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2013年10月

2013年10月30日 (水)

素人の危うさ

 原子力資料情報室の高木仁三郎さんが広瀬隆さんの講演を追いかけ回し、広瀬さんの活動を妨害していた、というような話しをネット上で読んだ記憶がある。核の危険性を指摘し続けてきた市民科学者の高木さんが、なぜ同志である広瀬さんを付け回していたのかと私は疑問を抱いていたのだが、「さつき」さんのブログでその理由を知った。

「思い出したこと」の続き(さつきのブログ「科学と認識」)

 さつきさんは以下のように書いている。

 やがて、高木氏らの指摘によって、広瀬氏の主張にいくつかの無視できない事実誤認が含まれていること、そして、それらの誤りが反原発グループの中に蔓延し、運動の障害にもなっていることを知った。誤解をおそれずに書いておくと、私自身は、揺るぎない反原発の理念を広瀬隆氏から学んだと自覚している。一方で広瀬氏の人物像については、性急な変革を望み過ぎて失敗するタイプの扇動家のように感じていたのも確かである。

 これで疑問が一気に氷解した。高木さんは、核問題に関して素人である広瀬さんが誤った情報を拡散することを懸念していたのだ。原発推進勢力は反対派を潰すためには何でもやる。広瀬さんを「素人」とレッテル貼りすることで反原発運動が潰されることを心配し、それが広瀬氏批判へと繋がったのだろう。

 ここには推進派から足元を掬われないようにしたいという高木さんの使命感が感じ取れる。ところが事実を知らなければ、高木さんの行動は反原発運動の妨害だと誤解されかねない。恐ろしいことだ。

 反原発で広瀬さんの果たしている役割は大きいし、そのこと自体は評価したい。しかし、何といっても広瀬さんは核の専門家ではない。素人が誤りを拡散させてしまうのはやはり危惧しなければならないだろう。私が広瀬さんに関して危惧するのは、温暖化懐疑論(陰謀論)だ。広瀬さんはもちろん温暖化の専門家ではない。素人が誤った懐疑論を広めてしまうことがあれば、その責任は大きい。

 というのも反原発を主張している人たちの中に、少なからず温暖化懐疑論、陰謀論をあたかも真実であるかのように拡散している人たちがかなりいるからだ。福島の原発事故以前から反原発の立場で発言している広瀬さんの影響は少なからずあるだろう。

 温暖化問題に関してはいろいろな説が提唱されている。また温暖化の科学は専門的な知識がないと素人には理解できない部分も多い。さらに厄介なのは利権が絡んでいるということだ。原発推進派が温暖化を理由に原発を推進してきたのは事実だ。京都議定書にも原発推進が盛り込まれているが、原発推進派が関与したのは言うまでもないだろう。

 利権が絡んでいるから、温暖化論は陰謀だという思考になってしまうのは分からなくはない。しかし一方で温暖化懐疑論には石油利権が絡んでいることも忘れてはならない。どちらにも利権が絡んでいるのだが、だからといって温暖化問題を利権や陰謀で片づけてしまうのはあまりに短絡的だ。利権や陰謀ばかりに気をとられ、科学的視点を見失ってしまうのは危険だ。利権と温暖化の科学はまったく別のことである。化石燃料の消費による温暖化が事実か否かは科学の視点からしか判断できない。ところがその区別がついていない人が実に多い。

 IPCCの報告書は政府関係者だけではなく多くの専門家が執筆し、査読を経ているのである。素人がクライメートゲート事件などだけを取り上げてIPCCを安易に否定し、陰謀論に走ってしまうのは理解に苦しむ。

 私のツイッターのフォロワーには脱原発派の人たちが多いのだが、私が懐疑論に対して否定的な発言をすると、賛同する人より否定する人の方が多いことに驚かされる。専門家でもないのに「間違いだ」と断定する人もいる。いったい何を根拠にそこまで断言できるのだろう。

 温暖化は人類にとって大きな脅威と言われている。ところが、温暖化したら寒冷地でも作物が作れるようになるからいいことだ、などと言う人までいる。農作物には適地適作というものがある。気候が変われば温暖な地域でも作れるものが変わってしまう。温暖化で食糧生産が増えるとは限らないし、むしろ気候の変化で食糧の減産が懸念されている。温暖化は生態系にも大きな影響を与え、それが人類の生活に悪影響を及ぼす可能性も大きい。

 異常気象によってもさまざまな影響を受けるだろうし、海水面の上昇によって沿岸部の低地は水没する。氷河湖が決壊して大洪水を起こす可能性も懸念されている。海水温が上昇すれば海の生態系に影響を与え、漁業にも関わってくる。だからこそ、世界の科学者が警告を発しているのだ。

 また、すでに小氷期に突入しているから寒冷化の方が心配だとか、寒冷化しているから化石燃料をどんどん消費しても大丈夫などという人もいる。しかし、世界の平均気温の変化を見るなら、寒冷化していると判断できるデータは出ていない。

 素人が安易に懐疑論を広めることで温暖化への警戒心が薄れてしまうのは恐るべきことだ。広瀬氏の懐疑論に関しては、以下のサイトがよくまとまっている。

広瀬隆『二酸化炭素温暖化説の崩壊』の批判(“しょう”のページ)

 「さつき」さんの記事を読んで、あらためて素人の危うさについて考えさせられた。目的を同じくする者であっても、誤りに対しては批判を辞さないという姿勢はとても大事ではなかろうか。たとえ相手から嫌われても、周りから批判されても。間違いの指摘は相手を否定するということでは決してない。間違いを広めてしまうことは大きな責任が伴うのであり、素人が専門的なことを語る場合は慎重さが必要だ。私は高木さんの姿勢に共感を覚える。

【関連記事】
鵜呑みにしてはいけない温暖化懐疑論

2013年10月29日 (火)

日高の秋を彩る赤い木の実

 先日、日高の幌満に出かけた。幌満というのはアポイ岳の近くである。ちょうど紅葉のシーズンだったのだが、ナナカマドやカエデなど赤くなる葉がきれいに色づいておらず、なんとも冴えない光景だった。

 そんな中で、赤い実をつけている植物がいくつかあった。下の写真はヒロハヘビノボラズ。

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 こちらは落ちていたキタコブシの実。

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 下の木は赤い実をたわわにつけているのだが、何の木なのか分からなかった。

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 あとで図鑑で調べたところワタゲカマツカ(別名ウシコロシ)だと知った。ウシコロシとは何ともぶっそうな名前だが、「牛が枝の間に角を入れると、抜くことができなくなるくらい強靭」であることに由来するようだ。

 日高地方というのは、ちょっと変わった植物が分布することで知られている。変わったというのは、北海道では分布が日高以南(以西)に限られるという意味だ。たとえばクリとかサンショウ、クサギ。ワタゲカマツカも同じような分布をする植物だ。

樹木の分布:日本要素・大陸要素の北上 

 また日高にはキタゴヨウがあることで知られ、幌満一帯のキタゴヨウ自生地は国の天然記念物にも指定されている。もっとも北海道でのキタゴヨウの北限は十勝地方のピシカチナイ山だ。どうしてこんな分布をするのかとても不思議だ。

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 植物の分布は地史的な視点から見る必要があるが、なかなか奥深いものがある。

2013年10月26日 (土)

他者との対話の姿勢を貫いた渡辺容子さん

 渡辺容子さんのことを書いた「『いのちを楽しむ-容子とがんの2年間』上映開始」という記事にシカゴ大学社会学教授であり、もとJANJAN記者でもあった山口一男さんからコメントをいただいた。とても共感できる内容であり、コメント欄であまり人の目に触れずに埋もれてしまうのが惜しいので、山口さんの了解を得て以下に転載させていただくことにした。

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 もとJANJANに寄稿して渡辺さんと主としてONLINE交流のあった山口です。遅ればせながら、貴女のこの記事を今日読みました。僕も渡辺容子さんと実際にお会いしたのは2回で、2回とも父上の絵の展示会でした。2回目は奇しくも松田さんが2回目に渡辺さんと会われたときと同じイベントですが、あの「絵画展示+コンサート」のイベントは数日行われたので、松田さんとは違う日だったのだと思います。

 松田さんの『容子がたり』の寄稿文のウェブでの再掲を読んで、僕も自分の寄稿文では触れなかった渡辺さんの思い出をここに書き留めておこうと思います。渡辺さんとは会ったのはたった2回でも、メール交信は多くあり、またJANJANで同じ記事にコメントをするということも多かったので多少なりとも彼女の人柄に触れることができました。

 ご存知のように渡辺さんは、望ましい社会のありかたや、自分自身の望ましい生き方について、明確な信念を持ち、またそれを言語化できる人でした。彼女が第一に望んだのは、おそらく日本の子供たちが伸び伸びと希望を持って生きられる社会の実現だと思います。だから教科書問題にせよ、他のことにせよ、子どもたちが戦前のように「国家の道具」となる道の復活を強く警戒し、また学校の「管理社会化」の中で子どもたちが夢や希望を失っていくことを心から悲しんでおられました。

