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2014年11月

2014年11月26日 (水)

黒木睦子さんへの妨害行動と産廃問題

 日向市の主婦、黒木睦子さんが(株)日向製錬所と(有)サンアイから提訴されたことがツイッターで広まると、ツイッターによる嫌がらせが始まった。こうした妨害行動を見ていると、かつて大雪山国立公園に計画された士幌高原道路の反対運動のことを思い出した。今から25年ほど前のことだ。

 反対運動に関わっていた私にも不可解なことがいろいろ起きた。たとえば、推進している立場の者が私の個人情報を調べ回っていたということをある人から聞いた。無言電話もしょっちゅうあった。抗議行動のために現場に行けば、公安が見張っていた。車で尾行されていると感じたこともある。事業者の説明会では、推進派が地元の住民を動員して会場を埋め、私が意見を言っただけで野次と罵声の嵐が起きた。地元で反対運動に関わったある人は明らかな営業妨害をされたそうだ。自然保護団体の企画した講演会には、反対の立場であることを知られたくないためか、目出帽をかぶって参加する人までいた。自然保護や環境問題で反対をするということは、しばしばこのようなリスクを伴う。

 当時はまだインターネットがそれほど普及していなかったが、今はさらにネットによる嫌がらせや妨害が加わることになる。黒木さんの場合、ブログとツイッターで産廃問題の告発をしていることもあり、ネットを利用して情報操作をしようと考える人がいるのは当然だろう。

 裁判が始まった途端、ツイッターで「黒木さんは嘘を言っている」「支援組織のカンパは詐欺」「黒木さんは単なるストーカー」などといった発言をする人が複数現れた。黒木さんに支援団体との関わりを執拗に質問する人などもいた。彼女のブログは今年の1月からあるのに、裁判になって突然このような発言があるというのは明らかに意図的なものだろう。

 「黒木さんは嘘を言っている」という発言は、彼女の信頼を落とすということが目的だろう。嘘つきだと吹聴することで支援者を減らしたいのだ。「支援組織のカンパは詐欺」などというのも同じで支援妨害だし、詐欺呼ばわりは事実ではなければ(私はもちろん詐欺だとは思っていない)重大な名誉毀損だ。ストーカー発言は被害者を加害者に仕立てようという情報操作だろう。何としても支援活動を妨害したいという意図が見えてくる。

 原告らはフェロニッケルスラグが「製品」であり土地の「造成」に使用したと言っているようだ。しかし、「製品」であるなら造成をした地権者はお金を出して買っていなければならない。またあのような山地での土地の造成はふつう切土と盛土で行うと思うのだが、わざわざ大量のフェロニッケルスラグを埋め込む理由が分からない。造成というからには目的があるはずだが、どう利用するのだろう? 大雨や地震などで崩れる危険はないのだろうか? 私にはどう考えても「造成」は名目であり産業廃棄物投棄にしか見えない。

 ところでフェロニッケルスラグとは「鉱さい」である。そして、リサイクルに利用されない「鉱さい」は産業廃棄物として適切に最終処分場で処理されなければならない。

 宮崎県は「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」に従って、産業廃棄物の処理について以下のように定めている。

産業廃棄物適正処理のために 

 「鉱さい」の処理は「管理型処分場」となっている。また判定基準を超える金属等を含む「鉱さい」は「特別管理産業廃棄物」とされ「遮断型処分場」で処理されなければならない(17ページ)。

 「管理型処分場」は「廃棄物を収める処分場の内側には、廃棄物からしみ出した水を外に漏らさないために、遮水工を設けてあり、シートの内側に溜まった水は、浸出水処理施設で浄化した後に放流します。溶出試験の判定基準を満足する産業廃棄物に限って埋め立てることができます。」とされている。

「遮断型最終処分場」は「鉄筋コンクリート製の頑丈な構造物で、雨水が中に入らないように、上部には屋根を設けています。中に溜まった水をくみ出して外部に排出するようなことはありません。通常の方法では無害化することが難しい産業廃棄物を処分するための施設です。」(20ページ)

 つまり「鉱さい」を廃棄する際は溶出試験をしなければならないし、その結果が判定基準をクリアしていたとしても、しみ出た水が外に漏れないような処分場に埋設されなければならない。基準以上の有害物質が出ていたなら頑丈な構造物で厳重な管理がなされなければならないのだ。

 そういうものが「造成」の名のもとに、なんら遮蔽対策がなれていない山野に埋設されていいわけがない。「製品だ」「無害だ」というのであれば、宮崎県は埋められたフェロニッケルスラグを掘りだして検査する必要があるだろう。それをやろうとしないなら、不法投棄だと疑われるのは当然だ。

 ツイッターでは「たいした問題ではない」などと言っている人もいるが、ひとたび有害物質が生態系に出てしまったら生物濃縮によってさまざまな被害が起きるのだ。「たいした問題ではない」などと平然という人は、環境汚染に関してよほど常識が欠如しているのだろう。

 以下は黒木さんを科学的な側面からバックアップする支援組織のサイト。

日向製錬所産廃問題ネットワーク 

【関連記事】
黒木睦子さんによる日向製錬所の告発は大企業の公害問題 
日向製錬所による黒木睦子さんへのスラップ訴訟を支援しよう

2014年11月24日 (月)

ホットパーティクルによる健康被害が広がっている

 「龍渓論壇」さんから、ホットパーティクルに関する重要な論文を教えていただいた。渡辺悦司、遠藤順子、山田耕作著の以下の論文だ。ダウンロードできるので、是非ゆっくりと読んでいただきたい。

【福島原発事故による放出された放射性微粒子の危険性-その体内侵入経路と内部被曝にとっての重要性】
https://box.yahoo.co.jp/guest/viewer?sid=box-l-g6vjvc7r6wit4cx2kxaxjggqma-1001&uniqid=8c2cb368-f11e-42c0-8cdf-73e3fe368e76&viewtype=detail 

