているだけの人にはそんな勇気などないのだろう。

【10月29日追記】
 マイナンバー制の問題点については以下のサイトが詳しい。マイナンバー通知カードを受け取るのはともかくとして、マイナンバー(個人番号)カードを申請するのは非常に危険だと警告している。

共通番号いらないネット
http://www.bango-iranai.net/ 

 またIWJでもマイナンバーに関する特集を組んでいる。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/269247
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/268813

2015年10月18日 (日)

長崎功子さんとの和解と不可解なブログ

長崎功子さんとの論争と和解のいきさつ
 長崎功子さんは今年の1月16日にご自分のブログで私のことを取り上げ、私が長崎さんを攻撃、中傷したという主旨の記事を書いた。私は基本的に「言論には言論で対抗」という主義だ。あまりに事実誤認だらけの記事であったため1月20日に「長崎功子さんへの反論」という記事を書いて、事実を指摘して反論した。ところが、長崎さんはその後も私に対する中傷記事を書き続け、私が気がついた時には15本にもなっていた。明らかに事実無根の中傷であり名誉毀損だ。仕方なく7月4日に「長崎功子さんへのメッセージ」という記事を書き(翌5日に追記)事実誤認を指摘するとともに、修正や削除などの対応を求めた。

 その記事には「あなたの私に対する事実誤認の誹謗中傷記事をすべて削除ないしは非公開にしてその旨を私にお知らせいただければ、私の反論記事およびこの記事は根拠も意味もなくなりますので、私も削除ないしは非公開にしましょう」とも書き添えた。しかし、その後も長崎さんは第三者が見ても明らかな事実誤認ですら訂正も削除もしなかった。長崎さんは、自分の主張こそ正しいと、頑として譲らないようだった。

 このような膠着状態がしばらく続いていたが、9月4日に長崎さんから突然電話があり、「疲れたのでお互いに記事を削除しませんか」との提案がなされた。私も、長崎さんが記事を削除するのなら私の2本の反論記事も削除するということで合意した。さらに長崎さんは私のツイッター発言(長崎さんの名前は書いていないが、彼女の身内に関わるツイートをしていた)も削除してもらえないかと言ってきた。和解するならそれも構わないと思い、了解した。

 電話を切ってから長崎さんのブログをチェックし、長崎さんが記事を消したのを確認してから私も同様の対処をした。また長崎さんのことに関するツイート(名前は出していない)もいくつか削除した。

 これが長崎さんとの和解の経緯である。あえてお知らせするようなことではないので、この和解の件をブログ記事にすることはしなかった。

不可解なブログの出現
 今回、この和解のことをわざわざ書くことになったのは、理由がある。実は、私たちの和解を無視した非常に不可解なブログ(仮に**ブログと表記)が現れたのだ。

 10月3日のこと、私のブログ(さぽろぐ版)にクンちゃんから「長崎功子さんへのメッセージ」という記事に書き込んだ自分のコメントが見えなくなっているとのコメントがあった。
http://onigumo.sapolog.com/e440179.html#comments 

 私は和解したことを伝え、そういえば長崎さんはどうしているのだろうかと彼女のブログを訪問してみた。すると、「指定されたブログが見つかりません。ブログが削除されているか、指定したURLが間違っている可能性があります」と表示され、ブログが見られなくなっていた。せっかく和解して私との論争に終止符がうたれたというのに、なぜブログを閉鎖してしまったのだろう・・・。私はそのことがとても気になった。それでいろいろ検索で調べているうちに不可解な**ブログがあることを知った。

 そのブログは私たちが和解をした翌日の9月5日から記事が書かれており、現時点(2015年10月18日)で14本の記事が掲載されている。はじめから読んでいくと、和解したはずの論争を再び取り上げ、ブログそのものが私の批判と中傷になっている。長崎さんが削除したはずの記事が転載されていたり、削除した記事に書き込まれた長崎さんを擁護するコメントが貼り付けられたり、私のブログ記事や他ブログに書き込んだコメントが無断転載されていたりする。それらの記事の論調は、長崎さんの以前の記事と同じである。また、文体も長崎さんとよく似ている。