 でも僕が渡辺さんに一番強くその生き方を感じたのは人との対話に見られる姿勢です。渡辺さんの信念には政治的主張が入るため、当然賛同者だけでなく批判者も多く、批判者の中には僕だったら相手にもしたくないような酷い批判をする人たちもいました。でも、貴女もご存知と思いますが、渡辺さんはそれらのすべてに人に対し心を開き、前向きに語りかけていくのです。決して自分の考えをただ押し付けるのではなく、相手の考えも理解し、分かり合える部分を広げようとする姿勢を失いません。

 今考えるのですが、渡辺さんは御自分の短い余命の自覚から、それが直接接しない日本の多くの子供の未来のことであれ、日々対話する人々との対話の内容であれ、自分の残された時間を、自分以外の人ためになることに用いようという強い気持ちがあってあのように振舞われていたのではないかと思います。黒澤明の『生きる』で癌を宣告された自治体の市民課長が、残された時間を市民の望む公園の建設に奔走する姿が描かれていますが、今思うに渡辺さんの生き方はまさに『生きる』ことは、残された自分の時間をいかに人のため、社会にため、日本の未来のために、使えるのかという思いを、具体化し行動していくことであったように感じます。人はみないづれ死を迎えますが、渡辺さんのように生きぬいた人はたぶん多くはありません。人はみなそれぞれ弱いところがあり、信念のある多くの人は批判者には心を開かず、逆に他者に心を開く多くの人は他者に引きずられ信念を持って生きられないことが多いように思います。いずれ人はみな死に、そのときは誰でも多かれ少なかれ孤独である、という事実をより自覚的に日々意識していたからこそ、渡辺さんは、信念を持ちかつ多くの人に心を開くという、困難な姿勢を貫いて生きられたのではないかとも思います。大げさな表現のようですが、渡辺さんを知って身近に人の尊厳というものを知ったと思います。とても、まねのできることではないのですが、渡辺さんの生き方は心に焼き付けておくつもりです。
山口一男

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 山口さんが書かれているように、渡辺さんは強い信念、意思を持っていてはっきりとご自分の主張をされる一方で、他者の意見にも耳を傾けて対話する姿勢を崩さない方だった。これは誰にでもできることではない。

 原発事故のあと多くの市民が脱原発、脱被ばくで活動している。しかし残念なことに、同じ目的を持ちながら他者と対話をしようとせず、自分の意見を押しつけて罵倒する人も見かける。これでは信頼が損なわれ、ぎすぎすした人間関係になってしまう。渡辺さんの「信念を持ちかつ多くの人に心を開く」という姿勢を爪の垢ほどでも持ち合わせていたなら・・・と思えてならない。

2013年10月25日 (金)

新規の公共事業より老朽化対策を

 今日の北海道新聞のトップ記事は「護岸点検 別の浸食見逃す」とのタイトルで、JR函館線の護岸浸食を北海道新聞社のヘリが見つけたことを報じていた。

 10月22日、JR函館線の八雲町付近で海岸の護岸壁が浸食されて穴があき、土砂崩れが生じて電柱が傾くという事態が発生した。このためにJR北海道は23日から復旧作業に着手し、24日には道南地方で護岸壁の緊急点検を行い「異常がなかった」としていたのだ。ところが北海道新聞社が崖崩れの現場をヘリで取材した際に、近くの別の場所で線路脇の斜面が大きく崩れているのを発見した。22日に発見された護岸壁の南端に当たる場所だ。放置したなら浸食が進み危険な状態になるのは間違いない。

 新聞記事によると、穴が開いた護岸壁は建設されてから68年が経っているという。波による浸食とコンクリートの劣化により護岸壁自体がボロボロになってきているのだろう。この記事を読み、これからはこういう事例が頻繁に生じるだろうと思った。

 私は海岸の砂浜に生息するイソコモリグモの調査で北海道の海岸を見て回ったが、海岸浸食は極めて深刻だ。浸食防止のために、海岸のあちこちでコンクリートによる護岸や消波ブロックの敷設が行われている。浸食によって砂浜が減少し、護岸によって自然の海岸線がどんどん減少しているのだ。

 鉄道や道路際の海岸線の浸食が進む以上、コンクリート護岸も維持しなければならない。しかしコンクリートには寿命がある。消波ブロックも波を受け続けるとボロボロになってくる。コンクリート護岸とて同じである。68年も経過したならば、穴があくのも当然だ。

 これからの時代は、高度経済成長時代につくったコンクリート建造物が次々と寿命になる。護岸に限らず、道路や橋梁などもどんどん劣化し、補修や造り替えが必要になる。インフラの維持管理に今まで以上にお金がかかる時代になるだろう。

 一方で、未だに必要性の乏しい道路やダムを造り続けているのがこの国の現状だ。先日、日高方面に出かけたのだが、高規格幹線道路である帯広広尾自動車道の建設が相変わらず続いている。高規格道路というのは実質的には一車線の高速道路だ。この道路は帯広を起点として広尾まで建設を予定しており、現在は更別まで開通している。しかし、帯広から広尾には国道があり、帯広から遠ざかるに従って交通量も減る。どう考えてもここに高速道路など必要はない。

 民主党政権で凍結されたサンルダムや平取ダムなども、建設に向けて動き出してしまった。ダムの弊害よりも目先の利権のほうが大事なのだろう。

 また、東北地方北海道沖地震の津波被害を受けたところでは、巨大な防潮堤の計画もある。しかし、百年に一度、あるいは数百年に一度の大津波に備えて巨大な防波堤を造ったところで、大津波がくる前に劣化してしまう可能性もある。巨大構造物は自然も景観も破壊してしまう。なんでも構造物で対処しようという考えも間違いだ。

 老朽化したインフラは必要性を再検討し、必要なものは造り替えや補修などの対策をきちんととる一方、不要あるいは弊害が大きいと判断されるものは潔く撤去も考えるべきだ。これからは人口が減っていくのであり、新規の公共事業に巨額の税金を投じるのはいい加減にやめてほしい。

2013年10月22日 (火)

鵜呑みにしてはいけない温暖化懐疑論

 昨日の北海道新聞夕刊科学欄に「IPCC第5次報告書を考える 上」とのタイトルで、渡辺正氏(東京理科大総合教育気候理数教育センター教授)の温暖化懐疑論が掲載されていた。

 新聞に紹介されている彼の主張の主なものは二つ。一つは世界の平均気温が最近の17年は横ばいであることをグラフで示し、二酸化炭素による温暖化はあり得ないとしている。

 世界の平均気温偏差のグラフは気象庁が公表している。

世界の年平均気温の偏差の経年変化(1891~2012年) 

 渡辺氏はこのグラフの1997年以降の部分だけを抜き出して、平均気温は横ばいと指摘している。たしかにここ17年の部分だけを見たら横ばいに見えるのだが、1890年からの変化を示すグラフを見れば上昇しているのは明らかだ。もちろん、年によって変動を繰り返しながら全体として上昇しているのだ。そして最近17年の横ばいはこうした変動の幅に収まってしまう範疇でしかない。これについては以下のブログで解説している。

国立環境研の江守正多氏の話しを聞く--温暖化問題(ペガサス・ブログ版)

 ごく最近の部分だけを抜き出して「横ばい」「二酸化炭素の影響はない」と言いきってしまうのは拙速だろう。

 渡辺氏がもう一つ指摘しているのが北極海の海氷の面積が最近増えているということだ。海氷の面積については以下のサイトで公表している。

「しずく」が捉えた北極海氷面積の最新状況 今夏の北極海は低温傾向(宇宙航空研究開発機構)

 渡辺氏が新聞で取り上げているグラフは出典がIARC-JAXAとなっているので、同じサイトのものだ。ただし、新聞に取り上げているグラフは8月から10月の部分だけで、しかも上記のサイトで記されている1980年、1990年、2000年のデータは入れていない。そして、もっとも海氷の面積が小さくなった2012年と今年を比べて「1年間で60%増え、大幅に回復した」と結論づけているのだ。

 毎年、海氷が年間で最も小さくなる時期は9月である。そして9月の海氷面積が今年は昨年に比べて広くなったのは事実だ。しかし、渡辺氏は重要なことを隠蔽している。上記サイトには海氷の厚さを示す図(図3 最近11年間(2003-2013年)の4月20日に観測された北極海の海氷分布)が掲載されている。この図を見ると、厚い多年氷が減少し、薄い一年氷(前年の夏以降に生成した氷)の面積が増えていることが一目瞭然だ。北極海の氷はここ10年間でどんどん薄くなっている。つまり体積が減少しているのだ。

 今年は海氷面積が回復したといっても、それは薄い一年氷だ。今年は夏の気温上昇で7月前半には急激に海氷の面積が縮小したのだが、7月後半以降は曇天傾向となり、気温が低く保たれ海氷の解ける速度が遅くなったと考えられるとのこと。しかし、なぜか渡辺氏は新聞では海氷面積が急激に縮小した7月を除いたグラフを示している。

