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2013年3月

2013年3月31日 (日)

コメントされた「放射能安全派」の皆さんへ(追記あり)

 さぽろぐの「ぬまゆのブログ」の不可解な終止符という記事にたくさんのコメントが入ったが、一部のコメントを削除し、その後コメントを承認制にした。承認制にした理由について説明しておきたい。

 昨日、「にゃー・アキラ」(=山下)というHNの方から私の記事を転載(引用)したいとコメントで依頼があったが、転載するサイトも知らせてこなかった。かなり非常識な方のようだが、以下の記事らしい。

 http://blogs.yahoo.co.jp/tyometyome314/39303067.html 

 この方は私がコメントで書いた「彼女の一つの記事に『傷つけられた』ということだけで、ブログを止めろと要求するとは、なんと心が狭いのでしょう。」という言葉を取り上げ、私に「遺族にこの言葉を言えるのか」と執拗に迫った。詳しくはコメント欄をお読みいただきたい。

 上記のヤフーブログで「と暴言を吐いたところから炎上が始ました。」と書いているが、私に執拗に回答を迫り、炎上させることを目的に動員をかけたということだろう。こういうのをマッチポンプという。そして、この記事のように、私を貶めるというのが目的のようだ。

 これに乗せられてコメントを書いた人が大勢いたのだろう。このような行為を集団ストーカーと言わずに何というのだろう。

 承認制にしてからも多くのコメントが入っているが、大半は自分の主義主張を明確な根拠を示さず語ったり感情で意見を述べているだけだ。また、マナー違反にならないよう気を付けた上でわざわざ私に回答させようとしたり、疲弊させることを目的にしていると疑わざるをえないものもある。ブログ主は、どこの誰なのかも分からない人にいちいち回答をする義務も責任もない。

 このような人たちのコメントに対応するのは、私のブログを炎上させようと目論んだり、貶めようとする人たちの思う壺ということだ。

 ご自身の主張をしたい、あるいは私の批判をしたいのであれば各自のブログで書いていただきたい。ブログのコメント欄を閉じている方も多いが、だからといって言論封殺をしていることにはならない。承認制も然り。コメントに書き込まなくても言論の自由は十分保証されている。ただし、私は自分の名前や所属を明らかにして個人を特定できるようにした上でブログを書いている。私の批判をするのであれば、ご自分の名前や立場を明らかにし、根拠や証拠を示して論理的な反論をしていただきたい。それがフェアーで責任のある言論である。匿名で言いたい放題悪態をつくのは、批判にすら値しない。

 おそらくぬまゆさんもヤフーブログを書いていた頃、このような方たちに嫌がらせを受け続けたのだろう。承認制にしても執拗に書き込んでくるのだから、陰湿だ。今までブログを続けてこられたことはとても立派だと思う。

 なお、私のブログ記事およびコメントの著作権は私にあるので、「転載可」と断り書きがない限り、無断転載は堅くお断りする。

【4月1日追記】
1.山下さんが私に「遺族にこの言葉を言えるのか」と迫ったが、これに対する私の回答コメントは以下。埋もれているので、再掲しておく。

私のご遺族に対する発言に対して私の責任が発生するのはご遺族の方です。山下さんではありません。ですから、山下さんの質問に答える義務も責任もありません。

ご遺族の方から直接私にメールがあれば、お話うかがったうえで私の意見を伝えますし、私の発言に不適切なところがあったと判断したなら、発言の訂正や撤回をしたいと思います。

2.著作権法違反について
 ブログ記事の無断転載と引用の違いについてコメント欄でかいつまんで説明したが、理解していない人がいるようなので再度ここに書いておきたい。

 著作物には著作権があり、他人が勝手にそれを転載することは著作権法違反となる。ブログ記事も著作物であり、無断転載は違法行為だ。しかし「引用」や「要約」の場合は、著作権者の了解を得なくても利用できる。ただし引用の場合、引用する必然性があること、引用部分が本文と明確に区分されていること、文章の内容と量において、自分の文が主で、引用部分が従であること、出典を明記すること、などの条件がある。詳しくは以下を参照いただきたい。

ネット上の著作権侵害、「引用」と「要約」 (BP net)

 著作権侵害は差止請求や民事訴訟の対象となる。また、故意による著作権侵害は刑事罰の対象となる。ただし、親告罪なので、著作権者からの告訴が必要だ。

 ぬまゆさんを批判するブログを書かれている方で、彼女のブログを無断転載している方がいるが、著作権法違反であることを指摘しておく。また、このような行為はブログの利用規約やガイドライン違反にも該当するだろう。ぬまゆさんほか無断転載された方は申告する権利がある。

利用規約やガイドライン違反、著作権侵害をしているページを発見したら

【関連記事】
「ぬまゆのブログ」の不可解な終止符 
「ぬまゆ」さんに問題があったのか?(追記あり)

2013年3月30日 (土)

環境省の甲状腺検査での地域別の違いは無視できるのか

 昨日、環境省の福島県外3県における甲状腺有所見率調査結果が公表された。

福島県外3件における甲状腺有所見率調査結果について(お知らせ) 

 これを受け、年齢別の分析結果から福島県の検査結果とほぼ同じという報道が一斉になされた。原発事故の影響はないと言いたいのだろう。思ったとおりの報道だ。

 今回の環境省の調査に関しては「環境省による福島県外の甲状腺検査を考察する(追記あり)」でも触れたが、まず福島県の精度がかなりいい加減なので、福島県と他県の調査を比較するのは意味がない。福島県の場合は検査時間を短くして、意図的にのう胞やしこりの発見率を低くしている可能性があるからだ。

 私は年齢別の結果以上に、地域別の違いに注目する必要があると思う。地域別では以下のような違いがある。

A1 弘前市41.1% 甲府市29.5% 長崎市56.9%
A2 弘前市57.6% 甲府市69.4% 長崎市42.5%
B  弘前市1.3% 甲府市1.1% 長崎市0.3%

 福一から最も遠い長崎市はのう胞も結節も見られなかったA1判定が最も多く、5.1ミリ以上の結節や20.1ミリ以上ののう胞を認めたB判定は最も少ない。B判定は弘前や甲府の約半分だ。B判定では福島に近い弘前・甲府と比べると長崎は半分なのだから、福一から遠いところの方が影響は少なかったという可能性は否定できない。地域別の差を「誤差の範疇」として原発事故の影響がなかったと決めつけるのは早計だろう。

 もちろん、各地域での精度がまったく同じであるかどうか分からないし、年齢構成も異なるのでそのまま比較することは不適切だが、弘前、甲府、長崎でのう胞やしこりの保有率がこれほど高いというのは、やはり非常に懸念される状況と言うべきではないか。

 福島の甲状腺がんの発症について、山下俊一氏は米国での講演ですでに10人と言っている。

山下俊一 米国での講演で二枚舌発覚!! (とある原発の溶融貫通)

 これが被ばくの影響ではないとするなら、なぜこれほどまで発症率が高いのか説明が必要だ。残念ながら、日本では今後かなりの甲状腺がんが発症する可能性があると考えるのが妥当ではなかろうか。  ちなみに、以下のような記事もある。

640キロ離れたポーランド甲状腺障害、消えない初期被曝! (原発はいますぐ廃止せよ)

2013年3月29日 (金)

「ぬまゆのブログ」の不可解な終止符

 昨日、南相馬にお住まいの「ぬまゆ」さんのブログを見たら、「『ぬまゆのブログ』は、これで終わります。」という記事がアップされていた。

 嫌がらせにあって、何度もブログを休止したり引っ越ししてきた彼女も、とうとうブログでの発信を止めることにしたという。しかし、不可解なのがその理由。ぬまゆさんは、昨日(3月28日)の記事で以下のように書いていた。私は昨日の記事を保存しておいたので、間違いない。

わたくしは、
ある新聞記事を載せたことで、
そのご遺族を深く傷つけてしまいました。
ご遺族の要求は、ブログをやめることでした。

 ところが今日、彼女のブログを見ると、一部が書き換えられていた。

わたくしは、 ある新聞記事を載せたことで、
そのご遺族を深く傷つけてしまいました。
ご遺族への謝罪には、
ブログをやめることしかありませんでした。

 ご遺族の方から修正を要求されたのではなかろうか。

 ご遺族を傷つけることになった記事はすでに削除されているようだ。しかし、3月21日に以下の記事を書き、「わたくしが、福島の惨状を、世界や全国に発信するために、誰かを傷つけてしまったら、本当に申し訳なく思います。」と謝罪しながらも、発信は続けると書いている。

わたくしは・・・。 

 これらの記事から推測するなら、彼女はあるご遺族の方から新聞記事を掲載されたことで傷ついたと抗議を受け、さらにブログを止めるように言われたのだろう。

 彼女の判断は尊重したい。しかし、もしご遺族の方が「ブログを止めてほしい」と要求したのであれば、それは言論の自由の侵害としか思えない。ぬまゆさんは当該記事を削除して謝罪もしている。なぜブログの停止まで求めなければならないのだろう。彼女が福島の惨状をブログで発信するという自由は誰も侵害してはならないし、発信を止めろという権利はない。

 ブログで事実を発信したり自分の意見を書くという行為は、「表現の自由」として憲法で保証されている。もちろん名誉毀損とかプライバシーの侵害などの不法行為には気をつけなければならない。しかし、そもそもご遺族の方を傷つけたという記事自体にご遺族に対する不法行為があったとは思えない。おそらく感情的な問題だろう。そして当事者からの抗議を受け、心情を察して削除したのだろう。

 当たり前のことだが、世の中には千差万別の意見がある。自分と考えの近い人から正反対の意見の人までいる。ある人には共感を呼ぶ記事が、別の人にとっては不快であったり強い怒りを感じることも当たり前のようにある。とりわけ原発問題、被ばく問題のようなことでは時として不快感やストレスを与えることもあるだろう。しかし、それを避けていたら真実は伝えられない。また、どんなに不快、あるいは怒りを感じる意見であっても、意見を言うこと自体を封じ込めてはならない。不快だから、ストレスになるから意見を言うななどというのは、「表現の自由」を無視した傲慢な態度だ。

 私もときどきブログのコメント欄で批判されたり言いがかりをつけられることがあるが、その場合は「自分でブログを開設して正々堂々と批判するように」と言っている。自分と違う意見だからといって、あるいは批判意見だからといって、決して言論そのものを封じ込めるようなことをしてはいけない。

 しかし、今回のぬまゆさんの記事を見て感じたのは、異なる意見の者による言論の封じ込めであり、「傷つけられた」ことを理由にした圧力だ。こんな風にして原発に関する言論が封じ込まれていくのかと思うと、とても虚しい気持ちになる。

【関連記事】
コメントされた「放射能安全派」の皆さんへ(追記あり) 
「ぬまゆ」さんに問題があったのか?(追記あり)

2013年3月28日 (木)

これからの自然エネルギーについて考える

 原子力は何が何でも止めなければならないし、有限で地球温暖化の一因とされている化石燃料の消費も減らしていかなければならない。いまだに原子力が必要だという人は、以下をお読みいただきたい。

原子力に反対する100個の十分な理由(nanohana)

 とすれば、人類は自然(再生可能)エネルギーを利用していくしかない。しかし、「日本には向かない大型風力発電」にも書いたように自然エネルギーにもさまざまなデメリットやリスクはあり、何でもいいということにはならない。では、どうしたらいいのだろう。前回の記事では、無駄な消費を抑えて省エネ生活に切り替えるべきだと書いた。しかし、省エネだけではむろん対応できない。

 自然エネルギーの普及を考える上で重要なのは、デメリットとリスク、そして資源量を考えた組み合わせではなかろうか。自然エネルギーとして頭に浮かぶのはバイオマス、バイオガス、水力、風力、太陽光、地熱などだ。ただし、太陽光は夜間は発電できないし、天気が悪いと効率が悪くなる。風力も風まかせで不安定というデメリットがある。