 匿名だから、誰が書いているのか分からない。しかし、この**ブログ自体に以下のような問題がある。

1 長崎さんとの論争は電話による和解によって終止符を打ったのであり、現在は双方の記事を見ることはできない。**ブログ主はおそらく長崎さんのブログと私のブログを頻繁にチェックしていた方と思われる。そうであれば、長崎さんはご自分のブログで和解したとの記事も書いていたのだから、私たちがお互いに記事を削除したことは分かっていたと思う。当事者同士が和解して紛争が終結したにも関わらず、第三者が再び類似した記事を掲載するのは当事者にとっては和解を無視されたと同然であり大きな迷惑である。また、仮に長崎さんがこのブログを書いているのであれば和解を反故にしたのであり、容認はできない。

2 **ブログでは、明らかに私についての事実無根の中傷が書かれている。たとえば、あるブログに私が複数のハンドルネームで長崎さんを攻撃するコメントをしたと書かれているが、そのような事実はない。私がブログで長崎さんに対し「異常な書き込み」をし、「相手を打ちのめしている」とか「攻撃している」などとも書かれているが、これも事実無根の中傷である。このような嘘を書くのであれば、私が消した2本の反論記事および長崎さんに関する記述を修正ないし削除した3本の記事(これについては後述する)を証拠として再掲載することも検討しなければならないだろう。また、あたかも私がサイコパスであり長崎さんに嫌がらせをしていることを示唆するような書き方をしているが、これももちろん事実無根の中傷である。

3 **ブログでは私の記事が無断転載されている。また、他者のブログ記事に書き込んだ私のコメントも無断転載されている。すでに長崎さんが削除して消えてしまった第三者のコメント(長崎さんを擁護するもの)も転載されている。これは、著作権法に抵触する。

ブログの閉鎖を求める
 **ブログには私のブログ記事が複数転載されている。それらの記事にはたしかに長崎さんに関する記述があったが、そのうちの1本は長崎さんの名前は記していない。それらの記事は長崎さんとの和解で削除を約束していたものではないし、中傷にはあたらない。しかし、長崎さんとは和解したので、私は10月に入ってからそれらの記事の長崎さんに関する記述部分の削除や修正を行った。この対処によって、彼女の名前でネット検索をしても私の記事が検索結果に現れることはなくなった。したがって、長崎さんと論争になるような記事は現在は存在しない。

 私に批判的なコメントを集めたり中傷を書いている**ブログは、私をターゲットに嫌がらせをしているとしか思えない。このまま放置すると、今後も私の中傷を続けていくことが予想される。しかしこのブログはコメント欄を閉じており、私はブログ主と連絡をとる手段がない。しかし、ブログ主は私のブログを頻繁にチェックしているものと思われる。したがって、長崎さんとの和解の事実をここに明らかにするとともに、和解を無視し社会規範を逸脱する中傷ブログを削除することを求める。

 なお、**ブログがただちに閉鎖されれば、私もこの記事を削除する意向である。

注:長崎さんとは和解をしているが、和解の経緯や内容を公開しないという約束はしていない。また、長崎さんが過去に書いた私の中傷記事はスクリーンショットを撮って保存しており、彼女が中傷記事を書いたことについては証拠がある。したがって、和解についての経緯や概要を書くことは何ら問題ないと判断した。もちろん、私は和解直後に現れたこの不可解な**ブログの記事をすべてスクリーンショットに撮って保存している。

2015年10月15日 (木)

黒木睦子さんの裁判の判決について思うこと

 昨日10月14日に、(株)日向製錬所と(有)サンアイが黒木睦子さんを訴えた裁判の判決が出た。いつものようにイワシさんと大谷さんがその報告をして下さっている。それらの報告をもとに、今回の裁判についての感想を書きとめておきたい。まず、お二人の報告は以下。

