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2013年1月 3日 (木)

すべての日本人に読んでほしい辺見庸氏の「明日なき今日」―上

 あけましておめでとうございます。

 今の社会情勢を見ているともちろん「おめでたい」ことなど何一つないのだけれど、昨年一年を無事に生き、今までと同じように新しい年が迎えられたことは、たぶんめでたいことなのだと思う。もちろん心は軽くはなく澱が溜まっているような感じだ。

 最近は、お正月は静かに読書をして過ごす。年頭からバカ番組をやっているテレビなど全く見たいとは思わない。年末は年賀状書きやおせち料理づくりなどで忙しいが、正月だけは一息ついてのんびり過ごしたいと思う。世界には暮れも正月もなく飢えている人がいるし、戦争で亡くなる人もいる。お正月に暖かい家の中でのんびりとした時間を過ごせるのは、それだけで幸せだ。ただし、こんな時間をいつまで持ちつづけられるのだろうかという不安がここ数年いつも心の奥底につきまとっている。

 今年は昨年9月に出版された、辺見庸氏の「明日なき今日 眩く視界のなかで」(朝日新聞社)を読んだ。「明日なき今日」というタイトルだけでもショッキングで、中身がなんとなく想像できる。しかし、こんな今だからこそ辺見氏の本を読まねばならないとも思う。

 4章からなる本書の各章に通低しているのは3.11の大震災と原発メルトダウン、沖縄の痛み、死や破局である。3.11を境に、これまで辺見氏がずっと訴えつづけてきたことが、まさに現実のものとなって蠢きはじめた。それが今日という時だ。今の日本に関して、これほど鋭く突いている書はないかもしれない。

 辺見氏は3.11の前から今の日本の姿を予測していた。彼は3.11の直前に「標なき終わりへの未来論―生きのびることと死ぬること」(朝日ジャーナル2011年3月19日号)を著している。私はこのコピーを東京に行ったとき渡辺容子さんからいただいた。そして辺見氏の慧眼にうちのめされた。彼はその中で日本についてこう予測している。

日本は軍備を増強し、原子力潜水艦をもつかもしれない。海兵隊またはそれと同質の機動部隊をつくるだろう。戦術核を保有するかもしれない。天皇制は、だいじょうぶ、まったく安泰だろう。憲法九条は改定されるだろう。キミガヨはいつまでもうたわれるだろう。貧しい者はよりひどく貧しく、富めるものはよりいっそうゆたかになるだろう。すさまじい大地震がくるだろう。それをビジネスチャンスとねらっている者らはすでにいる。富める者はたくさん生きのこり、貧しい者たちはたくさん死ぬであろう。階級矛盾はどんどん拡大するのに、階級闘争は爆発的力を持たないだろう。性愛はますます衰頽するだろう。テクノロジーはまだまだ発展し、言語と思想はどんどん幼稚になっていくであろう。非常に大きな原発事故があるだろう。おおくの新聞社、テレビ局が倒産するだろう・・・

 このあとすぐに巨大地震が東北を襲い、福島の原発事故が起きた。辺見氏の予想通り、津波で生じた瓦礫の処理も、また除染もビジネスチャンスとして利用された。そして、これほどの大災害に見舞われながら、加害者である自民党は何の反省もないまま原発の再稼働や新設、憲法9条の改定を目論んでいる。愚かな日本人は「自然を侮るな」という大地震・大津波の警告すら聞き取ることができず、また公共事業という名のもとに自然を制しようと躍起になるだろう。

 辺見氏は今の日本の状況について「正直に言えば、もういまさら危機感なんかないね。来るものはすでに来たのだから」と言い放っている。それはそうだろう。彼にとっては巨大地震も原発事故も、またそれらをビジネスチャンスとする人が出てくることもすべて予測されたことだったのだから。来るべきものが来ただけにすぎない。

 もちろん、破滅的な原発事故がいつか来ることは高木仁三郎氏をはじめ何人もの人が予測していた。何となくそれを感じつつも、どこか頭の隅に追いやっていた人もそれなりにいただろう。私もそうだった。だから、原発の建屋が吹き飛んだときの衝撃は頭から冷水を浴びせられたかのようだった。そして3.11を堺に、潜んでいた本性が剥き出しになり、この国はさらに加速度を増して全体主義に傾いている。

 ところで私はこのブログで原発事故のことについては何度も書いてきた。しかし、震災からの復興についてはほとんど何も書いていない。たぶんそれは、世の中の「復興」の掛け声があまりに白々しくウソ臭さに満ちていたからだと思う。私はあるメールマガジンに登録していたのだが、あの震災以降そのメルマガは震災時の絆や復興に向けて動く日本人の素晴らしさばかりを強調していた。物事の良い面に光を当て前向きに考えればきっといい未来が開ける・・・そんな論調で原発事故に関してはほとんど問題視していなかった。私の心の底にあるものと向かうところがはっきりと違っており、読むに耐えなくなって購読を停止した。