 北極海の氷は多年氷が減って薄い一年氷が増えており、薄い一年氷は気温の変化によって簡単に縮小したり拡大するのだ。たった1年の海氷面積の増加だけを取り上げて温暖化していないというのは、自分の説に不都合なデータを隠しているといえる。

 新聞では、柴田一成氏(京都大学大学院理学研究科教授)の、太陽紫外線の効果や、黒点数変動に伴う銀河宇宙線の効果により、太陽活動が気候変動に影響を及ぼしている可能性は否定できないという主張も取り上げている。

 これについては「海の研究者」さんが太陽活動だけでは地球温暖化は説明できないことについて解説している。

太陽活動だけでは地球温暖化は説明できない 
再・太陽活動だけでは地球温暖化は説明できない 

 IPCCの報告書に疑問を投げかけるのはいいのだが、自分の説に都合のいい部分だけを切り取り、都合の悪い部分を隠してさも温暖化していない、あるいはIPCCは間違いと主張するのはいかがなものか。

2013年10月20日 (日)

トムラウシ地区の地熱発電計画で電源開発が説明会

 国立・国定公園内での地熱発電について、国は1974年以降は景観および風地上支障がある地域での新規の調査や開発を認めていなかった。しかし、2012年3月に、条件付きで特別地域内での地熱発電を認めた。

 これを受けて、大雪山国立公園では二つの地熱発電計画が持ち上がっている。一つは層雲峡の近くの白水沢で、事業者は丸紅である。もう一つは、電源開発株式会社によるトムラウシ地区での計画だ。

 電源開発の計画は6月4日の北海道新聞で報じられ、地元合意が得られれば年内にも調査に着手したいとのことだった。地元新得町の自然関係の団体には7月4日に説明が行われたとのことだが、十勝自然保護協会に対してはなんら連絡がなかった。そこで、10月5日付で電源開発に説明を求め、18日に説明会が開催されることになったのである。

 電源開発でトムラウシの地熱発電計画について説明できる社員は本社にしかいないようで、本社から6名もの方が説明にやってきた。説明の概要は以下。

・電源開発は1975年から宮城県大崎市で鬼首地熱発電所を運転している。また、秋田県湯沢市において他企業とともに4万2千キロワット級の山葵沢地熱発電所の計画を進めており、現在、環境アセスの段階。
・再生エネルギーの湖底価格買取制度により経済性の問題をクリア。国立・国定公園内での規制緩和で開発の可能性が出てきた。
・地熱発電は、地下の貯留層から熱水と蒸気を噴出させ、蒸気を利用してタービンを回して発電する。熱水は還元井によって地下に戻す。
・トムラウシ地区を選定した理由は、過去の調査(NEDO)で有望視されていることによる。
・調査地域は大雪山国立公園の第2種および第3種特別地域内で、初期調査は主に林道沿いで行う。
・初期調査の内容は、地表調査(重力探査、電磁法探査、および弾性波探査)、小口径調査井掘削、温泉モニタリング。重力探査は約70地点、電磁波探査は約80地点、弾性波探査は林道沿いで予定。小口径調査井は3本で、一地点あたりの広さは1,000~1,500平米程度。径は深いところで10センチ。
・今後の予定は初期調査(ステージ1 約3年)、資源量調査(ステージ2 約4年)、環境影響調査(ステージ3 約3~4年)、建設・運転(ステージ4 約4年)。

 説明会のはじめに、新得町の自然関係の団体には7月に説明をしておきながら、十勝自然保護協会には何らコンタクトがなかったことについて質した。これに対する電源開発の回答は、まず町内の関係者に理解を深めてもらって合意形成をする中で、町外の団体にも参加してもらうというように段階を経て進めていきたいと考えており、十勝自然保護協会ともちょうどコンタクトを取りたいと思っていたとのことだった。本当だろうか?

 国は「国立・国定公園内における地熱発電の取り扱いについて」で、国立・国定公園の特別保護地区および第1種特別地域では地熱発電は認めないが、それ以外の地域では地熱開発の行為が小規模で風致景観等への影響が小さいもののみ認めるとしている。また、「国立・国定公園における地熱開発の実施については、地域の持続的は発展にとっても大きな関わりのある行為と考えられることから、温泉関係者や自然保護団体をはじめとする地域の関係者による合意形成が図られ、かつ当該合意に基づく地熱開発計画が策定されることを前提とする」とされている。

 原則として第2種および3種特別地域においても地熱発電は認めないが、小規模で自然環境への影響が小さいものは認めることができるということだ。ただし、その場合も自然保護団体の合意を得ることが必須と理解できる。

 十勝自然保護協会はサホロスキー場の問題で新得町とも話し合いをしているので、新得町はもちろん十勝自然保護協会について知っている。また、電源開発は上士幌町に電力所をもっており、十勝自然保護協会は糠平ダムの放流問題でここに質問書を送付している。したがって十勝自然保護協会の存在や連作先を知らないということにはならない。実際、新得町の自然関係の団体に説明した際に、十勝自然保護協会にも説明したいと言っていたそうだ。新得町で7月と9月に説明会を開催する一方、十勝地方でもっとも精力的に活動している自然保護団体である十勝自然保護協会への説明を放置していたのは恣意的としか言いようがない。

 地熱発電に関してはさまざまなデメリットがあるのだが、電源開発はデメリットについて一切説明しなかった。たとえば多くの施設・工作物が必要で敷地面積が広大になることや、坑井には寿命があり次々と新しい坑井を掘っていかねばならないという重大な問題がある。しかし、施設についての具体的説明はしない。

 そこで敷地面積について質問したのだが、地形などによって異なるので一概に言えないとしか答えない。具体的な質問になると明らかに及び腰になっているのが感じられた。鬼首地熱発電所の坑井の数と廃止した坑井の数を聞いたのだが、これまでに生産井は13本掘っておりそのうち4本を廃止しているそうだ。還元井は12本掘り、5本が廃止になっているという。

 地熱発電というのはさまざまな施設を造るだけでもかなりの森林伐採を必要とする。さらに新しく坑井を掘るたびに自然破壊の面積が増大していくのだ。発電所からの送電線部分も伐採が必要になる。きわめて大きな自然破壊を伴うことは必須だ。ほかにもさまざまなデメリットがある。

 今後、こうした問題点に対して具体的に説明を求めていくことになるだろう。

2013年10月18日 (金)

サホロスキー場造成工事で自然保護団体などが提訴

 17日に、十勝自然保護協会とナキウサギの専門家2人が、加森観光がサホロ岳の北斜面で進めているスキー場の新コースの造成に対し、開発許可の無効と工事の中止を求める裁判を札幌地裁に起こした。以下が関連新聞記事。

エゾナキウサギ守れと提訴 新得のスキー場工事中止求め保護団体(北海道新聞)
エゾナキウサギ:「スキー場造成で生息地ピンチ」近く提訴(毎日新聞)
ナキウサギ生息 スキー場造成中止求め提訴(朝日新聞)

 加森観光は昨年から新スキーコース造成のために山麓部分の伐採を行っていたのだが、今年の秋になって本格的に造成工事にとりかかっているとの情報が寄せられた。工事を行っている斜面の上部にはナキウサギの生息地があり、このまま工事をつづけると生息地が破壊される。ナキウサギは環境省のレッドリストで純絶滅危惧種に指定されている。また、ここのナキウサギ生息地は大雪山と日高山系を結ぶ重要な位置にある。

 サホロ岳のナキウサギ生息地に関しては、かつて知事が生息地を保全するように付帯意見を出していた。ところが加森観光はこの生息地の調査を森林環境リアライズというコンサルタント会社に委託して209年11月5、6日に行い、生息の痕跡がなかったと結論づけた。以下参照。

加森観光のサホロ岳北斜面スキー場予定地にはナキウサギが生息! 

