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2012年10月

2012年10月26日 (金)

「えりもの森裁判」高裁から地裁へ差し戻しの画期的判決

 昨日「えりもの森裁判」の高裁判決があった。判決は、原告敗訴の一審判決の一部を取り消し、地裁に差し戻しをするというもの。実質的に原告の勝訴である。高裁の橋本昌純裁判長は、一回目の口頭弁論で「いくらかでも損害があったら原判決を破棄せざるを得ない」と述べていたので、差し戻しの可能性が高いのではないかと思っていたのだが、その通りの判決だった。つまり橋本裁判長は損害があったと認めたということだ。

 判決文は入手していないのだが、北海道新聞の25日夕刊と26日朝刊の記事を参考に、概要をお知らせしたい。

 この裁判は、道有林の違法な伐採によって生物多様性に富む天然林やナキウサギ生息地が破壊されたことで森林の価値(公益的機能)が損なわれたこと、また指定した本数をはるかに上回る過剰な伐採が行われたことにより、北海道に300万円の損賠賠償を求めたもの。

 森林の持つ公益的機能の損害を特定するのは容易ではないのは分からないではない。しかし、立木そのものに財産的な価値があることは言うまでもない。橋本裁判長は、高裁でこの立木の財産的価値の損害の有無に焦点を当てた。

 伐採(販売)する立木は道職員が調査をしてナンバーやカラースプレーで印をつける。問題となっている区域では376本の立木を特定して業者に販売した。ところが業者は販売木以外に403本(そのうち直径6センチ以上の木が327本)も過剰に伐採したのである。ならば過剰に伐られたことで損害を被ったはずだ。この過剰伐採については被告の北海道も認めている(ただしそれらは価値がなかったと主張)。

 ところが、驚くべきことに石橋俊一裁判長による一審判決は過剰な伐採があったかどうかも判断せず、損害について認めていない。これに対し、高裁の橋本裁判長は「過剰伐採があったか否か判断せずに請求を棄却した原判決は失当だ」(夕刊)、「過剰伐採と違法性の有無、当時の日高支庁長らの責任、損害額を審理する必要がある」(朝刊)とし、原告側が求めていた300万円の賠償金のうち100万円分の審理を地裁に差し戻ししたのだ。

 民事訴訟で高裁から地裁への差し戻しが行われるのは極めて異例のことらしい。早い話、一審を否定してやり直しを命じたということだ。高裁で判断せずに地裁に差し戻した理由はよく分からないが、一審判決がそれまでの審理をあまりに無視し、判断しなければならないことについて判断を避けたいい加減なものだったからこそ、このような判決は看過できないとしてやり直しを命じたのではなかろうか。少なくとも私にはそう感じた。

 高裁の判決を受け、差し戻し審では少なくとも違法性、過剰伐採による損害、道職員の責任などを判断しなればならないだろう。

 北海道新聞の取材に対し、被告の北海道は「判決を精査し、道有林の森林整備・管理が適法だったことを主張したい」とコメントしている。

 北海道は2002年3月に森林づくり条例を制定し、木材生産のための伐採は止めて、森林の公益的機能を重視する森づくりへと施業の方針を大きく転換させた。鬱蒼と茂っていた天然林を皆伐して植林するような施業が「適法だった」とは、よく言えるものだ。

 えりもの森裁判が提起されたのは2005年の末。今年の末で丸7年になる。また地裁で審理をやり直すことになるので長丁場の裁判になりそうだ。

前自費出版図書館館長、伊藤晋氏の疑惑

 クンちゃんブログに、「文芸社とイコール」というべき会社や人物の実名が暴露されている。日本文学館、渡邊勝利氏、伊藤晋氏、リタイアメント情報センター・尾崎浩一氏。

表と裏②(通算No209) 

 「文芸社と日本文学館がイコール」ということについては、ある業界関係者から「両社は水面下でつながっている」という情報を得ていたので知っていた。これは恐らく一部の業界関係者くらいしか知らなかったことだろう。もっとも、リタイアメント情報センターの自費出版部会が作成した「消費者保護のための自費出版営業・契約ガイドライン」の賛同事業者に文芸社と日本文学館が入っているので、怪しいと思っていた人もいただろう。それにしても、リタイアメントの「安心できる自費出版の環境作り」というキャッチフレーズには呆れかえる。

 かつては果敢に文芸社や新風舎を批判して文芸社から名誉毀損で提訴された渡邊勝利氏が、その後、リタイアメント情報センターの自費出版部会長となり文芸社を擁護する立場に回ったことは、このブログやJANJANで何度も書いてきたので読者の方はご存知だろう。結局、あれだけ肝を据えて文芸社を批判していた彼も最後には文芸社やリタイアメントの宣伝に一役買うことになってしまったのだが、その変節にはご自身の会社「東京経済」で出版した「ロト6」関連書籍で著者から訴えられ、敗訴したことが関係しているようだ。

 新風舎の被害者を集めて訴訟を起こす段取りをつけたリタイアメント情報センターの尾崎浩一氏と文芸社との怪しい関係についても、私は何度も取り上げてきた。

 しかし、かつて自費出版図書館を運営していた伊藤晋氏の疑惑については確信が持てないでいた。伊藤氏は、以前は文芸社や新風舎の共同出版を辛辣に批判していたと聞いている。自費出版のトラブルなどでマスコミからコメントを求められることも多く、共同出版には批判的立場をとっていた。私の文芸社とのトラブル事例が北海道新聞で紹介されたときにも伊藤氏はコメントを寄せている。

 ただ、自費出版図書館(自費出版ライブラリー)が所蔵する本の著者情報が文芸社にダダ漏れになっているという話しを聞いたことがあり、彼には不信感を抱いていた。伊藤氏は渡邊氏率いる自費出版部会のメンバーになったし、後には自費出版図書館をリタイアメント情報センターが受け継ぐことになったので「こりゃ、相当怪しい」とは思っていた。だから、「伊藤晋氏は文芸社とイコール」と言われても何ら不思議ではない。

 ならば、伊藤氏が第三者然として何食わぬ顔で悪質出版商法についてマスコミにコメントしていたというのは演技だったのか?! 文芸社と通じながら表と裏の顔を使い分けていたのであれば、まさに詐欺師同然である。ジャーナリストを自称する尾崎浩一氏ももちろん同じで、エセジャーナリストの典型だ。