 宮崎地方裁判所延岡支部10月14日判決言渡 

平成26年(ワ)第86号、第89号損害賠償請求等事件 判決書概要

 この裁判は黒木睦子さんがブログやツイッターに書いた記述が名誉毀損に当たるかどうか、原告企業に対する抗議行動が業務妨害に当たるかどうかを問われた裁判である。そして結論から言うなら、名誉毀損を認め、被告にブログの文言の一部の削除と損害賠償(72万5千円)の支払いを命じるという判決であった。名誉毀損は認めらたが、業務妨害は認められていない。つまり、原告の全面勝訴とは言えない。

 名誉毀損に関しての最大の争点は、黒木さんが造成工事に用いられたフェロニッケルスラグは「有害なゴミ」と書いたことの真実性だと私は認識している。企業側は「無害な製品」と主張して「有害なゴミ」であることを否定していた。したがって、間接的には産廃問題であり環境問題でもあった。しかし、不可解なことに裁判所は有害性には着目したものの「ゴミ」、すなわち産業廃棄物と書いたことについては判断していないようだ。ということは、裁判所はゴミ(産廃)であることを認めたということなのだろうか? いずれにしても、造成に用いたフェロニッケルスラグが「有害である」とか「健康被害が生じた」ということをネットで書いたりその他の方法で流布してはなららない、というのが裁判所の結論である。

 さて、私がお二人の報告を読んで最も疑問に思ったのは、裁判所が黒木さんの提出した沈殿池の水質検査結果(計量証明書)について、「第3者の立会いがなく、場所を示す写真もない」「対象試料が沈殿池から採取した水であると認めるに足りない」という判断をしたことだ。それに対し、「県や市の公共機関が『公益財団法人・環境科学協会』に依頼した検査は、企画・試料採取時・検査時・結果の公表まで各検査の信用度が高い」「原告日向製錬所が東洋環境分析センターに依頼した検査は、公共機関による検査と同様の結果を示しており、正確性・信用性を担保するものといえる」としていることである。(引用はイワシさんの報告より)

 この判断はとても納得いかない。そもそも、このような検査では検査試料は採取した者が持ち込むのが普通だ。つまり自己申告である。ところが、裁判所のような判断をしてしまえば、採取時の写真がなく立会人がいない一市民からの持ち込み試料はすべて疑わしいということになりかねない。しかし、実際にはそのような持ち込み試料など多数存在するだろう。

 福島の原発事故により、日本は広範囲にわたって放射能に汚染された。その汚染を調べるために市民が土壌を採取して検査機関に送り、土壌汚染の一覧やマップなども公開された。裁判所の考えに従うのなら、市民が採取した土壌試料で採取時に写真や立会人がいない場合は検査結果が「信用ならない」ということになりかねない。市民による調査を否定することに繋がる。

 また県や市などの公共機関が実施した検査の方が信用度が高いというが、その根拠は何によるのだろう? たとえば、福島の原発事故では空間線量を計測するために公共機関が線量計を設置したが、その数値が実際より低くなるように設定されていたとか、モニタリングポストの周辺が除染されていたという情報がある。公共機関の実施する検査なら信用できるというわけではない。

 常識的に考えても、一市民があのように高濃度に汚染された水をどうやって入手できるのかという疑問がある。たとえば鉱山跡などでは重金属に汚染された水が出てくるが、そのような場所は普通立入禁止になっている。黒木さんの検査結果で検出されているセレンは極めて限られたところにしか存在しないとされる。判決では、そういう視点が全く欠けている。

 黒木さんの提出した計量証明書は、黒木さんが有害と信じた根拠として極めて重要な証拠だった。計量証明書が証拠採用されていれば、黒木さんが有害と信じるに足る根拠となり、名誉毀損が成立しないことにもなり得た。それを、このような理由で退けてしまったことは不当としか思えない。

 スラグ粉じんによる健康被害についても証明されなかったとしているが、粉じんの吸引で咳などの健康被害が生じることは一般に知られており、それを何ら考慮していないようだ。もっとも、これは黒木さんが積極的に立証すべきことではあった。