 調査を行った森林環境リアライズはサホロ岳のナキウサギ生息地を隠蔽していた事実がある。

呆れた森林環境リアライズというコンサルタント会社 

 裁判では加森観光に工事の中止を求めているほか、開発許可を出した林野庁と北海道に対しても許可の取り消しを求めている。自然保護団体は北海道に対しても何度もナキウサギの保護を求めて話し合いを行い、要望書を提出してきたのだが、北海道の許可には以下の記事で指摘したような重大な瑕疵がある。

サホロスキー場開発問題で言い訳に終始した北海道環境推進課 

 自然保護団体は林野庁に対しても自然保護の立場から何度も説明を求め要請をしてきた。

サホロスキー場北斜面開発で再調査を申入れ(十勝自然保護協会活動速報)
北海道森林管理局にサホロスキー場造成で再要望(十勝自然保護協会活動速報)
サホロスキー場造成で森林管理局に質問書(十勝自然保護協会活動速報)

 しかし、これらの指摘や要望に応えることなく林野庁も北海道も許可を出してしまったのである。また、加森観光は自然保護団体が説明を求めても徹底的に無視してきた。

サホロ岳北斜面スキー場造成でダンマリを決め込む加森観光(十勝自然保護協会活動速報)

 北海道も加森観光に対して自然保護団体に説明するように求めていたのだが、それも無視して工事を強行したのだ。

北海道の要請も無視して加森観光がスキーコース造成を強行(十勝自然保護協会活動速報)

 加森観光は2002年度から2011年度までの10年間で5億円もの補助金を地元の新得町からもらっている。しかし経営難で、今後のスキー場経営も危ぶまれるのが実態だ。そんな企業がさらに10億円も投入してコースを増設したところで、資金回収ができるとは到底思えない。貴重な自然を破壊したうえ、今後スキー場経営自体がどうなるのかまったく分からない不可解な工事なのである。

経営難で補助金頼みの加森観光がスキー場を拡張する不思議

2013年10月16日 (水)

人口減の社会では経済は縮小すべき

 昨日、安倍首相は所信表明演説を行った。

復興と成長戦略に全力 安倍首相の所信表明演説全文(朝日新聞)

 福島の皆さんにも一日も早く故郷に戻っていただけるよう、除染やインフラ復旧を加速してまいります。  私は、毎日官邸で、福島産のお米を食べています。折り紙つきのおいしさです。安全でおいしい福島の農水産物を、風評に惑わされることなく、消費者の皆さんに、実際に味わってほしいと願います。
 汚染水の問題でも、漁業者の方々が、「事実」と異なる「風評」に悩んでいる現実があります。しかし、食品や水への影響は、基準値を大幅に下回っている。これが、「事実」です。

 汚染されたところから避難させるのではなく、避難した人たちを汚染地に戻して被ばくさせようという首相。100ベクレルという基準値を下回っているから安全だと平気でいう首相。低線量内部被曝のことをご存知ないとは思えないが・・・。

 抜本解決に向けたプログラムも策定し、すでに着手しています。今後とも、東京電力福島第一原発の廃炉・汚染水対策を、全力でやり抜いてまいります。東京電力任せにすることなく、国が前面に立って、責任を果たしてまいります。

 嘘つき東電はまず解体すべきでは。国が前面に立って責任を果たすというのなら、世界の叡知を結集して解決にあたるべきだろう。

 果敢にチャレンジする企業を、安倍内閣は応援します。日本の持つ「可能性」を最大限引き出すことこそが、競争力を強化する道であると考えます。

 大企業ばかりを優遇し、消費税増税で庶民に負担を押し付けるというのが本音だろう。

 難病から回復して再び総理大臣となった私にとって、難病対策はライフワークとも呼ぶべき仕事です。患者に希望をもたらす再生医療について、その実用化を更に加速してまいります。民間の力を十二分に活用できるよう、再生医療に関する制度を見直します。

 iPS細胞の技術はまだまだ開発途上。私はほとんど期待していない。

 意欲のある民間企業には、この分野にどんどん投資してもらい、日本の農産物の可能性を世界で開花させてほしいと願います。しかし、狭い農地がバラバラに散在する現状では、意欲ある農業者ですら、コストを削減し、生産性を向上することはできません。都道府県ごとに、農地をまとめて貸し出す、いわば「農地集積バンク」を創設してまいります。
 併せて、成長する世界の食市場への農水産物の輸出を戦略的に倍増し、一手間かけて付加価値を増す6次産業化を進めます。これらによって、今後10年間で、農業・農村全体の所得倍増を目指してまいります。

 農業の大規模化によるコスト削減、生産性の向上は、環境破壊と農薬まみれの農作物を生みだしてきた。それに汚染された日本の農水産物をいったいどこの国が買うのだろう?

 そして相変わらず馬鹿の一つ覚えのような「成長戦略」一辺倒。しかし、日本は高度経済成長でほんとうに幸せになったのか? 経済成長のために嘘をついて原発をどんどんつくり、挙句の果てに取り返しのつかない大事故を起こしてしまったではないか。この事故でいったいどれほどの国民が被ばくし、犠牲を強いられていることか。よくも、汚染を風評被害などと誤魔化せるものだ。

 非正規雇用で長時間労働と貧困にあえぐ人たちが激増し、うつ病と自殺者が絶えない。老人ホームも何年も待たないと入れない。年金だけで暮らせず老後の不安を抱えた人たちが大勢いる。TPP参加で国民皆保険も危うくなるかもしれない。子どものアレルギーは激増し、電磁波や化学物質の過敏症で悩む人も多い。いじめが蔓延する学校、夜遅くまで塾に通う子どもたちの姿は異常ではないか。不安を抱える社会が健全であるはずがない。

 必要もない自然破壊型大型公共事業によって、豊かだった自然がどんどん消えていった。ダムによって土砂が海に流れなくなり、海岸線はどんどん後退している。海岸はどこもかしこもテトラポットやコンクリート護岸で固められてしまった。干潟も湿地も激減し、渡り鳥は生息場所を失った。生物多様性はどんどん低下し、メダカですら絶滅危惧種になった。地球温暖化で台風は大型化し、異常気象が当たり前のようになった。

 富める人たちはほんの一握りで、大多数の国民が不安を抱えながら必死に働いている。これが自民党の押し進めた経済成長のなれの果ての姿だ。こうした負の側面を一切無視しているのが安倍首相の成長戦略だ。

 9月6日号(958号)の週刊金曜日に、「『縮小する経済』下で発想の転換を」という記事が掲載されていた。岩村充・早大教授が的確な指摘をしている。

 人口が減少し超高齢化していく日本では、当然のことながら国内生産も消費も減少していく。少子化は世界全体の流れであり、社会構造の大転換が起きるのが自然だという。つまり、子どもを少なく生んで、豊かに、平和に暮らすように向かうのではないかと。

 また、今の日本のデフレ状況は、技術が成熟し価格競争が激化したグローバル経済で起こるはずの普遍的現象であり、病気ではないので治療法はないという。だから、やるべきことは治療ではなく対応だと。また、世界の国々が経済成長を続けていけば、地球環境ももたないと指摘する。

 アベノミクスに関しては、二年後の物価2%上昇が達成できない可能性が高いとし、「比較的高い可能性で『現状とあまり変わらない(もっと低い物価上昇率にしかならない=デフレから脱却できない)』か、それよりは可能性は低いと思いますが『オイルショック時のような大きな物価水準のジャンプ』か、ではないでしょうか」と言っている。

 こうした状況の中で、これまでのような経済成長はあり得ないと言う。冷静に考えれば誰もがわかることだと思うが、なぜか多くの国民が安倍首相の成長戦略に乗せられている。経済成長がバラ色だというのは幻想にすぎない。間違いなくやってくる少子高齢化社会を考えるなら、自然破壊・環境破壊を憂慮するのなら経済は縮小するのが当たり前なのだ。そして弱者切り捨てにならない社会保障を確立することにこそ力を注がなければならない。岩村氏は以下のように言う。

 豊かさは経済効果だけの問題ではないからです。澄んだ空気、森の再生、鳥のさえずり、そういった豊かさが(人口減によって)私たちにもたらされる。そうした発想の転換も必要なのではないでしょうか。

 もっともだと思う。

2013年10月13日 (日)

年間1ミリシーベルトの約束を守らせよう

 原発事故から2年半以上が経った。今でも15万人以上の人たちが故郷を追われ、仕事を奪われたうえに病気への不安に怯えながら暮らしている。原発事故とはなんとむごいものなのだろう。

 チェルノブイリの原発事故からも、高濃度に汚染されたところに住み続けるのは大きなリスクがあることは明らかだ。しかし、日本政府は除染してそこに住民を帰還させようという信じがたい無謀な方針を変えようとしない。広大な地域の除染など、そもそも不可能だろう。

 汚染地域から避難できるのならそれに越したことはない。汚染の少ないところに避難すれば体内の放射性物質を減らすことにも繋がる。しかし、避難したくてもできない人たちがいることを決して忘れてはならない。介護が必要な家族を抱えていて簡単に移動できない人、避難先での家賃と住宅ローンの両方を払い続けることが困難な人、従業員を抱えている事業主、先祖から受け継いだ農地を簡単に手放せない人たち、住みなれた土地を離れたくない高齢者などなど・・・。避難できる人の大半はすでに避難しているのであり、今も住み続けている人はそう簡単に避難できない人たちなのだと思う。そのような方たちにただただ「避難しろ」と自主避難を呼びかけても反発を買うだけではなかろうか。

 本来なら年1ミリシーベルトという被ばくの限度を守らなければならないのに、日本政府はまったく無視している。年1ミリシーベルトというのは、ICRPの勧告では、自然放射線に加えて人工放射線による追加被ばくの限度だ。しかも、外部被ばく、内部被ばくを合わせて年1ミリシーベルト以内、というのが世界の基準になっている。

 被ばくしてしまった国民の一人ひとりが国にこの約束を守るよう意思表示すべきではなかろうか。何もできないと諦めてしまうのではなく、署名で意思表示すべきだと思う。以下のページの「change.org」をクリックするとオンライン署名ができる。

署名をしよう!世界に署名を呼びかけよう! 