 これらの中でもっともデメリットやリスクが小さいのはやはりバイオマスだろう。人間は長い間、木や炭を燃やすことで暖をとり炊事をしてきた。薪ストーブなどは料理にも利用できる優れ物だ。しかし、これだけ人口が増えた現在、とてもバイオマスだけではエネルギーを賄えない。リスクは小さくても資源量に限界がある。

 家畜の糞尿を利用するバイオガスによる発電も大いに利用したい。ガスはある程度溜められるので、蓄電池の役割を果たすことが可能であり、太陽光発電などと組み合わせるといいだろう。もっとも、これは酪農や畜産の盛んなところが中心になる。北海道ではかなり期待されるのだが、先の北海道新聞の記事によると、変電所の容量が限られているため、同じ地域にメガソーラーが先に建設されるとバイオガスを利用できない事態になっているそうだ。まったく馬鹿げた話だ。

 私が期待したいのは小水力だ。小水力とはダムなどの大規模な施設を造らず、水の流れを利用した発電だ。北欧旅行でスウェーデンを列車で横断して驚いたのは川がないことだった。緩やかな起伏と点在する湖という光景が延々と続いている。きっと雨は地面に浸透して湖に溜まるのだろう。しかし山国で降水量の多い日本はどこにでも川がある。その流れを利用する小水力発電は日本に向いている発電だ。問題は水利権なのだが、これは国の政策の中で柔軟に対応していくしかない。日本が本気で再生可能エネルギーに取り組む気があるのなら、早急に水利権の問題をクリアし小水力発電に取り組むべきだ。

「小水力発電」なんてショボいんでしょ? (月刊チャージャー)

 太陽光による発電も必要だと思うが、まずは熱エネルギーそのものを直接利用する方が効率がいいに違いない。「無駄をなくすことがエネルギー問題の第一歩」にも書いたように、冬は太陽光を十分に取り入れられる高断熱・高気密住宅を普及することで暖房はかなり節約できる。温水器などももっと普及してもいいのではなかろうか。またメガソーラーより、公共施設の屋上や住宅へのソーラーパネルの取り付けによって、電気の自給自足体制をつくるほうが効率的ではなかろうか。

 日本は火山大国だから地熱発電を有望視する声もある。ただし、地熱にもさまざまな問題があり、大型風力発電同様、利用には慎重を期さなければならない。

地熱発電の環境への影響(小波盛佳)

 こうやって見ていくと、無駄をなくした省エネ社会の構築を進めるとともに、小水力、バイオマス、バイオガス、太陽光などをうまく組み合わせていくのがベストではなかろうか。

 自然エネルギー資源がたくさんあるのは地方だ。ところが前述したメガソーラーとバイオガスの競合のような事態も生じている。地方で大量に発電して大都市に送ることばかり考えているからだ。資源を効率的に利用するためには地産地消がいちばんなのに、人口は大都市ばかりに集中して地方は過疎化が進んでいる。ここから変えていかなければならないだろう。

欧州ドイツ語圏で盛り上げる、地域のエネルギー自立運動(WEBRONZA)

 イギリスのC.A.T.などの取り組みも環境問題やエネルギーの自給自足を考える上で参考になる。

環境再生と環境教育の場-C.A.T. 

 いずれにしても環境への負荷が小さいエネルギーは限られている。地球が養える人口も限られているのだ。そうしたことを見据えながらエネルギー問題を考えていかなければ、やがて破綻に至るだろう。

 利権に支配され経済成長ばかりを目指す政治を転換しない限り、残念ながら、私たちは破滅の道に向かうとしか思えない。

2013年3月26日 (火)

無駄をなくすことがエネルギー問題の第一歩

 前回の記事「日本には向かない大型風力発電」で、大型風力発電のリスクについて書いた。だからといって、自然エネルギーを否定するつもりは毛頭ない。しかし、原発に代わるエネルギーの導入を考えると同時に私たちがやっていかなければならないのは、資源やエネルギーの節約ではなかろうか。

 ときどき耳にするのが1970年代の生活水準にすれば、原発なしでもやっていける、という意見。1970年代とする根拠はよく分からないが、たしかにこの頃は原発の依存度は低かったはずだ。では、1970年代の生活水準というのは今とくらべてどのくらいだったのだろうか。

 1970年代のはじめといえば、私は高校生から大学に入ったころになる。この時代にはなかったが今の時代に日常的に利用している電化製品といえば、電子(オーブン)レンジ、携帯電話、パソコンくらいだろうか。私は北海道在住だからエアコンは不要だが、本州の人はこれにエアコンがプラスされるだろう。

 電子レンジはそれほど頻繁には使わないし、なくてもすごく不便だとは思わない。パンは自分で焼いているからオーブンは数日に1回は使う。携帯電話はそれほど頻繁には使わないがパソコンは原稿書きには必須になっている。こうやって比べてみると、1970年代はじめと比べたらたしかに電力消費量は増えてはいるが、ものすごく増えたとは思えない。それに1970年代はじめの生活が不幸だったとも思わない。

 とすると、現代の生活で電力消費量増加のネックになっているのはエアコンかもしれない。何しろピーク電力は真夏の暑いときだ。しかし、これも高断熱・高気密住宅を普及させることでかなり減らすことができる。北海道から本州に行くたびに思うのは、本州の住宅は断熱性がほとんどないということだ。家の中の温度と外気温があまり変わらない。これなら冷房費も暖房費もかさむのは当たり前だ。

 私は北海道でも寒冷な地域に住んでおり、冬の寒い日にはマイナス25度くらいになる。以前住んでいた借家は断熱性・気密性がほとんどなく、9月初旬からストーブが必要だった。真冬にストーブを切って寝ると、夜中に寝室がマイナス8度くらいまで下がることもあった。しかし、高断熱・高気密住宅を建ててからは、10月中はほとんど暖房が不要になった。本州でも同じくらいの高断熱・高気密住宅にすれば、冷房費も暖房費もずっと抑えられるはずだ。たぶん、日当たりさえよければ暖房はほとんどなくても済むだろう。

 たしかに電化製品が増えて生活水準は向上したが、工夫次第でまだまだ節約は可能ではなかろうか。マスコミなどほとんど政府の御用放送局になっているから、テレビなどは見ないほうがましだ。掃除だって、ほうきをメインにして掃除機は週1回でもいい。

 もうひとつの節約は、無駄なものを買わないということだ。私の子どもの頃は今よりはるかに物が少なく、鉛筆一本でも大切に使った。もちろんペットボトルなどなく、飲み物は水筒に入れて持っていった。私の小さい頃は、母は穴のあいた靴下につぎを当てていたし、セーターなどもほどいて編み直したりしていた。

 しかし、今はどうだろう。物があり余って、子どもは文房具なども大切にしない。ろくに袖を通していないのに「気に入らない」「流行遅れ」といった理由で衣類を捨てる人は多い。物が満ち溢れていても、不平不満を言うひとは絶えない。物さえあれば幸せだということではない。

 サハリンに行ってみるといい。どこを見ても日本の中古車だらけだ。みんな古い車を修理して使い続けている。車をすぐに買い替える日本人は何と贅沢なのかと思う。北欧は自動販売機などほとんどないし、自販機などなくてもなにも問題はない。店やレストランもなぜ夜中までやっていなければならないのだろう。夜は早く寝るという自然に合わせた生活を送れば、24時間営業の店もいらない。

 私たちはほんの5、60年の間に無駄だらけの生活に慣れてしまったのだ。しかし、生きていくのに必要なものはそれほど多くはない。

 さらに無駄だらけの大型公共事業。ろくに人が住んでいない山の中に舗装道路を造り、治水や利水という名目でダムを造り続けてきた。山の中に無理矢理つくった道路は大雨で崩れて災害復旧が必要になる。ダムで土砂の流下をせき止めれば河床低下が生じ、河川改修工事が必要になるし、海岸が浸食されて護岸工事も必要になる。日本のコンクリートの使用量は世界でもけた外れに多い。無駄の悪循環のために私たちの税金がつぎこまれている。

 高度経済成長とはまさに資源を浪費して無駄を生みだしつづけてきたのだ。原発問題、エネルギー問題を考えるには、まず私たちの生活からさまざまな無駄をなくしていく必要があるのではないか。

 もちろん、節約して消費が減ったり、公共土木事業を減らしたなら倒産する企業が相次いで失業者が出るだろう。米軍への思いやり予算をやめ、土木事業予算を福祉や社会保障、教育に回して仕事をつくり、一次産業を大事にして食料自給率を上げる。また大企業や金持ちの税金を増やし、ワーキングシェアの工夫をするなどといった転換が必要だ。一気にはできないだろうが、資源、物を大切にする省エネ社会の構築を目指しながら、自然エネルギーへの転換を考えていく必要があると思う。経済成長一辺倒の思考に明るい未来は見いだせない。

2013年3月24日 (日)

日本には向かない大型風力発電

 風力発電の問題点については、これまでもカテゴリー「環境問題」の「銭函海岸の風力発電計画を考える」という連載記事で取り上げてきたが、福島の原発事故を契機にさらに風車の建設計画が進んでいるようだ。私は当然のことながら原発を止めて自然エネルギー(再生可能エネルギー)へ転換していくしかないという立場だが、だからといって自然エネルギーならなんでもいいしリスクは目をつむるべきとは思っていない。

 とりわけ大型の風車を利用する風力発電はデメリットも多く、安易に賛成できない。これまでも書いてきたが、その一つは低周波音による健康被害だ。風力発電の低周波音による健康被害は世界中で確認されている。武田恵世さんの「風力発電と健康被害の実態」(北海道の自然51号、北海道自然保護協会)によると、日本はもちろんのこと、風力発電を行っている国ほぼ全てで健康被害が確認されているという。

 共通した症状は、睡眠障害、睡眠遮断、頭痛、耳鳴り、耳閉感、動揺性めまい、回転性めまい、吐き気、かすみ目、頻拍、イライラ、集中力・記憶力の異常、覚醒時もしくは睡眠時に生じる身体内部の振動感覚に伴うパニック発作などだという。これらの症状は風力発電機が止まったり、風力発電機から十分離れるとなくなることから、風力発電との因果関係は明らかだ。ただし、症状が出る人と出ない人があり個人差が大きい。

 それでは人の居住地を避けて発電機を設置すればいいという人もいるだろう。しかし、低周波音はかなり遠くまで届き、発電機が大型になるほど長い安全距離が必要になる。平地では少なくとも2.4km、山間部では3.2km以上民家から離す必要があるというアメリカの研究報告もある。狭い土地に住宅がひしめきあっている日本の場合、人家との距離を十分とることは難しい。北海道では風車は多くが風の強い海岸近くに建設されているが、民家が近くにない場所はほとんどないのではなかろうか。たとえ影響を受ける人の数が少ないといっても、健康被害を無視することはできない。

 環境省は洋上風力発電の普及を目指しているという。ただし、日本の場合は海底に固定する着床式に適した場所が少ないため、海上に浮かせる浮体式に力を入れたいようだ。

日本の風力、洋上に活路 環境相、「7年で発電40倍以上」新目標言及(産経新聞)

 しかし、日本は毎年台風に襲われるし、大津波に襲われる危険性もある。台風や大津波に洋上風車が耐えられるとは思えない。陸地にある風車も故障などで止まっているのをよく目にするが、洋上ではメンテナンスも大変。漁業との関わりもある。海鳥への影響も懸念される。そう考えると、日本では大型の風力発電はとても向いているとは思えない。

 それだけではない。鶴田由紀さんの「風力発電による大気汚染物質の増加について-アメリカ・コロラド州の事例-」(北海道の自然51号、北海道自然保護協会)によると、アメリカでの調査で、風力発電は建設すればするほど火力発電所の運転を非効率にし、二酸化硫黄、窒素酸化物、二酸化炭素の排出量を増大させたことが明らかになったという。

 また永尾俊彦さんの「風力発電 エコか公害か?」(週刊金曜日2013年3月22日号)によると、風力発電で二酸化炭素の排出量が増えるということに関しては、フランスの持続可能な環境連盟(FED)による調査結果でも確認されているとのこと。また、この記事では元北海道電力室蘭支店長の以下の発言を紹介している。

