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2012年12月

2012年12月31日 (月)

後悔のない人生のために

 今年ほど「生」や「死」について想いを巡らせた年もなかったかもしれない。

 3月に、転移がんを患っていた渡辺容子さんが亡くなった。彼女は私とほぼ同い年だ。自分と同じ、あるいは若い友人が亡くなるのはなんとも辛い。治らないがんであることを知った彼女は、抗がん剤による治療を選ばず、骨転移で痛みが出てきたときには放射線治療で対処した。痛みで歩くことが難しくなってきても、車椅子で小笠原にまで出かけて自然を楽しんでいた。すごいと思ったのは、晩年も自転車にのって出歩いていたことだ。

 入院したのは亡くなる前の数日。それまで自宅で過ごしていた。抗がん剤治療をしていたら、まず間違いなく旅行したり出歩くなどして人生の最後を自分の思い通りに過ごすことはできなかっただろう。自分の死を受け入れて生前から準備をし、信念を貫いて逝った。きっと後悔など微塵もない人生だったのだと思う。私が彼女のことを知ったのは数年前のことで、JANJANの記事がきっかけだった。彼女の記事に共感した私は、メールで連絡をとったのだ。短いお付き合いだったが、良き友に巡り合えたことを幸せに思う。

 弁護士の日隅一雄さんもがんで亡くなられた。彼も、がんが進行して体調がすぐれない中、東電の記者会見に通って、最後まで福島第一原発の事故について事実を知らせようと努力を惜しまなかった。彼も渡辺さん同様、入院をせず体が動く限り活動を続けた人だ。ほんとうに頭が下がる。

 5月には、幼い頃からクモにはまっていたI君の訃報を知った。彼は信じがたいほどのクモ好きで、なんと小学生の頃から日本蜘蛛学会の大会に参加していた。私がはじめて彼に会ったのは2006年の蜘蛛学会の大会で、彼はまだ小学校の高学年だったと思う。関西在住の彼は、わざわざ東京で開催された学会にやってきて、大人のクモ屋さんたちとクモについて会話をしていた。その博学なことに驚かされ、これはただのクモ好き少年ではないと確信した。

 大人のクモ研究者と対等に話しのできる彼は間違いなく立派なクモ学者になるに違いないと思っていたのだが、まだ高校生という若さで亡き人となってしまった。本当に残念でならない。

 もうお一人、忘れられないのが霧ヶ峰の「ころぼっくるひゅって」の手塚宗求(むねやす)さんだ。9月に81歳の生涯をとじた。手塚さんは1956年に24歳という若さで霧ケ峰の車山の肩に小さな山小屋「ころぼっくるひゅって」を建て、以来、山小屋の経営を続けてきた。山小屋を建てた当時はもちろんビーナスラインなどなく、強清水から背負子を担いで荷上げをする生活だった。昭和1959年の伊勢湾台風で小屋は全壊したが、そんな災難にもめげることなく、すぐに小屋を再建された。手塚さんは、霧ヶ峰にまつわる数々のエッセイを残している。

 かつて上諏訪に住んでいた私の両親にとって、霧ヶ峰は庭のような存在だった。小さなときから霧ケ峰に連れていってもらった私にとっても、霧ヶ峰は思い出深いところだ。霧ヶ峰の山小屋といえば車山肩の「ころぼっくるひゅって」、沢渡の「クルヌプヒュッテ」と「ヒュッテ ジャヴェル」だった。それぞれ個性を主張しつつ、まるで兄弟のように佇んでいる。ジャベルは1952年に故高橋達郎さんが建て、その向かいのクヌルプは1957年に松浦寿幸さんが建てた山小屋だ。私の両親は、時をほぼ同じくして建てられた3軒の山小屋の主と知り合いだった。彼らは、霧ヶ峰をこよなく愛した人々だ。

*霧ヶ峰については以下の父のエッセイもお読みいただけると嬉しい。
 
奥霧ヶ峰から男女倉へ 
ヒュッテ霧ヶ峰 
殿城山 

 今年旅立っていった知人は、皆、お金や権力とは無縁で自分の信念を貫き通した人たちだとつくづく思う。だからきっと納得のいく生き方をし、最期も後悔をすることはなかったのだろうと私は思っている。そして、「後悔しない生き方」というのは、決して名声を得たり、贅沢な生活を送ることではないとも思う。

 最後に岡田直樹さんの以下のブログ記事を紹介したい。ここに「後悔しない生き方」のヒントがある。

人生における選択の方法論 その1 (Space of ishtarist)

2012年12月29日 (土)

イソコモリグモの未来は如何に・・・

 先日届いた東京蜘蛛談話会の会誌「KISHIDAIA」にはイソコモリグモ関係の報告が複数掲載されていた。その中でも興味をひかれたのは、谷川明男さんと新海明さんによる「今そこにいるイソコモリを大切にしよう」という報文。谷川さんと新海さんは日本各地のイソコモリグモ生息地を訪ねて採集を行い、遺伝子解析を行ったのだが、その概要が説明されている。

 内容をかいつまんで紹介しよう。

 イソコモリグモは北海道と本州に生息している。北海道では磯海岸を除きほぼ全周に生息地がある。本州の日本海側では青森県から島根県まで分布し、太平洋側では青森県と岩手県北部、そして茨城県に分布する。これらの44カ所でイソコモリグモを採集し遺伝子解析を行ったところ、AからFの6つの系統群に分けることができた。

 これらの6つの系統群はAグループ(北海道・青森県および岩手県北部の太平洋側・青森県と秋田県北部の日本海側)とBグループ(青森から新潟県までの日本海側)が一部(青森県と秋田県北部の日本海側)で重なっているほかは、異所的に分布していることが分かった。また、海岸間の集団構成には大きな違いがある。

 つまり、日本のイソコモリグモは遺伝子レベルで6つのグループに分けられ地域ごとに分化しているが、ひとつの海岸(一続きの生息地)内では遺伝子構成の違いが少ない。このことから、イソコモリは移動能力が低いクモであると推測される。

 クモはバルーニングといって空中飛行をすることが知られており、種によってはかなり遠方まで移動することができる。しかし、イソコモリグモの場合はそのような移動はしないようだ。

 北海道と東北北部に生息するイソコモリが、同じグループであることも興味深い。おそらく海水面が低下して北海道と青森が陸続きになったときに、北海道のものが南下したのだろう。イソコモリグモの分布拡大には海水面の低下による生息地の拡大が大きく関わっていたに違いない。私はミズグモもおそらく同じようにして海岸沿いに分布を広げたのではないかと推測している。

 私はここ数年にわたって北海道のイソコモリグモ生息地を回って見てきたが、小さな入り江の砂浜などに隔離分布しているところがいくつもあった。しかし、そのような生息地が破壊などによって絶滅してしまったなら、まず回復することはできないだろうと思っていた。今回の谷川さんと新海さんの解析は、まさにそのことを証明している。

 イソコモリグモは、時には孤立したほんの小さな砂浜で生き続けている。この逞しさによって、絶滅と分布拡大を繰り返しながら何万年も生きてきたのだろう。しかし、海岸線がどんどん護岸され、あるいは浸食によって削られていく昨今、イソコモリの将来は決して安泰ではない。

 もし、ふたたび氷期が訪れて海水面が低下し、隔離されていた生息地が砂浜で繋がったなら、絶滅してしまった生息地にもイソコモリが復活するかもしれない。しかし、次の氷期が訪れる以前に護岸や海岸浸食などによりイソコモリが絶滅してしまう可能性の方が高いのではなかろうか。あるいは原発事故や核兵器による放射能汚染によって、人類を含む地球の生物は絶滅の危機に瀕するかもしれない。