 ただ、今回の裁判では黒木さんが弁護士をつけなかったばかりか、名誉毀損裁判において立証責任が被告にあることを理解せず、逆に原告に説明責任があると勘違いしたまま自己流で裁判を進めてしまった。このために黒木さんは自らの立証を怠ってしまったのも確かだろう。こうした黒木さんの勘違いが判決に大きな影響を与えたことは否めない。もし、弁護士をつけていたなら、このような初歩的なミスを犯すことはあり得なかっただろう。また、ネット上には黒木さんに有利な情報を提供しているサイトが複数あった。黒木さんがこれらを活用しなかったのは本当に残念である。

 名誉毀損が認定された理由として「本件ブログ投稿及び本件ツイッター投稿が誰でも自由に閲覧することができ、かつ、拡散性の高いインターネットという媒体に1年6か月弱にわたり掲載され続けていること、断定的表現を用いて繰り返し投稿がされていることなど」としている(大谷さんの報告から引用)。つまり、疑惑や推測でしかないことに関して断定的な表現をすると名誉毀損になりかねないということが示された。これは、ネットで表現活動をしている人は気をつけねばならないことだろう。

 黒木さんにとってはかなり厳しい判決だし、納得していないに違いない。私も部分的には不当な判決ではないかと感じている。この判決を受けて、黒木さんが控訴するかどうかは分からないが、もし控訴するのであれば、彼女が1審で繰り広げた自己流の闘い方を全面的に改めなければならないと思う。

 また、黒木さんは弁護士をつけなかったが、弁護士を付けて勝訴したとしても相当額の弁護士費用が発生しただろう。今回は業務妨害についての訴えは退けられた。それを考慮して控訴しないというのもひとつの選択肢ではあると思う。

2015年10月12日 (月)

コンフォートシューズとMBTシューズ

 北海道に来てからというもの、日常的に履く靴といえばスニーカーや長靴ばかりになってしまった。そんなことが関係しているのだと思うのだが、最近はたまにパンプスを履くとすぐに足が痛くなって酷い目に合うようになった。いくらパンプスを履く機会が少ないとはいえ、これでは困ってしまう。

 そこで、思いきってコンフォートシューズを購入した。購入する際にはフットプリントをとったり、足の計測をしたり、骨盤測定(腰の歪みのチェック)をしたりする。私の場合、骨盤測定で若干の歪みがあり偏平足に近いため、足底板(インソール)もつくり幅も補正してもらった。

 で、できあがってきた靴を履くと実に歩きやすい。これなら何時間でも歩けそうだ。これまでどれほど足に合わない靴を履いていたのかと驚いてしまう。考えてみたら、足の形は人によって随分違う。それなのに市販の靴はおそらく日本人の標準的な足型に合わせてつくられていてワンパターンなのだろう。しかも、デザイン性ばかり重視して先端が細いパンプスは、本来の足の形ではない。むりやり靴に足を合わせることになるのだから、足が痛くなって当然だ。

 コンフォートシューズはたしかに見た目はあまりスマートではない。それでも、安定感のある履き心地の良さは見た目には代えがたい。一度、コンフォートシューズを履いてしまったら、履き心地の悪い市販の靴は履けなくなってしまいそうだ。
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 ところで、私は少し前まで腰痛に悩まされていた。庭仕事などで長時間かがんで作業したときはもちろんのこと、登山などで長時間歩いた時も腰痛に襲われるようになった。ところが、最近、その腰痛が非常に軽減されていることに気がついた。

 以前の「背筋が伸びるMBTシューズ」という記事を書いたが、2年ほど前にMBTシューズを購入し、室内履きにしている。それ以来、猫背が改善されて姿勢が良くなってきたのだが、たぶん姿勢が良くなったことで腰痛も改善されたのだろう。

 それが事実なら、姿勢というのは非常に大事なことだ。しかし、姿勢が悪いというのは自分ではなかなか気づかないものだし、一度姿勢が悪くなってしまうと正しい姿勢がどういう状態なのかもピンとこなくなってしまう。そして、そのまま放置してしまうと姿勢が悪いのが常態化し、改善するのも困難になってしまうのではないかと思う。少なくとも私にとってはMBTの購入は非常に良かったと思っている。