「風力は風まかせなので出力変動が大きく、そのままでは新聞社の輪転機や工場のモーターを回せない。『屑電気』なんです。良質で安価な電気の安定供給を義務づけられている電力会社が、風力の比率をある程度以上増やせないのは当然です」

 しかし、北海道の石狩湾では洋上風力発電40基、エコパワー(コスモ石油系15基)、市民風力発電(グリーンファンド 生協系)10基、銭函風力発電(日本風力開発系)15基という驚くべき数の風車建設が計画されている。健康被害はもとより、石狩砂丘に残されている希少な自然(すでにかなり破壊されてしまった)のさらなる破壊も懸念される。以下参照。

石狩市での風力発電学習会 報告(ぬかみそ)

 電力会社は風力発電をやりたがらないのに、風車建設だけが目白押しというのは、その陰に風力発電利権が絡んでいるのではなかろうか。

石狩湾の風量発電計画を考える 学習会(ぬかみそ)

 週刊金曜日3月22日号には飯田哲也さんへの風力発電に関するインタビューが掲載されていたが、飯田さんの意見にはかなり愕然とした。健康被害を過小評価しているし、説得力のある主張にはなっていない。重要な発言をいくつか以下に引用したい。

(低周波音の被害について)低周波音が大きい場合には不愉快など人体に何らかの影響があることは否定しないが、風力発電からの低周波音はほかの音源に比べてはるかに小さく、学問的に影響が確認された例は見当たらない。

(二酸化炭素が減らないという意見について)経団連や御用学者がそういうことを言っているが、明らかな詭弁だ。風力発電所一つにバックアップ用の火力発電所が一つ対応しているという素朴なイメージから捏造したデマゴギーだ。

(フランスの持続可能な環境連盟による二酸化炭素増加の主張について)そのレポートはにわかに信じられない。ドイツ政府の公式統計を見れば、この20年間明らかに二酸化炭素を減らしている。

 原発は断固として反対だし即時にやめるべきという立場だが、だからといってデメリット、リスクを無視して闇雲に自然エネルギーを普及させることがいいとは思わない。原発事故によるリスクより自然エネルギーのリスクは小さいからといって、リスクを軽視して邁進したなら、きっとあとになって誤算や無駄が生じるだろう。健康被害への補償、台風や津波による破損、メンテナンスの困難さ、効率の悪さによる損失、大気汚染物質の増大・・・。「急いては事をし損じる」のである。そうした無駄こそ省エネに反するではないか。

 自然エネルギーへの転換は必要だが、それぞれのデメリットやリスクをしっかりと検討し、将来を見通したエネルギー計画を考えていくことこそ大事ではないかと思う。少なくとも大型風力発電が日本に向いているとは思えない。

2013年3月21日 (木)

疑問が残る福一の停電原因

 20日、福一の停電について、仮設配電盤の端子と壁面に焦げ跡があり、ネズミの死骸があったことから、ネズミが侵入してショートした可能性があるというニュースが流れた。

 停電が発生したのは18日の19時ころとされている。東電は原因が不明だと言っていたのだが、系統の異なる配電盤のブレーカーが少なくとも2つ落ちていたのだ。東京新聞の19日(13時55分)の記事にブレーカーのことが書かれている。

福島第一停電 冷却停止半日超す 配電盤不具合 異常連鎖か 

 東京電力福島第一原発の使用済み核燃料プールなどで同時多発した停電事故は十九日、3、4号機に設置された仮設の配電盤で不具合が起き、そこから各所に連鎖的に異常が広がった可能性が高まった。ただ、発生から半日以上たった現在も詳しい原因は不明のままで、冷却装置が復旧するめども立っていない。
 プールの水温は最も高い4号機でも約三〇・五度で、水温が上がり危険な状態になるまでには四~二十六日の時間的な余裕があるとされている。
 東電によると、十九日午前の段階で止まっているのは、1、3、4号機の使用済み核燃料プールの冷却装置のほか、共用プールの冷却装置や高濃度汚染水からセシウムを除去する装置の一部、3号機の格納容器内の気体を調べる装置と広範囲に影響が出ている。
 各装置がどこから電源を取っているのかを調べたところ、3、4号機と共用プールの装置のほか、除染装置も同じ配電盤につながっていることが判明。この配電盤のブレーカーが落ち、1号機の装置がつながっている別系統の配電盤のブレーカーも落ちていることも確認された。
 こうした状況から、東電は3、4号機がつながる配電盤で異常が起き、それが1号機がつながる配電盤にも波及。各装置が異常を検知し、一斉に停止したとみている。
 東電は、3、4号機の配電盤が復旧できれば、すべてのプールの冷却を再開できるとみている。ただ、うまくいかない場合も想定し、電源を付け替えることも検討している。
 東電が今回の停電を公表したのは発生から約三時間後。東電の担当者は「停止した機器の確認を優先した」と釈明した。

 19日の午前の時点ですでに3号機と4号機の燃料プールと共用プールの冷却装置が繋がっている配電盤のブレーカーが落ち、また1号機の装置が繋がっている別系統の配電盤のブレーカーも落ちていることが確認されていた。ブレーカーが落ちたのだから、許容量以上の電流が流れたか、あるいは何らかの原因でショートしたということだろう。しかし、別系統の1号機のブレーカーまで落ちたというのはやや不可解だ。

 以下の河北新報の記事によると、18日の停電時には免震重要棟も一時的に停電したようだ。こちらの電気系統はどうなっているのだろう? また、東電は仮設配電盤を今月中に本格的な設備に切り替える予定だったとのことだが、電源多重化工事に係ってミスがあり過電流が生じたということはないのだろうか?

福島第1停電 ネズミ、配電盤接触か 29時間ぶり全面復旧 

 もう一つ不可解なのは、2号機のプールや原子炉への注水に関しては停電になっていないということだ。1、3、4号機のプールと共用プールの冷却に係る電源が落ち、免震重要棟まで一時停電したのに、2号機のプールや原子炉への注水は問題ないというのも腑に落ちない。

 ところで、20日午後の東電の記者会見の一部を「きーこ」さんが文字起こししている。

犯人はでっかいネズミ!?東京電力記者会見3/20午後(主にネズミの部分文字起こし) (みんな楽しくHappyがいい)

 東電の記者会見では、配電盤の端子とその横の壁面がすすけており、その下にネズミの死骸があったと言っている。まだ確認調査中であり、ネズミが原因だと断定しているわけではない。会見に参加した記者はネズミ原因説に疑問を持って突っ込んでいるようだが、東電は記者からの質問にまともに回答できずにしどろもどろだ。

 しかも東電は今回の停電を「事故でなく事象」と説明している。

<禁句ポロリ>「電気事故」って言っちゃった3/20東電尾野(東電会見文字起こし)&東京新聞記事(みんな楽しくHappyがいい)

 何らかの原因でショートしたならどう考えても「事故」だろう。ただし、許容量以上の電気が流れてブレーカーが落ちたのなら「事故でなく事象」と言うのもわからなくはない。家庭で一度に電化製品を使いすぎてブレーカーが落ちたなら、それを事故とは言わない。ネズミによるショートがひとつの原因である可能性はあるが、果たしてそれだけでこれほどまで広範囲に停電が起きるものなのだろうか?

 今回の停電についての公表が遅れたことなども考えると、東電は何か隠しているのではないかと思えてならない。

 それにしても驚くのは、事故から2年も経っていながらトラックの荷台に仮設電源盤を載せたままで事故処理をしていたということだ。それに電気系統はかなり複雑になっていたようだ。事故から数カ月の頃ならそれも仕方ないかもしれないが、2年経ってもこんな状態だったとは。しかもブレーカーが落ちて丸一日以上も電源の回復ができないとは、なんとお粗末なことだろう。

 福一は廃炉にするまで何十年もかかると言われている。いつ廃炉にできるかも分からないし、これから何十年も作業を続けなければならない。それなのに、配電盤すら仮のものを使い続けていて、バックアップも備えていなかったというのだから、東電の危機管理のなさには言葉をなくす。

 マスコミはほとんど報道しないが、2号機などは温度の上昇が止まらないようだし、4号機の燃料プールは地震による倒壊が懸念されている。こんな会社に事故処理を任せているのは、恐ろしいというほかない。

2013年3月19日 (火)

堀潤氏の辞職に見るマスメディアの体質

 NHKのアナウンサー堀潤氏の辞職がネットで話題になっている。ジャーナリストの津田大介氏がツイッターで報じたのだ。詳しくは以下を。

堀潤アナ NHKに辞表提出情報(ざまあみやがれい!)

堀潤NHK辞表提出 退職確定 津田大介は本人からの依頼でツイート(ざまあみやがれい!)

 堀潤さんはNHKのニュース番組「Bizスポ」を担当していたアナウンサーだが、昨年の3月末に番組を離れることを機にNHK公式のツイッターアカウントを閉鎖したことが話題になっていた。

NHK、堀潤アナのTwitterアカウントを閉鎖へ メディア関係者から失望の声(ITmedeiaニュース)

 堀さんは2012年3月末でNHKとしてのツイッターを閉鎖し、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校に客員研究員として留学した。その後、個人のアカウントhttps://twitter.com/8bit_HORIJUNでツイッターを再開した。今年の4月からはNHKに復職し、「きょうの料理」を担当することになっていたとのこと。

 しかし先日、原発事故の事実をきちんと伝えなかったことをツイッターで謝罪し、3月11日に「僕らアナウンサーに『個人では色々思いはあるだろうけど、公の場では意見を言わないように』と局は求めます」と明かした。

NHK堀潤アナ「原発事故の事実をきちんと伝えられず、心から謝罪します」 (J castテレビウオッチ)

堀さんの2013年3月10日および11日のツイートは以下。

https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/310985898982510592
震災から2年。原発事故発生のあの日私たちNHKはSPEEDIの存在を知りながら「精度の信頼性に欠ける」とした文部科学省の方針に沿って、自らデータを報道することを取りやめた。国民の生命、財産を守る公共放送の役割を果たさなかった。私たちの不作為を徹底的に反省し謝罪しなければならない。

https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/310987566151262208
パニックを抑え社会の均衡を保つための判断であったとしても、統制された情報によって福島県をはじめとした近隣住民の皆さんへ長年に渡る不安を与えた事実を正面から受け止め、償いを続けそれだけに市民に寄り添った報道を徹底しなければいけない。僕は頭を下げながら一生この原発事故の取材を続ける。

https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/310990899876360193
自らあの日ニューススタジオにいながらそうした事実をきちんと伝えられなかったことに対し、心から謝罪します。福島の皆さん。取材でそれまで沢山お世話になっていたにも関わらず、役にたてなくて本当に申し訳ありませんでした。

https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/310992303072366592
反原発だと思想的にレッテルを貼る人がいますが僕はそうは思いません。取材をすればするほど原発の安全対策が不十分であることがわかります。事故が起きた時の交通インフラや避難誘導の仕組みも今は不十分です。徹底的にこの問題と向き合い課題解決に知恵を絞らなければ世界の何処かでまた犠牲出ます。

https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/310994573713358848
僕がUCLAで作った映画が局内で大問題になり、ロスで米国市民の皆さんが企画した上映会も中止に追い込まれました。「反原発と言われるものは困る」と指摘を受けましたが、事故が起きたことによる不条理な現状を描いているに過ぎません。市民が共有し未来に活かさなくてはならないものです。

https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/310995627226058752
米国市民からは突然の上映中止の通達に「日本ではこれが日常なのか?」と怒りを通り越して驚き理解ができないという声が上がっています。僕が学生の時に研究し太平洋戦争下の状況と本質は変わりません。公共メディアは誰のものか?知る権利を有する市民のものです。表現の自由を有する市民のものです。

https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/310996948557643776
メディアに関わる一人一人がそれらの権利を常に最優先に掲げ、発信に努めなければなりません。あの日犠牲になり、そして今も情報が届かなかったことで不安と向き合う日々を過ごしている皆さんのことを想い。亡くなった方々への哀悼の意を示し、黙祷を捧げます。

https://twitter.com/8bit_HORIJUN/status/311043281607876608
僕らアナウンサーに「個人では色々思いはあるだろうけど、公の場では意見を言わないように」と局は求めます。

