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2014年8月

2014年8月28日 (木)

土砂災害を軽減させるために

 先日起きた広島での土石流災害では多数の方が亡くなり大惨事となった。その後、礼文島でも土砂崩れで住宅が押し流されお二人が亡くなった。昨年は伊豆大島で大規模な土砂災害があった。こうしたニュースを聞くたびに、未然に被害を防ぐことはできなかったのかと、やりきれない気持ちになる。

 日本では毎年のように土石流被害が繰り返される。平地が限られ人口が多いために、どうしても山が迫っているようなところに住まざるを得ないという事情があるのはわかる。しかし、もっと被害を減らす工夫はできるのではなかろうか。

 土砂災害にしても津波にしても自然の力は凄まじく、容赦なく襲いかかる。「備えあれば憂いなし」と言うが、いくら備えていても絶対に大丈夫とは言えない。まず災害が起きると想定されるところにはできる限り住まないのが望ましい。宅地を購入して家を建てるのであれば、災害の可能性も考えて場所を選ぶべきだろう。土砂崩れが起きないか、河川が溢れないか、断層はないか、液状化の恐れはないか、津波の心配はないか等々、頭に入れておくべきだ。住宅を借りるときも、災害に巻き込まれる危険性が少ない場所や建物を選ぶよう心がけた方がいい。

 危険なところを宅地にしないよう規制すべきだと思うが、宅地造成をする業者はそんなことまで考慮しない。以下の記事を参照いただきたい。

判断の大切さ 住宅地造成をしてきた料理店主の話 

 本来なら危険な地域は居住禁止にするのが望ましいのだろうが、現実に多くの人が危険な場所に住んでおり、そのような人たちを速やかに安全な場所に移住させるのも不可能だ。とすれば、危険な地域に住んでいる人は、いざという時に避難できるようにしておくしかない。

 集中豪雨を考えてみよう。土砂災害が起きるのは大雨が降り続くような時だ。しかし、バケツをひっくり返したような猛烈な雨が降っていたなら、普通、家から外に出ることすらためらってしまうだろう。避難勧告が出るまで待っていようという気持ちになるのも無理はない。

 しかし、市町村などの避難勧告が当てにできないのはこれまでの事例からも明らかだ。避難勧告は必ず出されるわけではないし、避難勧告が出たときにはすでに時遅しということもある。だから、「この雨は尋常ではない」と感じたら、自主的に避難したり、少しでも安全な場所(鉄筋の建物とか、住宅なら二階など)に移動するしかない。大雨が降り続くときは、住民自身の適切な判断が生死を分けることになる。

 避難の際も、車がある人は車で避難ということもできるが、徒歩で避難するにはかなりの覚悟がいる。傘だけではすぐにずぶぬれになるから、防水性のある雨具も用意したほうが賢明だ。また、どしゃぶりでは視界がきかず、夜などはさらに危険だ。高齢者や体の不自由な方は、ひとりでの避難はとても無理だろう。であれば、地域で連携するなどして日頃から弱者の対応を考えておくしかない。

 すみやかに避難するためにも、自分の住んでいる場所の危険性を知っておくということはとても重要なことだ。

 たいぶ前だが、郵便局に行ったら私の住んでいる地区のハザードマップが置いてあり、地滑りの危険個所が図示されていた。それまでは自分の住んでいる地域でそのような災害が起こりうるとは考えたこともなかったので、正直いってドッキリした。幸い私の住んでいるところは危険地域には入っていなかったが、危険地域には何件も家が建っている。果たしてそこに住んでいる人たちはその事実を知っているのだろうか?

 実家の近くはどうなのかと、ネットでハザードマップを調べたこともある。丘陵を切り開いた住宅地だが、近くに危険区域に指定されている崖地があった。

 日本各地を旅行しても、住宅の裏手が崖や急斜面になっているようなところはいくらでもあり、他人ごとでありながら「怖いなあ」と思ってしまう。山国の日本では、集中豪雨などで地滑りや土石流が起きそうな場所はいたるところにある。そして、昨今は土砂災害だけではなく、洪水や津波、火山など様々なハザードマップが作られるようになった。

 災害を減らすには、まずは自分が住んでいるところが危険な場所であるかどうかをハザードマップできちんと認識することが大事だろう。そして、危険区域に住んでいるのであれば、大雨などの際にはすぐに避難できるように準備しておくことが肝要だと思う。

 最後に一つ。地球温暖化の影響で異常気象が増えていると言われている。昨今の集中豪雨の増加も、その背景に人間活動が関わっている可能性がある。ならば、異常気象によって発生する自然災害は人類自身が引き起こしているわけで、単なる自然現象とは言い切れない。エネルギーの大量消費の見直しも真剣に取り組むべきではないか。

2014年8月16日 (土)

名誉毀損になりかねない小保方晴子さんへの不当な批判

 去る8月5日、理研の再生科学総合研究センター副所長であった笹井芳樹さんが自殺して亡くなった。STAP細胞論文では小保方晴子さんの指導に関わっていただけに、このようなことになってしまったことにとても驚いたし、残念で仕方ない。笹井さんのご冥福をお祈りしたい。