 コンフォートシューズにしてもMBTシューズにしてもかなり値段が張るので購入にはちょっと決断がいるが、健康のことを考えたならそれほど高いとはいえないと思う。

2015年10月 6日 (火)

「高橋源一郎×SEALDs 民主主義ってなんだ?」で見えてきたもの

 国会前で安保法制反対を訴えてきた学生組織SEALDsは、デモの盛り上がりとともにこの国に知れ渡った。私はSEALDsの前身であるSASPLの頃から彼らのような学生たちが突如出現し、あれだけの運動を繰り広げた事実に驚きをもって注目していた。

 ところが、ツイッターでは安保法制に賛成の立場の人のみならず反対する人たちの中にも、彼らを懐疑的にみたり批判する者が多数出てきた。以前の記事「SEALDs批判に思うこと」にも書いたが、例えば人工芝運動であるとか、官製デモだとか、「反原連」や「しばき隊」あるいは共産党と同一視する意見、国民投票に誘導との指摘、資金源への疑惑、ロゴやホームページのデザインに対する疑惑、キリスト教との関わり、はたまた奥田愛基さんの出身高校の偏差値まで持ち出して中傷や批判する始末だ。しかし、それらの主張には明確な裏付けはない。不確かな推測による読むに耐えない暴言の数々に私は戸惑いとともにネットの恐ろしさ感じざるを得なかった。

 そんな時に出版されたのが「高橋源一郎×SEALDs 民主主義ってなんだ?」(河出書房新社)だった。ネットで紹介されていた本書の目次を見て、私は迷わず購入した。

 本書は「1 SEALDsってなんだ?」「2 民主主義ってなんだ?」という2章で構成されている。前者はコアメンバーである牛田悦正さん、奥田愛基さん、芝田万奈さんの自己紹介からはじまって、SEALDs結成までの経緯やSEALDsの理念、運営などが語られている。後者は高橋さんがリードする形で民主主義について歴史をたどって理解を深めていくのだが、どちらも高橋源一郎氏とSEALDsのメンバーとの対談形式になっているのでとても読みやすい。

 三人の経歴の中でも、奥田さんの生い立ちと進路の選択に私は大きな衝撃を受けた。彼の父親は北九州で貧困支援をしている著名な牧師だ。そして家には父親が連れてくる知らない人がしょっちゅう泊まるという環境。彼はそんな家庭を「マザー・テレサがいる家なんてウザい」と言ってのける。

 北九州で不登校になった彼は、自分で中学校を探し、何と八重山諸島の鳩間島にある小中学生合わせて10人程度の学校へと飛び出していく。島の外からきた同い年の子と小学生の子の三人で小屋みたいな所に住んでいたというのだからそれだけで驚きなのだが、南国の自然の中で逞しく成長したのは間違いないだろう。

 高校も自分で島根県の全寮制の高校を選んだのだが、三学年で50人、一クラス5人程度という極めて特異な高校だ。そこの教育は受験教育ではなく、校則は生徒が話しあって決め、食事も当番でつくるなど、とにかく生徒の自由や主体性を重んじている。この学校の偏差値を持ち出して中傷をする人が見受けられるが、偏差値だけで判断してしまうことこそ偏見だろう。なお、国立大学に進学している人がいることも書き添えておく。

 ここまで読んで、奥田さんがSEALDsを立ちあげたことがストンと胸に落ちた。彼は、小学生の頃から人間愛に溢れた家庭に反発をしたが、その一方で世俗にも馴染めなかった。そんな環境から抜け出すために、自分の意思でまったく新しい環境での生活を選びとった。つまり自由を選んだのだが、それは必然的に選択の責任を自分でとるということでもあったはずだ。

 恐らく彼の選択した世界には、一般の学校のような競争も、同調圧力による息苦しさもほとんどなかったのではなかろうか。彼は自分の選んだ進路の中で、主体性や民主主義の理念を育み、自然の中で強い精神力や逞しさを身につけ、また自律した生活で責任感を身につけていったに違いない。それともう一つ、子どもに何の指示もせず、彼の選択を見守った父親の存在も大きかったのだろう。これについては、以下を参照していただきたい。