 一連のツイートから、彼の葛藤が伝わってくる。アメリカでつくった映画がNHK局内で大問題になり、ロスで米国市民の皆さんが企画した上映会も中止に追い込まれたという。そして復職してからの担当が「きょうの料理」だというのだから、どう考えても左遷人事だ。

 原発問題について本当のことを発信したいと思っている職員に対するNHKの姿勢がよく分かる事例だ。もっともこれはNHKに限らない。つまり、どこのマスコミであっても、職員は知り得ている情報を公にしないように指示されているということだ。そのようなお達しを破ったなら、左遷その他の懲罰が待ち受けている。だから、職を失いたくない人は黙らざるを得ない。以下の地方紙の記者の事例も、NHKと何ら変わらない。

http://alisonn003.blog56.fc2.com/blog-entry-360.html (独りファシズムVer.0.1)

 メディアは、福島の除染など無意味なことがよく分かっているし、東北の子どもたちの被ばくが累積していることも百も承知なのだ。しかし、そんなことは情報を統合すれば誰だって理解できるのだから、わざわざ記事にするまでもない、というスタンスらしい。報道しないことに対する開き直りだろう。

 新聞記者は本当のことを知っていても書かないし書けないのだ。お上の顔色を伺わなければならない日本のマスコミは、決して国民の方を向いていない。記者は自分の生活を守るために本当のことに口をつぐむ。本当のことを言いたいなら辞職するしかないというのが現実なのだろう。もちろん、これはマスコミだけの話しではない。私たちすべてが問われている問題でもある。

 いずれにしても、マスコミ報道を鵜呑みにしてはいけない。今までマスコミ報道にどれだけ騙されてきたか、私たちは嫌と言うほど経験してきたではないか。原発問題だって、東電や政府の嘘や隠蔽が後になってからどんどん出てきた。活断層の上に原発を建てていたという驚愕の事実も、大事故を起こしてようやく国民の知るところとなった。

 安倍首相がTPP交渉への参加を表明した以上、「日本の農業を守る」とか「国民皆保険を守る」などいう言葉を真に受けるほうが間違いだ。先のオバマ大統領との会談も、茶番劇だったのだから。でも、こういうことをマスコミは伝えない。

【拡散希望】オバマ大統領には何の交渉権限もない 日米首脳会談の想像を絶する茶番劇(街の弁護士日記)

 マスコミの報道を信じていたら、殺されかねない。この国を牛耳っている人たちやマスコミ人の大半は、国民の命より自分の利益の方がはるかに大事なのだから。

2013年3月17日 (日)

環境が鍵を握るエピジェネティクス

 「遺伝子決定論を論破する本『天才を考察する』」という記事で、エピジェネティクスについて「今までの生物学では遺伝をつかさどるのはDNAだとされていたが、遺伝子の働きを活性化させる仕組みがあることが分かってきた。つまり遺伝子にスイッチがあるというのだ。こういったメカニズムを解く遺伝学がエピジェネティクスである」と書いた。これは、ごくかいつまんだ説明だ。

 福岡伸一氏の説明が分かりやすいかもしれない。

エピジェネティクスとは何か?多額の研究費をかけた実験の失敗が教えてくれた生命の謎(ダイアモンドオンライン)

 もう少し具体的に説明しているのが以下。

エピジェネティック変異の遺伝メカニズムがちょっとだけ?明らかに(前編) (サイエンスあれこれ)

エピジェネティック変異の遺伝メカニズムがちょっとだけ?明らかに(後編) (サイエンスあれこれ)

 少し前までは、私たちは遺伝子によって形態上の違いが決められていると教わってきた。ところが、近年の研究で遺伝子を発現させるスイッチがあることが分かってきたのだ。DNAは確かに重要なのだが、それを発現させる装置を解き明かさなければ遺伝の本質に迫れない。そして、そのスイッチのオン、オフには環境が関わっているという。

 さらに興味深いのは、後天的なエピジェネティック変異が遺伝することがあるということだ。あれほど馬鹿にされたラマルクの「獲得形質の遺伝」もあながち間違いではなかったことになる。科学の常識はどこでひっくり返るか分からない。

 遺伝というのはかつて私たちが学校で習ったような遺伝子だけで説明できる単純なものではなく、遺伝子をとりまく実に複雑なメカニズムが隠されていたのである。しかし、環境を変えることで遺伝子のスイッチを切り替えることができるというのは実に興味深い。

 もっとも、カブトムシやクワガタを飼育している人にとっては、温度や餌、飼育容器の大きさなど環境を変えることで形態をコントロールできることは経験から分かっていたそうだ。以下のブログのカテゴリー「クワカブ飼育」の記事の数々がそれを物語っている。

クワカブ飼育(ハルのクワカブ飼育日記)

 環境によって形態も変わりうるし、後天的に獲得した形質が遺伝することもある・・・。となると、あの動物の擬態というのもエピジェネティックな変異が関係しているのだろうか、とふと思う。昆虫などの擬態には本当に驚かされるが、私はあの巧妙な擬態を見るにつけ、こんな芸当は突然変異と自然選択の積み重ねだけでは説明できないだろうとずっと思っていた。中でも私が一番驚いた擬態は、「サルオガセギス」という昆虫だ。以下の写真参照。

世界の珍中~サルオガセギス(知識の泉 Haru’s トリビア)

 サルオガセギス(海野和男のデジタル昆虫記)

 このすごい擬態が完成される過程に、エピジェネティクスというメカニズムが関わっているなら納得がいく。今西錦司氏は「進化は変わるべくして変わる」と言ったが、エピジェネティクスはまさにそれを言い当てているのではなかろうか。

 ところで、今やエピジェネティクスは医学にも進出している。

生物学を変えるエピジェネティックス (Newsweek)

 上記の記事に書かれているように、癌の発症に関してもエピジェネティックス的遺伝子変異が関わっているという。もちろんすべての癌というわけではないだろう。

 この記事ではエピジェネティック薬に言及しているが、環境を変えることで腫瘍を発症させる、あるいは腫瘍を抑制する遺伝子のスイッチを切り替えることができるのであれば、薬に頼るより環境要因を解き明かしたほうがよいのではなかろうか。もっとも、それでは医者や製薬会社は儲からないから、そういう研究はあまり進まないかもしれない。いずれにしても、エピジェネティクスの研究によって遺伝子が関わっている病気の治療に道が開ける可能性はある。個人的にはiPS細胞の研究より、こちらの方が自然の摂理にかなっていると思う。

 ごく稀な例であると思うが、進行した癌が消えたという事例をたまに聞くことがある。このような事例の中には、食生活など環境を変えることで癌の発症に関係する遺伝子のスイッチをオフに切り替えることができた例があるのかもしれない。

 現代人の多くは脂肪や糖分たっぷりの高カロリーの食事、不規則な睡眠、さまざまな添加物や農薬などが入った食品の摂取、過度のストレスなど、不健康な生活を送っている。これでは病気の遺伝子にスイッチが入るのも当然なのかもしれない。できるだけ自然の摂理に従った生活こそ免疫力を高め、病気の遺伝子の活性化を抑えるのではなかろうか。つまり、その土地で採れる食物を中心とし添加物などを極力避けた食生活、暴飲暴食を控えた節度ある食事、暗くなったら早めに寝るという生活リズム・・・。長寿遺伝子を活性化させるにはカロリー制限をするのが効果的という話しがあるが、「腹八分目に医者いらず」という格言こそ、昔の人の経験から生まれた言葉なのだろう。

 もっとも昨今のあまりに酷い政治や原発からの放射能の放出など、ストレスや健康被害の種は絶えず、今やよほど能天気な人でなければ健康的な生活は送れないのかもしれない。

2013年3月16日 (土)

広めてほしい大沼安史さんへの電磁波攻撃!(追記あり)

 仙台在住の大沼安史さんは、尋常ならざる鼻血という被ばく症状に悩まされながらも、原発事故に関する情報をブログ「机の上の空」で発信しつづけてきた。彼のブログには海外からの貴重な情報が多く、日本では隠されている真実を暴いている。原子力ムラの人たちにとっては目の上のたんこぶに違いない。

 ところが、昨日大沼さんのブログを見て驚いた。

http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2013/03/post-5260.html

[拡散願い・ 緊急アピール・ ★ すさまじい電磁波攻撃を受けています!] 本ブログを主宰する、わたし(大沼)に対する、電磁波攻撃が激化しています。自宅を放棄し、友人宅に避難しましたが、ストーカー的につきまとわれ、今現在も強烈な照射を浴びています。飼い猫も外へ脱出、戻ってきません! このため本ブログの更新もままならぬ状態です。尾行、居宅へのしのびこみも受けており、警察関係者に相談中です。

 記事には、「組織ストーカー電磁波犯罪被害者の会」のツイッターがリンクされている。

 私は大沼さんのこの記事で、電磁波攻撃の存在をはじめて知った。どうやら電磁波を照射することで疾患を生じさせる犯罪のようだ。

電磁波犯罪、マインド・コントロールの真実 

 これが事実なら、嫌がらせを通り越している。工作員によるインターネットでの情報操作などは甘っちょろい方だということだろう。おそらく原子力ムラの人間が絡んでいるのだと思うが、「彼らは何でもやる」ということを実感するようなできごとだ。バンダジェフスキーの投獄を彷彿とさせる。

 原発問題について果敢に発信している人はこれからさまざまな攻撃を受ける可能性がある。いやはや大変な世の中になったものだ。

 こんなことをさせないためにも、原発に反対している人たちがこうした事実を拡散し、みんなで声をあげていくしかないのではなかろうか。ブログやツイッター、フェイスブックをやっている人は、どうかこの事実を広めてほしい。

 この記事は転載自由としますが、転載の際はこの記事へのリンクをお願いします。

【3月16日夜追記】
 さきほど大沼さんのブログを見たら、上記の記事が削除され、
[お知らせ]ブログをしばらく休載します!との記事が掲載されていた。事情は不明である。

【3月24日追記】
 本日大沼さんのブログを見たところ、相変わらず電磁波攻撃を受けているとの記事がアップされていた。SOSを発信されている。
http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2013/03/post-a88d.html

2013年3月14日 (木)

放射能安全派が潰したいブロガーやツイッター(追記あり)

 私も時々見ていた「チダイズム~毎日セシウムを検査するブログ~」の「ちだい」さんが、ブログ休止宣言をした。どうやら「兄ぃ」と名乗る人物から執拗な嫌がらせを受け続け、togetterでまとめをつくられたことが原因らしい。

まとめを作られましたので、ブログをお休みします。 

 また、「ガイガーヌ柏」さんも同じ人から嫌がらせを受け、体調を崩してブログの休止宣言をされた。

活動休止のお知らせ 

 「兄ぃ」という人物は、放射能の危険性について発信する人たちの揚げ足を取り、追い詰めることを目的に執拗に絡んでいるように思える。単なる見解の違いなら自分でブログを開設して意見を発信すればいいわけだし、誤りを指摘したいのなら根拠を示して説明すればいい。誹謗中傷が書かれたのであれば当事者が修正や削除を依頼すればいいことだ。しかし、そういうことはしない。やっているのはツイッターでの「攻撃」である。

 南相馬で体調不良を訴えている「ぬまゆ」さんも、あるブログで嫌がらせをされ続けている(そのブログはこちら)。はっきり言って、これは批判などではなく悪質な嫌がらせだ。

 ネットを利用したこういう嫌がらせは学校や職場などでのいじめとは質が違う。学校や職場などでのいじめは閉鎖空間で行われるのが常だが、ネット上のいじめは匿名でネガティブキャンペーンをするという手法だ。こういう連中は相手にしないのが一番だし、こういう卑劣なことをやる人ほど信用してはならないと思う。また、このような連中に揚げ足取りをされないためには、ブログやツイッターでは誹謗中傷や罵詈雑言は書かないように気をつけたほうがいいだろう。

