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2013年12月

2013年12月29日 (日)

関西まで汚染した福島原発事故の放射能

***原発反対・秘密保護法は廃止・共謀罪反対*** 

 福島第一原発の事故によって放出された放射性物質は東北地方から関東地方にかけて深刻な汚染地をつくった。このために汚染地から多くの人が西日本や北海道に避難した。しかし、北海道や西日本に放射性物質が飛んでこなかったわけではない。

 以下のサイトでは関西の土壌の検査結果を報告している。

関西・土壌の放射性セシウム汚染 

 ここでは大阪府能勢町3地点、大阪府高槻市2地点、滋賀県野洲市1地点の土壌の計測結果のほか、参として高槻市日向町、和歌山県新宮市、秋田県横手市、東京都世田谷区、宮城県のデータを掲載している。これを見ると、関西でも場所によっては福島の原発事故由来の汚染が確認されている。確認されたセシウムの汚染は6.9ベクレルだから酷い汚染というわけではないのだが、近畿地方もまだらに薄く汚染されたことは間違いないだろう。

降下セシウムの濃度比較2(大阪汚染3) 

 では九州はどうなのだろう? 以下のページの記述から、九州では福一からの汚染はほとんどないが、がれき焼却によってセシウムが放出されたと考えるのが妥当だと思う。

北九州市のセシウム汚染は放射能がれき由来だ! 

北九州市のマスクからセシウム検出! 

 がれき焼却に関してはあちこちで反対の声が上がったが、やはり焼却は間違いだったとしか言いようがない。

 北海道ではチェルノブイリの原発事故による土壌汚染が若干残っている状態だった。知らぬが仏で、多くの道民は福島の原発事故が起きるまで、チェルノブイリの事故で北海道が多少汚染されたことを知らなかったのだ。そこに福一からの汚染が少し加わった。近畿地方でも福一由来の汚染が若干ある。偏西風にのってアメリカまで汚染されたのだから、日本中に放射性物質が飛んできたのは間違いないだろう。

 2011年の春はイソコモリグモの調査などで道南に何回か出かけたが、でかけるたびに喉の痛みを感じたし、東京に行ったときは風邪もひいていないのに喉が痛くなった。あれももしかしたら放射性物質の影響だったのかもしれない。

 福一由来の放射能は日本中に広がり、日本人の大半は被ばくをしたのだ。ただし関西や北海道は汚染の程度がそれほど酷くはないというだけのことだ。東北から関東にかけての地域は、場所によってはかなり深刻な汚染となった。そして、汚染地で造られた農作物や畜産物などが全国に流通している。広く薄く日本中に放射能が拡散している。それが日本の現状だ。

 言うまでもないが、福島の汚染はすさまじい。関東も場所によってはかなり汚染されている。そんなところにおびただしい人が放射能を気にしながらもやむを得ずに住んでいるのだ。福島県の子ども達の甲状腺がんの発症率も尋常ではない。被ばくによる健康被害が明らかに顕在化しつつある。

 ところがこの国では被ばくによる健康被害の問題はほとんど無視されてしまっている。それどころか除染で多少線量を下げて住民を汚染地に帰還させるという信じがたい方針を変えようとしない。そして政府も東電も原発再稼働へと突き進んでいるのだ。

 マスコミも被ばく問題は全くといっていいほど報道しない。政府もマスコミも被ばくによる健康被害に関しては貝のように口を閉ざしている。そんな中で頼りになるのは市民による土壌や食品の検査だ。しかし秘密保護法が施行されたなら、被ばくによる健康被害は隠されて、市民による情報も規制されかねない。何という国だろう。

 恐らく日本ではこれからじわじわと健康被害が広がっていくと思う。とりわけ早く影響がでるのは原発を容認してきた大人ではなくなんの責任もない子ども達だ。そう思うとほんとうにやるせない気持ちになる。

2013年12月25日 (水)

情報は誰のものか-重要部分が黒塗りになる行政文書(追記あり)

***原発反対・秘密保護法は廃止・共謀罪反対*** 

 情報公開制度ができてから、自然保護団体は開発事業などに関わる行政文書の開示請求をしばしば行ってきたが、たいていは文書の一部が黒塗りになっている。たとえば公共事業における環境アセスメントの報告書などを開示請求すると、絶滅危惧種やアドバイスをした専門家の名前などはまず黒塗りされている。

 絶滅危惧種に関しては保護に支障が生じるという理由のようだが、保護すべき動植物の情報を秘密にしたなら、事業者が適切な保護対策を講じているかを判断できない。アドバイザーの名前を非公開にする理由も理解できない。専門家として責任をもってアドバイスしているのなら、なぜ名前を隠してしまうのだろう。

 また、私は昨年、私の戸籍を不正に取得した行政書士の処分に関する公文書を東京都に開示請求した。ところが、もっとも重要な行政書士の証言に関する部分は黒塗りになっていた。ほかにも黒塗り部分は多数。黒塗りにした理由は記載されているのだが、記述が抽象的であり、なぜ黒塗りにしなければならないのかさっぱり分からない。

 行政文書の開示請求があった場合、非開示にするか否かの判断は条例に基づいて行うのだが、その判断基準は明確なものではなく、行政の担当者に委ねられている。たとえば、非開示の理由として「公にすることにより、行政書士の懲戒処分に関わる事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるため」という理由で黒塗りになっている部分が多数あるのだが、このような抽象的な理由で非開示にできるのなら、行政が隠したいことがあれば何でも非開示にできてしまうのではなかろうか。また、公開で行われた行政書士への聴聞の記録まで不開示になっている。その理由は「公にすることにより、被聴聞者の権利利益を害する恐れがあるため」とある。公開で行われたものをなぜ非開示にしなければならないのだろう? 「権利利益」とは具体的にどういうことを指しているのだろう?