 福島の県民健康管理調査では、結果の発表があるたびに甲状腺がんの子どもの数が増えている。8月20日には44人が甲状腺がんやその疑いがあると発表した。とても残念なことだが、これからも甲状腺がんの子どもたちは増えていくだろう。福島に暮らしている方たち、とりわけ検査を受ける子ども達や母親はどれほど大きな不安を抱えているだろう。毎日が戦争のような日々に違いない。福島で診療所を開設している松江寛人医師は、福島の母親の不安について以下のように記している。

福島の母親の不安(がん医療に生涯をかけて)

 福島県民の子どもは医療費が無料になっているというが、それだけではとても十分な支援とは言えない。検査や治療の支援をするだけではなく、精神的なケアが欠かせないだろう。これは福島県に限ったことではない。

 また大量の放射性物質を呼吸によってとりこんでしまった初期被ばくや、その後追加された被ばくを考えるなら、たとえ避難したとしても健康被害が生じる可能性は否定できない。避難した人たちの支援も必要だ。汚染された食べ物が全国に流通している以上、おそらくこれから全国で病気が増えていくだろう。低線量被ばくの影響は何年も、あるいは何十年も経ってから現れるのだから。

 事故から2年半以上もたった今、ただ「避難しろ!」と声高に叫んでいるだけでは被ばく問題は解決しない。年一ミリシーベルトを超える地域に住む人たちの避難の権利、食品の検査、被ばくした人たちに対する補償やケアを国に求めていくことこそ現実的である。

 この国は、子どもの甲状腺がんだけは原発事故の影響を認めざるを得ないとしても、あとは「因果関係が不明」との理由で責任逃れすることしか考えていないだろう。そんなことを許さないためにも、一人ひとりが意思表示をし、署名をひろめてほしいと思う。

2013年10月12日 (土)

ネットニュースになった日本文学館の捏造コンテスト

 これまで「クンちゃん」ブログでしか報じられていなかった、日本文学館の「架空コンテスト」問題が、My News Japanに掲載された。

 自費出版の日本文学館、コンテスト受賞者の6割超を捏造して発表 会社側も認める 

 新風舎であれだけ問題になった自費出版業界の賞ビジネス(コンテスト商法)だが、新風舎倒産後も自費出版(共同出版)最大手と言われている文芸社や関連会社の日本文学館で延々と続けられていた。

 作家志望、出版志望のアマチュアの著者にとって、無料で出版が実現したり、賞金などがもらえるコンテストは魅力的な存在だ。ダメもとで応募してみようと思うのはごく当たり前の感覚だろう。

 それを利用したのが、悪質自費出版社だ。出版社にとっては、コンテストを企画すれば出版希望の人たちの個人情報を簡単に集められるので、勧誘にもってこいということになる。これが、次第に架空コンテストにまで発展していったのだろう。こうなると、すでに9月に業務停止3か月の処分を受けている日本文学館の存続はかなり厳しいのではなかろうか。

 文芸社や新風舎の賞ビジネスや悪質な勧誘、費用分担をめぐる嘘などはもう10年以上も前から問題視されていたが、大手マスコミがその悪質性を報じたのは新風舎が著者に訴えられた時や倒産した時くらいだったのではなかろうか。提訴や倒産となれば報じるものの、そういった事件がなければ何も報じないというのがマスコミだ。自費出版に関する記事を書きながら、悪質商法をしている会社にコメントをとるなど、信じられないような記事すら書いてきた。

 しかし、マスコミが黙っているからといって悪事がいつまでも続けられると思うのは間違いだ。被害にあった著者は皆が泣き寝入りするわけではないし、内部告発する社員だっていつかは出てくるものだ。企業の最良の危機管理は、危うい悪質商法から手を引き、信頼されるまっとうな仕事をすることではなかろうか。

2013年10月11日 (金)

バンダジェフスキー博士講演会DVDの感想

 知人がバンダジェフスキー博士東京講演のDVDを貸してくれた。視聴していくつか気になったことがあったので、感想を書きとめておきたい。

 バンダジェフスキー氏の講演が始まる前に、山本太郎氏が登壇してメッセージを発言している。これについては主催者の代表である木下黄太氏のブログに書かれていたので、それを読んでいる人たちには山本太郎氏が出てきた経緯や理由が分かるのだが、いきなりこのDVDを見た人はとまどってしまうのではなかろうか。山本太郎氏の登壇部分もDVDに収録するのなら、彼が講演会に呼ばれた経緯について、もう少し説明が必要だと思った。

 バンダジェフスキー氏の講演内容については、ベラルーシの汚染や死亡率・出生率の推移、セシウム137が体内に取り込まれたときの影響などについてグラフなどを用いて分かりやすく解説するものだった。彼の研究については多くの方が紹介しているし、ここであまり具体的に書いたなら著作権侵害や営業妨害にもなりかねないので、内容を紹介することは控えたい。

 プロが撮影しただけのことはあって、映像はきれいだし、適宜ズームアップされるなどして全体的に見やすく構成されている。通訳の音声もきれいに入っている。ただし、しばしばカメラが観客席に向けられるのが気になった。顔が分からない程度に全体をさっと映すくらいならいいだろうが、前の席の人の顔がはっきり分かるような映像が何回も流れた。テレビなどの中継映像なら観客を映すのも分かるが、何回も視聴できるDVDで顔のわかる観客席の映像はカットすべきだと感じた。

 このDVDでもっとも不可解に思ったのは最後の質疑応答の部分だ。講演会での質問は講演終了後に会場から挙手によって発言してもらうのが普通だ。講演内容を聞いたうえで疑問に思うことやもっと詳しく説明してもらいたいところなど、あるいは講演内容に関連したことを聞くのが質疑応答である。だから質問者が直接講演者とやりとりするというのが普通のスタイルだ。質問者が講演者の回答に対してさらに質問することもある。会場が大きいと質問者のところにマイクを持って走る人が必要だが、質疑応答の時間を設ける以上、それは仕方ない。

 ところがこの講演会ではそのようなことをせず、いきなり司会者である木下氏が紙に書かれた質問事項を読みあげるという形をとっている。しかも、これらの質問をどうやって集めたのかの説明すらない。受付の際に質問を紙に書いて出してもらったのだろうか? それとも事前に何らかの形で募集したのだろうか? せっかくバンダジェフスキー氏がいるのに、なぜ質問者と直接やりとりをするよう設定しないのか疑問に思えてならない。なんとも不可解な質疑応答だった。DVDにするにあたって、質疑応答まで収録する必要があったのかという気もする。

 バンダジェフスキー氏は、日本では自分の本が2冊出版されていることについて言及していた。2冊目の本は共著で最近出版されたもので、インターネットで調べてほしいとのことだった。インターネットで調べてみると、以下の2冊のことだと分かる。

放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響:チェルノブイリ・原発事故被曝の病理データ(久保田護訳、合同出版) 

放射性セシウムが生殖系に与える医学的社会学的影響:チェルノブイリ原発事故 その人口「損失」の現実(久保田護訳、合同出版) 

 2冊とも久保田護氏の翻訳による本だ。バンダジェフスキー氏が翻訳者や出版社と合意のうえでこれらの本が出されていることは、氏の発言からも間違いないだろう。ところが、バンダジェフスキー氏を日本に招聘して講演会の司会をしている木下氏自信が、バンダジェフスキー氏の翻訳本について出版社に言いがかりとしか思えない再版中止要請をしているのである(バンダジェフスキー翻訳本の再版中止要請への私見参照)。バンダジェフスキー氏は恐らくそのことを知らないのだろうが、何とも皮肉な光景であった。

 なお、DVDには「2013/07/20バンダジェフスキー博士東京講演with木下黄太at新宿文化センター」とタイトルが書かれている。「with木下黄太」となっているので、私はてっきり木下黄太氏のトーク、あるいはバンダジェフスキー氏と木下氏の対談などもあるのだろうと思った。

 ところが、実際に視聴してみると木下氏は単なる司会者の役回りである。この講演会の主催は木下氏が代表を務めている「バンダジェフスキー講演プロジェクト」なのだから、主催者が司会をするのは当然のことだ。バンダジェフスキー氏の講演を録画したDVDのタイトルに、わざわざ司会者の名前を入れることに違和感を覚えた。

 このDVDの販売価格は送料別で2000円である。台湾でプレスしているのだが、台湾での制作費は「1000枚で5万円~、2000枚で9万円~」が相場らしい。

 撮影はプロが行っているとしても、字幕も入れておらず、編集に手をかけているとは思えない。千数百枚は売れているようだから、かなりの利益が出ているだろう。もちろん非営利団体が営利事業を行うこと自体は問題ないのだが、利益を団体構成員に分配できない以上、もっと価格を安くしてもよかったのではなかろうか。また、それなりの利益が出る以上、せめて「売上金は放射能防御の活動のために使われます」などとどこかに書いておくのが望ましいだろう。