 この論文に書かれている情報の多くは、これまでにも断片的に出されていたことである。すなわち福島の原発事故は単なる水素爆発だけではなく再臨界または核爆発が起きていたと考えられること、放射性セシウムの他にストロンチウムやプルトニウム、ウランといった放射性物質が微粒子(ホットパーティクル)となって広範囲に飛散したこと、それらを呼吸によって体内に取り入れることで健康被害が生じること、東京においても被曝が原因と考えられる健康被害が生じていることなどなど。

 しかし、この論文で重要なのは、エビデンスに基づいて、まずは福島の原発事故で飛散した放射性微粒子について微粒子形態を分析し、放射性微粒子が体内に入る経路や内部被曝が人体に及ぼす危険性を示し、さらには実際に起きている健康被害にまでつなげて論じている点だ。原発事故によって生じるこのような人工放射能の微粒子こそ、内部被曝を語る上で欠かせないものであり、きわめて重要なポイントであることをこの論文は示している。

 東京を中心とする関東圏での健康被害にも言及しており、2011年以降、放射線との関連性が高いとされる悪性リンパ腫、白血病などが2倍以上に増えているとしている。また、白内障の増加に関しても眼科の患者数のデータを示しており、非常に憂慮すべき状態であると理解できる。

 東京でも健康被害が顕在化してきているのだ。東京とは比べ物にならないような汚染をし、さらに今も福一からの放射性物質が飛散しつづけている福島県やその周辺地域がきわめて深刻な状況に置かれていることは言うまでもない。

 福島の原発事故による放射性物質の放出量やホールボディカウンターによる検査などから、日本では大きな健康被害は生じない、あるいは心配する必要がないと主張している医師や科学者がいる。またそうした主張になびいてしまっている知識人やジャーナリストもいる。そのような方は、ここで論じられているような放射性微粒子による被ばくの問題を意識的に無視しているとしか思えない。

 論文では、福島のような原発事故の確率にも触れ、「原発を維持し続ければ、今後10~30年間に、再度福島のような破局的事故が生じる可能性が高いのである」としている。大きな地震が起きるたびに私たちは「原発は大丈夫だろうか?」と恐怖にさらされる毎日を送っている。大津波や火山噴火も同じだ。まるで爆弾を抱えているような生活だ。

 それにも関わらず、現政権は原発再稼働を目指している。また、福島から出た汚染土を全国で焼却するという改正法を成立させてしまった。放射性物質を含む土壌や廃棄物を焼却したりリサイクルしたなら、放射性微粒子が日本中に拡散されることになる。放射能を閉じ込めるという原則を無視した信じがたい方針をこの国はとろうとしているのだ。

 また秘密保護法によって、これからは原発の情報や被曝による健康被害の情報も統制されるようになるだろう。

 原発事故がおきて3年8カ月が過ぎた今、私たちがすべきことは何か? まずは来る選挙で原発の維持や再稼働を進める政党にノーをつきつけることではなかろうか。彼らに投票してしまえば、国民全体に被曝を強要し、日本国民は集団自殺に追い込まれる可能性すらある。

 また、一人ひとりがこの論文の著者たちのように事実をきちんと国民に知らせることも大事だ。ブログで、ツイッターで、広めてほしい。

2014年11月21日 (金)

アドラー心理学をめぐる論争とヒューマン・ギルドへの疑問

 今年は、昨年末に出版された岸見一郎さんと古賀史健さんによる「嫌われる勇気」がベストセラーになり、アドラー心理学への関心が一気に高まった。かくいう私も「嫌われる勇気」でアドラー心理学のことを知った一人だ。そして、「空気を読む」という言葉に代表されるように、協調性ばかりを意識し、他者の視線を気にする人が溢れる日本で、アドラー心理学が広まっていくことは大いに歓迎すべきことと思う。

 ところで、「嫌われる勇気」に端を発したアドラーブームで、今年に入ってからアドラー心理学に関わる本が相次いで出版されている。これだけ次々にアドラー関連本が出版されると、なんだか便乗出版のような雰囲気も否めないし、興味を持っていてもどの本がアドラー心理学を学ぶのに適しているのかを見極めることも難しくなる。

 そんな中で、日本のアドラー心理学をめぐり東西での論争があることを知った。東西とはもちろん関東と関西である。学会などの内部で何らかの対立や論争があるのは珍しいことではないが、まさかアドラー心理学をめぐってもこのような論争があるとは夢にも思っていなかった。

 学術学会の内部の論争に関して、学会と関わりのない人がとやかく言うことではないだろう。しかしその論争は、アドラー心理学を広めている人たちの方針や教え方に関わることであり、これからアドラー心理学を学びたいと思っている人には非常に重要なことがらだ。つまり、決して学会内部のことにとどまらない。アドラーブームの今こそ、アドラー心理学に関心を持つ人たちはこの問題を知っておく必要があると思う。

 以下が、日本アドラー心理学会の会誌「アドレリアン」に掲載されたアドラー心理学をめぐる論争が書かれている論文である。

日本のアドラー心理学 (アドレリアン第14巻第1号、2000年2月)

日本のアドラー心理学(2) (アドレリアン第16巻第3号、2003年2月)

 これらは2000年と2003年に発表されている論文なので、すでに10年以上前の議論である。また、この論文で批判されている者も反論があるだろうから、この論文だけで物事を判断してしまうのは危険だとは思う。しかし、それでも以下のことを指摘せずにはいられない。

 つまり、アドレリアン第14号第1号の方の論文で指摘されている、東京の「ヒューマン・ギルド」に関することである。この論文の中で私が特に衝撃を受けたのは以下の部分だ。