 行政文書の黒塗りに対し不服がある場合は、異議申立てができる。私は今年の2月下旬に異議申立てをしているが、未だに審査結果が来ていない。ただし、異議申立てをしたところで、開示されないことも多々ある。その場合は訴訟を起こすしかない。そこまでやる人は恐らく少数だろう。しかし、本人訴訟で全面勝訴した事例もある。新得町の芳賀耕一さんが起こした、サホロリゾートに関わる公文書の非開示の取り消しを求める裁判だ。以下参照。

情報公開訴訟一審判決(SAHORO.COM)

 この訴訟から分かるのは、条例の非開示事由に該当しない部分を行政が非開示にしてしまったという事実だ。情報公開制度の恣意的運用がなされているということであり、行政にとって都合の悪いことを意図的に非開示にすることがあり得るのだ。

 同じように、ジャーナリストの三宅勝久さんは、行政文書の非開示で裁判を起こしている。

本日13時から埼玉県庁で記者会見 埼玉県立小児医療センター移転に関連して近く提訴(ジャーナリスト三宅勝久公式毒舌ブログ)

★訂正「埼玉県立小児医療センター移転の墨塗り議事録を出せ」訴訟第1回弁論は12月25日11時(ジャーナリスト三宅勝久公式毒舌ブログ)

 三宅さんの裁判は、埼玉県立小児医療センターの移転に関することで情報公開をしたところ、重要な意思決定がなされたと思われる時期の会議録のたぐいがほぼすべて黒塗りになっていたというもの。ここでも行政に都合の悪い部分を非開示にしたのではないかという疑惑が浮上する。

 行政文書を開示しても黒塗りだらけというのが現状なのだが、特定秘密保護法が施行されたならさらに非開示が増えるだろう。というより、場合によっては開示請求をすること自体が罪に問われかねない。

 なお、埼玉県立小児医療センターの移転に関しては関係者が問題提起して活動している。以下のサイトを参照いただきたい。

埼玉県立小児医療センター存続を求める家族の会 

さいたま黒塗りされた病院移転にモノ申す会のブログ

【12月27日追記】
 行政書士が私の戸籍を不正取得した件に関しては以下の記事をお読みいただきたい。

興信所を使って私のことを調べていた文芸社 
行政書士が私の個人情報を不正に取得していたことが判明 
告訴状を送った警察署の速やかなる対応 
行政書士による個人情報取得事件の中間報告 
警察官らの戸籍不正取得で司法書士らが逮捕、私の告訴は不起訴 
統一教会も関わっていた司法書士による個人情報不正種痘事件 
金坂滋行政書士に業務停止1か月の行政処分 
戸籍と住民票の不正取得で逮捕された事例があった! 
金坂滋行政書士の処分で公文書の重要部分を黒塗りにした東京都

2013年12月20日 (金)

背筋が伸びるMBTシューズ

***原発反対・秘密保護法は廃止・共謀罪反対*** 

 MBTシューズを履き始めてから3カ月ちょっとになる。MBTシューズは、履物というよりトレーニング器具というべき靴だ。その機能についてはMBTのホームページを見ていただきたい。

 MBTシューズのことを知ったのは今年の夏のこと。私はいわゆる健康器具といったものにはまったくといっていいほど興味がなかった。ところがこのMBTはちょっと違った。MBT専門店あるいは整形靴やコンフォートシューズを扱っている店でしか販売しておらず、しかもかなり効果があるらしいという信頼できる情報を得たからだ。

 私の場合、猫背ぎみで腰痛がある。そのうえ運動不足で、近年は脚力の衰えを実感していた。そこで思いきって購入してみた。

 MBTの特徴はクッション性が高いカーブした靴底にある。靴底の中央部分が高くなっているため、ローリングしながら歩く格好になる。そのために前後の不安定感はあるのだが、履いた感触はふわふわしていて心地よい。靴自体はそれなりの重さがあるのだが、履いていると重さが感じられない。逆に、脱いだときの方が足が重たく感じられるのだから不思議だ。

 トレーニング器具というべき靴のため、はじめのうちは1日の総使用時間は1時間程度で、1回の使用時間は15分ほどにするようにとの指導があった。履いていると心地がよいので脱ぎたくなくなるのだが、慣れないうちに長時間履くと筋肉痛になってしまう。カーブした靴底の不安定さによって、日頃使わない筋肉を使うためだという。実際、はじめのうちは多少、筋肉痛がでた。私の場合、脚だけに筋肉痛が出たのではなく、左腕の付け根から肩にかけても筋肉痛になった。これは、背筋が伸びたせいではないかと思う(左側だけに出たのは、右腕は日常生活で比較的動かすからだろう)。慣れるに従って使用時間を増やしていくのだが、1カ月もしたらずっと履いていられるようになった。

 MBTは、冬の凍った道では使えない。北海道では4、5カ月間は圧雪ないし凍結路面だから、履ける期間が限られてしまう。そこで、室内履き用としてサンダルタイプのものを選んだ。わが家はオールフローリングで畳やカーペットは一切ないため、室内で履いてもまったく問題はない。

 1、2カ月の使用で、私の場合は背筋が伸び、姿勢が良くなったのを実感している。人から猫背だと言われてもそう簡単に直せるものではないが、MBTの場合、履くだけで、意識しなくても背筋が伸びるのだ。腰痛も以前より軽減した。また、この靴を履いているときは、普段使わない筋肉を使っているという感覚がある。少なくとも姿勢を良くする効果があることは間違いない。一足3万円前後という価格だが、それだけの価値はあると感じている。

 この靴を開発したスイスのエンジニアのカール・ミュラーは、アフリカのマサイ族の生活から着想したそうだ。MBTのMはマサイ族(MASAI)で、Bは素足(Barefoot)、Tはテクノロジー(Technology)とのこと。自然の大地を素足で歩くマサイ族の人たちは姿勢がよく、背中や関節のトラブルとは無縁だという。そこで、自然の地面の不安定さを再現させた靴を開発したのだ。

 考えてみれば、現代人は舗装された硬くて平らな地面ばかり歩いているが、自然界にはそんなところはない。私たちの生活は、ほんの数十年の間に、軟らかくてでこぼこした土の地面を歩くという生活から、硬い舗装道路ばかりを歩くという不自然な生活にすっかり変わってしまったのだ。

 ところで、「履いて歩くだけでシェイプアップ」などと謳ったトレーニングシューズの中には、効果がほとんどないものもあるらしい。以下のような記事がある。

「履いて歩くだけでシェイプアップ」はウソだった!トレーニングシューズ、米国で次々と代金払い戻し(My News Japan)