 震災からの復興がどうでもいいと思っているわけではないし、支援物資や義援金、ボランティアなどで被災者を支えることも大事だ。しかし、津波という自然災害からの復興とは、周りの人たちが掛け声をかけて騒ぐことではなく、被災者の方たちのどん底の苦しみを土台に粛々と築いていくことではないかという気がしてならない。なのに、あの外からの「復興」、「絆」の掛け声は何なんだろう。あまりに違和感があった。

 テレビをほとんど見ない私は実は知らなかったのだけれど、NHKで「花は咲く」という震災復興支援ソングが流されているという。そして辺見氏は「花は咲く」こそ翼賛歌だという。それで、なるほど、と思った。あの新聞紙面に躍る「復興」の掛け声こそ現代風ファシズムなのだ。知らず知らずのうちに、復興という掛け声で国民を全体主義へと導いている。そして多くの人が「復興」に共感することで、知らず知らずにファシズムを支えている。それだけではない。また同じような巨大地震が、54基もの原発が建ち並ぶ日本列島を襲うに違いないのに、もう福島の事故すら忘れかけている人が多い。メディアがそう仕向けている。それが現代の恐るべき風景なのだ。

 辺見氏は今の状況をこんなふうに言っている。

一見、民主的で自由選択的で非統制的外貌というか外面のファシズムはこの国では可能だし、現にそうなっている。この国はまさに「自由と抑圧、生産性と破壊、成長と退化の恐るべき調和」を示している。ついでに加えれば、正気と狂気の協調的混合社会でもある。三月十一日以前の発想で、復旧だとか希望だとか言って、それが有効だと思いたがっているわけだけど、でもすでにそうじゃないということに気づく者は気づいている。われわれはまちがいなく、いま来てもおかしくない次のメガクウェイクを待っているわけで、それを踏まえた思想や文芸がないといかんのだけど、まだないと思う。(54ページ)

 私が読むに耐えなくなったメルマガは、まさに3.11以前のままの発想だった。だから私はとてもついていけなくなった。私もあれ以来、ずっと次の巨大地震や大津波について考えている。おそらくそう遠くない将来にまた日本は巨大地震に襲われるだろう。はたしてその時に日本の原発は持ちこたえられるのだろうか? とても無事とは思えない。そのことを抜きに日本の将来は考えられないし頭から離れない。

 もはや、この国はいつ破滅するのかという段階ではあるまいか。もちろん原発だけが破滅の要因ではない。平和憲法が改定されて再び戦争へと突き進むのもそう遠い未来ではないかもしれない。そう思うと「復興」や「希望」という言葉があまりに虚しく、空々しく感じられるのだ。いつ来るか分からないことに気を揉むのは馬鹿馬鹿しいと思う人も多いのだろうけれど、そうだろうか? 今のことだけを考えていればいい、という思考が今のこの状況を生んだのではないか。

つづく

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コメント

日本人には、目指す世界がない。
むしろ、何も動かないのが、天下泰平の世の中であり、伝統的にそれを人民が願っているのだ。

「我々はどこから来たか」「何者であるか」「どこに行くか」という考え方はない。
日本語には、時制 (過去・現在・未来の世界を分けて考える考え方) がないからである。
一寸先を闇と見る政治家たちに行く先を案内されるのは不安でたまらない。
つかみどころのない人間ばかりの社会では、とかくこの世は無責任となる。
国がひっくり返っても、責任者は出なかった。その責任感の無さ。

人にはいろいろな意見がある。
だから、社会のことには、政治的な決着が必要である。
万難を排して、原発は再稼働を停止する。
これは、終戦詔勅を受け入れる時のようなものである。ことは人の命にかかわる問題である。
耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで、もつて万世のために太平を開かんと欲す。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

最近(2015年「平和安保法制」空疎な国会審議を見るにつけ)とみに思うことは、まさしく《いまそこにある危機》ということ。

私見としては、

いまそこにある危機とは、ひたすらに、わたしたち個人の一人ひとりのなかに巣ぐう、どうしようもない国家幻想なのかもしれません。それを徹底的に問いただして洗い流すことからしか平和への途ははじまりません。

反対しながらも、一方で「どうすればこの国を護れる」と念じる友人と交わした
メールで書いたこと。

彼女に、先日『瓦礫の中から言葉を─私たちの<死者>を』とりあえず読むようすすめた。

不埒な一角獣さん

同感です。

今回の無茶苦茶な安保法制の採決、次の参院選で改憲を目指すという安倍首相を見ていると、今の危機の深刻さを思わずにはいられません。

それと同時に、辺見氏が常日頃から言っている個人の主体性が今ほど問われているときもないと思います。

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