「ヒューマン・ギルドの人々はアドラー心理学に関する多くの本を書いています。それらの本には、ただ子どもや生徒を操作する方法を書いてあるだけです。」

「日本のアドレリアンの大部分は彼らが間違っていることを知っていますが、彼らの本を読んだだけの人や彼らの講義を聞いただけの人は、彼らを信じるかもしれませんし、ほんとうのアドラー心理学を学んだと誤解するかもしれません。子どもを罰的な技法で操作するやり方をアドラー心理学の名前で教える人たちが、思いつくかぎりのあらゆるトリックを使って影響力を増やそうとしています。」

「ヒューマン・ギルドが教えることは子どもが親の期待にそって行動するよう強制したい人たち向けにデザインされていますので、ある人たちはそれを熱狂的に受け入れます。しかし、多くの人々は親子関係がしばしば悪くなってしまうので、勇気をくじかれてしまいます。彼らはアドラー心理学は効果がないのだと誤解してしまいます。われわれはヒューマン・ギルドが教えているのは、子どもを対等の仲間として尊敬し信頼するアドラー心理学ではないのだと、人々に告げていかなければなりません。」

 この論文によればヒューマン・ギルドのアドラー心理学は正統なアドラー心理学ではないということになる。アドラー心理学に関する本でありながら「ただ子どもや生徒を操作する方法を書いてあるだけ」という本があるのなら、びっくり仰天だ。またヒューマンギルドで教えているアドラー心理学が「子どもが親の期待にそって行動するよう強制したい人たち向けにデザインされて」いるのが事実であれば、それはアドラーの教えとは真逆ではないか。ヒューマン・ギルドの指導者の中に、アドラー心理学を私生活で実践しようとしない人がいるのであれば、これも驚くべきことだ。学会誌で論争になったり批判が起きるのも当然だろう。そしてこうした対立を経て、1998年にヒューマンギルドの坂本さんと岩井さんは日本アドラー心理学会を退会していたのだ。

 今から15年も前の論争ではあるが、二つの団体は今も存続しており、この論文の著者の一人である野田俊作さんは「アドラーギルド」を主宰している。一方、論文で批判の対象となっている岩井俊憲さんは、現在ヒューマン・ギルドの代表である。そして、岩井さんは、今年のアドラーブームに便乗するかのように次々とアドラー心理学の本を出している。

 実は、アドラー心理学について知りたい、あるいは学びたいと思い「アドラー心理学」で検索をすると、上記の2つの団体のうちヒューマンギルドの方がずっと上位にでてくる。一般の人は、大阪のアドラーギルドと、東京のヒューマン・ギルドが基本的なとことで違いがあるなどとは考えもしないだろう。アドラー心理学を学びたいと思う人たちが、上記の論争のことを何も知らず目立つ方に誘導されているとしたなら、由々しきことではないか。

 私はアドラーギルドの講座もヒューマン・ギルドの講座も受けたことはないので、この論文で指摘されていることについて確たることは言えないし、ヒューマン・ギルドの手法が間違っているとか不適切だと言える立場にもない。どちらの考え方や手法を支持するかは、個人個人が判断することだ。しかし、この論文の最後に書かれている「日本でなにが起こっているか知っていただき、この危機を乗り切るために助言をいただくためにこの発表をしました。」という文章からも、日本アドラー心理学会の人たちがヒューマン・ギルドのあり方に対して疑問を抱き、危機的に捉えていることは間違いないだろう。

 なお、この件に関しては熊本の本郷博央さんの以下のような意見もある。

アドラー以降のアドラー心理学 日本のアドラー心理学(勇気づけのページ)

 ここで本郷さんは以下の主張をしている、

 もしも、いくつかあるグループの内の一つが、「他のグループが学習しているアドラー心理学は正しくない。」とか「他人を操作するためにアドラー心理学を 使っている。」とか「自分たちのグループだけが、アドラー心理学を正しく伝承している。」などと主張していたら(そんなことはないと思いますが)、どうで しょう。

 ある程度アドラー心理 学を学ばれた方ならば分かると思いますが、他のグループを否定すること自体がアドラー心理学の基本原則を踏み外しているということが分かりますね。(だっ て、「不適切な行動には注目しない」で「理性的に話し合う」のがアドラー心理学のエッセンスですから。)

 しかし、私はこの主張には賛同できない。時代の流れとともにアドラー心理学も後継者に受け継がれ発展した部分もあるだろうし、いろいろなグループがあるということも事実だろう。しかし、指導者がアドラー心理学を私生活で実践していないのであれば指導者としての資質を疑うし、アドラー心理学の根幹をなす考え方(例えば他者を支配しないということ)と真逆のことを広めているグループがあるのなら、それはもはやアドラー心理学とは言い難いのではなかろうか。本郷さんのこの文章はこの「真正のアドラー心理学か、似て非なるアドラー心理学なのか」という学術論争の核心的部分を曖昧にしている。

 「アドラー心理学」と謳って、実際にはアドラー心理学の基本的な部分で矛盾することを行っているのなら、批判の対象となるのは当然のことだ。アドラー自身が学説の対立からフロイトと袂を分かっていったのと同じように、これは学術論争である。アドラー心理学が他者を批判することに否定的であるということを理由に、他のグループの批判や否定をすべきではないと主張することは、学術的な議論までをも否定することになると思う。

 また、そのような議論や批判を避けていたなら、アドラー心理学に関心を持ち真正(もしくは正統)のアドラー心理学を学びたいと思っている人が、何も知らないまま自分の意図しないグループに参加したり講座を受講してしまうことにもなりかねない。私は学術的な面からの論争や批判はもっと公にすべきではないかと思う。

 アドラーギルドもヒューマン・ギルドも共にアドラー心理学を学ぶ講座などを行っていることもあり、おそらく同じアドラー心理学を広める立場として公の場で相互の批判をすることは慎んでいるのだと思う。互いに批判をしあったらイメージの悪化にもなるし、場合によっては業務妨害にもなりかねない。だからこの問題は重要かつ深刻でありながら、なかなか表にでてこないのだろう。