 人類の近代文明は何万年も生き続けた種を簡単に絶滅に追いやってしまう。人類の罪ははかり知れない。

2012年12月26日 (水)

新岩松発電所新設工事アセスの公聴会で北電にレクチャー

 昨日、新岩松発電所新設工事環境影響評価準備書に係る公聴会が新得町で開かれた。暮れも押し迫ったこんな時期に公聴会とは・・・とは思ったが、道民として意見を言っておかねばならないので公述人として申し込んでいた。

 今回の公述人は私を入れて3人。公述の制限時間は一人15分。13分で一度ベルが鳴るので、なんだか学会の口頭発表みたいだ。傍聴者は十数人だったが、大半は北電関係者と地元新得町役場の関係者のように見受けられた。

 今回の公聴会のお知らせは11月30日付けで北海道のホームページに掲載されたのだが、少なくとも北海道新聞にはお知らせ記事はなかった。不可解に思って北海道の「報道発表」のページも見たが、報道発表がなされていないようだ。道条例に基づくアセス公聴会について報道発表しないとは、どういうつもりなのだろう。北海道のアセスに関わるページをこまめにチェックしている人などほとんどいないだろうから、マスコミが記事にしない限り大半の人は公聴会の開催すら気づかないだろう。一般の人がほとんどいないのは当然だ。結果として、事業者である北電へのレクチャーみたいな感じになった。

 公述を行った3人は、ともに工事実施区域に生息しているシマフクロウへの影響について意見を述べた。このような公聴会では、賛成意見ばかり並べ立てるヤラセを疑わせるような公述人がたいていいるのだが、今回はそのような人はいなかった。泊原発3号機のプルサーマル導入に関する道主催のシンポジウムでは北電のヤラセが発覚して問題になったから、さすがにそれはできなかったのだろう。3人の公述人の意見は、事業者である北電社員には耳が痛い内容ばかりだ。北電関係者は、これらの意見をどう受け止めたのだろうか。

 今回の公述内容は道職員が録音をとっていたが、要約したものを北海道環境影響評価審議会に提出するとのこと。しかし、なぜ要約したものしか提出しないのだろう。要約では伝えたいことのすべてが伝わらないし、重要な部分をカットされる可能性も否定できない。

 道民意見のほかに、関係市町村の意見、北海道知事の意見が出され、それに基づいて最終的な評価書が作成されることになる。はたして道民意見はどれほど評価書に反映されるのだろう。ほとんど反映されないのであれば、「聞きおくだけの公聴会」という評価になる。

 以下が私の公述原稿。北電関係者はこのブログをチェックされていると思うので、しっかり読んでいただきたい。

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 私は、新岩松発電所の建設計画について知ったとき、シマフクロウへの影響のことが頭をよぎりました。北電はこのことについてどのように考えているのか大変疑問に思い「新岩松発電所新設工事環境影響評価方法書」および「準備書」を閲覧しました。これらを読んで浮かび上がってきた問題点について述べます。

シマフクロウ情報の隠蔽について
 はじめに指摘しなければならないのは、方法書でも準備書でもシマフクロウの情報を隠蔽しようとしているのではないかということです。岩松地区を含むペンケニコロ川流域では、美蔓地区国営かんがい排水事業のアセスメント調査が行われていました。この報告書にはシマフクロウのことが書かれています。ところが「方法書」にはこのアセスメント報告書が参考文献として取り上げられていませんでした。北電がこのアセスメントのことを知らないというのはとても不可解なことです。

 その後、北海道への公文書の開示請求によって、北電は美蔓地区国営かんがい排水事業のアセス調査を事前に知っていたことが分かりました。この文書は2010年11月26日付けの「岩松発電所再開発計画に係る事前相談について」というものです。ここには北電が次のような説明をしたと書かれています。「(近くで開発局がおこなっている、かんがい排水事業の自主アセスにならって)自主アセスを実施することで環境配慮の責任を果たすこととしたい」。つまり、北電は美蔓地区のかんがい排水事業でアセス調査を行っていることを知っていたにも関わらず、このアセス報告書を方法書の参考文献に取り上げなかったのです。シマフクロウの情報を隠蔽しようとしたとしか思えません。

 また、この地域にシマフクロウやイトウが生息しているために、環境推進課が北電の自主アセスを認めなかったことも開示文書から明らかになりました。つまり、北電はシマフクロウやイトウが生息しているからこそ条例に基づいた環境アセスメントを実施しなければならなかったのです。ところが、「方法書」では驚くべきことに、「野生生物への配慮」を記載していなかったのです。配慮しなければならない希少動物が複数生息しているにも関わらず、野生生物への配慮を記載しなかったのはなぜでしょうか。私には希少動物への影響がないと見せかけるためだったとしか思えません。

 また岩松地区はシマフクロウの生息地ですから、生態系の「上位性」の注目種として当然、シマフクロウを選定しなければなりません。ところが、準備書では「オジロワシ」と「クマタカ」しか選定していません。これも恣意的にシマフクロウを除外したとしか思えません。

 北電が配布用に作成したカラー印刷の「準備書要約書」では、重要な鳥類としてオジロワシ、オオワシ、クマタカ、クマゲラ、オオジシギが取り上げられていますが、ここにはシマフクロウの種名はまったく見当たりません。

 絶滅危惧種であるシマフクロウやイトウの生息地であるがゆえに環境影響評価を行うことになったにも関わらず、シマフクロウを無視あるいは軽視した方法書や準備書になっているのです。事業実施区域周辺に希少動物が生息していることは、事業者が事業を進めるにあたって不都合なことに違いありません。これらの事実から、北電はシマフクロウについて隠蔽しようとしたとしか考えられません。希少動物への影響を真摯に検討するという姿勢からかけ離れています。

杜撰なシマフクロウ調査について
 次に指摘しなければならないのは、北電のシマフクロウの調査です。北電は、生態系の「上位性」の注目種としてシマフクロウを選定しなかった理由について、「対象事業実施区域ではシマフクロウの生息は確認されていない」と説明しています。しかし、対象事業実施区域にはシマフクロウの採餌場があります。岩松発電所が発電を停止すると、発電所の放流口は干上がった状態になり魚が取り残されるのですが、シマフクロウはそこを採餌場として利用しています。また、8月7日に新得町で開催された準備書の説明会でも、参加者からシマフクロウの声を何度も聞いているという発言がありました。北電が事業実施区域でシマフクロウを確認できなかったのであれば、杜撰な調査といわなければなりません。

 そもそも事業実施区域で確認されなかったので「上位性」の注目種として選定しなかったというのは弁明でしかありません。知事は「方法書」に対して次のような意見を寄せています。「当該事業の実施により発電所放流口の移設や取水量が増加するなど、河川生態系への影響が懸念される。当該事業実施区域およびその周辺には採餌を河川に依存する希少種が生息する可能性があることから、当該事業の実施が要因となる河川生態系の変化が本地域の生態系上位種に与える影響について、準備書において予測・評価することが必要である」。知事は岩松地区がシマフクロウの生息地であり、シマフクロウは生態系上位種であるとして注意を呼び掛けているのです。シマフクロウを「上位性」の注目種に加えて報告書を書きなおす必要があります。

