【拡散希望】可視化された被ばくによる健康被害(追記あり)
久しぶりに岡田直樹さんのブログを訪問したら、被ばくに関する極めて重要な論説が掲載されていた。実に詳細かつ具体的に論旨を展開しており、息をのむような優れた論考だ。
私はこれまで福島の原発事故による被ばくの影響は、疾病や死亡率の増加などの客観的データからしか分からないと書いてきた。福島の子ども達の甲状腺がんの増加からも、これからは間違いなく被ばくによる健康被害が顕著になってくるだろうと思ってはいたが、統計的なデータがなければ被ばくとの因果関係まで言及できない。いくら自分の体調が不調だとか身近な人たちに異変が起きているなどと報告したところで、客観性がない。
ところが、岡田さんは実際の疾病の増加データではなくGoogleの検索キーワードのトレンド(トレンドとは時代の趨勢、流行のこと)を表示する「Googleトレンド」を利用して東京での健康被害の実態を可視化したのである。2回に分けて論じられている岡田さんの記事はとても長いのだが、きわめて重要な指摘なのでぜひ最後まで読んでいただけたらと思う。
東京電力原発事故、その恐るべき健康被害の全貌-Googleトレンドは嘘をつかない- ①理論編(Space of ishtarist)
東京電力原発事故、その恐るべき健康被害の全貌-Googleトレンドは嘘をつかない- ②データ編(Space of ishtarist)
岡田さんの論考は実に論理的かつ客観的だ。まずまず①の理論編について見てみよう。岡田さんの論理構成は以下だ。
●東京の放射能汚染は、「放射線管理区域」相当の汚染状況である。
●広島・長崎やチェルノブイリなどの過去の例からいって、被曝による健康被害の典型は癌ではなく、倦怠感・心不全・膀胱炎・ホルモン異常・免疫低下など、全身の多様な慢性疾患であること。
●「科学的にいって放射能は安全である」という議論の元となっているICRPは、論理によってデータを排除し、残ったデータで理論を強化する「神話」の「循環構造」を構成している事。
●東京電力原発事故の主たる放射性降下物は、セシウムを含む不溶性合金の放射性物質微粒子(ホットパーティクル)であることが実証されたこと。
●人工放射性物質と自然放射性物質の唯一の違いは、ホットパーティクルを構成しうるか否かであること。
●ホットパーティクルとよばれる人工放射性物質の微粒子のリスクを、ICRPの体系が過小評価していること。
●バイスタンダー効果など最新の生物学の知見によって、ホットパーティクル(放射性物質微粒子)の危険性が明らかになりつつあること。
岡田さんはまず、福島の原発事故によって東京に2度にわたって大量の放射性物質が降下したことを取り上げ、公表されているデータから東京(少なくとも新宿)の汚染が放射線管理区域相当であることを示している。本来であれば放射線管理区域として封鎖されなければならないようなところに都民は生活しているのである。この点は小出裕章さんもずっと指摘していることだ。それにも関わらず東京が封鎖されないのは「都市機能が完全に機能不全に陥るから」と指摘する。要するに、政府には首都東京を放棄することができないという事情があるからだ。首都圏に住む3000万人以上もの人たちを速やかに非汚染地に移住させることは、経済的のみならず物理的にも不可能だろう。
次に、「放射能は安全である」という言説についての考察を展開する。広島・長崎に落とされた原爆、あるいはチェルノブイリの原発事故における健康被害の事例などから、放射線による被ばくは癌だけではなく、人体のあらゆる部位にあらゆる形での疾患を発生させることをデータから示し、ICRPのモデルとECRRのモデルについて検証している。その結論は以下。
ICRPは、物理的な単位である吸収線量によって、基本的には健康被害が直線的に発生するという、物理学的(というか即物的な)アプローチを。それに対して、ECRRは、生命については判明していないことが多いという前提に立った上で、放射性物質が人体や細胞内でどのようなメカニズムで働いているのかを、実際の膨大なデータに基づいて仮説をたて、検証していくスタイルを取っています。
ECRRは、内部被曝に関して、ICRPの500倍から1000倍のリスクを主張するため、特に「極端」であると批判されます。しかし、ECRRによれば、主にγ線の外部被曝によるデータを、α線・β線も含む内部被曝に誤って適用しており、それゆえにICRPが内部被曝を極端に過小評価しているということになります。
また人工放射能のホットパーティクルによる局所的被ばくの危険性について論じ、ICRPが内部被ばくによる健康被害を過小評価していることを指摘している。人工放射性物質と自然放射性物質の違いについては私も以前紹介した「さつき」さんのブログを紹介している。これは非常に重要なことなので、以下にもう一度紹介しておきたい。
天然放射能と人工放射能は違う(その1:単体の物理。科学的性質) (さつきのブログ「科学と認識」
天然放射能と人工放射能は違う(その2:ホットパーティクルの放射能) (さつきのブログ「科学と認識」
天然放射能と人工放射能は違う(その3:まとめ) (さつきのブログ「科学と認識」
そして岡田さんがホットパーティクルに関して導き出した結論は以下だ。
1.放射性微粒子による内部被曝で問題になるα線とβ線について、ICRPは放射線荷重係数において過小見積もりしている可能性が高い。
2.ホットパーティクルによる細胞群の局所的な被曝は、1kgという巨視的な単位で平均化された吸収線量で測ることができない。
3.ホットパーティクルによる局所的な細胞群の高線量被曝は、発癌以外のあらゆる急性被曝症状を引き起こす可能性がある。