 私がこれまで指摘してきた疑惑が間違っていなかったことをクンちゃんの記事は裏付けている。ところが、一部のジャーナリストやマスコミがこれら「文芸社とイコール」の人たちを信じ、彼らの発言を流布してきたのだ。

 NHKも過去に「クローズアップ現代」と「家計診断」で自費出版問題を取り上げている。私はこれらが放送される前にNHKの担当者に問題点や疑惑を伝えて注意喚起したが、全くといっていいほど番組に活かされなかった。「家計診断」に至っては、悪質出版社を宣伝するかのような番組になっていたし、相談機関としてリタイアメントを紹介していた。

マスコミの弊害

本末転倒のNHK「家計診断」

 NHKも、同様の報道をしてきた他のマスコミも、自分たちの報道についてきちんと検証すべきだ。

2012年10月25日 (木)

ミズナラの樹上に生えたエゾマツ

 以前、「木の上に生えた木」という記事を書いた。今年、同じ場所に行ったのだが、このカツラの樹上に生えたエゾマツは、まだ健在だった。

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 こんなふうに高木の上に根を張った木はそうそう見られるものではないと思っていたのだが、先日、上川管内のとある林道でまた同様の木を見つけてしまった。

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 こんどはミズナラの幹から生えたエゾマツ。このミズナラは幹折れしたようだ。その際に幹に亀裂が入り、そこにエゾマツの種子が落ちて発芽したのだろう。

 エゾマツが生えているカツラの枝は枯れていたが、こちらのミズナラはまだしっかり生きている。

 地上に落ちたエゾマツの種子の大半は土壌中の暗色雪腐病菌によって育つことができない。このために、もっぱら暗色雪腐病菌がいない倒木の上やコケ地などに落ちた種子によって次世代のエゾマツが育つのだ。これを倒木上更新(倒木更新)という。エゾマツの森を存続させるには、風倒などで生じた倒木を処理してはならない。

 発芽できる条件があれば、樹上でもこんなふうにある程度は育つことができるのだろう。それにしても、このエゾマツはいつまで生き続けることができるのだろうか。

2012年10月24日 (水)

斜面からころげ落ちて狸寝入りするエゾタヌキ

 先日、林道を車で走行していたときのことだ。路肩にいた動物が車に驚いて道路脇の斜面によじ登ろうとしたのだが、あまりに急斜面だったためにあっけなくころがり落ちるのを目撃した。一瞬のことだったが、色や顔つきからエゾタヌキだ。あんな急な斜面を短足のタヌキが登れるわけがないのだが、タヌキ君は瞬時にそういう判断ができないらしい。

 ころげ落ちたタヌキはどうしたものかと車をバックさせて路肩の溝を覗き込むと、なんと水たまりの脇でうずくまってじっとしている。カメラを向けても逃げようともせず、困ったような顔をしている。

 ほかの動物なら一目散に道路の反対側にでも逃げるのだろうが、タヌキはとっさに逃げることができないらしく、完全に凍りついている。電車に駆け込み乗車しようとして目の前でドアが閉まり、ばつが悪い顔をしている人を連想してしまった。

 車に驚き、斜面からころげ落ちて動転し、ショックで立ち直れないということなのだろうか。これが例の「狸寝入り」なのだろう。これではすぐに捕まってしまうだろうに。

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 だいぶ前のことだが、知人からずいぶんドジなタヌキの話しを聞いた。車庫にタヌキが入り込んで一夜を過ごしたらしいのだが、眠っている間に尻尾が凍りついてしまったという。屋根から落ちた水滴が尻尾を濡らし、夜の冷え込みで凍って地面とくっついてしまったようだ。知人が見つけたときには、動けないでいたそうだ。

 タヌキはマヌケなところがあるのだが、なんとも愛嬌があり憎めない動物だ。北海道ではエゾシカやキタキツネは飽きるほど見られるが、エゾタヌキはあまり見られない。だから、個体数が多いのか少ないのか、減っているのか増えているのかもよく分からない。北国の自然の中でいつまでもひっそりとそしてしぶとく生き続けてほしいと思う。

2012年10月23日 (火)

サホロスキー場の拡張反対を決議したナキウサギフォーラム

 このブログでもお知らせしたが、20日に「ナキウサギフォーラム 佐幌岳から考えるナキウサギの保護」が開催された。4人の発言者がそれぞれの視点から絶滅危惧やナキウサギの保護などについて話しをしたが、どれも興味深いものばかりだった。そこで、発表内容について簡単に紹介しておきたい。

絶滅危惧とは:岩佐光啓氏(帯広畜産大学教授)
 国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは絶滅危惧種が2万種を超えた。日本でも8月に発表された第4次改訂で哺乳類3種、鳥類1種、貝類1種、植物2種が新たに絶滅とされ、絶滅危惧種(絶滅危惧Ⅰ類とⅡ類)も前回の3155種から3574種へと増えた。

 トキの場合、乱獲・開発・餌の減少のほか鉱山の開発による金属汚染や農薬が絶滅の要因となっている。トキに寄生するトキウモウダニもトキの絶滅とともに絶滅。寄主の絶滅により寄生動物も絶滅にさらされる。

 エゾナキウサギは今回の改訂で「絶滅のおそれのある地域個体群」から「準絶滅危惧」に格上げされた。北海道に生息するエゾナキウサギは大陸に生息するキタナキウサギの亜種とされているが、ミトコンドリアDNAの分析によりDNAが5%違うことが分かってきた。昆虫の場合は遺伝子が2.3%変わるのに100万年かかると言われており、5%も違うと別種である可能性もある。

 存続が脅かされやすい種は、生息範囲が狭い、生息密度が低い、特殊な環境に生息する、繁殖能力が低い、移動能力が低い、小さな島の固有種。

 経済、生産性、効率一辺倒の人間活動によって、絶滅が加速されてきた。具体的には、開発、伐採、娯楽、スポーツなどによる生息環境の破壊、農薬・金属汚染、乱獲、外来種・家畜、政治、気候変動(地球温暖化)。