 しかし、アドラーブームが巻き起こり、書店には何種類ものアドラー心理学の本が平積みされている今だからこそ、日本アドラー心理学会においてこのような論争があったこと、そしてその問題はおそらく今も変わっていないことを私たちは今こそ知る必要があると思う。「今も変わっていない」というのは、以下の平成26年9月20日に発行されたアドラーギルドのアドラーニュースからもうかがい知ることができる。

アドラー心理学基礎講座理論(アドラーギルド)

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アドラーのトラウマ否定論について思うこと 
野田俊作さんの岸見一郎さん批判に思う 
誤解される「嫌われる勇気」

2014年11月18日 (火)

日向製錬所による黒木睦子さんへのスラップ訴訟を支援しよう

 (株)日向製錬所と(有)サンアイから提訴された宮崎県の主婦、黒木睦子さんは、2社の企業を相手に裁判で闘わなければならない状況に追い込まれている。彼女は今のところ弁護士を立てるつもりはないようだ。こうした状況を心配したり、また何もできないことをはがゆく思っている人がたくさんいるのではなかろうか。

 黒木さんへの提訴に関しては、明らかにスラップだと私は考えている。過去にスラップ訴訟を起こされたジャーナリストの烏賀陽弘道氏はスラップ訴訟を以下のように定義している。

「公に意見を表明したり、請願・陳情や提訴を起こしたり、政府・自治体の対応を求めて動いたりした人々を黙らせ、威圧し、 苦痛を与えることを目的として起こされる 報復的な民事訴訟のこと」(http://slapp.jp/slapp.html スラップ訴訟情報センター)

 原告である日向製錬所とサンアイは、フェロニッケルスラグによる健康被害や環境汚染を訴えている黒木さんに、ブログやツイッターの削除を求めているようだ。明らかに口封じを目的とした裁判で、どう考えてもスラップ訴訟だろう。

 前回の記事にも書いたが、少なくとも日向製錬所に関しては名誉毀損での提訴ということなので、黒木さんは「名誉毀損には当たらない」という主張をしていかなければならない。ただし、単に「事実であり、嘘は書いていない」と主張するだけでは名誉毀損が免責されることにはならない。事実であっても他者の社会的評価を低下させることを書いたなら名誉毀損になってしまうことがあるからだ。

 しかし名誉毀損が免責される場合がある。それは公開している事実に「公共性」があり、「公益目的」であるということ。また、公表した事実が「真実か、もしくは真実とは証明できなくても真実であると信じたことについて相当の理由がある」こと。これらの要件を満たしていれば、名誉毀損には当たらない。

 「事実の公共性」というのは、多くの人が関心を寄せるようなこと、といったような意味合いのようだ。問題が地域の環境汚染であり公害ということであれば当然公共性があるとみなされるだろう。提訴されてからツイッターのフォロアーが急増し、この問題をブログで紹介している人も複数いることなどからも公共性はクリアできるのではないかと思う。

 「目的の公益性」に関しても、フェロニッケルスラグの飛散によって子どもの咳といった健康被害が生じていること、またフェロニッケルスラグを埋めた場所の沈殿池から基準を超す有毒物質が検出されていること、そこから流れ出る河川が汚染されていること、周囲には畑や水田があることなどから公害問題と捉えられ、従って公益性があると言えるだろう。いずれにしても、裁判では公共性があり公益目的であることを主張していく必要がある。

 あとは「真実性・真実相当性」を主張する必要がある。これはフェロニッケルスラグが製品として扱われているのではなく廃棄物として埋め立てられていることとか、埋立地から流れ出る水から有害物質が検出されていることなどを立証する必要がある。沈殿池の水質検査結果は環境汚染の証拠となるし、粉じんが飛散する現場の状況写真なども証拠として役立つだろう。

 これらのことを踏まえて、この問題に関心を寄せている人ができる支援を考えてみたい。

 まず、「事実の公共性」「目的の公益性」に関しては、まずこの問題に多くの人が関心を持っていることを意思表示すべきだと思う。だから、ツイッターでフォローしたり情報を拡散することも支援につながる。これなら誰でもできると思う。

 公害であるか否かということも大きなポイントだ。公害問題であれば、もちろん公共性があり公益性がある。だから、環境問題であり公害問題であるという視点でブログ記事を書くことが彼女の支援につながるのではなかろうか。

 実際に現地に行って報告をしている東海アマさんや、公害の視点から黒木さんの裁判の記事を書いている方のブログなども、「事実の公共性」と「目的の公益性」を補強するものになると思う。黒木さんを支援したいと思う人は、「他の人が書いているから自分は書かなくてもいい」と考えるのではなく、自分自身でブログなどを利用してこの問題を取り上げてほしい。

東海アマさんの記事
日向製錬所 公害被害を訴える主婦へのスラップ訴訟問題 その1 

黒木さんの裁判に関する関連記事
【スラップ裁判】私も生きちょる人間です。こんな事されていい気せんです 宮崎フェロニッケルスラグ公害 

(株)日向製錬所は昭和48年に公害防止協定を日向市と締結しているのに公害対策しない自治体。 

金属製錬所のごみ=鉱滓がどれだけ環境を汚染し、今も昔も人々を苦しめているかという公害の現実を知る。 

「グリーン・サンド」の主成分であるシリカと酸化マグネシウムの毒性などについて調べる。 

 もうひとつの支援は、金銭的な支援だ。黒木さんが弁護士をつけない理由が経済的なものであるなら、それこそ多くの人が支援すべきことだ。ジャーナリストの烏賀陽弘道さんがオリコンからスラップ訴訟を起こされたときには、烏賀陽さんは知人友人にメールで知らせて支援を求めていた。そして彼を支援する組織が立ちあがり、裁判のためのカンパを集めたのだ。