4.ホットパーティクルによる局所的な被曝は、電離密度の高さによって、DNAの二重鎖切断など、細胞に対する重大なダメージをもたらす可能性が高い。
5.ホットパーティクルによる細胞の継続的な被曝は、被曝によって細胞が複製モードに入るため、放射線に対する細胞の感受性を高める(セカンド・イベント理論)。
6.バイスタンダー効果およびゲノム不安定性は、ホットパーティクルによって集中的に被曝した細胞群の危険性を高める可能性が高い。
7.人工放射性物質のみが、ホットパーティクルを形成できる。
さらに注目すべきことは、2度のフォールアウトのうち3月14~16日のフォールアウトについて「鉄まで合金になっているということは、3000℃近い温度で、燃料棒が気化したことを示しているように思われます」と述べている。
ここまでは①の「理論編」の要点だが、②の「データ編」ではGoogleトレンドによって福島の原発事故の時点を境にしてさまざまな健康被害が増加しているという実態をデータによって示している。
具体的には健康被害に関わる検索キーワード、たとえば「心臓 痛い」「胸 痛い」「血圧 高い(低い)」「動悸」「だるい」「湿疹」「爪 剥がれる」「鼻血」「喉 痛い」などといった検索件数の推移を東京と大阪(対照群)という地域に分けて検討したのである。岡田さんが東京と大阪を選んだのは、人口の多い大都市圏でなければグラフがうまく表示されないことが多いからだという。
こうして出てきた検索トレンドのグラフを見ると、東京では福島の原発事故を境に体の不調について調べる人が急増していることが実感できる。これらの指標が「発病率」に近いと仮定したなら、福島から200km以上離れている東京ですら健康被害が増え続けていることを示している。しかも、大きな汚染を免れた関西でさえ決して安心な状況ではない。
少し前に私の知人らがベラルーシなどを訪問したのだが、ベルラド放射線防護研究所でホール・ボディ・カウンターを受けたところ、北海道から参加した3人が13~20ベクレル/kgを検出したという。最高は埼玉県の方の23ベクレル/kgとのこと。私たち日本人のほぼ全員が被ばくしてしまったといえるのではなかろうか。早野龍五氏らの行ったホールボディ・カウンターの検査を鵜呑みにするのは危険だ。
さて、私たちはこの現実をいま一度、直視する必要があるだろう。チェルノブイリの原発事故による健康被害は今も続いている。つまり、東北や関東などの汚染されてしまった地域に住んでいる人たちは、これ以上の被ばくを避ける努力をすべきだということだ。本来ならもちろん放射線管理区域に当たるようなところに人を住まわせてはならないのだが、福島を除染して住民を戻そうとしている国が、東北や関東に住む人たちの移住を補償するなどということは考えられない。汚染地に留まるリスクを避けたいのであれば、自力で移住するしかない。ただし、3月の2回のフォールアウトで受けた初期被曝による影響は、移住してもどうしようもない。
移住ができない場合は、呼吸からの被ばくを避けるために、外出時はできる限りマスクをするべきだし、子どもが部活などで土埃にまみれるようなことは避けるべきだ。農作物の産地を選ぶのも大事だが、汚染水がダダ漏れの太平洋で獲れた魚介類はとくに要注意だろう。産地偽装があるので難しい面もあるが、気をつけるに越したことはない。食品に気をつけるのは東北や関東以外でも同じだ。自分の身は自分で守るしかないのだから。
最後にひとこと。岡田さんの論考を読めば、福島の原発事故では健康被害は出ないと吹聴していた菊池誠氏や野尻美保子氏ら「ニセ科学批判」に集う科学者たちの認識不足がよく分かる。否、認識不足にとどまらない。彼らは自分たちの主張に都合の悪い論文に触れようとしないし、放射性物質の危険性について説く人に対し、「福島の人たちへの差別だ」といって論点を逸らせてきた。これは科学者としてあるまじき怠慢であり無責任の極みだ。なぜならこの論考を書いた岡田さんの専門は社会哲学・社会システム理論であり、科学を専門とはしていないからだ。「ニセ科学批判」「科学者」という看板に騙されてはならない。
【12月2日追記】
放射線被ばくによる健康被害が癌にとどまらず様々な疾病や体調不良を引き起こすことはチェルノブイリの原発事故などから明らかになっている。チェルノブイリの原発事故当時は分かっていなかったことなのだが、多様な健康被害の引き金となる細胞へのダメージに関してはエピジェネティクスがひとつの重要なポイントになるのではなかろうか。内部被曝とエピジェネティクスについて示唆に富む書評記事が目に止まったので、紹介しておきたい。
内部被曝とエピジェネティクスについて(講談社ブルーバックス『エピゲノムと生命』を読んで感じたこと(いちろうちゃんのブログ)
今までは何の役にも立っていないのではないかと思われていた「ジャンクDNA領域」と呼ばれていたDNAの一部分がある。ところがこのDNAが転写によって生みだす「ノンコーディングRNA」は複雑な遺伝子制御に関わっていて、複雑な生命プログラムの実行を可能にしているという。何の役にも立っていないと思われたDNAが、生命維持に欠かせない重要な役割を持っているのだ。
被ばくによる健康被害を論じる際はDNAの損傷が持ち出されるのだが、この「ジャンク」とされてきたDNAが放射線で破壊されることも考えねばならない。この記事を書かれた田中一郎さんは、「放射線被曝とは、遺伝子の破壊のみならず、生物の生命秩序全体の破壊=細胞内の全生理メカニズムの崩壊をもたらす、巨大は破壊作用です」と主張している。
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