シマフクロウに与えるストレスを無視した評価
 また、この準備書ではシマフクロウに与えるストレスが考慮されていません。猛禽類はきわめてデリケートで、騒音や振動、人や自動車の往来、環境の変化などに敏感に反応し、大きなストレスを受けることが分かっています。したがって発破を伴うような工事はシマフウロウに多大なストレスを与えると考えられます。ところが「準備書」では騒音や振動について「低減に努める」としているだけで、発破音の大きさや環境に与える影響などについて明らかにされていません。しかも、工事に伴う人や自動車の往来については何ら評価がされておらずストレスを無視したものとなっています。

 準備書では「希少猛禽類については生息状況を把握し、重要な行動が確認された場合には専門家等の意見を踏まえ工事計画等の調整をします」としています。北電の説明によると「重要な行動」とは「繁殖に係る行動」であり、準備書の事業実施区域の周囲約500mの範囲では希少猛禽類の繁殖が確認されていないとのことでした。また、繁殖するような行動がないかモニタリングするとのことです。しかし、繁殖に関わる重要な行動が認められてから対策を講じるのでは遅すぎます。これでは何のためにアセス調査を行うのか分かりません。

 また、繁殖していなければ大規模な工事をしても影響がないということにはなりません。たとえば、現在岩松地区にはシマフクロウが1羽しか生息しておらず繁殖できない状態にあるということもあり得ます。しかし、他の地域から分散してきた個体がここに住みついて番になる可能性はいつでもあります。現に、近隣にもシマフクロウの生息地があるのです。岩松地区は環境省がシマフクロウの保護増殖事業を行っているところであり、常にシマフクロウが安心して生息し、繁殖できる環境を確保しておくべきところなのです。北電は認識を新たにすべきです。

シマフクロウの情報の非公開について
 さらに、シマフクロウに関して懸念されるのは、道民に情報が知らされないまま秘密裏に判断がなされることです。先に述べたように、この環境影響評価でもっとも懸念されるのはシマフクロウへの影響です。ところが、肝心のシマフクロウの具体的情報は別冊の報告書にまとめられて非公開となっており、道民はその内容を知ることができません。北海道環境影響評価審議会でもシマフクロウやイトウについての審議は非公開になっています。

 北海道環境影響評価条例の第1章、第3条には次のように書かれています。「道、事業者及び道民は、事業の実施前における環境影響評価の重要性を深く認識して、この条例の規定による環境影響評価その他の手続及び事業の実施に際して講ぜられる措置等に関する手続が適切かつ円滑に行われ、事業の実施による環境への負荷をできる限り回避し、又は低減することその他の環境保全についての配慮が適正になされるようにそれぞれの立場で努めなければならない」

 しかし、アセスメントにおいてもっとも重要な情報を秘匿にしているのですから、道民はこの条項に書かれている責務を十分に果たすことができないのです。もっとも重要な情報を非公開にして道民の意見を募るという感覚に驚きを禁じ得ません。道民を無視したアセスであり、アセス条例の主旨にも背くものです。

 さらに、アドバイスをする専門家の名前も非公開です。このために、ごく一部の専門家に判断を託すことになります。専門家の名前を公開できないということは、責任の所在も明らかにしないということであり、アセスの信頼性にも関わってきます。アドバイスをしている専門家の名前を明らかにすべきです。

発電所からの放水量の変化について
 もう一つ、シマフクロウだけではなく河川生態系への影響も指摘しておきます。

 事業の目的の一つに最大出力の増加があります。出力を最大にしたときは発電所からの放水量がこれまでより大きくなります。また、ダムに水を溜めるために発電を停止する時間も長くなると推測されます。ということは河川の水量の変化が今まで以上に大きくなるということです。水量の変化は河川生態系に大きな影響をあたえます。この地域ではイトウが生息しており魚類への影響が懸念されます。

選択肢の追加について
 最後に、環境に対する負荷を回避したり低減するための別の選択肢が用意されていないことについて述べます。

 この事業の最大の目的は老朽化による設備の更新です。私は、老朽化した設備の更新自体を否定するつもりはありません。しかし、最大出力の増加はどうしても必要だとは思えません。

 事業実施区域にはシマフクロウの採地場があるのですから、大規模な工事がシマフクロウへ影響を与えることは避けられません。であるならばできる限り影響を少なくするために、老朽化した水車や発電機を新しいものに交換するだけに留めるという選択肢があって然るべきです。ところが、この準備書でははじめから発電量の増加を前提としていて、交換のみに留めるという選択肢が用意されていません。これはアセス書として欠陥があると言わざるを得ません。

 原子力発電による電力供給が増加するに従って、火力発電所の休止が増え、水力発電は原発の調整電力として利用されるようになってきました。原発は出力の調整が困難なために電力供給のベースとして使用し、原発で足りないピーク時の電力調整を水力発電で行うようになってきたからです。今回の新設事業は福島の原発事故以前に計画されたものですから、最大出力の増加は原発の調整に対応したものと考えられます。しかし、福島の原発事故以降、世論は脱原発へと向かっており、原発の依存度を減らしていくというのが国の方針です。泊原発が稼働していない現時点でも電力は足りており、最大出力の増加はどうしても必要なこととは思えません。

 新設をせずに機器の交換だけに留めるという選択肢を加え、環境影響評価をやり直すべきです。

 なお、準備書は意見募集の期間の終了とともに非公開になり、公聴会の意見を書く際に見ることができません。公聴会開催までは準備書を公開しておくべきであることを申し添えます。

以上

2012年12月22日 (土)

国際原子力ムラという諸悪の根源

 日本科学者会議の発行する「日本の科学者」の1月号の特集は、「国際原子力ムラ その虚像と実像」である。

 このタイトルから分かるように、いわゆる原子力ムラは日本国内だけの問題ではない。福島の原発事故によって原子力ムラの嘘と隠蔽が白日のもとにさらされたが、それでもなお日本の原子力ムラのメンバーが何の責任もとらずに平然と嘘をついていられるのも、バックに国際原子力ムラによる保護があるからだ。

 高橋博子さんによる「冷戦下における放射線人体影響の研究―マンハッタン計画・米原子力委員会・ABCC」では、米原子力委員会、国際原子力機構(IAEA)、国連科学委員会、米国放射線防護審議会(NCRP)、国際放射線防護委員会(ICRP)が互いに協力して、核開発は原子力発電の推進に優位な体制を形成してきたことを解説している。つまり、これらの機関における放射線防護とは、放射線の影響を無視したり隠蔽するなどして過小評価することであり、放射能から人間を守ることではない。

 イヴ・ルノワール氏による「国際原子力ムラ―その成立の歴史と放射線防護の実態」も、同じく国際原子力ムラの設立の経緯をひも解いている。国際原子力ムラは「平和のための原子力」を掲げ、チェルノブイリの被害を隠蔽して人々を騙してきたのである。ルノワール氏の結論の部分を以下に引用しておきたい。

 国際原子力ムラは、危機があるたびに強化されていく。スリーマイル島では、米原子力規制委員会の完全管理下にあったため、介入することができなかった。チェルノブイリを処理するにあたっては、この過ちから得られた教訓を生かすことができた。福島原発が爆発した時、彼らは準備万端で、「正当な」情報の管理を素早く手中におさめた。日本政府の脆弱さのために干渉がずいぶん楽になったことは確かである。いずれにしても、前述した「原子力事故援助条約」によって原子力の危機管理はIAEAに委ねられているため、これから起こりつつあることに対して、日本はいっさい客観的な解釈ができないのだ。チェルノブイリが今、繰り返されている。