殺害予告を受けたSEALDs奥田愛基氏の父親が語った!「僕は黙らない」「親の影響だと語るのは愛基に失礼だ」 (LITERA)

 私は、奥田さんが高橋源一郎さんのゼミ生だと知ったとき、もしかしたら高橋さんが奥田さんたち学生に運動をけしかけたのではないかと思ったのだが、本書を読んでそんな邪推は吹っ飛んだ。SEALDsは奥田さんや牛田さんたちが自分たちの理念と意思と行動力で立ちあげたのだ。奥田さんの行動力や思想、信念は自ら培ってきたものであるからこそ強く揺るぎない。そしてSEALDsが政治に無関心と言われる若者達をひきつけたのは、デモに牛田さんの得意とするラップを取り入れたことも大いに関係している。

 SASPLやSEALDsの理念は民主主義と立憲主義だ。だから、これらを壊す秘密保護法や安保法制は何としてでも阻止しなければならない。つまり、基盤に民主主義や立憲主義があっての秘密保護法反対であり安保法制反対である。そして非常に重要なのは、何よりも個人の発言を重視するということだ。民主主義の理念の重要な部分である。これは以下に引用するSEALDsのツイッターの固定ツイートにそのまま示されている。

 https://twitter.com/SEALDs_jpn/status/529000757547130880
作られた言葉ではなく、刷り込まれた意味でもなく、他人の声ではない私の意思を、私の言葉で、私の声で主張することにこそ、意味があると思っています。私は私の自由と権利を守るために、意思表示することを恥じません。そして、そのことこそが私の〈不断の努力〉であることを信じます

 こうした基本理念ゆえにSEALDsという組織そのものが極めて民主的であり、代表も司令官も置いていない。あえていうなら、メンバーそれぞれが司令官である。メンバー獲得のためのオルグもしない。安保法制反対ということだけを目的としたゆるい連帯組織であり、メンバー個人の考えは非常に多様だ。そして、メンバー個人が自由と権利を守るために発言することを重んじる。個人の発言には責任が伴うのでメンバーはその責任を背負うことになる。

 この多様さゆえに、「改憲派もいる」「国民投票への誘導」「人工芝団体だ」などという憶測も飛び交っているが、いずれもSEALDsの理念やシステムを理解しないことからくる浅薄な発想としか思えない。

 ネットではSEALDsを共産党や民青と同一視したり、下部組織などと言っている者もいるが、上意下達のはっきりした共産党とSEALDsは、組織運営に関しては正反対である。

 また、彼らの対談を読むと民主主義や立憲主義について実によく勉強していることが分かる。

 第1章を読み、私はネットで流されている中傷や陰謀説のほとんどが誤解や妄想によるデマであると確信した。安倍政権を支持する人たちのみならず、SEALDsを理解しようとしない人たちのネットによる非難や中傷は凄まじい。そんな攻撃にもひるまずに名前も顔も所属大学も明らかにして活動を続ける彼らの強さは、彼ら自身の内から湧き出る信念によるものだ。他人にコントロールされてやっているものでは決してない。

 SEALDsを否定するということは民主主義の否定である。そして、それは独裁的な安倍政権を支持することでもある。しかし、そのような人たちが少なからずいることに背筋が寒くなる思いだ。こんな状態ではこの国は破滅に向かうしかないだろう。

 さて、第2章こそこの本のタイトルにある「民主主義ってなんだ?」という問いに迫っている。

 まず高橋さんの2500年前のギリシャの民主主義についての説明から始まるのだが、これは大変興味深い。古代ギリシャの民主主義は有権者全員(とは言っても成人男性のみなのだが)が丘の上で開かれる民会という会議に参加し、自分たちの属する社会をどうするのかを決めていくという直接民主主義制だ。だから戦争をするという決定がなされたら、みんなが兵士になって闘うことになる。では、行政は誰が行うのかといえば、くじ引きである。癒着を防ぐために任期は1年。すなわちみんなが戦争に行くリスクを負い、役人になるリスクも負う。だからきわめて平等だし、一人ひとりが責任を負う社会だ。こう考えるとものすごく理想的だ。