 そういえば、東海アマさん木下黄太さん竹野内真理さん小野俊一さんなどもツイッターで工作員がまとわりつくらしい。工作員がまとわりつくということは、ある意味、このような方たちの発信の中に真実があるということではなかろうか。

 結局、放射能の危険性を指摘している人たちを攻撃する人は、自分とは意見の合わない人たちを疲弊させ潰したいということなのだと思う。彼らの主張は、過剰に危険を主張してストレスを与えることは福島の人たちにとって害悪でしかないということのようだ。そうでない人は、お金をもらってやっている工作員だろう。

 確かに、汚染されたところに住む人たちにとって、放射能の危険性を主張されることがストレスになるのは事実だ。しかし、だからといってストレスにならない安心情報が正しいということにはならない。ここを間違ってはいけない。ストレスを避けて安心情報にすがりつくのは真実の探求に目をつむることでしかない。

 福島の事故による健康被害に関しては、ほとんど被害が出ないと主張する人から、チェルノブイリを超える被害が出るだろうと言う人まで様々だ。しかも御用学者に限らず、研究者、医者、ジャーナリストなど、いろいろな人がいろいろな意見を言っている。原発の苛酷事故による被ばく事例は限られており分からないことが多いのだから、いろいろな意見があるのは当たり前だ。しかし事故から日が経つにつれ、健康被害が顕在化してきているとしか思えない。誰の言っていることが正しいのか、今一度冷静に考えてみる必要がある。

 そして、事故の影響を小さく見せることに必死になっている原子力ムラの人たちがいる。だから真実を探ることから目を背けてしまったら簡単に騙される。政府が国民を騙し続ける国では、家族や自分の身は自分で正しい情報を探して守るしかない。

 私は自分の判断で汚染地に住み続ける人たちに「避難しなさい」と指示するつもりはないが、少なくとも何が真実か、どれが信頼できる情報かを自分で探ったうえで判断してほしい。見えない汚染、見えない危険こそ人の感覚を狂わせるし、悲しいかな、人の心は簡単に正常性バイアスに捉われてしまうものだ。あとで後悔しないためにも、予防原則に則って行動してほしいと思わずにいられない。

 そしてもう一つ。被ばくしてしまった事実は消せない。だから、そのことに関してはある程度開き直るしかない。消せないことを悔やんでいてもそれこそストレスになるだけだ。必要なのはこれからどうやってさらなる被ばくを避けるかということ、そして何としても原発をやめさせるという決意ではなかろうか。

【3月15日追記】
 大事なことを書き忘れていた。そもそも大事故を起こして大勢の人たちに健康被害(被ばくによる被害もストレスによる被害も)を生じさせ、避難生活、経済的負担、家族離散、家族不和などを引き起こし、大きな不安に陥れたのは東電や原発を推し進めてきた政府だ。そのことを置き去りにして、放射能の危険を説く人たちを悪人であるかのように攻撃するのは筋違いも甚だしい。

 今日の木下黄太さんのブログに、フランスからの連帯を呼び掛ける手紙が掲載されている。ベラルーシで行われたエートスとCORE計画がどのようなものであったのか、そして今、福島で行われていることがどういうことなのか、私たちは知らなければならない。嘘つき原子力ムラに二度と騙されないためにも、井の中の蛙になっていてはならない。

「汚染された生を拒否する日本の方々への手紙」というフランスからの連帯。貴女は批判をどう考えますか?

2013年3月12日 (火)

十勝川水系河川整備計画に寄せられた不自然な意見書

 昨日、北海道開発局帯広開発建設部のホームページを見たら、「十勝川水系河川整備計画[変更](原案)について寄せられたご意見」が掲載されていた。

関係住民の方々から寄せられたご意見 

 ざっと目を通してみたが「やっぱりね~」という感想をもった。つまり、寄せられた意見の大半は計画案に対する具体的な問題提起ではなく、抽象的な賛成意見ばかりだ。札内川は樹林化が進んで礫川原が減少してしまったから自然再生に賛同するとか、地震・津波対策は重要、といったものばかり。

 意見は24件寄せられているのだが、河川管理者の提案に基本的に賛成するという意見ばかりというのがまず不自然だ。もし私が原案に賛成する立場だったら、わざわざ賛意を示す意見など送らないだろう。原案に納得できない部分や訂正すべきことがあるからこそ意見を述べるというのが普通の人の感覚だと思う。

 もう一つ不可解なのが、今回の意見募集が果たしてどれほど一般住民に知れ渡っていたのかということ。帯広開発建設部のホームページを定期的に見ている一般市民などほとんどいないだろうから、新聞などでお知らせしなければまず知ることができない。今回の意見募集が新聞に掲載されたかどうか知らないが、私は気がつかなかった。掲載されてもこのような記事は地方版にごく小さく載るだけだ。知っていた人がそれほど多いとは思えない。

 ただし業界関係者は別だ。たとえば「NPO法人十勝多自然ネット」。日頃帯広開発建設部の事業を請け負っている土建業者の団体だから、当然このような情報は知っているだろう。帯広開発建設部は「札内川懇談会」という組織を設置しているのだが、「NPO法人十勝多自然ネット」もこの懇談会に参加している。

 つまり、意見を寄せた人の中に業界関係者が多数入っている可能性が高いと思えてならない。公表の際には意見を寄せた人の名前を伏せているのだから、いくらでもそういうことはできるだろう。もしそうであるなら、意見募集など出来レースみたいなものだ。

 ところで「業界関係者も公述した十勝川水系河川整備計画公聴会」に、十勝多自然ネットのT氏が公聴会で「開発行政を天まで持ち上げるかのような発言までし、・・・」と書いたが、意見書のその部分を以下に引用しておこう。

最後になりますが、未開地北海道が僅か60年余りで、私たちが衣食足りてと感じるまでに成った背景には、「北海道開発局」の一元的な組織体制で、総合開発計画の基、弛みない社会基盤整備の成果と理解し、感謝しています。
時代の流れと共に、社会的ニーズも様変わりする昨今ですが、これからも一貫して大切なことは、維持管理を含む基盤整備イコール「国土の強靭化」だと思います。
更なる60年先を見定め、自信と誇りを持って「地域全体の幸福度の向上」に努めていただく事をお願いいたします。

 歯が浮くようなお世辞とはこのことではなかろうか。川のあちこちにダムや堰をつくって河川生態系を大きく破壊し、札内川の砂礫川原を減少させたのは開発局なのである。河川管理者が河川生態系を破壊して、今度は自然再生事業・・・こういうのをマッチポンプという。

 ところで礫川原の再生事業は札内川に限ったことではない。インターネットで検索してみると全国で河川敷の樹林化が進行し、同じような再生事業が始まっている。取手川、多摩川、天竜川、鬼怒川などいろいろ出てくる。ダムで砂礫の流下を止めてしまったのだからこれは当然の結果なのだ。

 天竜川支流の三峰川に関する論文では、樹林化と礫川原減少がダムや砂防事業、砂利採取が原因であるとはっきりと書かれている。

セグメント1河道における礫河原環境再生に向けた三峰河青島地区での実証的研究 

 国土交通省はどうやら、新しい公共事業の創出として礫河原再生を推進しているらしい。こうした事業で一時的には砂礫川原が出現するだろうが、所詮対処療法である。日本も欧米のように老朽化したダムから撤去を考えていくべきではなかろうか。

2013年3月11日 (月)

原発事故から2年、いまだ真相を語らないNHK(追記あり)

 今日で東日本大震災から2年。最愛の家族や友人を震災で亡くし、避難生活を余儀なくされている方たちが未だに何万人もいるのかと思うと、いたたまれない気持ちになる。自然災害とはいえ、防災がしっかりしていれば助かった命も多いのだ。テレビの「復興」「復興」の掛け声もなにか虚しい。地震大国に生きる私たちは、効果的な防災対策に取り組むことこそあの日の教訓だろう。もちろん、それはコンクリートだけに頼ることではない。

 そしてまた、日本全国あるいは世界から寄せられた義援金はどうなったのだろうという疑問が残る。がれきの処理もかなりの税金の無駄づかいをしたとしか思えない。なんだか溜め息が出てくる。

消えた震災がれきの謎(日経ビジネス)

 それにもまして、私たちが学び、反省せねばならないのは世界中を放射能で汚染し、今も放射能を放出しつづけている福島第一原発の事故だ。ところが、原発事故のことがどんどん忘れられようとしているのではないか。

 昨日のNHKスペシャル「3.11あの日から2年 メルトダウン原子炉“冷却”の死角」は、福島第一原発の事故がどのように起きたのかを「冷却」に焦点を当てて検証した番組だった。おおよその内容は以下。

 まず、1号機と2号機の非常用冷却装置が作動したかどうかをめぐって現場が混乱していたという話し。1号機では非常用復水器(イソコン)という冷却装置が設置されていたが、電源喪失によってこれが作動しているかどうか分からなくなってしまった。そして、作動していないことを伺わせる兆候があったのに、作動しているのではないかという思い違いをしていた。また2号機ではRCICという冷却装置も作動しているかどうかが分からなかった。2号機の冷却装置に危機感を募らせているうちに1号機の水位がどんどん低下してメルトダウン。

 3号機ではディーゼルによる電源が維持されていたが、電源が切れるのは時間の問題だった。そこで、消防車による注水がなされたのだが、注水がうまくいかなかった。その原因は消防車からの水の半分近くが復水器に流れこんでしまい、炉心に十分に水が流れなかったとのこと。これについては事故調査委の報告にはなく、今回NHKがはじめて明らかにしたと言っていた。

 もうひとつ、4号機の燃料プールについても触れていた。こちらは線量が高くてとても建屋に入れなかったという作業員の証言があった。しかし爆発によって建屋が壊れたことで外部からの注水が可能になったとの話しだった。

 3号機の注水の失敗は新しい知見だった。しかし1号機と2号機の非常用冷却装置さえ働いていれば、また3号機の外部からの注水さえうまく行っていたら大事故は防げたかもしれないという印象を持たせかねない。もっとも不可解なのは、いまだに1号機の配管破断の疑いについて一切触れないことだ。これについては先日、元国会事故調査委の田中三彦さんが東電によって1号機の調査を妨害されたことを明らかにした。

 3月4日発行の週刊金曜日に、田中三彦さんへのインタビュー記事が掲載されていた。その中で田中さんは1号機に関し、未解明の3点について指摘している。非常用復水器からの出水の可能性、津波到達前に非常用電源が止まっていた可能性、電源喪失の前から原子炉内の圧力が上がらなかった可能性だ。これらのことから地震による配管破断の可能性が高いとしている。

 また、最近明らかにされた重要なことがある。それは1号機がベントを開始する前の12日早朝から放射能が漏れだしていたということだ。

 http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2013/02/post-3059.html 

 地震で非常用復水器につながる配管が破断したのなら、復水器が作動したか否かという以前の問題ではないか。配管破断や放射能漏れは1号機のメルトダウンを考える上で最も重要なことなのに、NHKは相変わらずこのことだけは報じない。12日早朝からの放射能漏れについても何も報じない。

 もう一つ指摘しなければならないのは4号機のこと。番組では爆発する前に建屋の線量がものすごく高くてとても中に入れる状態ではなかったという作業員の話しを紹介していた。しかし、その原因については何ら言及しなかった。原子炉に燃料が入っていない4号機の線量がなぜそれほどまで高かったのか。それは、ガンダーセン氏が指摘しているように燃料プールの水位低下によって燃料棒が露出したからに他ならないのではないか。

http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2013/02/post-7817.html 

 ガンダーセン氏にはおそらく東電から情報が行っていたのだろう。ところが、日本ではそれが報道されない。2年たった今も、国民に隠されていることがたくさんあるのだ。当然NHKだってそのくらいの情報は知っているはずだ。ところが事故の検証番組では決して出さない。ここにNHKの欺瞞がある。NHKに限ったことではないが、本当に重要なことを隠しているのは国民を愚弄していることにほかならない。

 もう一つ、大沼さんの最近の記事を紹介しておきたい。

http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2013/03/post-ee7c.html 

 米国西海岸では2011年3月17日から年末にかけて、新生児の先天性甲状腺機能不全が増加したそうだ。以下のブログでこれについて解説している。

小児甲状腺がんは全国的規模に拡大を示唆する論文が公表(エビデンスに基づく考察)

 「環境省による福島県外の甲状腺検査を考察する」では、日本の子どもたちの甲状腺ののう胞や結節の保有率はそもそもかなり高い可能性も否定できないと書いたが、福島の事故による被ばくで全国的にのう胞や結節の保有率が増えた可能性も否定できない。事故による被ばくで増えたのであれば、山下俊一氏が2000年に長崎で行った調査でのう胞の保有率が0.8%という結果も納得がいく。

 日本では政府もマスコミも事故に関する情報の隠蔽、被ばくの過小評価に必死のようだ。これは事故を反省する姿勢ではない。東電はそのうち健康被害で米国民から提訴されるのではなかろうか。もちろん日本国民からも提訴が相次ぐだろう。

【3月11日追記】
 以下のNatureの記事を是非お読みいただきたい。これは2011年10月27日号に掲載されたもので、ノルウェーの研究チームによる報告などを紹介したものだ。

放射性物質はどのくらい放出された? 