 つまり、福島第一原発が爆発したときから、すぐに国際原子力ムラの介入がなされ、日本は彼らの意のままになっているといえよう。事故は過小評価され、被ばくによる健康被害を黙殺することが国際原子力ムラによってすでに決められているといっても過言ではない。

 ウラディミール・チェルトコフ氏による「チェルノブイリの犯罪―福島にとっての一つのモデル」では、IAEAとWHO(世界保健機関)による犯罪的な過小評価を批判している。両者はチェルノブイリの事故後にベラルーシで増加し悪化する病気の大半は、ストレスや放射能恐怖症、両親のアルコール依存症が原因だとして、被ばくの影響を隠蔽したのだ。

 この論説では、とりわけエートス・プロジェクトについて具体的に説明している。エートスは、1976年にフランス電力公社(EDF)とフランス原子力庁(CEA)によって設立された組織だ。エートスは1996年にチェルノブイリの事故で汚染されたベラルーシのオルマニー村の放射線測定センターにやってきた。この測定センターはワシリー・ネステレンコ博士が設置したもので、エートスはネステレンコに教えを乞うために近づいた。ところがエートスは、ネステレンコ教授に指導を受けながら、彼が所有していたデータを収奪し、ネステレンコ氏の活動を妨害したのだ。

 ネステレンコ博士は、ベラルーシの汚染された地域に370の放射能測定地区センターを設置し、食物の汚染の低減などの指導を行い、りんごペクチンをベースにした栄養補助食品によって、子どもの臓器に取り込まれたセシウム137の体外排出に取り組んでいた。ところがエートスは子どもたちに放射能吸着剤を投与することを拒否してモルモットにしたのである。エートスは、あたかもチェルノブイリの被災地を支援するように見せかけ、子どもたちをモルモットにして放射能による被害データを持ち帰ったのだ。  原子力ムラによる騙しの構造は、根が深くしかも強力だ。彼らは自分たちを守るためには何でもやる。この上もなく厄介な魔物のような集団だ。そして、福島第一原発も爆発直後から国際原子力ムラに支配されているのである。エートスはすでに福島にも上陸している。チェルノブイリと同じように放射能による健康被害を放射能恐怖症だとして住民に被ばくを強いている。

 国際原子力ムラのやっていることは、エセ科学を基にした原子力の擁護と推進である。国際原子力ムラについては、福島の事故以来、インターネットなどを通じて多くの人が知るところとなった。しかし、多くといっても日本人全体からしたらごく一部に過ぎない。原子力ムラの一員であるマスコミが何ら報道しようとしないからだ。国際原子力ムラと国内原子力ムラに操られ、被ばくを強いられる福島の状況はまるで悪夢のようである。今回の衆院選で脱原発に消極的な自民党が圧勝したことは、国際原子力ムラにとっては大歓迎だろう。

 恐ろしく思うのは、いわゆる原子力ムラのメンバーではない方にも、国際原子力ムラの主張と同じようなことを言っている人がいることだ。このような人たちはいったいどこまで国際原子力ムラの経緯や構造を理解しているのだろうか。今回の特集は「日本の科学者」というかなり限られた読者しか持たない雑誌だが、多くの人たちに是非読んでほしいと思う記事が多数掲載されている。

「日本の科学者」2013年1月号(本の泉社)

2012年12月19日 (水)

経営難で補助金頼みの加森観光がスキー場を拡張する不思議

 12月8日の北海道新聞に、「震災以降 年1億円減収 サホロリゾート 新得町、6千万円支援へ」との記事が掲載された。加森観光の経営するサホロリゾートは原発事故以来観光客の入りこみが減少し、リゾート内施設を賃貸している外資系の「クラブメッド北海道」が2年連続で夏季休業して賃料収入が減ったため、新得町に今後5年間で1億5千万円の支援を要請したという。新得町は、サホロリゾートが町内から約100人の雇用を生んでいることから、本年度と来年度の2年に限って年3千万円の補助をすることにしたという記事だ。

 加森観光は、10億5000万円の自己資金でサホロスキー場を拡張するとして北海道から開発許可を得ている。そんな会社がなぜ新得町という小さな町にここまでお金を無心するのだろう。その背景を明らかにしているのが、先日、新得町に新聞折り込みされたチラシだ。このチラシは、サホロリゾート開発問題協議会のホームページに、掲載されている。

これでいいの?6000万円の使い途 

 加森観光は2002年度から2011年度までの10年間で新得町から5億円もの補助金をもらっている。そして、さらに資金援助を求めているのだ。スキー場拡張事業にかける10億5千万円もの自己資金があるなら、町に資金援助などしなくても十分にやっていけるだろう。だいたい、原発事故による損害補てんを町に求めるなどというのは筋違いな話しだ。

 ところで、加森観光が経営するサホロリゾートは2011年度の売上高が10億円を割り込んだとみられ、もはや事業継続が危ぶまれるほどになっているようだ。たしかに原発事故の影響もあるだろうが、北海道のスキー場の大半はそれ以前から入り込みが減っている。サホロスキー場やサホロリゾートの他の施設も、当然のことながら入り込み数は減少の一途をたどっている。加森観光は老朽化して危険なリフトの撤去をすべきなのに、それもしていない。かなり経営が危ういと見てよさそうだ。ならば、なぜ撤退せずに拡張しようとするのか?

 スキー場用地として国有林を借りている場合、撤退する際には原状回復が義務付けられている。つまり、リフトなどの設備を撤去し、植林をするなどしなければならない。しかし、これには相当な費用がかかる。加森観光は、サホロリゾートを中国資本に売り渡すことを目的に、付加価値をつけるためにスキー場の拡張を計画したとしか思えない。しかし、昨今の日中関係の悪化でそれもほぼ不可能だろう。

 こんな状態で拡張工事をしたらどうなるのか? 買い手がないまま経営破たんしたら、森林が破壊され、ナキウサギ生息地も破壊されたまま放置される公算が大きい。もっとも外国資本の手に渡ってもどうなるのか分からない。いずれにしても最悪の事態だ。10億もの自己資金があるのなら、責任のある対処をしなければならないだろう。

 加森観光は、自然保護団体がスキー場開発予定地で確認したナキウサギの痕跡を、ナキウサギのものとは認められないと不可解な主張をしている。自然保護団体はその根拠について説明を求めているのだが、加森観光からは未だに説明がない。実に無責任な会社だ。

 ところで、今回の補助金支出については、本日(12月19日)開催された町議会で採決前に取り下げになったそうだ。まっとうな判断をしたと思う。

2012年12月17日 (月)

思考停止の国民はいとも簡単に騙される

 今回の選挙には期待はしていなかった。それでも呆れるほどの投票率の低さ、自民の圧勝になにやら眩暈がしてくる。国民の劣化は、どうやら思っていたより著しい。

 自民党の圧勝は民主党の否定という見方も確かにできる。しかし、前回の衆院選では多くの国民が自民党を否定したから民主党政権になったのだ。その民主党を否定するなら、自民も民主もダメだというのが筋ではないか。それなのに社民党や共産党は議席を減らしてしまった。右とか左という分け方は好きではないが、この国の国民は左翼、あるいは左翼的なものを絶対的に敬遠するようだ。結果、自民か民主、あるいは維新という選択になるのだろう。