インチキ・シェイプアップ効果のリーボック『イージートーン』、島谷ひとみも騙されたウソ広告で販売続く(My News Japan)

 こういう記事を見ると、トレーニングシューズはインチキだという印象を持ってしまうが、MBTに関しては確かに効果があると私は実感している。

2013年12月17日 (火)

サホロ岳ナキウサギ裁判が始まった

***秘密保護法は廃止しよう!*** 

 10月18日の記事で、加森観光によるサホロ岳北斜面のスキー場造成工事で、十勝自然保護協会とナキウサギの専門家2人が裁判を起こしたことをお知らせした。

サホロスキー場造成工事で自然保護団体などが提訴 

 この裁判の第一回口頭弁論が昨日(12月16日)札幌地裁であった。最初の日とあって、テレビ局の取材が入り、口頭弁論のあとには記者会見も行った。

 被告は、加森観光のほか国有林の使用許可を出した林野庁と、開発行為の許可を出した北海道の三者。つまり、答弁書は3通出されることになる。被告席には三者の弁護士や関係者がずらりと並ぶ。

 もちろん三者ともに訴えの却下や請求の棄却を求めており、争う姿勢だ。加森観光及び北海道の答弁書では、原告らは訴訟を起こす資格(原告適格)がないと主張している。どうやらまずは原告適格があるかないか、という入り口論での争いになりそうだ。

 「えりもの森裁判」でも、被告の北海道は「住民監査請求は不受理であり提訴できない、森林の公益的機能は財産とはいえない」と主張したため、森林の公益的機能は財産といえるかどうかという入り口論で約1年を費やした。その結果、原告の主張が全面的に認められて本論に入った。ただし、「えりもの森裁判」は住民訴訟であるのに対し、今回の裁判はそうではない。果たして、今回の裁判ではどうなるだろうか。

 次回の期日は2月である。

 そういえば「えりもの森裁判」は最高裁にいったまま何の連絡もない。いったいどうなっているのだろう。

2013年12月13日 (金)

嫌われるのは大いに結構

***秘密保護法は廃止しよう!*** 

 学生の頃、「和」とか「協調性」を重んじる日本の風習は、いさかいを起こすことなく秩序を保つことにつながり、素晴らしいことだと言っている友人がいた。しかし、私はその意見にはとうてい賛同できなかった。もちろん協調性のすべてを否定するつもりはない。しかし、協調性を重んじるばかりに自分の主張を引っ込めて周りに従ってしまうというのは納得できない。しかも「和」を重んじて誰とでも仲良くするなどというのは、気持ちが悪くてとてもじゃないが無理。自分を殺して八方美人にふるまうなんて絶対にできない。

 誰だって、どうしても好きになれないタイプの人はいるのではなかろうか? 私は高校生くらいまではとても大人しく、学校でも無口で目立たない存在だった。そんな性格ゆえ友だちも限られていたが、友人が少なくても一向に構わなかった。どうしても好きになれないようなタイプの人たちと仲良くするなんてまっぴらだ。気が合わない人と仲違いする必要もないが、仲良くする必要もない。そして、口には出さなくても、心の中で「おかしい」と思うことはずっとおかしいと思い続けていた。

 私自身どうしても好きになれないタイプの人がいるのだから、自分も他人から嫌われるのは当たり前のことだし、そんなことは何とも思わない。だから、「和」とか「協調性」を理由に誰とでも仲良くするのが素晴らしいと思ったこともないし、「人から嫌われたくない」「他人から良く見られたい」などと思ったこともない。子どもの頃からマイペースだったのだろう。

 ところが、世の中には他人から嫌われることをとても恐れる人がそれなりにいるらしい。そういう人は、常に「他人から嫌われないようにしなければ・・・」「良く見られたい・・・」という意識が働いてしまうようだ。だから、すぐに他人に意見を合わせて、自分の本音をあまり言わない。そういう人にとっては、自分の本音を言うより他人に合わせているほうが楽ということにもなるのだろう。

 たしかに周りの空気を読んでみんなに合わせていないといじめのターゲットになってしまう環境では、そんな風にして身を守るようになってしまうのは致し方ないのかもしれない。しかし、自分を殺して他人に合わせているというのは、実はちっとも楽ではないはずだ。常に他人を意識して緊張していなければならないし、自分に嘘をつくことにもなる。それでは精神的に疲れきってしまう。

 「他人から嫌われたくない」と意識してしまう人は、何がそんなに怖いのだろうか? いじめられること? 仲間はずれにされること? 陰口を言われたり批判されること?

 小学校から高校までは学校という外部から隔てられた教室という密室で過ごさなければならないので、いじめや仲間はずれを意識してしまうのは無理もないが、学校から解放されたならそんなに他人の目を恐れる必要はなかろう・・・。

 「陰口を言われたくない」「批判されたくない」という感覚も私には理解しがたい。私はブログでときどき他者を批判することがある。もちろんインターネットというメディアで個人を批判する以上、公共の利益が目的だ。嘘ばかり吹聴していたり、どう考えても不適切としか思えない発言や行動をしている人を看過すべきではないと思うからだ。

 私が最も嫌いなのは、自分の利益(お金であったり、名声であったり、権力であったりする)のために他人を利用するような人物。このような者の多くは平然と嘘をつくし、他人を騙すこともしばしばある。また、支配欲がとても強く、自分を信用している従順な人を囲い込み、自分と異なる意見を尊重しようとしない。そして、たいていは仮面をかぶって善人面をしている。いってみれば詐欺師、あるいはそれに近いような人たちだ。

 福島の原発事故のあと、原発御用文化人が話題になった。彼らは電力会社の意向を受け、お金のために原発の安全神話を喧伝していたのだが、そもそも文化人を利用していたのが原子力ムラの人たちだ。原発の問題点について調べもせずお金のために協力した文化人も情けないが、彼らを利用した原子力ムラの人たちはまさに詐欺師同然だ。「積極的平和主義」という怪しげな主張を持ち出して国民を騙そうとしている安倍首相もまさに詐欺師同然だ。ほかにも似たような人たちはいくらでもいる。私が批判するのは、たいていこのようなタイプの人だ。