 「定期点検のために停止していた4号機では、核燃料は使用済み核燃料プールに貯蔵されていたが、3月14日にこのプールが過熱し、おそらく数日にわたり建屋内で火災が発生した」「さらに、Stohl らは、4号機の使用済み核燃料プールに貯蔵されていた核燃料が、莫大な量のセシウム137を放出していた可能性を指摘している」と書かれている。また、地震の直後にキセノン133が漏れ始めていたことも書かれている。

 ノルウェーの研究チームの試算は日本政府の推定値の2倍だというが、実際にはどれくらいの放射性物質が放出されたのか(今も放出され続けているが)はそう簡単に分かりそうにない。推定値がチェルノブイリより少ないからと安心するのは早計だろう。

【3月12日追記】
 4号機燃料プールの燃料棒の露出については、2011年3月15日に東電自身が記者会見でその可能性を語っていた。

4号機、水が蒸発し水素爆発か 燃料棒露出の可能性も(朝日新聞)

 そして、日本政府は3月15日にIAEAに、4号機の使用済み核燃料プールが炎上し、放射能が大気中へ直接拡散したと報告をしていた。

「4号機は使用済み燃料プールが爆発炎上し、放射能が直接大気中に拡散」と政府はIAEAに報告 大飯原発にはMOX燃料を使用か? (リュウマの独り言)

2013年3月 9日 (土)

環境省による福島県外の甲状腺検査を考察する(追記あり)

 昨日、環境省によって弘前市、甲府市、長崎市の3歳から18歳の4365人を対象とした甲状腺検査の結果が発表された。

福島県外3県における甲状腺有所見率調査結果(速報)について(お知らせ) (環境省)

 今回の結果(平成24年度)は以下。括弧内は福島の数値で、平成23年度と24年度。

A1  42.4% (64.2%・55.8%)
A2  56.6% (35.3%・43.6%)
B   1.0% (0.5%・0.6%)
C   0.0% (0.0%・0.001%)

(注)A1-結節やのう胞を認めなかったもの、A2-5.0ミリ以下の結節や20.0ミリ以下ののう胞を認めたもの、B-5.1ミリ以上の結節や20.1ミリ以上ののう胞を認めたもの、C-甲状腺の状態等から判断して、直ちに二次検査を要するもの。

 この結果について、NHKでは環境省の「福島の結果が原発事故の影響によるものとは考えにくいことが分かった。この結果が不安の解消につながることを期待したい」というコメントを報じた。

子どもの甲状腺検査 福島県以外と同じ(NHK)

 しかし、今回の「のう胞や結節の割合が福島と同じ傾向」という結果だけでは、「福島の結果が原発事故の影響かどうか」は分からない。

 このデータから分かるのは、原発事故後の同じ性能の機器による検査で、福島県外の子どもでも福島の子どもと同程度(厳密に言えばむしろ高い)の割合でのう胞や結節が認められたということだけである。同じ条件・精度による事故前の検査データがないので、この結果だけでは事故による被ばくが今回の検査結果に関係しているか否かの判断はつかない。

 弘前、甲府、長崎の子どもたちののう胞や結節が事故と関係がない良性のもので、そもそも日本の子どもはこの程度の割合でのう胞や結節を保有しているという可能性は十分に考えられる。しかし、福島ではすでに3人が甲状腺がん、7人ががんの疑いがあるのだから、福島ではがんの発症率が非常に高いというのは事実だ。福島の場合は事故による被ばくががんの発症と関わっている可能性は否定できない。

 なお、甲状腺がんの原因はヨウ素131だけとも言い切れないようだ。以下を参照していただきたい。

何故チェルノブイリ後の甲状腺癌は放射性ヨードが原因なのか?[科学検証] (六号通り診療所所長のブログ)

想像を絶する甲状腺異常に関する第3の関与は放射性セシウム(エビデンスに基づく考察)

 ところで、検査の精度はどうなのだろう。福島で検査を受けたらのう胞も結節もないと言われたが、県外に避難して別の機関で検査を受けたらA2判定だった、という事例をネット上で読んだ記憶がある。今回の結果ではA2判定もB判定も福島県より県外の方が高い。これは何を意味するのだろう? たとえ同じ性能の機器を使っていても、判定をするのが人間である以上、ごく小さなのう胞は数えないなど過小評価することもあり得るだろう。判定する人のスキルによっても結果は変わってくると思われる。福島では過小評価している可能性も否定できない。

 これについては以下の指摘もある。

甲状腺判定基準が(A1とA2)不明確なので境界値を設定すべき(エビデンスに基づく考察)

 また、福島では0~3歳を含んでいるが、県外では含んでいない。検査の時期もズレがある。だから、福島県内と県外のデータを単純に比較することも適切ではない。

 もう一つ不可解なことがある。今回は「速報」ということで地域別のデータは出していない。全体で4500人程度の検査をしたようだが、各地域それぞれ1500人程度と考えていいのだろうか? 詳細な結果は3月下旬に公表するとのことだが、もちろんデータは地域別に出ているはずだ。ならばなぜ、最初から地域別のデータを公表しないのだろう?

 長崎に関しては山下俊一氏による事故前の調査結果がある。以下を参照していただきたい。

子どもたちの甲状腺異常:福島(2011~2012)と長崎(2000)の差が著しい! (意識屋のブログ)

福島甲状腺検査その2:比較調査の必要性(Peace Philosophy Centre)

 長崎では2000年に7歳から14歳の250人の子どもについて甲状腺エコーの検査をしているのだが、この検査ではのう胞を認めたものが2人で0.8%でしかない。なぜ今回のデータと大きくかい離しているのだろう? 検査機器の性能や検査の条件が違うといってしまえばそれまでだが、これほどにまで数値が異なるのはあまりに不可解だ。きちんとした説明が必要だろう。

 グーグル・アースを利用して福島第一原発から今回の調査地のおおよその距離を調べてみると、弘前は約360km、甲府は約295km、長崎は約1,140kmであった。チェルノブイリの事故ではチェルノブイリ原発から約340kmにあるミンスクでも甲状腺がんの増加が見られた。単純に距離で考えるなら甲府や弘前でも事故による被ばくの影響があってもおかしくはない。

 長崎が、弘前や甲府と比べて明らかにのう胞や結節の保有率が低いのであれば、弘前や甲府では事故による被ばくの影響が関係している可能性が高いといえるだろう。また、長崎が弘前や甲府とあまり変わらないのなら、日本の子どもたちののう胞や結節の保有率は本来この程度あるというのが妥当なのかもしれない。いずれにしても地域別のデータをすぐに明らかにしないのは不可解だ。

 それにしても、環境省がこのような検査をするというのも不可解だ。本来なら厚労省あたりがやるべきことではなかろうか。

【3月11日追記】
 福島の原発事故のあと、米国西海岸に到達したヨウ素131は通常の211倍に達し、2011年3月11日から31日までに生まれた新生児の甲状腺の異常が前年に比べて16%増加していたとのこと。日本全域で甲状腺の異常が増えてもおかしくない。

小児甲状腺がんは全国的規模に拡大を示唆する論文が公表(エビデンスに基づく考察)

【3月12日追記】
 3011年3月下旬から4月上旬にかけて、九州大学で大気浮遊じんの放射線の計測からヨウ素131の急上昇を記録していたが、これは線量計では捉えることができなかった。日本全域にヨウ素131が降りそそいたことは間違いないだろう。

九州大学が低線量内部被曝の「見えない雲」を証明!!! (原発はいますぐ廃止せよ)

2013年3月 7日 (木)

遺伝子決定論を論破する本「天才を考察する」

 先日、「天才を考察する 『生まれか育ちか』論の嘘と本当」(デイヴィッド・シェンク著、中島由華訳 早川書房)という本を読んだ。厚い本なのだが、後ろの半分は資料編なので、本文は前半分。

 少し前までは、天才は生まれつき備わっている才能であるという考えが普通だった。ところが、いわゆる天才といわれている人たちを調べてみると決してそんなことはなく、子どものころから厳しい訓練をしてきた結果だというのである。本書ではそうした事例をいくつも紹介しながら話しが展開していく。

 冒頭に登場するのが、野球界に名を残すテッド・ウィリアムズ。彼は、子どもの頃から信じがたいような訓練を積み重ねていた。彼の奇跡のような能力について、ウィリアムズ自身が努力を重ねてきた結果だと言っている。「練習、練習、練習。それがああいう能力を引き出した」「ものがよく見えたのは、それだけ真剣だったからだ。・・・・・・並はずれた視力ではなく、[並はずれた]鍛錬のおかげだった」と彼は言う。

 モーツァルトやベートーベンも然り。モーツァルトの場合、誕生直後から音楽漬けであり、家庭で最高の英才教育を受け幼い頃から猛練習してきた結果なのだという。モーツァルト自身も父親宛の手紙の中で「僕ほど作曲のために時間をかけ、熟考を重ねた者はいません」と書いているそうだ。ベートーベンも、チェロの演奏家のヨーヨー・マも同じように幼い頃から音楽に囲まれ、訓練を受けてきた。

 並はずれた才能を開花させるには、10年間で1万時間以上の訓練を続けることがひとつの条件だという。なんだか気の遠くなるような話しだが、天才というのは生まれたときから天才ではないということだ。

 アインシュタインも「私はとくに賢いわけではない」「時間をかけて問題に向きあっただけだ」と言った。粘り強い訓練と努力こそ、才能を目覚めさせる鍵となる。

 それでは、才能や能力に遺伝は関係がないのか? 著者は遺伝が才能に関係がないと言っているわけではない。かといって、「遺伝+環境」でもなく、「遺伝×環境」の相互作用だという。このあたりについては是非本書を読んでいただきたい。

 ところで、この本では最後の方で「エピジェネティクス」についても言及している。今までの生物学では遺伝をつかさどるのはDNAだとされていたが、遺伝子の働きを活性化させる仕組みがあることが分かってきた。つまり遺伝子にスイッチがあるというのだ。こういったメカニズムを解く遺伝学がエピジェネティクスである。

 本書では以下のように説明している。

 遺伝子は、われわれがどんな人間になるかを指図するものではなく、動的プロセスの主体である。遺伝子の発現のしかたは外部からもたらされる力によって調整される。「遺伝形質」はさまざまな形であらわれる。われわれは、ずっと変わらない遺伝子と、変えることができる後成遺伝物質を受け継ぐ。それから、言語、思考、態度をも受け継ぐが、それらはあとから変えることができる。さらに、生態系をも受け継ぐか、それもあとから変えることができるのだ。

 エピジェネティクスについては改めて記事として取り上げたいと思うが、環境によってもたらされた変化が遺伝するという発見は、「目からうろこ」である。

 この本を読んで、自分の子どもを特訓させようと思う親も出てくるかもしれない。しかし、神童ばかり現れたらもはや神童ではないし、むしろ気持ちが悪い。それ以前に、親の押しつけで特訓させて才能を開花させようというのは無理があるのではないか。本人の好奇心や意志、そして粘り強さがなければ天才は生まれないだろうし、子どもがみな親の望むようになるわけではない。それに神童とか天才といわれる人になることが幸せだということでもなかろう。