 今回の選挙は、これまで自民党の推し進めてきた愚民化政策がものの見事に功を奏し、ついに来るところまで来たという感じだ。自分で情報収集して考え判断することを放棄し、権力者の言いなりになってしまう国民をつくってきたのは自民党だ。小規模政党が不利になる小選挙区制を導入したのも自民党。嘘と騙しで原発を造り続けたのも自民党。米国の新自由主義に追従し、大量の非正規雇用と貧困を生み出したのも自民党・・・。

 結局、大半の国民は自分の目先の利益で頭がいっぱいなのだろうか。だから、経済成長、景気回復を叫ぶ政党に簡単に飛びついてしまう。でも、自民党の言う景気回復とは、原発を再稼働させ、大型公共事業を推し進め、米国の言いなりになり、新自由主義路線を邁進するということに他ならない。格差は何も解消せず、福祉は切り捨てられ、弱者はさらに苦しめられる。こんな社会がまともなはずはない。

 自民党が圧勝し、公明党と合わせて3分の2以上の議席を獲得した。改憲を目指す維新も54議席を獲得したのだから、さっそく改憲に向けて動き出すだろう。平和憲法もいよいよ危機的になってきた。戦争をするためには、国民をずっと騙し続けなければならないから、権力者に逆らう者たちへの監視や弾圧が強められるだろう。言論統制も行われるに違いない。まるで戦前と同じだ。この国は平和憲法を捨て去り、また同じ過ちを繰り返すのだろうか。

 こんなときに、国民の4割もが自らの意思表示を放棄してしまった。この人たちは、政治などどうでもいいと思っているのだろうか。投票したい人がいない、という人たちは、どんな政策を掲げる候補者あるいは政党だったら入れたいのだろうか? 結局、何も考えたくないのだろう。思考停止の人たちは、権力者に簡単に騙され操られてしまう。無関心層のこれほどまでの広がりに暗澹たる気持ちになる。

 目先の利益しか考えられず、危機感も持てず、これほどまで簡単に操られてしまう国民に待ちうけている未来は途方もなく暗い。平和憲法の崩壊が先か、原発震災が先なのか・・・。

2012年12月15日 (土)

滅びゆくことを見極める選挙なのか・・・

 明日はいよいよ衆院選。なんだかいつになく気が重い。このところのマスコミのあまりに露骨な誘導に辟易としてくる。何度も世論調査の結果を発表して、自民、民主、維新の競争であると印象づけるしか能がない。

 12月7日に三陸沖でマグニチュード7.3の地震があって、東北地方が大きく揺れた。そして、今日も福島は震度4の揺れがあった。地震の度に、原発は大丈夫なのかと背筋が寒くなる。日本がこれほど危機的な状況に陥っているというのに、マスコミは国民を騙して原発社会をつくり上げた自民党やその同類政党をなぜこれほどにまで宣伝するのか?

 多くの国民が脱原発、反TPP、消費税増税反対を望んでいる。そして未来、社民、共産など複数の政党が明確な脱原発、反TPP、消費税増税反対を謳っているというのに、まるでそれらの政党はマスコミの視野には入っていないかのようだ。

 活断層の真上あるいは近くに原発を造り続けてきた日本という国は、世界の常識から完全に外れた超非常識の国だ。経済発展のために原発が必要だなどと言う人がいるが、自民党の推し進めてきたグローバル化、市場原理主義こそが、これほどの格差、貧困を生みだしてきたのではないか。民主党だって、自民と何も変わらなかったことが証明された。公明党は同罪だし維新はさらに恐ろしい。これらの政党は戦争へつき進もうとしているとしか思えない。原発事故か戦争でこの国を滅亡させるつもりなのだろう。

 選挙に当たり、自民党や民主党が今まで何をやってきたのかを検証することこそマスコミの役割ではないのか。マスコミの体たらくには呆れ果てる。

 日本が滅亡に向かっているとは思いたくないが、自民や民主が政権をとるということは、日本が自滅に向かって歩むことを意味していると思う。そのときは、マスコミも共犯者だ。

 以下、選挙前に一読することをお勧めしたい。

「独りファシズムVer.0.1」の記事からいくつか。
http://alisonn003.blog56.fc2.com/blog-entry-308.html
http://alisonn003.blog56.fc2.com/blog-entry-309.html
http://alisonn003.blog56.fc2.com/blog-entry-310.html
http://alisonn003.blog56.fc2.com/blog-entry-311.html
http://alisonn003.blog56.fc2.com/blog-entry-312.html 

明日の選挙を間違えると、日本は空中分解する可能性すらある(DARKNESS)

2012年12月13日 (木)

地震で不等沈下し爆発でボロボロになった福一4号機の危険性

 岩上安身さんが11日の夜に以下の連続ツイートを流した。

村田光平元駐スイス大使から、先ほどメールで驚くべき情報が届けられた。福島第一原発4号機の使用済み核燃料を貯蔵したプールのコンクリートがボロボロに痛んできており、冷却水を送るポンプが故障し、秘かに復旧作業をしているという。村田氏ご本人に電話で確認の上、以下、全文を明らかにする。

続き2。以下、村田元駐スイス大使からのメール全文公開。「岩上安身様 9日に寄せられた下記の情報をお届けいたします。(9日に寄せられた情報)「4号機だが…、何日か前から、燃料貯蔵プールに冷却水を送るポンプが故障ぎみだったが、ついに昨日、故障してしまった、と。…

続き3「 …そのため緊急招集がかけられ、作業員が懸命にポンプの交換作業をしているが、あと2~3日はかかるそうだ。(臨時の作業員が南の方から[夜間も]ヘリで運ばれてきている、と。)…」

続き4「…上の作業員の話では、4号機の燃料貯蔵プールを補強したコンクリートがボロボロに傷んできていて、「危険な状態」になっているそうだ」(ここまでが9日に村田光平元駐スイス大使に寄せられたという情報の引用。以下は村田元大使から私宛のメール)…

続き5「…『東北エンタープライズ』の名嘉会長に電話したところ故障の事実を認めました。復旧に2,3日もかからないのではないかとの意見でした。4号機の冷却装置は故障中との情報を大島賢三原子力規制委員に伝えたところ9日5時すぎより東電が現地に確認したと して…」

続き6 「…状況は十分コントロールされているとの報告がありました。本11日午後、名嘉会長及び大島規制委員と連絡を取り4号機冷却装置の故障の復旧を確認いたしました。なぜ報道されなかったのか、地元への通報の有無を含め問題が残されました。…」

続き7 「…また、大手企業の元幹部の次のような見解は傾聴に値します。『心配していた事態が起こったようですね。ポンプの故障だけならまだ愁眉を開けるかもしれませんが、4号機の支持基盤が目に見えない所で毀損していると事態は深刻になりそうです。…」

続き8 「……M≒8の余震が起こる可能性も指摘されているので、この問題は官民ともしっかりフォローしてもらいたいと思います。昨今敦賀原発の活断層と絡んで、休炉・廃炉さえすれば問題が解決するかのごとき論調が、政治家やメディアの間で出回っているので、余計心配になります。…」

続き9 「……ご活躍をお祈り致します。村田光平」。このメールを受け取ったあと、村田元大使に電話してお話をうかがった。以下、村田元大使の話。「この情報は、各全国紙の編集局長各氏、NHKの編集局長ら、主要なマスコミのキーパーソンにはみんな送ったのですが、すべて黙殺です。…」

続き10 「…どこのマスコミも報じない。驚きました。まだ、原子力独裁は続いているのですね。福島県庁の災害本部の課長にも電話しましたが、4号機プールの冷却水ポンプ故障の件は知らない様子でした。地元福島への通報はなされていないようです。メールは全文公開してくださって結構です」