エゾナキウサギの保護:市川利美氏(ナキウサギふぁんくらぶ代表)
 ナキウサギの特徴として、低い繁殖率(初夏に2~4匹の仔を産む)、低い生存率(成獣は定住性があるが、子ウサギは夏の終わりに親の縄張りから移動しなければならない)、移動の能力の低さ(移動能力は高くなく、子ウサギの移動時期は暑い夏で、天敵もいる)たある。

 カリフォルニアのボディでは金を掘った後に積み上げられた石の山にナキウサギが生息しており、78の石の山(パッチ)でナキウサギの調査が行われた。それによると、パッチが小さいほど絶滅しやすく、パッチとパッチの距離が大きいほど絶滅しやすいことが分かった。

 北海道では大規模林道(2010年に中止になった)などの大形公共事業によってナキウサギの生息が脅かされてきた。新得町ではナキウサギの生息地となっている林道で世界ラリー選手権が行われたほか、美蔓地区国営かんがい排水事業の工事などがあり、サホロスキー場の北斜面開発がある。

佐幌岳のエゾナキウサギ生息地:川辺百樹氏(前北海道自然史研究会会長)
 ナキウサギの生息地となっている岩塊地の成因は、自破砕溶岩(溶岩ドームや溶岩流)、崖錐(岩が崩壊して堆積)、地滑りがある。

 北海道にはナキウサギが生息可能と思われる岩塊地が点々とあるが、生息しているのは北見山地、大雪山系、日高山脈、夕張に限られる。阿寒にも生息可能と思われる岩塊地があるが、阿寒と大雪山系との間は50キロメートルあり、これだけの距離があると移動(分散)はできないと考えられる。

 低標高地の生息地の場合、谷の崖錐下部に岩塊が堆積しているところが多いが、このような生息地は道路建設によって破壊されやすい。準絶滅危惧ではなく、絶滅危惧にしてもよいのでは。

 佐幌岳は花崗岩の山だが、花崗岩は大きく壊れる性質がある。「ひがし大雪博物館友の会」の調査で1987年、1991年、1993年に小規模な生息地を発見した経緯がある。2012年にはスキー場開発予定地に過去に見つけたものより規模の大きい生息地があることを確認し、生息痕跡も見つけた。加森観光は、過去の佐幌岳の生息情報を知っていたが、アセス報告書には書かずに隠蔽した。また、現在の生息痕跡は、ナキウサギのものと特定できないとして生息を認めていない。

 大雪山系と日高山脈の間は約50キロメートルあるが、佐幌岳はその中間に位置する。佐幌岳の生息地が破壊されると、両者間の個体群の遺伝子交流がなくなる可能性がある。

佐幌岳のスキー場拡張問題:芳賀耕一氏(サホロリゾート開発問題協議会)
 1991年頃にサホロリゾートを3倍規模に拡張する計画があり、住民意見を募集していたので意見を出したのがサホロリゾート問題と関わることになったきっかけになった。その後、公聴会や情報公開によってこの問題を知らせてきた。現地に調査に入ったら、アセス書には書かれていないクマゲラを見つけたこともある。こうした活動によって新得町の人たちの意識も変わってきた。

 破綻したサホロリゾートを加森観光が受け継いだ際、当時の町長は北斜面には手をつけないことを条件に町が10年間にわたって年5000万円を加森観光に援助すると約束した。しかし、町長が変わったら北斜面は手をつけないという約束は受け継がれなかった。

 スキー客の激減で加森観光は経費削減をしており、地元の商工業者にもメリットがなくなっている。スキー場の施設も老朽化している。経費削減のために平日はリフトをなるべく止めているが、その口実として「なだれの危険性がある」などといっている。

 加森観光は毎年赤字を出していて、経営的に厳しい状況。ベアマウンテンもゴルフ場も落ち込んでいる。町は加森観光が撤退するのではないかと危惧している。スキー場は国有林を借りているために閉鎖することができない。現在使っていないリフトが2本あるが、危険なまま放置されている。

 あくまでも個人的な推測だが、スキー場に適した北斜面にコースをつくることで、海外資本への転売を考えているのではなかろうか。情報公開で入手した資料などをHPで公開している。

 *     *     *

 ナキウサギは絶滅しやすい生物であること、ナキウサギの生息地が壊され続けてきたこと、佐幌岳のナキウサギ生息地が重要な位置を占めていることがよく理解できる内容だった。

 芳賀さんの話しの中にあった、前町長が年5000万円の援助にあたり北斜面に手をつけないという条件をつけていたことは初めて知った。町長の約束はたとえ町長が交代しても受け継がれるべきであろう。現町長は、約束を反故にしてしまったのである。佐幌岳北斜面のスキー場開発の情報が掲載されている芳賀さんのHPは以下。

 http://sahoro.com/ 

 問題なのは、加森観光は佐幌岳にナキウサギ生息地があることを知っていたということ。そして、知事もスキー場開発にあたってナキウサギの生息地を保全するよう付帯意見を出していたにも関わらず、情報を隠蔽するなどして強引にナキウサギ生息地を破壊するスキー場拡張工事をしようとしていることだ。国有林部分はまだ手をつけていないようだが、すでに民有地での伐採が始まっている。

 この集会では、以下の決議が採択された。生物多様性保全が叫ばれる昨今、加森観光の蛮行は看過できない。

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佐幌岳北斜面のスキー場開発の中止を求める決議

 エゾナキウサギは北海道の北見山地、大雪山系、日高山脈および夕張山地の岩塊地にのみに生息する希少な動物です。高山帯に限らず、森林帯に点在する岩塊地にも生息していますが、とりわけ低山の生息地は道路建設や伐採などにより破壊されてきました。生息地の消失は、ナキウサギ個体群の分断、縮小そして絶滅につながります。このため今年8月28日に公表された国のレッドリストの第四次改訂で準絶滅危惧に選定されました。
 佐幌岳の山頂近くのナキウサギの生息地は大雪山系と日高山脈のナキウサギ生息地を結ぶ重要な位置を占めています。このために北海道知事も佐幌岳のスキー場開発にあたってはナキウサギの保護に留意するよう求め、開発を行った西洋環境開発は北斜面のスキー場造成を断念しました。しかし、西洋環境開発から経営を受け継いだ加森観光は、ナキウサギ生息地を壊してスキー場を拡幅する計画を強行しようとしています。
 生物多様性の保全が求められる中で、このような破壊行為は許されるものではありません。スキー場造成の中止を強く求めます。