 昔から「好きこそものの上手なれ」などと言われているが、一つのことにのめり込むことができる人は「天才」とまではいかなくてもその道の達人になれる。一昔前には「虫博士」「鳥博士」などといわれる子ども、独楽やけん玉の名人がいくらでもいたものだ。女の子のお手玉なども、大道芸と変わらない。それだけ子どもたちが遊びの中で練習を積んだということなのだろう。

 しかし昨今の子どもたちを見ていると、夢中になってのめり込むような趣味を持っている子どもはどれほどいるのかと思う。そもそも、お稽古ごとや塾通いで遊びを存分に楽しむ時間もなさそうだ。これはこれで問題なのではなかろうか。

2013年3月 6日 (水)

久しぶりに原発記事に情報操作らしきコメントが

 ツイッターやブログなどで反原発を主張している人たちには、しばしば「工作員」と呼ばれるような人たちが絡むことがある。私の場合はそのような人はそれほどいないのだが、あえていえば以下のブログ記事に取り上げた事例がそうだろう。

福一から20キロ圏内の被ばく遺体に関するコメント 

 この記事で取り上げた「チロル」さんという方は、情報操作のためにコメントしたのだろうと私は考えている。いわゆる「工作員」である。

 今回は、以下の記事に不可解なコメントが寄せられた。

福一の放射能放出の真相や被ばくの実態は解明されていない 

 不可解なコメントとは、この記事につけられた武田舞華さんという方だ。以下にこの方のコメントと私のやり取りを書きだしてみよう。

事故後2年経たないうちに、
>福島では甲状腺がんの子どもが3人

甲状腺がんはチェルノブイリでは4年が定説だったと思うのですが、福島ではもう発生しているのでしょうか?
2011年の事故で、2011年に見つかったがんならば「晩発性」ではなく「急性症状」ですよね。
現状の一般論とかなり食い違う印象なのですが、その点についてのお考えを教えて下さい。

投稿: 武田舞華 | 2013年3月 5日 (火) 15時21分

武田舞華さん、こんにちは。

甲状腺がんの発生時期については以下の記事で書いていますが、チェルノブイリでも事故の翌年から微増しており4、5年後から急増しています。
http://onigumo.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-e022.html 

また、小出裕章さんもチェルノブイリの事故で4年後から甲状腺がんが出たという主張は誤りであると言っています。
http://hiroakikoide.wordpress.com/2013/03/02/radioforum-2013mar2/ 

福島の甲状腺がんの発生率は尋常ではないことからも、被ばくによる影響でしょう。現時点では3人が甲状腺がんで7人も疑いが濃厚ということですが、これは福島の子どもの一部しか検査していない段階でのことです。福島ではチェルノブイリ以上に深刻になる可能性があります。以下もご参照ください。
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-2800.html 

投稿: 松田まゆみ | 2013年3月 5日 (火) 16時06分

>小出裕章 ワタクシはこの方を尊敬しておりますが、残念ながら日が経つにつれて厳しい立場に置かれてきているようにみえます。
『誤り』と聞けば「4年じゃなくて1年なんだ」と主張したようなイメージですが、小出先生は『4年に見えなくもないけど、確実にそうとも分からないから“結論を出す行為については”誤り』と言ってるだけです。これでは詭弁と言わざるを得ません。
この先生はしきい値仮説に対してLNT仮説を盾に「被曝はわずかでも危険」と主張しているわけですから、こんな内容では単なる逆御用学者です。

>福島の甲状腺がんの発生率は尋常ではない
>ご参照ください。
すいません。何を比較に「尋常ではない」のかが理解できません。

>福島ではチェルノブイリ以上に深刻になる可能性があります。
この言葉は、チェルノブイリ以下の可能性を否定したことにはなりません。私もどちらの可能性も考えますが、現時点ではチェルノブイリ以上が確定するような事例は一つもないと理解しています。
「こういうデータが出た」→「(判断つかずに)分からない!」→「チェルノブイリを超える可能性があるぞー!」では、一般論にはなりえないと思います。
もちろん「一つの貴重な意見」として否定されるべきではないでしょうけど。

投稿: 武田舞華 | 2013年3月 6日 (水) 16時06分

連投で申し訳ないのですが、個人的には小出先生の「原発は事故が起きた時、火力などと比較して被害が甚大だからやめるべき」という考え方は共感できます。
しかし発現の節々に少なからず「原子力利権者の撲滅」という“私欲”が垣間見えてしまうところに怪しさもあります。

東日本大震災を素直な目で振り返れば、今回最も反省すべきは原発ではなく、「なぜ海岸線の防波堤をもっと高くしなかったのか?」「なぜ海岸線沿いを住宅地にしたのか?」です。

原発が激しく叩かれる意味は安全性ではないと思います。それは叩きのネタであって、仮に100%安全だとしたって叩く人は理由をみつけて叩くのです。見せかけの正義感に騙されてはいけないと思います。そりゃ利権者みてれば腹立ちますけどね・・・

投稿: 武田舞華 | 2013年3月 6日 (水) 16時22分

武田舞華さん、あなたは何を主張されたいのでしょう。「そりゃ利権者みてれば腹立ちますけどね・・・」と言いながら、「『原子力利権者の撲滅』という“私欲”が垣間見えてしまうところに怪しさもあります。」と言うのは矛盾しています。利権者の撲滅がなぜ私欲なのでしょう。

また小出さんを評価する一方で「逆御用学者」と言うのも矛盾しています。あなたの発言はまるで原発推進者(工作員?)のように感じられます。

投稿: 松田まゆみ | 2013年3月 6日 (水) 17時00分

 福島で甲状腺がんの子どもが3人確認されたことは全国ニュースにもなっており、調べればすぐにわかることだ。それにも関わらず、「甲状腺がんはチェルノブイリでは4年が定説だったと思うのですが、福島ではもう発生しているのでしょうか?」という質問は不自然かつ不可解だ。

 私はチェルノブイリでも翌年から甲状腺がんが微増しているデータを示した記事を教えたが、不思議なことにそれには無反応である。そして小出裕章さんの発言だけを取り上げ、揚げ足取りをするかのように「逆御用学者」という意味不明な言葉で批判する。武田舞華さんは「チェルノブイリでは4年が定説だった」という認識だからこそ小出さんの発言を教えたのに、小出さんの以下の発言については無視だ。

「はい、え〜っとチェルノブイリの事故で、4年後から甲状腺ガンが出たという主張は、まずそれ自体が誤りです。」

「え〜、4年後には、もう明確に出て来たということなのであって、1年後から甲状腺ガンがあのもう発生していますので、経験から見ても、注意をしなければいけないということだと思います。」

 肝心なところを無視して、別の話題に誘導するというのは典型的な「はぐらかし」だ。  小出さんのことを「私欲が垣間見える」とも言っているが、小出さんは「私欲」とは縁のない人だ。

 結局、小出さんのことを「尊敬している」とか「・・・の考えは共感できる」と言って持ち上げる一方で、最終的に言いたいのは小出さんの批判である。武田舞華さんは「見せかけの正義感に騙されてはいけないと思います」と言っているが、私には武田舞華さんのほうがよほど「みせかけの正義感」を装っているように見える。

 また、「原発が激しく叩かれる意味は安全性ではないと思います」と不可解なことを言う。原発に反対している人たちは、福島の事故が起こる前からずっと「原発は危険」と言い続けてきたことも知らないのだろうか。福島原発の事故でそれは確固たるものとなり、今まで原発に反対していなかった人たちまで反対を叫ぶようになったのだ。

 情報操作員の言葉は、じっくり読むと矛盾だらけだ。武田舞華さんは原発推進派、あるいは推進派に雇われた情報操作員としか思えない。こういう輩に騙されてはいけない。

衝撃の意見書「福島の子どもたちはチェルノブイリより危険」 (日刊ゲンダイ)

2013年3月 3日 (日)

土木工事による防災より避難対策を重視すべき

 私はこれまで調査や旅行で道内各地にでかけているが、いつも思うのが津波や火山に対する考えが甘い人が多いのではないかということだ。

 たとえば、大津波がきたらひとたまりもない海岸に家を建てて生活している人が非常に多い。多くは漁業を生業としている人たちだ。そんなところを通るたびに、「よくこんな危険なところに住んでいるなあ・・・」と他人事ながら思ってしまう。裏手に高台や山があり容易に避難できるようなところはまだしも、背後が絶壁で簡単に避難できないようなところ、あるいは平地が広がっていて近くに高台がないところにも人々は住みついている。

 そもそも、裏手に高台があるのなら高台のほうに家を建て、海岸は番屋だけにしておけばいいのに、と思うのだが、やはり利便性を優先してしまうのだろう。それに、人というのは「自分の生きている間には大津波は来ないだろう」と高をくくってしまうのかもしれない。地震大国に住んでいる以上、大津波がくる可能性を知らないわけがない。知っていながらも利便性の方を選んでそこに住んでいるのだ。

 火山の噴火もそうだ。洞爺湖はそれなりの規模の温泉街が広がっているが、有珠山はいつ噴火してもおかしくない。有珠山の場合、噴火に備えて観測をしており、噴火の兆候が現れたらすぐに避難する体制ができてはいるが、私にしてみればなぜそんな危険なところに住みつくのかと不思議でならない。

 十勝岳の山腹にある白金温泉や十勝岳温泉も同じだ。ここでは噴火による被害を軽減させることを目的に砂防施設を整備している。たとえば、噴火に伴って発生する泥流による被害を軽減させるための砂防堰堤が美瑛川や富良野川に造られている。また、白金地区では十勝岳火山砂防情報センターという立派な施設が建設され、噴火の際の住民の避難場所にもなっている。

 しかし、泥流を流下させるための施設を造ったからといって決して安全が確保されているわけではない。大規模な泥流や火砕流が発生したなら、この程度の施設は焼け石に水だろう。住民は建造物をあきらめて避難するしかない。大規模噴火があったなら被害にあうのを承知で住んでいるということなのだろう。

 限られた住民しかいないところで、防災のための土木工事に巨額の費用をかけるべきなのだろうかと、いつも思う。

 3.11の大津波で、国は防災強化のための土木工事を加速させようとしている。堤防のかさ上げや強化、防波堤の建設などだ。しかし、なんでも土木工事で対処しようとすべきではないだろう。高台に避難できるようなところでは避難を優先すべきだし、そもそも避難するような場所がないところは、できる限り居住地にするのを避け農地などとして利用したほうがいい。少なくとも将来的にはそうしていくべきだと思う。

 3.11では函館も標高の低いところでは浸水した。釧路のようにかなりの人が住んでいて高台も近くにないところでは津波対策は必要だ。釧路市の津波のハザードマップを見たら、根室沖から十勝沖を震源とするマグニチュード8.5の地震が起き、津波の最大水位が4~13メートル(釧路港で約5メートル)、津波到達時間30~40分の場合のマップが公開されているが、もっと規模の大きな地震も想定しておく必要があるだろう。

釧路市の津波ハザードマップ 

 仮に20メートルの津波がきたら、釧路の市街地は全域が水没する。以下のサイトから浸水域の想定を見ることができる。

津波浸水マップ 

 しかし、津波を土木工事で止めようとしても限界がある。3.11の大津波で、1200億円もかけて造られた釜石の防波堤はあっけなく壊れてしまった。所詮、人が構造物で自然災害を防ごうとしても限界がある。防波堤に巨額の税金を投じるより、徒歩で避難できる範囲に点々と避難場所となる免震建造物を建てたほうがいいのではなかろうか。

 3.11以降、大地震や大津波、火山の噴火が懸念されている。地震も火山もプレートの動きと密接な関係にあるからだ。日本ではいつ大地震や大津波が起きるか分からないし、これから火山活動も活発になるだろう。箱根でも地震活動が活発化しているし、富士山も近い将来噴火する可能性が高い。しかし人々はあまりに無防備に麓に住みついてしまった。災害は忘れたころにやってくるのである。