続き11 ということで、 緊急だが、明日、村田光平元大使にインタビューを行うことにした。時間は5時から、蓮池透さんのインタビューのあと、ch1で。明日は昼からインタビュー三連打。その後、ニッポンダンディー。

 で、予告通り12日の夕方5時から村田氏へのインタビューがあった。予定では岩上さんがインタビューする予定だったのだが、岩上さんが体調を崩したためにスタッフの佐々木さんがインタビューをした。村田さんの話しは、おおよそ以下のような内容だった。

・東北エンタープライズの会長は、4号機プールの水温は毎時0.5度上がるので60度になりまでは3、4日かかるが、すぐ直るだろうとの話しだった。9日現在故障していたが、11日に復旧した。福島県の職員が何も知らされていないのは驚き。地元への警告がなかったのは問題。

・現場ではたびたび故障が起こっていて故障が慣れっこになっており、すぐに直ると楽観視しているが、今の事故処理体制は適切ではない。お金、人員の面で限界になっている。世界の安全保障問題なのに、予算面などで最大限の事故処理対応がなされていない。

・福島第一原発の1号機から6号機に14225本の燃料があり、世界の破局につながる。これ以上東電に任せておけない。

・名前は言えないが、福島第一原発の現場の信頼おける人がいつも私に情報を提供してくれる。

・アー二―・ガンダーセン氏は、8月に、4号機の燃料の3分の2は今からでも燃料が取り出せるので、それだけでもすぐに取り出すべきだと言った。東電は燃料の3分の2は破損していないことを確認している。

・地盤が劣化していることが問題で、廃炉にしても解決しない。4号機は不等沈下している。

・4号機が倒壊したらジルコニウム火災が生じる。ジルコニウム火災は水をかけても防げないが、何も対応ができていない。

・東電は、12日に冷却装置の故障はなかったと発表している。私はマスコミに情報を流したが、報道しなかった。原子力ムラの影響が大きく残っているためではないか。

・日本未来の党の嘉田さんは本物だと思う。嘉田さんの脱原発はスローガンではない。

・父性文化ではなく、母性文化が潮流にならなければならない。父性文化は必ず戦争に至る。

・大飯原発は安全が確認されていない限り動かしてはならないのに動かしてしまった。「イロハ」の「イ」も分かっていない。国民が声を上げないことに落胆している。原子力規制庁は大飯原発を停止しなければならない。規制庁の信頼が問われる。

 コンクリートが大きなダメージを受けているのは間違いない。地震によって福一の地盤が沈下していることは、院長先生こと小野俊一医師が2011年5月16日に指摘している。そのうえ4号機は建屋がボロボロになる大きな爆発をしている。均一ではない地盤沈下で建屋がガタガタになったうえ、爆発でさらにもろくなっているのだ。プールを支えるコンクリートがボロボロだという情報は何ら不思議ではない。

福島原発で地盤沈下(院長の独り言)

 4号機の倒壊の恐れについては以前からアー二―・ガンダーセン氏が警告を発しているが、日本のマスコミは無視を続けている。東電は建屋を補強してはいるが、あの程度の補強ではとても大きな地震には耐えられないだろう。なぜ基盤からコンクリートで固めるなどの強固な補強をしないのか・・・。地震直後からアウターライズ地震が懸念されているというのに、私には理解しがたい。

 現場にいるある人物が村田さんに情報を提供しているとのことだが、おそらくその方は4号機の危機的状況を大変懸念し、マスコミが無視を決め込む中でなんとか多くの人に実態を知らせたいとの想いから情報を流しているのだろう。村田氏が岩上氏に連絡をとりインタビューに応じて話しをするということからも、村田氏は情報提供している人は現場のそれなりの責任者であり、村田氏と強い信頼関係にあるのだと思う。

 ちなみに、村田氏はスイス大使をしていた時、原発の危険性を訴えるフランスやドイツの科学者の報告書を当時経産相だった甘利明氏に渡したところ、甘利氏は村田大使の首を取ってしまったそうだ。以下参照。

自民党・甘利明を落選させるためのデモ「右から考える脱原発集会」 (放射能メモ)

 さらに、原発訴訟で甘利氏は「日本なんてどうなったっていい」と発言したそうだ。それが本心なんだろう。

【原発訴訟】甘利元経産相「日本なんてどうなったっていい」 (原発事故は東電が招いた人災)

 東電が故障を公にせずに秘密裏に対処し、マスコミも今回の情報を流さないことからも、パニックを理由に事実を伝えないという東電やマスコミの体質は、今でもまったく変わっていないことがよく分かる。もし福一が手をつけられない状況になっても、この国では恐らく真実がすぐに伝えられることはないだろう。

 今回の件で、原発作業員のハッピー氏に質問をしている人がいるが、休日の故障についてハッピー氏がどこまで真実を知っているのか疑問だし、たとえ真実を知っていても守秘義務から本当のことは答えない可能性が高いのではなかろうか。ハッピー氏はこの故障について知らないそうだが、知らないからといって故障がなかったということにはならない。彼はマスコミが報じたことに関しては呟くのだが、マスコミが報じていないことはまず呟かない。また、福一の危険性についてもあまり語らない。

 今回の故障は7日の地震と関係しているとしか思えないが、あの程度の地震ですぐにトラブルが発生するのなら、より大きな地震が起きたなら手がつけられないことになりかねない。福一は今も綱渡り状態だ。ところが日本人の多くはマスコミ報道を信じ、原発事故はもう収束したと思い込んでいるのだろう。

 国が国民の命を守ってくれるなどとは、決して思ってはならない。東電も政府も自己保身しか考えていない。なんだか壮大な罠にはめられている気がしてならない。

2012年12月10日 (月)

「北海道電力〈泊原発〉の問題は何か」が語るもの

 先日発行された「北海道電力〈泊原発〉の問題は何か」(泊原発の廃炉をめざす会編、寿郎社)を読み終えた。この本は泊原発の危険性をさまざまな視点から説明した本であるが、泊原発の問題は、日本のすべての原発に共通するものであることを再認識させられる。

 内容は以下の7つの章からなる。

第1章 日本を変えるステージの始まり  市川守弘
第2章 倫理から見た原発  常田益代
第3章 泊原発に迫る地震と津波の危険  小野有五
第4章 泊原発は構造的にどこが危険なのか  斎藤健太郎・林千賀子
第5章 フクシマで起きたことが泊で起こったら  難波徹基
第6章 原発なしでも北海道はやっていける  菅澤紀生
第7章 司法はフクシマ事故に重い責任がある  海渡雄一

 そのほかに「原発と向き合う-それぞれの現場から」として斎籐武一、村上順一、清水晶子、宮内泰介、みかみめぐる、宍戸隆子、鈴木亨各氏のエッセイも収録されている。

 どの章も重要なことが書かれているのだが、私はとりわけ第3章の小野有五氏による「泊原発に迫る地震と津波の危険」が興味深かった。

 泊原発の周辺に活断層があることについてはこれまでも小野有五氏が講演会などで話していたが、その話しをより深く噛み砕いて説明しているのがこの章だ。

 日本の太平洋側では太平洋プレートがユーラシアプレートの下に沈み込んでおり、ここではしばしば海溝型の大地震が発生する。しかし、日本海側は太平洋側のように大きな地震が起こらないというのが多くの日本人の感覚ではなかろうか。小野氏によると1970年までは日本海側にはプレート境界がないと言われていたそうだ。ところが、1983年に秋田沖でマグニチュード7.7の日本海中部地震が起き、1993年にはマグニチュード7.8の北海道南西沖地震が、そして1995年にサハリンでマグニチュード7.6の地震が起きた。そしてこれらの震源が日本海の東縁に並んでいたころから、北米プレートとユーラシアプレートの境界がここにあることがはっきりしたという。