2012年10月20日
ナキウサギフォーラム参加者一同

2012年10月19日 (金)

風評被害を理由に国民に汚染食品を食べさせようとする国

 今日の北海道新聞に「胆振沖マダラ販売を 道、スーパーなどに要請」という記事が掲載されていた。

 9日に室蘭漁協所属の漁船が室蘭の地球岬の南東約50キロ地点で漁獲したマダラから100ベクレルのセシウムが検出された。このために胆振沖で獲れたマダラを流通業者が敬遠する動きがあり、北海道が北海道食品衛生協会とコープさっぽろの2団体に販売自粛を行わないよう文書で要請したという。

 道の要請は、農水省が今年4月に全国の食品団体向けに国の基準値以下の食品について冷静な対応を求める通知を出したことを踏まえているのだが、その通知というのはとんでもないものだ。以下は新聞に掲載されている「放射性物質基準値に関する農林水産省の通知」の概要。

 厚生労働省が定めた放射性セシウムに関する食品の新基準値(4月実施、魚は1キログラム当たり100ベクレル)に関して、農水省が「食品産業団体の長」あてに出した通知文書。3月までの暫定規制値(魚は同500ベクレル)でも、それ以下なら摂取しても健康への悪影響は一般的にないと強調。新基準値はより厳しく設定されていることから、自主検査による過剰な規制などを避けるよう各団体の会員に周知することを求めている。

 500ベクレル以下なら健康への影響がないとは、まるで被ばくの強要だ。こういうことを平然と主張するとは信じがたい神経だ。国の基準値が安全であるなどというのは、チェルノブイリ事故の経験を無視したものだ。以前にも紹介した「膵臓がんサバイバーへの挑戦」というブログの以下の記事で説明されているように、食品による放射性物質の取り込みは大人でも1日10ベクレル以下にするのが望ましい。

セシウム137の体内放射能(1) セシウム137の体内放射能(2) セシウム137の体内放射能(3) セシウム137の体内放射能(4) 

 以下の記事で説明されているように、子どもの食べる食品は検出限界以下のものであるべきだ。

『科学』8月号 学校給食は10Bq/kg以下に 

 私も含め、日本人の大半が福島の原発事故により多かれ少なかれ被ばくをさせられた。農地や海が汚染されてしまった以上、これ以上の被ばくを避けるためには放射性物質を極力取り入れないように努力するしかない。健康被害を懸念する国民は、できる限り汚染されていない食品を求める権利がある。

 新聞記事によると、コープさっぽろは自主検査などで1キロあたり10ベクレルを超す放射性物質が検出された農水産品は販売を控えているそうだ。放射性物質による内部被ばくで健康被害が生じることはチェルノブイリの原発事故で周知の事実だ。たとえ少量であっても体内に放射能を取り込めば、健康被害のリスクは高まる。販売業者がこのような検査や自主規制を行うのは当然のことだろう。

 ところで、宮城県から東京に出荷された牛肉から1キロあたり150ベクレルの放射性セシウムが検出されたとのこと。出荷する牛の全頭検査を行っていても、基準値超えの牛肉が出荷されているというのが現実だ。まして基準値以下のものなら普通に出回っているのだろう。

宮城牛肉 東京食肉処理場で150ベクレル/kgと判明 無駄死に(ざまあみやがれい!)

 だからこそ、流通業者や小売業者による検査は意味がある。ところが、北海道は「風評被害」を理由に自主規制をするなという。実際に汚染された食品が流通しているのであり、「検査で一定以上の汚染が確認されたものは販売しない」ことで生じる被害は、断じて風評被害ではない。それで損害が生じるのなら東電が補償すべきことなのだ。風評被害にすり替えてしまうのは、東電を免責することになる。

 当然のことながら、バンダジェフスキー氏も汚染された食品を食べないよう警告している。

バンダジェフスキー博士訪日を語る(Canard Plus)

 国も地方自治体も汚染された食物を国民に食べさせようと必死のようだ。とんでもない国である。

2012年10月17日 (水)

ナキウサギフォーラムのお知らせ

 10月20日(土)に、音更町で開催されるナキウサギフォーラムの案内です。

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ナキウサギフォーラム
佐幌岳から考えるナキウサギの保護

 これまでエゾナキウサギは多くが高山帯にすんでいるから、絶滅の恐れはないとされ、夕張山地のナキウサギだけが絶滅のおそれのある地域個体群としてレッドリストに入っていました。しかし、8 月28 日に公表された国の第4 次レッドリストでエゾナキウサギが準絶滅危惧に選定されました。
 このようななか、ナキウサギの保護にとって重大な問題が持ち上がっています。佐幌岳のナキウサギ生息地にスキー場が拡張されようとしているのです。佐幌岳は大雪山系と日高山脈のナキウサギ生息地を結ぶ地点に位置しています。佐幌岳の生息地を損なうことは、生息地の分断化がすすみ、ナキウサギの将来に大きな災いをもたらすと危惧されます。
 このようなことから、多くの方に佐幌岳のナキウサギに迫る危機を知っていただきたいと思います。

日時:2012年10月20日(土) 14時~16時30分(開場13時30分)
会場:音更町総合福祉センター 2階 研修室1(音更町大通11 丁目 電話0155−42−2400)
無料駐車場有
参加費無料

絶滅危惧とは  岩佐光啓氏(帯広畜産大学教授)
エゾナキウサギの保護  市川利美氏(ナキウサギふぁんくらぶ代表)
佐幌岳のエゾナキウサギ生息地  川辺百樹氏 (前北海道自然史研究会会長)
佐幌岳のスキー場拡張問題  芳賀耕一氏(サホロリゾート開発問題協議会代表)
意見交換  司会 寺島一男氏(北海道自然保護連合代表)

主催:十勝自然保護協会・ナキウサギふぁんくらぶ・サホロリゾート開発問題協議会・北海道自然保護連合
後援:地球環境を守る十勝連絡会

2012年10月15日 (月)