 「他人から嫌われたくない」とばかりに自己主張を慎んだり、健全な懐疑を持てずに他者を信用してしまうようなタイプの人は、こうした詐欺師的な人物に騙されたり利用されやすいのではなかと思えてならない。もちろん、自己主張の強い人の中にも騙されてしまう人はいる。

 私も、詐欺師といえるような人物を信用してしまったことが何回もある。多くの人が、人生で一度や二度は騙された経験を持つのではなかろうか。彼らは実に巧みでなかなか本心を出さないのだから、騙されてしまうのもやむを得ない。しかし、詐欺師がいつまでも人を騙しつづけることは難しい。そのうち「なんだかおかしい」と思うことがきっかけで、嘘がバレてしまうこともある。福島の原発事故では原子力ムラの嘘が一気にバレた。

 人を騙そうという人に限って、批判をすると論点を逸らせたり、沈黙したり脅したり攻撃したりする。嘘を認めて謝罪や訂正をするということをしない。詐欺師というのは論理性がないので、本性を見破られてしまうとそうするしかないのだろう。それが詐欺師の特徴だと私は思っている。安倍首相が秘密保護法を強引に成立させたのも、「違法行為」「厳罰」でうるさい国民を縛り付けて支配したいからに他ならないだろう。

 話しがちょっと逸れてしまった。私は、「和」や「協調性」を重んじ、「他人から嫌われたくない」と八方美人にふるまう人に欠けているのは自己主張であり健全な懐疑心ではないかと思っている。だから、安倍首相のような詐欺師まがいの嘘つきにも簡単に騙されてしまう人が多いのではなかろうか。

 いつも「他人から嫌われたくない」と意識してしまう人は、思い切って一度そういう気持ちを捨ててみたらどうだろう。「私は私」、「批判したいなら勝手にどうぞ」と開き直れたなら、緊張して精神的に疲弊することも少なくなるのではなかろうか。相手が誠実で利己的ではない人なら、異なる意見の人も認めてくれるはずだし、そういう人を友人にすればいい。自己中心的な人なら無理して付き合う必要はない。また詐欺師的な人なら、客観的、論理的に見ることで、相手に論理性がないことが分かるだろうし、論理性がない者を恐れる必要もない。

2013年12月11日 (水)

原発は巨大地震の揺れに耐えられない

 福島の原発事故以来、エネルギー問題に絡んで、ときどき「安全な原発を目指すべきだ」という意見を言っている方がいる。しかし、いったい何をもって「安全」と言うのだろう?

 地震学者の島村英紀さんが、夕刊フジに以下の記事を書いている。

強震を過小評価する危ない“常識” 計画せよ! 生死を分ける地震の基礎知識 (島村英紀のホームページ)

 この記事で島村さんは、1995年の阪神淡路大震災以降に日本中に強震計が設置され、それによって大地震のときの揺れがそれまで考えられてきたよりもはるかに大きいことが分かってきたと書いている。

 阪神淡路大震災の前には「岩が飛び上がるほどの揺れ(980ガル超)」はないだろうというのが地震学者の常識だったというのだ。ところが、阪神淡路大震災の後に起きた新潟県中越地震(2004年)では2516ガル、岩手・宮城内陸地震(2008年)では4022ガルの加速度を記録したというのだ。しかし、ある電力会社の原発のホームページには「将来起こりうる最強の地震動として300-450ガル、「およそ現実的ではない地震動」として450ガル-600ガル、という数値が載せてあったそうだ。電力会社が「およそ現実的ではない」という地震の加速度よりはるかに大きな地震が起きているのが現実だ。

 つまり、日本の原発の耐震設計はせいぜい450-600ガルの揺れまでにしか対応していなかったと言っても過言ではないだろう。たとえば柏崎苅羽原発の耐震設計でも、300ガルの揺れを想定して設計されていた。以下参照。

地震と原発①柏崎苅羽原発の地震地盤論争と新指針(原子力資料情報室通信)

 実際、2007年の新潟県中越沖地震(マグニチュード6.8、柏崎市の震度は6強、最大加速度は柏崎市西山長池浦で1018.9ガル)によって柏崎苅羽原発で事故が起きた。幸いにも放射能の大量放出は免れたが、このときに全国の原発の耐震設計について十分な検討を行うべきだったのだ。

2007年の中越沖地震で原発をやめるべきだった(つぶやきかさこ)

 日本で最初に商業原子力発電の運転が始められたのは1966年の東海原発だ。それ以降、日本の各地で原発の耐震設計を超える地震はいくつも起きており、柏崎苅羽原発も地震で事故が起きた。幸いにも柏崎苅羽原発の場合、福島第一原発ほどの過酷事故にはならなかった。3.11まで、日本の原発は苛酷事故を起こすほどの大地震の直撃は免れていただけのことだ。

 「安全な原発」という人は、3000ガルとか4000ガルもの揺れにも耐える原発を造ることが可能だと思っているのだろうか? 配管だらけの原発がそんな揺れに耐えられるとはとても思えない。

 近年、地球は巨大地震活動期に突入したという報告がある。

警告レポート 地球は巨大地震活動期に突入 世界の、日本の「次はここが危ない!」 (現代ビジネス)

 日本に原発がどんどん建てられていった時期はちょうど地震の静穏期だったとも言えるだろう。しかし、静穏期はいつまでも続くわけではない。

 3.11の東北地方太平洋沖地震では日本海溝の歪が開放されたが、北海道の太平洋側(千島海溝)や房総半島沖(伊豆小笠原海溝)、南西諸島(琉球)海溝に歪がたまっていて、巨大地震が起きる可能性があるとされている。マグニチュード8.5~9といった巨大地震が起きたなら、原発が大きな揺れに襲われるだけではなく大津波で浸水する可能性がある。太平洋側に立地する原発がまた大事故を起こす可能性は否定できない。

ほかに地震の巣はないか 大地震の「定説」見直す動き(朝日新聞) (阿修羅掲示板)

 上記記事で指摘しているのはあくまでも海溝型の地震であり、内陸で直下型地震が起きる可能性ももちろんある。こうしたリスクを考えるなら、日本に原発を造ったこと自体が間違いだといえるだろう。再稼働などもってのほかだと思う。

2013年12月 8日 (日)

特定秘密保護法を廃止させよう!