 ただし、北米プレートとユーラシアプレートがぶつかってユーラシアプレートの沈み込みが始まったのは比較的最近のことだという。このためにまだ沈み込みが浅くて深さが50キロメートルほどしかなく、しかもプレート境界では複雑な運動が生じているという。

 また、奥尻島は日本列島でもっとも早いスピードで隆起してきた島であり、しかも傾きながら隆起してきた島なのだ。その隆起は大地震によってもたらされたという。奥尻島の海岸にある露頭からは、4つの津波堆積物が確認されている。

 奥尻島を隆起させてきた第一級の活断層が泊原発から100キロ圏内ぎりぎりのところにあるのだが、この断層が動けば間違いなく巨大な津波が発生する。また、二つの活断層が連動して動く可能性も高い。

 そして、泊原発の周辺も奥尻島のように地震のたびに隆起した地域だという。泊原発のすぐ近くで、地震性隆起を示す地形が見られるのだ。すなわち隆起した海食洞やノッチ、海成段丘、離水ベンチなどだ。

 泊原発は、いつ巨大地震や大津波に襲われてもおかしくないところに建てられているということに他ならない。改めてその恐ろしさを痛感する。

 第4章の「泊原発は構造的にどこが危険なのか」では、福島第一原発で用いられていた沸騰水型軽水炉と、泊原発で用いられている加圧水型軽水炉の違いが一般の人にも分かりやすく解説されている。私もこの説明で相違点と問題点がだいぶ整理できた。福一の事故報道によって何となく沸騰水型のほうが危険なのではないかという思い込みを持っている人がいるかもしれないが、この解説を読めばどちらがより危険などということは言えないことがわかる。巨大地震にはどちらも耐えられない。

 第6章の「原発なしでも北海道はやっていける」では、北電がしきりに脅していた電力不足がいかに欺瞞に満ちたものであるかを具体的に暴いている。原発を再稼働しないなら原発に代わるエネルギーが必要だが、再生可能エネルギーはそんなに簡単に普及できないという意見がある。しかし、原発なしでも電気は足りているのだから、これは再稼働を認める理由にならない。原発は即停止できる。あとは二酸化炭素を放出する火力発電などをいかに減らしていくかという問題だけだ。原発がないと電気が足りないと信じている人は、相変わらず原子力ムラに騙されているといっていいだろう。

 本書を読めば、普通の感覚の持ち主なら、この国は直ちに原発の廃止を決定し、燃料を安全なところに移してほしいと思わずにはいられないだろう。原子力を続けるか否定するかは、地球の破局を黙って見ているか否かの選択といっても過言ではない。

 最後に、福島から北海道に家族で避難された宍戸隆子さんの「故郷を奪われる苦しみ」から一部を紹介したい。

 「原発は安全です」と、どれほど聞かされたでしょう。チェルノブイリの原発とは違うとも、五重の壁に守られているから放射性物質は外に漏れ出すことはないとも。原発がいかに安全でクリーンな未来のエネルギーであるかをつづったカラーの広報誌が時折配られました。でも原発は爆発し、たくさんの放射性物質が今もなお大気にも海にも放出されています。
 町は原発のお金で生きてきました。原発関連の仕事についている人はたくさんいましたし、飲食業界にとって東電様は大事なお客様でした。そんな中で原発の危険を口にしたらどうなるか。「気が狂った」「変な宗教にはまった」「政治活動なのか」・・・・・・徹底的に抑圧されるか無視されるか、です。

 安全神話が完全に崩れ去った今、それでも原発を稼働させたいと思っている人こそ「気が狂った」「変な宗教にはまった」人ではなかろうか。今までは騙されていた国民も、これからは「騙された」では通用しないし済まされない。もう決して騙されてはいけないのだ。原発を容認することがどれほど破滅的でどれほど大きな責任があるのかを、日本人の一人ひとりが考えていかなければならない。

 なお、東洋大の渡辺満久教授よると、佐賀県の玄海原発以外の日本の52基の原発はみな活断層のそばまたは真上にあるとのこと。もしここで地震が起きたなら、耐えられる原発はない。ということは、次にまた日本の原発が過酷事故を起こすのは時間の問題でしかない。

日本中の原発52基はすべて活断層のそば、あるいは真上にある(小海キリスト教会牧師所感)

2012年12月 6日 (木)

再稼働容認派を当選させるのは破滅の道に向かうこと

 今日の北海道新聞のトップ記事は衆院選に関する世論調査の結果だった。ネット版は以下。

道内比例投票先 自民24%、民主15% 維新、大地7%で並ぶ 

  自民が勢いづいていることはもちろん承知だが、朝から気分が悪くなった。この数字は国民の民度を表しているのだろう。だとしたら、この国の国民の民度は救い難いほど低いと言わざるを得ない。

  世界最悪の原発事故を起こし、その収束すら見通しがたっていない。3基もの原子炉がメルトダウンし、建屋は高線量で人も入れない。汚染水のタンクは増え続ける一方だ。4基の使用済み燃料プールもかろうじて冷却をしているが、また大きな地震に襲われたら日本壊滅の危機がある。

  この事故をきっかけに原発の安全神話は崩れ去った。誰もが原発を推進してきた者たちに騙されていたことを思い知ったはずだ。しかも日本の原発の大半は近くに活断層があり、直下に活断層がある原発すらあることが分かってきた。あまりの非常識さに唖然とするほかない。この国は54基もの超巨大原爆を抱えているのだ。このまま原発を稼働させ続けたなら再度、深刻な事故が起きるのは時間の問題だろう。

  これから被ばくによる健康被害が顕在化してくると予測されるのに、子どもたちを避難させるどころか汚染地に住民を戻そうとしているのがこの国だ。海は取り返しのつかない汚染がどんどん広がっている。そのうち海外からも補償の請求があるだろう。それなのに自民党も民主党も原発事故をできるかぎり過小評価して責任逃れすることしか考えていない。なんとおぞましい金の亡者たちなのだろう。

  未曾有の大事故を経験してもなお、国民を騙し原発を推進してきた自民党を選ぶという人はいったい何を考えているのだろう? 3年前に政権をとった民主党はことごとくマニフェストを反故にしたあげく大飯原発を再稼働させたし、大間原発の建設再開をあっさり認めてしまった。自民党も民主党も本気で原発をなくそうなどと思っていないのは明らかだ。維新や公明党も同類。

  今回の選挙で争点になっているのは、原発、TPP、消費税増税だが、原発に関してははっきり存続や推進を打ち出しているところはない。脱原発を目指すとか、自然エネルギーへの転換をはかるなどというようなことはどの政党も言っている。しかし、自民党や民主党、公明党、維新などが本気で脱原発を推進すると思っているのなら、これまたどうしようもなく民度が低い。

  夏に行われたエネルギー問題のパブコメでは大半の国民が2030年までに原発ゼロを選び、その多くは即時にゼロだった。今回の選挙でどの政党も曲がりなりにも脱原発を謳っているのは、そうした国民の声を意識しているに違いない。しかし、マニフェストで脱原発を謳っているからといって信用してしまうのはあまりに早計だ。