除染利権と責任逃れに支配された国

 福島第一原子力発電所の事故が起きて間もなくしてから、汚染地では学校の校庭などの土を削って除染をするという話しが出て、正直いってひどく驚いた。まずやらねばならないのは避難ではないのか・・・。しかも、事故は収束しておらず、さらなる汚染も懸念されるのに・・・と。

 日本は森林に覆われた山国だ。飛行機から日本を見下ろせば、国土の多くが山地で、平野や盆地に農耕地や市街地が広がっている他は川沿いなどにへばりつくように人が住んでいるのが一目瞭然だ。広大な山の除染などできるわけがない。山林が汚染されてしまった以上、いくら除染をしてもたえず放射性物質が移動してくるだろう。高汚染地域は線量が下がるまで放置するしかないとしか思えなかった。

 たとえ除染で線量が多少下がるとしても、削り取った大量の汚染土をどうするのかということもある。除染で何とかしようなどというのは、あまりに非現実的に思えた。こうしたことはチェルノブイリで実証済みのことではないのか・・・。

 ところが、原発事故から1年半以上たった今も、福島県では除染で何とか線量を下げ、住民をもどそうという方針だ。どう考えても正気とは思えない。

  「週刊金曜日」10月12日号(915号)では「誰のための除染なのか」という特集を組んでいる。星徹さんの「除染よりも移住費用を」という記事では、現地の人の声を取り上げていた。いくつかを引用してみよう。

「除染してもムラに戻るのは年配者だけで、子どもと親は戻らないだろう。それでは村として成り立たない。私の周りでは『カネをかけて除染しても無駄だ』と皆が言っている。もっと他のことにカネを使ってほしい」

「除染をするカネがあるのなら、別の地域に家を建てる資金を援助してほしい」

「仕事ができるようにしてもらいたい」

「うちの裏山は毎時九・五マイクロシーベルトもあるので、家の敷地周辺を除染しても、再汚染されるのでは、と心配している。子どものことを考えたら、とても戻れない。もっと線量の低い地域の親子でも、ほとんどが『戻らない』と言っている」

 飯館村で実施したアンケートでは、除染の効果について肯定的な人が11%であるのに対し、否定的な人は44%。帰村については、避難解除されれば戻りたいが12%、解除されてもすぐには戻らないがいずれは帰るが45.5%、帰るつもりはないが33.1%。

 高濃度に汚染されてしまった地域では、住民の多くは除染の効果にも否定的だし、小さな子どもをもつ若い人たちは帰村すら考えていない人が多いというのが現実のようだ。

 ところがそうした住民の気持ちとは裏腹に、国や自治体は何とか除染によって住民を戻すことに必死だ。住民の気持ちと国や自治体の方針が乖離している。

 何と言っても日本人はチェルノブイリの経験を知っている。インターネットの発達した現代では、チェルノブイリ原発事故による被ばくや健康被害について調べようと思ったらいくらでも情報が出てくるし、原子力ムラの関係者や御用学者の信頼は地に堕ちている。意識の高い人は自主的に避難して帰る気すらないのだ。

 「年20ミリシーベルト」という避難指示解除の国の基準は無茶苦茶だ。放射線管理区域の下限であっても年5.2ミリシーベルト(毎時0.6マイクロシーベルト)なのだ。こういうところでは、飲食もしてはならないことになっているのに、平然と人を住まわせていて避難させようとしない。ベラルーシでも大丈夫だと言われて住み続けていたら、健康被害が続出して廃村になったところもあったはずだ。このままでは日本でも同じことが起きるのではないかと気が気ではない。

 なぜこうまでして除染にこだわるのかといえば、ひとつは除染利権であり、もう一つは補償逃れだ。がれきの広域拡散も利権が関わっているが、除染も同じだ。公共事業の名のもとに大形土木事業にゼネコンが群がるというのがこの国に連綿と続いてきた構図だが、これほど酷い事故を起こしても相変わらず利権構造は変わらない。原発事故すら自己の利益に利用しようという狡猾な人たちを見ていると、なんという国なのかと開いた口が塞がらない。

 住むところを奪われ、生活手段を奪われ、精神的苦痛を受け、さらに健康被害を受けている人がいる。自殺した人も何人もいる。農業も漁業も観光業も大変な被害を受けた。家族がバラバラになり崩壊した家庭もあるだろう。程度の差こそあるが、日本全国の人たちが被害を受けているのだ。東電にはそれを全て補償する責任がある。それが原発の過酷事故の実態だ。本来なら東電はさっさと倒産していて当たり前だろう。

 ちなみに、週刊金曜日編集部によると、除染事業費1兆5800億円を福島県内外に避難している約16万人の避難者に移住費用として一律に配分した場合、一人当たり980万円を支給してもおつりがくるという。この除染事業費には中間貯蔵施設や最終処分場の事業費は含まれていない。効果も期待できない除染にお金をかけるより、移住費用の補償を希望する人が多いのではなかろうか。

 福島県の県民健康管理調査の検討委員会では、内部被ばくを過小評価するよう口裏合わせをしていたことがバレてしまった。御用学者たちも健康被害が顕在化することを恐れているのだ。

口裏を合わせる福島健康調査の闇(院長の独り言)

 高濃度汚染地の除染は幻想でしかない。この国にはびこる利権地獄を壊さなければ、人々の命が壊される。

2012年10月12日 (金)

オニグルミを食べる動物たち

 最近、わが家の庭にエゾリスがよくやってくる。はじめは1頭だけかと思ったのだが、3頭くらいいるようだ。これまでもときどきエゾリスを見かけることはあったが、これほど頻繁に姿を見るのは初めてだ。

 わが家の隣には2本のオニグルミがある。エゾリスのお目当てはクルミの実だ。カリカリカリ・・・と音が聞こえてくる方を見ると、エゾリスがクルミの実を抱えて齧っている。見晴らしのきく場所でオニグルミの実を齧っていることが多い。かなり近寄っても逃げないので、私のコンパクトカメラでも撮影できる。

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 個体によってずいぶん色彩が違う。下の写真は濃い茶色をしている。

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 お食事をしている木の下には、食べ終わったクルミの殻がたくさん落ちている。エゾリスの場合、クルミの殻の合わせ目に沿って齧っていき、二つに割って中身を食べる。だから、割った殻の縁はぎざぎざしている。