 特定秘密保護法は自民党の予定通りに6日の参院で可決された。国会を取り巻いて抗議する多数の市民の声を無視し、法案に反対する弁護士や報道関係者、学者などの声も無視し、ただただ数の論理で押し切った。

 連日、市民が国会前に詰め掛けて抗議するということ自体がどれほど尋常ではないかも、安倍首相は分かっていないようだ。そして、多くのテレビも国会議事堂前で繰り広げられている市民の抗議を中継報道せずに、くだらない番組を垂れ流し続けた。これも異常だ。

 先の国政選挙では憲法を踏みにじる特定秘密保護法案を争点とはしなかった。そして「ねじれ」が解消された途端に強引に提案、可決へと突き進んだ。国民を騙して自分たちのやりたい放題にするのが安倍主張率いる自民党の正体である。

 おそらく安倍首相はこのあと、集団的自衛権の行使へと舵を切り、日本版のCIAをつくり、改憲へと進んでいくのだろう。そのための一歩として日本版NSCと秘密保護法は何としても必要だったということだ。安倍首相の本性が露わになった。これから事態はどんどん悪化していくだろう。

 とは言うものの、特定秘密保護法によって市民を次々に逮捕していくようなことはすぐにはしないのではないか思う。今回の強権政治で安倍首相の支持率は下がるだろうから、さらに下げるようなことはしばらくは慎むと思う。逮捕者も出ず、人々がなんとなく気を許した頃(その頃にはさまざまな悪法がさらにできあがっている)、あるいは人々が戦争に反対をするようになったときこそ、秘密保護法によって国民を抑え込もうとするのではないか。

 私たちがこれからしなければならないことは何か。

 まずは、今回露呈した自民党の本性を決して忘れてはならないということだ。そして戦争に突き進むための法律に反対の声をあげつづけ、廃止を求めていかねばならない。つまり、次の選挙に今回の怒りをぶつけるということだ。今回、秘密保護法に賛成した議員は次の選挙では何としても落とさなければならない。そして反対した議員を当選させる。戦争への道を拓く悪法の廃止ができなければ、この国は太平洋戦争へと突き進んだ時代に逆戻りする。

 特定秘密保護法の成立を契機に、早々とブログを閉鎖してしまった人もいるが、なぜそんなにあっさりと意志表示を止めてしまうのか私には理解しがたい。法案が成立したからといってその日から施行されるわけではないし、表現の自由が奪われようとしているときだからこそ、反対の声を上げつづけて抵抗すべきではないか。特定秘密保護法に反対だとブログに書いたところで特定秘密保護法違反になるわけではないのだ。弁護士による以下のような見方だってある。

超安心 秘密保護法なんて怖くない! 憲法は最強の切り札なのだ(街の弁護士日記 SINCE1992 at 名古屋)

 こんな憲法違反の法律はみんなで抗議し、廃止に持ち込むしかない。たとえ次々と戦争に突き進むための悪法が成立しようと、そういった悪法は廃止させるという道が残されている。

 これまでは、何となく自民党に投票してしまう人も多かったのではなかろうか。自民党から民主党へと政権交代を果たしても、民主党は次々と公約を反故にして信用を失った。いっときは民主党に期待した人も自民党へと逆戻りしてしまった。民主党の責任は重いが、しかし自民党の本性を見抜けなかった国民にも責任がある。

 また、選挙を棄権してしまう人の中には、「支持する政党がない」という人も多いようだ。自民党や民主党には入れたくないが、社民党も共産党も党利党略ばかりだと批判する人がいる。あるいは新しくできた政党は基盤がしっかりしていないと・・・。党利党略はたしかにあるだろう。とりわけ共産党の上意下達の体制には辟易とするし、支持が伸びないのも分からなくはない。

 しかし、党利党略は自民党や公明党、民主党であっても同じではないか。「支持する政党がない」という意見は選挙を棄権する理由にはならないと思うし、選挙で意思表示しないということは今回のような暴挙も許してしまうことに他ならない。

 安倍首相が国民を騙して戦争へと突き進んでいることは誰に目にもはっきりしただろう。騙されてはならないのは、たとえ秘密保護法による逮捕者が出なくても安心してはいけないということだ。

 何としても、悪法は廃案にしなければならない。そのためには、意見表明を止めてはならないと思う。

2013年12月 4日 (水)

騙されてはならない日本版NSCと秘密保護法の目的

 つい先日、家にあった安斎育郎氏の「だます心 だまされる心」という冊子(NHK人間講座テキスト 204年12~1月期)が目に止まってざっと読んだ(たしか以前にも読んでいたのだが・・・)。この冊子では、手品を趣味とする安斎育郎氏(専門は放射線防護学)が、トリック、世論を誘導する情報操作、詐欺商法などさまざまな「だまし」のテクニックやだまされる心理などを解き明かし、だまされないためのポイントについて提示している。安斉氏の提示は以下の3点にまとめられる。

①権威に跪いて判断の主体性を放棄するような生き方は危険。
②「客観的命題」に対しては「好き嫌い」で判断するのではなく、徹底的に合理的思考を貫く努力が大切である。
③そのために「健全な懐疑論者」であることが重要。

 ①の「主体性を放棄する」とは、カルト宗教の教祖の価値観に従ってしまうとか、弁護士といった職業で人を信じてしまうようなことだ。戦争の時代には、国家が特定の価値観を国民に押し付けようとする。②の「客観的命題」とは、その命題が正しいか正しくないかを事実や論理に照らして客観的に判断できる命題のことを指す。たとえば「3+5=8」とか、「『源氏物語』は紫式部が書いた」という歴史的事実など。客観的命題に対し、その命題が正しいか正しくないかがそれを主張する人の価値観に依存するような命題は「主観的命題」である。