 こういう直接民主主義のようなやり方をSEALDsは採用している。高橋さんは「SEALDsの諸君が組織をつくって今やっているのは、ベ平連がやっていたことのある種の発展系だと思う」と言っているのだけど、その通りだろう。

 私はベ平連のことは詳しくは知らなかったのだが、ベ平連は「ベトナム戦争に反対する」ということのみで連帯し、それ以外は一切問わない組織だった。だからスパイも入り込んでいたらしい。ベ平連は組織そのものがきわめて民主的なのだが、SEALDsの組織形態もほぼそれと同じといっていいだろう。だから、共産党の人がいようと、民青の人がいようと、国民投票を支持する人がいようと排除はしない。メンバーは「安保法制反対」という目的のみでゆるやかに繋がっており、それさえ外れなければ誰もが自由に意見を言える組織だ。

 ところで、今は民主主義といえば議会制民主主義を指すといっても過言ではない。しかし、こういうやり方を古代アテナイは明確に否定しているという。つまり、選挙で選ばれた一部の者に政治を任せることで民主主義は死んでしまうという考えだ。

 直接民主主義では共同体の成員全員が当事者であるし、構成員には責任が発生する。ところが議会制(代議制)民主主義は選ばれた議員に任されるので、それ以外の人は政治の当事者ではなくなってしまう。だから政治に対して無関心になり責任感も薄れがちだ。安倍総理はこれを実にうまく利用していて「民主的に選ばれた総理だ」という理屈で強行採決も平気でやってしまう。安倍総理のようなやり方をしたなら、議会制民主主義のもとで独裁政治が可能になってしまう。

 SEALDsのメンバーたちはこういうことに疑問を投げかけているのだ。SASPLやSEALDsの活動とは、今の議会制民主主義の矛盾への抗議であり、より民意を反映する成熟した民主主義を目指しているということに他ならない。

 SEALDsに疑問を持つ人ほど、本書を手に取ってほしいと願ってやまない。

【10月9日追記】
 奥田さんの不登校に関わる記述に間違いがあったので一部修正した。

 なお、東京新聞の記事で、お父様は愛基さんについて以下のように語っていたとのお知らせをいただいた。

「長男は、小学生のころからまじめ。中学校入学後、いじめで不登校になりました。精神的に追い詰められ、二年生の夏ごろには目を離せなくなった。隣で寝ることにしましたが、私の方が体調を崩して入院するということもありました。その年の秋の終わりごろ、長男は家を出ることを決めました。沖縄県の孤島の学校に転校したいと言い出したのです。息子の面倒を見てくれる「島のお父さん」に、私は手をついて「助けてください」とお願いしました。」

2015年10月 3日 (土)

2か月生きながらえた麻酔されたクモ

 「狩り蜂に麻酔されたクモの行方」という記事で、狩り蜂に麻酔され動かなくなったクモが39日目に刺激を与えると脚や触肢を動かしたということを報告した。

 このクモはその後もしばらく同じような状態だったが、刺激したときの動きがだんだん鈍くなり、9月24日はわずかしか動かなくなった。そしてその頃には腹部に皺が現れた。ずっと絶食状態だったからだろう。下の写真は25日に撮影したもの。
P10702891


 翌25日にはとうとう刺激を与えても動かなくなったが、脚はまだ柔らかい。そんな状態が9月末まで続いたが、10月1日にはとうとう脚も乾燥して硬くなってしまった。どうやら完全に死んでしまったようだ。

 脚が柔らかいときまで生きていたと考えるなら、62日間、およそ2カ月もの間、何も食べずに生きていたことになる。クモは比較的絶食に強い動物だが、それにしてもよくこれだけ生きながらえたものだと思う。もし麻酔薬の量が少なければ生き返っていたかもしれない。

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