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 二つに割らずに穴を開けている実もころがっている。これはアカネズミが食べた跡だ。アカネズミの場合はクルミを二つに割ることができず、穴を開ける。よく見ると、必ず合わせ目のところに穴を開けている。

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 大きいオニグルミの木の下には、合わせ目からスパッときれいに割れたクルミの殻が落ちている。

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 こちらはキツツキが食べたものだ。クルミの木にしばしばオオアカゲラがきているのだが、実を食べにきているのだ。キツツキの場合、枝の又や幹の割れ目のようなところにクルミを挟んで固定して割って食べるようだ。こんなふうにクルミが挟まっていたりする。

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 クルミは人間が食べてもおいしいのだから、動物たちにとってもご馳走にちがいない。ところが殻が硬いので人間でも実を割るのは大変だ。だからクルミのご馳走にありつけるのは、殻を割ったり穴を開けることができる一部の動物に限られている。

 自力では殻を割れないにも関わらずクルミを食べることで有名なのはカラスだ。札幌の街でハシボソガラスが舗装道路にクルミの実を何度も落として割ろうとしているのを目撃したことがあるが、車に轢かせて割ってもらうというカラスもいる。もちろん上手い具合に轢いてくれるとは限らないので、カラスも根気がいる。でも、そうまでしても食べたいのだ。

カラス、クルミを割る(からすの巣)

 春になるとわが家の花壇や畑のあちこちからクルミの芽がむっくり顔を出す。ネズミが貯食して食べ忘れたものなのだろう。クルミの実は地上にころがっているだけでは芽を出すことができない。ネズミにご馳走を提供するかわりに、種蒔きをしてもらうのだ。

 それにしても、春になればあの堅い殻がぱっくりと割れて芽を出すのだから、生命の力は凄い。

2012年10月10日 (水)

手放しで喜ぶ気になれないiPS細胞

 iPS細胞(人工多能性幹細胞)を作ることに成功した山中伸弥氏にノーベル医学生理学賞が贈られることが決まった。分化した成熟細胞に4つの遺伝子を組み込むことにより、分化前の状態にリセットするということを突き止めたのは注目すべき大発見だ。そうした研究が高く評価されノーベル賞の授与に至ったことは喜ばしいと思う。この分野の研究が、再生医療や難病の治療に期待されるのももっともだろう。

 またiPS細胞は、受精卵を壊してつくるES細胞(胚性幹細胞)の倫理的問題をクリアしたといわれている。しかしだからといって問題がなくなったというわけではない。

 私がどうしても引っかかるのは、人が生命現象にどこまで手を加えるべきかという問題だ。iPS細胞をつくるには、初期化をさせるために細胞に遺伝子を組み込まなければならない。つまり人工的に遺伝子を操作することが必要になってくる。そして、時間を後戻りさせるかのような細胞の初期化。こうしたことは自然の摂理に逆らう手法といっていいだろう。

 当初は4つの遺伝子を組み込むためにウイルスを用いたが、より安全な方法も開発されているという。しかし、もちろん安全性についてはまだ確立されていない。癌化の懸念もあるようだ。

 分子生物学者の福岡伸一さんは、ES細胞やiPS細胞について希望的な見方はしていないようだ。iPS細胞を作成する際の遺伝子操作の問題や、癌化の危険性を指摘している。私も似たような感覚を抱かざるを得ない。

生命観を問い直す 第10章KYな「ES細胞」はがん細胞と紙一重(academyhills)

 もちろん現段階ではiPS細胞から立体的な臓器をつくるまでには至っていないが、福岡さんの説明を読むと、はたして体外で臓器をつくることが可能なのだろうかと思ってしまう。iPS細胞から臓器をつくりだすには大きな壁があるのは確かだろう。生命というのは機械ではないのだ。またiPS細胞は、理論的には人を再生できると言われている。人の細胞からクローン人間をつくりだすことも可能ということになる。クローン技術も自然の摂理に逆行するし、人の再生などというのは決してやってはならないことだと思う。

 人類が幸福を求めて進める技術開発も、必ずといっていいほどデメリットを伴うことを見落としてならない。そして生命の本質に関わる人為操作である以上、開発された技術を応用する前に慎重さが求められなければならないだろう。

 私は、遺伝子組み換え作物は中止すべきだと思っている。種の異なる生物の遺伝子を人為的に組み込むことで、自然では決してありえない生物を作っているのが遺伝子組み換え作物だ。そうしてつくられた遺伝子組み換え作物の花粉が風によって飛散したり虫によって運ばれることで、自然界に遺伝子汚染が広まってしまうことになりかねない。とんでもないことであり自然の冒涜だ。遺伝子組み換え作物などというのはやってはいけないことだったとしか思えない。

 さらに、最近では遺伝子組み換え作物の毒性も指摘されている。

仏ルモンド紙「モンサントの遺伝子組み換え食品に毒性の疑い」 (Canard Plus)

 こういうことが生じるのは当然の成り行きだ。何しろ、生命としてあまりに不自然なものが人の技術によって作られてしまったのだ。危険性が予測されながらも強引に推し進められた結果、後になってデメリットが浮きぼりになってきた。

 従来から行われてきた交配と選抜による品種改良であれば、生態系に大きな影響を与えるようなことは考えられない。しかし、遺伝子組み換え作物は基本的なところで決定的に異なる。それは人為的な遺伝子操作だ。

 もちろん遺伝子組み換え作物とiPS細胞を同列には論じられない。しかし、生命に対して人はどこまで手を加えていいのか、という課題は共通しているように思う。

 原子力は理論的には利用が可能であっても、人類が手をつけてはならないものだったと思う。世界中に原発をつくってしまった人類は、管理のできない危険な爆弾を抱えて路頭に迷っている状態だ。一度手をつけてしまったなら、元にもどすことは容易ではない。というより不可能なのだろう。大きな過ちを犯したというほかない。

 こういうことを考えると、iPS細胞に関してもやはり手放しで喜んでばかりいられない。以下のサイトでも、警鐘を鳴らしている。

ノーベル医学生理学賞【追記】ノーベル財団の図(5号館のつぶやき)