 さて、私はこの冊子を読み終えて頭に浮かんだことがある。それは、先日の小泉元首相の「原発ゼロ」発言だ。原発ゼロ発言そのものは、ごくまっとうな主張だ。しかし、小泉氏はもちろん原発を推進してきた張本人である。彼の原発ゼロ発言は果たしてどこまで本気なのだろうか? そして、なぜ今になって記者会見まで開いたのか? 私の頭の中では、このことがずっと引っかかっていた。

 ところで、11月21日付の「新婦人しんぶん」に掲載された小森陽一さんの連載記事「憲法なんでもゼミナール」に以下のように書かれている。

「郵政民営化」劇場選挙で有権者を騙し、衆院で与党が三分の二以上となり、明文改憲が可能と判断した小泉惇一郎の自民党は、自衛隊を「自衛軍」にするという「自民党新憲法草案」を発表したのが、2005年10月下旬。同じ日から始まった「日米安全保障協議委員会」(2プラス2)で、米軍と自衛隊を一体化して、世界規模での軍事協力体制を推進する中間報告を出しました。
 ここで「国家戦略レベルの情報協力」と共有された秘密情報を保護する追加措置」が明記されました。

 つい先日、参院で「国家安全保障会議(日本版NSC)設置法案が可決され、今は衆院を通過した特定秘密保護法が大問題になっているが、これら2つの法案は、小泉氏率いる2005年からの自民党の構想であり、米軍と自衛隊を一体化させて海外で武力行使することが目的だ。米国べったりの小泉氏こそ、多くの国民が大反発している世紀の悪法の礎を築き、それを安倍政権が引きついでいるのである。

 週刊金曜日の11月29日号(970号)には、「日本版NSCとは『戦争指導最高会議だ』」というタイトルで、佐藤優氏と福島みずほ氏の対談が掲載されている。ここで、佐藤氏は「特定秘密保護法案に世間の関心が集中していて、日本版NSCはあまり議論されていない。でも、私はNSCが本丸で特定秘密保護法は付属品だと思うんです」と述べている。先に挙げた小森さんの記事からも、そういう理解が正しいのだろう。

 秘密保護法は原発の情報を隠すことが目的だと言う人がいるが、本来の目的は明らかに日本版NSCと一体となって戦争をする国にすることだ。しかし、2011年に福島の原発事故が起きてしまった。何としても原発から手を引きたくない自民党にとって、この事故は大きな足かせとなってしまった。東電も国もこの事故は想定外の津波が電源喪失を招いたことが原因だと主張しているが、国民はそれでは納得していない。地震そのもので壊れたのではないかという原発設計者などの指摘を抹殺するのは困難だ。だからテロを理由に原発に関することを特定秘密としてしまえば、政府にとって実に都合がいい。国民の反対が根強いTPPも然りである。特定秘密保護法は戦争をするにも都合がいいし、原発やTPPの不都合な真実を隠すのにも都合がいい。

 小泉元首相が原発ゼロを本気で主張するのなら、やらねばならないことは原発事故の原因究明であり、再稼働阻止に向けた発言や行動だ。しかし特定秘密保護法で原発のことを秘密にしてしまえば、原発ゼロへの道はきわめて厳しくなる。ならば小泉氏は特定秘密保護法に異を唱えなければ筋が通らない。しかし彼にはそうした姿勢は見あたらない。

 原発に関する情報はテロを理由に特定秘密になると言われている。しかし、他国から恨まれるようなことをしたり、国民を弾圧したりするからテロが発生するのだ。戦争で他国を敵に回したり、特定秘密保護法で市民を縛ること自体がテロを生みだすのであり、テロを防ぎたいのなら戦争の放棄を貫き民主主義を守るべきだろう。しかも、原発の情報はすでにある程度は知れ渡ってしまっているし、今でも原発情報の一部は隠されている。

<特定秘密?>東京電力公開のキャスク写真にモザイクあり? (みんな楽しくHappyがいい)

 またなぜ原発が問題なのかといえば、放射性物質は人の健康や命を奪い環境を汚染するからだ。しかし、戦争とて人命を奪い、環境を汚染するのだ。戦争には反対を唱えず、原発は反対というのは筋が通らない。

 小泉氏が原発ゼロ発言で国民の注目を浴びれば、秘密保護法から国民の目を逸らすことにも繋がるだろう。しかも小泉氏が原発ゼロを唱えたところで、自民党の原発推進姿勢がそう簡単に変わるとはとても思えない。小泉氏の発言は軽々しく聞こえるし整合性がない。

 週刊金曜日の佐藤氏と福島氏の対談記事で、福島氏は安倍総理の頭の中にある今後の予定に言及し「まず今年中に日本版NSCと秘密保護法をワンパッケージで成立される。そして来年は安保法制懇で集団的自衛金の行使を抜本的に認める。その後の通常国会には国家安全保障基本法を政治提案立法で出して、交戦権の行使も集団的自衛権の行使も武力行使も認める・・・」と推測している。

 小森さんも「そして12月に『国家安全保障戦略』を閣議決定し、それと連動して、有識者会議から『集団的自衛権行使容認の報告書』を受け取り、これを『お墨付き』にして、NSCで海外での自衛隊の武力行使を容認してしまう、というねらいです」と書いている。安倍首相のスケジュールはほぼ決まっているのだろう。

 日本の憲法に照らし合わせれば、軍隊も持てないし集団的自衛権も行使できない。しかし、この二つの悪法を成立させることによって、憲法を変えなくても戦争をする国にしようとしているのだ。これはどう考えても詐欺に近いやり方ではないか。しかも、平和憲法を骨抜きにしてしまう重要な法案を、自民党は選挙の争点として出さなかった。これは隠蔽という騙しでもある。

 佐藤氏は「ワイマール憲法と矛盾する一般法をいくつも立て、相対としてナチス憲法とみなしたナチスの手口に学んでいるんじゃないでしょうか」と言い、小森氏も「海外で自衛隊に武器を使用させ、その結果死者が出れば、戦争ナショナリズムの高揚を一気にかきたてることができ、ナチスと同じ権力掌握が出来るわけです」と書いている。

 二人とも、ドイツ国民を巧みに騙したナチスを持ち出して、まさに国民が騙されようとしているのではないかと警告を発している。今こそ、政府の仕掛けた大きな騙しに国民が巻き込まれていると認識すべきではなかろうか。

 安斎育郎さんの騙されないための指摘を、私たち日本人はしっかりと自覚しなければならないのだと思う。主体性を持たずに声の大きな者に従ってはいないか? 安倍首相や小泉氏の発言に矛盾や隠蔽はないか? 二つの法案について合理的思考で考えているか? 健全な懐疑論者になっているか?