 なお、上記の感想や意見は主催者やDVDに文句をつけるのが目的ではない。非営利の市民団体がDVDの制作・販売をする場合、こういう点に注意をすればより良いものになるだろうという視点からの感想である。

2013年10月10日 (木)

あらためて実感する嘘つき東電

 福島第一原発の事故原因についてはすっかり話題にならなくなってしまったが、最近になって以下の動画があることを知った。フランス・ドイツ共同の国営放送局が制作したものとのこと。

4号機が爆発した本当の原因と東電がそれを隠す理由 

 この動画では1~3号機の爆発にも触れているが、とくに4号機の爆発に焦点を当てている。東電は、4号機では3号機と繋がっている配管から水素が4号機に流れ込んで爆発したと説明している。しかし、4号機の爆発の原因については多くの人が疑問を呈していた。

 アー二―・ガンダーセン氏が4号機では一時的に燃料棒がプールから露出したと指摘していることは以前もブログでも取り上げたが、この動画ではガンダーセン氏がそれについて写真を示して明言している。

 以下は上記の動画でのガンダーセン氏の説明である。

 津波に襲われて、4号機では燃料プールの水はかなりこぼれてしまいました。それに加え、電源がなかったので冷却ができませんでした。ここに入れられたまだ原子炉から取り出されたばかりの核燃料はすごく高熱で、水はすぐに蒸発してしまったはずです。
(中略)
 水はどんどん下がっていき、とうとう燃料棒の先端が露出してしまいました。画像で見れるとおりです。それが原因となって、1~3号機ですでに起きたと同じ反応が起こってしまいました。つまり、水素がどんどん発生して4号機の建屋が吹っ飛ぶだけの量に達してしまったのです。原子炉自体は稼働していなかったにも関わらず、です。

 プールの水が減って燃料棒が露出したという大変な事態になり、これが建屋をボロボロにするほどの大爆発をもたらしたと考えるのが妥当ではなかろうか。

 ところが東電は4月4日の時点では爆発を認めず、4号機の爆発は15日に、単に「壁の損傷」が確認されていると報告しただけで済ませた。とんでもない隠蔽である。しかし、米国の原子力安全委員会は3月17日の時点で燃料棒が露出していたので水蒸気爆発が起きたと考えざるを得ないとして、最大の警告を発していたという。

 爆発後、福一では4号機の作業員は50人を残して全員避難させたそうだ。決死隊が組まれたのだ。それだけ現場は線量が高く危険だったのだろう。

 4号機の建屋の破壊は凄まじいもので、小出裕章さんはプールの下の階まで破壊されていると言っていた。そのために、プールの耐震補強のための柱が均一に入れられていないそうだ。それほどの破壊をもたらす大爆発を起こしているのに、東電の不可解な説明は未だにそのままにされている。

 この動画を見てあらためて感じたのは、東電や政府の爆発当初のあまりに無責任な説明だ。東京電力の説明は以下。

 燃料プールにはちゃんと水が入っていて冷却がされていますし、燃料プールが大きく損傷しているということを示す兆候は確認されていません。

 本当だろうか? ならば、なぜ作業員を避難させ決死隊を組まねばならないほどの高線量になったのだろう? なぜ米国は自国民を100キロ圏より遠くに避難させたのだろう? 東電は今でも重要なことを隠しているとしか思えない。

 また、原子力安全保安院(当時)の西山氏は、3号機の爆発のあと記者会見で以下のように述べている。

 本日11時1分に福島第一原発の3号機外壁部で爆発が起こりました。大爆音が聞こえ水蒸気が大量に上昇しました。おそらく水素爆発と考えられます。それでは、東電が伝えてきた内容を、報告します。
 計測されたパラメータをもとにしますと、原子炉格納容器の健全性は保たれていると考えております。

 以下は枝野氏の発言。

 今回の爆発事故の原因は、先日の1号機の爆発と同じだと考えられます。格納容器は健全です。そして、我々も、専門家も含めてこれにより大量の放射能が外に漏れることはないと認識しております。

 今なら、1~3号機の爆発によって大量の放射性物質が大気中に放出されたことは誰でも知っている。格納容器は健全ではなかった。東電こそ、爆発当時にそのことを一番よく知っていたはずだ。しかし、国民に嘘をついて隠蔽した。こうして数度にわたる放射能の大量放出は国民に速やかに知らされることはなかった。爆発の事実を知って、被ばくの恐ろしさを知っている人の中にはいち早く避難した人もいる。しかし、多くの人たちは東電や政府の嘘によって、無用な被ばくをしてしまったのだ。

 あの時、東電と政府が「爆発によって放射性物質が放出された」と警告していれば、避難するなり、気密性の高い屋内に留まるなどして被ばくを少なくできた人たちが大勢いただろう。汚染地域から避難したとしても、初期被ばくだけはどうにもならない。初期被ばくを余儀なくさせた東電の責任は限りなく重い。

 東電の虚言や隠蔽体質は今も続いている。この爆発時の嘘を私たちは決して忘れてはならないと思う。嘘つき東電こそ解体しなければならないだろう。

2013年10月 7日 (月)

富士山山頂に自販機を置く恥ずかしい国

 週刊金曜日の10月4日号(962号)の「満腹の情景」というシリーズ記事の写真を見て、目を疑った。早朝から富士山山頂でご来光を待ち構える人々の横に飲み物の自動販売機が2台写っている写真だ(実際には3台あるとのこと)。記事のタイトルは「富士のご来光をあびる自動販売機」。

 この写真を見た瞬間、何かの冗談じゃあないかと思ったのだが、解説を読んでいくうちに本当に富士山山頂に自販機があるのだと知って心底びっくりした。この自販機は1997年ごろに設置されたそうだ。日本の最高峰で3776メートルを誇る富士山の山頂は、永久凍土があることでも知られている。富士山の山頂は植物も生育できない砂礫地のはずだ。

 山頂に気象観測所があることは知っていたが、まさか自販機があるとは思ってもいなかった。それで、グーグルで「富士山 自動販売機」と検索したら、以下の動画が出てきた。

 これをみて、さらにびっくり仰天。8合目にも山小屋があり、山頂には自販機だけではなくお店も・・・。

 学生の頃、グループで富士山に行ったことがある。5合目から登り始めたのだが、私ともう一人は頭が痛くなり8合目でリタイアした。おそらく高山病だったのだろう。皆が山頂まで往復する間、登山道脇の斜面で昼寝をしていた。その時の記憶は鮮明ではないのだが、あちこちにある石に囲まれた山小屋には異様なものを感じた。ただし8合目にまで山小屋があっただろうか? 記憶にない。

 富士山にこれほどまで山小屋が林立し、自販機まであるのはブル道があるからだ。週刊金曜日の記事によると、登山道とは別に物資を運ぶブル道が整備されているという。私はてっきり山頂の気象観測所のためにブル道があると思ったのだが、以下の記事によると山小屋や山頂の売店、郵便局で使う資材や商品を運ぶために使っているのだという。しかもブル道は4本もあるというのだから、仰天する事ばかりだ。

富士山は「車」で登れる! 混雑対策の切り札に(日本経済新聞)

 こんなところにまでブル道をつけ観光に利用してしまうというこの国の節操のなさは、つくづく恥ずかしいと思う。世界遺産なども同じで、地元自治体が積極的に登録を目指すのは保護が目的ではなく、利用をしてもらってお金を落としてもらいたいという不純な動機が見え見えだ。

 富士山は富士箱根伊豆国立公園だ。地種区分図を確認したら、5合目あたりから上は開発行為が厳しく規制される特別保護地区に指定されている。

 しかし、いったい環境省はなぜ特別保護地区内にブル道や自動販売機の設置を許可したのだろう? 植物がほとんど生えていないガレ場だから、ブル道をつけても植生を痛めることがないので問題ないとでも思ったのだろうか? 山小屋だって、こんなにたくさん必要なのか? 首をかしげたくなることばかりだ。入山料をとることを否定はしないが、入山規制こそ取り組むべきではなかろうか。

2013年10月 5日 (土)

多くの人に見てほしい小出裕章さんの札幌講演会

 先日の記事で9月14日に札幌で開催された小出裕章さんの講演会が、期間限定でネット公開されていることをお知らせした。以下から視聴できる。

2012/09/14小出裕章さん講演会「私たちの未来と原発」 

 多くの人に聞いてもらいたい内容だったので、ここでもう一度お知らせするとともに、簡単に感想を記しておきたい。

 まず、小出さんのお話は誰にでもよく分かるようにとても噛み砕いた説明になっている。話しは地球の誕生から始まり、人間が膨大なエネルギーを使うようになったのは長い地球の歴史からみたらほんの最近の産業革命以降であることを説く。人は地球の生態系の一員であること、そしてその人が産業革命以降、膨大なエネルギーを使うようになったこと、そのために原子力発電が利用されるようになってきたことを、順を追ってとても分かりやすく説明していく。