 この記事の最後の部分を引用しておこう。

 これらの技術が簡単に応用可能になる時、その技術を使うべきかどうか、あるいはどう使うべきなのか、それを決めるのはもはや生物学者だけに任せておいて良いことではなく、すべての人類が全員で考えるべき宿題なのです。

 完全なる人災も含めて、「想定外」という言葉で言い表されるような惨事が起こらないとも言えない可能性をはらんだ技術であるということを、ここでもう一度確認しておく必要があると思います。

 人類は自然に逆らうことをやり続け、負の遺産をつくり続けている。どんなに科学が発達しても、理論的に可能であっても、手をつけてはいけない領域がある。遺伝子操作も応用の仕方によってはその領域に入るのではなかろうか。

 デメリットに目をつむってメリットばかりを追求すれば惨事にもつながりかねないし、取り返しがつかなくなることもあり得る。どんなに科学技術が発達しても、否、科学技術が発達すればするほど、私たちは節度を知り自然の摂理に逆らわないという姿勢を堅持していかなければならないと思う。

2012年10月 5日 (金)

絶滅が懸念されるカラフトグワイ

 カラフトグワイは、寒冷地の湖沼に生育するオモダカ科の水生植物で、浮葉性の葉をつける。北海道にも生育するのだが生育地が限られ、絶滅が懸念されている。環境省のレッドリストでは絶滅危惧ⅠA類だ。

 カラフトグワイの図が記載された文献は少ないのだが、滝田謙譲氏の図が知られている。以下参照。

カラフトグワイ(北海道レッドデータブック)

 滝田氏の図では、葉が矢尻状の特徴的な形をしている。しかし、実際にはこのような形状の葉は少なく、多くの葉はヤナギの葉のような細長い形だ。滝田氏の図を頭にインプットしていると、まるで別種であるかのような印象を受ける。以下がカラフトグワイの葉。

P10403011


 この写真の一部を拡大してみると、葉の基部が尖って矢尻状になっている葉が4枚ほどあるのが分かる。でも大半は細長い葉だ。

P10403012


 滝田氏の図は花をつけている個体なのだが、成熟しないと矢尻型の特徴的な葉をつけないようだ。こんどは花の時期に行ってみたい。

 カラフトグワイは湖沼に生育するため、生育地の湖沼の環境が悪化することで容易に絶滅してしまう。そして近年懸念されるのが外来種のウチダザリガニによる食害だ。人間が営利目的で湖沼に持ち込んだウチダザリガニは、希少植物の絶滅をもたらしかねない。

 ウチダザリガニは一度侵入してしまうと根絶させることはほぼ不可能だ。せいぜい捕獲によって個体数を減らしたり増加を抑えることくらいしかできない。この群落もウチダザリガニの脅威にさらされているといえるだろう。

 このような湖沼に生育する水生植物は生育地が隔離されている。野鳥などが種子を運ぶことで分布を拡大させるのだろうか? 

 ところで、このカラフトグワイの写真は先日カヌーから撮影したものだ。カヌーは30年ほど前に「フジタカヌーST-2型」の組み立てキッドを購入した。当時はカヌーに乗る人は限られていたこともあり、かなりマニアックな趣味だった。

P10403113


 カヌーを購入するきっかけは、知人の組み立て式カヌーに乗せてもらったことだ。十勝川の川下りをしたのだが、音もたてずに水面を滑るように進むカヌーは実に気持ちがいいし、水面に近い位置から野鳥などが観察できる。そんなこともあってレジャーというより観察や調査に使えると思った。

 かつてカヌーに乗せてもらった彼は、学生時代にアラスカのユーコン川の川下りをしたというツワモノだ。その後、彼は木製カナディアンカヌーの製造を手掛け、今ではカヌーの輸入卸売会社を経営している。

 フジタカヌーST-2は骨組みが木製のためにちょっと重いのが難点だが、折り畳み式なので普通の車で持ち運びができる。組み立ては慣れると20分くらいでできるのだが、今回は久しぶりに組み立てたので40分ほどもかかってしまった。もう長いこと使っていなかったので浸水しないかとひやひやしたが、なんの問題もなかった。まだしばらく使えそうだ。

 パドルにニスを塗る前にアクリル絵具で水鳥の絵を描いた。左からシロカツオドリ、ソリハシセイタカシギ、アホウドリ、アジサシ。こういうことができるのも組み立てキッドのいいところだ。ただし、今はこのタイプは製造していない。

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 今度は、このカヌーでミズグモの調査に行ってみたいと思っている。ミズグモは環境省のレッドリストで絶滅危惧Ⅱ類になっているが、池沼に生息することもあって基本的な生息調査すら行われていないのが現状だ。生息地となる池沼や湿地は減少しており、絶滅が懸念される。

2012年10月 3日 (水)

橋下徹氏率いる「日本維新の会」の危険な方針

 民主党の代表に野田佳彦が選ばれたが、公約を次々と反故にして平然としている野田首相にはさっさと辞めてほしいと思っている国民が多いに違いない。野田首相の神経には呆れかえる。もはや民主党は自民党と何も変わらない。そして巻き返しを図ろうと狙っている自民党。自民党は原発を推し進めてきた張本人だ。民意とかけ離れたところで政治が進行している。

 さらに気になるのが橋下徹氏の率いる「日本維新の会」だ。民主も自民もダメだからと「維新の会」に期待している人が多いように感じられるのだが、それもまた恐ろしい話しだ。

 「新婦人新聞」に小森陽一さんが「憲法なんでもゼミナール」という連載を執筆しているのだが、9月27日号では「日本維新の会」の「維新八策」をわかりやすくまとめているので簡潔に紹介したい。以下が、維新の会の危険な方針。

・「競争力強化」を繰り返し「産業の淘汰」も覚悟した弱肉強食経済。
・「解雇規制の緩和」による首切りの自由化。
・高所得者の税率を上げず貧しい人と同じにするフラットタックス化の提唱。
・「真の弱者」だけに支援を限定し多くの弱者を切り捨てる社会保障制度。
・「公的医療保険給付」を「重傷者」に限定し、その他は自己負担増。
・保険と高額自由診療を合わせた「混合診療」を全面解禁し、格差を拡大。
・公務員の処分による行動の規制
・教育への政治介入と競争と強制。
・対米従属でオスプレイ容認、TPP推進。
・「首相公選制」による行政権力の強化と国民の意思が反映されない参院廃止や議員定数。
・憲法9条を敵視する改正派。
・慰安婦問題の存在の抹殺。