 「だます心 だまされる心」での安斎さんの主張は的確だと思う。ただし、安斎さんが言っていることが何でも正しいとは限らない。私は安斎さんについては以下の記事の最後に批判的なことを書いている。

尋常ならざる福島の甲状腺がん発症率をどう見るか

 前回の記事でもニセ科学批判をしている科学者のことを書いたが、少なくとも被ばくに関して彼らは似非科学を広めていると言えるだろう。菊池誠氏や野尻美保子氏の発言に何の疑問も持たず広めている人たちは「主体性」をなくしてはいないだろうか?

 権力者が騙しを働くときほど怖いものはない。一人ひとりが思い込みを排除し、感性、理解力、判断力を総動員して健全な懐疑論者にならなければ、簡単に騙しに取り込まれてしまうだろう。

2013年12月 1日 (日)

【拡散希望】可視化された被ばくによる健康被害(追記あり)

 久しぶりに岡田直樹さんのブログを訪問したら、被ばくに関する極めて重要な論説が掲載されていた。実に詳細かつ具体的に論旨を展開しており、息をのむような優れた論考だ。

 私はこれまで福島の原発事故による被ばくの影響は、疾病や死亡率の増加などの客観的データからしか分からないと書いてきた。福島の子ども達の甲状腺がんの増加からも、これからは間違いなく被ばくによる健康被害が顕著になってくるだろうと思ってはいたが、統計的なデータがなければ被ばくとの因果関係まで言及できない。いくら自分の体調が不調だとか身近な人たちに異変が起きているなどと報告したところで、客観性がない。

 ところが、岡田さんは実際の疾病の増加データではなくGoogleの検索キーワードのトレンド(トレンドとは時代の趨勢、流行のこと)を表示する「Googleトレンド」を利用して東京での健康被害の実態を可視化したのである。2回に分けて論じられている岡田さんの記事はとても長いのだが、きわめて重要な指摘なのでぜひ最後まで読んでいただけたらと思う。

 東京電力原発事故、その恐るべき健康被害の全貌-Googleトレンドは嘘をつかない- ①理論編(Space of ishtarist)

東京電力原発事故、その恐るべき健康被害の全貌-Googleトレンドは嘘をつかない- ②データ編(Space of ishtarist)

 岡田さんの論考は実に論理的かつ客観的だ。まずまず①の理論編について見てみよう。岡田さんの論理構成は以下だ。

●東京の放射能汚染は、「放射線管理区域」相当の汚染状況である。
●広島・長崎やチェルノブイリなどの過去の例からいって、被曝による健康被害の典型は癌ではなく、倦怠感・心不全・膀胱炎・ホルモン異常・免疫低下など、全身の多様な慢性疾患であること。
●「科学的にいって放射能は安全である」という議論の元となっているICRPは、論理によってデータを排除し、残ったデータで理論を強化する「神話」の「循環構造」を構成している事。
●東京電力原発事故の主たる放射性降下物は、セシウムを含む不溶性合金の放射性物質微粒子(ホットパーティクル)であることが実証されたこと。
●人工放射性物質と自然放射性物質の唯一の違いは、ホットパーティクルを構成しうるか否かであること。
●ホットパーティクルとよばれる人工放射性物質の微粒子のリスクを、ICRPの体系が過小評価していること。
●バイスタンダー効果など最新の生物学の知見によって、ホットパーティクル(放射性物質微粒子)の危険性が明らかになりつつあること。

 岡田さんはまず、福島の原発事故によって東京に2度にわたって大量の放射性物質が降下したことを取り上げ、公表されているデータから東京(少なくとも新宿)の汚染が放射線管理区域相当であることを示している。本来であれば放射線管理区域として封鎖されなければならないようなところに都民は生活しているのである。この点は小出裕章さんもずっと指摘していることだ。それにも関わらず東京が封鎖されないのは「都市機能が完全に機能不全に陥るから」と指摘する。要するに、政府には首都東京を放棄することができないという事情があるからだ。首都圏に住む3000万人以上もの人たちを速やかに非汚染地に移住させることは、経済的のみならず物理的にも不可能だろう。

 次に、「放射能は安全である」という言説についての考察を展開する。広島・長崎に落とされた原爆、あるいはチェルノブイリの原発事故における健康被害の事例などから、放射線による被ばくは癌だけではなく、人体のあらゆる部位にあらゆる形での疾患を発生させることをデータから示し、ICRPのモデルとECRRのモデルについて検証している。その結論は以下。

ICRPは、物理的な単位である吸収線量によって、基本的には健康被害が直線的に発生するという、物理学的(というか即物的な)アプローチを。それに対して、ECRRは、生命については判明していないことが多いという前提に立った上で、放射性物質が人体や細胞内でどのようなメカニズムで働いているのかを、実際の膨大なデータに基づいて仮説をたて、検証していくスタイルを取っています。
ECRRは、内部被曝に関して、ICRPの500倍から1000倍のリスクを主張するため、特に「極端」であると批判されます。しかし、ECRRによれば、主にγ線の外部被曝によるデータを、α線・β線も含む内部被曝に誤って適用しており、それゆえにICRPが内部被曝を極端に過小評価しているということになります。

 また人工放射能のホットパーティクルによる局所的被ばくの危険性について論じ、ICRPが内部被ばくによる健康被害を過小評価していることを指摘している。人工放射性物質と自然放射性物質の違いについては私も以前紹介した「さつき」さんのブログを紹介している。これは非常に重要なことなので、以下にもう一度紹介しておきたい。