 オリコン個人提訴事件を憂慮する(オリコン個人提訴事件を憂慮し、烏賀陽弘道氏を支援するカンパ活動)

 もしかしたら黒木さんはカンパに頼ることに抵抗感があるのかもしれないが、公害問題であればそんな遠慮をする必要はまったくない。ジャーナリストですらこうして堂々と支援を受けているのだ。裁判というのはどうしても法的な知識が必要だし、闘い方というものがある。専門家の援助なしで立ち向かうのはあまりにリスクが大きい。まして公害問題を告発したことの責任を黒木さん一人が背負い込むようなことはあってはならない。

 黒木さんの本人訴訟で頑張るという決意は立派なことだとは思うが、気持ちや決意だけでは裁判に勝つのは難しい。たとえば烏賀陽さんの「スラップ訴訟情報センター」というサイトに環境保護運動攻撃のスラップ事例として「馬毛島SLAPP訴訟」の訴状や答弁書などの書面が掲載されている。以下は答弁書(PDF)

 http://slapp.jp/PDF/Mageshima/toubensho.pdf 

 こうした書面を法律の知識のない人が書くというのは至難の業だ。もちろん、答弁書や準備書面を書くのに専門用語を使ったりする必要はないが、相手は法律に基づいて主張しているのだから法的な知識が欠かせない。ここで不適切な主張や的外れな主張をしてしまうと取り返しがつかないことになりかねない。だからこそ、弁護士をつけることを検討してほしいと私は思う。

 幸い、三浦ばんしょうさんが中心になって「支援する会」を立ち上げるようだから、遠慮なく支援してもらったほうがいいと思う。どうしてもカンパは気が引けるというのであれば、法テラスに相談するという方法もある。場合によっては弁護士費用を立て替えてもらい分割で返済することもできる。弁護士をつけるなら、答弁書を出す前である今のうちだと思う。

 もちろん、金銭的な支援が可能な人はカンパで支援をしてほしい。証拠集めなどにもお金がかかる。このような企業相手の裁判では、相手はいろいろなことを仕掛けてくる可能性があり、とにかく黒木さんを孤立させないことが重要だと思う。

【関連記事】
黒木睦子さんによる日向製錬所の告発は大企業の公害問題

【11月20日追記】
一部誤った記述があるとの指摘があったため、修正しました。お詫びして訂正します。

2014年11月17日 (月)

黒木睦子さんによる日向製錬所の告発は大企業の公害問題

 マスコミでは報じられないが、宮崎県日向市の主婦黒木睦子さんが、(株)日向製錬所と(有)サンアイから名誉毀損で提訴された。黒木さんの実家のすぐ前の山中に日向製錬所がフェロニッケルスラグ(グリーンサンド)を運び込んで埋めており、風が吹くとその粉じんが実家にまで到達して子どもが咳を出し困っているという(現在は黒木さんの実家前は埋め立てが完了している)。

 彼女は日向製錬所のほか、トラックで運搬してくる(有)サンアイにも抗議したが埒が明かず、警察に訴えたり、行政や市議に相談したり、新聞社に情報提供するなど、おそらく個人として思いつく限りのことをしてきたようだ。しかし、誰もとりあってくれない。日向精錬所も行政も埋めているのはグリーンサンドという製品であり産廃ではないと主張している。彼女のブログやツイッターは、企業が投棄した有害物質から子どもたちや下流域の人たちの健康を守ろうと行動している彼女の生の声である。

黒木さんのブログ
宮崎県日向市 産業廃棄物のゴミの山が目の前で非常に困っています 

黒木さんのツイッター
https://twitter.com/mutsukuroki 

 ところが、日向製錬所と(有)サンアイは、名誉毀損であるとして彼女のブログやツイッターの削除と損害賠償を求めて提訴した。なお。日向製錬所の親会社は住友金属鉱山株式会社という大企業であり、過去に土呂久砒素公害を起こしている。

 原告らは名誉毀損で提訴しているが、この問題の本質はもちろん産廃問題であり公害問題だ。フェロニッケルスラグは「鉱さい」に分類される産業廃棄物である。そして、水銀やカドミウム、鉛、六価クロム、砒素などの有毒物質が基準値を超えて含まれる「鉱さい」は有害産業廃棄物なのである。以下参照。

 産廃知識 廃棄物の分類と産業廃棄物の種類等(公益財団法人日本産業廃棄物処理振興センター)

 黒木さんは、フェロニッケルスラグが積まれた場所の沈殿池の水質検査結果を公表している。以下。

山に捨てている(株)日向製錬所の産業廃棄物を「商品だ」、という宮崎県は説明が出来ないなら全部片付けて下さい。それが出来ないなら、全責任を取ると一筆書いて下さい。No.1  

 ここに示している検査結果では、明らかに環境基準を超える有毒物質が検出されている。この水が垂れ流しになっていて、その下流には水田があるという。ならば、明らかに公害問題であり健康に関わる重大な問題だ。

 もしフェロニッケルスラグが価値のある製品なら、それこそ黒木さんの主張するように、日向製錬所が倉庫などに保管するべきだし、販売して活用するのが筋だ。山の中に埋めているのは廃棄目的としか考えられない。つまり日向精錬所がフェロニッケルスラグを山の中に埋めるという行為は産廃問題そのものだし、埋め立て場所から有害物質が流れ出ているのなら、産廃による公害問題だ。産廃ではないから問題ないという態度をとっている行政の責任も極めて大きい。