 1950年代に、新聞では原子力発電を、大工場も必要なくビルの地下でも電気をつくれるとか、電気料金が極めて安くなるなど、いかにも「夢のエネルギー」であるかのように宣伝した。ところが、実際には原発は都会から離れた地方に造られたし、電気料金もちっとも安くはならなかった。ここから騙しが始まっていた。

 福島の原発事故についても簡単に経緯と状況を説明しているが、私が驚いたのは4号機の燃料プールの耐震補強のことだった。私はプール全体を下から柱を立てて補強しているとばかり思っていたのだが、プールの下の階も爆発で損傷しているため、およそ半分くらいしか補強ができていないというのだ。この話しははじめて知った。再び大地震に襲われたのなら持ちこたえられるのだろうか。

 さらに、プールからの核燃料の取り出しについて作業は失敗の許されない、とてつもなく大変な作業であるという話しも気になった。いったい何年かかるか分からないというほどの大変な作業と推測されるのだが、東電や政府はそのようなことをおくびにも出さない。しかも、使用済み核燃料の処分についても何ら解決されていない。

 東北から関東にかけての広い地域に、放射線管理区域以上の汚染地域ができてしまったことはもちろん知っていたが、多くの人が居住するところにいかにとんでもなく深刻な汚染が広がったかを改めて考えさせる説明だった。本来、とても住んではいけないところに大勢の人たちがやむを得ず住まわされているのである。この点は是非、小出さんの説明をそのまま聞いてほしい。

 この講演会で小出さんがもっとも言いたかったことは、原子力は決して使ってはならないということとともに、エネルギーの無駄遣いをやめなければいけない、という主張だ。地球の限られた資源は、一部の先進国といわれる国の人たちのみ恩恵に預かることで、大きな格差を生んでいるのだ。地球上には飢えている人たち、病気や戦争で亡くなる人たちが大勢いるのだが、その背景には一部の人たちのエネルギーの大量消費があるし、私たちはそのことをしっかり自覚しなければならない。こうした主張は、とても賛同できる。

 最後に夜の地球の映像が出てきたが、日本列島は他の国と比べても一段と白く輝いているのがとても印象的だった。日本人は夜中でも電燈を煌々とつけて昼間のように明るくしているのだ。何というエネルギーの無駄づかいをしているのだろう。

 以前、岩上安身さんのインタビューだったと思うが、小出さんは照明もできるだけ使わず、早寝早起きをしていると話していた。また、エスカレーターなども使わずに階段を上るとも言っていた。もし大半の日本人が小出さんのような生活をしたなら、日本のエネルギーの消費量もきっと随分減らすことができるのだろう。

 自然エネルギーとてさまざまなリスクやデメリットがある。エネルギーの大量消費をそのままにして自然エネルギーに転換すればいいというものではない。私たちは小出さんの話しをしっかりと頭に入れ、湯水のようにエネルギーを消費する生活、社会を変えていく努力こそしなければならないと思う。

 週末などを利用して、是非、多くの人に視聴してほしいと思う。  最後に、以下の記事も是非読んでほしい。これは9月1日に日比谷公会堂で開かれた「さようなら原発講演会」での発言要旨だ。福島の事故を忘れて、オリンピックなどと浮かれている時ではない。

放射能管理区域の東京でオリンピックなど正気の沙汰ではない/「原発は未来犯罪」(小出裕章さん) (すくらむ)

2013年10月 3日 (木)

バンダジェフスキー翻訳本の再版中止要請への私見

 昨日の記事で、木下黄太氏の講演会ビジネスについて批判したが、私が木下氏の批判をする理由は他にもある。というのも、最近になって、2012年3月に木下氏らのグループがバンダジェフスキー氏の翻訳本に対して版元に再版の中止を求めていたということを知ったからだ。情報源は以下の記事。ここに引用されている記事の元記事は削除されているようだが、合同出版に対して再版の中止を求めたことは事実だろう。伝聞情報だが著者の久保田さんにも圧力があったことを聞き及んでいる。

バンダジェフスキー氏の翻訳本に対する(多分)公式のお願い(愛・蔵太の気になるメモ)

 バンダジェフスキー氏の翻訳本は、合同出版より「放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響~チェルノブイリ原発事故被曝の病理データ~」というタイトルで出版されているのだが、これに対し、①誤訳および解釈を含む問題が各所にある、②翻訳後の博士の査読を通過していない、③書面による翻訳契約書および出版契約書が成立していない、という理由で合同出版に対し再版の中止を求めたという。さらに、日本語公式翻訳版の出版を予定しているとなっている。

 この「お知らせ」の書面にはShino Yasutomoというサインがある。この方は当時、木下黄太氏と活動を共にし、「みんなのカルテ」を主宰している安友志乃さんのことだろう。

 しかし、ここに書かれている再版中止の理由に、正直いって驚愕した。第三者によるこのような再版中止の申し入れはあまりに強引で非常識ではないかと感じたからだ。以下にその理由について私見を述べたい。

①誤訳および解釈を含む問題が各所にあることについて
 翻訳本においては、誤訳や解釈の誤りなどが生じることは当然ありうることである。このような場合、出版社や著者に対して問題点を指摘し、増刷の際などに訂正を求めるのが一般的な対応であろう。また、専門誌などで問題点を指摘して議論を提供したり、書評で意見を述べるという方法もある。誤訳や解釈の問題に対して再版の中止を求めるのはどう考えても行き過ぎである。

②翻訳後の博士の査読を通過していないことについて
 翻訳本に関して、著者の査読がなされなければならないものかどうか私は知らないが、翻訳内容の確認は科学論文の雑誌投稿の際の査読とは明らかに性格が異なるのであり、査読が必須のものとは思えない。また、日本語の分からないバンダジェフスキー氏がどうやって査読をするというのだろうか。無茶な注文と言わざるを得ない。

③書面による翻訳契約書および出版契約書がなく契約が成立していないことについて
 口約束であっても契約は成立する。書面による翻訳契約書や出版契約書が交わされていなくても、出版に関わる当事者の間で翻訳および出版に関する合意が成立していたなら、それは有効である。第三者がとやかく言うことではないだろう。商業出版においては著者と出版社の間に契約書が取り交わされないこともしばしばある。

 つまり、このShino Yasutomoさんの署名のある文書は非常識な理由による再版中止の通告であり、言いがかりとしか言いようがないものだ。

 合同出版の本の訳者である久保田護氏は、茨城大学名誉教授で「チェルノブイリの子供を救おう会」の代表である。久保田氏は、2011年5月に手紙でバンダジェフスキー氏の許可を得て氏の著作物を翻訳し「-チェルノブイリの教訓 セシウム137による内臓の病変と対策-人体に入った放射性セシウムの医学的生物学的影響」として自費出版している。

 自費出版は一般的にお金儲けを目的に行うものではない。商業出版では採算が合わないような専門書やアマチュアの書籍であるからこそ自費出版をするのだ。したがって、久保田さんがお金儲けを目的に自費出版したとは考えられない。合同出版から翻訳本が出版されたのは2011年12月である。久保田氏は自費出版物を元に合同出版から翻訳本を出版したということだろう。

 ここから推測されるのは、木下氏のグループがすでに日本で出版されているバンダジェフスキー氏の翻訳本に言いがかりをつけて翻訳権と出版権の無効を主張し(つまり翻訳権と出版権を剥奪し)、新たな翻訳本の出版を目論んでいたということである。その翻訳担当者は、かつて安友氏とともに木下氏と活動を共にしていた平沼百合氏だろう。以下の記事からそのことが裏付けられる。

13/2/28バンダジェフスキー論文についての考察(アーカイブ) (「木下黄太のネットカルト」を考えます)

 つまり、平沼さんは木下黄太氏の依頼によってバンダジェフスキー氏の論文の翻訳に関わることになったのであるが、それは木下氏らの企画したバンダジェフスキー講演会に関わってのことだった。

 もっとも安友さんと平沼さんは「みんなのカルテ」が主催したヘレン・カルディコット氏の講演会をきっかけに木下氏と袂を分かっている。木下氏との間に何があったのか私は知らないが、以下の記事からも原因が木下氏にあったと考えざるを得ない。

安友さん、ならばカルディコット講演会の会計収支をオープンにして下さい(「木下黄太のネットカルト」を考える)

 木下氏は合同出版と久保田さんに翻訳権と出版権を放棄させ、安友さんと平沼さんの協力の元に自分たちで訳本を出版しようという計画だったのであろう。しかし、安友さんと平沼さんが木下氏と袂を分かったことで、この出版計画は頓挫したものと推測される。ここにも、木下氏の主導による翻訳本出版でのお金儲けの計画が見え隠れするのである。