箱根で不気味な地震が頻発 専門家は「最大の警戒が必要」 

3年で富士山は噴火する そのときに備えたほうがいい(現代ビジネス)

 大都市や近代文明は災害に弱く、火山噴火や津波などの自然災害そのものには何の手も打てない。津波被害や火山による被害が想定されるところに住んでいる人たちは、いざという時のために防災や避難について常に頭に描き準備しておいたほうがよさそうだ。

2013年3月 1日 (金)

業界関係者も公述した十勝川水系河川整備計画公聴会

 昨日2月28日は、北海道開発局帯広開発建設部による「十勝川水系河川整備計画[変更](原案)に関する公聴会」が帯広市で開催された。私は公述人として参加したので、その様子を報告したい。

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 今回は1月22日から2月20日までの1カ月間、原案の縦覧および意見募集が行われた。この間に24人が意見を寄せたそうだ。このうち、公聴会での公述を希望した人は7人だった。7人のうち、変更案の具体的問題点を指摘したのは十勝自然保護協会と私の2人だけである。十勝自然保護協会の意見は以下を参照していただきたい。

十勝川水系河川整備計画変更原案に意見公述(十勝自然保護協会 活動速報)

 あとの5人は基本的には開発局の提示した変更案に賛意を示す内容だった。たとえば、洪水や地震・津波などに対する防災対策を評価する意見、ケショウヤナギの幼木の生育地をつくるために砂礫川原再生は望ましいという意見、子供たちの野外活動を行っているボランティア団体として砂礫川原の再生は喜ばしいという意見、地域特性に配慮した変更案を評価するとともに河川敷の樹林化を抑制するための湿地造成の提案など、変更案に対する具体的意見というより抽象的な賛成論が大部分といった感じだった。

 傍聴した知人は、傍聴席は女性の姿がほとんど見られず、地域住民というより関係者中心に感じられ異様な気がしたし、公述人にも違和感を覚えたとの感想を漏らしていた。河川整備や道路関係の公聴会、説明会などではしばしば声高に賛成意見を述べる人がいるのだが、一般の傍聴人がほとんどいない中、抽象的賛成意見の目立つ公聴会は明らかに不自然だ。提示された案に賛意を示すためにわざわざ公述するという行為の裏に、どうしても恣意的なものを感じてしまう。

 事実、意見を述べる人の中に業界関係者も混じっている。今回公述したT氏がそうである。T氏は前回の「十勝川水系河川整備計画(原案)」に対する公聴会(2009年10月29日)でも意見を述べている。以下の15ページ参照。

十勝川水系河川整備計画(原案)に関する公聴会議事録 

 ここでT氏は公述の始めにNPO法人十勝多自然ネットに携わっていると述べているのだが、「NPO法人十勝多自然ネット」とは土木建設業界の人たちでつくっている団体である。つまり、日頃帯広開発建設部から仕事を請け負っている業界団体の一員だ。例えて言うなら、原発に関する意見交換会の場に原子炉メーカーである日立や東芝などの社員が出向いて賛成意見を述べるのと似た構図だ。利害関係者が意見書を出し公述を申し込むという厚かましさには呆れてしまう。

 また、今回の意見募集は変更部分に対するものだ。つまり「地震・津波対策」と「札内川の樹林化防止策(礫川原再生)」についての意見に限って受け付けていた。ところが、T氏は何を勘違いしたのか、十勝川について「健全な河川をそこなわない治水が大事」だとか「多様な自然環境が重要」だとか「サケが自然産卵できる川にしてほしい」とか、さらには開発行政を天まで持ち上げるかのような発言までし、意見募集の趣旨からずれた意見をとうとうと述べた。

 公述人は事前に意見書を提出しており、公述はその意見の範囲でしかできないことになっている。事前に意見を把握しておきながら、このような人物を公述人として選出した帯広開発建設部の見識が問われる。

 蛇足だが、T氏は「札内川の起源は1000万年前」とか「十勝川のサケは固有種」などという主張もしていた。「十勝の自然を歩く」(十勝の自然史研究会編、北海道大学図書刊行会)によると、1000万年前というのは日高造山運動が始まって日高山脈が海底から顔を出した頃である。札内川はまだ影も形もない。また、十勝平野は第四紀のはじめ(170万年前から100万年前:なお現在は第四紀の始まりを258万年前としている)は巨大な沼や湿原だった。更新世中期(50万年前)頃から日高山脈はふたたび激しく上昇しはじめ、この頃に十勝川が今の流路になったと言われている。こうした経緯から考えると、札内川の誕生は更新世中期以降と考えられるのではなかろうか。

 また「十勝川のサケが固有種」というのは誤りだ。固有種とは、その地域にしか分布していない「種」のことを指す。十勝川に遡上するサケも石狩川に遡上するサケも「サケ(シロザケ)、学名はOncorhnchus keta」という同一の種である。たしかに十勝川で生まれたサケは海を回遊した後に産卵のために十勝川に戻ってくるが、だからといってそれを「十勝川の固有種」とは言わない。

 なお、私の公述は提出意見を若干変えたので、以下に掲載しておく。帯広開発建設部は議事録作成のために録音をしていたが、書き起こし作業軽減に寄与したい。

**********

 今回の変更案は地震津波対策と札内川の樹林化に対する取り組みが主な変更点ですが、ここでは札内川の樹林化への対策について意見を述べます。
 私は、2010年7月に川と河畔林を考える会、十勝自然保護協会、十勝の自然史研究会が共同で開催した「2010川の講座 in十勝」に参加して、平川一臣北海道大学大学院教授の講義を受けました。なお、平川教授は第四紀学、周氷河地形環境、第四紀地殻変動の専門家です。
 平川教授は、講義のなかで次のように述べていました。「河川は、自己制御することによって、可能な限り効率のよい形、すなわち横断形、縦断形を維持しようとする。つまり砂防ダムを始めとして人間の手が加わると、河川は川幅、水深、流送河床物質の粒径などの間で、内部調整、自己制御をやって確実に応答している。人の愚かさを試しているとも言える」、「河床の砂礫を上流のダムが止めてしまうと、それより下流の砂礫供給量・運搬量に見合った川になってしまう。戸蔦別川や札内川はダムの建設前後で別の川になってしまったことを意味する。現在は、その変化への適応・調整、すなわち河床低下の過程にあり、河畔林の繁茂はその一端である」また、「札内川では、従来の堤防の位置などから推測すると、数メートルも河床が低下しており、今では堤防から水が溢れることはまずないだろう」「札内川は札内川ダムや戸蔦別川に造られた多数の砂防ダムによって著しい河床低下を生じ、高水敷はヤナギが繁茂してすっかり姿を変えてしまった」とのことでした。
 札内川から砂礫川原が激減したのはダムによって砂礫の流下が止められてしまったことが原因であり、また河川敷にヤナギなどが繁茂したのは札内川ダムの貯水機能によって流量が抑制され洪水が生じにくくなったことも関係しているのです。したがって、ダムを造ってしまった以上、砂礫川原が減少し河畔林が繁茂することは当然の結果と受け止めなければなりません。
 十勝川水系河川整備計画変更原案89頁の「(6)札内川における取り組み」を読むと、「近年、河道内の樹林化が著しい札内川では、かつての河道内に広く見られた礫河原が急速に減少しており、氷河期の遺存種であるケショウヤナギの更新地環境の衰退が懸念されている。そのため、ケショウヤナギ生育環境の保全に加え、札内川特有の河川環境・景観を保全するため、礫河原の再生に向けた取り組みを行う」と書いてあるだけで、札内川ダムや戸蔦別川の巨大砂防ダム群の影響に全くふれていません。
 「札内川の礫河原再生の取り組みについては、礫河原再生の目標や進め方等について記載した『札内川自然再生計画書』を踏まえ」るということですので、札内川自然再生計画書のほうに目を通しました。6頁に、「昭和47年より直轄砂防事業として札内川上流域において砂防えん堤や床固工群の整備を実施してきた。昭和60年には、治水安全度の向上、高まる水需要に対応した水資源の開発を図るため、洪水調節、流水の正常な機能の維持、かんがい用水、水道用水の供給、発電を目的とした札内川ダムの建設に着手し、平成10 年に供用を開始した」とあるのですが、これらのダムが札内川にどのように影響したかについては一言も書かれていませんでした。
 ダムなどの構造物が河川を大きく変えることは河川学では常識であり、河川技術者も十分知っていると平川教授は言っていました。それにもかかわらず、十勝川水系河川整備計画変更原案にも札内川自然再生計画書にもダムの影響について触れていないのはどうしたことでしょう。
 札内川ダムも戸蔦別川砂防ダムも帯広開発建設部が良かれと思い、多額の税金を投じて建設したものです。これらのダムのために札内川の自然再生が提案されたとしても、隠し立てすることではないでしょう。
 札内川自然再生計画書では、砂礫川原の再生のために河床撹乱が提案されていますが、ダムによって砂礫の流下が止められて砂礫川原が減少しているのですから、たとえばダムからの放流量を増やして意図的に洪水状態をつくりだし河床の撹乱を促しても砂礫川原は再生されないばかりか、さらに河床の低下が進み、場所によっては基盤が露出するものと思われます。平川教授は、礫がなくなって粘土層が露出している戸蔦別川の写真を提示していました。礫層がなくなり、粒径の小さなものが流されるようになるのは大問題とのことです。また、このような状態になると増水のたびに流路に面した高水敷の縁が浸食されて崩壊し、高水敷に堆積している砂礫はさらに流されてしまいます。もちろん、高水敷に生育しているヤナギも根元から浸食を受け、流木となります。
 さらに問題なのは、河床低下によって橋脚や堤防の基部が露出してしまうということです。現に、戸蔦別川の上戸蔦橋では橋脚の根元がえぐられてきています。河床低下を放置していれば、橋脚や堤防の基部がえぐられて強度に問題が出てくるでしょう。河川管理者がこのことを知らないはずはありません。
 河畔林を伐採し重機などで撹乱して砂礫川原をつくりだしても、上流から砂礫が供給されないのですから、増水のたびに砂礫が流されて減少していきますし、河床低下がさらに進むと考えられます。このような方法は一時的には砂礫川原を生じさせるかもしれませんが、永続的な砂礫川原の再生にはつながらないでしょう。砂礫を人為的にどこからか運んでこない限り砂礫川原は再現されませんし、運んできたとしても増水によって下流に流されてしまうので、砂礫川原を維持するには人によって継続的に砂礫を運んでくるしかありません。しかも、このような手法では、砂礫地を生息・生育地としている動植物に大きな影響を与えます。
 砂礫川原を維持するのであれば、ダムで川をせき止めてはいけない、という教訓を十勝川水系河川整備計画変更原案に盛り込まなければなりません。
 私は、納税者である国民の前にすべてを明らかにすべきと考えますので、札内川ダムと戸蔦別川の砂防ダムの建設の結果として砂礫川原が激減したこと、またこのような河川における砂礫川原再生の手法は確立されておらず永続的な砂礫川原の再生はきわめて困難であることを十勝川水系河川整備計画変更原案および札内川自然再生計画書に明記するよう求めます。
 なお、ダムによる砂礫の流下の抑制は海岸線の後退にもつながっています。海岸線の後退は全国で深刻な状況になっており、人為的に砂の運搬などの対応がなされているところもありますが、いくら運んでも沿岸流や波によって浸食されるので際限なく砂を運ばなくてはなりません。ダムによって自然のバランスを崩してしまうと、人間の力では元の状態に戻すことはできません。
 昨今は自然再生事業が行われるようになってきましたが、壊したなら再生すればいいというものではありません。人が構造物によって自然をコントロールしようとすれば、その弊害が必ずどこかに現れるのです。とりわけ河川では平川教授の言うように、人の技術ではどうにもならない取り返しのつかない状態にまでなってしまいます。そうなれば自然再生は不可能です。このことを河川管理者は肝に銘じなければなりません。

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