 天然放射能と人工放射能は違う(その1:単体の物理。科学的性質) (さつきのブログ「科学と認識」

天然放射能と人工放射能は違う(その2:ホットパーティクルの放射能) (さつきのブログ「科学と認識」

天然放射能と人工放射能は違う(その3:まとめ) (さつきのブログ「科学と認識」

 そして岡田さんがホットパーティクルに関して導き出した結論は以下だ。

1.放射性微粒子による内部被曝で問題になるα線とβ線について、ICRPは放射線荷重係数において過小見積もりしている可能性が高い。
2.ホットパーティクルによる細胞群の局所的な被曝は、1kgという巨視的な単位で平均化された吸収線量で測ることができない。
3.ホットパーティクルによる局所的な細胞群の高線量被曝は、発癌以外のあらゆる急性被曝症状を引き起こす可能性がある。
4.ホットパーティクルによる局所的な被曝は、電離密度の高さによって、DNAの二重鎖切断など、細胞に対する重大なダメージをもたらす可能性が高い。
5.ホットパーティクルによる細胞の継続的な被曝は、被曝によって細胞が複製モードに入るため、放射線に対する細胞の感受性を高める(セカンド・イベント理論)。
6.バイスタンダー効果およびゲノム不安定性は、ホットパーティクルによって集中的に被曝した細胞群の危険性を高める可能性が高い。
7.人工放射性物質のみが、ホットパーティクルを形成できる。

 さらに注目すべきことは、2度のフォールアウトのうち3月14~16日のフォールアウトについて「鉄まで合金になっているということは、3000℃近い温度で、燃料棒が気化したことを示しているように思われます」と述べている。

 ここまでは①の「理論編」の要点だが、②の「データ編」ではGoogleトレンドによって福島の原発事故の時点を境にしてさまざまな健康被害が増加しているという実態をデータによって示している。

 具体的には健康被害に関わる検索キーワード、たとえば「心臓 痛い」「胸 痛い」「血圧 高い(低い)」「動悸」「だるい」「湿疹」「爪 剥がれる」「鼻血」「喉 痛い」などといった検索件数の推移を東京と大阪(対照群)という地域に分けて検討したのである。岡田さんが東京と大阪を選んだのは、人口の多い大都市圏でなければグラフがうまく表示されないことが多いからだという。

 こうして出てきた検索トレンドのグラフを見ると、東京では福島の原発事故を境に体の不調について調べる人が急増していることが実感できる。これらの指標が「発病率」に近いと仮定したなら、福島から200km以上離れている東京ですら健康被害が増え続けていることを示している。しかも、大きな汚染を免れた関西でさえ決して安心な状況ではない。

 少し前に私の知人らがベラルーシなどを訪問したのだが、ベルラド放射線防護研究所でホール・ボディ・カウンターを受けたところ、北海道から参加した3人が13~20ベクレル/kgを検出したという。最高は埼玉県の方の23ベクレル/kgとのこと。私たち日本人のほぼ全員が被ばくしてしまったといえるのではなかろうか。早野龍五氏らの行ったホールボディ・カウンターの検査を鵜呑みにするのは危険だ。

 さて、私たちはこの現実をいま一度、直視する必要があるだろう。チェルノブイリの原発事故による健康被害は今も続いている。つまり、東北や関東などの汚染されてしまった地域に住んでいる人たちは、これ以上の被ばくを避ける努力をすべきだということだ。本来ならもちろん放射線管理区域に当たるようなところに人を住まわせてはならないのだが、福島を除染して住民を戻そうとしている国が、東北や関東に住む人たちの移住を補償するなどということは考えられない。汚染地に留まるリスクを避けたいのであれば、自力で移住するしかない。ただし、3月の2回のフォールアウトで受けた初期被曝による影響は、移住してもどうしようもない。

 移住ができない場合は、呼吸からの被ばくを避けるために、外出時はできる限りマスクをするべきだし、子どもが部活などで土埃にまみれるようなことは避けるべきだ。農作物の産地を選ぶのも大事だが、汚染水がダダ漏れの太平洋で獲れた魚介類はとくに要注意だろう。産地偽装があるので難しい面もあるが、気をつけるに越したことはない。食品に気をつけるのは東北や関東以外でも同じだ。自分の身は自分で守るしかないのだから。

 最後にひとこと。岡田さんの論考を読めば、福島の原発事故では健康被害は出ないと吹聴していた菊池誠氏や野尻美保子氏ら「ニセ科学批判」に集う科学者たちの認識不足がよく分かる。否、認識不足にとどまらない。彼らは自分たちの主張に都合の悪い論文に触れようとしないし、放射性物質の危険性について説く人に対し、「福島の人たちへの差別だ」といって論点を逸らせてきた。これは科学者としてあるまじき怠慢であり無責任の極みだ。なぜならこの論考を書いた岡田さんの専門は社会哲学・社会システム理論であり、科学を専門とはしていないからだ。「ニセ科学批判」「科学者」という看板に騙されてはならない。

【12月2日追記】
 放射線被ばくによる健康被害が癌にとどまらず様々な疾病や体調不良を引き起こすことはチェルノブイリの原発事故などから明らかになっている。チェルノブイリの原発事故当時は分かっていなかったことなのだが、多様な健康被害の引き金となる細胞へのダメージに関してはエピジェネティクスがひとつの重要なポイントになるのではなかろうか。内部被曝とエピジェネティクスについて示唆に富む書評記事が目に止まったので、紹介しておきたい。

 内部被曝とエピジェネティクスについて(講談社ブルーバックス『エピゲノムと生命』を読んで感じたこと(いちろうちゃんのブログ)

 今までは何の役にも立っていないのではないかと思われていた「ジャンクDNA領域」と呼ばれていたDNAの一部分がある。ところがこのDNAが転写によって生みだす「ノンコーディングRNA」は複雑な遺伝子制御に関わっていて、複雑な生命プログラムの実行を可能にしているという。何の役にも立っていないと思われたDNAが、生命維持に欠かせない重要な役割を持っているのだ。

 被ばくによる健康被害を論じる際はDNAの損傷が持ち出されるのだが、この「ジャンク」とされてきたDNAが放射線で破壊されることも考えねばならない。この記事を書かれた田中一郎さんは、「放射線被曝とは、遺伝子の破壊のみならず、生物の生命秩序全体の破壊=細胞内の全生理メカニズムの崩壊をもたらす、巨大は破壊作用です」と主張している。

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