 こうやって並べてみると、いかに国民をないがしろにした恐ろしい政策を考えているのかが分かる。自民党や民主党の上をいく危険な発想だ。

 知人に大阪の教員がいるが、橋下市長になってからというもの、締め付けが相当厳しくなったらしい。教師を力ずくで押さえつけて意のままにしようというのが大阪の教育方針だ。とてもまともな教育環境ではない。

 ところが、なぜか橋下氏は人気があるらしい。「政治に民意を反映させる」などと言っているからなのだろうか。しかし、民意を反映させるどころか正反対というのが実態だ。橋下氏の「脱原発」も口先だけだった。騙すことにも長けているようだ。こういう人物が弁護士だというのだから、気をつけねばならない。

 民主党といい自民党といい維新の会といい、どこも国民のことなど考えていない。それどころか国民を騙すことばかりを考えている。次の選挙ではそのことを肝に銘じて投票せねばならない。

2012年10月 1日 (月)

家庭菜園から利便性追及社会の矛盾を考える

 今年の北海道は9月中旬まで暑いくらいの気候だったこともあり、家庭菜園のハーブの収穫ものんびりとしていたのだが、下旬になって一気に寒くなってきた。とはいっても平年並みなのだが。

 考えてみれば、9月も下旬になればいつ霜が降りてもおかしくない。10月中旬には紅葉の最盛期を迎える。植物ももうじき生長を停止する季節だ。そう思って、あわててペパーミント、レモンバーム、スイートバジル、パセリなどの収穫を始めた。これらは乾燥させてハーブティーや料理に使う。

 下の写真は収穫したスイートバジルとパセリ。収穫してから水洗いをし、ザルに入れて水を切ったところ。

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 これをネットに入れて乾燥させる。左のカゴの一番上の段がパセリで、真中と下の段がスイートバジル。右のカゴは3段ともペパーミント。

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 そのあとはバットに広げて窓辺に置き、仕上げの乾燥をする(そのままカゴで乾燥させてもいいのだが、次々と収穫するのでこのようにしている)。写真はレモンバーム。なんだかナキウサギの貯食みたいだ(ナキウサギは秋になると雨の当たらない岩の下などに植物を運んで乾燥させ、冬の間の食料にする)。

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 カラカラに乾燥したら、手で揉んで茎から葉を落とし、チャック付きポリ袋や瓶などに入れて保存する。

 下は収穫したカレンデュラ(金盞花)。寒さには強いので、霜が降りるまで花をつけそうだ。花弁をむしって、バットや缶に広げて日当たりのいい窓辺で乾かす。天気がよいとオレンジ色が鮮やかなまま乾燥できるが、天気が悪くて乾燥に時間がかかると黒ずんでしまう。カレンデュラは肌に良いそうで、ハーブティーのほか化粧水などを作るのにも使う。

P10402764


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 家庭菜園をやっていてつくづく思うのは、作物をつくるという経験は生物である人にとってとても意義深いものであるということだ。生きるうえで必須の食物をつくるという作業は、自然から糧を得ることであるし、環境問題とも切り離せない。さまざまなことを考えさせられる。

 今年はウリハムシモドキが大発生し、レモンバームやスイートバジル、ペパーミントの葉が次々と穴だらけになっていった。はじめのうちは静観していたのだが、このまま放置したら収穫も危ぶまれる状況だと判断し、途中から手作業で防除をはじめた。その甲斐があってか、収穫前には元気を取り戻した。虫の発生や病気への対処は農薬などの問題を考えることにつながる。

 そもそも同じ種類の作物を大面積でつくれば、それを好む虫が大発生するのは自然の理にかなっている。それを農薬で押さえ込もうとすれば、やがてどこかにしわ寄せがくる。環境汚染であり生物濃縮だ。やがて虫は農薬に耐性を持つようになり、悪循環に陥ってしまう。作物をつくるということはこういう自然の摂理を知ることだし、手間暇を惜しんではならないことを身をもって体験できる。家庭菜園であれば、いろいろな作物をモザイク状に植えたほうがいいのだろう。除草もほどほどが良いのかもしれない。

 北海道の農業は機械と農薬によって大規模化が進んでいる。しかし、そのしわ寄せがあとからくるのだ。農業に限らず、何でも利便性を追求していたら、やがてそのしわ寄せがドッと押し寄せてくるのだろう。人が生物であり生態系の一員である以上、大規模化や利便性追及はほどほどにしなければならないと思う。

 実際に、農薬・機械まかせの大規模農家が大多数を占める一方で、無農薬有機栽培で頑張っている小規模農家も少数ながらある。どちらが自然と共存した健全なスタイルなのかは言うまでもない。

 一極集中を目指して大都市ばかり人口が増え続け、地方は過疎化が進むという構造も同じではなかろうか。大地震などの大災害に襲われれば、大都市はひとたまりもないだろう。大きな被害を出すうえに復興にはとんでもない時間と費用がかかる。地方で大地震が起きても被害が少ないのは歴然とした事実だ。東京にあれほどの高層ビル群を建ててしまったことは間違いだったと思わざるを得ない。方針転換をして地方を大事にすべきだと思う。

 北海道では、都市近郊の大型店の増加も地方の小売店を潰してきた。住んでいる地域で買い物ができなければ、高齢者などの弱者を切り捨てることになる。大企業、大型店ばかり優遇すれば、そのツケが必ず弱者に回ってくる。そして過疎化が進めば、医療も福祉も切り捨てられる。

 発電にしても、大形の発電所に頼るのではなく、できる限りそれぞれの地域で賄うシステムにしていくべきではないか。メガソーラーも疑問だ。地方に人を分散させ、電気もできる限り地域で自給自足できるようにする政策こそ必要なのではなかろうか。

 人間の欲望は尽きない。しかし、そろそろこの矛盾に気づいて方向転換しないと、取り返しのつかないことになるだろう。もう、その分岐点を過ぎてしまったかもしれないが・・・。

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