 なお、上記記事ではカルディコット講演会を主催した安友さんに対して、「木下にいくら渡したのか、そのやりとりはどうだったのか、その時にどのような会話があったのか、誰が収支の内訳を決めたのか、など全てオープンにすることが『木下カルト』と『あなたの距離と立場』を明確できる良い機会だと思います」と書かれている。カルディコット講演会は赤字になったと伝え聞くが、講演会の宣伝や手伝いをした木下氏に主催者が報酬を渡していることは間違いなさそうだ。数百万の収入があった講演会が赤字になったのであれば、それは木下氏への報酬が関係しているのではないかと疑わざるを得ない。

 こうしたことからも、木下黄太氏が被ばくによる健康被害を指摘している著名人をお金儲けに利用しているのではないかという疑惑が拭えないのである。木下氏が否定するのであれば、事実をきちんと説明する必要があるだろう。うしろめたいことがないのなら、バンダジェフスキー氏の講演会やDVD販売の収支の概要を公開しても問題があるとは思えない。

 東海アマさんは「反原発に関与して金儲けした人など見たことないし、ありえない」との意見のようだ。

https://twitter.com/tokaiama/status/385518636342837248 

 たしかに反原発でお金儲けをするような人はほとんどいないと私も思う。普通はこのような活動は持ち出しでありお金儲けなど考えられない。私自身が長年自然保護運動に関わってきたからこそそれはよく分かる。しかし、木下氏に関してはこれまでの彼の言動を客観的に見て、ビジネスにしているとしか考えられないのだ。だからこそ、私は木下氏を批判するのである。

2013年10月 2日 (水)

脱原発運動ではインターネットを活用すべき

 小出裕章氏が9月14日に札幌で、翌15日に新得で講演をされた。私は参加できなかったのだが、14日の講演会が岩上安身さんのIWJで期間限定で公開されていることを知った。

2013/09/14小出裕章さん講演会「私たちの未来と原発」 

 私のように僻地に住んでいると、講演会に行くのもなかなか大変だ。こうしてインターネットで見られるというのはとてもありがたい。泊原発廃炉訴訟の提訴時の記念講演もインターネットの中継で見ることができた。芽室町で開催された西尾正道氏の講演会は聞きに行ったが、これは後に動画がアップされたようだ。

 原発や被曝関係の講演会は、できる限り多くの人に聞いてもらいたいというのが演者や講演会を企画する主催者の願いだろう。講演会自体は会場費や講師の交通費・謝金などの関係でどうしても有料になることが多いが、有料の講演会を後日無料でネット公開したところで文句を言う人などほとんどいないと思う。私自身も、自分がお金を払った講演会が無料公開されたとしても、文句を言うつもりはさららない。生で聞く講演とインターネットによる録画公開は臨場感も違うし、インターネットでは質問もできない。お金を払ってでも生の講演を聞きたいという人はそれなりにいる。

 アベノミクスに押され、脱原発運動はなかなか広まらないように思えてならない。原発事故から時間が経つにつれ、過去のこととして忘れさってしまう人も多いのではなかろうか。だからこそ、多くの人に原子力の恐ろしさや被ばく(特に低線量内部被曝の危険性)の問題を伝えていかねばならないし、そのためにはインターネットを大いに活用すべきだろう。

 ところが木下黄太氏は自分たちの主催したバンダジェフスキー講演会のネットでの無料公開を頑なに否定した。有料で行った講演会を無料で公開するのはあり得ない、というのが木下氏の主張のようだ。そして、2013年のバンダジェフスキー講演会に関してはDVDを作成して販売をしている。講演会のDVDを作成すること自体を否定はしないが、木下氏がネットでの無料公開を頑なに拒否してDVDの販売に精を出す姿勢に私は疑問を抱かずにはいられない。

 DVDには字幕も入れていないとのことなので、おそらく編集に時間をかけたものではないだろう。台湾でプレスをしているとのことなので、制作原価はかなり安価なのではなかろうか。今回のDVDは1枚2000円(送料別)とのことだが、1000部販売したら200万円の売り上げになる。

 DVDの販売に当たっては事前予約しながら入金しない人がある程度いたようだが、1000部以上の事前予約があり、その後300部の追加注文も受け付けているので、かなりの利益があると推察される。予約数からも1000部以上はプレスしたはずだし、図書館などへの納入も呼び掛けていることから2000部くらいプレスしたのかもしれない。残部は講演会で売り歩くつもりだろうか。

 その数百万と推測される販売利益が脱原発活動や被災者の支援活動に使われるのであればまだ分かるが、使途は闇の中である。DVDの販売に当たっては、当然バンダジェフスキー氏の了解も得ているのだろうが、バンダジェフスキー氏は販売利益の使途について何も注文をつけていないのだろうか?

 講演会のネットでの無料公開を頑なに拒んでDVD販売に力を入れることからも、講演会そのもので儲け、DVD販売でも儲けるという木下氏の講演会ビジネスが浮かび上がってくる。

 バンダジェフスキー氏の講演会とは別に、木下氏自身も全国で講演会を行っているが、彼は原発の専門家でも被ばくの専門家でもなければ、以前から原発事故や被曝問題に取り組んできたジャーナリストでもない。事故前から原発の危険性を主張してきた小出裕章氏や広瀬隆氏、放射線医療の専門家である西尾正道氏などとはまったく立場が異なる。

 木下氏は、ネットで情報提供を呼びかけて得られた健康被害(もちろん被曝との因果関係は証明できない)をブログで拡散して東京からの避難を主張するが、伝聞情報を広めているだけでありおよそジャーナリストの仕事とは思えない。ジャーナリストが被ばくの危険性を指摘するのであれば、死亡率や疾病の増加など客観的なデータを示して因果関係に言及したり、原発作業員などを取材するなどして被ばくの実態について報道するべきではなかろうか。取材に基づいて記事を書くのがジャーナリストである。

 フリージャーナリストの中には寄付を募っている人もいるが、彼らはきちんと取材記事を書いてジャーナリストとして活動している。また、田中龍作氏は会計報告もしている。しかし、木下氏の活動はジャーナリズムではない。

会計報告(田中龍作ジャーナル)

 また、木下黄太氏は異なる意見を主張する者や批判者を罵倒し、批判者の個人情報をネット上で晒して嫌がらせをする。被害にあっている人は何人もいるようだ。およそジャーナリストのとるべき態度ではない。木下黄太氏を信用している人は未だに多いようだが、非営利組織を名乗りながら多額の収益の使途について一切答えようとしない姿勢からも、私は注意・警戒すべき人物だと思っている。脱原発派の批判はあまりしたくはないが、木下氏のように理解不能な人物がいることも事実だ。もし不純な動機で動いているのであれば、看過すべきではないだろう。私には、木下氏は脱原発の市民運動を歪めている似非ジャーナリストとしか思えない。

 以下の林さんの記事は、木下氏の実態を如実に示していると思う。

「木下黄太」放射能ビジネスモデルの情報操作と人格問題(「木下黄太のネットカルト」を考えます)

2013年10月 1日 (火)

放射能を可視化した「被曝スリッパ」

 昨日、フォトジャーナリストの森住卓さんのブログを見ていて衝撃的な写真を見つけた。

被曝スリッパ 

 これはフイルムを感光させることで浪江の警戒区域に落ちていたスリッパから発せられる放射線を可視化したものだ。まるで夜空に輝く無数の星のように放射線が輝いているが、福島第一原発に近いところでは無数といえる放射性物質が付着しているとことがよく分かる。もちろん福一から遠ざかるにつれて放射性微粒子の数は減っていくのだろうけれど、東北から関東にかけてはこうした微粒子が普通に存在する、日本はそういう世界になってしまった。

 私たちは戦争のように目に見える危険に対しては恐怖心を抱き最大限の警戒をする。しかし放射線のように目に見えないものに対してはどうしても警戒心を持ちにくいし、持ったとしても維持しつづけることは難しい。しかし、放射能を可視化したこの被曝スリッパの写真は、福島の汚染がいかに酷いものであるか、福一の事故がどれほどの環境汚染をもたらしたのかをはっきりと物語っている。

 福島に住んでいる方たちにはほんとうに残酷なことだし何と言っていいのか分からないが、酷く汚染されてしまったところはこれから何十年もの間、居住禁止にするしかないのではなかろうか。チェルノブイリでもいくつもの村が廃村になったのだ。

 放射性微粒子から発せられる放射線は、核種にもよるがこれから何十年も、あるいは何百年も消えることはない。そしてさらに恐ろしいのは、この光を発する放射性微粒子が動植物はもちろんのこと、人々の体内にも取り込まれてしまったことだ。排出されるものもあるが、筋肉などに蓄積されて排出されないものもある。そして、汚染されている食べ物が出回っている以上、これから何十年も私たちはこうした放射性微粒子を体内に取り込むことになる。健康被害が出ないわけがない。

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