 これは傍からみている私にも、告発者の口を封じるための裁判であるとしか見えない。ネット上ではスラップ訴訟だと言う人と、そうではないと言う人がいる。例えば、「市民メディアみやざき」の大谷憲史氏の以下の発言。この裁判の争点は産廃問題ではなくブログに端を発する名誉毀損で、原告と被告に争点にズレがあるからスラップ訴訟とは言えないという見解のようだ。

https://www.facebook.com/NorySkywalker/posts/898625176816648 

 確かに名誉毀損で提訴されているので、争点は名誉毀損にあたるか否かになる。しかし、権力者や企業が弱者であるジャーナリストや市民の言論などを封じ込める目的で、名誉毀損を理由に訴えるというのがスラップ訴訟の常ではないか。名誉毀損はあくまでも手段であって、黒木さんの言論封じの本質は産廃問題の隠蔽にあると捉えるべきだろう。このような裁判をスラップと言わず何をスラップというのだろう。

 大谷氏は以下の発言もしている。

スラップ訴訟の意に即して考えると、産廃問題のことや自分たちの不都合なことを隠して、一市民である黒木さんに対して威圧的、恫喝的な訴訟を日向製錬所側が起こした、ということになります。

 しかし、日向製錬所だけではなく、日向市役所、宮崎県庁等は、今回の件を「産廃問題」として捉えている様子はなく、当初、記事にする予定であった西日本新聞も、その後、記事の掲載を見合わせています。

 大谷氏は、グリーンサンドの投棄が産廃か否かということに関して、日向製錬所や行政が産廃と捉えている様子がないから産廃問題ではないと言いたいようだ。これが市民メディアを名乗る者の発言なのかと首をかしげたくなる。ジャーナリストであるなら、企業や行政の言い分をそのまま鵜呑みにするのではなく、産廃か否か、有害か無害かを自ら取材によって検証するべきではないか。

 また、黒木さんが訴状に対して認否を行っていないことを指摘して争点にズレがあると言っている。しかし、以下の裁判傍聴記から推測するなら、黒木さんは答弁書の書き方が分からないようだし、名誉毀損の闘い方の理解が不十分のように感じられる。これは争点のズレというより法的知識の問題だろう。

黒木さん関連。日向製錬所との第一回口頭弁論のこと。 (Come on by !英語ガレージ!)

延岡地方裁判所 第二法廷 第1回口頭弁論の日に(鰯の独白)

 今回の裁判は名誉毀損なのだから、まずは黒木さんがご自身の発言について「事実の公共性」「目的の公益性」「真実性・真実相当性」を主張することによって、名誉毀損の免責を主張するしかないのではなかろうか。これらの証明は被告である黒木さんがしなければならない。もちろん黒木さんが産廃問題として日向製錬所や関係行政機関を民事で訴える、あるいは刑事告訴するということもできるが、それをするにはやはり十分な証拠を集める必要があるだろう。どちらにしても、法の専門家の手助けを求めたほうがよいと思う。

 以下は東海アマさんによる現地報告とブログ記事。

日向市の産廃公害問題、現地調査報告 

日向製錬所 公害被害者を訴える主婦へのスラップ訴訟問題 その1 (東海アマのブログ)

 被告の黒木さんは今のところ弁護士をつけず一人でこの裁判に立ち向かっている。しかし、自然保護に関わってきた私から見ると、大企業から提訴されてしまった以上、弁護士もつけずに闘うということ自体に非常に厳しいものがあると感じざるを得ない。黒木さんは真実を主張しているのだから一人でも大丈夫と思っているのかもしれないが、裁判というのはブログに書いているような主張をしていれば勝てるというものではない。裁判での主張は基本的に書面で行われるのだから文章で論理的な反論をしなければならないし、その都度、証拠を提出していく必要がある。口頭弁論は次回期日を決めるのが主で、たいていはあっという間に終わってしまう。口頭弁論で意見を述べたいのなら、裁判所に意見陳述をしたいと申し出なければならない。

 もちろん本人訴訟で闘うという選択肢もあるし、弁護士をつけるか否かは黒木さんの判断に委ねることだ。しかし日頃言論を仕事とし名誉毀損に注意を払っているジャーナリストでも、スラップを起こされたら弁護士をつける。まして法に疎い市民が、たった一人でスラップ訴訟に立ち向かうというのは無謀ではないかというのが正直な感想だ。

 すでに裁判は始まっているが、まだ訴状に対する認否(答弁書)も出されていない。この問題は黒木さん個人が標的になっているが、明らかに企業による公害問題だ。支援団体の協力を得て、産廃問題や環境問題に強い弁護士をつけるなど検討できないものだろうか。

 彼女が提訴されてしまった背景には、市民がネットを利用して一人で企業の告発を続けたということがあるのだろう。しかし、これは地域の公害問題である。本来なら地域の人たちが組織を立ち上げたり、環境保護団体と連携して公害問題として提起していくような大きな問題だ。企業も公益目的とした組織相手ならそう無闇に提訴はできないだろう。新聞などのマスコミにしても市民団体が動けば取り上げやすい。日向精錬所も一人だから口封じはたやすいと見たのかもしれない。

 この問題の背景には、産廃に絡む企業と行政の癒着という大きな闇が垣間見える。

宮崎県都城市のブロガー殺人が宮崎県警によって自殺とされた事件は【権力犯罪】を免責する日本社会の縮図(杉並からの情報発信です)

宮崎知事元秘書、100万円超提供受ける 産廃業者から(朝日新聞)

2014年11月12日 (水)

片瀬久美子氏の「きのこ」氏告訴は力で言論を封じ込める行為

 科学ライターの片瀬久美子氏が、「きのこ組組長」の「きのこ」氏を刑事告訴したという。以下は片瀬久美子氏の告訴を告知する記事。

名誉毀損で刑事告訴しました(warblerの日記)

 これに対する「きのこ」氏のブログ記事が以下。片瀬久美子氏に対して逆告訴すると言っている。どうも告訴合戦の様相を呈してきた。

 片瀬久美子は絶対に、許さない! (建築とかあれこれ のろいもあれこれ)
ずさんなトリック (建築とかあれこれ のろいもあれこれ)