  以下の獣医さんのブログでは、民主党、自民党、公明党、みんなの党、新党改革、日本維新の会、国民新党は原発再稼働容認と捉えている。私も同感だ。これらの政党の脱原発は口先だけだろう。

原発ゼロでは不十分である(そりゃおかしいゼ)

  先日、敬愛する石城謙吉さんより3つの冊子が送られてきた。講演の原稿や記録だ。その中の「苫小牧市民と原発問題」の中から最後の部分をここに引用したい。私の言いたいことが分かりやすく凝縮されている。これは反原発を主張している多くの人の意見でもあると思う。

 現代社会は今、その在り方を歴史的に問われているのだと思う。十五世紀の大航海時代にはじまり、十八世紀後半からの産業革命を経て築き上げられた西洋起源の近代文明は、一貫して、効率を追求するグローバリズムに支えられて進んできた。だが、そのグローバリズムが生み出した強大な権益の集中機構が、今や地球環境と人間社会に大きな荒廃と破滅の危機をもたらしているのが今日の状況なのである。
 その日本における典型が、九つの電力会社による地域分割の電力独占体制である。そして、その電力会社が原発にこれほどもこだわるのは、それがもっとも優れた発電時術だからではない。電力の独占体制の維持にもっとも有効な発電様式だからだ。
 だからこそ、電力会社とその利権にむらがる政治家や一部の学者たちは、無責任な安全神話をふり撒いてきた恥も反省もあらばこそ、今度は夏の電力不足に関する信頼のおけぬ数字を盾にとって原発の維持・再稼働に奔走しているのである。

 (中略)

  ローカリズムに関して、ここでもう一つのことを述べたい。それは、地域社会の自立は、社会全体への責任に裏打ちされていなければならないことだ。ここで、現在日本にある五十四基もの原発のすべての建設に際して、多数の住民や科学者の強い反対があったことを思い出してほしい。北海道での泊原発の建設に対しても、地元住民、道民、北海道科学者会議などを含むどれほど多くの人々の強い反対があったことか。
 それにも関わらず、日本各地で原発の建設が強行されたのは、原発が地域に持ち込む金に魅せられた人びとが原発推進派の首長や議員を当選させて事を勧め、原発利権に群がる地域社会を作ったからだ。

 (中略)

  今後、どこの原発であれ、その再稼働に賛成する地元住民は、事故が起こった場合の社会的責任を政府、電力会社とともに国民に対して負わなければならない。その責任感もないまま、孫・子の代の安全を無視して既得の利権に群がる再稼働容認は、必ず歴史の審判を受けるだろう。大飯原発に続く原発再稼働の動きは強まるものと思われる。それに対する議論の中で、私たちは“地元の意向”なるものを無批判に容認するのではなく、原発が落とす金にしがみ付き、再稼働を進めようとする地域住民の責任も問うことが必要だろう。
 権利と責任が表裏をなすことこそが、地域社会の自主性、独立性の構築を目指すローカリズムの原点だからである。

 石城さんの言うように、私たちは原発によって破滅の危機の前に立たされている。今回の選挙ではまさに破滅に向かう道を選ぶのか、そこから遠ざかる道を選ぶのかが問われている。あれほどの大事故を経験しながら、未だに再稼働容認、原発維持の議員を当選させようとしている人たちは、事故が起こった場合に社会的責任があることを肝に銘じてほしい。国民を騙して原発を推進してきた人たち、利権に目がくらんで原発を推進してきた人たちを決して当選させてはならないという強い思いを持たなければ、この国は破滅に向かうしかないだろう。

2012年12月 3日 (月)

見直すべき日本人の清潔好き

 北海道新聞では月曜日にエッセイストの飛鳥圭介氏による「おじさん図鑑」というコラムが掲載される。これがなかなか面白い。もちろん「おじさん」の視点、感覚で書かれているのだが、「おばさん」である私が読んでも思わず頷いてしまうことがしばしばある。

 で、先週の月曜日(11月26日)は、「お風呂」というタイトルだった。半世紀ほど前はお風呂がない家が多かったこともあり毎日お風呂に入る習慣はなかったのに、今はほとんどの人が毎日入浴をする。原発依存の根っこに「清潔生活」への執着があるのなら、入浴回数を減らすべきではないか・・・という主旨のエッセイだ。

 これは私も常日頃から思っていたことだ。私の家も小学校4年生まではアパート住まいでお風呂がなかった。だから家族で銭湯に通っていた。あの頃は銭湯に行っている人が大多数だったと思う。家族全員で銭湯に行ったらかなりの金額になるから、夏であろうが冬であろうが数日に一回しか行かない。それが当たり前だった。

 あれから50年近く経った今、何時の間にか大半の日本人は毎日入浴することが当たり前になっている。日本人は清潔好きだというが、私には「異常なまでの清潔好き」と思えてならない。真夏はともかく、汗をかかない季節に毎日お風呂に入る必要がどれほどあるのだろう? 昔は真夏でさえ毎日お風呂には入らなかった。お風呂に入らない日は濡れタオルで体を拭くなどして対処した。ところが、昨今では夏は一日2回シャワーを浴びる人がいるというのだから呆れる。その潔癖症が水やエネルギーの大量消費にもつながっていることを考えるべきだろう。

 日本は治水、利水、発電・・・といってはダムを造り続けてきた。だからふんだんに水を使っても滅多なことで水不足にはならない。人口密集地の大都会でさえ毎日入浴できるのも、そうしたダム開発の恩恵がある。しかし、見方によってはダム利権に関わる人たちがふんだんに水を使う清潔生活を密かに推し進めてきたのではなかろうか?

 つまり原発と同じ構図だ。福島の原発事故で、原発が停止していても電気は賄えることが露呈してしまった。日本は「電気余り」の状態だったのだ。それなのに原発を増やしたい原子力ムラの人たちは、そのことを隠してさらなる原発の建設を進めていた。オール電化住宅というのも、原発によって余剰に生み出される夜間電力を使わせるためのものでしかない。そうした事情を知らせずに、安全をアピールしてオール電化を進めてきたのである。

 ダム利権に群がる河川ムラの連中が「清潔」をことさらにアピールし、毎日の入浴やこまめな洗濯を良いいことのように宣伝することで密かに水の大量消費を煽っていたという憶測が当たっているなら、一部の利権がらみの人たちに騙されて、異常とすら思える潔癖症が日本人に定着してしまったことになる。なんでも「皆と同じ」にしたがる日本人だから、「毎日入浴して着替えるのが常識」ということをテレビなどでアピールすれば簡単に清潔人間をつくりだせるだろう。逆に、「毎日入浴しないと不潔」というイメージさえもつくりだせる。十分にあり得ることのように思えてきた。

 もし、入浴を2日か3日に一度にしたら、水も湯を沸かすエネルギーも半分くらいになる。これを皆が実行したら、かなりの節水、節エネルギーになる。得体の知れない添加物がたくさん入った合成洗剤のシャンプーで毎日頭を洗うということも健康にいいわけがないし、洗剤の大量消費は水質汚染にもつながる。清潔にこだわっている人は、誰かに騙されていないか、よーく考えたほうがいいと思う。

 これから日本は人口減少に向かう。水の消費量は当然減っていく。利水のためのダムはこれ以上必要ないだろう。ところが止まっていたダム建設がまた動きはじめている。八ッ場ダム、平取ダム、サンルダム・・・。こうした自然破壊の公共事業にノーを突きつけるためにも、私たちは節水に励み、過剰な清潔生活を見直す必要があると思う。

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