 ネットでは自殺偽装などという説もあったようだが、ご家族あての遺書もあったとのことなので自殺は間違いないだろう。

 STAP細胞問題に関しては論文に間違いがあったことは事実だが、最大の問題はそこではなく、STAP細胞自体が本当にあるのかどうかということだ。理研もこれに関しては検証実験をはじめたし、小保方さんも検証実験の参加に意欲的だったのだから、まずはこの点を確かめるのが当然だと思う。

 小保方さんの実験に関して可能性として考えられるのは以下のようなことだろう。
・小保方さんの実験は間違いはなく、STAP細胞は存在する。
・小保方さんの実験にミスあるいは細胞の取り違えなどがありSTAP細胞はできていないが、本人はSTAP細胞が作製できたと勘違いした。
・小保方さんの知らないところで、誰かが実験に用いる細胞を恣意的に入れ替えた。
・小保方さんが捏造を行った。

 私には、小保方さんの記者会見の様子から小保方さんが嘘を言っているようにはとても感じられなかったし、彼女はあくまでもSTAP細胞があると信じているとしか思えなかった。だから再現実験がうまくいかないという結果になれば、小保方さんの実験に何らかのミス、あるいは細胞の取り違えなどがあったということになるのだろうと考えていた。この場合は、もちろん不正でもなければ捏造でもない。単なる誤りである。

 ところが、7月4日に、日本分子生物学会の大隅典子理事長は研究不正の実態解明と理研の再現実験の凍結を求める声明を出した。

理事長声明『STAP細胞論文問題等への対応について、声明その3』 

 日本分子生物学会は、大隅理事長のみならず、理事や元役員の方たちも大隅理事長に同調する声明やコメントを発表している。

STAP細胞問題等についての、理事、元役員経験者からの自主的なコメント 

 STAP細胞に関しては再現実験中であり、実際に作製できたのかどうかは明らかになっていない。だからこそ理研は再現実験をしているのだ。それにも関わらず「不正」と決めつけて再現実験の凍結を求めるというのは、まるで小保方さんの実験は捏造であると言っているかのように聞こえる。分子生物学会の人たちは今の時点でなぜこんなことを主張するのか、私にはとても不可解で奇異に感じた。

 しかし、先日「一研究者・教育者の意見」というブログを知り、今回のSTAP細胞騒動のことや分子生物学会の人たちの主張の陰にあるものが見えてきた。

STAP細胞論文問題等への日本分子生物学会理事長声明について再度考える(一研究者・教育者の意見)

 このブログの著者は、大隅理事長を含め、再現実験の凍結を唱える人たちは、調査によって小保方さんは必ず有罪になると確信していると主張する。確かに、そう考えれば分子生物学会の人たちの主張が理解できる。さらに、私は気づかなかったのだが、科学ライターの片瀬久美子さんやその取り巻きの「ニセ科学批判」の方たちも大隅さんとともに小保方さん批判を展開していたことを知った。

 「可能性」を理解できない人たち(一研究者・教育者の意見)

 正直「ああ、またか・・・」と思った。菊池誠さんや片瀬久美子さんなど、「ニセ科学批判」のグループの人たちは、3.11以降、福島の原発事故による放射能汚染に関して「福島の事故程度では健康被害は生じない」とか「福島の事故で鼻血が出るというのはあり得ない」などと主張していた。少なくとも、誰も確定的なことなど言えない事故後間もない頃から、このような決めつけをしていた。それ以来、私は彼らの「科学的思考」に大いに疑問を持ち、何度か批判をしてきた。

 そして、今回の小保方さん批判。小保方さんが研究不正をしたとか捏造をしたなどということは証明されていないにも関わらず、不正だ、捏造だと決めつけて批判をしたなら、それはもはや批判を通り越したバッシングである。その批判がもし事実と異なるのであれば、批判された側は嘘をまき散らされたことで大きなショックを受けるだろうし、明らかに名誉毀損だろう。公益目的に批判をすることは意味があるが、可能性でしかない段階で、「捏造」だなどという決めつけによる批判は決してしてはならない。

 今回のSTAP細胞問題では、笹井さんが自殺をするというとても残念な結果となった。笹井さんは精神薬を飲んでいて議論も満足にできない状態だったとのことなので薬が自殺を誘発した可能性があるが、一部の科学者などによる「不正だ」「捏造だ」というバッシングも相当なストレスになったことは想像に難くない。何しろ、STAP細胞論文をめぐって、今までは一般の人には知られていなかった小保方さんや笹井さんがマスコミで大々的に報じられ、記者会見も行い、日本中の人に名前や顔が知られることとなったのだ。ただでさえ大きなストレスにさらされているときに、それに追い打ちをかけるようにバッシングがあったなら、その心理的負担は計り知れないだろう。

 私は批判精神自体は大事なことだと思っているし、私もしばしばブログで批判をする。しかし、批判をする際にはまず事実であることが前提だし、事実かどうか分からないことに関して意見を述べる場合は「推測」とか「可能性」であることを明示したり、仮定形にしなければならない。

 ところが「可能性」でしかないことをあたかも事実であるかのように決めつけて非難した今回の科学者集団による小保方さん批判は、明らかに不当なであり、度を越しているとしか言いようがない。果たして小保方さん批判を繰り返した彼ら彼女らはそのことを理解しているのだろうか。

 なお、この件については「Openブログ」も参考になる。

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