 片瀬久美子氏が告訴の根拠とした「きのこ」氏の記事のひとつは、どうやらこれのようだ。

 「美味しんぼ」叩きの3ババトリオご紹介 (建築とかあれこれ のろいもあれこれ)

 「きのこ」氏はこう書いている。

一個3千円の線量バッジ(安物ガラスバッジ)を
2万円で売り、
1万7千円をボロ儲け
その数30万個

 片瀬氏はこの発言を、自分が線量バッジを売って儲けたという嘘を書かれたと解釈したようだ。

 もし自分に関して間違ったことを書かれたなら、相手に間違いを指摘して訂正なり削除を求め、また自身で反論をすればすむことだろう。それこそ、「書く」ことを本業とする者がとる態度だ。また、上記でとりあげた「線量バッチで儲けた」という記述は主語がなく、片瀬氏のことを指しているとは言えない。記事の最後に貼り付けてある線量計配布についての解説を読めば、配布したのは福島県であり片瀬氏らのことを指しているのではないことは明らかだ。どうも、片瀬氏は早とちりしたのではなかろうか。

 片瀬氏は科学ライターとして、とりわけ「ニセ科学批判」の立場から詐欺的商法などを取り上げさまざまな批判活動をしてきた。その内容はともかくとして、悪質商法に騙されないように注意喚起するのは大いに結構だろう。しかし、自分が批判や論評をする以上、それに対する反論や批判があるというのは当たり前のことだ。

 片瀬氏が「ニセ科学批判」の人たちと一緒になって放射能の危険を指摘する人たちを批判していたのは確かであり、私はその主張には科学的根拠が極めて乏しいと常々感じていた。また、片瀬氏はSTAP細胞問題で小保方晴子氏の捏造説を主張していたが、私は小保方氏が捏造したとは考えていない。お二人の論調のどちらを支持するかと言えば、「きのこ」氏になる。

 一方、「きのこ」氏の片瀬久美子氏批判も過激さを感じざるを得ない。批判や論評をすること自体は大いに結構だと思うのだが、「3ババトリオ」とか「ネットチンピラ」という表現は言いすぎのように思う。批判や論評であれば、事実をわかりやすく書き、問題点を指摘したり自分の意見を具体的に説明すれば事足りる。

 批判に付随して多少の皮肉や揶揄は許されるとしても、感情的になって罵倒したり人格否定のような書き方をすべきではない。「きのこ」氏に限ったことではないが、例えば「馬鹿」とか「クズ」、「低能」、「低レベル」などといった相手を見下す表現は慎むべきだ。このような書き方は批判を通り越して悪口でしかないし、相手に喧嘩をふっかけているも同然だろう。

 それから、ときどき他者から批判されると「攻撃」とか「妨害」と言う人がいる。しかし具体的に理由を書いて批判的意見を言うことがなぜ攻撃とか妨害になるのだろうか。言論に言論で対抗できないから「攻撃」とか「妨害」などと言って自分があたかも被害者であるかのように思わせるのだろう。

 あるいは、このような人は他者を「敵」とか「味方」に分ける習慣がついているのかもしれない。しかし、他者を敵と味方に分けるというのは私には理解しがたい。私はどんなに意見が合わない人であっても「敵」だとは思わない。世の中には好きになれない人が確かにいるが、だからといって「敵」だとは思わない。また、知人・友人だからといって「味方」という意識もない。自分を批判する人を「敵」だと考える人は競争意識が強く、常に自分が上に立たねばならないと警戒する癖がついているのだろうか。自分自身が攻撃的だからこそ、相手が「敵」で「攻撃的」に見えるのかもしれない。

 しかし、片瀬氏と「きのこ」氏のような言い争いが、刑事事件として扱われてしまうということにこの国の言論の自由の危うさを感じざるを得ない。たしかに名誉毀損は犯罪でもあるし、誰もが訴える権利があることは否定しない。しかし、反論が可能なネット上の言い争いに対し、刑事告訴という手段を使い犯罪者だと主張するのはあまりに大人げない。

 山崎行太郎氏も指摘しているが、言論に対しては言論で対応するのが基本だ。公の場で自分の意見を主張し他者の批判をしているのなら、自分が他者から批判されるのは当たり前だし、それが言論の自由というものだ。ライターと称している者が、力で言論を阻止しようなどと思うこと自体が情けない。

 「片瀬久美子・刑事告訴・事件」の黒い霧。「小保方博士バッシング報道事件」と「片瀬久美子【掲示告訴】事件」の裏を読む。 (哲学者=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』)

 山崎行太郎氏の以下の言葉を引用しておきたい。

そもそも片瀬久美子は、「エセ医学批判」、民間療法バッシング」や子宮頸癌ワクチン薬害問題(推進派)」放射能=原発問題」「スタップ細胞事件」など、今、日本国民が関心を持ち続けている諸問題で、かなり過激な言論活動を、ネットやTwitterなどで、やって来た人である。論敵が、多数、存在し、反論反撃を受けて当然、の立場にいる人だろう。

批評・批判・罵倒、誹謗中傷・・・などを恐れるならば、言論活動を自粛すればいい。自分からは批評・批判・罵倒を繰り返すが、自分に反論反撃することは、許さない、というのは、問題外である。

片瀬久美子は、学問や思想、論争や言論戦レベルの問題を、そのレベルで対処出来ずに、警察や裁判所に、問題を委ねる時点で、あるいは警察や裁判所に駆け込んだ時点で、言論人失格、ジャーナリスト失格、学者思想家失格である。

2014年11月10日 (月)

かなりおかしい日本の労働

 少し前のことだが、とある組織の機関紙にドイツの団体職員の女性のエッセイが掲載されていた。

 その方は、小児ぜんそくで幼稚園を休みがちな子どもがいるために週20時間勤務にしているそうだ。それでも正規職員であり、期限なし雇用契約、社会保障が法律で保障されているという。さらに、週20時間のうち半分は自宅勤務が可能とのこと。最近、2年半近くの育児休暇を経て仕事に復帰したそうだ。

 このエッセイを読んで、日本とのあまりの違いに溜め息が出た。  日本では働く女性が増えているのに家事や育児の負担は圧倒的に女性にのしかかっている。フルタイムで働き、さらに育児と家事をこなすというのはなかなか大変なことだが、正社員で時短という制度はない。最近はマタハラという言葉もあるが、妊娠しただけで嫌がらせを受け、辞職に追い込まれる女性も少なくないようだ。「正社員はフルタイム」というのは、世帯主である夫が一家の生計を支え妻は専業主婦が当たり前という時代ならまだ分かるが、女性がさまざまな分野で活躍するようになった今となっては時代遅れだ。

 もし、上記のドイツのような働き方ができたなら、どれほどの女性が救われることだろう。結婚しても子どもがいても自分の生活に合った働き方ができる。精神的にも時間的にも余裕ができるし、もっと生き生きとした生活ができるに違いない。本当の男女平等とは、男女が同じ労働を同じ時間行うことではない。もともと女性は子どもを産み育てる性なのだから、それを考慮しなければ真の平等にはならない。家事や育児、介護を一方的に女性に押し付けるのではなく、夫婦共に時短労働が選択でき家事や育児、介護も分担するというスタイルが理想的かもしれない。女性の活躍だの何だのと言うのなら、まずは女性が働きやすいような法整備が必要だろう。

 北欧に旅行したとき、日中にベビーカーで子どもを連れ歩いている男性をよく見かけたが、おそらく育児休暇をとっているのだろう。日本ではこんな光景はほとんど見られない。

 ただし、私は専業主婦・主夫というスタイルを否定するつもりはない。というか専業主婦・主夫といった呼称はどうしても好きになれない。賃金がもらえないだけで、家事や育児はそれだけで立派な労働だ。一世帯一人の収入でやりくりできるのなら、夫婦のどちらかが働きに出て、どちらかが家事や育児を担当するというスタイルはある意味自然でもあると思う。政府は専業主婦の「第三号被保険者制度」を見直して、専業主婦にも保険料の支払いを求めるように精度を変えようとしているが、これは多様な働き方を否定するようなものではないか。

 そもそも仕事の内容が正社員と変わらないのなら、雇用形態や労働時間に関わりなく、時間あたりの賃金を正社員並みにすべきだというのは誰でも感じることだろう。パートやアルバイト、派遣労働者の賃金は正社員に比べると驚くほど低い。仮に自給800円で一日8時間、月20日働いても12万8000円にしかならない。年収にしたら153万円。大企業で年収1000万以上の高給取りもいれば、正社員と同じように働いても貧困から抜け出せないワーキングプアもいる。

 社会保障が充実していて医療費や老後の生活の心配がなければ、貯蓄を気にしなくてもいい。これだけでも多くの人の精神的負担が減るに違いない。ところが、日本では年金だけで生活するのは極めて厳しい人が大勢いる。高給取りと低所得者では老後のゆとりや安心感も全く異なってくる。なんと不平等がまかり通っている国か。  

今回の派遣法の改正というのも、改正というより改悪だろう。なぜ派遣をなくし正社員を増やすような方向に法改正しようとしないのだろう。労働の格差をなくし、ワーキングプアをなくそうという姿勢がまったく見られない。労働者を大切にしない国に未来はないと思う。

2014年11月 7日 (金)

北電値上げの暴挙 その2

 先日、「北電再値上げの暴挙」という記事を書いた。この記事で、私は「原発という不良債権は、安全性をないがしろにして原発建設をごり押しし、さらに原発依存を高めるという北電の経営方針から生じた」と書いた。

 今日の北海道新聞の「地域の電力を考える」という連載記事で、元公認会計士の細野祐二さんが、会計士としての視点から北電の電気料金は値上げしなくても解消できると書いていた。以下がその要旨。

・北電の有価証券報告書によると金融機関などに払う「支払利息」が163億円もあるが、財務状況から考えれば債権放棄や債券カットを申し出て当然。
・現在は原油価格の下落で、円安を考慮しても燃料費は下がっている。
・高い給与、退職金を含む福利厚生費を下げ、他の経費も17%ほど削れば赤字は十分解消できる。

 そして、金融のプロであれば電力会社の財務諸表を見て原発のコストが高いことを見抜けるはずだと指摘している。細野氏は以下のようにも言っている。

 「もともと原発の会計はおかしな点だらけだったが、さらに国は昨年、廃炉会計基準を変更し、何でもかんでも原価に算入し、原発で事故が起きても電気料金で回収できるよう道筋をつけた。会計上、こういう手口を粉飾と呼ぶ。原発については国と電力会社ぐるみの粉飾決算がまかり通っているのだ」

 言われてみればその通りだ。国も粉飾決算に関与しているからこそ、電力会社の値上げ申請を許可せざるを得ないということだ。

 北電は泊原発を再稼働すれば電気料金の値下げをすると言っているが、原発はちっとも安くない。大島堅一氏の試算によれば1キロワット/時あたり9.4~11.6円と試算しているが、大事故がおきたらさらに高くなるだろう。つまり他のエネルギーに比べても最も高い。だから北電のこの主張はとてもおかしな話だ。

 なお、河野太郎氏は原発が発電をしていなくても日本原燃に多額の再処理費用を支払っていることを指摘し、日本原燃への基本料金の支払いをやめるべきだと提唱している。

 やっぱりあなたの電気代は流用されている。パート2 

 細野氏と河野氏の指摘を実行すれば、値上げなどしなくても済む。

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